本が売れない時代、なんてウソ。藤原印刷の敏腕営業が語る「仕事をつくる」方法とは?

2021.10.13

本が売れない時代、なんてウソ。藤原印刷の敏腕営業が語る「仕事をつくる」方法とは?

個性的なクリエイターによる出版物を多数手がける印刷会社「藤原印刷」。出版不況の時代に、既存のマーケットから「個人が本をつくる」新しいマーケットへ進出した立役者の一人が、東京支店の営業担当・藤原章次さんです。「仕事をつくる」営業という職種について、藤原さんに取材しました。

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    こんにちは。土門蘭です。

    皆さんは「営業」についてどんなイメージを持っていますか?

     

    ノルマが厳しくてキツそう。取引先に気に入られないといけない。コミュニケーション能力や交渉術が身についていないと無理……そんなイメージはないでしょうか?

     

    ちなみに私は、そう思っていました。

    新卒で入った会社では営業部に配属。4〜5年ほど続けましたが、なかなか営業という仕事に慣れることができず、最後はほとんど挫折状態で退職。自分には営業の能力がないのだと思っていました。

     

    その後フリーランスの物書きになったのですが、食っていくためには仕事をつくらないといけません。

     

    「仕事をつくる」とは、つまり「営業する」ということ。

     

    どんな仕事でも営業からは逃れられないのだなと痛感し、今も試行錯誤の日々です。

     

    そんな私が今回お話をうかがったのは、藤原印刷株式会社の藤原章次(ふじはら・あきつぐ)さん。

     

    藤原印刷といえば、個性的なクリエイターによる斬新な出版物を数多く手がけていることで有名ですが、もともとは出版社の仕事がほとんどで、モノクロ印刷中心。教育系、法律系などの堅い内容のものがほとんどだったといいます。

     

    藤原印刷が手がけた、個性的な出版物の一部

     

    出版社で固められていた既存のマーケットから、「個人が本をつくる」新しいマーケットへの進出。その立役者の一人が、東京支店の営業担当・藤原章次さんなのです。

     

    出版不況と叫ばれて久しい中、「仕事をつくり」続けた藤原さん。

    まさに営業担当の鑑のような彼は、どのようにして新しいマーケットを開拓したのでしょうか? そして、どんなことを大事にしながらマーケットを育てているのでしょう?

     

    「仕事をつくる」仕事、営業。

    どんな職種においても必ず必要なこの仕事について、藤原さんに語ってもらいました。

     

    話を聞いた人:藤原章次

    1984年生まれ。 大学1年から人材系ベンチャー企業にて丁稚奉公したのち、大学卒業後は環境系ベンチャー企業に就職。 2009年に家業の藤原印刷に入社し、東京支店営業部に配属。印刷屋の本屋PTBS(PRINTING TELLER BOOK SERVICE)や心刷展・心刷祭など新規サービスの立ち上げを積極的に行う。

     

    営業の原点は「人と話すのが苦手で引きこもっていた過去」

    取材はzoomで行いました

     

    藤原:突然ですけど、僕、中学の頃引きこもっていたんです。

    土門:えっ、そうなんですか!

    藤原:はい。3つ上の兄貴がいるんですけど、性格が真逆だったんですよね。兄はポジティブで八方美人だけど、弟の僕はネガティブで人見知り。人と会ったり話すのが嫌で、中学生の頃に一時期不登校になったんです。

    土門:それは意外でした。バリバリ営業をされているイメージだったので、子どもの頃から人と話すのが得意だったのかなぁと。

    藤原:営業ってそういうイメージですよね。でも、僕の今の営業のあり方は、この子どもの頃につくられていたように思ってて。

    土門:それはどういうことでしょう?

    藤原:昔から僕は、思ったことをすぐ言ってしまうタイプだったんです。でも学校というコミュニティは、調和をすごく大事にするじゃないですか。だから僕だけ浮いてしまっていたんですね。

    例えば中学で入ったサッカー部では、先輩に「こうしろ」と言われても納得できないと、すぐ「いや、こうしたほうがいいです」と言い返しちゃう。するとハブられたり、面倒くさがられたりするんですよね。

    だから中学だけで、6つくらいの部活を入っては辞めてを繰り返していました。スポーツは好きなんですけど、上下関係の厳しい体育会系のノリがだめで。

    土門:へえー。

    藤原:それでだんだん人とコミュニケーションをとるのが嫌になって、自宅に引きこもるようになりました。僕は本心で話しているのに、当たり障りのない上辺だけの返事をされたり、うざがられたりしてしまうから、「もう学校に行きたくない」と。とにかく、人とのコミュニケーションがうまくいった記憶がないんですよね。

    だからこそ、すごく人を見るようになりました。当時は人の顔色や口の動きをすごく見ていましたね。「この人は本心からそう言っているのか?」と確かめるために。

     

    土門:じゃあ、相手に合わせてコミュニケーションをするようになった?

    藤原:いえ、全然(笑)。悩んだ末に、結局「自分は自分だ、それ以外できない」と振り切ってしまったんです。ひきこもり後はエスカレーター式で附属高校に進学したんですけど、やっぱり合わなくて別の高校に転校しました。まあ、そこも全然合わなくてすごく辞めたかったんですけど(笑)。

    土門:(笑)。

    藤原:そんな僕がなぜ今営業をやれているのかというと、やっぱり今でも「コミュニケーションが下手だ」って思い続けているからだと思います。だからいつも「もっとこうしたほうがよかったかな」と、よりよいコミュニケーションをとるためにチューニングし続けている。

    でもそれって、「どうしたらもっと話を合わせられるんだろう」ってことじゃなくて、「どうしたらもっと自分の意見をうまく出せるだろう」ってことなんですよね。さっきは自分の意見を早く出しすぎたな、もっと後のほうがよかったな、とか。

    土門:ああつまり、自分を変えないまま、どううまく振り切るか……。それが藤原さんにとっての、いいコミュニケーションなんですね。

    藤原:そう。だから僕の営業の原点は、子どもの頃にまったくコミュニケーションがうまくできなかったこと。そして、それでも「自分は自分だ」と振り切った経験なんです。

     

    アルバイトを1日で辞め、大学1年からインターン生に

    土門:そんな藤原さんが、なぜ営業の道に?

    藤原:弟って、確実に兄貴の影響を受けるものでして。うちの兄貴は大学4年間遊び呆けていたんですが、卒業して入った会社がブラックだったんです。朝から晩まで働き詰めの姿を見て、「大学で遊ぶとあんな風になるんだな」と(笑)。だったら自分は大学時代から働いて、活躍できる社会人になろう!と思ったんです。

    それでまず、大学1年の春休みから、当時5人のベンチャー企業で営業職をやらせてもらっていました。

    土門:えっ、大学1年から? 

    藤原:はい。バイトではなく、スーツを着て名刺を渡すような仕事がしたかったんです。

    僕、ファミレスのバイトを1日で辞めたことがあるんですよ。初めて出勤した日に水の渡し方の練習をしたんですけど、その日のうちに「辞めます」って言って帰りました(笑)。決められたことを、決められた通りにやるのがすっごく苦手で、アルバイトは向いてないなと。

    土門:アルバイトは基本、マニュアルベースですもんね。

    藤原:はいえ、バイト以外の仕事をどうやって見つけたらいいのかわからない。とにかくやってみるしかない!ということで、兄貴が登録して使わなくなった就職サイトを見て、そこに載っていた会社にひたすら電話しました。「大学1年なんですけど働かせてください」「とにかくスーツを着て働きたいんです」って。

    土門:すごい! でも、それで採用してくれるところはあったんでしょうか?

    藤原:いやもう、30社以上に断られましたよ。家族からも「敬語も使えない奴が働かせてもらえるわけがない」と言われていたんですけど、どうしても働きたくて。僕は答えがわからない状況に置かれると、いつも「これしかない」って自分で決めたことをずっとやり続けるんです。スーツを着て仕事したいなら、電話をし続けるしかない!と。

    そうしている内に、ある転職支援をしている人材紹介会社の社長さんが僕をおもしろがってくれて、そこで働けることになりました。

    土門:実際に入ってみてどうだったんですか?

    藤原:まず1日目に社長から「藤原くんは大学生だけど、社員として働いてもらいます」ってみんなに紹介されたんです。

    土門:へえー。

     

    藤原:でも僕はできることなんてない。じゃあ、すぐに貢献できるのは何だろう?と考えて。次の日から、誰よりも早く来て掃除をし始めたんです。お客さんが来たらお茶を出すとか、荷物が来たらすぐに受け取るとか、小さいことでもできることをやっていたら、徐々に周りから認めてもらえるようになりました。

    それから少しずつ、「電話かけてみる?」「営業やってみる?」と。研修らしい研修はなかったんですが、自分にとってはすごく大事な期間でしたね。ここが僕の第一の転機でした。

    土門:マニュアルではなく、自分で考えて動く環境だったんですね。

    藤原:それがすごくおもしろかったんです。その後、就活イベントの運営もしていました。大学1年で就活も経験してないのに、大学3年生を相手に司会したりして(笑)。

    そこでの上司に、今も強く影響を受けているんです。週に1度イベントがあったんですけど、終わった後に必ず反省会があったんですね。冷暖房の気温調節は適切だったか、参加した方は満足したのか。小さいことも含め、どうしたらもっとよくできたのかを振り返るんです。

    今でも営業のとき、毎回打ち合わせ後に一人で振り返りをするのですが、やったことに対して常に振り返って改善するという癖づけは、そこでしてもらいました。

    土門:この時期はある意味で、藤原さんが初めて「仕事をつくる」経験をした時だったのかもしれないですね。

     

    自分が今、営業を楽しめているのは、諦めているから

    土門:その後、お兄さんが働いていた別の会社で一緒に仕事をした後、二人で藤原印刷を継がれたんですよね。

    藤原:はい。でも最初は兄貴だけが入社して、親は僕が入ることに猛反対だったんです。男兄弟で同じ会社に入ると争いごとになるからって。それでずっと断られていたんですけど、僕は兄貴と働くのが楽しくて絶対に一緒に仕事がしたかったので、約4年かけて、最後は力ずくで押し切る形で入社しました。

    土門:なんていうか……藤原さんは、人に合わせて自分を変えるってことを本当にしないんですね(笑)。

    藤原:そう(笑)。もちろん悩む時もありますけど、結局振り切ったほうがいいやと思うんですよね。自分は自分でしかないから、やりたいならやればいいし、辞めたいなら辞めたらいい。

    実はそう思えるようになったのは、藤原印刷に入社できなかった時に就職した、ベンチャー企業の上司のおかげなんですよね。

    土門:へえー。

    藤原:まだ3人しかいない創業期の会社だったんですけど、そこでテレアポの仕事をしていたんです。でも、入社して3,4か月経っても結果が出せなくて。

    拾ってもらったのに申し訳ない気持ちになって、一人で病みはじめてしまったんですよ。それで無断欠勤した挙句、メールで「僕みたいな人間がいると会社がダメになるから、もうクビにしてください」って送ったんですね。

    そしたら社長が、「俺はお前が会社に来るだけで感謝してる。いつでもいいから帰ってきてくれ」と返信をくれて。それがすごく嬉しくて、2日後に出社しました(笑)。その時、「ああ、逃げることは別に悪くないんだな」って思ったんです。

     

    藤原:僕は子どもの頃からずっと、部活も学校もアルバイトも嫌になったらすぐに辞めるし、とにかく逃げがちでした。でもその度、周りの人が寛容でいてくれた。だから「うまくいかなかったら逃げてもいい、戻れる時に戻ればいい」と、今でも思っているんです。

    土門:実は私も昔、営業職として働いていたのですが、営業という仕事が最後までうまくできなくて、病んで挫折したことがあるんです。あの頃は「なんとか売り上げを出さなきゃ」とすごいプレッシャーを感じていて、それが理由で営業が今も苦手なんですよね。

    藤原:多分、僕が営業を楽しめているのは、ある意味「諦めているから」なんですよ。土門さんのおっしゃる通り、営業って「結果を出さなきゃ!」と思うと苦しいけれど、僕は「めちゃくちゃ努力した結果、うまくいかなかったとしても、どうしようもなくね?」って思ってる。そういう時は逃げたらいいし、別になんとかなるしなって。

    そう思えるのは、逃げることを許してくれた人との出会いがあったから。だからいつか僕も、自分のところに来た人には、逃げ道と帰って来られる環境をつくってあげたいなって思っています。

     

    「個人が本をつくる」新しいマーケットの開拓

    土門:藤原印刷に入社して、現在の東京営業部に配属されたとのことですが、営業をはじめた頃ってどんな感じだったんですか?

    藤原:僕が入った頃は、藤原印刷のお客様は99.9%が出版社でした。そこでの営業の仕事は、「お客様に提案する」というより「きちんとスケジュール管理する」ことが大半。いつまでに本を出したいから、いつまでにデータをもらって色校を出して……と、スケジュール通りに仕事を進められるように対応していました。

    それを1年やったのですが、正直に言うと僕は違和感がありました。「これをあと40年も続けるのか?」と。それで、自分で仕事をつくろうと思ったんです。

    土門:へえー!

    藤原:「自分で仕事をつくる」ということは、誰かから新しく仕事をもらわないといけません。でも、どうしたらいいかわからない。それで同じ業界の先輩に「今の仕事は続けられるけど楽しくない。どうしたらもっと楽しくできるだろう」と相談したんです。

    そうしたら、「本は基本的にデザイナーがいないと成り立たないから、その人たちに営業したらいいよ」と。しかも「すでに有名なデザイナーよりも、藤原くんと同世代の、これから一緒に成長して盛り上げていく人がいいと思う」と教えてもらいました。

     

    書籍の打ち合わせ風景

     

    藤原:実は印刷業界では、デザイナーって「こだわりが強くてちょっと難しい方たち」というイメージが強かったんですよ。でも僕はそもそもデザイナーさんのことをよく知らないし、先入観もなかったので、言われた通り新進気鋭のデザイナーさんたちにメールしてみました。そうしたら皆さん、意外とあっさり会ってくださったんですよね。

    そこで言われたのは、ほとんどが「仕上がった色に満足していない」「製本をもっとこうしたかった」という不満でした。みんな、仕上がったものに対して何かしら「もうちょっとこうできたら」と思っていた。

    デザイナーさんと同じ目線で話せる人が印刷会社側にいたらよかったのだろうなと感じ、じゃあ僕がそんな人になろうと思ったんです。

    土門:そこであえて同世代のデザイナーさんにアポを取るのがおもしろいですね。通常であれば、すでに有名なデザイナーさんと本をつくって「藤原さんってあんなすごい人とも仕事しているんだ!」と箔をつけるやり方を選ぶのではと思うのですが。

    藤原:おっしゃる通りで、大体の営業は有名どころと仕事をしたがると思います。事実、有名な美術館の図録などでも、競争入札といって1円でも安い会社が受注するシステムなんです。それに多くの印刷会社が受注しようと参加しています。理由はシンプルで、まさに「箔がつくから」。

    でも僕はもうそんな時代ではないと思っていたし、そんな慣習が嫌でした。

     

    藤原:そもそも、有名なデザイナーも建築家も、その世界の中だけで有名なわけであって、世間一般の人にとっては知られていない人かもしれませんよね。

    僕も兄貴も家業に入るまでアートに触れたことがなかったので、その業界で有名かどうかなんて、はっきり言ってどうでもいい。僕にとって大事なのは、一人ひとりと一緒にいいものをつくること、ただそれだけなんです。

    土門:どうしても営業ってお客様と上下関係になりがちです。でも藤原さんはそこをフラットにした。そんな新しい関係から、新しい仕事が生まれたのかもしれないですね。

    藤原:まさにそうですね。上下関係のできあがった既存のマーケットの他に、新しいマーケットをつくるにはどうしたらいいか? そう考えながら、いろんなデザイナーさんと話しているうちに「個人が本をつくる」という新しいマーケットに乗り出すことを考えました。

    その転機となったのが『N magazine no.0』や『NORAH』といった、出版社以外から出される雑誌だったんです。こういう雑誌をつくる人たちに出会って、彼らに「つくってよかった」と思ってもらえるものをつくろうと思ったのが、僕の第二の転機でしたね。

     

    当時現役大学生だった島崎賢史郎氏が創刊し、話題になったファッション雑誌『N magazine no.0』。創刊号1刷目のカラー印刷の出来に満足していなかった島崎氏に藤原さんが連絡をして、再版を担当した。創刊号の表紙はモデルの水原希子さん

     

    青山ファーマーズマーケットを運営するメディアサーフコミュニケーションズ株式会社による季刊誌『NORAH』。創刊号から藤原印刷が印刷を担当。その詳細は後述

     

    「売れない」と言われていても必ずどこかに需要がある

    土門:「個人」のお客様に新しく営業する時、心掛けていたことは何でしょう?

    藤原:一番は、「できない」と思考停止するのではなく「どうしたらできるか」を考え続けたことです。例えば『NORAH』では最初「1枚ずつ紙を変えたい」と言われたのですが、それだとめちゃくちゃ高くなる。

    だからと言ってすぐに「できません」ではなく、「本は16P単位でつくられているので、16Pごとに紙を変えるのはどうでしょう?」と提案しました。こういった要望は、予算や納期がしっかり決められ、定型化が求められるこれまでの出版業界では難しいものです。

    だけど、出版社じゃない個人の方達は「自分のつくりたいものをつくりたい」という発想。だから、凝り固まっていた既存の考え方なんて簡単に吹き飛ばすし、型破りのアイデアが出ます。使用済み段ボールを表紙にしたいとか(『隙ある風景』)、本文ページに穴を空けたいとか(『100年後あなたもわたしもいない日に』)とか……。

     

    ケイタタこと、コピーライター・日下慶太さんによる写真集『隙ある風景』

     

    土門蘭さんと、イラストレーターの寺田マユミさんによる歌集であり画集でもある一冊『100年後あなたもわたしもいない日に』

     

    藤原:でも、そういうアイデアが出ることこそ僕は普通だと思うので、「どんなことがしたいんですか?」と素直に聞くことを心がけています。そして、「できない」じゃなくて「どうしたらできるだろう」と考える。

    そうするうちに、出版業界ってクリエイティブで自由な発想ができる業界なのに、印刷会社がその自由度を狭めていたんだなと痛感しました。

    土門:なるほど。「できない」という思い込みの枠を外すことで、「できる」仕事がつくられていったんですね。

    藤原:そうです。僕自身、「こうじゃないといけない」という枠をつくるのが嫌いなんですよ。マニュアル通りに働けなくて、いつも「なんでこうじゃないといけないんだろう?」って思ってる。

    もちろんこれまでになかったオーダーが増えて、社内から反発もありましたが、僕たちの仕事を決めるのは僕たちじゃない。とにかくお客様が「つくってよかった」と思うものをつくるだけだと。

    そんなことを地道に10年続けた結果、以前は99.9%が出版社だったシェアの内、20%が個人のお客様による売り上げになりました。

    土門:すごいですね! じゃあ藤原さんが入って以降、営業の売り上げは順調に上がっているのでしょうか?

    藤原:いや、出版業界自体が右肩下りなので、僕が頑張ってようやくトントンという感じですね。新規開拓の営業をしていなければ、もっと下がっていたと思います。

    土門:やっぱり出版業界は厳しいんですね……。

     

    藤原:そうですね。もう何年もずっと「本が売れない」と言われ続けていますから。でも僕は、それも全部ウソだと思っているんですよ。

    土門:えっ、ウソ?

    藤原:「売れない」とか「仕事がない」とか、全部ウソ。斜陽産業にも斜陽じゃない部分があるはずで、必ずどこかに需要があります。うちだって、元々は0だった「個人が本をつくる」マーケットを、売り上げ全体の20%までつくったんですから。だから「不況」ってひとくくりにされるのが嫌なんです。

    つまりは「売れない」という思い込みなんですよね。そういうことに対して「本当かな」っていつも思う。僕は、自分で見聞きしたものしか信じないんです。本やニュースでいろんなことを知るのはもちろん大事だけど、ちゃんと人に会って直接話を聞く、それしか基本信じません。

    土門:ここでも思い込みの枠を外すことで、新しい仕事をつくっていっていますね。私も思い込みの枠を外せば、新しくつくれる仕事があるのかもなぁ……。

     

    作品に関わるすべての「相手軸」に立って動く

    土門:藤原さんはその後、新しいマーケットをどのように育てていったのでしょうか?

    藤原:それはもう「つくってよかった」と思ってもらうことです。本をつくるのって、車や高級時計を買えるくらいお金がかかるじゃないですか。いろんな選択肢の中から「本をつくる」ことを選んでもらっているのだから、つくるプロセス全てにおいて「お金を出してよかった」と思ってもらわなくちゃ。そうじゃないと、絶対に次がありません。

    その際に大事なのは、「相手軸」であることです。

    土門:相手軸?

     

    藤原:相手の立場に立って、どうしたら「つくってよかった」と思ってもらえるのかを考えるんです。僕は、納品が終わった後もその本についての告知をSNS上でし続けています。本の感想をつぶやいている方がいたら、お礼のコメントを返すようにしていて。

    しないよりはしたほうが、つくった方も読者の方も喜んでくださるでしょう? それを愚直にやるだけ。つくってよかった、買ってよかったと少しでも思っていただくために。

    土門:確かに藤原さんは、SNSやイベントを通して、納品後もずっとつくった本に関わり続けていますよね。営業って、物を売るのが仕事のように思いがちですけど、売った後も続くんですね。

    藤原:そう。僕にとっては30冊のうちの1冊だったとしても、お客様からしたら一生のうちの1冊かもしれない。だからこそ、1冊1冊に全力投球するんです。

    だから営業とは「ものを売る」仕事だという認識はないですね。営業って自分ではなく「相手が喜ぶことをする」仕事ですから。

    小さいことでいいんです。相手の生活パターンに合わせて電話する時間を変えたり、ライフスタイルに合わせて提案を変えたり。そうして1対1で対峙した人たちが「ここに頼んでよかったな」と思ってくれたら、1が10に、10が100に、100が1000になる。売り上げの20%を新規開拓できたのは、「相手軸」で僕が10年間続けてきたことの証だと思います。

    土門:なるほど。でも「相手軸」で物事を考えるのって、難しいように感じます。コツって何でしょう?

    藤原:僕、やりたいことがないんですよ。自分でつくりたい本がない。だから基本的に、つくりたいものがある人に出会って、その人を支えていきたいんです。完成するまで、ひたすら相手に伴走する。印刷業って、そもそもそれだと思っています。

     

    藤原:だからって、ただ相手の言うことを聞くんじゃないんですね。僕は、予算や時間が足りなかったら、はっきり「無理です」って言います。だって「相手軸」ってお客様だけじゃなくて、社内の人や協力会社の人でもあるから。

    土門:ああー、なるほど。「相手軸」にもいろいろあるんですね。

    藤原:そう。要は「安い・速い」ではお客様以外誰も喜ばない。社内の社員さんのこと、協力会社さんのこと、作品に関わる全ての「相手軸」にとって、なるべくハッピーになるような仕事にしたい。僕はそれが営業の手腕だと思っています。

    土門:最初は、藤原さんって自分の意見を強く押し通す「自分軸」が強いタイプなのかなって思っていたんです。でもお話を聞いていると、「『相手軸を大事にしたい』という自分軸が強い」のかな、と。

    藤原:あはは。本当にその通りですね。だから、常にその時々で大事な「相手軸」を考えることで、行動が変わっていくんだと思います。営業に必要なのは、それを自分で判断する力、楽しめる力じゃないかと思いますね。

    土門:なるほど。藤原印刷さんでは今後、営業担当の方を募集されるそうですが、どんな方に来てほしいですか? やっぱり「相手軸」を考えられる方でしょうか。

    藤原:そうですね。営業スキルは僕と同じじゃなくていいんです。ただ「自分軸」だけじゃなく「相手軸」を持っていてほしいですね。

    「自分軸」だけだったら、対応できるお客様が限られてしまうので。イメージとしては、ホテルのコンシェルジェみたいな。お客様は何を求めているのかな、関わる人がどうしたらハッピーになるかな、って、自分のことだけじゃなく相手のことも考えるのが好きな方が合っていると思います。

     

    祖母が創業時に掲げた理念「心刷」

    土門:これまで「仕事をつくる」ことについて聞いてきましたが、藤原さんってどこに行っても大丈夫そうですね。

    藤原:それはすごく意識しています。藤原印刷に入った時も、僕は次男なので、最初から椅子を用意されていなかったですから。クビにされてもどこでも食っていけるようにならなくちゃと思ってやってきました。

    その結果やってきたのは、これまで話してきたように、地道に「相手軸」に立ち続けることです。納品して終わりではなくて、その後もコミュニケーションを続けて、「しないよりはしたほうがいい」ことをし続ける。いい縁のつくり方に近道はない。でもそうすることで、誰も入り込めない循環がつくれるんです。

    土門:誰も入り込めない循環?

    藤原:はい。例えば仕様が決まっていたら、フォーマットが用意されている印刷通販で充分じゃないですか。でも仕様が決まっていないもっと前の段階から入れば、お客様が何を求めているのかをリアルにキャッチできて、枠に囚われない提案ができる。そうすると、もっと満足していただける可能性が高くなるし、他の人が入り込めなくなりますよね。

    土門:なるほど、確かに。仕様が決まるより前の段階から深く関わることができたら、代替不可能な存在になれますね。

    藤原:それがレベルの高い営業なんだと思います。でも、やり方は人それぞれ。「相手軸」っていう感性は人それぞれだから、そこは強制しません。相手が「こうしてほしいな」って思うであろうことをやってみる。相手が「やってみたい」と思うことを、可能性として広げてあげる。「できない」を「できるんだ!」に変えて、可能性を広げてあげることですね。

    それって、まさに祖母が創業時に掲げた理念「心刷」だなって思うんです。単にデータをもらって印刷するんじゃなくて、いろんな人のいろんな思いを込めて刷る。プロセスの中で関われば関わるほど「心」を感じるし、それがいろんな繋がりを生んでいるのを日々目の当たりにしています。

    まさに祖母の遺した「心刷」という言葉こそが、僕たちの大事にすべきことだなと、改めて痛感していますね。

     

    “営業とは「ものを売る」仕事だっていう認識はないですね。営業って自分ではなく「相手が喜ぶことをする」仕事ですから”

     

    藤原さんのお話を聞きながら、営業時代の自分が「ものを売る」ことだけに焦点を当て続けていたことに気がつきました。

    ノルマがあるから、上司に褒められたいから、評価されたいから……そんな気持ちで仕事をしていたけれど、それらはすべて「自分軸」に過ぎません。私に欠けていたのは「相手軸」に立つことだったんだな、と思いました。

     

    「自分軸」は1本しかないけれど、「相手軸」は人の数だけあります。

    そこを行ったり来たりしながら強化することで、地道に縁の循環をつくっていく。藤原さんの「営業」、そして「仕事のつくり方」とはそういうことなのでしょう。

     

    そこにはきっと、不況などありません。あるのは「どうすれば目の前の人が喜ぶのか?」という問いのみ。「売れない」「できない」という思い込みを捨てて、ただ目の前の人の話を聞き、できることを重ねることで、仕事は生まれ続けます。

     

    “作品に関わる全ての「相手軸」にとって、なるべくハッピーになるような仕事にしたい”

    そう笑う藤原さんが、一番ハッピーそうに見えました。

    その笑顔を見て私も「『営業』っておもしろいかもしれない」と初めて思うことができました。

     

    きっとこれからも藤原印刷さんからは「新しい仕事」とともに素敵な本が生まれ続けるでしょう。

     

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    この記事を書いた人

    土門 蘭
    土門 蘭

    1985年広島生、京都在住。小説家。インタビュー記事のライティングやコピーライティングなど行う傍ら、小説・短歌等の文芸作品を執筆する。著書に『100年後あなたもわたしもいない日に』『経営者の孤独。』『戦争と五人の女』。

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