「信じる」が失われる世界で見つけた、変わらない価値【コロナの渦中で考える】

2020.06.03

「信じる」が失われる世界で見つけた、変わらない価値【コロナの渦中で考える】

社会に大きな変化が起こり、不安を抱える人も多いのではないのでしょうか。今年4月、東京・下北沢に発酵食品専門店「発酵デパートメント」をオープンした小倉ヒラクさんですが、その後、緊急事態宣言が発令。悩みながらもお店を続けたヒラクさんに、小説家の土門蘭さんが「正解がわからない道を進む」方法について、話を聞きました。

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    はじめまして。土門蘭(どもん・らん)と申します。

    普段は小説や短歌やエッセイ、インタビュー記事などを書いたりしている、京都在住の小説家です。

     

    コロナウイルスの拡大により、社会に大きな変化が起こっている昨今。

    私自身も仕事が立ち消えたり、保育園に子どもを預けられなくなったりと、生活にさまざまな変化が出ています。

    なるべくいつも通りにと思いつつも変化についていけず、将来や周囲のことが気になったり不安になったりと落ち着かない日々。そろそろ疲れてきたなというのが正直なところです。

     

    みなさんは今どんなことを考え、どんなふうにお過ごしでしょうか。

     

    「今年の僕たちが失うものは『信じる』ことだ」

    小倉ヒラクブログ『2020年は、「信じる」を失わないための足元確認の年だ。』より

     

    これは2020年初め、発酵デザイナー・小倉ヒラクさんがブログに書いていた言葉です。

     

    ヒラクさんには何度かお会いしたことがあるものの、腰を据えてお話したことはありません。でも、ブログや書籍で彼の文章をよく読んでいました。

    初めてこの記事を読んだのは更新されてすぐ、まだコロナウイルスのニュースを目にしていない頃です。最近ふとまた読み返してみて、とても驚きました。「きっと多くの人にとってラクじゃない一年になるだろう」と、まるで予言のように今の社会のことが書かれてあったからです。

     

    疑いの連鎖は高確率で「お互いを見張り合う社会」を生み出すだろう。他人の善意の言動に対して「それは建前で実は騙すつもりなのだ!」とありもしない裏の真意を暴露してみせたり、ルールや常識から逸脱した行為を見かけたら、自分に危害を加えているわけでもないのに強く非難したりする。

    こういう後ろ向きなコミュニケーションが、極端な一部の人だけでなくもっと広範に行われるようになる。その先に待っているのは、深刻な分断と思考停止。元凶は「信じる」というインフラが社会から失われることだ。

     

    この記事を読み、「ああ、今自分がしんどいのは『信じる』のインフラが崩れていっているからなのかもしれないな」と腑に落ちました。

     

    そんなヒラクさんはこの4月、発酵食品専門店「発酵デパートメント」を東京・下北沢に開店。しかし、オープン間もなく緊急事態宣言が発令。彼のTwitterを追って想像するに、本当に大変なスタートだったと思います。

     

    「『信じる』というインフラ」を失いつつある中で、ヒラクさんはどんなことを考え、どんなふうに過ごしているんだろう?

    彼の言う「正解がわからない道を進む」方法について、話を聞いてみたい。

     

    そう思い、4月末に下北沢ー京都間で遠隔インタビューを行いました。

     

    話を聞いた人:小倉ヒラク

    発酵デザイナー。東京農業大学で研究生として発酵学を学んだ後、山梨県甲州市に発酵ラボをつくる。「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、全国の醸造家たちと商品開発や絵本・アニメの制作、ワークショップを開催。著書に『発酵文化人類学』『日本発酵紀行』『発酵する日本』など。http://hirakuogura.com/

     

    ※店内の写真は、お店からの提供です

    「悩みから解放されたい」っていう誘惑にどう抗うか

    小倉:生きてる?

    土門:生きてます。ヒラクさんこそお元気ですか?

    小倉:元気元気。

    土門:よかった。4月は本当に大変だったと思うので心配していました。「発酵デパートメント」の現状はどうですか?

    小倉:もともとここではイベント・飲食・物販の3つの事業をやる予定だったんだけど、今はイベントと飲食は完全クローズ(※)していて、物販だけやってる状態だね。スーパーやコンビニと同じく生活必需品を扱うお店にあたるので、緊急事態宣言下でも営業できていて。

    お店は時短営業しつつ、ECサイトを予定より早くオープンさせたんだけど、おかげさまでそっちは好調で、物販の売上だけでいうと当初の事業計画を上回ってるよ。

    ※6/1から飲食の営業も再開

    土門:すごい!

    小倉:でも、オープンしてからの2週間は地獄でしたね。まず、街に人が全然いない。4月の2週目の月曜なんか、雨も降ってお客さんがふたりしか来ない日もあってさ。これより来ない日はもうないだろうなと。そういう状態からのスタートでしたね。

     

    店内には日本全国から集めた発酵食品や調味料、お酒などが並ぶ

     

    土門:この間、ヒラクさんが年始に書かれた抱負ブログを読み返したんですが、すごいですね。まるで今のことを予言しているたいで。

    小倉:うん、すごいよね。もう怖くって、ブログを書くのやめようかなって思ってる(笑)。

    でも、今起きている問題ってもともと兆候があったじゃん。その噴出のきっかけがウイルスだとは思わなかったけど、なんとなく2020年は社会の底が抜けて、みんなが憎しみ合う社会になるだろうなって思ってたの。いやだなぁって。

    土門:今回のインタビューでは、そんなブログを書かれたヒラクさんが、今どんなことで悩んでどんなことを考えているのだろう?ということをうかがいたいと思っているんです。

    小倉:まあ、悩みはいっぱいあるよね。お金のこともスタッフのことも。だけど、今僕が毎日考えているのは、「悩みから解放されたい」っていう誘惑にどう抗うかっていう悩みかな。

    土門:「悩みから解放されたい」という誘惑?

    小倉:うん。たとえば完全にお店を閉めるとか、事業をクローズするとか、政府からの要請にすべて従えば、僕自身「会社どうしよう、お店どうしよう」って悩まなくてすむし、罪悪感を覚えなくてもすむよね。

    そうすると楽なんだけど、でも今はそれを絶対にやってはいけない。このうしろめたさを抱えたままベストを尽くす、ってことをやり続けないといけないって思ってて。

     

    土門:それはどうしてですか?

    小倉:そうしないと、失うものが大きすぎるんだよね。

    物を作ってたり場所を持ってたり、家族を養ってたり人を雇用してたり、いろいろ大事なことってある。でも残念ながら日本の場合、限りなく補償の先行きが見えないので、お店を閉めると場所や家族、雇用してる人などを失いかねない。だから自分でリスクを背負いながら、それらを守り続けないと。

    土門:大事なものを守るために、悩み続けている?

    小倉:そう。正解がない中で、難しい判断をし続けないといけない。でもそれって本当にストレスがかかるんだよね。「いっそのこと休んじゃえばいいじゃん」とか、逆に「何も気にしないで営業すればいいじゃん」とか、どっちか極端に振り切らないで、バランスをとってお店を続けることってすごく大変。

    だから「早く楽になりてえな」みたいなのは、4月前半にはあったね。全然状況が見えなかったからさ。今はもう揺れていないけど。

     

    判断軸が「自分」じゃなくなってから、ぶれなくなった

    消毒や換気、人数制限など、感染拡大に注意しながらお店を営業している

     

    土門:揺れなくなったのは、何かきっかけがあったりしたんですか。

    小倉:やっぱり、僕の中に確信ができてきたの。最初の2週間は地獄みたいで気持ちも荒れていたけど、少しずつちがう兆しが出てきてさ。今は何かの軌道に乗ってきている感じがする。

    というのも、僕がこの2週間でいちばんやっていたことって「ひたすらダンボールを開けること」だったのね。ひたすら商品出して、検品して、陳列して、値札をつけてっていうのを延々とやっていたの。

    土門:はい。

    小倉:僕の友達って文化人が多いからさ、「次の時代はどうなるか」「新しい世界をどう作るか」みたいな話をしている人が多いんだけど、僕は本当にこの2週間、目の前のことしか考えられなくて。

    形而上学的なことを一切考えないで、体を動かして、ひたすら地味なことをやってたの。店の導線を考えたり、商品の使い方を考えたり、醸造家の人に「元気ですか?」って連絡したり、僕も「ヒラクくんも大丈夫?」って心配してもらったりね。そういうのをずっとやってたのが、よかったような気がするんだよね。

    こういうときって、情報集めたり調べたりしていろいろ考えるじゃん。次の時代がどうとか、パラダイムシフトがどうとか、ローカルの再発見がどうとか、妙に考えちゃうよね。でもそれって、自分の足元がおぼつかながちになることだなって思ってて。

    土門:はい、はい。

    小倉:実際、1、2年後になったらわかると思うんだけど、新しい世界なんて来ないんだよ。新しくなる部分は新しくなって、残る部分は残る。それだけの話だと思うんだよね。だから、新しい世界の構想なんてしなくていいんじゃないかな。

    それよりも、自分の生活に何が不可欠で、支えているのは誰で、どういう流通構造やニーズによって支えられているのか、具体的なものの積み上げのほうが大事だと思う。

     

    小倉:そんなことを、僕はお店という超現場で考え直せたのがすごくよかった。結局、「新世界が生まれる」とかって都会の人の発想なんだよね。

    醸造家の友達はみんな、それぞれの場所でいつも通り作っているんだよ。微生物や自然はいつも通り動いていて、待ってくれないから。情報産業のオンライン化が進んだとしても、そこは変わらない。

    お店にいて思ったのは、僕の考えるべきは「変わらないもの」だなってことだった。いつもと変わらずワインを作っているとか、大豆を育てているとか、いりこを炙っているとか、そういう仕事を続けている人たちの役に立つことだなって。その人たちがいかにエッセンシャル(※)であるかを証明するために、僕の仕事があるって思ってきたの。

    ※欠くことのできないもの

    土門:お店で商品を並べながら。

     

    小倉:そう。毎日見るからさ(笑)。商品を作った人の顔をみんな知ってるから、パッケージ見てるとその人と話しているような気分になるんだよ。その人たちのことを具体的に考えながら、自分の仕事をしなくてはいけないって思ったの。

    当たり前なんだけど、醸造家の人たちもみんな困っているし不安なんだよね。そんな中で僕の店が商品をたくさん売ったり、発注をしたりすると、やっぱり喜んでくれるんだよ。

    だから、途中から判断軸が「自分」じゃなくて、「変わらないものを作っている人たち・支えている人たち」のほうに移ったんだ。

    土門:醸造家の人たちのために何ができるか、で考えるようになった?

    小倉:うん。すると視点がぶれなくなって、迷いがなくなってきたよ。それはなんか精神的にも商売的にもすごくよかったなって思う。

    土門:なるほどなぁ……。

     

    小倉:僕は今超近視眼的で、「世界がどうなるか」とか考えられていない。でもそういうことを考えるための基礎って、世の中の具体的なもの……自然と関わりながらものづくりをしている人たちのことを一回ちゃんと考えないと、コロナのあとの時代の答えって出なくって。

    だからすっげー大変で、すっげー借金もしたけど、これは必要なステップだったのかもしれないなって思ってる。

     

    不条理な世界でちゃんと生きていくために必要なもの

    発酵デパートメントがあるのは商業施設「BONUS TRACK」の一角。取材した4月末時点では、臨時休業や開店を延期しているお店も多かった

     

    土門:私も状況は違えど、やっぱりすごく疲れているんですよね。仕事もあるし、育児もあるし、その中で「今どうすべきなんだろう」ってずっと判断し続けていることに。

    小倉:ま、疲れますよね。疲れるから、疲れないようにしたいって思うじゃん。

    土門:思います。

    小倉:でもやっぱ、この疲れる・悩む状況で立ち止まって考え続けないといけないんだよね。それをギブアップすると社会の中で倫理が崩壊していくから。すっごく大変なことだけど、政府や社会が基準を用意してくれないカオスの中で、それがまともに生きていくための唯一の方法だと思う。

    土門:本当にそうですね。

    小倉:いろんな人が感じていると思うけれど、かつてこれほどまでに、「正解のない中で決断し続けないといけない」ってことが僕にはなかった。誰からも正解がもらえない、自分が出した答えが正解かどうかもわからない、でも何かをしないと死ぬっていう。

    でもそれを経験して、「倫理とは、不条理な世界でもちゃんと生きていくためにできたものなんだ」っていうのが初めてわかったんだよね。美しく生きる、とかじゃなくて抜き差しならないサバイバルのために必要なもの。

     

    土門:まさにさきほどおっしゃっていた、「悩みから解放されたい」という欲求に抗い続けることで生じるのが「倫理」なのかもしれないですね。正解のない中で、他人に答えを委ねるのではなく、自分の頭で考え続けるという。

    だけど、だからこそ、そこで生まれる倫理って人それぞれ違うものですよね。ヒラクさんが「正しい」と思っても、他の人にはそうでないこともある。それもまたしんどいことだと思うんですけど。

    小倉:うんうん。

    土門:そんな中で、ヒラクさんが気をつけていることってありますか?

    小倉:それがやっぱり「悩むことをやめない」ってことだと思う。悩むことをやめたら、正解を手に入れたくなってしまう。すると、その正解で誰かのことを殴りたくなってしまうと思うんだよね。

    土門:そうですね……。

    小倉:だから、それはしない。もちろん正解は出したいけれど、今の時代、「正解を出す」こと自体無理ゲーなんだよ。

    自分が「正しい」と思ったことは暫定であって、それが本当に正解かどうかわかるのはずっと先。でも、そのもどかしさにへこたれないって感じかな。そういうことが僕はなんか……この時代の倫理観だと思っていて。

    土門:ヒラクさんも、へこたれることってあるんですか?

     

    小倉:いやー。結構へこたれるよ(笑)。

    土門:(笑)

     

    小倉:だってさ、お店の売り上げが数千円しかなくて、夜遅くまで商品や伝票の整理とかしてて、僕何やってるんだろうなって思ったこともあるんだけど……。

    それでも心が折れないのは、やっぱりここにある商品を僕は全部知っていて、作っている人は今何をしていて、どういうことを思っているのか、すごくわかるから。

    結構ズタボロのはずなのに、意外と自分へこたれねえなって思う(笑)。

    土門:ずっと自分軸でいると、ぼきっと折れてしまいそうなときが私は結構あるんですけど。

    小倉:うんうん、あるね。

    土門:でも、他人が軸になると分散されるので、折れにくくなるのかもしれないですね。

    小倉:それはあるかもしれないね。自分の足だけで立っているわけではないから。

    だからすごく悩んだんだけど、僕の中では着地点がすごくシンプルになったの。やっぱり100%自分のためには頑張れない。拠って立つものが見つからないから。何のため、誰のために自分が仕事をするのか。それをなるべく曖昧にしないほうがいいと思うんだよね。

    僕の場合は、「今、一所懸命ものづくりをしている地方の友人の醸造家たちが、ものづくりを続けられるように」ってこと。そのために、このお店を絶対に自粛しないでやるって決めたんだ。だから僕は、体調を崩していたときに発酵食品と出会って救われたように、今もまた醸造家と微生物のみんなに救われているんだよ。

     

    「わからない」と「ごめんなさい」をちゃんと言う

    ヒラクさんみずから手書きの新聞をつくり、お店などで配布している

     

    土門:年始ブログで、ヒラクさんは「『信じる』というインフラが日本の社会から失われていくなかで、個人は何ができるのか?」と書かれていました。改めて今、それは何だと思いますか?

    小倉:うーん。「わからない」と「ごめんなさい」をちゃんと言うことだな。

    土門:それは……「正解は出せない」という前提をずっと持ち続けるということ?

    小倉:たとえばさ、今うちの店ではスタッフの電車通勤を禁止しているから、ご近所さんしか働けないことになっているの。それは安全性を考えて決めたことだけど、「働きたいのに働かせてもらえない」って受け取り方もできるよね。でも、別の見方では「電車通勤なんて危険を冒させて」って取り方もできる。

     

    小倉:僕も正解がわからない中で決め続けているから、誰かが納得いかないことってあるはずなんだよ。でも、残念ながらみんなを納得させられる形にすることは多分できない。

    だから一度決めたことを無理やり聞かせるんじゃなくって、たとえばスタッフに対しても「ごめん。何が正しいかはよくわからないんだけど、よく考えた結果、今最大限できるのはこういうことじゃないかと思っているんだ。でも、もし何か納得できないことがあったらいつでも話してほしい」って言い続けることが大事なんだと思う。

    土門:なるほど。

    小倉:それは年始ブログにも書いた、「前提を明文化しよう」ってことなの。そうしないと、共同体の中で疑惑が溜まっていくんだよね。それはすごく危ういこと。

    だからものごとを決める立場として、自分の非を認めながらも、今こういうふうに考えているんだってちゃんと言語化する。それが「わからない」と「ごめんなさい」をちゃんと言うってこと。

    土門:すごく丁寧なコミュニケーションですね。

    小倉:うん。コミュニケーションコストは高くなるよね。そのかわり今まで移動していた時間が浮いたから、その分をコミュニケーションにかけていきたいなって思うよ。

     

    超全力で「暮らす」ために生きてみる訓練

    土門:コロナ問題が長引く中で、今わたしも含め結構しんどい人が多いと思うんです。何かヒラクさんから「こういうふうに過ごすといいよ」っていうアドバイスはありますか?

    小倉:せっかくだから、日常生活の中で自分が好きなものをもっと好きになったらいいと思うよ。

    鉄道が好きなら日本の鉄道史を調べてみるとか、植物が好きなら庭でガーデニングをしてみるとか。趣味のものとかよく使っているものとか、何かひとつを取り出して、じっくり愛でる時間にしたらいいんじゃないかな。そういう時間って、コロナとか関係ないと思うから。

    土門:今あるものを、ちゃんと大事にする……。

    小倉:うん。「何かしなきゃ」って慌てない方がいいと思うんだよね。

    土門:年始ブログに、「変化する時期にこそ『いますぐに何かをしなければいけないという焦燥感』あるいは『自分が世の中を何とかしなければいけない万能感』にとらわれない努力が必要かもしれない」っていうのも書かれていましたね。私は今まさに、どちらにもとらわれているんですが(笑)。

    小倉:万能感に襲われるとやたら「アフターコロナの世界は」って言ってしまうし、焦燥感にとらわれるとやたら「◯◯チャレンジ」みたいなことをやってしまうんだよ。
    でも、別にチャレンジしなくていい。好きな植物に、静かに水をあげているのでいいと思うんだよね。それがかけがえのない時間ですよ。

    あのね、今回のコロナウイルスで、社会的に大混乱があって大変なことになっているけど、ひとついいことがあるとすれば、今みんな超全力で「暮らす」ために生きているんだよね。

    土門:はい、はい。

     

    発酵デパートメントの横は、ご近所の方たちの散歩ルート。夕方になると犬と散歩する人たちでにぎわう

     

    小倉:おいしいご飯を作って食べるとか、子供と向き合って遊ぶとか、経済的には生産性ないじゃん。つまり「仕事」と「用事」の違いだよね。仕事は「〜のために〜する」だけど、用事は「おいしいものを食べたいから作る」って自己目的化している。理屈がない、建前がない状態。それが、暮らしの本質なんだよね。

    僕、20代半ばまでずっとふらふらしていて、今まさにコロナでダメージを受けているフランスとかイタリアの人とよく遊んでいたんだけど、休みの日になると「ヒラク、ピクニックしようよー」って誘われてたの。それで、公園にレジャーシート持って、日向ぼっこしながらビールやワイン飲んで、フリスビーしたりしてさ。そういうのがすごい楽しくて。

    土門:楽しそう(笑)。

    小倉:4年前、久しぶりに当時のルームメイトと会ったんだけど、「ヒラク、ピクニック行こうよー」って言っててまったく変わってなかった(笑)。そういうのって、トレンドでも特別なことでもないけど、すごくいいと思うんだよね。

    日本人は、今強制的にそういうところに楽しみを見出さないといけないときにある。ある意味でラテン気質にならないと精神が崩壊するみたいな、大変な試練ではあるよね。ちゃんと自分の暮らしを楽しまないと、精神崩壊するっていう謎のゲーム。

    土門:ほんと、その通りですね。私はそれがなかなかできないんです。いつも意味を求めてしまって。

    小倉:「用事」に意味なんてないよ。ゴールもない。だから、土門さんにとってもいいレッスンなんですよ。自分の人生を「用事」化して、そういう人生の楽しみ方を見つけるためのいい訓練。

    答えも出さなくていいし、未来も見なくていいし、適応もしなくていい。身近なことに楽しみを見いだせたら、それでいいと思う。

    土門:本当にそうですね。お話聞いてたら元気が出てきました。ありがとうございます。

    小倉:すみませんね。闇がなくて。

    土門:いえいえ(笑)。なんだかとても励まされました。

     

     

     

    Zoom越しに見るヒラクさんの表情は終始穏やかで、話し方も淡々としていました。

     

    そんな中何度か出てきた「地獄」という言葉が、この4月がどんなに大変だったのかを一言で表現しているようで、話を聞きながらものすごい葛藤があったのだろうことがひしひしと伝わってきました。

     

    インタビュー中、印象的だったシーンがあります。

    突然ヒラクさんがぱっと嬉しそうな顔になり、

    「今僕が扱っている商品に、『一休寺納豆』っていう謎の納豆があるんだけど」

    と話し始めたのです。

     

    「これは、応仁の乱で焼け落ちた京都の街の民のためにできたものなの。難民が溢れ返ったとき、滋養をつけるためにできたものなんだよね。そもそも発酵食品ってそういう『サバイバル食』なんだよ。こういうことを何度もくぐりぬけている。だから、やっぱり変わらないものなんだよ

     

    そういうもののために、僕はチャレンジし続けないといけない。

    そう話すヒラクさんは、もう迷っていないようでした。

     

    社会が激動する中で「信じる」のインフラが失われたとしても、変わらないものがある。

    ヒラクさんにとってこの期間は、「信じる」を失いながらも、最も核にある「信じる」を再発見する時だったのかもしれません。

     

    「今みんな超全力で『暮らす』ために生きている」

    ヒラクさんはそのように今の時代を表現しましたが、私もまた、全力で自分の暮らしと向き合うことで、変わらないものを見つけたいと思いました。

     

    それが、カオスな世界でまともに生きていくために、必要なものなのかもしれません。

     

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    この記事を書いた人

    土門 蘭
    土門 蘭

    1985年広島生、京都在住。小説家。インタビュー記事のライティングやコピーライティングなど行う傍ら、小説・短歌等の文芸作品を執筆する。著書に『100年後あなたもわたしもいない日に』『経営者の孤独。』『戦争と五人の女』。

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