【老舗の未来】気づいたら340年続く酒蔵を継いでいた「下戸のお婿さん」

2021.02.17

【老舗の未来】気づいたら340年続く酒蔵を継いでいた「下戸のお婿さん」

千葉県神崎町にある「寺田本家」は、340年以上続く老舗酒造。「五人娘」「香取」「むすひ」などの自然酒が人気を集めています。その24代当主で、バックパッカーやカメラマンを経て寺田家の婿となった寺田優さんに、「婿入り」の可能性についてうかがいました。

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    こんにちは、ライターの友光だんごです。僕はいま、創業約340年の酒蔵に来ています。

     

    日本には創業100年以上の企業数が3万軒以上あり、これは世界一の数字だそう。

    なかでも「酒蔵」には老舗が多いです。酒蔵のなかで日本最古とされる茨城・笠間市の「須藤本家」は、1141年の平安時代に創業! 900年近く続く会社ってすごい。

     

    酒蔵に多いもうひとつの特徴として「家族経営」があります。中小規模の酒蔵ではしばしば「家族」と「会社」がほぼ同じ意味を持ち、酒蔵の子どもと結婚する=後継者になること。

     

    そのため他家の男性が女性方の苗字を名乗り、相手の家へ入る「婿入り」は、会社を次世代へと遺し、酒づくりの歴史を継いでいく方法として行われてきました。

     

    日本では、じつに99.7%の会社が中小企業です(※)。コロナのような非常事態で経済が弱れば、大企業に比べて資金力などで劣る中小企業は、より大きな影響を受けます。後継者のいない会社では、景気の悪化が『辞めどき』になってしまうかもしれません。

    2019年版「中小企業白書」より

     

    しかし酒蔵のように、たとえ小さな会社でも愛される商品を作っているところは多いはず。そうした商品は、もはや日本あるいは地域の「文化」だと言っても過言ではないでしょう。

     

    ……あ、試飲させてくれるんですね。ちょっと失礼。

    おいしい!!!!!! 仕込みたての日本酒ってこんなにフレッシュな味なのか……340年以上の歴史が生み出す味……。

    あ、すみません。酒好きの血を抑えられず。

     

    そう、例えばこのお酒のように、古くから受け継がれてきた文化を未来へ繋ぐ方法として、「婿入り」を捉えてみてもいいのでは? 今回はそんな提案です。

     

    僕がやって来た「寺田本家」の24代当主・寺田優(まさる)さんも、婿入りされた方。バックパッカーやカメラマンを経て、酒づくりも初心者ながら寺田家へと入り、跡を継ぎました。

     

    寺田本家は、自然発酵の「自然酒」と呼ばれる日本酒をつくる蔵。先代からつくりはじめた自然酒は、いまでは多くの人から愛され、世界的に有名なコペンハーゲンのレストラン「noma(ノーマ)」にも採用されるほど。

    地元の蔵と共同開催する『お蔵フェスタ』は、人口約6000人の街に5万人以上を集める人気イベントとなっています。

     

    そんな優さんの話から、「婿入り」の可能性を探ってみようと思います。

     

    ※取材は2020年3月に行いました

     

    「稲刈りの手伝い」から、気づけば婿に

    「優さんは、いつ寺田本家に来られたんでしょうか?」

    「2003年ですね。酒づくりをはじめて18年目になります。その前にどこかの酒蔵にいたわけでもなくて、まったくの初心者だったので」

    「では、お酒好きだったから酒蔵に?」

    「いや、下戸です。少しの量で酔っぱらっちゃう。酒づくりでは味を見るために飲むんですけど。ここに来るまでの経緯は少し長くなるんですが、まず学生時代にバックパッカーみたいなことをしてたんです」

     

    バックパッカー時代の優さん

     

    「すると海外を旅したり……」

    「はい、旅が好きで。そのころ、有名な写真家・星野道夫さんの本を読んで、感動したんです。星野さんはよくアラスカの写真を撮られてたんですけど、そんな風に、自然のなかに身を置くような生き方をしたいなと。そこで、たまたま新聞の求人広告で動物カメラマンの募集を見つけて、映像の仕事をはじめました」

     

    「テレビの動物番組や、博物館の資料映像用に、山に入って動物や昆虫、野鳥を撮影する仕事ですね。小さなプロダクションだったので、撮って、編集するところまで自分でやってました。3年くらいですかね」

    「まさに自然を相手にする仕事だと思うんですけど、自分に合ってるなと感じました?」

    「そうですね、うーん、たぶん僕、人間社会が好きじゃないみたいな感じだったので(笑)。それで海外だったり、自然のなかだったりが合ってたんでしょうね。で、父親の病気のことがあって、地元の大阪へ一度戻って。そのあと、農家もいいなって思ったんです」

     

    「ふむふむ、やはり自然に触れる仕事というか」

    「農家で働く代わりに寝食を提供してもらえる『WOOF(ウーフ)』って制度を使いながら、あちこちまわりました。その時に、結婚する前のうちの妻に『寺田本家もそろそろ稲刈りがあるから、手伝ってよ』と言われたんですよね」

    「じゃあ最初は酒づくりをやるぞ!ってわけでもなく、農作業の手伝いで。というか寺田本家さん、お米も作られてるんですね」

    「はい、自然酒づくりをはじめた頃からやっていて。全量は無理なので、契約農家さんの田んぼもあります。まあ、そんなわけで稲刈りを手伝ったら、今度は『酒づくりの時期だから、やっていく?』となって、結婚し、今に至ると

    「そこの間、もっと色々ありますよね!(笑)」

    「まあまあ、そうですね。酒づくりも手伝うようになって半年たった頃、寺田本家の親戚が集まる機会があったんです。そこで『お前、どうするんだ』という話になり……」

    「当時はもう、お付き合いもされてたんですか?」

    「はい、少し前から」

    「だとすると、親戚の方たちからの『娘の彼氏』へのプレッシャーもすごそうですね……。340年以上続いてきた家だけに」

    『いつの間にかいるけど、なんだお前は?』みたいなね(笑)。まあでも皆さん優しかったですよ。それで、その集まりで『結婚します』と宣言して、半年後に挙式をし、婿入りとなりました」

     

    家を残すために「婿」はよくできたシステム

    「結婚相手のご両親って、いわば他人じゃないですか。単に親戚関係になるだけでなく、家業に入るということは仕事上のパートナーにもなると、大変なことも多いと思うんです。優さんの場合、最初からスムーズにいきましたか?」

    「はいはい、娘の彼氏に対してめちゃくちゃお父さんが怖いみたいなイメージ、家業がない場合でもありますよね。それがありがたいことに、義理の両親はすごくウェルカムに接してくれたんです」

    「へえー! 江戸時代から続く酒蔵となると、『俺の酒づくりを継げるのか?』みたいな感じかと……」

    「義理の父、つまり寺田本家の先代は、酒づくりの現場には出てなかったんです。現場は基本、杜氏さんに任せて経営のみを行う、昔でいう『旦那さん』ですね。それに哲学者っぽいというか、不思議な人だったんですよ」

    「不思議、というと?」

     

    2012年に亡くなった、先代の寺田啓佐(けいすけ)さん。それまでの売り上げを重視した日本酒づくりを一新し、1985年ごろから自然酒づくりへ舵を切った

     

    「発酵をすごく精神的にとらえていて、『微生物は目に見えないけど、自分たちが楽しくニコニコ笑っていたら、響きあって元気に発酵してくれるんだよ』とよく言っていたんです。目に見えない世界をすごく大事にしていたり……この感じ、伝わります?」

    「とりあえず、ムツゴロウさんみたいな人を想像してます。自然を愛し、あるがままを受け入れる的な……」

    「お義父さんはライオンに噛まれたりしてなかったですけど(笑)、とにかく『優くんが酒づくりもやりたいなら、いいよ』って感じでした。『どっちでもいいよ』みたいな」

    「お義父さんにとって、優さんも『自然の一部』みたいな感じだったのかもしれませんね。あるがまま、ニコニコ笑っていたらやってきた若者というか」

    「ああ、そのイメージは近いかも。あと人柄もありますけど、先代と直接血が繋がっていなかったから、関係が楽だった気はします。まわりの蔵を見ていると、実の親子ゆえの大変さはよく聞くので」

    「家業がない親子ですら、大変な場合も多いですもんね。ましてや仕事上でぶつかると、血縁関係があるからこその感情がありそう……過度に期待しちゃったりとか。それで言うと、婿入りの場合は『よそからやってきた』距離感がちょうどいいのかも」

    「やっぱり他人なので、お互いに少し遠慮しますし。だから『婿』ってよくできたシステムだなあ、と思いますよ。うんと昔からあるわけですけど、日本に老舗が多いのは、婿入りの制度があるからとも聞いたことがあります」

    「へええー!」

    「個人の感情や利益よりも、『家』を残す仕組みというか。こういう数百年続く家業のなかにいると、実感します」

     

    婿の適性は、他人の家で「おかわり!」と言えるかどうか

    「こういう人は『婿に向いてる』って、何かありますか?」

    「やっぱり、相手の家でメシが食えるかどうかじゃないですかね。もともと他人の家に住むわけなので、そこでちゃんとメシを食って、寝て、遠慮せずに生きていけるか」

    「どこであろうと『おかわり!』って言える、みたいな」

     

    「そんな感じですね。自分の場合、バックパッカーって形でいろんな場所に行ってたので、他人の世話になることが多かったんですよ。他人の家にいきなり入ってメシ食う場面も多かったので、いざ婿入りしたときも気にならなくて」

    「バックパッカーは婿入りに向いてる説、ありますね…!!! 逆に『枕が変わると寝られない』みたいな人は向いてなさそう。細かいことが気にならない、メンタルの強靭さとかも」

    「一緒に仕事をすると、いろいろありますからねえ。実際、家庭内での妻との会話も、9割は仕事の話ですから。オフィシャルとプライベートがほぼ重なり合っている感じです。子どもが生まれてから、少し変わったりはしましたけどね」

    「お義父さんとぶつかるようなことはなかったんですか?」

    「寺田本家は元々、いわゆる普通の日本酒をつくってて。先代が自然酒づくりへと切り替えたんです。仕事上ではそんな風に『方向を指し示す』みたいな人だったので、先代とはなかったかなあ。製造の現場の人とぶつかることはありましたね」

     

    「当時の杜氏の方は、寺田本家が自然酒づくりをはじめる時、現場責任者だった人なんです。だから、先代の思想を受けて、現場でやり切った立役者。自然発酵をイチからやるって相当に大変なことですからね」

    「上からの『そんなの無理でしょう!』みたいな理想を、現場で叶えた立役者というか。めちゃめちゃいぶし銀の職人さん像が浮かんでますが、たしかにぶつかると大変そうな」

    「でも、そこで僕が未経験だったのが逆によかったと思うんです。うちは『こんなところまで手作業でやるの?』みたいなことも多くて、わりと特殊なやり方なので。いかに菌が元気に、自然発酵するかに優先度を置いてるんですよ」

    「菌と自然を一番におけるかどうか。そこで優さんのほうに『酒づくりはこういうもの!』という固定観念があると、もっとぶつかっていたかもしれませんね」

    「ええ。衝突もあったけれど、今でもすごく尊敬してますし、酒づくりの師匠だと思っているので」

    「聞けば聞くほど、もともと自然が好きだった優さんが寺田本家にすんなりはまったのは、すごく納得感があります」

     

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    イーアイデム

    この記事を書いた人

    友光だんご
    友光だんご

    編集者/ライター。1989年岡山県岡山市生まれ。株式会社Huuuu 取締役/編集部長。犬とビールを見ると駆けだす。

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