サブカルの聖地・下北沢は瀕死!?「まちづくり」の黒幕たちが立ち上がった

2020.11.26

サブカルの聖地・下北沢は瀕死!?「まちづくり」の黒幕たちが立ち上がった

サブカルの街・下北沢が変貌している? そんな話を聞いてやってきたジモコロ編集長・柿次郎。街の人気とカルチャーの関係、そして小田急電鉄が仕掛ける下北沢開発プロジェクト「下北線路街」と「BONUS TRUCK」の狙いとは?

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    “再開発”ではなく、“開発”の理由

    「そもそも、ここは存在しない場所だったんです」

    「え、どういうことですか?」

    「長年、下北沢駅で工事をしていた印象が強い人も多いはず。実はあの工事、『地下化』のためだったんです」

    「地下化?」

    「かつて地上を通っていた小田急線の東北沢駅〜世田谷代田駅区間の線路を、地下に移動しました。すると、地下化した線路のあった場所に、土地が生まれたんです」

    「つまり僕たちが今いるのは、かつて線路だった場所! そもそも、下北沢に近いこの立地で、こんなに大きい施設を建てる土地があるのが不思議だったんですよ」

     

    「これだけ緑も豊かで気持ちの良い空間、都内じゃなかなか作れないじゃないですか」

    「それも線路の地下化のおまけで生まれた場所だったからなんです」

    「まさかBONUS TRACKの名前もそこから…? ボーナス的に生まれた場所ってこと?」

    「由来はいくつかありますが、ひとつはその通りです」

    「そしてBONUS TRUCKは、下北沢開発プロジェクト『下北線路街』のほんの一部なんです」

     

    「え、この地図がぜんぶひとつのプロジェクトなんですか? 急にスケールが大きくなった!」

    「ぜんぶで約1.7kmあります」

    「『HUNTER×HUNTER』で暗黒大陸の存在が明かされたとき並みの衝撃でした」

    「東北沢駅、下北沢駅、世田谷代田駅と、3駅分の線路があった土地ですから。公園や賃貸住宅、学生寮、温泉旅館など、さまざまな施設が入っていますが、まだ工事中の部分もありますね」

     

    「よく『駅前の再開発』って聞きますけど、さっきから『開発』と言ってるのにも意味が?」

    「あるものを壊して作り替えるのではなく、ポッカリ空いた土地に、新たに建てていますからね。あえて『開発』と呼んでいます」

    「なるほど〜、面白いですね。元々なかった土地だからBONUS TRACKの賃料が安くできたというのも、鉄道会社ならではの力技だなと思います」

    「小田急がBONUS TRACKを手がけるふたつ目の理由は、まさに鉄道会社ならではの視点なんです」

    「ええ、そもそも私たち小田急電鉄が、なぜ不動産事業を行なっているのか?という話につながるんですよ」

     

    鉄道会社だからできる、視点の大きなまちづくり

    「そこも気になってました。なぜ小田急さんがこんな開発を?」

    「鉄道系の不動産会社では、駅の周辺にショッピング施設やマンションなど暮らしに役立つ施設を全て凝縮するのが基本的な考え方です。交通インフラを起点にすることで、通常の都市開発に比べて、より視野の広い開発が可能となります」

    「ほうほう、でも、BONUS TRACKの『個人店を集める』って話は、それに逆行しているのでは?」

    「渋谷をはじめ、再開発が行われてる街は多いですよね。でも、個人店を増やす下北沢のようなアプローチは、既存の再開発とは異なる。だからこそ、他にはない魅力が生まれ、沿線の価値も生まれるんです」

    線路のあった場所を有効活用して、まちの魅力を高める。そして下北沢の街が魅力的になることで、『沿線自体の価値』が高まる。すると、われわれ鉄道会社にも大きなメリットがあるというわけですね」

    「下北沢が魅力的なら、隣の世田谷代田にも住みたくなる……みたいなことかあ。こうやって点ではなく、線での開発になるのは鉄道会社ならではだな〜」

     

    「そして僕は、街の再開発には物申したいんですよね。かつての魅力的な街といえば、渋谷や新宿のようなものに溢れた都市。不動産会社がこうした潮流に疑問を持たずに開発を進めた結果、似たような街がたくさん生まれたんです

    「ああ〜〜、どの駅前も同じようなチェーン店があって、同じような景色になっちゃうみたいな。地方都市でも結構あるあるですね」

    「誰もが知っている有名店や大型店を集めれば、地価も上がるし家賃収入も増えて一見、効率的ですよ。ただし長い視点で考えると、まちの面白さという意味では先細りしてしまうのが目に見えてる!

    「はいはい。わかるんですけど、すごいヒートアップしてません?」

    「まちづくりをする際は、それぞれのまちの個性がなんなのかを考え直す必要があるんです。でも、本人たちも気づかないうちにイノベーション『っぽい』ものやトレンドワード沼にはまっていく、イノベーションジャンキー状態に陥ってしまいがちなんですよ……」

    「小野さんが遠い目に……」

    「もともと『greenz.jp』というウェブマガジンの会社にいて、15年近く全国の事例を見てきたので、色々思い出しちゃって」

    「というかイノベーションジャンキーって言葉、すごく気になるんですけど何なんですか?」

     

    都市を滅ぼす本当の“黒幕”とは?

    町おこしを始めるとき、みんなロールモデルを探すけど、結果として外側だけをきれいに真似しただけになることが多い。柿次郎さんも全国のいろんな事例を見ていると思いますが、そう思いませんか?」

    「たしかに。そこで真似されがちな筆頭が『ポートランド』ですよね。詳しい人に取材した時も、日本の行政や企業の人がすごい視察に来るって言ってましたもん」

    「ポートランドが生まれたのも、あの歴史や地理性があったからなのに、外側だけ真似してもうまくいくわけがない。そんな立て付けは役所や大企業内で稟議を通すプレゼンのためでしかないんですよ」

    「耳が痛い話ですね。実際、この下北線路街にも小田急のシンボルとして、撤去した線路の一部を飾るというアイデアがありました」

    「みんなそういうことやりたがるけど、むしろ邪魔ですよね(笑)。そんなものよりシモキタらしさとは何か考えて、それに根差したものを作る方がよっぽどいい」

     

    「みんなすぐ新しいことをやりたがるし、クリエイティビティに溢れてイノベーションを起こしてくれそうな外部に助けを求めるんです」

    「まあほら、会社の中で企画を通すのも、いろいろ大変なんですよ」

    「でも、とはいえイノベーションも必要でしょう!」

    「もちろん必要です。しかしIoTやDX、アートとまちづくり、昆虫食……のように、地域の文脈を無視したイノベーション『っぽい』トレンドをもてはやしすぎるのはどうかな、と個人的には思いますね」

    「ああ……そうやって代理店やセンスの良さそうな若者のアイデアに飛びついちゃったり。自分の言葉で話さずに無理やり説得しようとする人ほど、横文字を使いがちな印象があります」

    「目の前にある細かな仕事や課題にコツコツ取り組む。そういう泥臭いことから逃げちゃダメだと思うんですよ。即効性のある魔法はないんです!

    「その話で言うと、実はこのBONUS TRUCKも一部の賃料を限りなくゼロにするという議論もあったんですよね。お金のない若者でもチャレンジできるように!みたいな」

    「ありましたね。確かに耳障りはいいし、入りたい人は増えると思う。でも賃料がかからないと、切迫感がなくなって儲ける気がなくなるのが人間。だから長期的に見たら、共倒れになる可能性が高いですよね。やっぱり、頑張る理由はあったほうがいい」

     

    「『小さなことからコツコツと』って西川きよし師匠も言ってますもんね……」

    「まあ、飛びつきたくなる大企業や行政の閉塞感もわかりますけどね。例えばよくある駅前の再開発が、大きなハコを作って、その中にテナントをたくさん入れる形になりがちなのもそう。そのほうが利益を回収しやすいんです」

    「『点』で土地を活用しようと考えたときに、よく起こりうる考え方ですね」

    「渋谷の再開発も賛否両論ありますもんね。ミヤシタパークみたいな綺麗なハコができる裏でホームレスの人たちがいた公園が消え、歴史のある店や個人店が消えていく……」

    「どの土地でも、ビルが並んだオフィス街だったり、土地が空くとマンションがバシバシ建っていったりしてますね」

    「営利企業としては、利益を考えないわけにもいかないですからね」

    「もちろん、より効率よく利益を生む方法に流れるのもわかりますよ。でもその結果、大量のビルと無個性な街がどんどん生み出されている……。大きな会社のなかにも、この事実にとっくに気付いて、危機感を持っている人たちは数多くいるはずなんですけど

    「じゃあ、なんで状況が変わらないんでしょう」

    組織が大きすぎて、大きな変化が取れないんですよ。長期的に見れば損を見るとわかっていても、目先の赤字は許されない。だから彼らの中にはものすごい閉塞感があるはず」

    「リアル半沢直樹の世界……」

     

    「そうして目先の甘い汁に踊らされる人たちがたくさんいて、その被害を受けるのが土地というわけです」

    「なんかもう絶望しそうになりますね……終わりだ……」

    「ジモコロ編集長が諦めないでください」

    「そうそう、やけっぱちになるのはまだ早いですよ」

    「絶望に身を焼かれた『ベルセルク』のグリフィスみたいになりそうなので、早く希望のある話をお願いします……」

     

    『めんどくさいこと』をやり切る胆力が、まちづくりには必要

    結局、長期的な視点が大事って話だと思うんですよ。即効性のあるドーピングに頼るのではなく、コツコツと価値を築いていくしかない。『まちの個性』も、一朝一夕にできるわけじゃありません」

    「そうですよね。でも今の日本で、長期的な視点でコツコツやれる会社って少ないのでは?」

    「そうですね。長期的な視点でまちづくりに取り組めるのは、ひとつは小田急さんのようなインフラを持つ鉄道会社。『路線』という『線』で長期的なまちづくりを考えられるから。この視点は、自治体も同じなんです

    「というと?」

    「自治体って、利益だけでは動けないんですよ。だって病院や道路なんて新しく作っても絶対儲からない。でも必要だから作らなきゃいけない

    「ある種『めちゃくちゃめんどくさいけど、絶対必要なこと』を引き受ける存在でもあると」

    「ええ。街の中には儲からないし、人目も引かないけど、必要なものってたくさんあるんです。極端な例で言うと、発電所も、ゴミ処理場も、建設の際には地域住民から反対が出ることも多い。でも、インフラだから作らなきゃいけないんです」

    「インフラって点では、鉄道会社さんもそうですよね。地方のローカル路線は採算だけを考えると維持が厳しいけど、ないと困る地域の住民の方がいるわけで」

    「そうなんです。目に見える恩恵が少なくても、誰かがやらないといけない。そうした役割は、鉄道会社と自治体さんで共通していると思います」

    「要は人の生活に根差して、めんどくさいことをやりきる胆力がないと、目先の利益に踊らされて、長期的な視点で物事は見れないと言うことですね」

    「うまい話には必ず裏がある」

    「そうです。その代償は未来にあるということですね。でも、そのくらいの覚悟を持って取り組んだまちづくりは、成功するはず」

    「日本でも島根県の海士町のような先進事例は、30年以上前からまちづくりに取り組んでますしね。面白い街を作るために必要なのは、長い視点で地道に取り組む覚悟!

    「BONUS TRACKも、下北線路街も、それくらいの覚悟と決意をもって取り組んでいます」

    「下北沢の話から、めちゃくちゃデカい話になった……。とにかくおふたりは黒幕ではなく、街を救おうとするいい人たちだったと。最後に笑顔の写真でも載せておきますね」

    「とってつけた感!」

     

     

    おわりに

    難しい話はともかく、お近くの方はぜひBONUS TRACKへ遊びに来てください。公園のような緑に囲まれた空間で、おいしいフードやお酒を楽しむのはちょっとしたフェス気分になれますよ。

     

    取材中、平日のお昼にもかかわらず、多くの人が行き来していました。聞けば、近所の人の散歩コースにもなっており、「シモキタの駅までずっと早く、楽ちんに行けるようになった」と喜ぶ人も多いよう。地元の人にも歓迎されるBONUS TRACKは、これからどんどん面白い場所になっていきそうです。

     

    構成:しんたく

    撮影:藤原慶

    イーアイデム

    この記事を書いた人

    徳谷柿次郎
    徳谷柿次郎

    ジモコロ編集長。大阪出身。趣味は「日本語ラップ」「漫画」「プロレス」「コーヒー」「登山」など。顎関節症、胃弱、痔持ちと食のシルクロードが地獄に陥っている。

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