好きな味をベースに飲み比べながら、味の好みを広げる

まず訪れたのは、「道後温泉本館」とともに歩み続けている、愛媛・松山・道後地区唯一の造り酒屋である水口酒造。

 

「暖簾を守るな、暖簾を破れ」を家訓に掲げ、「道後ビール」をはじめ、粕取り焼酎、ラム、ジンなど、様々なお酒を展開しています。

 

3時間に及ぶ取材に快く対応してくれたのは、水口酒造株式会社 専務取締役の水口皓介さんです。

 

「こちらが『さくらひめ酵母』を使った日本酒『さくらひめ』です。どうぞ、飲んでみてください」

「……んっ!? だいぶ好き!」

「香りと旨味が残るね」

「……これは、私、かなり好きです。甘めなのかな。酵母はどのタイプですか?」

「Type-1の『Tropical』ですね。華やかで、甘さと酸味の調和が取れているタイプです。うちの『仁喜多津 純米吟醸酒 さくらひめ酵母』は、濾過はしているんですが原酒なんです」

「あっ、昨日、居酒屋で飲んで気に入った日本酒も原酒でした。洋梨とかバナナみたいな風味が好きで」

 

「一般的に、日本酒はもろみを絞った後に水を加えてアルコール分の調整をするのですが、『原酒』の場合は水を加えません。アルコール度数が少し高めで、濃厚な味わいになります」

「今まで、原酒は度数が強めだから避けてたな。……あ、すみません。私、放っておくとめちゃめちゃ飲んじゃいます、これ」

「飲みな飲みな。好きな味をベースに飲み比べながら、ちょっとずつはみ出す感じで飲んでいけば味の好みが広がりそうだね」

 

ペアリングは「正解」ではなく「提案」。自分なりの組み合わせを楽しんで

「『Tropical』タイプの酵母を使ってお酒を作るとなると、そういう風味を目指そうとして作るんですか? それとも、実際に造ってみるまでどういう風味になるかはわからないんですか?」

「半々ですね。一応、Type1〜4それぞれの香りが出る予定ではあって、こちらもそれに寄せた造り方をしようとはします。ただ、思った通りの香りが出るかは実際に造ってみるまでわかりません

「『寄せる』場合、造る工程を変えるんですか?」

「例えば、フレッシュで華やかな『吟醸味』を出したいなら、温度を下げて長く発酵させていくようにします。逆に、どうしても発酵が止まりそうでまずいとなれば温度を上げて発酵をうながしてあげないといけません。そうなると、思っていたのと違う香りになるかもしれないんです」

「なるほど、発酵の具合によっても変わってくるんですね」

 

「『さくらひめ酵母』は、初めて扱う酵母だったので大変でしたね。かなりゆっくり発酵が進むタイプだったので、杜氏と『これは大丈夫なのか?』と不安になりながら造っていきました。結果的には、予想通りのトロピカルな風味に仕上がりましたね」

「愛媛のお料理だと何に合わせたらいいんですか?」

「さくらひめプロジェクトのペアリング例では『Type-1』は、魚介類のグラタン、真鯛のムース、鰻の蒲焼き、クリームシチューなど、こってりめの食事と合うと提案されています。僕としては、ステーキにフルーツのソースを添える感覚でお肉なんかにも合うんじゃないかなと

「甘口のお酒は、白身魚と甘いお醤油に合うのかなと思っていました。たしかにお肉とも合いそう……」

「もちろん、その組み合わせもまろやかさが相まっておいしいですよ。ペアリングは、あくまで『提案』ですから、『正解』じゃないんです。自分がおいしそうだと思う組み合わせを見つけて、楽しんでもらえたらうれしいですね」

「自分の好きな組み合わせを探してみたくなりました」

「愛媛県に来るとなれば、道後には皆さん一度立ち寄りますよね。食事の際に、僕らのお酒が寄り添う場面が多いと思うんです。今回、愛媛の水とお米を使用して造った『さくらひめ』もそうですが、うちで造っているビールや焼酎、ジンも、なるべく愛媛県産の素材にこだわっています」

 

僕らの酒造りの目的は、愛媛のおいしいものを発信していって、愛媛の食文化ごと楽しんでもらうこと。皆さんに、味覚からも愛媛を感じてもらいたいという想いで酒造りをしています」

「愛媛の食材と一緒に、愛媛で楽しんでほしいという想いから生まれたお酒なんですね」

「そうです。『さくらひめ』は、他県の方にはもちろん、愛媛の人にも愛されるお酒になっていってほしいですね」

 

「きれい」なお酒から半歩ずらして「個」を出してみる

次に訪れた酒蔵は、今治にある「八木酒造部」。今回のえひめ香る地酒プロジェクトでは、新しい「さくらひめ酵母」に加え、蔵元として初めての手法「水酛」に挑戦したお酒、山丹正宗「華帯 HANAOBI 純米大吟醸酒」を手がけています。

 

株式会社八木酒造部 代表取締役の八木伸樹さんに、仕込みを終えたばかりの酒蔵を案内してもらいました。

「お酒の材料は、基本的に『米、米麹、酵母、水』ですが、全部の材料をいっぺんに大きなタンクにいれてしまうと、お米や水が腐るんです。発酵が進むにつれて雑菌は死にますが、一度腐った雑味は残ってしまいます」

「雑味、ですか」

「ですから、まず小さいタンクに少量の米、水、米麹を入れて、乳酸を少し垂らしてやるんです。そうすると、乳酸が酵母以外の雑菌を死滅させてくれる。『タンクの中に酵母だけがいる状態』が『酒母』で、『酛』と言ったりもしますね」

「『生酛造り』って聞いたことある! 生酛は『酛』が生ってこと……?」

「いえ、乳酸を垂らすのが『速醸酛』、昔ながらの方法が『生酛』ですね。現代は、乳酸が簡単に手に入りますが、昔は空気中の乳酸菌を使っていたんです」

 

「お米を蒸して置いておいて、空気中の乳酸菌がそこに落ちてくるのを待つ。でも、それがすごく大変で。乳酸菌が落ちてくるまでに1日かかったり、蔵によっては乳酸菌が育たなかったりするんです」

「八木酒造部さんの『さくらひめ酵母』を使ったお酒は、生酛と速醸酛のどちらの手法なんですか?」

「実はどちらでもなくて、『水酛』という手法を使っています。室町時代の『酛』の作り方の一つで、仕込み水そのものを乳酸発酵させるんです。うちとしては初めて挑戦する手法でした」

 

「どうして、あえて水酛の手法を使ったんですか?」

今のお酒は、どの蔵元も『きれい』になりすぎているなという感覚があって。うちも、今まできれいなお酒を追求してきていたんですが、お酒の味に幅を持たせたいな、と」

「『きれい』なお酒って、どういうお酒のことを言うんですか?」

「飲みにくい味や香りがないものですね。オフフレーバーと我々は呼んでいます。お酒には、アルコール臭いとか、甘ったるいとかカビ臭いとか、いろんな悪い味があるんですが、ものによってはそれが味の複雑味であって、良さでもあるんです」

「今まで、どういう日本酒が好みか聞かれると、なんとなく『さっぱりした飲みやすいもの』と答えていました」

「まさにそれが『きれい』なお酒ですね。日本中で味を『きれい』にする流れがあって、かなりのレベルまできたんです。でも、ふと気がついたら売れてるお酒はみんな味が似ているという状況になってしまって。それは悪いことではないんですが、作っている我々も、飲む側も面白くない」

「とにかく個性を殺して『飲みやすさ』が求められてきた中で、あえて『個』を出そうとしているんですね」

 

「『さくらひめ酵母』を扱うとなったときに、ただ花の香りが出るだけではみんな同じ方向性になってしまうと思ったんです。だから、方向性を半歩ずらしたくて。でも、僕としては味を汚したくはなかった。そのためにどうしたらいいか考えた時にたどり着いたのが水酛でした」

「『きれい』さを残しつつ、個性を出す。新しい、かつおもしろいお酒を作る方に賭けたんですね」

乳酸発酵させることで、乳酸菌の味が残っているお酒を作ってみようと。ちょっとヨーグルトっぽい、かろやかな酸味がお酒の味に加わるんです。初めての酵母で、初めての水酛というのはリスキーでしたが、それでもやってみることにしました」

「事実」と「感じ方」が違ってもいい。お酒の個性を感じて

「こちらが、さくらひめ酵母を使った『山丹正宗 華帯(HANA OBI)』です。四種の酵母の中では、Type-4の『Rich』を使っています。ふくよかな香りと、爽やかな酸味が特徴です」

「日本酒で酸味を意識したことなかったです。いろんな味があるんだ。さくらひめの酵母自体は、他の酵母に比べて華やかさはあるんですか?」

理屈としては、花の香りは酵母には移りません。でも、『花から採った酵母』というとみなさん花を連想しますよね。造り手としても『さくらひめ』の花をイメージしています。だから、今仰ったように、『華やかな香りを感じる酵母』。僕は、それでいいんだと思っています」

 

「そうか、ただ自分が感じたように受け取ればいいんですね」

「僕は、『事実』と『感じ方』が違ってもいいんじゃないかと思うんです。ストーリーや想いがのることで、お酒はさらにおいしく感じられますから」

 

愛媛で飲んだお酒は12種類。おいしい料理の数々にお酒が進みすぎて、気づけば8合ぐらい飲んでしまいました。今回ご紹介した『えひめ香る地酒プロジェクト』の日本酒は、3月末から各酒蔵から一斉に発売されます。

春の陽気に合わせて、愛媛旅行に出かけてみてはいかがでしょうか。そのときはこの記事を読んで楽しんでもらえたら幸いです。

 

※えひめ香る地酒プロジェクト

https://www.ehime-syuzou.com/sakurahime/

 

 

愛媛で飲んだお酒

・伊予賀儀屋 初仕込み壱番搾り
山丹正宗 華帯 HANAOBI 純米大吟醸
・山丹正宗 純米酒 松山三井
・山丹正宗 しずく媛 純米吟醸
・山丹正宗 吟醸酒
・石鎚 極み辛口本醸造+10
・石鎚 純米吟醸 山田錦50
・伊予賀儀屋 セブンRich Taste 純米酒
・初雪盃 無濾過生原酒
・京ひな 一刀両断 純米大吟醸
・仁喜多津 さくらひめ 純米吟醸
・仁喜多津 吊し滴 大吟醸

 

今回訪れた愛媛のおすすめスポット

<松山>
・コーヒースタンドソラシト
・おうちごはん てんさいとう
・本の轍
・和酒・和食 御結び
・出汁茶漬け 網元茶屋
・かもねぎうどん
・媛や

<道後>
・道後温泉本館
・放生園 足湯
・道後もなか
・にきたつ蔵部

<今治>
・重松飯店
・スイス菓子アルム

 

撮影:藤原慶