国民的ボードゲーム、『人生ゲーム』。1860年にアメリカで聖書の教えから生まれた遊びを原型にした盤ゲームは、その100年後の1960年に「THE GAME OF LIFE」として世界的に大ヒットした。

その日本語訳版が1968年に登場し、1983年の3代目『人生ゲーム』からは、マスの内容が日本オリジナルに変更。

 

それ以来トレンドに応じたテーマやマス目など、日本人の時代を映す鏡のような存在であり続け、7月に出た新作で66作目にもなる。

 

3代目『人生ゲーム』(販売終了)

 

そんな人生ゲームの制作者は、誰よりも日本人の「人生」に長く向き合い、昭和から平成、令和へと変遷する生き方をゲームへと反映し、実は一貫して「お金と希望の大切さ」までも子どもに伝え続けているという。

 

その真意とは何か。人生ゲームの制作に長年関わる、株式会社タカラトミーの池田源さんに伺った。

 

タカラトミー ニュープロダクトマーケティング課の池田源さん。取材はオンラインで行った

 

外出自粛期間に売り切れ続出!

2020年7月発売の最新作『人生ゲーム ジャンボドリーム』

 

辰井「まず単刀直入にお聞きしますが、いま『人生ゲーム』って売れているんですか?」

池田「売れています。『人生ゲーム』の今年4月の売り上げは、前年比の4割増でした。売り切れが続出して、ご迷惑をおかけしています」

辰井「そうなんですか! 外出自粛で家にいる時間が長くなったにしても、このスマホ全盛の時代に、みんなで遊ぶボードゲームがそんなに売れるんですね」

池田「それは、スマホを手放せない人が多いからこそなんです」

辰井「ほほう、というと?」

池田「昔は『人が集まったら人生ゲーム』だったんですが、今は『人が集まるための人生ゲーム』として、リアルなコミュニケーションをしたいときのツールに使われています。特に外出自粛の期間では、家族団らんのために使われていますね」

 

コロナ禍の団らんで、大人げなくパパの勝利!なんて光景も続出したのだろうか

 

1~2年後の日本を想像して、マスを作る

2016年発売のスタンダード版では、おなじみのベーシックステージに4つの追加エリアを組み合わせることができる

 

辰井「ちなみに歴代の人生ゲームで、時代を感じさせるマスはありますか?」

池田「8~10年に1回しかリニューアルしない『スタンダード版』では短期的なトレンドのマスは少ないのですが、いくつかあります。1990年に出た4代目だと、『パソコン通信を始める』とか」

 

右中央のマスに「パソコン通信」の文字が

 

辰井「時代だ。今の若い子はわからないでしょうね、パソコン通信は」

池田「インターネットのことだと思うかも知れませんね(笑)。1997年に出た5代目になると『携帯電話を買う』。6代目になると『ブログが書籍化され大ヒット』みたいなトレンドも入っています」

 

【発売中の人生ゲーム】
※スタンダード版のほか、テーマ版と呼ばれる派生バージョンが複数発売されている

・「人生ゲーム」(スタンダード版)
・「人生ゲームスポーツ」
・「人生ゲームプラス令和版」
・「ドラえもん人生ゲーム」
・「人生ゲームタイムスリップ」※現在は生産終了
・「人生ゲームダイナミックドリーム」※現在は生産終了
・「人生ゲームMOVE!」※現在は生産終了

 

辰井「昔、『人生ゲーム』の平成版を持っていたんですが、トレンドにちなんだマスが多かった気がします」

池田「テーマ版ではトレンドのマスが多いですね。平成版だと『週末はカウチポテト(※)』だとか。コンピュータを使ったお見合いだとか、『ポケベルにメッセージ早撃ちすぎて突き指をする』とか」

辰井「懐かしくて、軽く泣きそうです」

※カウチポテト……ポテトチップを食べながらソファ(カウチ)でテレビやビデオを見て過ごす人を称した、アメリカ発の俗語。日本でも昭和末期〜平成初期に現代人のライフスタイルとして話題になった

 

辰井「今の人生ゲームのマスはどうですか?」

池田「最新作のジャンボドリームだと、『キャッシュレス決済でポイント還元』とか、『料理配達サービスの副業で大忙し』あたりですね」

辰井「フードデリバリーのネタがもう入っているんですね」

池田「あとは『eスポーツの世界大会で優勝』とか、『街の片隅で話題のスプレーアートを発見』だとか」

辰井「バンクシーだ」

池田「いろいろとトレンドを取り入れてます。1年ほどかけて作るのですが、当時はフードデリバリーサービスがいまほど広がっているとは思いもしませんでした」

辰井「ましてや、コロナが蔓延するなんて予測不能ですもんね」

池田「ええ。どんな世の中になるかはわからないので、少なくとも1~2年後はトレンドが続きそうなネタを選んでいます

 

2017年発売の「人生ゲーム MOVE!」より

 

辰井「ちなみに最近の人生ゲームを見てみると、『格安SIMで電話代が浮いた』とか、ちょっと節約意識の強いマスが増えましたね」

池田昨今のトレンドを入れていくと、必然的にそうなります

辰井「なんだか切ない……」

 

池田「『職業』も『人生ゲーム』の重要な要素ですが、どんどん多様化して、パティシエやロボットクリエイターが登場しました」

辰井「今っぽい。昔と今で、元々ある職業の給料額も変わりましたか?」

池田「そうですね。たとえば4代目の『人生ゲーム』に『プログラマー』があったんですが、7代目になると『エンジニア』という名前に変わって、金額も1万2000ドル→3万2000ドルまで上がりました。IT時代を見越しての昇給です」

辰井「劇的ですね。……昔も今も政治家がとても儲かる職業なのは、なぜですか?」

池田「人生ゲームはみなさんの意識やイメージを反映していますから、政治家と聞くとずっと『お金を持っている』イメージがあるようですので

辰井「(笑)。でも僕らのパブリックイメージ通りですね」

池田「皆さんの世論を反映して、政治家は引き続きお金持ちにしています」

 

元々は子どもに「お金を稼いで自立することを教える」ゲームだった⁈

辰井「そもそも、なぜ人生ゲームは億万長者を目指す設定になっているんですか?」

池田「今から50年以上前、1968年の『人生ゲーム』に盛り込まれている『お金をしっかり稼いで自立する』ことを、“日本の子どもたちに伝えたい”という想いが込められています」

辰井「そんな教育的な側面が!」

池田「人生ゲームが日本に入ってきたときには『お金を稼ぐゲームって、はしたない』なんて声もあったんですけれども」

辰井「日本って清貧が尊ばれがちですからね」

 

初代人生ゲームは1960年に出たアメリカ版を直訳したもの。「お金を稼いで自立する」を伝える意図が当時からあった

 

池田「でも、お金は生きる上でやはり欠かせませんから。お金を稼いで億万長者を目指す流れは、基本的には変えてません」

辰井「リアルかつ大切なコンセプトだ……全然知らなかったです。ちなみに今のご家庭からの反響はどうですか?」

池田「お母さんから『お買い物の練習になる』と言っていただいています。今って現金をやりとりする機会が減ってきて、小学6年生でもおつりの概念を知らない子がいるんですよ」

辰井「ええ~! なぜですか?」

池田「子どもに現金を持たせない親御さんも多いそうなんです。Suicaのような電子マネーを渡して、使いすぎないようにすると聞きます」

辰井「お小遣いが電子マネーとは……。そうか、電子マネーだとおつりは出ませんねもんね」

池田「はい。だから『なんでマイナスのマスに止まったのに、お金を払ったあとで、またお金が戻ってくるんだ』と思うお子さんもいるそうで。でも、この体験が、お金のやりとりを学ぶいい機会になっているんです」

 

大人になってみると、よりお金の大切さがわかるようになったなあ……

 

池田「あとは順番を守ってルーレットを回すことも、社会のルールを学ぶ、基本的な教育につながっていると聞きます」

辰井「思わぬ副産物が。子どもはマス目の内容でも人生を学べますよね。大人の世界をのぞけるようで」

池田「内容がまだ難しくてわからないマスは、親が子どもに『保険に入れば、何かあったときに安全だよ』みたいに教えられますからね」

辰井「私も、保険の概念を人生ゲームで学びました」

池田『人生ゲームで学んでいたから、将来役に立ちました』って言われることもけっこうありますよ。『昔遊んでいたのを何となく覚えていて、今に活きています』とか。そんなことを学ぶ1つのツールになればいいかなと思います」

 

このご時世で“ジャンボドリーム”が出た意味

リーマンショック後の2009年4月に発売された、『人生ゲーム極辛』。世知辛い世の中をリアルに再現し、お金を払うマスなどが多い

 

辰井「不景気のときには、2009年に出た『人生ゲーム極辛』のように“悪い出来事の多いバージョン”があります。いま、そんなバージョンが再び出る可能性はありますか?」

池田「『極辛』を作ったときはリーマンショックで景気が落ち込み、どん底になっている世相を逆に笑い飛ばそうというコンセプトで作られました。ですが、災害・事故・病気などは極力扱いません」

辰井「そういえば3.11も扱っていないんですね」

池田「はい。ですが、災害を通じて起こったトレンドは、マス目になることもあります。フードデリバリーはそうですね」

 

辰井「ウーバーイーツの勢いはすごいですからね。直接描かないにしても、厳しめな内容のゲームは出そうですか?」

池田「本当にどん底中のどん底だと、どん底な『人生ゲーム』はあまり楽しめないと思うんです。ただ、もしかすると、前向きに生きて行けそうとなったときに出るかもしれないですし、逆にこんな時代だからこそ前向きになれる『人生ゲーム』も考えています」

 

辰井「そんな意味だと、新作の『人生ゲーム ジャンボドリーム』は、まさに『暗い世の中に明るいことを』というコンセプトですか?」

池田「いえ、制作がスタートしたのは1年ほど前でして。『オリンピックで世の中が明るい雰囲気になっているだろう』と思ったら、こんな世の中で出すことになってしまいまして……」

 

辰井ジャンボな夢どころでは……。で、でも、『こんな世の中だからこそ、ゲームの中では夢を見たい』という人もいると思いますよ!」

池田「そうですよね。ちなみに『ジャンボドリーム』制作のきっかけは、夢のない人が増えたことです」

辰井「というと?」

池田「制作にあたり、事前アンケートを取った際、具体的な夢を持っていない子が20%ほどいたんです。若い社会人の方も昇進しなくていい、事業を興したくもないという人が多くて。そこで、若いうちから人生の目的を持ってほしいと思って作りました」

辰井「そこまで考えられているとは……」

池田「ゲームには『ロケットを飛ばす』くらいの大きな夢から、『ホールケーキを一人で食べる』ような小さい夢まで出てきます。いろんなものを体験して、自分の夢を見つけてもらえたらなと」

 

 

辰井「奇しくもコロナ禍に出たというのは、運命かもしれませんね」

池田「厳しい時代にはなりましたが、夢を持って何を自分のゴールにしていくかを考える手助けになれれば。そんな意味合いもゲームに込めていますね」

 

シリーズ50周年の2018年に発売された『人生ゲームタイムスリップ』。”スプーン曲げ”ブームの頃にはじまり、バブルが訪れ……のように、日本人の軌跡を追った内容は大きな反響を呼んだ

 

人生には逆転のチャンスがある

辰井「『人生ゲーム』は、日本人にとってどんな存在だと思いますか?」

池田「アメリカ生まれではありますが、いまや日本の家庭に根付いたゲームだと思います。特に最近はコロナ禍で家族で人生ゲームをやって『“こんなに面白いんだ”と再確認した』という声がすごく多かったんです」

辰井「自粛期間に時間ができて、久しぶりに引っ張り出して遊んだ人も多いでしょうね」

池田「アナログゲームはこんなに面白いんだということが、奇しくもこの状況をきっかけに再認識していただけたのかなと」

辰井「それはありそうですね。最後に、人生に悩む者としてぜひ聞きたいのですが……、人生ゲームから学べる『人生の困難の乗り越え方』はありますか?」

池田「困難の乗り越え方……。たとえばゲーム中、ものすごい借金が生まれることもあるんですけど、けっこう逆転要素もありまして。ちょっとしたきっかけでお金が戻るとか、あとはギャンブルのマスもあるんですね」

辰井「競馬とか?」

池田「いいえ、『人生最大のかけ』というビッグイベントがあるんです」

 

1〜10のうちひとつに賭けてルーレットを回し、同じ数が出れば大金が手に入る。逆転のチャンス!

 

池田人生はギャンブルの連続で、決断をすれば失敗も成功もあります。賭けごとを推奨するわけではありませんが、お金の大切さに加え、『勝負のときに勝てばいいこともあるぞ』と実感してもらえるようになっています」

辰井「ああ、たしかに。人生に絶望して幸せを忘れたころに、不思議といいこともありますからね……」

池田「感情がこもっていますね(笑)。いっぱい借金していても、逆転勝利なんてこともけっこうありますから。人生の後半になるほど、お金のレートも上がりますし」

辰井「それも実際の人生と同じですね」

池田「最初にダメでも、最後に優勝することもありますし、あきらめずに人生を頑張っていきましょう、とお伝えしたいです」