
「育ってしまったからにはしょうがない」という気持ちで「東東京」を描いている
こうして、三河島から日暮里まで歩いた一行。最後に、日暮里駅前の「ニュー談話室」で、かつしかさんに、あらためてこれまでの活動や、東東京という地域についてお話を伺った。

谷頭「今日は楽しかったです。『東東京』と一口に言っても、いろんな場所があるんだなあと。そもそもかつしかさんは、どういった経緯で東東京について描くようになったんですか?」
かつしか「もともとイラストを描くのは好きだったので、趣味で地元の風景を描いたイラストを投稿していたんです。それで、2011年の夏ぐらいに、それをみた地元のデザイナーから展示に誘われて、そこから徐々に活動が広がりました」
谷頭「なるほど。最初から、地元を描いてたんですね。ということは、やっぱりもともと地元愛は強かったんですか?」
かつしか「全然そんなことはなくて」
谷頭「なんと!」
かつしか「こういう活動をしていると、地元が好きそうに見られるんですけど、 どちらかというと『ここで育ってしまったからにはしょうがない』という気持ちがあるんですよね」
谷頭「しょうがない?」

かつしか「今まで住んできてここで育ったし、これからも多分住むだろうと。だったら地元について色々調べたり、どんな場所だったのか知っておいた方がいいかな、ぐらいの感じで。自分と自分の過ごした町の折り合いをつけるためというか」
谷頭「なるほど」
かつしか「地元に対しても、べったりというよりは少し冷めて見ている感じです。良いところもあれば、悪いところもあるし、合う人もいれば合わない人もいる」
谷頭「まあ、人も地域もいろいろですからね」
かつしか「東東京って、『下町』っていうイメージが強いじゃないですか。でも、僕が普段住んで見ている街は、そんなに『下町』って感じでもなくて、その辺りのリアリティをもうちょっと知ってほしいなと思うのが、活動の原点でもあるかな。東東京にだってチェーン店やスーパーはたくさんあるし(笑)」
谷頭「たしかに、カフェ・ド・クリエもあったし(笑)」
『男はつらいよ』と『こち亀』が作ってきた、東東京のイメージ
谷頭「でも、東東京って、どうしても、『下町!』『商店街!』みたいなイメージが強いですよね」
かつしか「それって多分『男はつらいよ』と『こち亀』が作ってきたイメージだと思うんです。『男はつらいよ』で映っているのは、帝釈天の門前町の情緒なので、厳密に言えば下町の情緒じゃないんです」
谷頭「たしかに、めちゃくちゃその印象は強い」
かつしか「複雑なのは、そのイメージを地元の人も強く持っているということ。葛飾区や江戸川区だと畑が残っていたり、もっとのどかな部分もある。だから、『男はつらいよ』や『こち亀』だけじゃない角度からも、東東京を書けるはずだと、ずっと思っています」
谷頭「面白い。現実をありのままに描く、ということですよね。実際はいろんなお店があるし、多国籍だし、自然がいっぱいだし、とっても複雑」

谷頭「イメージとしての『東東京』って、やっぱりメディアの伝え方も大きいですよね。それこそ、最近、東東京をめぐる『再開発』の問題の報じられ方を見ていると、さっきの『東東京』のイメージありきでメディアが伝えている感じもあって」
かつしか「立石駅前の再開発とかも、そうかもしれませんね」
谷頭「駅前にあった『呑んべ横丁』を潰して、タワマンにするっていう」

散歩コースの途中にも、ちらほらと高いビルが目立った
かつしか「メディアだと、再開発反対派vs賛成派、みたいな構図で描かれがちなんですが、現実はそこまで単純でもないんですよね。そもそも、『呑んべ横丁』にしても元々は飲み屋だけでなく、色々な商店が集まる一角でした。のんべえの街のイメージは21世紀に入って以降、徐々に強くなっていったように思います」
谷頭「そうなんですね!」
かつしか「いつからか外から飲みに来る人たちが増えて、観光地のようになって。だから正直なところ、立石の地元住民は、飲み屋がたくさんあることを快く思わない人もいた。だから、メディアなどが、ただ飲み屋街を守れ、とアピールするのは、ちょっと違うような気がして」
谷頭「『失われる昔ながらの風景』というのが、ストーリーとしてわかりやすいんでしょうね」
かつしか「そう、そしてそこに『タワマンが立つ』というストーリーですね。でも、その再開発を進めている側の立場にいる、商店街のある方は、すごく立石のことが好きな人なんです」
谷頭「へー!」
かつしか「街のために色々なイベントを企画したり、駅前花壇を整備したりされていて。僕が見るかぎり、とても立石のことを考えているんです。その人が、『街に住む人の側に立つと、やはり木造が密集しているよりも、ある程度スペースがある方がお年寄りも家族連れも安心して暮らせるんじゃないか』と言っていて」
谷頭「街のことを考えているからこそ、再開発を進めるということがあるわけですよね。その二つは矛盾しない」
かつしか「外の人から見たら、下町情緒を大切にしたいのかもしれないけれど、やはり住む側の視点も別にあるわけで。難しいですね」
谷頭「『男はつらいよ』的世界を壊すな! という価値観が先行してしまうと、住民の人の視点が抜け落ちてしまうかもしれない」

再開発で大きく姿を変えようとしている立石。誰かが書き残さなければ消えてしまう個々の店や人の歴史を、有志で聞き書きして記録した『みんなの立石物語』。かつしかさん含む4名によるプロジェクトで発行した
かつしか「さっき、日暮里のタワマンに行ったじゃないですか? そこに広場みたいなスペースがあって、夕方に子供たちがすごく楽しそうに遊んでいて。それを見た時に、この子たちにとっては、もうこのタワマン前の広場が子ども時代の原風景になるんだな、と思って」
谷頭「昔でいう空き地ですよね。『ドラえもん』に出てくるような」
かつしか「この子たちが大人になったら、そのタワマンの風景も懐かしく思うんだろうなと」
地域を搾取しないためにも「歴史」を知る

かつしか「ただ、実際をありのままに描くのは難しさもあって。東東京の街の中には、一般的にはネガティブに思われる歴史も色々あるわけで、その辺りをどのように描くのか、とても難しい」
谷頭「ある意味で、そのネガティブな歴史をちょっと誇張して描いてしまった方が楽でもありますよね」
かつしか「はい。それこそ、いわゆる『足立区ディス』のように、過剰にいじるような風潮もありますけど、それは住んでいる人がいい気持ちにはならないだろうなと。ただ、ネガティブな部分にまったく触れないのも、特定の歴史を無いことにするようで、違う気がして」
谷頭「そういうことを描くときって、どういう風にしているんですか?」
かつしか「漫画を書くときですごく難しかったのは、墨田区の荒川沿いの地域がテーマになった回で、その辺りは皮革や油脂を扱う工場が多いのですが、そこにはとても複雑な歴史がある」
谷頭「かなり難しそうです」
かつしか「最終的に、主人公の一人であるエチオピア人の少女のお父さんが、その辺りの工場で働いているという設定にしたんです。皮革業とは書かなかったんですが、実際にその辺りの工場でアフリカ系の方が働いてるのは事実なので、その文脈を知ってる人が見ればわかる」
谷頭「なるほど」

『東東京区区』9話より
かつしか「それと、その女の子が、その辺りを歩いた時に『この匂いは小さい頃に嗅いだことがある』と描いたんです。そのとき、『臭(くさ)い』と言ったりせずに、その匂いによって幼少期の経験と結びついている土地であることを表しました」
谷頭「『臭い』だと明らかにある種の色がついてしまうけど、『匂い』っていう表現は、もっと中立な言葉ですよね」
かつしか「そうそう。作品に出てくる場面ではなるべく価値判断をしないで、ただそこにあるということを描きたいと思っています。『ディープ』みたいな表現もあまり使いたくない」
谷頭「ただそこにあるものを描く、いい言葉ですね。でも、事前にその場所の情報を持っていると、どうしても色眼鏡がかかった状態で見ちゃったりしませんか?」

かつしか「僕が意識しているのは、徹底的にというか、できる限りその場所について調べることです」
谷頭「徹底的に調べる」
かつしか「 例えば、この町は戦後、貧しい人たちが暮らしたエリアだとネットで知ったとしたら、それ以前のことをもっと掘り下げる。そうすると、そこは元々、農村で、そこに鉄道ができて、人が集まってきて、そこに戦後、焼け出された人たちが住んで……という風に、その土地が現在の姿になるまでの経緯を知る」
谷頭「なるほど。時間軸を大きく、うんと昔まで遡ってみる」
かつしか「すると、ある程度、現在のその場所が持つイメージだけで判断しないようになるんじゃないかなと、思います。意外とそのイメージは新しかったりする」
谷頭「いろんな情報を知っておくことによって、いろんな視点からその場所を捉えることができると。面白い。『歴史』ってそういう視点を持つためにあるのかもしれないですね」
東東京を歩くように、世界の都市を歩いてみたい

谷頭「かつしかさんの『東東京』に対する向き合い方は、とても誠実ですよね」
かつしか「そうですかね。『東東京』って、行政上の区分があるわけじゃなくて、みんな感覚で言っていると思うんです。僕もそうなんですけどね。僕は『東東京』って言ったときは、自分が責任を持って描ける範囲のことを言ってます」
谷頭「責任を持てる範囲」
かつしか「同じ23区でも『杉並区』とか西側になると、自分よりも詳しくてそこで育った人がいるから、その人をさしおいて漫画で描こうとは思わない。『地元』をギリギリまで広げた、その土地の雰囲気をある程度共有できる範囲ですね」
谷頭「なるほど。面白い場所の捉え方だ」
かつしか「ただ、自分が特定の町に地縁的な結びつきがなかったからこそ、『東東京』という中途半端な広さの範囲を設定して描こうと思えたのかな、とも思ってます。深川で代々商売をやっている家に生まれたりしていたら、こういう視点にはなってなかったと思う」
谷頭「東東京というローカルに対して、もっと責任感のある描き方になっていったかもしれない」

かつしか「両親が東東京に引っ越して住み始めたので、僕はまだ2世代目。東東京に対しては、よそ者でもないけど、代々住んでいるわけでもない、って宙ぶらりんなところがあるんです。そういう状態だからこそ、どちらにも寄り切らない視点になるのかもしれない」
谷頭「ローカルメディアの編集者やライターが悩むのは、やっぱりその地域との距離の取り方らしいんです。その地域に根付いているわけじゃないけれど、でも、そこを消費するような取り上げ方もはばかられる」
かつしか「『責任』と『無責任』の間、というか」
谷頭「その距離の取り方で悩む人は多い。そんなとき、かつしかさんの、『東東京』に対するスタンスって、学べることも多いかもしれませんよね」
かつしか「ありがとうございます。まだまだ描けていないことがたくさんなので、恐縮ですが」
谷頭「『東東京区区』はこれからもまだ描き続けられるんですか?」
かつしか「 まだ描いてない東東京の場所でいくつか候補があるので、その辺りは書きたいなと。それと、なんとなく考えてることもあって。『東東京区区』のフォーマットで、別のキャラクターを主人公にして書けたら、それも面白いなと思ってます」
谷頭「たしかに、主人公が変わると、同じ街でもまた全然違う視点から見ることになりますもんね。それは面白そう」
かつしか「あと韓国とか台湾は、いつか機会があったら歩いて、漫画に描きたいなと思っていますね」
谷頭「かつしかさんの街に対する視点が、海外でも炸裂するわけですね」
かつしか「これまでの方法論が通じないだろうな、とは思いますけどね」
谷頭「また、新しい街やローカルとの向き合い方が発明されるのかもしれませんね。今後の作品も楽しみにしています!」
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この記事を書いたライター
チェーンストア研究家・ライター。1997年生まれ。一見平板に見える都市やそこでの事象について、消費者の目線から語る。 著作に『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』 (集英社新書)、『ブックオフから考える 「なんとなく」から生まれた文化のインフラ』(青弓社)など。執筆媒体として「東洋経済オンライン」「現代ビジネス」「Yahoo! JAPAN SDGs」ほか多数。テレビ・動画出演は『ABEMA Prime』『めざまし8』など。Podcastに、文芸評論家家・三宅香帆との『こんな本、どうですか?』など。

















































