南インド料理専門店「エリックサウス」総料理長の稲田俊輔さんに、日本各地のローカルフードのお話を聞いてきたこの企画。

今回は稲田さんがお好きだという「長野のおやき」についてお話してくださいませんか? とメールを送ると、すぐにお返事をいただきました。

「おやきの話であればいくらでもできそうです」

こちらから話を振っておいてこんなことを言うのもあれなのですが、おやきって、素朴で、ちょっと地味なイメージの食べもの。そんなに語ることがありますか……? 稲田さん、ぜひお話聞かせてください!

 

話を聞いた人:稲田俊輔さん
料理人・飲食店プロデューサー。南インド料理店「エリックサウス」全店のレシピ開発やメニュー監修を中心とした店舗プロデュースをおこなう。食やスパイスについての著書も多数。
X:@inadashunsuke

 

野沢菜がギチギチに詰まった焼きまんじゅうに、心奪われる

20年前くらいでしょうか。最初の出会いは、「小川の庄」というメーカーの「縄文おやき」でした。親戚に長野に住んでいる人がいまして、お土産としていただいたんですよ。

その人、テンション低く「こんなつまらないもので……」とちょっと遠慮気味ににおやきを渡してくれました。どれどれ、と食べてみたら、すごくおいしいんです。感動しましたね。

僕、実は甘いおまんじゅうってそんなに得意じゃないんです。しかし、しょっぱいおまんじゅう、つまり肉まんなんかは大好きなんですよね。おやきは、甘いおまんじゅうではなくて、しかも具材が肉ではなく野菜。斬新だなと思いました。

それと、僕は九州生まれ。九州生まれの人って全員そうなんじゃないかなと思うんですが、高菜のお漬物が死ぬほど好きなわけなんですよ。「全員」は言い過ぎだったかもしれませんが。で、おやきの定番メニューは、高菜に似た「野沢菜」がこれでもかというくらいぎっしり詰まっているでしょう。もうこれは、九州人として好きにならざるを得ないというところがありまして。

ええ、ええ。それでまあ、おやきは当然大好きになりました。

ただ、その時点では「たまたまどこかで食べれたらラッキー」くらいの感じだったんですが、10年ほど前に転機がありました。

ある時、僕のお店のエリックサウスが出店した催事がありまして、そのお隣のブースが、長野のおやきメーカーである「いろは堂」だったんですね。

今日は運がいいな、くらいの感じで買って食べたら、これがちょっと衝撃的なおいしさで。それからは、いろは堂が出店している催事に足を運んだり、オンラインで購入をしたりと、自分でも積極的におやきを購入するようになりました。

 

僕がおやきに心を掴まれた理由のひとつに、「料理としての普遍性」みたいな部分もある気がします。

世界には、小麦の皮にぎっしりと具を包んだ食べものが数多くあります。それらは、どちらかというと肉が主体なんですが、そのいっぽうで野菜が具に選ばれることも、特にアジア圏ではたくさんあって。

インドも菜食主義者が多いこともあり、サモサ、クルチャなど、野菜を包むメニューが充実していますね。

あとは、僕が台湾で食べた屋台飯のなかで感銘を受けたのは、小麦粉の薄い皮のなかにキャベツやネギがぎっしり詰まっている焼きまんじゅう。まさにおやきと構造がそっくりだったんです。

そういった、おやきのグローバルな普遍性みたいなところにも自分は興味を惹かれたんだろうなと思います。

 

「食べないと損」だと語りかけてくる、いろは堂のおやき

いろは堂の「なす」おやき

定番の野沢菜おやきに心奪われ、次に夢中になったのは、ナスのおやきでした。

でも、いろは堂にはナスがなかったんです。どうしてだろうと疑問に思っていたんですが、後から、いろは堂ではナスはあくまで「季節商品」なのだと知りました。おやきのなかでもかなりの人気メニューだと想像する「なす」を、期間限定で出しているというこだわり。そのストイックさ。(かっくいい……)と心のなかで唸りましたね。

いろは堂には「野菜ミックス」という商品があります。名前からは、無難な、特徴のなさそうな印象を受けますが、最終的にこれが僕の定番になりました。

キャベツを中心に、何種類かの野菜が入った、家で適当につくる野菜炒めみたいな具材。そういう、ざっかけないというか、どこにでもありふれたものが、おやきになった瞬間に、なぜこんなにおいしいものになるのか!

平凡であるがゆえに食べ飽きないというところも含めて、自分のなかでは「野菜ミックス」が「ザ・おやき」として君臨しています。

一般的なおやきが、その素朴さや、希少価値を愛でて、長野のお土産として売り出されているのですが、いろは堂のおやきはちょっと違う気がしているんですよね。

ひとつ食べて感動してしまったら最後。「おやきのこと素朴な郷土料理だと思っていたでしょう。でも、体験したことない味わいだったでしょ? おやきは食べなきゃ損だよ!」と言われている気持ちになって、他の味にも手をだしてしまうんですね。

 

皮が薄く、具たっぷり、は職人技の結晶

つくり方もシンプルに見えるかもしれませんが、あれは職人技の結晶だと思いますね。いかに皮を薄くしつつ、中身をギュッと詰めるか。あれは、なかなか機械化が難しいと思うんです。

いろは堂のおやきは、1日に約1万個つくられている。そのうち、野菜の具材のおやきはすべて手作業で包まれているそうだ

おやきって、具材がこれでもかというくらいギュッと詰まっていて、それがとてもおいしいんですけど、普通は皮が破れちゃったり、具材がはみ出ちゃったりすると思うんです。少なくとも僕にはあんなに綺麗に、速く包むなんて絶対にできません。

「なるべく皮を薄くして、中身をたくさん詰める」というのは、さっきもお話した世界各地の「包み系 料理」で目指されていることだと思います。

たとえば、小籠包なんてその究極ですよね。限界まで薄い皮で、中身をたくさん詰める。職人の腕の見せどころなわけです。だから、小籠包を包んでいるところがガラス張りになっていて、お客さんがその様子を見れるようになっているお店もあるでしょう。

おやきも、実はそれと同じレベルのことをやっている。長野の人たちは奥ゆかしいから淡々と当たり前のようにやっているんだけど、ショーアップしてもいいくらいの職人の技術が詰まっている。きっと指の先の神経まで使って包んでいる。

あれ、もっと見せびらかしたほうがいいと思いますよ!

 

内陸部の食材は宝。もっと地元の食を誇っていい

これはおやきに限らずだと思うんですが、長野の人たちは長野の食べものを過小評価しているような気がしていて。

すごいものをつくっているのに、あまりアピールしない。むしろ、どこにでもある、つまらない、貧乏くさいものが自分たちの地域の特産品だなんて恥ずかしい、うわ〜っ! って思っているような感じがするんですよね。よそから見ると、こんなにいいものをつくっているんだからドヤ顔でアピールしたらいいのに、なんでそんなに遠慮がちなのですか! という、ある種のじれったさを感じます。

日本って、カニとかイクラとかマグロとか、海産物にドヤ顔をする民族だと思うんです。そんなご馳走・海産物に比べると、内陸の素朴な食材はつまらないとか、劣っていると思われる。

これね、昔、流通がまだ未発達で、日本のほとんどが農村だったような時代は、沿岸部で取れる海産物はたしかにご馳走だったと思うんですよ。海から少し離れた地域では、魚を食べられたとしても、ギチギチに塩漬けされたり干されたりしたものであったり、川魚だったりして、新鮮な海産物に対して憧れがあったんだと思います。それは同時に、流通が発達している江戸や京大阪の人たちに対しての憧れでもあったでしょう。そういった感情の裏返しで、内陸の食材で苦心惨憺してつくるものにあまり誇りを持てなかった。その気持ちは、なんとなくわかる気もするんですよね。

ただ、現代においては、流通がぐんと発達し、新鮮な海産物も比較的手に入りやすい食材になっているわけです。少なくとも僕は、内陸部で粛々と工夫され続けてきた食べもののほうにありがたみを感じていますね。

長野って、まさに山の幸の宝庫じゃないですか。おやきはそれらすべてを包み込み、よりおいしさを凝縮したような食べもの。かつては限られた食材で粛々とつくっていた郷土料理だったかもしれないけれど、すばらしい食べものなのだから、もっと堂々とアピールしてほしいという気持ちがあります。ほら、同じく長野で、小麦が採れずに代用食として仕方なく食べていた「蕎麦」も、長い年月をかけて洗練されたひとつの食文化になっているじゃないですか。

いろは堂のおやきは、おばあちゃんが囲炉裏で包んで焼いているものからは、きっと間違いなく進化しているんですよね。僕はおばあちゃんに焼いてもらったおやきを食べたことがないから、これは想像でしかないんですけど、いろいろと細かい部分で進化させていっていると思うんですよ。

でも、進化させすぎても価値がなくなるというのが土地に根付く食の難しいところで。ある種の素朴さ、つまり本質的な部分は残したままで進化しなくてはいけない。いろは堂も、縄文おやきも、そのバランスを慎重に、大切に取りながらおやきをつくっていると思います。

いろは堂の「野沢菜マサラ」おやき

僕も、以前いろは堂のおやきを監修させてもらったことがあります。いろいろ試作して、最終的に商品化したのは「野沢菜マサラ」でした。たとえばですけど、おやきの生地にキーマカレーを入れたら、間違いなくおいしいんですよ。でもそれはおやきじゃなくなってしまう。僕が思うおやきは、やはり「野菜そのもののおいしさがギュギュッと詰まった焼きまんじゅう」。今までになかった商品にしつつ、おやきの本質をついた、100年後も食べられる普遍的な味を目指す。それがかなり難しく、そしてすごくおもしろかったですね。

話題づくりに走らず、おやきの本質を守り、魅力をそこなわないままに進化させている。よいおやきメーカーのそんな姿勢からは、郷土料理をこれから先も伝承していきたい、という愛情を感じますね。長野の人たちの、奥ゆかしい、しかし確かな愛を受けるおやきが、僕は大好きなんです。

 

いろは堂

・鬼無里本店

 長野市鬼無里1687-1

・OYAKI FARM(おやきファーム)

 長野市篠ノ井杵淵7-1

他、店舗多数あり

https://irohado.com/pages/stores

縄文おやき(小川の庄)

https://www.ogawanosho.jp/?srsltid=AfmBOorrRRjeRf0-jN-kbhCAh_Ng3nTWEixyuPy0-YqzMe5FThTasl9O

文:荒田もも
イラスト:植田まほ子