ライターの吉野です。私たちが住んでいる日本は世界に誇るキャラクター大国。多くの企業や地域活動の中では、親しみを持ってもらうためにもキャラづくりはマストです。

その中でも長年多くの人に愛されているひとつが、東京都の警視庁のオリジナルマスコットキャラクターの「ピーポくん」

1987年に誕生して以来、都内の警察署や交通安全運動などで警視庁のシンボルマスコットとして活躍してきました。ちなみに「ピーポくん」という名前は「ピーポーピーポー」という警察のサイレンの音からとったと思いきや、「ピープル」と「ポリス」の頭文字からきたそう

そんな中、昨年ピーポくんグッズの今後を揺るがす衝撃ニュースが日本中を駆け巡りました……

ピーポくんのぬいぐるみの販売が中止!!!
ピーポくん人形、製造中止 工場閉鎖、他業者と交渉中

長年ピーポくんぬいぐるみを製造を担ってきた工場が、職人の高齢化のため3月末に閉鎖されたことが要因だそう。ピーポくんくらい有名なキャラのぬいぐるみですら製造中止になっちゃうてことは、他のぬいぐるみもこれから怪しいんじゃ……。みんなが好きなあのキャラのぬいぐるみだってもう抱けなくなる!?

そんな不安を抱えていたところ、去年の秋に新しいピーポくんぬいぐるみ製作会社が決まったという嬉しいニュースが。それが東京都葛飾区にある「メディコプレス株式会社」です。

新しいピーポくんのぬいぐるみは旧作とどう違うのか? 材料費も高騰し続けている今、ぬいぐるみに携わる人たちの心境とは? メディコプレス代表取締役の梅津由都(うめつ・よしと)さんに聞きました。

話を聞いた人:梅津由都さん

1969年生まれ。広告代理店を経て、2002年に「メディコプレス」を立ち上げ、現在に至る。

 

 

ピーポくんぬいぐるみ奇跡の復活ストーリー

「あの、ピーポくんのぬいぐるみを復活させてくれて、本当にありがとうございました! 再販を聞いた時はうれしくて……」

「ピーポくんの再販に関しては、我々も思った以上に反響があって驚いています。やっぱり長年、多くの人に愛されてきたキャラクターなんですね」

「そもそも、どうしてぬいぐるみ製作を引き継ぐことになったんですか?」

「元々、私たちはピーポくんの着ぐるみの制作を担当していたご縁で、警察庁の方から声がかかったんです。それで社員の中にピーポファンがいたこともあって、コンペに参加してみることにしました」

「え、社員さんの中にもファンが!?」

「私ですね。高校時代の校外学習で警視庁を見学した際、『想像以上にかわいくない?』と気づいてから、すっかりピーポくんの虜になってしまって。その時は、クラスメイトが貰いたがらなかったピーポくんのステッカーを私が全部もらって帰りました

「メディコプレス株式会社」ぬいぐるみ担当の高橋さん

高橋さんが高校時代にもらったピーポくんの非売品ステッカー。今でも大切に保管しているそう

「なんていいエピソード」

「そんなピーポ好きな社員がいたこともあり、『もうこれはうちでつくるしかない!』と思ったんです(笑)。それで『見本品にできるだけ近づけてつくる』という審査基準を通過し、何とかコンペを勝ち抜きました。

ただピーポくんの目や鼻、ベルトのバックルは前と同じメーカーさんから仕入れられたんですが、頭頂部にある『アンテナ』のパーツ(ビーズ部分)は中々見つからなくて」

実はピーポくんの頭には「社会全体の動きをキャッチするため」のアンテナがあるんです!

「あまり知られてないかもですが、重要なアイテムなんですよね……!」

「そう、ピーポくんにとってアンテナは大事な仕事道具です。そこで浅草橋のビーズ屋さんを駆け巡って、なんとかアンテナのパーツを見つけることができました

ちなみにピーポくんのぬいぐるみはパーツ以外にも、生地や縫製もすべて国内の工場に依頼していて。まさに『メイドインジャパン』の底力が、ピーポくんのぬいぐるみに詰まっています

「それはすごい! 今回のピーポくんのぬいぐるみを新しくつくる上で、以前と変わった点はあるのでしょうか?」

「主に『顔の比率』に関していうと、目の位置の幅が大きく変わりましたね(※大きなサイズのぬいぐるみの場合)。他にも、頬の膨らみが前より丸みを帯びたことで、少し顔が垢抜けたんじゃないでしょうか。

世の中のトレンドが変わっていくよう、ぬいぐるみの顔もその時代の雰囲気に合わせてつくっていくのが大切なんです」

旧作と比べてみると、たしかにピーポくんの顔が若返っている?

 

夏でも暑くない!? 着ぐるみ界の救世主「エアー着ぐるみ」

「ピーポくん以外に、メディコプレスさんでは普段どんなぬいぐるみをつくっているんですか?」

「うちのロングセラーは、大館能代空港と秋田空港が共同プロデュースした『秋田犬のぬいぐるみ』ですね。これは平昌冬季五輪のフィギュアスケート女子で金メダルを獲得したロシアのアリーナ・ザギトワ選手へ、秋田犬好きということで秋田県からプレゼントされたんです。そこから人気に火がつき、一時期は完売状態でした」

2017年から売れ続けている大人気商品。ぬいぐるみを購入したい方はこちらの販売ページ

「ローカル系のものでいうと、福島県の郷土玩具「あかべこ」をモチーフにしたぬいぐるみ『おがぬいぐるみ』もつくっていました。この子は中身の素材に間伐材の杉丸太から割り箸になるまでの製造工程で生まれた『オガ粉』を使用しているので、パンパンで硬いのが特徴です」

「おがぬいぐるみ」は現在、発売停止中

「木の粉ってぬいぐるみの材料にもなるんだ! いい香りがしてきそう……」

「オガ粉に含まれる杉の香り成分『セドロール』は、安眠サポートの効果も期待できるみたいですよ。この子は栃木県の工場が生産中止になり、うちで引き継いだんですけど、作業量の割に値段が合わず、泣く泣く生産を止めることにしました

「そうだったんですね。メディコプレスさんは着ぐるみ製造も手がけられているとお聞きしました。どんな着ぐるみをつくっているんですか?」

「着ぐるみは全てオーダーメイドで受け付けていて、これまで行政のゆるキャラや企業キャラクターまで、最盛期は年間200体程度を製造してきました。着ぐるみの製作って発泡スチロールを削ってつくることが多いんですけど、最近は空気で膨らませて形状を再現する『エアー着ぐるみ』も出てきています」

「エアー着ぐるみ?」

「電動ファンで外から中に空気を送って、膨らませていく仕組みの着ぐるみのことです。エアー着ぐるみの場合、中が外気温とほぼ同じ温度になっているので、夏でも安心して着ることができるんですよ」

「それはすごい!」

「また、総重量的には従来型もエアー着ぐるみもあまり変わらないのですが、内部空間が広く、直接着ぐるみ本体が着用者に触れない構造のため、着用感がとてもライトなんです」

膨らむ前のエアー着ぐるみ

「着ぐるみって『夏場は暑くて大変!』って話も聞きますが、エアー着ぐるみは着る人に優しい構造になっているんですね」

「そうなんです。熱中症対策として、エアー着ぐるみをお選びになるお客様も多くいらっしゃいます。他にも、着ぐるみは着た際の視界が良くないものが多く、動きが制限されていたんですけど、私たちは着ぐるみ業界で初めて着ぐるみの中にカメラとモニターをつけました。そうすることで外部が広範囲に見渡せて、中の人も安心して動くことができるんです」

「やっぱり着ぐるみは着る人がいてこそ生きた存在になりますし、中の人のことを第一に考えた着ぐるみづくりが必要なんですね」

 

またピーポくんのぬいぐるみが作れなくなる日が来る?ぬいぐるみ業界のこれから

「今年は何とかピーポくんのぬいぐるみを再販することができたんですが、10年後も同じように作り続けられるかは正直わからないんです

「え、またピーポくんが製造中止になる可能性もあるんですか!?」

「これは国内のぬいぐるみ業界が抱えている課題点なんですが、国内のどこのぬいぐるみの縫製工場も、従業員の高齢化が進んでいます。新たな担い手がいなければ、今の代で畳むことになってしまう工場が多いと思います。生地代などの材料の値上がりも激しいですし、アフターコロナの人材流出もありますね」

「それこそコロナの時はリアルイベントが一気に減り、テーマパークなども営業できなくなりましたから、業界への影響は大きそうですね」

「大打撃でしたよ。本当によくコロナ禍を乗り越えて、ここまで生き延びられたと思いますね。当時はぬいぐるみや着ぐるみの新規依頼がゼロになったので、うちは中国の協力工場から仕入れたマスクを売っていました。ただ、それだけでは大きな売上に繋がらないので、もう数千万円の赤字で」

「ひえっ……」

「今はようやく売上が戻りましたけど、コロナ禍で生産がストップしたのが原因で作り手さんたちの技術力も落ちてしまって。なので今、新しくぬいぐるみをひとつ製造するにしても、以前の2倍以上の時間がかかってしまう。正直言うと、国内全体でぬいぐるみ製造が回らなくなってきているんです」

「先ほど製造現場を案内いただいた際、ぬいぐるみの縫製はもちろんミシンも使うけど、眼や鼻を付けたりと、手作業の部分も多いと聞きました。完全に機械化が難しい産業だからこそ、この人手不足の時代に続けていく難しさもありそうですね」

「そうならないためにも、中国やベトナムなどに生産拠点を移す会社もあるんです。だけど、最近はアジアも物価や人件費が上がってきてますからね……。だからこそ、個人的にはやっぱり量産できるように国内にぬいぐるみの工場を作り、そこで少しでも若い人が技術を学べるような環境を整えていきたいです。

そんな中、最近は裁縫とプログラミングで作れる『ぬいぐるみロボ』の仕事依頼も増えてきていて、今度ロボット方面でぬいぐるみの需要が高まるかもしれません」

引用先:ATRプレスリリース

「ぬいぐるみがロボットに役立つんですか?」

「京都府にある『ATR(国際電気通信基礎技術研究所)』では、人を抱きしめて頭を撫でるロボットを開発しています。そこから私たちに『ロボットが人と触れ合うぬいぐるみの部分をつくってほしい』という依頼があって、協力させてもらいました。

研究の結果、ロボットと人が触れ合う時、剥き出しの機械よりも、ぬいぐるみのようになっている方が愛着を感じられたみたいです」

「ロボットにもぬいぐるみと同じように癒しを求めている人も多いですもんね。そういった意味でも、これからロボット関連でぬいぐるみ製造の仕事が増えて、業界にいい風が吹いたらいいなあ」

「はい。これからも昔と変わらずぬいぐるみや着ぐるみで多くの人に喜んでほしいので、そのきっかけのひとつとして、今回の新しいピーポくんのぬいぐるみが末永く愛され続けたら嬉しいですね」

 

まとめ

ピーポくんのぬいぐるみの復活ストーリーだけでなく、ぬいぐるみ製造業界の課題まで語っていただいた今回の取材。

この取材を終えた後、ぬいぐるみは受け取る側だけはもちろんのこと、それを支えるメディコプレスさんのような製作会社、生地屋、パーツ屋、縫う人などたくさんの人たちの手で成り立っているんだと改めて強く感じました。

いつも私たちがぬいぐるみと一緒にいられるのは、ひとえにぬいぐるみを生み出してくださるみなさんのお陰です。これからもぬいぐるみと人が100年先も一緒に暮らして行けるよう、常にぬいぐるみ製造業へのリスペクトを忘れずぬいぐるみを愛でていきます!

 

<ピーポくんのぬいぐるみ販売情報>

メディコプレスが手がけたピーポくんのぬいぐるみは、都内の警視庁本部庁舎や警察博物館、都内の試験場・運転免許更新センター などで販売される予定です。ぜひ訪れた際は、ぬいぐるみを手にとってみてくださいね!

 

撮影:番正しおり