ドンキホーテの創業者は元新聞記者の義父

 「俵ハンバーグだけじゃないドンキホーテのこだわりも知って、もっとお店について知りたくなりました。ここは大日方さんがつくられたお店なんですか?」

「いえいえ、ドンキホーテは1977年に私の義父が隣の須坂市でスタートさせました」

「えーっと、今年で45年? そんなに歴史があるお店だったとは知りませんでした!」

「現在は須坂の店はなくなって、この上松店と長野インター近くにある篠ノ井店の二店舗でやっています」

「創業者であるお義父さんはどんな方だったんですか?」

「これが変わり者でね。お店をはじめる前は東京で新聞記者をやっていて、自分で新聞社も経営していましたが、何を思ったか地元でハンバーグ店をはじめたんです(笑)」

「それがドンキホーテ!」

「創業者の経歴を聞いただけで、もうおもしろいなぁ」

 

「ドンキホーテという名前もお義父さんが付けられたんですよね?」

「ええ。聞いたところによると、『子どもでも覚えてもらいやすいような名前を』ってことでスペイン文学の『ドン・キホーテ』から付けたそうです」

 

『ドン・キホーテ』はスペインの小説「騎士道物語」を読みすぎて自分を主人公の騎士だと思い込む、狂人・ドン・キホーテの一生を描いた物語

 

「義父は自身の姿をドン・キホーテの姿に重ね合わせてこの名前を付けたんじゃないかって自分は思っています。まあ本人が言っていたわけじゃないんですけどね(笑)」

「大日方さんはずっとこのお店で働いているんですか?」

「いえ、自分は元々県内の製造業で働いていました。ちょうど長野市に3店舗目をつくるタイミングで先代から『新店舗をつくるから手伝ってくれないか』と声をかけられてこの店に入ったんです」

「ほうほう」

「……余談ですが、創業者が店をつくったころ、自分は高校生で今の妻と既に付き合っていました(笑)」

「すでに奥さんと付き合っていたんですか、素敵!」

「当時、妻に勧められてドンキホーテのハンバーグを食べたときは『別に自分はレアの肉は好きじゃないなぁ』と思いましたね(笑)。その後、義父が一線を退いてからは義兄とともに店を引き継ぎ、義兄が二代目に就きましたが、彼は若くして亡くなってしまいました。そして、6年前に代表として私が引き継ぐことになったんです」

「怒涛だ……。看板メニューの俵ハンバーグは創業当初からあるメニューなんですか?」

「はい、義父は『素材にこだわったものをつくりたい』とか『とにかくレアで肉を食べさせるんだ!』って言って俵ハンバーグをつくったみたいですね」

「へえ! 40年前にステーキ以外でレアの肉を食べるなんて発想があったんだ」

 

俵ハンバーグやステーキを提供する鉄板は、元々大日方さんが働いていた製造会社に発注してつくった特注品

 

「義父は知恵や口は出すけど料理ができない人で、本当にはちゃめちゃでしたよ(笑)。店をつくるときも、チーフと呼ばれるシェフ経験者を右腕に連れて、現場に出ていたようですね」

「自身でハンバーグをつくるし、ホールも見ている大日方さんとは対称的な感じがしますね」

「ええ、自分は義父とめちゃくちゃ仲が悪かったですよ(笑)。まったく馬が合わないといいますか、年中ケンカしていて」

「そうだったんだ!」

「この店舗ができた当初はまだ義父が代表をしていましたが、売上なんて全然なくて今の三分の一以下でしたよ。当時社員を5人も抱えていながら『どうしてやっていけるの?』と不思議に思っていました(笑)」

「きっと創業者は私財を切り崩しながらやっていったんでしょうね」

「そうでしょうね。だから義父の姿を見て『絶対にハンバーグ店なんてやるもんじゃない!』って思いました。当時はどう店を辞めようかばかり考えていましたよ(笑)」

品質と価格のちょうどいいバランスを店づくりを目指して

「それでも今お店を継がれて、こうやって地元の人気店になっていますよね。すごいなぁ」

「実はうちの店って、周りから結構『高い店』だと思われているんです。昔からの知り合いと話していると『お前のところは親に連れてってもらわなきゃなぁ!』と言われることがあって。今でもそれをとても疑問に感じているんです」

「親に食べて連れて行ってもらう店のイメージがあるんだ。へぇ不思議ですね、1000円でハンバーグが食べられるのに!」

「それはもう、イメージなんでしょうね。たしかに高いステーキも取り扱っていますが、実際にうちで出してる信州プレミアム牛のステーキをホテルのレストランで食べたら、倍の価格なんてことはざらにあるんです。だから、自分は高い店という印象を崩したいなぁという思いがずっとありますね」

「手軽な価格でおいしいハンバーグを食べてもらえることを知ってもらいたいと」

「ええ。うちでは、一番小さな180グラムのハンバーグを税込み990円で販売していますが、本当はこの4月から値上げしようと思っていたんです。だけど、1000円と990円だと価格の印象が全然違うじゃないですか。だから値段は据え置きで頑張っています」

 

「もちろん安いと思って来てほしいわけではないんですよ。ただ、自分がお客さんだったら1000円台になったら嫌だなぁと感じるなって(笑)」

「990円はたしかに守りたいですね」

「週末限定で出している根羽和牛も一頭買いをすることで原価を抑えています。パーツ買いをするとそれだけ原価があがってしまいますから」

「原価とにらめっこしなきゃいけない経営の苦労ははかり知れないな……」

「自分は今、こうやって自由に好きなことをできる立場になりましたから。義兄がいたときも、仕入れの担当が自分だったので、その頃から自由だったんですけどね(笑)。今やっていることが全部お客様のためになるなら、それが一番いいのかなって」

 

「なぜそこまで手軽な価格で食べてもらいたいと思うんですか? このおいしさだったら『もっとお金を出したい!』っていう人だって沢山いるはずなのに」

「ええ、実際に東京への出店の話は度々いただいていましたがお断りしてきたんです」

「やっぱり引く手あまたですね。東京に出ていってしまったら、インディーズバンドがメジャーデビューするときのような複雑な気持ちになりそう。お断りしたと聞いてちょっと安心しました(笑)」

「ええ。ハンバーグの価格もいくらだって上げられますが、いまの販売価格を超えたらハンバーグじゃないんです。ハンバーグって小さなお子さんでも歯が悪いお年寄りでも食べられるメニューですから」

「万人が食べられるハンバーグをこの価格帯で出すことにこそ意味があると」

「そうです! 他のチェーン店さんに行ってハンバーグを頼んだらお子さんが『絶対にこんなの食べない!』って泣き叫んだあげく、うちに来た家族連れがいらっしゃいましてね。親御さんに『これを食べると他のハンバーグを食べなくなる』って怒られましたよ(笑)。他にも、年配の常連さんの中にはがっつり300gの俵ハンバーグを食べる方もいらっしゃったりして」

 

「やっぱり俵ハンバーグはみんな大好きなんだ! 本当に幅広い年代に愛されていますね」

「ありがたいですね

ドンキホーテのハンバーグは感覚重視

 「よく考えると、ドンキホーテの俵ハンバーグのレア具合って絶妙ですよね。運んでいるうちに鉄板の上ですぐに火が通っちゃいそうですけど、いつも的確においしいレアで提供されている気がしていて!」

「そうなんです。でもこの提供方法をスタッフ間で共有することに苦労していて」

「どういうことですか?」

「半分にカットしたハンバーグは、付け合わせの野菜に立てかけることで空間ができ、適切な焼き加減になるんです。ところが、スタッフによってはカットしたハンバーグを野菜の上にベチャッと乗せてしまって蒸し焼き状態になってしまうこともあって」

「スタッフごとにハンバーグの焼き方の解釈が違っているんだ」

「はい。こういう細かい部分って自分とバイトの子の間に入ってるスタッフがちゃんと理解していないと、まず伝わらないじゃないですか」

「理屈がわかっていないから、伝言ゲームが食い違っちゃうのか」

でも結局、感覚の問題なんですよね。うちにはマニュアルがありませんから、なかなか言語化できなかったり伝わりにくいことが多くて。他にも、忙しいときはまだ冷たい状態のひき肉からハンバーグをこねることもあるんですけど、自分が焼き場に立つときに火の通りを調節するために、俵型を少し細長く成形しています。このやり方も他のスタッフには伝わっていたり、伝わっていなかったりして……(笑)」

 

「チェーン店だとセントラルキッチンで成形された冷凍ハンバーグをマニュアル化して各店舗に提供し、効率化とコストダウンを図ることが多いですもんね。話を聞けば聞くほど、レアハンバーグを提供するまでの変数が多すぎます…!!」

「改めて整理すると、すごい仕事の数ですよね。毎日の営業で、これだけのことをしてるってことですもんね!?」

 

「僕が以前取材した、変数の多すぎる金沢の寿司屋『sushi直』を思い出しました」

 「ハハハ! そう言われると難しいことをしているんだって思いますね(笑)」

「マニュアルがない職場って意味では、アルバイトの方たちにとってもかなり難易度が高いですよね」

「だけどマニュアル化すると『これを信じればいい』と思って、現場でその都度対応できなくなるんじゃないかな?」

「まさに、自分はそう思っています。例えば焼き加減だって、かしこまって『焼き方はどういたしますか?』なんて聞かなくていいと思うんです。お客さんとフラットな会話の中で『もうちょっと焼いてほしいな』『じゃあもうちょっと焼きますね』くらいの温度感でやりとりできたらいいですよね」

「なるほどなぁ」

「実際、接客が上手な昼のスタッフが入ってからランチタイムの売上が明らかに伸びているんです」

「僕もここで対応してもらった女性スタッフの方と雑談することがあります! いいものを提供している店のスタッフの所作だなぁって感じますよね」

「もしも店舗が増えたら、そういった心地よさを感じる感覚的な所作や不確定要素の多い工程を伝える難しさが発生しそう……」

「たしかに、そういった面でも東京進出や県内の出店は難しいなと思いますね」

「ドンキホーテはずっとこの感覚を大切にするスタイルなんですか?」

 

「自分はこんな感じですけど、義父は違いましたね。だから気が合わなかったんですけど(笑)。例えば、税理士からも笑われるんですけど自分は本当にどんぶり勘定なんですよ。原価が何%だからどれだけ売ったらいいっていうのが大嫌いで! 義父がいたときは、月々の水道光熱費から人件費まで全て計算させられていましたね」

「へえ! 長く続いている企業って、創業者が感覚で経営をやる人で二代目、三代目は数字に強いってイメージがあります」

「自分に代が変わったときも、感覚でやっていることについてあれこれ言われましたよ。義父は原価率を40%でやると決めたら、全てのメニューをそうしないと気がすまなかったですしね。もちろん数字も大切だとは思いますよ。でもそれは税理士に任せて後追いでいいとも思っていて。やっぱり現場で判断できないと動いていかない部分ってあるじゃないですか」

「やっぱり現場の人だった(笑)」

「あとは価格設定もそうですが、経営に関わる意思決定をするときの壁打ち相手にも悩んでいます。義兄(妻の兄)がいたころは互いに一店舗ずつを管理して、店を運営するもの同士で意見交換ができていたんです。いまは、あの頃の義兄ほど似た立場で意見を交換できる人がいないので」

「わかるなぁ。僕もちっちゃい会社ですけど、全く同じ考えです」

長野でハンバーグ店を続けること

「そうそう、これもうちの創業者のおもしろいこだわりで、二店舗とも不動産屋を絡ませず地主と直接交渉して借りているんです」

「賃貸なんですね!」

「自分の足を使って物件を探すあたり、新聞記者って感じがします」

「でもね、実はついこないだ篠ノ井店の家主さんが土地を売っちゃって、家賃が上がりそうなんです(笑)」

「それは大変だ」

「ええ。それまでは創業者が店舗を借りてからの40年間、大家さんにご協力いただいて家賃を交渉させてもらいながら、お店をやっていましたから」

「あの辺りは高速のインターが近くて便利だから、どんどん地価があがってそうですね」

「まさにその通りで、『安く貸していただけてありがたいなぁ』と思っていました」

「20年、30年って単位でお店を続けているからこそ、直面する問題かもしれませんね。社会の変化も相まって、長く続いてきたお店がずっと同じ形で経営を続けていくのが難しくなりそう。こうやって街の文化って維持していけなくなるんだろうなぁ」

「かつて狂牛病やO-157で牛肉が悪者扱いされ不景気になった時期でも、販売価格を上げたりせずなんとかやってこれましたが、家賃が上がった今回ばかりはどうしようかなと悩んでいます。まぁ、今こうやって笑い話にできるようになりましたけど(笑)」

「いいお店って本当にいろんな条件が積み重なってできるんでしょうね」

「そうかもしれませんね」

「学生さんに安くおいしいものを食べてもらう店って、これから10年、20年したら全国的になくなるんじゃないかって思っているんです。都内で地方に憧れる理由って、自然の豊かさだけでなく、ドンキホーテを含め、こういう手ごろでおいしいものを出せる地元密着のお店がまだまだ多いからなんじゃないかなぁ」

「ありがとうございます。やっぱり今はこの場所で、自分の体が効かなくなってくるまでやろうかなと思っています!」

取材を終えて

「本当は45歳か50歳でセミリタイアをして畑をやる予定だったんですよ(笑)。いつも現場から離れられなくて困っているんです」と言いつつも、自慢のメニューひとつひとつを説明してくださる大日方さんの話しぶりはとても楽しそうで、「幅広い世代にいいものを提供したい!」という想いが溢れていました。

 

「感覚で商売できていなかったらこれだけもっていない」
「現場はそこで判断ができないと動いていかないじゃないですか」

 

大日方さんは取材の中で、現場での感覚を大切にしていることを教えてくださいました。

 

時代の変化に揉まれながらも、根を張ってお店を続け、常に現場に立ってきたからこその言葉だと思います。

 

取材後、大日方さんが常連のお客さんと楽しそうに雑談している姿が印象的でした。ドンキホーテには俵ハンバーグだけでなく、大日方さんやスタッフとの会話を求めて店を訪れているお客さんも多いのでしょう。

 

長く続き、地域から愛されるお店があること。それは、リーズナブルでおいしい食事の提供以上に価値のあることだと実感しました。

 

撮影:内山温那

 

☆この記事はエリア特集「信州大探索」の記事です。

https://www.e-aidem.com/ch/jimocoro/entry/kakijiro53