【いつか中華屋でチャーハンを・番外編】原稿が来ない!!!!!

2023.02.16

【いつか中華屋でチャーハンを・番外編】原稿が来ない!!!!!

『いつか中華屋でチャーハンを』原稿締切当日。作者・増田薫との連絡が取れず、担当編集者の日向は直接増田宅へ向かうことに……。

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    2023年1月某日

     

    「いつか中華屋でチャーハンを」8話

     

    原稿締切日

     

     

    「原稿が……来ない!!!!」

    「電話もメッセンジャーも繋がらない……」

    「こうなったら最後の手段」

     

    「家まで行くしかない」

     

    「ピンポーン」

     

    「増田さん、いるのはわかってるんですよ! 開けてください!」

     

    「やべ」

     

    「増田さ〜〜〜ん!!!」

     

    「ここまでか…………」

     

    「返事がない。かくなる上は…」

     

    ガチャッ

     

    「日向、マジでごめん! 申し訳ない!」
    「あ、増田さん! 原稿進んでます? 今日が締切ですよ?」
    「ちょっとまだできてなくて……とりあえず入ってもらっていい? 近所の目もあるから」
    「わかりました。お邪魔します」

     

    <登場人物紹介>

    『いつか中華屋でチャーハンを』作者

    『いつか中華屋でチャーハンを』の企画立ち上げ時から担当する編集者。増田の大学の後輩にあたる

     

    原稿はなかなか終わらない

    「で、どうなんですか? 進んでます?」

    「うーん……」

    「締切も再三延ばしてるんです。公開日は明日なので、今日中に原稿できてないとマジでやばいですよ」

    「そうだよなあ……とりあえず描くよ」

    「お願いします。僕も横で待たせてもらいますね」

    「そうね、悪いなあ」

     

    「あ、原稿描いてはいたんですね」
    「うん」
    「ならひと安心……ちょっと増田さん! さまぁ〜ずのYouTube見てるじゃないですか」

     

    「いや、これは作業用BGMというか」
    「やっぱり見張ってないとダメですね」
    「くうう」

     

    「いま作業的にはどの辺なんですか?」

    「作画だね。話はできてるから、あとは絵を描いて合体するだけ」

    「たしか絵の部分だけアナログで描いたあと、スキャンしてPC上でネームと合体してるんですよね」

     

    「そうだね。一番しんどいネームは終わったから、あとは描くだけなんですよ」

    「なんか独特の描き方してますよね、アナログとデジタルを組み合わせてて」

    「そうなのかな? わかんない。『いつか中華屋でチャーハンを』描くまで漫画はほとんど描いたことなかったし、誰かに教わるでもなくきてるから」

    「最初の頃と比べるとキャラの描き方も変わりましたよ」

     

    左が初期(第1話)、右が最近(第2シーズン第5話)。初期は唇があったり鼻もリアルな丸みがあったが、徐々に簡略化されている

     

    「あ〜そうそう。最初は口がちゃんとあった」

    「料理の描き方も変わりましたよね」

    『雲南料理』の回からかなり大幅に変えたね。料理の点数がめちゃ多い回だったから、今までみたいに輪郭線を描いてそれを塗って……ってやってたら間に合わないと思って」

     

    左が初期(第7話)、右が『雲南料理』の回(第2シーズン第2話)

     

    「それが功を奏したと。あ、横にちょうど料理の原画が置いてある」

     

    「なんか実際の原稿よりも淡く見えるような?」

    「色を水彩絵の具で付けてるんだけど、これ以上濃く描けないんだよね。でも、スキャンしてPhotoshopでレベル補正してシャドウを持ち上げるといい感じになるの」

     

    「なるほど。謎のテクニックが確立されてる。主線は筆ペンでしたっけ」

    「うん、セブンイレブンの慶事用のやつ」

     

    「他のメーカーも試したんだけど、水彩を重ねると普通は水で筆ペンのインクが滲んじゃう。でも、セブンのやつだけ水性インクのはずなのにまったく滲まないんだよね」

     

    左がセブンイレブンの筆ペン、右が他社製品の筆ペンの上に水を載せた図

     

    「ほんとだ、不思議」

    「あと、絵の具は『ぺんてる』が最高ですね。料理の絵は黄色をめちゃめちゃ消費するんですよ。美味しいものはだいたい黄色いから。これもいろいろ試したけど、ぺんてるが一番黄色の発色がいい。最初の頃はほかの絵の具を使ってたから黄色がレモン色っぽいのよ」

     

    「へえ〜〜。卵とか麺とか、たしかに黄色が多いかも」

    「あと……」

    「ちょっと増田さん! さっきから話してばっかで全然原稿進んでないですよ」

    「うっ、描きます……」

     

    まだまだ原稿は終わらない

    「(サラサラ……)」

    「…………」

    「(サラサラ……)」

    「…………」

    「待ってるだけじゃ退屈じゃない? 冷蔵庫にビールあるから飲んで待ってていいよ」

     

    「え、本当すか? そしたらちょっとお言葉に甘えて」

     

    「失礼しまーす」

     

    「ありがてえ……」

     

    「あ、過去の原稿がいっぱいある。ずっとコピー用紙に描いてるのもすごいですよね。ちゃんとした原稿用の紙じゃなく」

    「そうね、別の漫画は100均の画用紙に描いたりしてるけど。『いつか中華屋でチャーハンを』はコピー用紙に描き始めたから、途中で変えるのは違うかなって」

    「何か絵にも影響があるんですかね?」

    「絵柄というか、コピー用紙で描いたときのゴミみたいなやつが消えちゃう。このゴミがある前提でやってるから(笑)」

    「まあ、ちょっとノイズがあるほうが『いつか中華屋でチャーハンを』っぽいかもしれませんね」

    「あと、それとはちょっと違うけど、仕上げにホワイトを乗せる用に少しだけ汚く描くっていうのは意識してる」

    「ちょっと濁ってるほうが、ホワイトが映える的な?」

     

    【漫画】消えた甲子園名物?掛布ライスの真実|いつか中華屋でチャーハンを より

     

    「そうそう。ホワイトをPC上で描いても別にいいんだけど、なんかおれだとちょっとエロ漫画みたいなテカテカした感じになっちゃって。どちらかというとキラキラした感じにしたくて、ホワイトは絶対アクリル絵の具で塗ってる。すると絵の具の盛り上がりで、ホワイトの部分に微妙に影ができるのよ。これがミソですね」

    「相当なこだわりだ。適当にやってるように見えて、増田さんの哲学があるんですね……」

    「そりゃそうだよ、適当には描いてないよ(笑)」

     

    「いやでも、増田さんめちゃくちゃ絵が上手くなりましたよね。連載初期の原稿と比べると実感します」

    「相当な数描いてるからね! しかし褒めてくれて嬉しいね。もっとビール飲んでよ。あと、なんかつまみでも軽く作ろうか?」

    「え、いいんすか? ちょうど欲しくなってました」

     

    「俺も腹減ってきちゃったから。そうだな、シューマイとサラダと……」

    「やった! 増田さんの手料理うまいんだよなあ」

     

    「数と足」で勝負する

    増田さんの冷蔵庫に貼ってあった印象的すぎるステッカー

     

    「そもそも増田さん、最初に俺から『中華の漫画描いてください』って言われた時、どう思ったんですか?」

    「なんも考えてない、暇だったから」

    「ちょうど前の会社辞めた頃でしたよね」

    「描くにあたっては『ちゃんと読めるものにしたい』とは思ったね。大学の同級生の谷口菜津子さんとか、ひらのりょうくんが当時もう漫画家として活躍してて。どうしたらあの2人くらい面白い作品にできるかめっちゃ考えた」

    「考えた結果、どこで勝負したんですか?」

    「強いて言えば数と足かな…」

     

    話しながら、肉をミンチにして

     

    シューマイを手際よく包んで

     

    蒸していきます

     

    「数と足」

    「『いつか中華屋でチャーハンを』を描くもっと前、2018年に『ハイエナズクラブ』ってサイトで記事を書いてるんだよね」

     

    ハイエナズクラブより

     

    「あ〜、読んでました。『スタミナ定食』とか『中華料理屋のオムライス』とか、同じメニューをいろんな店で食べて紹介する内容ですよね」

    「ハイエナズクラブのモットーとして『数を集める』があったのよ。サイト主宰者のzukkiniさんは『素人でも数を集めることはできる』『3つ以上集まったら、それは現象だ』と言ってて」

    「なるほど。でも、二記事とも3つ以上食べてません?」

    「3つじゃ弱いと思ったんだよ。最初がスタミナ定食だったんだけど、3つだけじゃ差が出ないし、絵面も肉ばかりで茶色いから、『100集めよう!』と思って」

    「極端だなあ」

     

    牡蠣をサッと炒めて

     

    卵でとじます

     

    「書く実力があったわけじゃないから、インターネットの読み物としてちゃんと強度のあるものにするには、数か、内容のボリュームでいくしかないと思ったんだよね。だから食べログで検索しまくって、目に付く『スタミナ』と付くメニューは全部食べて」

    「へー! いまも『いつか中華屋でチャーハンを』で同じようなことしてますね」

    「そうだね。マンガに関してはなんもわからなくても、たくさん調べたり取材したりして内容を濃くすることはできるから。最近は文献探すのに国会図書館にも行ったりするようになったし」

    「『スタミナ』の記事がなければ、『いつか中華屋でチャーハンを』も生まれていない……」

    「もともとはzukkiniさんに『スタミナ定食で記事書いて』って言われたのがきっかけだったんだけどね」

    「完全にzukkiniさんがキーマンだ」

    「そうなんです。喋ってたら料理ができましたよ」

     

    右から反時計回りに「牡蠣のオムレツ」「牛肉とミントのシューマイ」「春菊のサラダ」

     

    「ワー!」

    「まあ、食いなさいよ」

     

    「うまいっす、ビールがすすむ…」

    「もう俺も飲んじゃうわ」

     

    「うめ〜〜〜〜」

     

    2ndシーズンのテーマは「日式中華」

    「そういえば『いつか中華屋でチャーハンを』の連載を振り返るのって意外とやってなかったですね。2ndシーズンに関しては裏テーマ的なものもあるけど、オフィシャルではちゃんと言ってないし」

    2ndシーズンは『日式中華』をテーマにしてるんだよね。日本のガラパゴス的な中華料理」

    「あれって日本で独自に進化していった文化ってことですか?」

    「進化というより、『日本に合わせた中華料理』なのかな?中華料理って世界中どこでもあるじゃん。アメリカとかインドにもあるけど、現地で手に入る材料で作られてたり、現地の人の舌に合わせて現地化した中華料理」

    「その日本で現地化した中華料理の足跡をたどってみましょう、というのが『いつか中華屋でチャーハンを』の2ndシーズン」

    「けっこうそのテーマに沿ってやってきてるよね。コーンスープとか麻婆春雨、麻婆豆腐とか。雲南料理はちょっと違って、変わった先を調べるなら本家の中華も知ろうって記事だけど」

     

    「このテーマって、そもそもなんでやろうと思ったんですか?」

    「1stシーズンはわけわかんないまま始まったんだけど、それが書籍化されて。書籍化されたということは国会図書館に収蔵されたってことじゃん。あれが大きかったかもなあ」

    「ちゃんと後世にアーカイブされる記録として保存された。だから続編はもうちょっとテーマ立ててやろう、的な?」

    「アーカイブとかそんなすごいことができるとは思ってないけど。なんて言うか……最近でも『蕎麦屋のラーメン』について描いた時、おれは『蕎麦屋のラーメンが1960年代に流行った』っていう話にまとめたんだけど、近代食文化研究会さんから『もっと以前からありますよ』って指摘をもらったことがあって」

     

    「蕎麦屋のラーメンが1960年代から流行った」という漫画の記述に対し、もっと以前からあったという指摘が

     

    「似たようなことが1stシーズンでもあったな」

    「そもそも『いつか中華屋でチャーハンを』はお店の人から聞く話がメインだし、おれの妄想もかなり盛り込まれてるから、記事がアップされるときには『全然間違ってるだろ』って炎上しないか毎回ビクビクしてる。でも同時に『めちゃくちゃ詳しい人がいたらちゃんと教えてもらいたい!!!』とも思ってるから嬉しかった」

    「まあニッチなジャンルではありますもんね」

    「近代食文化研究会さんは膨大な文献から食文化の歴史を掘り起こしてるすごい人なんだけど、そういうことをしている人でも、文献にないものは知りようがないわけじゃん。実際『戦後のことは知らないことだらけです』とも言われて」

    「たしかに文献になってないと、後から知りようがない……」

    「正しさにはこだわってないけど誠実ではありたいから、『もう限界!』っていうくらい人から話を聞いて調べて、作品にしてインターネットで発表すると自分のやり方では知り得なかった情報を知ることができる。それを踏まえて本にしたら、もしかすると、これまでどこにもなかった足がかりになるかもしれない……この体験は、ほかではなかなかできないですね」

    「めちゃくちゃ意義ある漫画じゃないですか」

    「とか言いながら常に締切に追われてるし、毎回『早く終われ』しか思ってないんだけど……」

    「あれ、そういえばなんか忘れてるような」

    「!!!! 日向、ビールなくなりそうじゃない? 焼酎もあるよ」

    「え、いいんすか? じゃあいただきたいっす」

    「どんどん飲んじゃってよ」

     

    人の生活に興味がある

    だいぶ酒も進んできました

     

    「増田さん、『いつか中華屋でチャーハンを』を描いてて一番楽しい瞬間っていつですか?」

    「ネームを描くために資料を調べてて、『この料理を作った人はこういう風に考えてたんじゃないか』って見えてくるときかなあ」

    「なるほど?」

    「料理そのものというよりは、その料理が生まれた背景とかに興味があるっていうか。あらゆる料理の裏側にいろんな生活があるわけじゃん」

    「食文化の背景には、人の生活があるというか」

    「例えば麻婆春雨の回も、中国の人が『日本には麻婆春雨というものがあるらしい』って、各々好き勝手に『こういうものでは?』ってやってたりするのが面白いなと思って」

    「そうやって人が透けて見えてくるのが面白い?」

    「そうそう。全部が当人に話を聞いてるわけじゃないから、あくまで俺の推測なんだけどね」

    「食文化を掘ってると思ってたんですけど、もっと別のものなのかもしれませんね」

    「それでいうと、好きな言葉があるのよ。この本に載ってたんだけど」

     

    「お、気になります」

    「なんだっけな、たしかこの辺……」

     

    「………………探すのめんどくさくなってきちゃった」

    「ちょっと! だいぶ酔ってきてるじゃないですか。まあいいや、あとそうだな、この先『いつか中華屋でチャーハンを』でやりたいことってあります?」

    「え、なんだろう。強いて言うなら世界の『いつか中華屋でチャーハンを』みたいな料理を見つけることかな。日本みたいに局地的な中華料理がいろんな国にあるはずだから」

    「いいすね!」

    「海外取材も行きたいねえ。あとは映像化とか?」

    「『孤独のグルメ的』な? 増田薫をモデルに」

    「そういう映像化じゃなくて。Netflixの『タコスのすべて』って知ってる?タコスが喋るやつ。 あんな風に料理が喋るドキュメンタリーになってほしい。『原案:いつか中華屋でチャーハンを』だったらいいな」

    「お〜、いいですね。そしたらいっぱいお金も入って。海外にも行けて……」

     

     

     

     

     

     

     

     

    〜数時間後〜

     

     

    ブー………ブー………ブー………ブー………

     

    「ん?」

    「スマホが鳴ってる……」

    「もしもし」

     

     

    「日向くん? 原稿どうなったの? もう日付変わってるよ???」

     

    「………………」

     

    「わ〜〜〜〜〜〜!!!!!!」

     

    『いつか中華屋でチャーハンを』

    次回は3月公開予定です

     

     

    連載エピソードに描き下ろしを加えた単行本、絶賛発売中!

     

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    構成:友光だんご

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    この記事を書いた人

    友光だんご
    友光だんご

    編集者/ライター。1989年岡山県岡山市生まれ。株式会社Huuuu 取締役/編集部長。犬とビールを見ると駆けだす。

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