1990年代からはじまったファミリーマートの店内放送。従来は、お店の音声放送といえば音楽とアナウンスを流すくらいだったが、そのイメージをガラリと変えた立役者だ。

 

 ・名DJ・秀島史香さんのさわやかな進行
 ・ヒット曲は少なめ、独特な選曲で流す音楽
 ・吉本興業・所属芸人さんの軽妙なトーク
 ・「帝京平成大学」「合宿免許WAO!!」らのどこか印象的な外部の企業CM

 

など、トークあり、音楽あり、外部CMありの音声空間を作りあげた末に、「帝京平成大学のここがすごい!」なるフレーズは国民の多くが記憶するほどになった。

 

ラジオ好きで元ハガキ職人でもあった筆者は、常々この放送に注目していた。いったいどんな考えから、どう作られているのか。単なる店内放送を飛び越えた内容だからこそ、工夫や苦労があるはずだ。

 

全国約16,600店舗で流れる店内放送をつくる、株式会社ファミリーマートの森田雄樹さんに話を聞くと、ついにそのベールの向こう側が見えた。

 

株式会社ファミリーマート 新規事業開発本部 新規事業推進部 広告事業グループの森田雄樹さん

 

朝・昼・夜・深夜帯で内容が違う

放送がはじまった1990年代当時のファミリーマート

 

辰井「まず、なぜここまで店内放送をつくり込むんですか?」

森田「お客さまが快適にお買い物をしたくなる気分を演出するには、必要ですから。あとストアスタッフはずっと店内にいるので、単に音楽や情報を流すだけだと、どうしても飽きてしまうんです」

辰井「スタッフさんもリスナーとして意識されているんですね」

森田「ええ。お客さまもストアスタッフも内容を楽しめて、聴き疲れしない放送をめざしています」

辰井「ちょうど放送が一周する1時間を通しで聴いたんですけれども、商品紹介など自社の宣伝が少なめですね。他社のCMで『帝京平成大学のここがすごい!』とかはありますけれども(笑)。意図があるんですか?」

森田『FMラジオ』のような店内放送を目指しているんです。飽きないように毎週内容を更新して、朝・昼・夜・深夜帯でそれぞれ違う内容になっていますよ

辰井「4つの時間帯ごとに楽しめるのか! DJを担当する秀島史香さんは、『GROOVE LINE』(J-WAVE)あたりからずっとFMラジオで聴いていた、おなじみの声ですね」

 

ミックスファムwith Your VoiceのDJ 秀島史香さん

 

辰井「ちなみに昔のファミリーマートの店内放送とは、構成がちょっと違う気がしますが」

森田「以前は、朝がスペースシャワーさんによる『モーニングシャワー』という番組で、昼が吉本興業さん。夜はアーティストの方が登場する『ファミラジ』の編成でしたね」

辰井「そうそう、かつてはそんな感じでした」

森田「それを、2019年に『ミックスファムwith Your Voice』として、トーンを統一しリニューアルしたんです

辰井「ラジオ好きとしてはトークが多い以前の構成も好きでしたが、なぜ変えたんですか?」

森田「特定のアーティストさんや吉本芸人さんって、どうしても好みが出るんです。ファミリーマートは様々なお客さまに来店いただくので、音楽中心の『ミックスファム』ができました」

辰井「確かにサラッと聴き流せますね。ラジオでいうとAMからFMになった印象です」

 

「帝京平成大学のここがすごい!」はすごい

辰井「番組づくりのくわしい話の前にまず聞きたいんですが……帝京平成大学や合宿免許WAO!!あたりのCMがすごく印象的ですよね。そもそも他の会社のCMを流すこと自体が珍しかったですが、なぜ始めたんですか」

森田「店内放送に、広告媒体としての価値があると思ってスタートしたんです。『店舗メディア』にしようと」

辰井「店舗をメディアと捉えるのは新しいな。ちなみになぜ店内CMで、これだけのインパクトを与えられたと思われますか?」

森田おなじみの声優さんに、特徴的なフレーズを言っていただいたのが決め手だと思いますね。たとえば帝京平成大学さんなら、最近だと大塚明夫さんなどがナレーションをつとめています」

辰井「声優界屈指の大御所ですね……! あの低音の美声で『全国有数の国家試験合格者数』とか『帝京魂!』って語りが入ると、フレーズが頭から離れなくなるのも納得です」 

森田「『合宿免許WAO!!』も、声優としても活躍する応援ガール・えなこさんの声が耳に残りますからね」

 

実際に番組が収録されるブース

 

辰井「あとCMの長さは、ラジオCMは20秒が多いですが、店内放送では15秒と30秒になっています」

森田「ええ、いろいろ試行錯誤したんです。店内の滞在時間が、一般的に3~4分と言われているので、長すぎても短すぎても駄目だと、今の長さになりました」

辰井「そう、15秒で刻んで何度も聴かせるから『帝京平成大学のここがすごい!』がハマりそうですね。反響はありましたか?」

森田帝京平成大学さんはオープンキャンパスに来る学生さんが増えて、全国から願書が届くようになったり、合宿免許WAO!!さんもお申込みが増えたり……ありがたいお話は聞きますね」

辰井「あれだけ耳に残れば、それも納得です」

森田「いまでは東海大学さんなど、他の大学さんのCMも登場しました。県限定で流しているのもあります。たとえば愛知県の大学なら、近隣の県の店舗で流しますね」

辰井「さながらローカルCMだ」

森田「ええ。ちなみに店内放送は選挙の告知にも使われます。たとえば東京都知事選のCMは東京エリア限定で流しますし」

辰井「ローカル店内放送を聴きに、地方のファミリーマート巡りをしたくなりますね」

 

ラジオのようにディレクターや放送作家が参加

辰井「そもそも、放送はどんな方式でつくるんですか?」

森田ラジオみたいにディレクターや放送作家がいます。私もふだんはディレクターですし、キューも出します。場合によっては作家もやりますし、台本も書きますよ」

 

収録で使われるスタジオ

 

辰井「完全にラジオだ。番組会議もやるんですか?」

森田「ええ、毎週収録しています。ただし今はコロナ禍なので、リモートで収録の立ち会いをしていますね」

辰井「店内放送にもコロナの影響が……この番組、どれほどの人が聴いていますか?」

森田「聴取率はわからないですが、ファミリーマート全店舗での来店客数は、1日でのべ約1,500万人なので、それくらいは聴いていただいているはずです」

辰井「とすると、一週間でのべ約1億500万人⁉︎ あの大人気番組・ナインティナインのオールナイトニッポン(ニッポン放送)が聴取率0.9%(2020年10月時)ですから……」

森田「単純に一瞬でも聴いた人数なら、日本一かも知れませんね(笑)」

辰井「ちなみに、DJ秀島史香さんのセリフにも、『さあ、あなたの欲しいものは見つかりましたか』って決まり文句があったり、春の訪れの話から『今朝のコーヒーは香りのいい本格的な一杯にしますか』につなげたり、やんわりと購買行動を喚起させますね」

森田「ええ、たとえばコーヒーも、冬はホット、夏はアイスなどとニーズは変わりますから。その前後の言葉も細かく変えます」

辰井「心地良く、飲みたくなるように誘導するんですね。策士だ」

森田「そこは放送作家と連携してやります。店内でも季節に合わせた商品開発・品ぞろえをしますから、われわれもそこに対応しますよ」

 

 

朝・昼・夜・深夜の心理状態に合わせた選曲

辰井「オンエア曲は、新旧のヒット曲が少ない独特の選曲ですよね。どう決めていますか?」

森田「ヒット曲はいろんなところで流れていますから。番組名である『ミックスファム』の『ファム』は、『ファミリー』のスラングなんですね。老若男女いろんなお客さまへ多様な音楽を届けたくて、こだわって曲を探します」

辰井「どんな方が選曲するんですか?」

森田「安室奈美恵さんの『Hero』などを手がけた音楽プロデューサーの今井了介さんに、監修のひとりとして参加いただいています。ほかにも音楽業界歴の長いメンバーの多い選曲チームが選んでいます」

辰井「最近、『マクドナルドの店内BGMは選曲がすごい』って言われるんですけど、ファミリーマートさんの選曲も、音楽好きが反応しそうですね」

森田「ならば、うれしいですけどね。さらに朝・昼・夜・深夜で、聴きたい時のお客さまの心理状況に合わせます。たとえば朝は激しい曲などは避けて、逆に昼間ならアップテンポという風に、お客さまのお買い物シーンを想像しながら」

辰井「人間のバイオリズムに合わせるんですね」

森田「あとは各週でテーマを決めることもあるので、朝は落ち着いた音楽でテーマはこれだから、この曲にしよう……と話し合って決めますよ。耳なじみのいい曲を中心に選曲しています」

 

森田「ちなみに、過去のK-POP特集では、『BTS・東方神起・BIGBANG』を立て続けに流しました。音楽番組などではなかなか実現の難しい並びなのですが、弊社の店内放送ならではの曲順で、SNS上でも一定の反響がありました」

辰井「まさかのファミマが、ビッグ3による夢の競演をかなえてくれたのか」

森田「たとえるなら、音楽フェスのセットリストで名前が並ぶのをイメージしていただければと思います」

 

辞めるスタッフへ送るリクエスト

辰井「ちなみにリクエストは、ストアスタッフさんから受け付けるんですね?」

森田「ええ。『○○店のペンネーム▲▲さんからのリクエスト』という形でお送りします。オーナーさんにとっても、店名が全国で流れるので喜ばれるんですよ」

辰井「ラジオで自分の名前を読まれるようなものか」

 

森田「『店長がんばってください』『応援してます』とかのコメントの中に、『一緒に働いてるスタッフが、もう退職してしまうので、これからがんばってほしい気持ちを込めてリクエストしました』というのも流します」

辰井「メッセージがお店で流れた時、すごくいい空気になりそう。お客さんも、偶然それに立ち会えるかも知れませんね」

森田「毎週2リクエストずつ流すんですが、もう夏以降まで枠が埋まりました(※取材は3月中旬)」

辰井「じゃあ、急きょ退職が決まった人なんかへのリクエストは、もう流せない……」

森田場合によっては、差し込めるように調整します

辰井「粋ですね! オンエアを聴いたらうれしいだろうな」

 

M-1決勝でやるネタや結婚発表まで放送

辰井「いまは深夜枠だけだそうですが、ファミリーマートといえば、吉本興業の芸人さんのラジオもおなじみです。『ここでこの人来る?』って人選が、不思議だったのですが」

森田「吉本さんから定期的に、おなじみの中堅・ベテランさんから若手芸人さんまで何組かご提案をいただくんです。こちらで動画やSNSをチェックして、注目されそうな方を選びますよ」

辰井「ファミリーマートさんの推しも入るんですね」

森田「ええ、芸人さんたちは、番組内でご自身のネタもやってくれます。トークはファミリーマートにまつわることが鉄板でして、芸人さんも弊社でバイトしていた方が多いんですよ。『あのとき聴いていた店内放送に、出られるとは思わなかった』って」

辰井「いわば故郷に錦を飾るワンシーンですね」

 

番組で使用された台本

森田「あとはM-1グランプリのエピソードトークとか。自らが出るM-1決勝の週に出てきた芸人さんもいますよ」

辰井「2020年はM-1でブレイクした『おいでやすこが』のこがけんさんが来ていたんですね」

森田「M-1決勝1本目のネタも、ファミリーマートの店内放送で披露していたんですよ」

 

 

辰井「捨て身の出血大サービス! ちなみに、店内放送のトーク中に『しずる』の池田さんが結婚を発表したこともありますよね。アドリブが自由にも程がありませんか?」

森田「収録前には、何を話すか最低限の打ち合わせはします。そのうえで、基本的には自由に語ってもらいます」

辰井「寛大だ!」

森田「結婚発表は別に誰かを傷付けないので、『ご本人が大丈夫なのであれば、全然問題ないですよ』と言ってますね」

辰井「結婚発表を聞いて、当時は驚いたんじゃないですか?」

森田「スタジオでの収録時に『これ、聞いていいのかな』とは思いましたけど(笑)。でもご本人が全国に言いたいのであれば、どうぞと」

 

サザンや福山雅治の店内放送ジャックが実現

辰井「そのほか、過去にウケた企画はありますか?」

森田「うな重のCMでは、神谷明さんのナレーションも反響がありましたね」

辰井「『シティーハンター』などでおなじみの、声優界の真打ち登場だ!」

 

 

森田「神谷明さんがナレーションされているうな重の告知に引っかけて、音楽番組のミックスファム側では『Get Wild』を流したんですよ。『合わせよう』との打ち合わせはなかったんですけど、ねらって流しました」

辰井「いい遊び心だ」

森田「『これって……!』みたいなTwitterのツイートをよく見ました」

辰井「わかる人にはわかる選曲ですね」

 

森田「あとは特定のアーティストと連動した店内放送ジャックとかもありました。サザンオールスターズさんや福山雅治さんの曲をずっと流すんです」

辰井「え! 僕もサザンファンなので行きたかった……!」

森田「反響がすごかったです。チケットも店内で販売して、いい循環を生めました」

 

将来は「店内放送を聴くとクーポンがもらえる」かも?

辰井「いま、構想に上がっている番組案はありますか?」

森田「もう少しエンタメ性に強いコーナーを考えています。アニメの人気声優さんやアーティストさんらがトークして、曲をナビゲート。商品も出しつつ、弊社のTwitterなどとリンクさせたら面白いかなと」

辰井「おお、楽しそう」

森田「あくまで一つの考えですけどね。あとはたとえば店内放送でファミチキの告知をして、その音声をアプリでキャッチしたら、クーポンが発行できるとか

辰井「いいですね! それでは最後に。店内放送をつくるとき、大事にしていることは何ですか」

森田「お客さまへの快適なお買い物空間の提供と、ストアスタッフへの働きたくなる店舗環境構築が店内放送の役割です。地域のインフラとして快適な場所を提供するのが、我々の使命だと思っていますね」

辰井「客の立場としても楽しいですし、店員さんはなおさら店内放送が貴重な潤いですね」

森田「たとえば京都の店舗のメッセージを東京で聞くだけで『遠い店もがんばってるな』って思えますし、リクエストに応えれば、『秀島さんが自分の店名を読んでくれて励みになります』とメールをもらいます。そんな場を提供し続けられれば。私自身も反響があると、本当にやってよかったと思いますから」