好きなインド映画は『RRR』と『グレート・インディアン・キッチン』。どうも、ライターのISOです。

皆さん、インド映画を観ていますか?『バーフバリ』と『RRR』は観たけど他はよく知らない……という人も多いのでは。でも現在“日本は第3次インド映画ブーム”とも言われており、滅茶苦茶インド映画がアツいんです。


『バーフバリ 伝説誕生<完全版>』Blu-ray発売中© ARKA MEDIAWORKS PROPERTY, ALL RIGHTS RESERVED.

毎月のように新作インド映画が公開されるうえ、どれも選び抜かれて日本に来ているのでクオリティも折り紙付き。SPACEBOXなどインド映画専門の配給会社があって、「インディアンムービーウィーク」のようなインド映画特化型の映画祭も開催されていたりするんです。

そして作品のみならずファンもアツい! ファンが圧倒的な熱量で盛り上げてくれているというのもインド映画の大きな特徴。それほどの魅力と奥深さがインド映画にはあるんです。

ではなぜインド映画はそれほどアツく面白いのか。僕にはそれを語れるほどの知識も経験もないので、インド映画研究家として活躍される高倉嘉男さんにお話を伺いました。

インド在住経験もある高倉さんは、共著『新たなるインド映画の世界』やインド映画情報サイト「Filmsaagar」で、インド映画の魅力や背景を懇切丁寧に解説してくれている我らビギナーの味方。

そんな高倉さんがインド映画にハマったきっかけは一体何なのか。そして日本のインド映画の現在地、インド映画の面白さや楽しみ方までいろいろ教えてもらいました!

<この記事のハイライト>

・日本のインド映画ブーム、そして高倉さんのインド映画愛の始まりは『ムトゥ 踊るマハラジャ』

・ムンバイの安宿に泊まればインド映画出演チャンスが?

・同じインド映画でもこんなに違う!言語圏ごとの映画の特徴と魅力

・重要なのは「虚構性」。インド映画に踊りと幕間がある理由

・国内外のファンに愛されるインド映画にも最近はある変化が
・実は高倉さんは高校の校長先生!インド映画と教育に通じることとは

 

すべては『ムトゥ 踊るマハラジャ』から始まった

ISO「そもそも高倉さんがインド映画に魅せられたきっかけは何なんでしょうか?」

高倉さん「僕が初めて観たインド映画は、日本で1998年に公開された『ムトゥ 踊るマハラジャ』でした。そこからインド文化に興味を持つようになり、大学在学中に2回インド旅行をして、その後ヒンディー語を学ぶため留学にも行ったんです。

『ムトゥ』ですでにインド映画の面白さに魅せられていましたが、現地に行ってさらにその気持ちが増幅されました。留学中は日々映画漬けでしたね」


豪胆かつ誠実な性格、そして腕っ節の強さから皆から慕われる召使いムトゥの活躍を描くエンタメ大作。アクションにコメディ、ロマンスにドラマと全部盛り。歌とダンスも派手でとにかく楽しい

ISO『ムトゥ 踊るマハラジャ』といえば日本における第一次インド映画ブームの火付け役ですね。その頃の盛り上がりはどのようなものだったんでしょうか?」

高倉さん「最初に上映されたのは、僕もよく通っていた渋谷にあった『シネマライズ』という映画館でした。最初は1館だけでの上映で一部の人だけが盛り上がっていたんですが、その熱量が徐々に伝播していったんです。僕も2回観にいきましたが、1回目は比較的空いていたのに2回目は満席でなかなかチケットを取れませんでしたから。

最終的に『ムトゥ』は興収4億円を突破してその年のミニシアター興収ランキングで1位になりました。ミニシアター系、それもインドの映画がそれほどヒットすることは異例なので、メディアにも取り上げられてさらに注目を集めていったんです。その広がり方は『RRR』と似ているかもしれません」

イギリス植民地化のインドを舞台に、心優しき森の男ビームと固い信念を持った警官ラーマの熱い友情、そして残酷な運命を描いた大ヒット作。日本におけるインド映画興行収入歴代第1位。筆者が初めて観た時はあまりの面白さに夢では…と思った/『RRR』UHD&Blu-ray&DVD発売中、デジタル配信中 ©2021 DVV ENTERTAINMENTS LLP.ALL RIGHTS RESERVED.

ISO「現在日本は第3次インド映画ブームの最中と言われていますね。改めて日本におけるインド映画ブームの流れについて教えてもらえますか?」

高倉さん「まず第1次インド映画ブームのときは『ムトゥ』しかヒット作が出ず、ブームは単発で収束しました。

直後に『冬のソナタ』を発端とする韓流ブームが来て、インド映画が影に隠れてしまったことも大きいかもしれません。当時日韓W杯もあり、韓国系の有名人の方もたくさんメディアに出られていた時期なので。そうしてインド映画ブームは立ち消え、その後、10年間の暗黒時代が続きました

ISO「ブームが終わったのは理解しますが、なぜいきなり暗黒時代に?」

高倉さん「利権関係でトラブルが起こり、日本の配給の間でも『インド映画は面倒臭い』という印象がついてしまったんです。

というのもインド映画はいろんな言語版を作るので、言語別に違う人に売るということもあって。なので日本人がある映画を買って公開しようとしたら、別の言語版を買った人とバッティングした…ということが頻発してしまい、みんな扱わなくなったんです。

そういう暗黒期を経て、2010年頃から再びインド映画が公開されるようになります。その頃にはインド映画もかなり進化して、誰もが楽しめる良質なものも増えていました。そうして2013年に公開された『きっと、うまくいく』が火付け役となり、第2次インド映画ブームが始まりました


インドの国民的大スター、アーミル・カーン主演作。苛烈な競争が繰り広げられるエリート大学で、大親友の3人組が巻き起こす騒動と、その10年後の出来事を描くコメディドラマ。思い切り笑えて泣けるエンタメ性と同時に、教育問題に光を当てるテーマ性にも優れた名篇

ISO「僕もその頃『すごい面白いインド映画がある』と聞いて『きっと、うまくいく』を観に行きました。今思えばあれがインド映画を観るようになったきっかけかも」

高倉さん「単純に映画としてとても優れていますし、国を問わず共感されやすい教育問題を扱っているという点も大きかったんじゃないかなと思います。第2次インド映画ブームではその後も上質な作品が続けて公開され、インド映画の再評価の機運が高まりました

ISO「『マダム・イン・ニューヨーク』や『めぐり逢わせのお弁当』などですね」

高倉さん「その第2次インド映画ブームは3年ほどで下火になりかけました。そんなときに公開されたのが『バーフバリ』2部作で、これがカンフル剤となって第3次インド映画ブームが始まりました」

『RRR』のS・S・ラージャマウリ監督による伝説の2部作。古代インドのマヒシュマティ王国を舞台に、伝説の戦士バーフバリの波乱に満ちた運命を、三代にわたる視点から描く。今年で公開10周年なので日本でも再上映されるかも。映画館で観てほしい

高倉さん「その後コロナ禍中に一度停滞するんですが、同じ監督が撮った2022年の『RRR』が大ヒットを果たし、ブームが息を吹き返しました。そこから新たなインド映画が日本でもたくさん公開されています。

ただ、この第3次インド映画ブームに関しては2025年の今も続いている感覚があるので、このブームの実態や終点は時間が経ってからでないと評価しづらいところではあるんですが」

ISO「最近のインド映画の盛り上がりを見ていると、一過性のブームから文化へと変化しつつあるようにも思います」

高倉さん「それは僕が一番望んでいることですが、過去に2度ブームの終焉を見てきたのでまだ安心できなくて……」

 

言語圏が違えば映画の色も大違い。お好みなのはどの言語?

2021年に出版された、高倉さんの共著『新たなるインド映画の世界』。フェミニズムや宇宙開発、宗教の融和や身分制度の瓦解など、新たなるフェーズへ突入したインド映画を通じて、もっと”深く”、もっと”濃く”、今のインドを知ることのできる1冊

ISO「高倉さんはインド映画に出演経験があると伺ったのですが……」

高倉さん「そうですね。まずインドはたくさん言葉がある国で、かつ映画というのは言語に依存するメディアということもあり、インドでは言語ごとに映画産業が分かれているんです」

高倉さんそのなかで最も大きいのが、通称『ボリウッド』と呼ばれるヒンディー語の映画産業で、僕が出演したのもヒンディー語の作品でした」

ISO「一体どういう流れで出演することに?」

高倉さん「外国人役が必要なとき、もちろん俳優を使うこともあるんですが、エキストラや軽い役であれば旅行者を捕まえてくることも多いんです。

ヒンディー語映画産業の中心地であるムンバイにはバックパッカーが集まるような安宿があるので、外国人役が必要な場合は安宿で暇そうな人をスカウトする。だからインド映画に出たければ、ムンバイの安宿にずっと泊まっていればチャンスがあるかもしれませんよ。

ただ僕の場合は、当時、現地の大学で語学の勉強をしていたところスカウトされました。おそらく日本人が必要だったけど、ムンバイの安宿では見つからず留学生が大勢いる大学へ探しに来たんでしょうね。その役がヒンディー語を喋る日本人役で、ちょうど僕にぴったりだったので「じゃあ、君」ととんとん拍子に決まっていきました」

ISO「インディアン・ドリーム……! ちなみにどんな作品でしょうか」

高倉さん「インド国内チャンピオンの陸上競技選手から盗賊になってしまった実在の人物の人生に迫る『Paan Singh Tomar』(2012)という作品です。1958年の東京アジア競技大会にも出場した人物で、僕はその東京のシーンに登場しています。日本語字幕はないんですが、Netflixでも配信されていた優れた作品ですよ」


陸軍兵士と陸上競技のチャンピオンを経て、盗賊となった実在の人物Paan Singh Tomarの数奇な人生を辿る伝記映画

ISO「高倉さんは留学でヒンディー語を学んだこともあり、インド映画の中でもとりわけヒンディー語映画に精通しているんですよね。ヒンディー語映画にはどういう特徴があるんですか?」

高倉さんヒンディー語映画というのはインド映画のなかでもメインストリームなので、ピンからキリまで多様な作品があることが大きな特徴ですね。ド派手な娯楽作品もあれば、しっとりした社会派映画もたくさん作られている。そういった幅の広さがヒンディー映画の強みであるし、弱みでもあると感じます」

ISO「作品の幅が広いことがなぜ弱みに?」

高倉さんヒンディー語映画はあらゆる地域のあらゆる人々に観てもらうことを前提に、普遍性を重視して作られているんです。なので地域の人との密接な繋がり、ローカル性というものは地方映画と比べると薄い。今は南部のローカル性の高い映画が人気ですが、そういう面でヒンディー語映画は弱いんです」

ISO「広く届きやすいけど深く刺さりにくいというイメージですかね。難しいな〜」

高倉さん「そして派手な演出からヒンディー語映画は『ふざけている』と思われることもありますが、娯楽性を担保しながらも基本的に真面目ということも特徴的です。というのも社会問題を積極的に取り上げて、映画によって観客に学んでもらおうという意思が強い。

だからヒンディー語映画を観ると、今インドではこういう社会問題が起こっているんだなということがよく分かるんです。そういう点で僕個人としてはヒンディー語映画が一番興味深く観られるんですよね」

ISO「ヒンディー語以外の言語圏の映画にはどのような特色があるんですか?」

高倉さん「簡単に説明すると……」

<タミル語>

インド最南端のタミル・ナードゥ州の公用語。第一次インド映画ブームを牽引した『ムトゥ 踊るマハラジャ』もタミル語映画。タミル人は言語に対する誇りを持っており、タミル語映画も自分たちに誇りを持てるようなものが多い。まさにタミル人がタミル人のためにつくる映画。比較的真面目な映画が多いという部分でヒンディー語と近い部分も。

<テルグ語>

テルグ語圏の北にあるアーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナ州の公用語。『RRR』や『バーフバリ』などに代表されるように、徹底的な娯楽至上主義が特徴。社会的メッセージは薄めで、面白さを優先して実在の人物を描くうえでも歴史を変えることも。歌やダンスに対するこだわりも頭一つ抜けており、とりわけダンスが多い。


<ベンガル語>

西ベンガル州の公用語。1913年にノーベル文学賞を授与され、アジア人として初のノーベル賞受賞者となったラビンドラナート・タゴールを輩出した背景もあってか文学好きが多く、映画も文学的な作品が多いのが特徴。人の内面などを情感豊かに描く作品が多い。『大地のうた』などで知られる世界的な巨匠サタジット・レイが所属した言語圏。

高倉さん「他にもいろんな言語圏がありますが、主なところを挙げるとこの4つの言語かなと。もちろんタミル語にふざけた映画もあれば、テルグ語に真面目で社会的メッセージのある作品もあったり、必ずしもこの説明に当てはまる訳ではないですが、傾向としてはこういう感じです」

ISO「それほど明確に特色があるのは面白いですね」

 

キーワードは「虚構性」?インド映画で人々が踊る理由とは

ISO「いろんな作品を観られている高倉さんが、インド映画を楽しむうえでのポイントを教えてもらえますか?」

高倉さん「インド映画の大きな特徴として『歌と踊り』が挙げられますが、僕はヒンディー語を学ぶうえでインド文学から入ったので、歌の歌詞を重視しているんです」

ISO「歌詞! 僕はついつい派手なダンスに目が行きがちで、あまり歌詞に集中したことがないかもしれません」

高倉さん実はインド映画の歌の歌詞って、プロの文学者が作詞しているんです。だから歌詞が高度に物語とリンクしている。そういう部分を理解できるようになると面白いし、自分も着目しているポイントですね。実際インドの人でも歌詞を重視している人は多いですよ」

ISO「そもそもインド映画ってなぜそんなに歌って踊るんでしょうか?」

高倉さん「その疑問を含めて『インド映画ってなんで面白いんだろう』というのはインド映画を研究するなかでずっと自問自答し続けてきたこと。それをまとめた単著が10月に出るんですよ。タイトルは『インド映画はなぜ踊るのか』」

高倉さんの新刊『インド映画はなぜ踊るのか』チラシ画像

ISO「気になっていたことにドンピシャで答えてくれそうなタイトルだ…!」

高倉さん「詳しくはそこでいろいろ書いているんですが、インド映画において大事なのは『虚構』であることなんです。

インド人は実際によく踊るので映画内で歌ったり踊ったりするのも完全な嘘ではないんですが、突然バックダンサーが現れて踊り出すのは現実的ではないわけで。それは虚構であることを強調するためにあえてやっている。なぜなら現実ではないと思わせることで物語から得られる楽しみがある、という考え方ゆえなんです。

それはインドの古典芸術理論で『ラサ理論』と呼びます。ラサは『情感』を意味する言葉なんですが、それは現実世界で沸き起こる我々の感情とは違う、虚構の物語を観たときに心のなかに沸き上がるものを指します。そして映画はラサを得るためにつくられている。なのでインド映画の本質は『虚構性』にあるんじゃないかなと自分は思っています」

ISO「僕は高倉さんが管理しているインド映画情報サイト『Filmsaagar』もよく拝見しているんですが、そこでもラサ理論を解説してくれていましたよね」

高倉さんの詳しい解説が気になる方は、ぜひサイトの記事を!

ISO「サイトを読んでいるとインド映画や作品ごとの文脈を初心者にも分かるよう道筋をつくってくれているような印象を受けます。そういったサイトや本を書くときに意識していることはあるんですか?」

高倉さん「当たり前ですが、インド映画はまず第一にインド人のために作られています。だから観るうえでは気持ちをインド人に近づけないと、なかなか作品内部に入り込めないところがあると僕自身感じていて。

深く理解するには知識だけではなく現地での生活を体験する必要があると思いますが、それは全員ができるわけではない。だからせめて知識の部分ではインド人に近づいてもらえればと思って書いています。

加えてインド映画というのはインド文化や言語に深く根ざしてつくられている。一般の日本人にとっては全く新しい世界なので、最初は敷居が高いんですが、その敷居を超えると一気に世界が広がっていくんですよ。知識がどんどん連鎖していくし、掘り下げ甲斐があるので、興味を持った人に分かりやすく正確な知識を提供したいなと」

ISO「助かります。映画を観るうえでよりインド人の感覚に近付くため、何が必要だと思いますか?」

高倉さん「インド映画には必ずインターミッション=幕間が途中に入ります。すると必然的に前半と後半に分かれるんですが、途中で幕間が入ることで生まれる楽しみがあるんですよね。連れと前半までの感想を出し合ったり、後半の展開の予想をしたり。日本の映画館は連続して上映されることがほとんどですが、ぜひ幕間を入れての上映をしてほしいですね」

ISO「『映画の世界に没入していたいから、途中でそこから出されるのがイヤ』という人もいそうですね」

高倉さん「いると思いますね。ただ先ほど言った通りインド映画は『虚構性』を重視しているので、一度観客を作品の世界から外に出すことも大事だと思うんですよね。幕間で虚構性を感じることでラサを得ることができる」

ISO「それが本場での楽しみ方ということですね」

高倉さん「なので僕はインド映画を正しく評価するにはインド映画独自の物差しが必要だと思うんです。ほかの国の物差しで『歌とダンスが唐突』とか『幕間はいらない』とかって評価するのは良くないなって」

<参考>インドではハリウッド映画も強制的にインターミッションが設けられる、というアメリカの記事。幕間中に観客が買う飲食物の売り上げもインドの映画館にとって大切なんだとか。https://www.indiewire.com/features/commentary/intermissions-india-filmmakers-cant-stop-them-1235110134/

 

国内外で深く愛されるインド映画に、最近ではある変化が

ISOインドという国は世界的にもかなり映画愛が強い国という印象があります。配信が普及した今も、映画館至上主義という風潮は強いと聞きますし、映画も明らかに大画面で観てもらうことを意識した画面作りがされている。それは一体なぜなんでしょうか?」

高倉さん「もともとインドでは演劇をみんなで集まって観る文化が根付いていました。それがだんだんと映画に置き変わり今も続いている状況かなと。

とはいえインドも日本やアメリカと同様、テレビやビデオの登場で映画館の力が弱まりそうなタイミングはあったんですよ。ただインドは貧富の格差が大きく、それらを買えるのは一部の富裕層だけだった。つまりテレビを買えない多くの人たちが映画館を支えたんです」

Myoun INOX Cinema ©Malikswiki

高倉さん「そしてテレビが広く普及してくると局ごとに視聴率の競争が起きますよね。そこで力を持っていたのは映画というコンテンツ。だからどの局も競うようにテレビで映画を流していたことが、結果的に映画の地位を高めることになったんじゃないかなと思いますね。

日本ではテレビの登場で映画館の観客が減ったと言われていますが、インドではテレビは常に映画よりも格下の存在で、映画人気を下支えすることはあっても映画人気を脅かすことはなかった。それでインドでは映画館や映画文化が生き残ったのかもしれませんね」

ISO「なるほど。インド人が映画愛が強いのは理解しましたが、興味深いのは日本のインド映画ファンも愛がものすごく強いんですよね。応援するため何十回も一つの映画を観に行ったり、インド映画を機に現地の文化や言語を勉強したり、自主配給したり…他の映画ファンと比べても知識欲や熱量がすごい。それはとても羨ましく感じます。

そんなインド映画ですが、フェミニズムやLGBTQ+を題材とした作品の増加など、最近はかなり変化しつつあるような気がしています」


ムンバイで働く3人の女性が、ままならない人生に葛藤しながらも連帯して前に進もうとする人間ドラマ『私たちが光と想うすべて』。筆者激推しの傑作です

ISO「たとえば7月25日公開の『私たちが光と想うすべて』(2024)は、去年のカンヌ国際映画祭でインド映画としては初のグランプリを受賞した作品ですが、これまでのインド映画ではあまり観たことがない女性の描き方をしていて驚きました」

高倉さん「インド映画は言語圏ごとに分かれているというお話をしましたが、監督や俳優もそれぞれ所属している言語圏があるのが一般的です。ただ『私たちが光と想うすべて』のパヤル・カパーリヤー監督は、物語ごとに相応しい言葉を選択するというこれまでほとんどいなかったタイプの作り手で、どの言語圏にも所属していない。

これまでも言語圏を超えて作ることはあっても必ず拠点があったんですが、今や所属なしでインド全土や全世界を視野に入れて映画づくりをする若手が台頭してきている。それは今まさに起こっている変化です」

ISO「確かにパヤル・カパーリヤー監督の前作、『何も知らない夜』(2021)ではまた別の言語が使われていましたもんね。そういった若手の登場で、今後は言語ごとの壁もなくなっていくのでは?」


映画大学の寮で見つかった恋文を入り口にカースト制が生んだ悲劇や2016年に起きた学生運動などを辿り、激動の時代を生きるインドの若者の姿を映し出したドキュメンタリー。8月8日に劇場公開。こちらも名作

高倉さん「その可能性は十分にありますね。というのも、かつてインド人は自分と異なる言語圏の作品を観ることはほとんどなかったんですが、OTT(※)の普及によって徐々に変化が訪れているんです。

とりわけコロナ禍でロックダウンになったとき、暇で試しに他の言語圏の作品を観たらその面白さに気付いたという人がすごく多い。なので本当に直近になって言語間の壁が低くなってきているんです。そういった観客の視点の変化も、今後の映画に大きな変化を生むんじゃないかなと思いますね」

※OTT・・・オーバー・ザ・トップ=映像や音声コンテンツなどを配信するインターネットサービスのこと。Amazon Prime、Netflix、JioHotstarが大手3社

ISO「同じインドの映画なのに、それほど他の言語の映画を観なかったのはなぜ?」

高倉さん「そもそも基本的に映画館で上映されるのはその地域で話されている言葉の作品ばかりなんです。だから僕もインドに住んでいた時はほかの地域の言語の作品を観る機会は滅多にありませんでした。テレビでは言語ごとの専門チャンネルもあるので、他の地域の作品も観れないことはなかったですけどね。

でも当時は吹替や字幕は付いていなかったので、他地域・他言語の映画を観てもチンプンカンプンだった。一方、配信が普及した今では各作品に吹替や字幕が付けられ、なるべく多くの人が楽しめるように配慮されています」

ISO「やはり動画配信サービスの影響はとんでもないですね」

 

実は高倉さんは高校の校長先生! インド映画と教育に通じることとは

ISO「高倉さんはインド映画研究家であり、豊橋の高校で校長もされているんですよね。学校HPの学校長挨拶にもインドの写真があって笑ってしまいました」

高倉学園HP「学校長挨拶」より

高倉さん「『高倉学園』という名前のとおり、家業で学校法人を運営しているんですよ。ちなみに豊橋中央は今年の夏の甲子園に愛知県代表として初出場することになりまして、今は大忙しです(笑)。

ふだんの全校集会などでもインドのことを話しているので、うちの生徒はみんな僕がインド好きだと知っています。世界史でインドが出てくると僕が授業をしたり、コロナ前までは家庭科の調理実習でインド料理を作ったりとかもしていますね」

ISO「楽しそう! インド映画好きということが、教育において役に立つことはありますか?」

高倉さん生徒たちに大事なことを学んでもらううえで、インド映画の『観客を楽しませてナンボ』という精神は自分のなかで役に立っていると思いますね」

ISO「と、言いますと?」

高倉さん「インド映画というのは真面目なテーマでも多くの人に観てもらうために、楽しんで理解してもらうことを大事にしている。歌と踊りもそのための大事な要素ですよね。娯楽ではあるけど、明確に伝えたい、学んでもらいたいことがあってつくられているんです。そこは学校教育と変わらないなと思うので、その姿勢は活かすようにしていますね」

ISO「インド映画マインドで授業をする……めっちゃ大事なことですね。では最後に、高倉さんがおすすめするインド映画を聞いて締めようと思います」

高倉さん「気軽に観られるものであれば…Amazon Primeは結構インド映画があるので、『インド』と検索してもらえればいろいろ面白い作品が見つかると思います。配信オリジナルで僕が良いなと思ったのは『フォトグラフ〜あなたが私を見つけた日』(2019)。『めぐり逢わせのお弁当』でも知られるリテーシュ・バトラ監督の作品ですね。

そして今は配信にない作品なんですが、僕がインドに住み始めた2001年に観た『ラガーン』という映画は機会があればぜひ観てほしいですね。アーミル・カーン主演のクリケットを題材とした作品で、僕がインド映画の凄さと面白さを思い知ったのがその作品なので。クリケットのルールを知らなくても楽しめるので、とってもおすすめですよ」


19世紀末期、年貢(ラガーン)の免除をかけてイギリス軍とクリケットの勝負に挑む農民たちの姿を描くスポーツ映画。アカデミー賞外国語作品賞にノミネートされた

 

取材を終えて

やっぱりインド映画って面白〜〜〜!!

高倉さんのお話を聞いて、その背景や楽しみ方を知るとますますその奥深さに気付かされます。確かに僕自身、これまで他の国の物差しでインド映画を観ていたので、もっとインドの知識や文化を身に纏ってインド映画を観ていきたいと思いました。

今や劇場公開作だけでなく、NetflixやPrime Videoなどの配信でも気軽にインド映画を楽しめる時代。本稿で紹介した『きっと、うまくいく』や『マダム・イン・ニューヨーク』、『バーフバリ』なども観られるので未見の方はぜひご覧あれ。一度観ればその迸る魅力にゾッコンになるかもしれませんよ。