こんにちは、ライターの松岡です。趣味は寄席で落語を見ることです。

みなさんは落語と聞いてどのようなイメージを思い浮かべるでしょうか?

 

▼寿限無

子供に「じゅげむ じゅげむ ごこうのすりきれ……」とメチャクチャ長い名前をつけた夫婦の話

▼時そば

そば屋で店主が勘定を「ひい、ふう、みい」と数えてる最中に、「いま何時だい?」と尋ねて混乱させる話

 

などの演目をイメージするのではないでしょうか。

そしてもしかしたら、「落語ってちょっと難しいな」と思っているかもしれません。なぜならそれらの演目は古典落語と呼ばれ、江戸~明治にかけて作られた演目……つまり当時の文化や風習などの知識が必要になる場合があるからです。

 

ですが、実は落語には新作落語と呼ばれる、現代になって新しく作られた話もあるんです。

 

そんな新作落語の世界で『天才』と呼ばれる人物がいます。それが―

 

落語家・瀧川鯉八さんです。

今、もっともチケットの取れない講談師・神田伯山先生『新作落語の天才』と呼ぶ鯉八さんに、新作落語の世界と現在の落語会についてお話を聞きました!

 

瀧川鯉八(たきがわ こいはち)

鹿児島県出身。1981年生まれ、39歳。2006年8月瀧川鯉昇に入門。10年8月二ツ目昇進。11年、15年にNHK新人落語大賞決勝進出。15年、17年に渋谷らくご大賞受賞。2020年5月に真打昇進が決定!

 

24歳まで落語に興味がなかった?

「はじめまして! 今日は『新作落語の魅力』について伺いたいと思っています。まずは鯉八さんが落語に興味を持ったきっかけを教えてください」

「落語を知ったのは、大学の落語研究会に入ったのがきっかけですね」

「大学生の頃から落語が好きだったと」

「いいえ。ウッチャンナンチャンのナンチャンが、学生時代に落研に入っていたと聞いたので入りました。落語よりナンチャンが好きだったので

「え、ナンチャンがきっかけで落語の道に? ま、まあきっかけは何であれ、とにかく落研に入ってから落語の魅力にハマっていったという感じですか」

「う~ん、在学中は落語を好きになることもなく、嫌いになることもなくって感じでしたね~」

「……いつ落語を好きになるの?」

本当に興味を持ったのは大学を卒業したあと仕事に就かずぶらぶらしていた時期ですかね。働くのがイヤで、人に会いたくなくて、何となくふさぎ込んでいた時期があったんです」

「鯉八さんにそんな時期が……」

 

「あまりにも1日がヒマなので、図書館で借りた落語のCDを聞いてみたら、すごく面白くて」

「定年退職後のオッサンじゃないですか」

「暗い部屋でひとり落語を聞くと情景が浮かぶんですよ。江戸時代の話なので若干わからないこともあったんですが、落語って少しでもこちらから歩みよって聞くとわかるようになっている

「落語は他の伝統的な芸能……歌舞伎や能と違って『笑い』の要素があるので、歩み寄りしやすいですよね。ただ当時、鯉八さんは無職でゴロゴロしてたんですよね? どのように落語家の道に進んだのでしょうか?」

「落研時代の友達に、『チケットが余っているから落語会に行かないか?』と誘われたんですね。そこにうちの師匠・瀧川鯉昇が出演していて。マクラ(落語の物語に入る前置きみたいなもの)を聞いた時に衝撃を受けました」

「落語の本編ではなく、マクラに衝撃を?」

「鳥のエサを食べて空を飛んだという話と、脳みそがない人がMRIを受けると病院の裏庭が映るという話だったんですけど、この2つが面白くて」

「ムチャクチャおもしろそう」

「落語ならひとりでできるし、誰にも会わなくていいなと思って、弟子入りをお願いしました」

「ふさぎこんでいた鯉八さんにはピッタリの職業だと。だけど、働きたくないというマインドの時に、大変な前座修業に耐えられる自信はありました?」

「師匠が来たらお茶を出す、着物をたたむといった単純作業なので、いけるかなと。ちゃんとやれば単純作業じゃない部分……師匠の気持ちを想像して先回りする修業にもなりますし」

「どんな作業も想像力でクリエイティブな修行に変えてしまうって、さすが落語の世界ですね」

「でしょう? でも僕は、はじめから奥深い部分は捨ててました

「ええ! 単なるルーティンワークとして働いていたんですか」

「はい。同じ作業をするのは苦じゃないから。4年間こなせば二つ目に上がって自由を与えられるとわかっていたので、頑張りました」

「そんな落語家ありなの?」

 

新作落語は絶対評価

若手の落語家・講談師11名からなるユニット「成金」の正体に迫る、スポーツ報知インタビュー連載企画より

 

「鯉八さんが新作落語をやり始めたのはいつ頃からなのでしょうか?」

「前座の2年目くらいの時に、仲間が『こっそり新作落語の会をやらないか?』と言ってきたんですよ」

「あれ? でも落語界には“前座の時は新作落語をやってはいけない”というルールがあったように思いましたが」

「はい、一人前じゃない間は、古典落語をやるというルールがあります。でも一緒にやらないかと誘われたかったのが嬉しかったから『やります』と言って」

「それまでに自分でネタを考えたりした経験はあったのですか?」

「いえ、生まれてはじめて作りました。もちろんうまくいかなくて。でも辞めようかなと思う前に、1回ぽっとウケたんですよねそれが人生のターニングポイントでした」

「ターニングポイント?」

「ウケるということ自体は古典落語でも経験してたんですが、自分で作ったネタが人前でウケるというのはまた別でこれが自分の得意な分野だ!と思いました。逆に古典落語は、みんな同じことをするので苦手だと感じるようになったんですね

「ええ……! 落語家で古典が苦手ってことあります?

みんながやっているもので勝てる自信がないんです。例えば有名な『芝浜』という話、お客さんでも芸人でも『談志師匠の芝浜と比べるとちょっとね…』とか言うんですよ」

「昔の師匠や現役の師匠の中でも、名人と呼ばれている方は数多くいますからね。その演目と比べられてしまうと。正直、落語が好きな人ってそういう比較を言いがちなので、自分も耳が痛いです」

「ですよね? でも自分の落語は自分しかやっていないから比較されることがない古典落語は相対的評価の面があるけど、新作落語は絶対評価しかない

「なるほど」

「あと、古典落語って昔の人が作ったネタをタダで使用してるわけですよね?」

「伝統芸能の世界なので、それは当たり前では?」

「でも大昔にその話を作った人は、それをよしとしているのかなって思ったんです。『俺が作ったネタを、お前らタダで……何百年もこすってこすって、しかも大金稼いでる奴もいるじゃないか!』と」

「何百年も前の演目なので、すでに著作権とかは消滅してますけど、まあ言いたいことはわかります」

「新作落語を作りはじめてから、自分が作った落語を自分だけがやるという意識が強くなったんで、特にそういうことを考えるようになってしまって」

「鯉八さんは今までに新作落語をどれくらい作ったのですか?」

80くらいはありますよ。もちろん全然ウケないから1回でやめたのもありますけど」

「新作で80は多いですね! その中で代表的なネタというとどういうものになりますか? 鯉八さんのネタを表にしてきたので、この中から教えてください」

 

『俺ほめ』というのが1番の代表作なんですけど、知らない人の前ではできないですね。僕のことを完全に好きになった人なら喜んでくれると思うんですけど」

▼俺ほめ

まーちゃんと言われる男が、「俺をほめてくれ。金平糖をあげるから」と仲間に要求し、自らの長所を聞きながら人にほめられる欲求を埋めていく落語。

 

「NHKの新人落語大賞で演じていたネタですね。確かに尖ったネタなので初心者が聞くと『落語で何を言ってるんだこいつは!』って驚くかもしれませんね」

「初心者にもオススメというと、『やぶのなか』っていう、若い夫婦のところに弟のカップルが遊びにくる話ですね」

▼やぶのなか

新婚の姉夫婦のところに遊びにきた弟とその彼女が、当時どういう心境でその場にいたのかを各登場人物がそれぞれ単独のインタビューで答えるという斬新すぎる落語。

 

「『やぶのなか』は寄席で聞いたことがあるのですが、シーンの切り替わり方が斬新でドキュメンタリー作品をみているような感覚になりました」

「あと『ニキビ』は今どこでやってもうけると思いますね」

▼ニキビ

ニキビに悩んでいる思春期の少年が、おばあちゃんからニキビを潰す快楽を教えられるというシュールな落語。

 

「どれもすごい世界観だ。鯉八さんはどのような世界観で新作落語を作っているのですか?」

ヒトの醜さや、ちょっとしたコンプレックスを描くようにしています。男女問わず、世の9割くらいは醜い部分を持ってるじゃないですか。見た目じゃなくて、精神の醜さですね。で、みんな結構、他人の醜い部分って笑ってくれるんですね」

 

自分の商品価値をあげるためには

「今まで新作落語をやり続けていて、失敗したことなどありますか?」

「二つ目に昇進した時に、小遊三師匠に怒られたことですね

「笑点に出演している水色の師匠ですよね?」

「そうです。寄席にはネタ帳といって、その日の出演者のネタをズラッと書いてる帳面があるんです。例えば僕が『俺ほめ』を演るなら、『俺ほめ 鯉八』って書いてるわけですね」

「なるほど。その帳面を見れば、誰がどのネタを何番目にやったのか、他の出演者にもわかるわけですね。『今は○○師匠が□□というネタを演ってるから、次はどのネタを演じよう』みたいに」

「普通は黒の墨で書くんですけど、昇進した時は名前の上に朱色で“寿”って書いてくれるんです。これはすごくめでたいことで。ネタ帳を見た他の出演者は、『おっ、鯉八は二つ目に昇進したんだな』とわかるわけですよ」

「すごく粋な計らいじゃないですか」

「ただ、その日の僕のネタが『口臭い』というネタだったんで、ネタ帳には「 口臭い 寿 鯉八 」と書かれていて」

「台無しだ」

「それを見た小遊三師匠が『ネタ帳というのは神聖なものだ。二ツ目になって特別に“寿”って書いてある時に『口臭い』というネタは如何なものか』と。それ以来、ネタ名を『エチケット指南』に変えました」

「鯉八さんは今年の5月から昇進して真打になりますが、その時に古典落語に挑戦することはないんですか?」

「もちろんやらないです。けど、お客さんも芸人も『古典やったらいいじゃないか』って言うんですよね」

「それだけ鯉八さんの古典落語をに期待されているということでは」

「でも、古典落語をやっている人に『新作落語やったらいいじゃないですか』って言わないんですよ」

「それは確かに……」

「なぜ新作をやらないのかというと、創作落語を作る才能がない現実と向き合いたくないからなんですよ」

「漫才やコントと違って、落語は基本的に1からネタを作る芸じゃないですもんね」

「古典には台本があるんだから、ウケなかったら『ネタは良いけどやり方が悪かった』わけです。では新作でウケなかったら? ネタもやり方も全て僕がつまらないってなるんですよ

「落語の評価がそのまま自分にくると」

「古典の落語はすでにおもしろいという評価を確固たるものにしてて、その中で新作落語をやるのはすごく勇気がいる。そこを踏ん張ってやっているのは自分でもほめてあげたいですけどね」

「結果はついてきていますよね。鯉八さんは新作落語の旗手として話題になって、売れているじゃないですか」

話題になるのと売れるのは別のことですね売れるってことは買う人がいなきゃいけないんですけど、まだまだです。芸人って人気や話題をお金に換算するのは野暮だって考えがちなんですが、僕はけっこう考えてしまいますね」

「ものすごく状況を分析しててすごい!」

「僕は取材で取り上げていただける機会が多いんですけど、それは人と違うことをやっているから取り上げやすいだけであって、お金に結びつくほどではない。取材が多いなら買い手がつくチャンスがいっぱいあるはずなんですが……やっぱり商品として、まだまだなんだと思います」

「その状況の中で、どのように商品価値を上げていこうと考えているのでしょうか?」

「今は自己プロデュースの時代だと思いますけど、僕はそれができない人間なんですよねぇ。それでも浮上したいから、とにかく面白いものを作り続けるのが1番の近道かなと」

「それだけ創作の才能があれば、漫画や小説などの原作とかやれるんじゃないんですか?」

「ありがたいことにそういった仕事の相談をよく頂くんですけど、世に出るには落語の方がはやいと考えてます」

「え、どういうこと? はやい!?」

「例えば僕がドラマの脚本を書いたとして、広瀬すずちゃんが出演してヒットしても、話題になるのは広瀬すずちゃんですよね。それなら、広瀬すずちゃんが僕の落語を見にきて『鯉八さんの落語おもしろかった!』ってブログで書いてくれた方が、はやい」

「たしかに、柳家花緑師匠ものんさん(旧芸名:能年玲奈)が寄席に来て話題になりましたもんね」

「僕も広瀬すずちゃんに救ってもらうしかないです」

「広瀬すずちゃんに好かれたいだけでは……」

 

「鯉八さんて、生き方も考え方も今までの落語家タイプではないですけど、師匠に怒られたりしないんですか? 例えば『新作ばっかりやってないで、古典をちゃんとやれ!』とか」

「師匠に言われたことですか……『いつか新作を作るのに限界を感じたり、心が折れたり、お金が稼げなくなったら、古典に帰ってきてもいい。でも、そうなってほしくない』って言われましたね」

「それは一番厳しい言葉であり、励みにもなりますね」

『わけのわからない落語をやったまま、突っ走ってくれ』と。だからとりあえず作り続けようと思ってます。落語ファンの9割くらいが古典のファンだし、新作は儲からないけど、ここで僕が頑張るしかない」

「真打に昇進した後の新作落語も楽しみにしています!」

 

まとめ&読者プレゼント

というわけで今回は、落語家の瀧川鯉八さんに、新作落語についてお話を伺いました。

 

・落語はこちらから少し歩みよって聞けばわかる

・新作落語は比較されることがないため絶対評価

・鯉八さんは5月から真打に昇進する

 

色々なことがわかった結果、ますます鯉八さんの新作落語の世界に興味が出てきました。

真打になった鯉八さんが、一体どんな芸を見せてくれるのか。今から楽しみですね!

 

そんな瀧川鯉八さんのDVD「天才瀧川鯉八を聴かずに死んではいけない」(サインつき)を1名様にプレゼントしますよ!

たくさんのご応募お待ちしてます!

 

▼応募方法

ジモコロのTwitterアカウント、@jimocoroをフォローして、この記事のツイートをRTしてください。

当選はDMにてご連絡します。

※応募期間2020年4月21日まで

 

(おわり)

 

 取材協力「落語芸術協会所属・瀧川鯉八