まちのパン屋は外で稼ぐ? 娘が両親に聞いた、意外なお財布事情

2019.07.25

まちのパン屋は外で稼ぐ? 娘が両親に聞いた、意外なお財布事情

「町のパン屋はどうやって儲けているの?」両親が北海道でパン屋を営んでいるライターのきむらいりが、そんな疑問を両親にぶつけます。ひとつ数百円のパンを売って生活を保つには、ただパンを作って売ればいいわけではないようで……。高校の購買、市役所の売店、さまざまな場所での外販売、イベント出店など、知られざるパン屋の裏側をご紹介します。

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    突然ですが、みなさんパンは好きですか?

    そうです。あのふっかふかで香ばしくって最高においしいパンです。

     

    ひとつ100円〜200円ほどで買えて、わたしたちのお腹を満たしてくれるパン。
    その一方で、とある疑問が浮かんできます。

     

    町のパン屋さん、どうやって儲けているの……?

     

    だって、考えてもみてくださいよ。数百円そこらで買えてしまうパンの原材料は、小麦粉、バター、牛乳、卵などなど……どれも年々値上がりしているものばかりです。

     

    実は、わたしの実家はパン屋さん。北海道・函館市で『元町ぼんぱん』というパン屋を営んでいます。

     

    こちらが両親の営む『元町ぼんぱん』。実家を訪れたのは、まだ雪深い2月でした

     

    わたしは、幼少期から父のつくるパンをそりゃもうたくさん食べて育ちました。

    そんなわたしも、今では立派な社会人。働いてお金を稼ぎ、税金を収める生活を何年か続けていると、自然と世の中の「お金の流れ」や「仕組み」がわかるようになってきます。

     

    そうして大人になればなるほど「パン屋の収入だけで娘3人を育て上げるって、無理ゲーでは???」という思いが頭を離れないのです。

     

    なんでパン屋の収入だけでやっていけるの? 町のパン屋って儲かるの?

     

    もうこうなりゃ直接聞いてやるぜ!ということで、うちの父にインタビューすることに。知ってるようで知らないパン屋のこと、教えてお父さん〜〜!!!

     

    お父さん、どうしてパン屋になったの?

    こちらが今年65歳になるわたしの父、木村公志朗。

     

    高校を卒業して株式会社マキタ電機製作所(現:株式会社マキタ)に入社するも、30歳のときに会社を辞め、突如パン屋さんに転身しました。

    マキタといえば電動工具の国内最大手であり、財務体質がとてもよい会社としても知られています。当時は今よりももっと「大手企業に入れば一生安泰」という価値観が強かった時代です。

    設立以来、一貫して黒字経営を続けているような優良企業に入社できたというのに、なぜ父は右も左もわからない業界に飛び込んだのでしょうか……。

     

    「わたしは生まれた時から“パン屋の娘”な訳だけど、お父さんは脱サラしてパン屋になったんだよね?」

    「そうそう。30歳の時だね。27歳で結婚して、長女がまだお母さんのお腹にいる時だったなぁ」

    「これから子どもが生まれる……ってタイミングで脱サラ!? 周りになにも言われなかったの?」

    「そりゃあ言われたよ〜。『今から生まれるってのに、おめえ何考えてんだ!』って。当時勤めていた会社は東証一部上場企業で優良株、将来の心配なんてしなくてよかったからね」

    「お母さんはなんて?」

    「お母さんは『やりたいことが見つかるんならいいよ』って言ってくれたかな」

    「ってことは、最初はパン屋さんになろうと思ってなかったってことだよね? 数ある仕事のなかで、どうしてパン屋さんを選んだの?」

    パン屋さんって儲かるんだなあ、と思ったのよ」

    「(単純・・・!!!)」

     

    「あの頃は今ほど路面店の手づくりパン屋さんってなかったのさ。その中でも『たけのこ』っていう函館の宝来町にあった小さなパン屋がすっごい流行ってて

    当時はこのあたりに住んでたからよく買いに行ってたし、行列ができてるのを見て『パン屋さん、これから流行りそうだなー』って思ったんだよね。ものづくりは好きだったし、パンも好きだからいいなぁって」

    「えー!思った以上に単純な理由だった……! でもさ、いざパン屋さんになろうと思っても、技術もなにもない状態だよね」

    「そうそう。だから知り合いに紹介してもらって、まずは有名パンメーカーのDONQ(ドンク)に就職したのさ。入社した時から自分の店をやりたいと伝えてたし、周りは20代前半や10代の子がいる中で自分は30歳でしょ。なんとかはやく覚えて技術を身につけないと……って、必死だったよ」

     

    「本来は仕込み、パイルーム(リバース)*、成形……と、それぞれの持ち場を担当するんだけど、店長も事情をわかってくれていたから、短期間でいろんなポジションにつかせてくれて。おかげで技術を覚えるのは早かったね」

    *パイルーム…冷蔵庫と同じ温度管理機能のついた作業部屋。生地とバターを何層にも折り重ねるパイ生地など、温度変化に敏感なものはこの中で仕込み作業をする。

    「いい人たちに恵まれたんだねえ」

    「お父さんが会社を辞める前から、お母さんにDONQに入ってもらってたのもあるだろうね。出産ギリギリまで店舗で販売をやってて、お母さんが辞めるのと入れ替えになる形でお父さんが入ったから」

    「(なかなか用意周到だな、父ちゃん・・・)」

     

    そもそもパン屋さんって儲かるの?

    「お父さんがパン屋をはじめた理由は『パン屋って儲かりそう!』だった訳だけど、実際はどうなの? もし今わたしが同じ立場だったら『パン屋の売り上げだけで娘3人を育てるなんて無理!』って気しかしないのだけど」

    「お父さんの場合は……だけど、時代とお店をだす場所がよかったんだろうね。最初にお店をだした久根別(函館市の隣、北斗市にある町)は、新しい小学校ができたばかりでこれから人が増えていくのがわかってたし、パン屋さんも少なかったのさ。おかげで開店資金の借金は5年くらいで返し切ったんだよね

    「それはすごい! ちなみにいくら借金したの?」

    800万円くらいかなぁ。貯金もあったんだけど、自己資金だと危機感がないから預金を担保にして銀行からお金を借りようってお母さんと話して決めたんだよ」

    「あえて借金しにいくスタイル……!」

     

    「そのあと函館市内に二店舗目をだして、同時に家を建てて……住宅ローンも含めると最大で6000万円くらい借金があったんじゃないかな」

    ろ、6000万円!?!?

    「そう、6000万円」

    「初めて聞いたよ、その情報。想像以上の金額に、一瞬心臓がヒュってなった……。それでも返せる見込みがあるくらいには繁盛してたんだね」

    「5年で借金返済して次の段階にいける、って思うくらいにはね」

    「じゃあ、やっぱりパン屋さんは儲かるんだ?」

    「まあ、でもそういうのって続かないわけさ。二店舗目をだして最初の数年はよかったけど、コンビニができて人の流れが変わったり時代的にもあまり景気がよくない方向にいってたしね……」

     

    「最終的には『パン屋をやめる』『場所を移る』の二択になって、今の場所に移転してきたんだけどね」

    「辞める選択肢が浮かぶほどギリギリだったんだ……。わたしはそのイケイケの時代を知らないから、家計が大変そうな印象だけが強く残ってるんだろうなあ」

     

    自営業の定年問題、今後はどうするの?

    「お父さんはもうとっくに還暦を過ぎていて、会社勤めなら現役を引退している年齢な訳だけど、いつまでパン屋さんを続けるかは決めてるの?」

    「それがね、もうモチベーションがないのさ!」

    「え!!!! ないの!?!?」

    「もちろん『パンを焼く』モチベーションはお客さんにおいしいパンを食べてもらうためなんだけど、『パン屋をつづける』モチベーションはなくなっちゃった」

    「それはどうして?」

     

    「借金がゼロになったから」

    「……ん?」

    「2年くらい前に、借金がゼロになったの。家のローンも終わったし、いろいろ全っ部キレイになくなったの。そしたら『借金がないって、こんなに肩の荷が降りるんだ』って、この30年間大きなプレッシャーを感じながら働いてきたんだなぁって思って」

    「開業のときも、あえて借金したって言ってたもんね。必死になる理由がなくなっちゃったって事かぁ」

    「一番の理由はそれだね。3人の娘がいつでも帰ってこれる場所をつくりたくて家を建てたし、そのために必死に働いてきた。だけど、娘たちもそれぞれ自立しているし、借金もないし『いや〜、どうすっかな〜』って(笑)」

     

    「それに、もう年齢的にも大変なのさ。ミキサー回しながら窯見ながら、分割して……って。若い頃は一人でも楽にこなしてたけど、最近それができなくなってきたのよ。
    ひとつのことをやるとひとつ忘れちゃう。パートさんたちがいろんな部分を補ってくれてるんだけど、やっぱり職人一人でできる仕事の量じゃなくなってるんだよね」

    「お父さんが忘れっぽいのは昔っからな気もするけど」

    「わはは(笑)。お母さんもお父さんもお姉ちゃん(長女)を保育園に迎えに行き忘れて、先生が送ってきてくれたこともあったなぁ」

    「娘のことは忘れないでくれ〜〜! 今後のお店はどうしていくの?」

    この場所はもっと若い人に託したいなと思ってるよ。立地がいいからメディアにも注目してもらいやすいし、観光地区だから外国人観光客もたくさん来る。ここは新しいことを始めればもっともっと伸びる場所だと思うから

    「西部地区の観光スポットに近くて大きい通りにも面してるし、すごくいい場所だもんね」

    「このまま父さんがここで10年続けてても、だんだん落ち込んでいくのは目に見えてるしょ。衰退していって、売れなくなってやめるのって嫌じゃん。『なんだ、ぼんぱんやっていけねぐなったんだなー』って言われて店を閉めるのは嫌なの」

     

    「だったら、若い人のアイデアだとか技術とかで新しいパン屋をやっていくほうがいいだろうな、って。まだまだ伸びるし注目されるポテンシャルのある場所だから」

    「私たち娘は全員家をでて東京で働いてるからね……。じゃあ、今は新しい職人さんを探してるんだ?」

    「いい人がいればいつでも!とは思ってるよ。ただ、本当に経験の浅い若い職人さんを雇って育てて……というのは考えてないかな。若い人を雇うってことは、その人の生活を絶対に守ってやんなきゃいけない。それもまたプレッシャーでしょ? もう、プレッシャーを感じながらの商売はやりたくないなぁって」

    「本当に緊張の糸が切れた状態が今なんだね」

     

    「うん。だから、『ぼんぱん』そのものを継いで欲しいとかじゃなくて、この場所で新しくパン屋をやれる、自分よりも若い感性の人を探してるって言ったほうがいいかな。
    実は、昔うちで働いてた職人さんには声をかけてるのさ。『場所と機材はそのまま渡すから、この場所で自分の店やんないか?』って」

    「わたしもその人のこと覚えてるよ! 小さい頃、よくお仕事の邪魔してた気がする……(笑)。その人がこの場所を受け継いでくれるのが一番だけど、そうでなくても志しのあるいい人とめぐり逢えたらいいね」

     

    母が語るパン屋経営のお金事情
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    イーアイデム

    この記事を書いた人

    きむらいり
    きむらいり

    1990年生まれの編集者/ライター。北海道函館市出身。実家はちいさなパン屋です。動物が好きで、この世で一番愛らしいのはカバだと思っています。

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