あの駄菓子も無くなっちゃうかも⁉︎ 知られざる「関東ローカル系」駄菓子のいま

2018.11.19

あの駄菓子も無くなっちゃうかも⁉︎ 知られざる「関東ローカル系」駄菓子のいま

こどものころに良く食べた駄菓子。実は限られた地域で販売される「ローカル駄菓子」が多くあるのはご存知でしょうか? あんずボーやさくら大根、ピースラムネなど「関東ローカル系駄菓子」について、研究家とメーカーの2人に話を伺いました。

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    はじめまして、千葉県松戸市というバリバリの関東圏で育ったライターの辰井です。

    僕が子どものころは近所にたくさんの駄菓子屋があり、コロコロコミックを買って残ったわずかなお小遣いで駄菓子を楽しんでいました。

     

    そんな駄菓子には、実は「ローカル駄菓子」なるものが数多くあります。

    ローカルフードが少ない関東にも、関東が中心、あるいはほぼ関東のみで販売される「関東ローカル系駄菓子」がいくつも存在するのです。

     

    2017年末には「梅ジャム」の廃業がニュースになりましたが、関東ローカル系駄菓子について調べていくと、販売店の減少や後継者不足など、駄菓子業界を取り巻く厳しい現状もわかってきました。

     

    関東ローカル系駄菓子と駄菓子の現状について調査すべく、東京下町生まれの駄菓子屋研究家・土橋真(どばし まこと)さんに、電話で話を聞くことができました。

     

    話を聞いた人:土橋真

    全国350軒以上の駄菓子屋を巡り、「マツコの知らない世界」などのメディア出演でも知られる”駄菓子屋ハンター”。
    ☆駄菓子屋(Dagashiya)探訪ブログ~大切なことはすべて駄菓子屋が教えてくれた~
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    漬物系やあんずの駄菓子は関東ローカル系

    辰井「まず、関東ローカル系の駄菓子って何種類くらいあるんでしょう?」

    土橋「だいたい20ぐらいですかね。ざっとまとめるとこんな感じです」

     

    辰井「けっこうありますね!」

    土橋「関東圏は人口が多く、消費者の数も多いですよね。商圏の規模が大きいからこそ、独自の関東ローカル系駄菓子が栄えたんです。メーカーの特徴としては、家族経営や、ほんの数人でやっているような零細企業が多いですね」

    辰井「関東ローカル系駄菓子の特徴ってあるんでしょうか?」

    土橋「まずは漬物系やあんず系のお菓子があることです。これは他地域であまり見かけませんね」

     

    辰井「あんずボー、冷やして食べるとおいしいんですよね〜」

    土橋「あとは、きなこの駄菓子も関東独特のものです」

     

    辰井「『あんこ玉』とかですね。中に白玉の入った当たりが出ると『大玉』と交換できるのが楽しかったなあ」

    土橋「もともとは関東ローカル系で、後から全国区になったものもありますよ。『うまい棒』や、『餅太郎』などの『太郎シリーズ』などがそうです」

     


    当初は関東ローカル系駄菓子だったという「太郎シリーズ(菓道)」

     

    辰井「関東ローカル系から全国流通に変わった要因って何なのでしょう」

    土橋「駄菓子がパッケージ化される流れに乗れたことが大きかったと思います。それまで駄菓子は裸で売られていて。『うまい棒』も最初は瓶に裸で入ってたんですよ

    辰井「そうなんですか!? なるほど、パッケージ化できた駄菓子は全国流通されやすかったと」

     

    「すもも系菓子」も関東特有の駄菓子。代表的な「すもカップ」は7割が東京、神奈川の駄菓子屋に出荷され、残りが千葉、埼玉県内に出回るそう(毎日新聞 2010年3月29日より)。写真はよっちゃん食品工業の「すもも兄妹」

     

    周りがマンションだらけでイカの天日干しができず廃業


    カラフルな包み紙が印象深い、ピースラムネ

     

    辰井「ここまで出てきた駄菓子が関東中心の流通になった理由はあるんでしょうか?」 

    土橋「まずはほとんどが零細企業ですから、作れる数が限られています。だから全国展開にするにはコスト的にも、数量的にも限界があったんです。あんずボーだと、輸送できる範囲が関東でギリギリだったそうですね」

    辰井「全国にお菓子を回す分もないし、関東ローカルで商売しようと」

    土橋「そう、手の届く範囲でやろうと。流通網もそんな風に発達したと思うんですよ。会社が東京にあるから、都内だけに展開しようとか。当時の流通網がそのまま残っているから、今でも全国では手に入りづらいんだと思います」

    辰井「なるほど。かつて有名だった関東ローカル系の駄菓子の中で、すでに無くなったものはありますか?」

    土橋「たとえば、イカにすごく濃いソースをつけた『ソースいか』(桜加工所)。江戸川区のメーカーが、イカを太陽で天日干しして作ってたんです。でも、まわりがマンションだらけになって、天日干しが難しくなって廃業したと聞きます」

    辰井「都市が多い関東らしい廃業理由ですね……。」

     


    瓶を模ったモナカの中に入った粉状のラムネをストローで吸って味わう「ビンラムネ」

     

    土橋「僕の大好きな『ビンラムネ』も今年で一旦、製造中止になるんです。製造元の岡田商店さんは商社なので、モノ自体はほかの工場に作らせていたんです。でも、その工場が廃業することになってしまって。来年から製造を再開するために、新しい業者を探しているそうですが……」

    辰井「ビンラムネは他に似た駄菓子もないですし、存続してほしいですね」

    土橋「実は、2018年は駄菓子メーカーの廃業ラッシュなんです

    辰井「ええっ!なぜ今年に…?」

    土橋「大きな理由が『後継者不足』なんですが、戦後にできた会社の社長さんが高齢化されるタイミングが被ってしまったんですね。あとは『まるたけ食品』さんのように、容器を製造するメーカーが廃業したからってケースもあります」

     


    ポ◯リスエットっぽい?「面白ボーイ」で知られたまるたけ食品も廃業

     

    辰井「『面白ボーイ』のメーカーですね。これも他にはない駄菓子だったから、残念です」

    土橋「2017年の梅ジャムのときから、実は廃業ラッシュが始まっているんです。意外と知られていないだけで」

     

    駄菓子屋の儲けは2割! さらに消費税分を割り引くと…

    辰井「いまの駄菓子の市場規模はだいたいどれぐらいですか?」

    土橋「正確にはわからないですが、おそらく50〜100億くらいじゃないでしょうか。少子化の影響で、団塊ジュニア世代のときに比べたら半減していると思います」

    辰井「駄菓子屋の数も相当減ってますよね?」

    土橋「はい。23区内には200~300軒ぐらいになってるんじゃないですかね」

    辰井「そういえば、都内の一等地にある駄菓子屋に行ったら値段が5割増しぐらいだったんです! うまい棒が15円とかで。そういう店は増えていますか?」

    土橋「テナントに入った駄菓子屋に多いですね。有名な『うまい棒』は10円のままで、ほかの知名度の低い駄菓子を2倍や3倍で売っているような。テナント料を払わなければいけませんからね」

    土橋さんも「しょっぱくて好き」と語る「元祖キムチラーメンのどん」

     

    辰井「それは、駄菓子の単価が安いから?」

    土橋「そうですね。数十円のものが多いですし。それに、駄菓子を売ったときの利益はだいたい2割なんですよ。だけどなかには消費税を取らない店もあって……その場合、儲けは1割2分ですからね」

    辰井「それだとホント大変ですね……!」

    土橋「今後、業界の状況はさらに厳しくなると思います。駄菓子メーカーって、日本のかかえる社会の縮図なんですよ」

    辰井「……というと?」

    土橋「課題は三つあって、高齢化と後継者不足、原材料の高騰なんです」

    辰井「確かに、いま日本のいろんな業界で叫ばれてる問題の3点セットだ…」

    土橋「駄菓子を支える方たちは『体力と気力が続く限りやる』と言ってますけどね。あとローカル系駄菓子の作り手たちには『息子たちには継がせないで、俺の代で終わらせる』という考えの方が多いんです」

    辰井「無理して『継げ』って言わないんですね。なるほど…難しいなあ」

     

    関東ローカル系駄菓子「さくら大根」メーカーに聞いてみた

    なかなか厳しい状況に陥っている駄菓子業界。次は、駄菓子メーカーの現場の声を聞いてみましょう。

     

    関東人の多くが知るベストセラー駄菓子「さくら大根」。大胆にも大根をそのまま酢漬けにした甘酸っぱいお菓子で、関東ローカル系駄菓子の特徴である「漬物系」の代表格です。

     

    その製造元である千葉県我孫子市の『みやま食品工業』さんで、代表取締役の深山喜一(みやま・きいち)さんに話を聞きました。

     

    話を聞いた人:深山喜一

    株式会社みやま食品工業の代表取締役社長。1957年から販売している「さくら大根」は関東人なら知らない人はいないほどのベストセラー駄菓子となっている

     

    辰井「さくら大根が生まれたきっかけはなんだったんでしょう?」

    深山「昔、作業員のおばちゃんが昼食にたくあんを食べていて、すもも酢漬けの調味樽に落としてしまったらしくて。そのたくあんを拾って食べたら美味しかったのがはじまりだそうです。まあ60年以上前のことだから、定かじゃないけどね」

    辰井「へえ、偶然生まれたんですね! それに、そんなに昔からあったとは」

    深山「材料の大根は国産にこだわってますよ。昔は地元産の大根も使ってたけど、だんだん農家が少なくなってね。いまは埼玉、群馬、新潟のものを使ってます」

     

    辰井「よく、市販のお弁当にピンクの細切りの大根が入ってますよね。もしや、あれもさくら大根……?」

    深山「あれは違います。うちの商品のほうが歴史として古いんじゃないかな」

    辰井「では、さくら大根を参考にして生まれたかも?」

    深山「無きにしもあらずかもしれないね」

     

    辰井「あと、パッケージの栄養成分表示って昔から入ってたんですか? 駄菓子ではあまり見ないような」

    深山あれはね、ライザップがきっかけなの

    辰井「ええ!?」

    深山「ライザップをやってる人から『何カロリーぐらいですか』って電話が来て。それで調べてから、栄養成分表示を入れるようになったんですよ」

    辰井「こんなところでライザップの名前を聞くとは。売り上げは昔と比べてどうですか?」

    深山「まあ、少なくなったね。バブルのときなんかは毎日24000袋くらい作っても間に合わないときもあった

    辰井「そんなに! 当時は駄菓子屋や小さい個人商店が多くありましたもんね」

    深山「会社のそばの空き地にも、駄菓子屋さんがあったんだけどね」

     

    今は駐車場になった駄菓子屋の跡

     

    駄菓子屋が戦後に生まれた理由

    深山「駄菓子屋さんって、日本にできはじめたのは戦争が終わってからなんだよね。兵隊さんたちが戦争から帰ってきても、なかなか仕事がなかったり、傷痍軍人※2さんも居たりしたわけですよ」

    ※2……片腕が無くなるなど、戦傷を負った軍人のこと

    辰井「ふむふむ」

    深山駄菓子屋さんはそんな元兵隊さんや、じいちゃんばあちゃんもできる商売だった。でも今は買い食いが禁止されたり、そもそも子どもの数が減っていたりで成り立たなくなってきて。コンビニやスーパーが出てきたし、流通がまったく変わってきたのも、駄菓子屋さんの減った原因かな」

    辰井「駄菓子屋さんにとっては逆風ばっかりですね。以前、別の取材をしたとき、『1日の利益が500円ぐらいしかない』って嘆く駄菓子屋さんもいました」

     

    辰井「みやま食品工業さんの後継者はいらっしゃるんですか?」

    深山「いない。私が死んでも商品は残るけども、会社をたたむ可能性は十分あります」

    辰井「商品が残るというのは、どこかに権利を譲渡するとか?」

    深山「そうです。『みやま食品工業』の名前は知らなくても、『さくら大根』の名前は広まってるから、名前を引き継いでもらえたらいいね。ただ、設備が問題。大きなコンクリートタンクや、大根を持ち上げる天井クレーンも必要です。設備だけでも億単位でお金がかかっちゃうから、難しいね」

    辰井「なるほど……」

     

    さくら大根の甘酸っぱい香りが立ち込める工場で、作業員の方たちが慣れた手つきで作業していました

     

    深山「関東ローカルって点でいうと、立地的な問題もあります。街の環境が変わってきてて、住宅地の中に工場があると、騒音やにおいに気をつけないといけないし」

    辰井「いろんな課題があるんですね」

    深山「ある程度、中堅や大手のメーカーでも、売れる駄菓子がだんだん減ってきてるはず。そうすると、他の零細メーカーの商品の製造・販売の権利を買収していく可能性はあるでしょうね。集約化が進むんじゃないかなあ」

     

    スパイシーな香りが食欲をそそる「カレー大根」

     

    深山「うちとしても新商品をいろいろ作って、なんとか生き残りをはかっています。これはフジテレビの『お台場合衆国』の企画で作ったんですけど、意外と売れない(笑)。カレー製品って駄菓子じゃ難しいらしんだ。まあほそぼそと売ってますよ」

    辰井「子どもってカレー自体は好きなんですけどね。『こんなのあるんだ!』って知ればみんな買うかも知れません」

     

    深山「Jリーグの川崎フロンターレともコラボしたね。チームカラーの青色なんだけど、インパクトあるでしょう?」

    辰井「これはすごい……。色々やられてるんですね! さくら大根、この先も残ってほしいです」

     

    深山「うちの会社で一番歴史のある商品だからね。会社が続けば……」

    辰井「『私、この会社継ぎます』みたいな人が居ると、この会社は残るかもしれないですか?」

    深山「そうだねえ。なかなかいまの時代いないんだよな。そうなれば良いけどね」

     

    駄菓子屋は「街の寺子屋」


    photo by Takanori Ishikawa 

     

    先行きの難しい駄菓子業界。その中にあって、存続の危機にもさらされている関東ローカル系駄菓子。ですが、その中で光も見えていると、記事前半で登場した土橋さんは言います。

     

    土橋「小さいころ駄菓子屋で育ったいまの30~40代世代の人に、駄菓子屋の持つ『街の寺子屋的な側面』に可能性を感じる人が増えているんです。というのも、店主の元に街の子どもたちが集まって、社会について学ぶ機能が駄菓子屋にはあったんですよね」

    辰井「『お店でお金を出して買う』ってことを最初に練習する場かもしれませんね」

    土橋「あと『駄菓子は体に悪い』と言われてきたと思うんですけど、駄菓子は『世界でいちばん厳しい日本の基準をクリアしていて、しかも安いお菓子』という考えも増えてきています。親世代の理解が深まりつつあるんですね」

    辰井「イメージはだいぶ良くなったと」

    土橋駄菓子は『駄目な菓子』じゃないんです。どんどんみんな食べてほしいなと。食べる人が増えれば、ファンが増える。ファンも増えれば、後継者も出る……かも知れないので」

    辰井「なくなってからじゃ遅いですもんね」

    土橋「そうなんです。駄菓子を食べれば、誰でもすぐにこどもに戻れる。『この味!』と記憶がよみがえる。海外からの旅行客でも、手頃に日本の味を体験できる。駄菓子にはいろんな魅力があるんですよ」

     

    千葉の松戸出身である私としても、ローカルフードが少ない関東において「他の地域では食べられない味が駄菓子にある」という事実は驚きであり、一種の誇りを感じました。

    関東で育った我々の共通体験にして、貴重な存在の「関東ローカル系駄菓子」。街で見かけたら少しでも買って支えたいと思っています。

     

    画像提供:駄菓子屋(Dagashiya)探訪ブログ~大切なことはすべて駄菓子屋が教えてくれた~(http://dobashimakoto.com/archives/52909523.html)

    イーアイデム

    この記事を書いた人

    辰井裕紀
    辰井裕紀

    卓球と競馬と旅先のホテルで観る地方局のテレビ番組が好きなライター、番組リサーチャー。過去には『秘密のケンミンSHOW』を7年担当。

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