水産業が、Uターン時の選択肢になるように
やってきたのは、石巻市を拠点に水産業・漁業の担い手育成事業などに取り組む一般社団法人『FJ』の事務所。ジモコロでも、過去に取材をしました。
そんなFJが取り組む、新しい担い手育成企画。なぜ「地元の高校生」にターゲットを絞ったのか? そして、なぜ「アルバイト」形式にしたのか?
企画を担当した香川幹さんに、その経緯を聞きました。
「FJはこれまでにも、水産業メインの求人サイトを立ち上げたり、全国の大学生向けにインターンシップを企画したりしてきましたよね。全国から『漁師に興味がある人』を探してきたなかで、なぜ今回は『地元の高校生』に絞られていたんでしょう?」
「大前提として、漁業や水産業の担い手は年々減ってきている現状があります。だからこそ、若者の将来の選択肢として『水産業』が選択肢に上がる状況をつくらないといけない、と思っていて。ただ、いきなり『水産業に就職する』って選んでもらうのは難しい。まずは触れてもらうことからはじめるべきだと思ったんです」
「どんな仕事か触れる機会がないと、選択肢には上がらないですもんね」
「はい。石巻もいろんな地方の街と同じように、人口減少が進んでいて。大学進学のために県外に出る人も多いんです。そういう人がいつか地元に帰ろうと思った時に、『水産業で働くのもアリかも』って思ってもらえるようにしたくて」
「高校生向けに企画をしたのははじめてですか?」
「実は、地元の高校生向けにアクションをはじめたのは、去年からなんです。去年は石巻市と連携して、高校生向けに水産業認知のためのポスターを制作して、市内のすべての高校に掲示しました」
「学校の先生とかの反応はよかったんですけど、あんまり具体的な効果は出なくて。QRコードを通して水産業の情報にアクセスできるようにしてあったけど、認知されたかどうかわかりづらかった。『水産業に興味をもってもらいたい』と思ったけれど、体験しないことにはピンとこないのかもなと思って」
「それで今年は『アルバイト』って形に?」
「はい。企画をつくるときに、高校生にも会いに行ってたくさんヒアリングをしました。そしたら、高校生って部活に勉強にとやることがたくさんあって忙しいことがわかって。その生活の延長に水産業が入ってくることはなかなかないんだな、って」
「でも、話してるうちに『アルバイトはしたいよね』って話になって。それなら水産業の現場に触れてもらうことにもなるし、高校生の生活の延長に水産業を持ってくることができるんだって思いました」
「なるほど。実際に開催してみて、反響はどうでしたか?」
「地元のテレビ局やキー局にも取り上げていただいて。石巻=水産業に触れられる街なんだ、っていうイメージ作りは少しできたのではないかと」
「高校生からの反応はどうでした?」
「志望動機を聞いたり、現地で話を聞いたりしていても『海に来たかった』とか『魚捌けるんです』とかって話してくれる子が結構いたんです! いぬいさんが参加したアルバイト以外にも、いろんな水産業の現場に参加してもらって」
ミズダコの水産加工の現場に行って、SNS発信のお手伝いをしたり
ホヤ漁師さんの船に乗って、道具の手入れをお手伝いしたり
ホヤの殻差し(養殖の下準備)をお手伝いしたり
水産加工会社にお伺いして、商品のPR方法を一緒に考えたり。
「楽しそうにしてる高校生を見てると、『なんだ、みんな水産業好きになりそうじゃん!』って思いました(笑)」
「今回のバイトをきっかけに、海とか魚に触れやすくなる……みたいな人もいたらいいですよね」
「そうですね。自分も漁業に興味を持って石巻に来た人間だから思うんですけど、やっぱり一次産業に関わるうえで、水産業に対する思い出とか、思い入れってすごく大事だと思うんですよね」
「へえ、香川さんにとっての『水産業の思い出』って?」
「最初は、大学を休学して漁師になりたい! と思って数ヶ月のインターンに来たんです。そこでしばらく石巻の漁師さんにお世話になって。そのときに船を出してもらって海に出たこととか、美味しいお魚を食べさせてもらったこと、仕事を教えてもらったことが忘れられなくて」
「その思い出が、水産業とか石巻への愛着になったんですね」
「あと、一番好きな風景があって。まだ朝日も登ってない魚市場に漁船がブワーっと集まってくる光景が本当にかっこいいんですよ」
「街にとってはまだ観光資源でもなんでもないけど、僕の中では特別で。そういう『水産業を思い出してもらえるきっかけ』を作りつづけないといけないと思うし、今回の『すギョいバイト』もそうなればいいなと思ったんです」
「今後も、すギョいバイト企画は続けていくんですか?」
「続けたいですね! やっぱりこの企画を一回やったからといって、すぐに『水産業に就職しようかな』と思ってもらうのは難しいと思うんですよ」
「県外の仕事とか、それこそ選択肢はたくさんあるわけですもんね」
「ただ、『石巻が地元』って人にとっては、それだけでほかの移住者よりも『石巻に来る理由』が1個多いじゃないですか。それって、全国から漁師になりたい人を探すより、もしかしたら自然なことなのかもなって」
地元の高校生にとっては、海も日常的に目にする風景の一部だ
「だからこそ、高校生に対して、彼らが水産業と関われる身近な場所とか、水産業を思い出せるような何かを作り続けていかなきゃいけない。『地元に帰ろうかな』って思っている人はいるはずで。そんな時に、働く先として水産業が選択肢に上がらないのって悲しいじゃないですか。それが自然と選ばれるように、変わっていくといいなって思います」
おわりに
高校生が水産業に触れるための、新しい仕組みとして始まったアルバイト企画『すギョいバイト』。その背景には、「水産業を思い出して、将来の働き方の選択肢だと思ってほしい」という地元団体の想いがありました。
近くに住んでいても、地元の一次産業の現場を知らない、なんてこともあるでしょう。地元の浜に出入りをして、パートやアルバイトといった形で関わってみれば、意外と自分と水産業との相性の良さに気づけるかもしれない。
自分が漁師の仕事を体験して感じたのは、「イメージ通りの“漁師”になる意外にも、水産業と関わる仕事はできるのかもしれない」ということ。0か100かで人生を決める話じゃなく、「水産業のまわりで暮らしてみる」というもっと手前のステップがあるはず。
「浜から人が減っている」という各地の海で、気軽に仕事に触れられたなら、「水産業で働いてみようかな」という選択肢が、当たり前のものになるかもしれません。
一般社団法人フィッシャーマン・ジャパン
https://fishermanjapan.com/すぎょいバイト
https://sugyoibaito.fishermanjapan.com/
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撮影:小澤亮介