こんにちは。ライターのはるまきもえです。

 

突然ですが、みなさんは『金曜ロードショー』のオープニングに、必ず登場していた”あのおじさん”を覚えていますか?

 

『金曜ロードショー』と聞くと連想する人も多いであろう、そう、この”おじさん”。その正体は「映写技師」……なんですけど、知っていましたか?

 

映写技師というのは、フィルム映画を上映する際に「映写機」という装置を取り扱う、専門的な人のことを言います。

 

現代ではあまり姿を見ることができなくなってしまった映写機

 

かつてフィルム映画が主流の時代では、国家資格でもあったという映写技師。今では、映写機を使ってフィルム映画を上映している映画館はほとんどなく、デジタル上映が主流となっています。

 

ですが、今でも現役で映写機を使っている映画館があるんです!

 

場所は、横浜市の藤棚商店街。どこか懐かしさを感じる店が並んだ先に、その映画館は存在しています。

 

その名も「シネマノヴェチェント」。普段私たちが目にしている映画館とは明らかに異なった雰囲気を放っている、この映画館。ここをたったひとりで運営しているのが、この方です。

 

 

シネマノヴェチェント代表であり、映写技師でもある「箕輪克彦」さん。今回は箕輪さんに、フィルム映画の魅力と、好きなことを楽しみ続けるその人生について、お伺いしてきました。

 

シネマノヴェチェントのふつうじゃないところ

 

 

楽しむのは映画だけじゃない。その日を丸ごと思い出に

「今日はよろしくお願いします。なんだかこの映画館、私が普段行っている映画館とは全然雰囲気が違っていて、入るときとてもワクワクしました!」

「そうでしょう。今はスクリーンがいくつも用意されているシネコンが一般的だろうから、こんな映画館は初めてなんじゃないですか?」

 

映画館の入り口の階段の壁には、所狭しと年代物の映画のポスターが貼られている

 

2階も1階と同様に、ポスターがびっしり貼られていて、箕輪さんと常連さんの憩いのスペースであるカウンターなどが設置されている

 

「はい、こんなワクワクするような映画館は初めてです。あっ、実は私、さっきここのスクリーンで、フィルム映画を見させてもらいました!」

「今日上映してたのは『日本沈没』(2006年)だね。今の若い人は、フィルム映画をスクリーンで見ることなんてほとんどないだろうから、いい機会だったと思いますよ」

「すごくいい経験をさせてもらいました。今はデジタルで上映してる映画館がほとんどですからね……」

 

「最近は映画館に行く人自体減ってるよね。家にいてもネット配信とかで、映画は簡単に見れちゃう時代だから。まあ、僕はそれは映画だとは思わないけど」

「ネット配信だと、映画を見ている感じはあまりしないですよね。映画というよりかは動画を見ている感覚に近いのかも」

「合理化が進んでいる今の時代には、楽しみ方としては合っているかもしれないけどね。僕からしたら考えられないよ」

「通勤時間や待ち時間とかの、ちょっとした時間でも見ることができてしまいますからね」

「僕なんかは、たとえそうやって観たものが名作だったとしても、車窓からきれいな景色がどんどん流れていくように、作品が消費されているように感じてしまうな」

「たしかに手軽に見られる分、流れるように見てしまっているかもしれません」

「うん。だからこそ、昔のほうが作品一つひとつに重みがあったように感じるな。今の時代の映画の楽しみかたは、僕からしたら映画じゃないよ」

 

「箕輪さんにとって映画を楽しむって、どういうことだと思いますか?」

 

「僕は、映画を観たその日すべてがひとつのイベントだと思っているんだ。観たい映画を見つけてから、公開されるまで心待ちにしてる時間、映画館の雰囲気、見終えて眠りにつくときの余韻まで、全部だよ」

「私、映画を見ているその時間しか楽しんでなかったかも……」

 

「僕は少なくとも、昔からそうやって映画を楽しんできたかな。映画だけじゃなくて、どこの映画館で観たのか、その日に何があったかも含めて思い出。そんな思い出話を、うちの映画館に来ている常連の人たちとは、よく話しているよ」

「みなさん観た映画だけじゃなくて、ひとつの思い出として映画を楽しんでいるんですね」

「時代は変わっていくよね。今の時代に生まれていたら、映画をここまで好きになっていなかったかも」

 

「そもそも箕輪さんが映画を好きになったのって、何がきっかけだったんですか?」

 

「小学6年生のときに、『タワーリング・インフェルノ』という映画を観たのが最初のきっかけかな。公開するまで1年くらい宣伝期間があったんだけど、事前に前売り券を買って眺めたりして、公開日までずっとワクワクしていたよ」

「1年間も、ずっと楽しみに?」

「そう、ずっと。当時歌舞伎町の1番大きい映画館に、下見まで行ってさ。公開されたら、担任の先生についてきてもらって見に行ったね」

「それは子どもからすると、一大イベントですね」

「そこから映画の魅力に引き込まれていったかな。でもまだ小さかったし、親には『釣りに行くから!』なんて言って、ちょこちょこ観に行ってたよ」

「小さいころの箕輪さん、よっぽど行きたかったんですね(笑)」

 

自分にも映画にも素直でいたい

「はるまきさん、今日初めてフィルム観たんでしょ? せっかくなら映写機も見てく?」

「えぇ!? いいんですか?」

 

「これが映写機。これを使って、僕はいつも1人でフィルムを回しているんだよ」

「うわあ! これが映写機! か、カッコ良すぎる……

「で、これが映画1本分のフィルムね」

 

「……いや、大きすぎ!!!!」

 

「予想以上です。この車輪のようなフィルムが、映画1本分ですか?」

「そうだよ。フィルムってほんと重いんだよね……。作業手順もすごく多いし、デカくて動かしづらいし、場所もとるし、映写室の気温とか常に気にかけなきゃいけないし、正直めんどくさいよね!」

「そんなあ!(笑)」

「正直、ブルーレイの方が圧倒的に楽なんだよ。でもこの大きさと重さが、名作と呼ばれる作品に相応しいなと、僕は思うんだ」

「たしかにこの重さは、単にフィルムの重さだけではないように感じますね」

 

「フィルムの魅力は、作品そのものが実在してそこに在るっていうところだと思ってて。フィルムを明かりに透かしてみると、そこには数えきれないほどの多くの人たちの努力と、作品にかけられた時間が、確かにそこに在るのがわかるんだよ」

 

「それはデジタルだとわからないことですね」

「そうだね、フィルムだとそれが目に見えてわかるし、触れて感じることができる。そこが、フィルムの特徴でもあり魅力だよ」

「ただのフィルムじゃない、特別な思いがこもっているのを感じます。この映写機を使って、あのスクリーンに映していくんですか?」

「そうそう。あそこがスクリーン」

 

「うおおお!」

 

「箕輪さん! 私、今日ずっと興奮が止まりません!!」

「うん、顔に書いてあるよ」

 

「ここで箕輪さんは毎日働いているんですね……。素敵なお仕事です」

「仕事というか……。今もそうだけど、僕にとって映画は仕事じゃないんだよね。仕事にしたいとも思ってない」

「えっ、それはどうしてですか?」

 

「仕事にしちゃうとさ、どんなに好きなものでも楽しくなくなっちゃうでしょ?」

「うーん……たしかに」

「やらなきゃいけないことに追われたりしていると、好きなことも純粋に楽しめなくなっちゃいそうで。映写技師以外にも、映画評論家になることも考えたりしたけど、それも違うなと思ったんだ」

「それはなぜですか?」

「いろんなことを考えて、心にもないコメントとか言わなくちゃいけないんじゃないかなと思って。僕は絶対に映画に対して嘘はつきたくないから」

「なるほど。箕輪さんが映画を仕事にしない理由は、映画を純粋に楽しみたいからなんですね」

「そうそう。僕は良くも悪くも、好きなことや興味のあることに対してははっきりしてる性格だから」

「そうなんですか?」

「うん。たとえば、たまにこの映画館で俳優さんや監督さんを呼んでトークショーなんかをしたりすることがあるんだよ。そのときは僕が進行をするんだけど、興味があることしか聞かないから、聞いている常連さんが寝ちゃってたりするね(笑)」

 

「ええ!? 大丈夫なんですかそのトークショー。自由だなー(笑)」

「だってお客さんが、『箕輪さんの適当な話が聞きたいから、進行やって』って言うんだもん。だからいいんだよ。僕は聞きたいことが聞けて面白いから、それでいいの。あとは僕の知ったことではない!」

「箕輪さんのその感じ、だんだん私も好きになってきました(笑)」

「トークショーやサイン会が終わったら、常連さんと来てもらった方たちと一緒にお酒を交わしながら、ずっと映画について話しているね」

「うわあ、すごくいい空間です。常連さんからしたら最高なひとときですね」

 

 ふつうじゃない映画館って?

「このシネマノヴェチェントは、箕輪さんがひとりで運営しているんですよね?」

「そうだよ」

「大変ですね。もし箕輪さんに何かあったら映画を上映できないじゃないですか」

「うん。だからいつも来るお客さんには、僕を1番大事にしろって常日頃言ってるよ」

「えぇっ(笑)」

 

「だってはるまきさんの言う通り、ここは僕ひとりでやってるから、僕がいないとこの映画館は成り立たないでしょ? 客商売の鉄則で、「お客様は神様」って言葉があるけど、それよりまずは僕のことを大事にするのが最優先だと思ってる」

「私も接客業の経験がありますけど、そんなの聞いたことないですよ」

「まあ、ふつうの映画館じゃないから。うち(笑)」

「でもいつも来ている常連さんは、そんな箕輪さんを理解して愛しているのが伝わってきます」

「いやいや、そんな愛されてるわけじゃないよ」

 

「ほんとですよ。さっき映画が始まる前に、お客さんに話しかけられたんですけど、『一体どういう経営方針なのかしっかり聞いてやってくれよな!』って言ってましたから。よっぽど仲良くないとそんなことふつうは言わないですよ」

「ああ、あの人は東京から来てるんだよ。うちの常連のひとり」

 

「見ず知らずの私にも楽しそうに声をかけてくれたあの瞬間、この映画館の魅力が垣間見えたような気がします。シネマノヴェチェントの魅力は箕輪さんの魅力でもあると思うので」

「大袈裟だよ。ああ、でも今までやってきて、常連さんに助けられたことは何度かあるね」

「聞きたいです」

「いつも通りひとりで映画を上映していたときがあったんだけど、映写機を回したあと、用事があって僕が外に出ちゃったんだよ。で、帰ってきたらお客さんが怒ってて。どうやらその映画、スペイン語字幕で上映しちゃってたみたいなんだよね」

「スペイン語字幕だともう何言ってるか1ミリもわかりませんね!」

「いやー、さすがにあのときは申し訳なかったなあ(笑)」

 

「そんな映画館、聞いたことないですよ(笑)」

「だからほら、うちはふつうの映画館じゃないから。でもこんな僕でもたまにお客さんの声に耳を傾けるときもあるんだよ?」

「どんなときですか?」

 

「上映する映画の選定に困っていたときに、『箕輪さん、宇宙戦艦ヤマトを上映したら絶対お客さん来るよ!』って言われたことがあって。半信半疑で上映したら、本当にお客さんがいつもより来たんだよ」

「それはすごい!」

「本当か? なんて思ってたけど、たまには素直にいうこと聞いてみるもんだね」

「そうですよ、たまには周りの言うことも聞いてくださいね」

 

「まあ、そこは上手くバランスを取りながら。ほんと、こんな映画館どこにあるんだよってな(笑)」

「いやあ、私はもうこの場所大好きです」

 

好きなものに正直でいること

「箕輪さんはこれから先も、フィルム映画を残していきたいと思っていますか?」

「僕はフィルムを残そうとかまったく思ってないんだよね。僕と一緒になくなってしまってもいいとすら思ってるよ」

「ええ、どうしてですか?」

 

「うーん……。僕が好きでやっているだけだから。僕がフィルムを触り続けることができたらそれでいいんだよね。文化を後世に残そうなんて、大それたことは考えてないよ」

「なるほど。でも、なくなってしまうのは少し寂しく感じてしまいます」

「形あるものはいつかなくなるから。でも僕がいる限りはやり続けるつもりだよ。だって好きだからね

「箕輪さんの人生は一貫して、好きなことに正直であるかどうかが軸になっていますね。ずばり、今箕輪さんは、映画を純粋に楽めていますか?」

「心から楽しんでるよ。この28席のスクリーンとフィルムが、僕にはちょうどいい。僕と同じように映画を楽しんでいる仲間と語り合えるこの空間が、好きなものを好きな気持ちのままで楽しめる、ちょうどいいサイズなんだ」

 

おわりに

横浜市にひっそりと佇む映画館。「シネマノヴェチェント」。

 

そこには今日もフィルム映画を求めて、気の知れたお客さんが集います。

 

ここでは話題の新作や、最新のシステムが搭載されてるわけではありません。

それでも、たった28席のシアターの椅子に沈むと、なんとも言えない安心感に包まれて、ゆっくりと感情が解けていくような気がします。

 

もしまだフィルム映画を観たことがなければ、フラッと立ち寄ってみてください。

 

気さくな常連さんと、子供のころと変わらない目をしたまま映写機を回している箕輪さんが、きっと出迎えてくれるはずです。

 

撮影:木村昌史
イラスト:ヤマグチナナコ
編集:くいしん