毎年5月、愛知県蒲郡市にあるラグーナテンボスを舞台に開催される「森、道、市場」。音楽フェスとしても人気を集めるが、マーケットの側面も持ち、全国からフードや雑貨のブースが毎年600組近く出店するイベントだ。

 

ジモコロでは過去に「森、道、市場」(以下、森道)の記事を3本制作し、僕は執筆や編集ですべての記事に関わってきた。

 

 

おそらく、ジモコロでの同じ取材先へのインタビュー記事としては最多だ。なぜ、そんなにジモコロとしても入れ込んでいるのか? その理由は、森道の異常なまでの「熱狂」にある。

・出店する数百店舗と直接、主催者が一人で連絡をとる
・運営側が利益をとらず、チケットは破格の値段
・駐車場確保のため、遊園地を大人借り
・コロナで中止になった2020年も、オンライン上で森道を開催

など、「なんでそこまでやっちゃうの?」というエピソードは枚挙にいとまがない。

 

その中心にいたのが、主催者である岩瀬貴己(いわせ・たかみ)さんだ。

 

岩瀬さんを中心に日本全国の出店者たちが集まり、「森道ファミリー」とも言うべき繋がりができていた。各自が1年かけて最高の出店をすべく準備し、毎年、会場で再会できることを喜び合う。まさに「ローカル版・大人の文化祭」と呼べる場になっていたのだ。

 

僕たちジモコロも、2017年の取材をきっかけに声をかけてもらい、2018年から毎年出店していた。

 

しかし昨年秋、突然の知らせが飛び込んできた。岩瀬さんが急逝したというのだ。信じられない気持ちのあとで、時間とともにジワジワと湧いてきたのは「森道はどうなるんだろう?」という思いだった。

 

「森道=岩瀬さん」と言えるくらい、象徴的な人だった。だから正直、次の森道が開催されるのか、その時点ではわからなかった。

しかし、残された森道チームは継続を決め、今年も森道は開催されることになった。

 

岩瀬さんの熱狂があったからこそ、いまの森道ができたのは間違いない。では、熱狂の中心が去った後には、一体何が起こるのだろうか?

残された人たちにどんな葛藤があって、どんな想いとともに開催されるのか。運営に関わる人たちの声を通じて、今年の森道について伝えたい。

 

お別れ会は明るかった

数ヶ月前に、岩瀬さんのお別れ会が開催された。森道の会場でもある蒲郡の遊園地「ラグナシア」の一角に、出店者やスタッフなど、森道に関わってきた方々が集まった。

 

ただ、その空気はどこか明るい。なにしろ、お別れ会の名前が「岩瀬GIG(ギグ)」。森道を「みんなで楽しいことがしたい」の一心でやっているような岩瀬さんだったから、笑ってお別れできるような会になったのだな、と感じた。

 

会場に入ってすぐのところに設置された祭壇には、岩瀬さんの遺影やさまざまなお供えが並ぶ。遺影を取り囲むように、岩瀬さんの盟友・チョークボーイことヘンリーさんのチョークアートで壁が彩られている。

 

手を合わせ、お線香をあげた後で、お供えの一角に目が止まった。

岩瀬さん、お酒好きだったよなあ。そういえば、最初のインタビューでも缶チューハイの話をしていた。

 

人気フェス「森、道、市場」の裏側には主催者の「熱狂」があったより

 

やりとりを思い出し、さすがに少し込み上げてくるものがあって、岩瀬さんの遺影を見る。

 

この顔である。

 

岩瀬さんは不思議な人だった。現場では常に忙しそうで、インタビューしようと思っても捕まえるのは至難の技。シャイでなかなか懐に入らせてくれないし、天邪鬼な人でもあった。

 

でも、森道と、そこに集まる人たちの話になると、自然と口ぶりが熱を帯びる。森道が本当に好きで、楽しくて仕方がないんだな、と話を聞くたびに感じていた。

 

そんな岩瀬さんを皆が面白がっていたし、好きだったのだと思う。過去に森道出店者の方たちに話を聞いたときにも、岩瀬さんの愛されっぷりを感じた。

 

森道に第1回から出店している長尾晃久さん。石窯を積んだ車で移動販売を行う「石窯 in car pachipachi」の店主。「気づいたらみんな巻き込まれている」動員3万人のフェス『森、道、市場』を創る狂気のカリスマより

 

「話は通じない」けど「人にやさしい」。そんな岩瀬さんが始めた森道は10年以上も続き、3日で3万人を集めるイベントに育った。同規模のフェスのなかで、ここまでインディペンデントに運営されているものは数少ない。おもしろいことに貪欲で、ノリで動ける岩瀬さんだからこそ、ここまでやれたのだと思う。

 

強烈な中心人物を失くし、残された人たちはどんなことを思ったのか。ここで、岩瀬GIGのなかから、岩瀬さんの妻である順子さんのお話を紹介したい。

 

森道は誰のものでもない、みんなのもの

写真左から、ジモコロ編集長の徳谷柿次郎、「青果ミコト屋」鈴木鉄平さん、岩瀬さんの妻・中條順子さん

 

岩瀬GIGでは、森道の常連である青果ミコト屋の鈴木鉄平さんと、ジモコロ編集長の柿次郎が司会を務めた。ノリで色んなことが決まる森道だから、この二人はよく無茶振りで森道関連の司会をお願いされてきた。このパートでは、柿次郎を聞き手にお送りする。

 

「今日はみなさん、ありがとうございます。岩瀬さんが亡くなってとても悲しいんですけど、思い返すのが楽しいことばかりなので、泣いてばかりもいられないなと。毎日笑って、なんとかやってます」

「順子さんから見て、岩瀬さんってどんな人でした?」

ほんとに困った人でしたよ。周りの言うことは聞かないし。私は料理の仕事をしていて、アトリエを岩瀬さんが設計してくれたんですけど、私の言うことを全然聞かないで作ったんです。だから、キッチンから冷蔵庫までがすごく遠くて」

「導線が悪い!(笑) 岩瀬さん、本業は建築でしたもんね。でも、誰かの言うことを聞いてたら、たぶん森道はできてないとも思います。『駐車場がついてくるから会場として遊園地を丸ごと借りよう』とか、普通思いませんもん」

「ヘンリーくんは『死に方がロックだった』って言ってくれたけど、岩瀬さんはすごく本望に思ってるかもしれません」

 

「みんなを楽しませよう」という思いから、さまざまな無茶もしてきた岩瀬さん

 

「今年の森道を開催することに対して、順子さんはどういう思いだったんですか?」

「始まりがあれば終わりもあるし、岩瀬さんがいなくなったのが10年の一区切りだったから、これで終わるのがいいのかな、と思ったんです。森道ってやっぱり、すっごく大変でしたし。いろんな無理をしないとやれないし、私は毎年大変で泣いてたくらい。岩瀬さんだけでなく、私のライフワークにもなってたんですけどね」

「それくらい大切なものを終わらせるって、相当大きな決断ですよね」

「それで山田さんに相談しました。『森道は誰のものでもなくて、みんなのもの』みたいな感覚があるから、私だけで決められないし。岩瀬さんは主催者というより、責任者だと思ってたので」

 

岩瀬さんと二人三脚で森道を作り上げてきた山田高広さん。第1回にはお客さんとして参加し、第2回目からアーティストのブッキングを担当するなど、中心スタッフとして森道を支えてきた

「山田さんは何と?」

『僕は今ここで辞めたら、たぶん一生後悔すると思う』と言ってくれたんです。続けるときは、岩瀬さんの役割を山田さんにお願いしないといけないから。すごく大変だった岩瀬さんの姿を見てきたから、山田さんが心配だったんです。でも、山田さんがそう言ってくれるなら続けましょう、と2人で決めました」

 

「そのあとに、友人や森道のスタッフのみんなを集めて、やりたいって話をしました。でも、去年開催できてなかったら、いくら山田さんに言われても、やろうとは思わなかったかも

「去年は緊急事態宣言中の開催でしたよね。その前の2020年がコロナで中止になってましたし、いろんな葛藤があっただろうなと思います」

「いまの森道って600店舗くらい出店者さんがいるんですけど、去年は毎日、バタバタと『出店やめます』ってメールが来て。結局、日々状況が変わるからマーケットの出店マップが作れなかったくらいでしたね」

「誰もが初めての事態で、本当に大変な時期でしたし、それぞれの正義がありますからね。どっちが正解とかはないと思います」

「岩瀬さんも相当しんどかったと思いますけど、なんとか開催を迎えられて。当日、岩瀬さんは寝坊してましたね(笑)。本番に寝坊するなんて10年やってて初めてだったから、開催できてよっぽど安心したんじゃないかな」

「そんな去年がやれたからこそ、2022年もやれると思ったと」

「そうですね。支えてくれてるスタッフもたくさんいますし、みんな前向きにがんばってます。今年もよろしくお願いしますね」

 

岩瀬さんの骨を拾い続けるみたいな感覚

岩瀬さんの役割を担い、森道を続けることを決めた山田さん。岩瀬GIGが終わったあと、時間をいただいて話を聞くことができました。

 

「さっきの順子さんの話、グッと来ながら聞いてました」

「僕個人としては、森道を続けるのは99%無理だなと思ってましたよ」

「そうなんですね! そこからなぜ『続けよう』と?」

岩瀬さんは99%無理に見えるときでも、わけのわからん残り1%に可能性をかける人なんですよ。森道でも謎のイベント仕掛けて、ドッキリまで仕込んでたりするし。その1%の大事さみたいなものを、岩瀬さんから感じてたので。あとは、みんながいるからですね」

「みんな、とは?」

「出店者やアーティストの皆さんです。出てくださってる人たちが森道の主役で、誰かが場所をつくらないと、みんなが集まったり、楽しんだりできない。僕らが場所をつくらないとなくなっちゃうのなら、1%の可能性にかけたいと思ったんです」

「他のスタッフの皆さんは、どんな反応だったんですか?」

 

「僕もまだ開催を悩んでた時にその子たちに聞いたら、みんな『やりたい』って。スタッフの子たちがやりたいって言うなら、僕も応えたかった気持ちもあります。それで順子さんとも話をして、開催を決めましたね。その後に、家族会議がありました

「お父さん、これからめちゃめちゃ忙しくなるけど……みたいな?」

「今までは別の仕事も並行してやってたんだけど、森道に集中するために全部断って、森道のことだけに絞ったので」

「えー! 反対とかはされなかったんですか?」

「逆でしたね。僕が99%辞めようと思ってた数日間を、奥さんは見てたわけですよ。だから『もし森道をあなたが辞めたとして、毎日元気なかったりクヨクヨしてたら家を出て行ってもらおうかな』って言われました」

「すごい。『やりたいならやりなさい』って強烈にケツを叩かれたわけですね」

「奥さんは岩瀬さんとも知り合いだけど、森道には一瞬だけ客として遊びにくるだけ。でも、ずっと応援してくれてたわけですし、そういう見方をしてたんだ、と思いましたね。やりながら『大変だ』『キツい』って言ってるほうが幸せなら、そっちを選びなさいよ、ってことなので」

 

「開催を決めて、ここまで準備をしてきて『岩瀬さんがいたら』って思うことはないですか?」

「もしも、あと3回だけ岩瀬さんに質問できるなら何を聞くかな、とかよく考えますよ」

「たとえばどんなことを聞きたいですか?」

『このエクセルの予算書の数字って合ってるの?』とか」

「そこ!?」

「これミスなの?本気なの?とか、わからない部分があるので(笑)。あとはいろいろありますけど、『森道をどうしてほしかったの?』は聞きたいですね。たぶん、『やりたければやれば』って感じだと思うけど」

「実際、続けることを決めたのは山田さんや順子さんやスタッフの皆さんですもんね。残された人たちが続けたいと思ったからで」

「岩瀬さんって全然教育者ではないんだけど、結果的に僕を含め、周りの人が育ってるんじゃないかな。人を育てる新しい手法ですよ(笑)」

「助けたくなるというか、ちょっと危なっかしいところもありましたね(笑)。でも『しょうがないな岩瀬さん』って周りが助けてくれるような。だからこそ、森道にこんなに人が集まってるんだと思いますよ」

「まあね、今年の森道の準備をしてて、岩瀬さんの偉大さはすでにめっちゃ感じてますよ」

「岩瀬さんって、『自分でやったほうが早いし確実』みたいなところがあったと思うんです。それだと、ブラックボックス化してる部分も多いのでは?って思うんですけど」

 

「結構あります(笑)。本当に大変なことは、自分でやりきってたんじゃないかな。周りにはできるだけ楽しんでほしい、喜んで欲しいって人だったから。だから本当に、岩瀬さんの骨を拾い続けるみたいな感覚ですよ

「『岩瀬さんってこうだったな』『こんな人だったな』と感じながら、森道の準備をして……」

「そうそう。それを楽しみながらやっていきたいです。僕たち運営チームでの、今年の裏テーマは『熱狂、狂気、愛は枯渇しない』なので」

「……どれもジモコロで岩瀬さんに取材したときの言葉ですね」

「いろいろ大変なこともありますけど、去年以上に楽しいイベントにしようと、スタッフ全員でがんばってます。森道は楽しいイベントなんで」

「今年も必ず行きますし、楽しみにしてます」

「これまで運営側のパーソナルな部分を基本的に出さないスタンスでやってきたので、岩瀬さんが亡くなったことも公式で発表とかはしてないんです。でも、岩瀬さんがいたから森道があることは伝えていきたいから、関係性のあるジモコロで、こうして記事になるのは嬉しいです」

「岩瀬さんのこと、僕らなりに伝えていきます。山田さん、くれぐれも健康第一で頑張ってください!」

 

おわりに

山田さんと岩瀬さん、順子さんの最初で最後の3ショット(山田さん提供)

 

「中心になる人」には、いくつかのタイプがあると思う。岩瀬さんの場合、「隅々まで目を配ること」と「任せること」のバランスが絶妙だった。森道の出店者は、基本的に招待制。岩瀬さんが声をかけたり、信頼できる出店者からの推薦によって、出店が決まっていく。

 

しかしジモコロとして出店して、岩瀬さんからブースの内容について何か言われた記憶はほぼない。あるとすれば「とにかく面白いことやってください」だけだ。

 

一緒に面白いことをできそうな人たちをひたすら巻き込みながら、あとは任せる。そして、出店者やアーティスト、お客さんたちが全力で楽しめるように、会場を泥臭く駆け回り、コミュニケーションを取り続ける。岩瀬さんはそんな人だった。

 

そんな岩瀬さんと森道が好きで集まった人たちが、今年は『岩瀬さんのために、いい森道にしよう』と熱狂する3日間になるはずだ。面白くならないわけがない。

 

森道は本当に最高なイベントなので、僕も当日は全力で楽しもうと思っています。皆さん、会場でお会いしましょう!

 

森、道、市場2022

開催日:5/27(金)〜29(日)

会場:会場:大塚海浜緑地(ラグーナビーチ)&遊園地ラグナシア

出演アーティスト:
<5/27(金)>ACO / OGRE YOU ASSHOLE / OLAibi + KOM_I and yury nomura (eatrip) /くるり / GEZAN / 坂本美雨 / 水曜日のカンパネラ / STUTS / DEATHRO /Nulbarich / ハナレグミ / FNCY / BREIMEN / フレデリック

<5/28(土)>青谷明日香 / 悪魔の沼 / ALL OF THE WORLD / OKAMOTO’S / オカモトレイジ(OKAMOTO’S) /Ogawa & Tokoro / 擬態屋 / KIRINJI / ゲスの極み乙女。 / Cody・Lee(李) / GOFISH (Band set) /佐藤千亜妃 / サニーデイ・サービス / THA BLUE HERB / JJJ / cinema staff /Daichi Yamamoto / TOSHI-LOW (BRAHMAN/OAU/the LOW-ATUS) / 徳利 /どんぐりず / 藤井隆 on the パソコン音楽クラブ / 藤原さくら / Fumiya Tanaka /Helsinki Lambda Club / YOUR SONG IS GOOD / yonawo / 礼賛 / Licaxxx /ROTH BART BARON / OMK

<5/29(日)>Ikalaser / eill / EGO-WRAPPIN’ / 思い出野郎Aチーム / 清 竜人 / GRAPEVINE / go!go!vanillas / サラーム海上 / (sic)boy / 水中、それは苦しい / ストレイテナー / 砂原良徳 / SPECIAL OTHERS / Soichi Terada / chelmico / D.R.C.(COVAN,NEI,homarelanka,Andre,Ryo kobayakawa,etc..) / Tohji / tofubeats / TOMMY(BOY) / 七尾旅人 / NUMBER GIRL / bird / Hump Back / BBHF / HIYADAM / んoon / BUDDHAHOUSE / mei ehara / ゆうらん船 / Yogee New Waves /LITTLE CREATURES / RYOKO2000

https://mori-michi-ichiba.info/

 

☆ジモコロを編集する「Huuuu」も、森道に出店します! ブース名は「風旅売店」。海エリアでお待ちしています〜!

 

編集:くいしん