2020年10月、茨城県全体でとあるニュースが大きな話題となりました。ブランド総合研究所が毎年発表している都道府県魅力度ランキング」で、茨城が42位にランクインしたのです。

 

茨城県は2019年まで、このランキングで7年連続最下位。一部のネットユーザーから人気の低さをネタにされることもありました。

 

それゆえに茨城県の最下位脱出のインパクトは大きく、各全国紙にも取り上げられるほど。茨城県知事の大井川和彦氏も「(最下位脱出の)反響は非常に大きかった」と当時コメントしています。

 

しかしなぜ、茨城が最下位を脱出できたのか? そこには、ひとりのバーチャルYouTuber(VTuber)の活躍があったのです。

 

そう、この方……

茨城県公認のVTuber・茨ひよりさんです。

 

茨城出身の県職員で、県が運営するYouTubeチャンネル「いばキラTV」のアナウンサーとして活動する茨ひよりさん。

彼女の活躍は非常に多岐に渡ります。例えば……。

 

バンジージャンプにチャレンジしたり、

 

茨城県の名産品を、ASMR(※心地よい音で視聴者を癒やすコンテンツ)企画の中で紹介したり、

 

陸上自衛隊の音楽隊の曲に合わせて、歌を披露したり。

 

他にも「歌ってみた」「ゲーム実況」といったVTuberらしい動画はもちろん、茨城県の選挙啓発観光スポット紹介といった、地元に根ざした動画まで次々と投稿。

県の運営するVTuberとは思えない、挑戦的な企画を発表し続けています。

 

茨ひよりさんの活動は多くのファンを獲得し、その経済効果は約5億円(※広告換算額の累計/2021年3月末時点)に及ぶと言われています。

 

筆者もまた、そんな茨ひよりさんの活動を追いかけている1人です。

日々、VTuberに関する出来事を取材していると、「VTuberをきっかけに地方が盛り上がる」といったニュースが年々増えていると感じており、茨ひよりさんの“先駆者”としての存在感がより強まっていると思っているからです。

 

今回は、そんな彼女の活動を支える茨城県庁のプロモーションチームに、茨ひよりさんの企画が始動した経緯や、これまでの広報活動への取り組みについてインタビュー。

さらに、記事後半では茨ひよりさん本人にも「なぜ茨城は最下位から脱出できたのか」「茨城の魅力とは何か」をお聞きしました。

 

「県公認VTuber」を生んだチャレンジ精神

左から、今回の取材に対応いただいた茨城県庁の木村友梨恵さんと谷越敦子さん

 

茨ひよりさんを運営しているのは、茨城県庁内のPRを担当する営業戦略部プロモーションチーム。今回はチームリーダーの谷越さん、主事の木村さんに、話を伺いました。

 

ゆりいか「そもそもの話ですが、自治体がVTuberを運営するのは非常に珍しい事例だと思います。どういった経緯で始められたのでしょうか?」

谷越「私どもは平成24年10月より、『いばキラTV』というインターネット動画サイトを運営しています。茨ひよりは、その新規プロジェクトのひとつとして始まったものですね」

 

「いばキラTV」……茨城県の県内情報や観光地の魅力などを動画で発信している県運営サービス

 

ゆりいか「県独自でインターネット動画サイトを運営されているんですね」

谷越「というのも、実は茨城県って日本で唯一、民放の県域テレビ局がないんですよ」

ゆりいか「えっ! すると茨城の情報を発信できる場所も少ないですね……」

谷越「そうなんです。そこでインターネットでの映像発信に注力しようと始まったのが『いばキラTV』でした。開設当初は生放送を中心に行っていたのですが、途中で方針を大きく変えて、オンデマンド形式の番組で県の魅力を届けることになったんです。すると、若年層の視聴者の方が見てくれるようになりまして」

ゆりいか「YouTubeを見ていた若年層にリーチしたわけですね」

谷越「現在は40~50代の視聴者層も増えてきたのですが、当時はやはり若い層が視聴の中心でした。そこで『若い視聴者へさらに茨城の魅力をアピールするにはどうするか』と議論するなかで、平成30年度のはじめ、『いばキラTV』の企画として持ち上がったのが『VTuberを起用する』というアイデアでした」

ゆりいか「まず、そのアイデアが出てくる時点で驚きです。職員のなかにVTuberを知っている方がいたのですか?」

谷越「はい、映像の制作を委託している事業者のなかにも詳しい方がいました。ちょうどその頃は、民間企業も続々とVTuberを起用したりしていましたし、キズナアイさんが政府観光局から訪日促進アンバサダーに選出されるというニュースも報道されていましたね」

 

バーチャルインフルエンサーを活用したデジタル観光プロモーションとして、キズナアイさんが訪日促進アンバサダーに選出。期間中はキズナアイさんが日本の観光地の魅力を学ぶ動画が公開された

 

ゆりいか「ありましたね。当時、話題になったことを覚えています」

谷越「そういった事例もあったので、前向きに議論を進めるうちに、新しいVTuberをデビューさせることになったという流れです」

ゆりいか「2018年頃は、まだVTuber文化もはじまったばかりで、知名度もそれほど高くなかったと記憶しています。他職員から『VTuberって何? 大丈夫なの?』といった声は上がらなかったのですか?」

谷越「周囲からは特にそんな声もなく、スムーズに進みましたね」

ゆりいか「そんなにすんなりと……。世の中的に新しいことを行政側で取り入れるには、ハードルも多いと思うのですが」

谷越「プロモーションチームは若手職員が多く在籍しており、新しいことには積極的にチャレンジする雰囲気があったことが大きかったと思います」

ゆりいか「なるほど」

谷越新しい挑戦をして失敗をした際には、それをよく分析して次に活かせばいいといった考えでしたね。まずは取り組んでみようと」

ゆりいか「上層部から強い反対の声もなかったんですか?」

谷越「実は、大井川和彦知事が元々、ニコニコ動画の運営などを行っているドワンゴという企業の取締役を務めていたんです。とてもIT系の文化に詳しかったんですね」

ゆりいか「県のトップがカルチャーを理解していたのは大きいですね!」

谷越「こちらがいちから説明をせずとも、知事の側から『アバターでの活動ということですね』という話が出てくるほど理解されていて、だからこそ話がスムーズに進んだのだと思っております」

ゆりいか「ネットに強い知事の存在があったとは……!」

 

大井川和彦県知事から辞令を受け取る茨ひよりさん

 

行政の運営するVTuberだからこそ必要なこと

ゆりいか「茨ひよりさんの活動指針はどのように決めていったのでしょうか?」

谷越「VTuberらしい活動をしなければVTuberが好きな方々には刺さりませんし、かといって、行政が運営しているので、特定の層にしか受け入れられないものは避けたい。その両立を図るというのが重要でした」

ゆりいか「非常に難しそうな課題ですね」

谷越「難しいですが、面白いところでもあって、子どもからお年寄りまで受け入れられるような活動も考えながら企画を決めていきました」

 

ゆりいか「茨ひよりさんのチャンネルを見たとき『歌ってみた』や『ゲーム実況』など、県の運営するVTuberとしてはかなり攻めた内容だと感じていました」

谷越「そうですね。ゲームや歌などの活動の中にも、できる限り茨城県の魅力を盛り込むことを考えていました」

ゆりいか「実際のところ運営は大変ではありませんでしたか?」

 

谷越「幸いなことに、今のところ大きな混乱はなく(笑)。推測ですが、『あくまで茨城県の魅力を発信する』という軸をぶらさないことにこだわったからこそ、トラブルも起こりにくかったのではないかと思います」

ゆりいか「ちなみに、谷越さんが茨ひよりさんの動画のなかで印象的だったものはどれでしょうか?」

 

谷越「手応えで言いますと、バンジージャンプの動画と『千本桜』の歌動画は良かったですね。『本当に自治体が作っているのか』と思われるほど、非常にクオリティの高い仕上がりで、多くの方に見ていただけました

ゆりいか「見させていただきましたが、MVが非常に凝っていますね」

谷越「 ありがとうございます(笑)。編集を担当する事業者さんにもとても頑張っていただきました」

ゆりいか「また、茨城ひよりさん自身が『今年度の県の議会でVTuber活動が可決された』と発表したこともネットで話題となっていました」

 

谷越「そもそも『いばキラTV』が県の予算を元に運営しているものですので、議会の決定は非常に大事ですね」

ゆりいか「『Vtuber活動を県議会が可決』というのが、とても新鮮でした(笑)。行政の話は難しいイメージもありますが、茨ひよりさんが伝えることで、身近に感じられる効果もあると思います」

谷越「そうですね。県が運営するVTuberとして、献血の呼びかけや選挙啓発なども行っています。最近ではTikTokにも挑戦していて、若い方々に広く知っていただくことにも積極的に取り組んでいますね」

木村茨ひよりの強みは『自分の言葉で発信できること』だと思っていますので、特性を活かして、多くの方々とネットを介したコミュニケーションを繋げていければと思っています」

 

県内を走るラッピングバスにも採用! 民間業者からのイラスト利用申請によって実現したもので、グッズを含め、昨年度は60件前後の申請があったそう

 

茨城県の人気度は本当に「最下位」だったのか?

ゆりいか「お話を聞いていると、茨城県のプロモーションチームというのが他の自治体の広報活動と比べるとかなり特殊なのではと思いました。そもそも、どういった組織なのでしょうか?

谷越「職員全員を合わせて12名ほどの小さい組織ですね。平成29年に現在の知事が就任してから『挑戦』が県政のキーワードになり、失敗を恐れずチャレンジする組織という色が強くなりました。

チーム全体としては『いばキラTV』の運営をはじめ、東京都でのアンテナショップの展開や国内のメディアに県の情報を提供するパブリシティ事業などを担当しています」

 

東京・銀座にある茨城のアンテナショップ「IBARAKI sense

 

ゆりいか「組織が編成されるにあたって『このままではいけない』という課題感はあったのでしょうか?」

谷越「そうですね。県内の人口減少にいかに取り組むのかとか、企業の誘致をどのように進めるのかといったことが大きな課題となっています。そのためには『新しい茨城づくり』をしていく必要があると」

ゆりいか「ブランド総合研究所の発表している『県の魅力度ランキング』で、茨城県は毎年最下位だったことが話題となっていました。こちらについては、どのようにお考えでしたか?」

谷越「あのランキングは、『地域ブランド調査』という一連の調査結果のなかの一部分です。正直なところ、数ある設問のうちの一つに過ぎないのですが、それをその地域全体の魅力度として誤解されかねない発表をしているので……」

ゆりいか「名指しされる側としては複雑ですよね」

谷越「そもそも皆さんの『魅力』の捉え方がまちまちで、定義自体もあいまいですので」

ゆりいか「2020年度の最下位脱出に関しての印象はいかがですか?」

 

谷越県民の方がとても喜んでくださり、NHKでも地元ニュースとして速報が出たりしたので、その反響の大きさに驚きましたね(笑)。こちらとしては『魅力度ランキングを上げる』ことを目標とした広報活動を行ったわけではなく、あくまで本県の魅力をきちんと知っていただきたいという取り組みを続けてきた認識です」

ゆりいか「実際のところ、プロモーションチームの体感として、茨城県の人気度は上昇しているとお感じでしょうか?」

谷越「データを見てみると、メディアへの露出が増え、コロナ以前は広告換算額もずっと増えている状況ですね。県外にお住まいの方から『最近、茨城の情報をよく見るようになった』という声もいただいています」

ゆりいか「プロモーション活動がうまくいっているということですね。『いばキラTV』は、かなり現在のトレンドを押さえた番組作りをしていると思います。例えば、ヒロシさんのキャンプ動画は非常に評判でした」

 

木村「ありがとうございます。こういった部署に所属していることもあって、常にネットのトレンドにはアンテナを張っています(笑)。『いばキラTV』の委託業者の方との話し合いのなかで生まれたアイデアも採用しています」

ゆりいか「傍から見ていると、プロモーションは非常にやりがいの感じられそうなお仕事ですね」

谷越「次々と新しい分野に挑戦していくのは、大変ではありますが、その分SNSの反響や動画の再生数など、成果が目に見える形で返ってくるのは面白いですね。プロモーションチームでは、今後も積極的にチャレンジを続けていきたいと思っています」

ゆりいか「プロモーションチームとして、今後の茨城県の推したいポイントはどういったところでしょうか?」

谷越「たくさんあるのですが、ひとつ挙げるとするなら『国営ひたち海浜公園』ですね。実は、茨城県が行ってきた『県政世論調査』という調査で、平成29年の『(県内で)自慢したいもの』1位に選ばれたスポットなんです。それまで、ずっと『納豆』が1位だったのですが」

 

「国営ひたち海浜公園」…ネモフィラやコキアなどが楽しめることで有名なスポット

 

ゆりいか「『納豆』を超えたのですか! それはすごいですね」

谷越「別の調査でも観光スポットとして『国営ひたち海浜公園』はかなり上位にあり、人気の高さを感じています」

木村「世代を問わず様々な人達が訪れるようになっていますね。インスタ映えするような景色が広がっていることが人気のひとつだと思います」

谷越「また、4月29日に『いばらきフラワーパーク』もリニューアルオープンとなりました。こちらも、約900品種のバラなど美しい景色はもちろん、園内には、茨城・八郷産の野菜などを活かしたレストランもあり、これから注目されるようになるのではないかと思います」

 

2021年4月29日に「見る」から「感じる」をコンセプトとしてリニューアルオープンした「いばらきフラワーパーク」

 

茨ひよりさん、最下位脱出の喜びを語る

さて、最後に茨ひよりさんにもお話を伺いました。

 

ゆりいか「昨年、茨城県が『都道府県魅力度ランキング』最下位を脱出しましたね」

茨ひより私が活動を開始して初めての動画では、都道府県魅力度ランキング最下位を脱却することを目標に掲げていました。なので、昨年ついにその目標が達成できて、とってもうれしかったです!」

ゆりいか「なぜ脱出できたのかについて、ひよりさんはどう思われますか?」

茨ひより「詳しい理由はわからないのですが、私もこれまで茨城のPRに一生懸命に取り組んできたので、少しでも貢献できたのならうれしいですね。でも伝えきれていない茨城の魅力がまだまだあるので、これからも情報を発信し続けますよ~!」

ゆりいか「ひよりさんにとって、茨城県の魅力はどこにあると思いますか?」

茨ひより茨城県は海もあり山もあり、自然豊かなところが魅力です。メロンや梨、私の大好きな栗やほしいもなどの農産物もたくさん! ほかにも、国営ひたち海浜公園のネモフィラや、竜神大吊橋でのバンジージャンプ、つくば霞ヶ浦りんりんロードでのサイクリング、キャンプなどなど、体験ができる観光スポットもたくさんあるんです!」

 

ゆりいか「サイクリングは非常に気持ちよさそうですね。気になります!」

茨ひより「どこもオススメなので、状況が落ち着いたら皆さんもぜひ遊びに来てほしいです〜」

ゆりいか「これまでの活動のなかで、特に印象的だったことは何でしょうか?」

茨ひより「昨年度は新型コロナウイルス感染症の拡大によりさまざまな影響がありましたが、VTuberとしてインターネット上で茨城の魅力発信にひたすら努めてきました。なかでも『イバネットひより』と題して、茨城にゆかりのある共演者の方々と一緒に、茨城のおいしいものを紹介するライブコマースに初挑戦したことが印象的です」

 

ゆりいか「茨城県産の豚肉やアップルパイなどが紹介されていましたね。反響はいかがでした?」

茨ひより「スタッフさんからは『紹介した県産品の売上が急上昇した』という嬉しい言葉ももらえました! 今後もシリーズ化できたらいいなと思っています」

ゆりいか「では最後に。県公認のVTuberとして活動するうえで、こだわっている点や気を付けていることはありますか?」

茨ひより「自治体公認という肩書きに恥じぬよう、茨城の情報には常にアンテナを張っています! Twitterでもファン(※通称:ひよりサンチーム)の皆さんに、いつでも旬の情報をお届けできるように心がけています」

ゆりいか「生放送を見ていると、視聴者の方ともよい関係を築けている感じが伝わってきます」

茨ひより「Twitterや動画のコメントなどを通じた交流の中で、感想や新しいアイディアをいただくことも多いので、良い刺激をもらうと同時に感謝の気持ちを常に持っています。反応をくださる皆さん、いつもありがとうございます!」

ゆりいか「今後の活躍も期待しています!」

 

おわりに

今回、茨城県庁の担当者の方と茨ひよりさんを取材して感じたことがひとつ。関係者それぞれが「茨城県の魅力を多くの人に広めたい!」という目的意識を強く持っており、それに沿った企画を挑戦的に打ち出せていることです。

 

VTuber業界の中には、当初掲げていた目標や目的がどんどんズレていき、活動の理由を見失ってしまう事例も少なくありません。そんななかで、茨ひよりさんが茨城県民に愛されるキャラクターとなっていったのは、軸をぶらさずに県の公認VTuberとしての活動を地道に続けてきたからではないでしょうか?

 

もちろん「地元を盛り上げたい」という熱い思いを抱いているVTuberは、茨ひよりさんだけではありません。沖縄の魅力をYouTubeで発信し続けている根間ういさんや、福岡県を中心にバーチャル博多っ子として活躍中の舞鶴よかとさんなど、さまざまな地方系VTuberが活動しています。

 

今後もVTuberが地方とどのように関わり、そこからどんな文化が生まれていくのか、引き続き注目していきたいと思います。

 

【お知らせ】「君のとりこに~♪」という歌い出しでお馴染みの「summertime」を、茨ひよりさんが茨城バージョンで歌ってみた動画を配信中。同曲の作詞作曲者であり、つくば市出身のevening cinema原田夏樹氏とのコラボです!

YouTube→ https://youtu.be/zecOGWeW-Ak
TikTok→ https://vt.tiktok.com/ZSJfdpwKw/