
「航空整備士のかなりマニアックな飛行機豆知識」というプリントを高松空港を利用した人からもらいました。見ると手書きでびっしりと飛行機のエンジンの仕組みが書かれてます。

撮影:筆者
しかも難しい。専門用語や物理の知識を交えながらどうやら本気でエンジンの仕組みをわからせにきてます。手書きの味わいも相まってちょっとした怪文書のようないびつさがあります。

撮影:筆者
でも覚悟して読んでみると、じわっと飛行機の仕組みができるようになるんです。これはおもしろい。一体このペーパーはなんなんでしょうか?
実際にこのペーパーを書かれていた中村惣一さんにお話を聞けました。

手書きの裏にある大きな背景

──中村さんは現在、定年退職されたそうですが、日本航空の整備士としてあのペーパーを作られてたんですよね?
飛行機の整備士はいろんな地方の空港に転勤することが多いんですよ。あれは2010年に高松空港に行って17年まで在籍をしてた期間に作ったもの。だから15年前ですかね。2010年は日本航空が破綻した時期なんですよ。
──あ~、ありましたね!
その時の業務目標が顧客満足度の向上、お客さんに楽しんでもらうことだったんです。個人の目標を作って、どのぐらい達成したか査定をするんですけど、でも全く会社のお金がないでしょ(笑)。お金がなくてもできることをやろうというのが、きっかけといえばきっかけですね。
──この見た目の理由にそんな大きな背景があったとは(笑)。
これは自筆で書いた原稿なんですけど、会社の裏紙なんですよ(笑)。ほんとにお金がなかったんでしょうね。勤務表の裏なんかに書いてるんですよ。
──お金がないといってもそこまでしなくても(笑)。
もう全くお金をかけずにペン1本で。文章もパソコンで作ったりせずに手書きでもいいかなと思って始めたんですよ。

──複雑な構造の図解も手書きじゃないですか。手書きのインパクトがありますよね。
もともと絵が得意な方ではないんですよ。元となる資料はあるので、鉛筆で下書きをしたやつを描いては消して、ボールペンでなぞって……って。
これがゲラですね。下書き段階のもの。今だと会社にちゃんと申請して許可をもらってやるのが本来なんですけど、当時の上司に置いてもいいですかねって軽く聞いたくらいではじめました。
知的な読み物として大反響

──これは高松空港だから生まれたんですかね?
たまたまいたっていうだけなんですけど、当時のマネージャーがおおらかな人だったり、高松空港は小さなセクションだったりしたから自由にできたところはあったかもしれないですね。
各空港には整備基地があって、高松空港にも整備士が5人ぐらい駐在でいるんです。最後にいた福岡は大きなところで60人ぐらいいたのかな。飛んでる便数が違いますからね。
──ペーパーを出したらみなさん喜んでくれたんですか?
軽い気持ちで始めたんですけど、結果的には反響があって、好評だったからお咎めなく(笑)。検索すると2011年当時のTwitter(現X)が出てきますね。2018年くらいにまたバズって取材を受けたり。
今日持ってきたんですけど、お手紙でもこんなに反響をいただいて。

──お手紙を送るってのはすごいですよね。結構な労力が。
こちらも手書きだからだったこともありそうですよね。「息子が持って帰ってきたくれたものを読みまして」とか。表彰も受けましたね。整備本部として一回、あとは日本航空としても一回表彰されました。
──そのあと本になったんですよね?

『現役航空整備士が書いたかなりマニアックな飛行機豆知識』中村惣一著、公益社団法人日本航空技術協会、2021年
反響があったので続編を少しずつ書いて、2011年から私がいた2017年ぐらいまで、通算16号のペーパーを高松で発行して、その後に転勤して羽田勤務になったです。その後、整備の業界団体からまとめて本にする話をいただいて。
書籍のために新たに書き始めたのが、この「元」とついてる17~19号。もう羽田にいる時に書いたんですけど、高松空港ではお客さんが喜んでくれるから、ずっとバックナンバーもそのまま置いてくれてるんですよ。
今はその3号分だけラックに入れてあって、バックナンバーはカウンターに言えば出てくるはずですね。日本航空が使う人しか取れないところに置いてあるんで、そういうのも下心としてはありますけど(笑)。
飛行機の本なのにエアコンから始まっている
──本で第1回から読んでびっくりしたのが、エアコンの話から始まるんですよね。飛行機なのにそこから(笑)。
エアコンを選んだのにはきっかけがあるんですよ。小型機には頭上にCAさんを呼ぶボタンや読書灯と並んでエアコンの送風口、「冷気アイボール(ガスパー)」というのがあるんです。大型機は手が届かないからないんですけど。
私が高松での単身赴任中によく乗ってたボーイング737は小型機で、周りのお客さんの様子を見てたんですよね。

飛行機のエンジンをかける時って、そのエアコンの送風が止まるんですよ。飛行機の仕組みがそうなってるんです。見ていたら、その風が止まったのを不思議そうに手をあててる人が割といたんです。
そこで、こういうものの解説があるといいんじゃないかと。お客さんが飛行機に乗って、目に見えるもの、聞こえるもの、手にとって感じられるものから飛行機の仕組みを説明したら「それでそうなってるんだ!」っていう風に楽しんでもらえるなと思ったんですよね。
──たしかに、そういう風に乗客として感じ取れる仕組みが盛りだくさんでしたね。トイレのところも面白かったです。水でなく空気で排出をするから、整備士が飛行機の排気口近くでその空気に当たってしまうと匂いがするって。飛行機のおならみたいなものですよね(笑)。

『現役航空整備士が書いたかなりマニアックな飛行機豆知識』p105より 撮影:筆者
駐機中にトイレ使ってる方がいたら、ボーンって空気が出てくるんですよ。豆知識ですよね(笑)。豆知識は豆知識だけど、自分で書いてて、豆以上の知識ではある気はします。
飛行機の楽しさは離陸する前から

──なぜそうなってるのかの解説がまたおもしろいんですよね。これだけ続いたのもすごい。
飛行機ってすごいな、乗ってて楽しいな、ってお客さんに思ってもらえたら……というのがモチベーションでしたね。私自身飛行機が好きで、仕組みも理解してるから、今何が動いてどうなっているのかというのがわかるんで、より楽しいんですよ。
公共交通機関だから、お客様を安全に運べば使命は終わるんですけど、もうワクワクして乗ってほしい。こんなに楽しいものを楽しんでもらわないのは損だろうって思うわけですよ。
──それって中村さんが実際に乗るときはどんなところを見てるんですか?
僕は窓ガラス越しに整備士の同僚が何やってるのか、トラブルあって大変そうだなあみたいなところから入りますけど、そのあとですよね(笑)。
飛行機に乗って、席に着くとBGMが流れてますよね。お客さんはすぐビデオを観てたりもする。その後CAさんがアナウンスすると、BGMも止まるし、ビデオも止まる。
──ありますよね。それってそんなに特殊なことなんですか?
あれはそういう仕組みなんですよ。切り替わってるんです。規定上、緊急事態についての乗務員のアナウンスはなにより優先されてお客様に伝えなきゃいけなくて、飛行機がそういう風に作られている。そういう仕組みがうまく作動しないと、僕らは忙しくなります。
──ああ、そこで「ちゃんと切り替わった、ちゃんと動いたな」があるんですね。

そこから始まります。お客さんが全部乗り終わって、ドアが閉じると飛行機が押し出されますよね。CAさんが「本日はご搭乗ありがとうございます」って言ってる間に、エンジンがグーッて回り出すんですけど、機内放送のボリュームが上がるんですよ。それもエンジンの騒音があるからそういう仕組みになってる。
──上がらないと中村さんがまた忙しくなるやつで。
エンジンが回り出して、発電機が定格電圧・周波数まで上がったら、その瞬間に室内の灯りがパチッて一瞬消えます。エアコンも変化があります。それまでエアコンのソースだった圧縮空気がエンジンの始動の方に取られるから止まるんですね。
──さっきのエアコンのくだりですね。第1号にもありましたが、ただエアコンが止まったんじゃなくて、エンジンに空気がいってるというすごい大きな背景なんですよね。
飛行機という異質なものを安全に飛ばすという仕事

──この本がすごくおもしろいのは、「エアコンの仕組みは普通こうだ」で一回感心させてから「でも飛行機のエアコンはこうなってる」ともう一回あるんですよね。「飛行機ってすごく変な状況だ!」ってびっくりしました。
高い高度を飛ぶときは中の人が呼吸をするために機内の気圧を高くする。そうすると飛行機は風船のように膨らむんですよね。夏は暑くても上に行けばマイナス40度ぐらいの世界だったりしますし。
──地上にいる時とこんなに差がある乗り物もないですよね。他にどんなところが特殊ですか?
具合が悪くなった時に停まれないのが一番大きいですね。だから自分が担当した飛行機は確実に空港へ帰ってくるっていう自信がないと飛ばせない。
──とっても重大ですが、そんな確信ってどう得るんですか?
決められた作業を決められた通りにやるのはもちろん大前提ですね。不具合があった時に定められた手順で修復をして、修復した後に定められた手順で正常作動を確認する。基本的なところですけどね。

──そもそも飛行機整備の世界がよくわかっておらず。整備士の方は具体的に何をしてるんですか?
私が長くいたのは「運航整備」ですね。朝飛んだ飛行機が夜帰ってきて、翌朝また飛ぶまでに飛行機のお世話をします。他にも「点検重整備」といって車でいう車検みたいな部門もあって、飛行機を格納庫に入れて、バラバラにして点検と修理しますね。
「エンジン整備」という部門もあって、定期的にエンジンを下ろして分解工場で分解して、清掃、修理、組立てて、性能試験をして出荷するところですね。
──えっ、エンジンをバラバラに? そんなおおごとなのはメーカーがやる作業じゃないんですか?
自社でもやりますね。電気装備品や脚(タイヤなどのランディングギア)も専門に整備をする部門があるんです。私自身は入社後、点検重整備に5年いた後、定年までずっと運航整備でしたね。
飛行機整備の世界はずっと勉強が続く

──そもそも中村さんが整備士を志したのは?
高校生の時に進路を考えるタイミングで航空整備の専門学校を志望したんですよね。家が名古屋空港の飛行機が着陸侵入をする辺りにあって、今日も飛んでるな、かっこいいなと思ってたんですよ。
──すごい。騒音が、とかじゃないんですね(笑)。整備の学校でこの本にあるような知識を勉強されるんですか?
だけじゃないですけどね。運航整備は飛行機の機種ごとに資格を取らなきゃいけないので、退職するまでずっと勉強でしたね。私は5機種、資格を持ってます。
──音の話とかすごく幅広い知識が書かれてますね。この本にあった記述で「現在ではコンピューターで便利になりました」と書かれてることが多かったんです。コンピュータのことまで勉強しないといけないですね。
昔はほんとに機械式でしたけど、今は電子制御で安定した性能を簡単に発揮してくれるようになりましたね。車のアクセルを踏みすぎた時の衝突防止装置みたいなのが飛行機にあって、パワーを出しすぎた時に今までエンジンが壊れてたのが、コンピューターで制御されるようになりました。
整備も昔は知識と経験と勘でやってたものが、「ここが悪いですよ」って飛行機が喋ってくれる(※示してくれる)ようになりましたよ。「わかったわかった」ってやるんですけども。
──この飛行機は面倒だな、とかあるんですか?
MD-90という機種がありましたが、こいつは言うことを聞かない飛行機で(笑)。もう、すぐへそ曲げるんですよ。当時の新しい技術をふんだんに盛り込んだ飛行機なんですけど、画期的なシステムを採用したが故にすぐに壊れるという(笑)。
──飛行機に対して人っぽく語りかけるのは整備士あるあるですか?
どうなんでしょうね(笑)。「今日は機嫌悪いな、お前は」って私は声をかけたりはしていましたけど。そこは人によるでしょうね。

──この本、難しさがちょうどいいところにありますよね。真剣に取り組んだら読める、くらいの。
頑張って読んだら理解できるかなっていうレベルのものにしようとは思ってましたね。知的な読み物として面白がってくれた人が多かったから話題になったんでしょうけど。
基本的な考え方はこうですよっていう理解をするために、いい内容になってるという自負はあるんですよ。若手の整備士たちは飛行機のライセンスを取る勉強をするんですけど、その際に僕の本が参考になるというんですよね。
実際に整備訓練で参考にしてもらったり、他社に行った昔の同僚からうちの会社でも使わせてくれって言われたりね。
──エンジンっていうのは自分が思うにこういうことなんだ、みたいなこと書いてましたよね。それって全部を理解してないとなかなか言えないことだなと思って。
結局は深く理解したことしか書けないですから。結局理解したところ、深く理解したところだけを書いていってるという感じなのでね。
──その理解を私達はおすそ分けしてもらってるようですね。とてもおもしろかったです。
おわりに

ヤバい紙がある! という見た目とはうらはらに、純度100%の知的で誠実なペーパーでした。
考えてみれば、スマホにしてもエレベーターにしても世の中にある技術って、こうした高度な専門技術が複雑にからみあってるのが「見えない」ことになっていますよね。難しいこと意識しなくて済むからありがたいんですけど、ちょっと置いてけぼりにされてるようにも感じることも。
でも中村さんのような人にこうした仕組みの一端を教えてもらえると、私は安心して人類をやっていける気持ちになります。ぜひ高松空港や書籍でご一読を。
撮影:Hide Watanabe(@sumhide)










































