
全国各地にある、土地に根付いた本屋さんは、きっと街の「いい楽しみ方」を知っているはず。そこで、全国の本屋さんに「この土地で読むのにぴったりの本」と「買った本を携えて訪れるのにぴったりの場所」を教えてもらった。

今回おすすめスポットを教えていただいたのは、京都府左京区にある「ホホホ座 浄土寺店」の山下賢二さん。
山下さんは、外壁に軽自動車が突っ込んでいるという独特な外観の名物書店「ガケ書房」を2004年にオープン。小沢健二さんなどの多くのアーティストや、全国の本好きに愛される店だった。2015年には同じ左京区内に店舗を移転、「ホホホ座」と名前を変えて新たにスタート。現在では、ガケ書房時代からのファンはもちろん、左京区の地元の人たちにも愛される店となっている。
本だけではなく、作家ものの雑貨、生活雑貨や文房具、衣類など、幅広い商品を揃えているホホホ座浄土寺店。
「以前はメディア向けの言葉として、ホホホ座浄土寺店のことを『本の多いお土産屋』と紹介していました」
『本の多いお土産屋』とは、どういう意味なのか。
「たとえば東京から来た人が、京都市左京区にあるこの店で、結局、東京に関する本を買って帰ったとする。でもある日、ふと本棚にあるその本を見たときに、『そういえばホホホ座に行ったな』と、京都の空気感や、その日の天気、交通機関のこと、店の人と話したことを思い出すかもしれない。そういった記憶も全部含めて、その本にまつわる思い出がついてくる。つまり、本の内容に関係なく、もっと言えばどこでも簡単に買える本でさえも、その店で買ったという事実がその町のお土産になるんです。
ネットショップはワンクリックで自宅まで商品が届きます。便利ですけど、モノにまつわる思い出はついてこない。
現場に行ってものを買う行為は、どんな商品であれ、その地域がどこであれ、等しくお土産として成立するんじゃないか。『本の多いお土産屋』という言葉には、そういったニュアンスを込めています。まあ、来店したお客さんに『ここ何屋さんなの?』と聞かれたら、普通に『本屋です』と答えますけどね。お互いめんどくさいだろうから(笑)」

京都府左京区で配布されている「左京ワンダーMAP」。ホホホ座の自店紹介文は「目的じゃなかったものを買って帰ってください。多分、その方がその日を思い出すための素敵なお土産となります。」
いい塩梅に不便な左京区に根付く「令和版・まちの本屋」

春には桜が満開となる、哲学の道
ホホホ座のある左京区は、近くに銀閣寺や哲学の道がある観光スポットにもなっている地域。
近くには大学が4つあり、学生や学者も多く住んでいる。
「大学進学と共に左京区にやって来た学生で、卒業後も長く住み着く人もいます。だから、生まれも育ちも左京区の人だけで固まっているわけではない。観光客も多いから、日々、国内外からたくさんの人が出入りする。そう言った意味では風通しがいい地域だと思います」
山下さんいわく、左京区の一番の特徴はJR線が通ってないところ。京都駅からホホホ座まで辿り着くには、私鉄やバスを乗り継いで行くしかない。
「それもあって、大きな開発が起きにくい気がしています。新旧含めた個人店が生き生きと営みを続ける、いい塩梅に不便な場所です」

ホホホ座は住宅街のなかにある書店だ。
新聞の切り抜きをもったおばあちゃんが「この本ない?」と探しに来たり、『コロコロコミック』を買いに来る子どもがいたり。山下さん自身が雑誌の配達も行っている。
そんな「まちの本屋」として機能するいっぽうで、洋書やさまざまなZINEなど、インディペンデントな本も数多く置かれている。
ホホホ座 山下さんが教えてくれた、京都のお気に入りの場所
法然院

ホホホ座から歩いて、哲学の道を超え、徒歩約7分のところにある「法然院」。浄土宗の開祖である法然上人にゆかりのある寺院だ。
茅葺屋根の山門、秋は紅葉が美しい木々たちや、2018年の台風により倒れた巨木が時と共に苔むし、むしろ存在感を放っている庭園など、院内を歩くだけで心が癒されそうな場所だ。
「街のなかにある森林のような場所です。散策に行くだけでも気持ちがいいと思います。
院内には、谷崎潤一郎や稲垣足穂などの著名人の墓もあって、蔵をリフォームしたギャラリーが併設されていたり、音楽のコンサートやライブも企画されています。そういった、文化的な雰囲気の、見所のたくさんある寺院ですね」
住職は、『ありのまま~ていねいに暮らす、楽に生きる~』(リトルモア)などの著書もある、梶田真章さん。
法然院
京都府京都市左京区鹿ケ谷御所ノ段町30番地
ジュネス

ホホホ座から少し歩いて約17分(バスを使用すると10分〜15分ほど)。
お腹を空かせて行ってほしいのが、カフェレストラン「ジュネス」。京都大学からもほど近いため、学生からも愛されている創業50年以上になる名店だ。
分厚い、バターがじんわり染み込んだトーストも人気だが、山下さんが好きなのはお店の名物メニュー「ハンバーグ」。
「普段は全然食べないんですけど、ジュネスのハンバーグだけは食べたくなる。ナイフを入れると透き通った肉汁がドボドボと出てくる手作りのハンバーグ。これがとても好きなんです」
ジュネス
京都府京都市左京区北白川堂ノ前町38-1
光兎舎
ホホホ座からだと歩いて5分ほど歩くと見えてくる、木材が外壁に貼られた建物。控えめな看板で、最初はなんのお店かわからないかもしれない。
「『光兎舎(こうさぎしゃ)』は、1階がギャラリー「KOUSAGISHA GALLERY」、2階が菜食カフェレストラン「菜食 光兎舎」になっていて、ご兄弟で運営されています」

「菜食 光兎舎」は、ヴィーガンメニューを存分に楽しめるレストラン。京野菜の聖護院かぶらを使ったポタージュ、店主の加藤祐基さん自ら摘みに行った花わさびを使用したメニューなど、その時の旬の食材をお酒と一緒に楽しめる。

20205年5月まで行われていた、加藤智哉さんの個展『水分の日』の様子
「KOUSAGISHA GALLERY」は、世界的な評価も高いアーティストの加藤智哉さんが運営するギャラリー。国内外の作家の企画展を開催している。
現在は、フォトエッセイ『喫茶店の水』の著者でもある、画家のqpさんの個展「白鳥日記」を開催中(2026年5月27日~6月14日)。
優しく太陽光が入るギャラリーは、昼と夜で作品の印象も違って見えるだろう。
光兎舎
京都市左京区浄土寺上馬場町113 木のビル
ホホホ座 山下さんが選ぶ、おすすめ本 2選
『写真うつりを真剣に考える』今井夕華 著

編集者で、バックヤードウォッチャーの今井夕華さんによる、自主制作のZINE『写真うつりを真剣に考える』。
ポーズがなんだかダサくなる、カメラを向けられると照れてしまう……。誰もが写真を気軽に撮れるようになった今、多くの人が抱くであろう悩みや疑問が、極めてユーモラスなノリで、しかし真剣に検討されていく。ラストには、資生堂のスタジオでプロに撮影してもらうというゴールが待っているが、果たして写真うつりはどこまで変わるのかーー?
「僕がこのZINEの何が好きかというと、著者の今井さんの力の抜け方なんですよね。たとえば、冒頭の『この冊子の大前提』というページに、こんなことが書いてある」
この冊子の大前提
・私の写真がいっぱい出てくるけどごめんね
・私もあなたも、みんな素敵
・何が上とか下とかじゃない
・私が美人なのはもう知っているので、外見じゃなくて、試行錯誤しているという努力を褒めてください!
(『写真うつりを真剣に考える』「この冊子の大前提」より一部抜粋)
「なんの衒いもなく、ごくごく自然に『私が美人なのは知っているよ』と書ける、素敵さ。気持ちがいいですよね。
男女関係なく、みんながスマートフォンで写真を撮ったり撮られたりする時代。僕も写真を撮られるのが苦手なんですが、そういう人ってけっこういると思う。ぼんやりと疑問に思ったりモヤモヤしていたことを、突き詰めて実践してくれているのが面白いなと。
そして、やっていることは真面目なんだけど、不真面目な書き口で、ちょっとおちゃらけて紹介しているのが、僕は最高に好き。おすすめです」

表紙が「before」、裏表紙が「after」になっている
『写真うつりを真剣に考える』
今井夕華 著
https://hohohozazaza.stores.jp/items/69fc33d516b4e9d073ff6cfc
『本屋の人生』伊野尾宏之 著

でもあのとき店売で「もういやだなこの仕事……」と思ったからこそ、今のここまでつながった気がするんだ。
あのときやめずに続けたことが正解だったのか、それはわからない。
ただ、「本屋ってありがたいな」ってこと、いや「本屋って最高だな」ってことが、思ったよりたくさんあった。
こんなんなってもまだ「楽しい」っていうのはさ、どこか取り憑かれたんだろうね。本屋って仕事に。
(『本屋の人生』より)
昭和32年に、家業の材木屋をたたみ、「伊野尾書店」を開店した父。書店という家業をとりあえず継いだ息子。そして、令和8年、69年の歴史に幕を閉じることを決意する。「閉店の挨拶」からはじまる、親子二代の本屋の記録。
伊野尾書店は、新宿・中井で長年続いたまちの本屋さん。
前半は伊野尾書店や伊野尾家の歴史、後半は伊野尾書店の日々を綴ったエッセイが綴られている。伊野尾さんの、ささやかな日常に向ける眼差しと、その瞬間を目の当たりにしているかのように錯覚する表現力が素晴らしい。
「この間、著者の伊野尾さんご本人がホホホ座浄土寺店に来てくれました。
伊野尾書店は、新宿の中井で長年続いた『まちの本屋さん』。僕自身、本屋をやっていますが、『本屋の人生』を読んで、すごくわかるな、と思ったんです。
ホホホ座浄土寺店は個人で経営している店なので、よく独立系書店という括りをしていただくことが多いんですが、独立系書店というカテゴリには入れられたくないなと改めて認識したんですよね」
『本屋の人生』
伊野尾宏之 著
https://hohohozazaza.stores.jp/items/69733ccb69659217febe0f73
独立系書店は目指していない
山下さんが『本屋の人生』を読んで再認識したという、ホホホ座のあり方について、もう少し聞いてみた。
「本屋をやっているからには、棚に置く本を選ばないといけませんよね。『本を選ぶ』という行為を挟むと、どうしても知性を感じさせる本とか、オシャレにみえる本を置きがちになります。また、本というのはインテリ要素とインテリア要素があるので、それを置くことでまるで自分がそんな人間であるかのように錯覚しやすい構造があります。
でも、僕は手垢にまみれた本も置きたいし、猥雑なものも、もちろんお客さんが不快にならないよう気をつけた上でですが、ちゃんと置きたい。商品とお客さんの幅を狭めたくないんですよね。
前身であるガケ書房って、イタい(笑)外観のお店だったんですよ。店から車が半分突き出していて、石垣があって、店のなかがまったく見えない造り。当時は若者を相手にしようと思っていたのでそれもある意味間違っていなかったんですが、のちのち反省したんですよね。小さい子どもと年配の人が怖がって入って来れないから。
今のホホホ座浄土寺店は、ガラス張りだからみんな入って来てくれます。最近の僕の課題でありメインテーマは、いかに情報弱者な方にもお店に来てもらうか。だんだんそれができはじめているので、よしよしと思っています」

ガケ書房の外観
「棚づくりの話に戻ります。僕の小さい頃通っていた本屋さんはいわゆる町の本屋さん、総合書店だったので、子どもの本もコミックスも置いてあるし、雑誌もあり、ビニ本(アダルト本)も置いてあった。近寄りがたいエリアだったけど、時々こっそり見たりしていた。
別にそういった本を置きたいというわけではないんです。でも、それくらいの自由度というか、商品の幅がある店にしたいなと思うんですよね。
それとね、うちだから輝く本というのがあるんですよ。大きな総合書店に置かれていたらカテゴリごとにエリアが分かれているから、好きな人しかその本を買わない。でも、うちみたいなごった煮の店に置かれることで、いろんな人が自分なりのおもしろがり方をして買っていく。急にそこに違うジャンルの本が1冊だけ置いてる違和感とかで付加価値を感じて買ってもらう。そういうのが面白いと思うんですよね」
書店の数が減っていくのと反比例するように書店のことを取り上げる記事は昔よりも増えて、そこでは「厳選された良い本が置いてある本屋」という文脈で紹介されている記事を多々見かけるようになりました。
「うちには良い本だけしか置かない」と語ってる店主の方もいました。
伊野尾書店をやっていく上で、あるとき私も自分の店をそういう方向に持っていかないといけないのか? と考えたことがあります。
良い本だけが揃った、良い本屋。
無理だな、とすぐ思いました。
それは違うような気がしたのです。
(『本屋の人生』より)
書店の「センスのよさ」とは
「『センスがいい』という言葉がありますけど、その意味が一面的になりすぎているんじゃないかなと以前から思っています。センスがいいと言うと、シュッとしている感じ、自分のナルシスティックな世界観を再現できていることだってイメージがついてしまっている。
だけど、センスがいいっていうのは、日本語では『筋がいい』ってこと。それは例えばファッションがダサくても野球のセンスがいいとか、本来はそういう、その人の『適性』の部分。また『ウィットに富んでいる』ことだと思っています。おしゃれの語源である、洒落が効くとか、洒落がわかるとかという意味ですね。
例えばコメントを求められた時に、ちょっとウィットに答えられる人の方が僕は魅力的だし、面白いと思う。初期のビートルズのインタビュー映像とか見たことあります? あの人たち、インタビュアーの質問にほとんどジョークで返しとるんですよ。ジョン・レノンが一番ひどい(笑)。
でも、それって、自分たちのやっている音楽に自信があって、音楽が自分たちのメッセージだということは揺らがないから、インタビューではむしろジョークで表現する方が、自分たちという存在がより広まると思ったのかな、なんて想像しますね。そういう姿勢が僕は好きです。
画一的なものの見方をしない。多角的に捉えられるようにする、人によって違う感想が持てるようにする。そういうことは、お店のなかで具現化していきたいと思っています。
うちは大手取次と契約しているので、仕入れられる本が多い(※)。であれば、やっぱりバラエティに富んだ本を仕入れないとダメだし、そうしたいと思っています」
※「独立系書店」と呼ばれる書店は、大手出版取次と契約せず、小取次や版元や著者から直接仕入れをしている店も多い。そのため、取次経由でしか入荷できないもの(雑誌やコミック、NHKテキストなど)も多い。
山下さんが書店をやるにあたって、二大ルールにしていることがある。
ひとつはお客さんを不快にさせないこと。
もうひとつは、自分の思想だけで仕入れる本を足切りしないこと。
「たとえば僕が菜食主義者だとしても、ベジタリアンの本の横に、肉の本を置かないとやっぱりダメだと思うんです。自分がやっている本屋だけど、自分の思い通りになる世界にしない。意見の違う人とも生きていきたいですからね」
同じ本でも、買う人によって見え方が違う書店、ホホホ座浄土寺店。あなたは、ここでどんな本を手に取るのだろうか。京都に足を運ぶ際には、ぜひバスを乗り継いで向かってみてほしい。

ホホホ座 浄土寺店
京都市左京区浄土寺馬場町71 ハイネストビル1階















































