夜の福井で「ひとり飲み」を検索すると、必ず名前の挙がる店があります。

繁華街・片町のはずれ、5階建てビルの最上階にひっそりと佇む「Agit(アジト)」。看板に「Bar」の文字はなく、代わりに掲げられているのは「drink. eat and chat」というフレーズ。言葉どおり、呑んで、食べて、そしておしゃべりを楽しむための小さな空間です。

この店を訪れた人が口をそろえて語るのは「偶然の出会いの楽しさ」。常連客も出張客も旅行者も、カウンターに腰かけているうちに隣同士で言葉を交わし、「気づけば仲良くなっている」ことは日常茶飯事です。

そんな「偶然」の中心にいるのが、ダンディな白ひげが印象的な「クマさん」こと、マスターの相上直樹さん。溢れる言葉で場を和ませる語り口は、初対面のお客さん同士でさえ自然な会話へと引き込みます。

「ぼくのおしゃべりって、小学生の男の子が学校から帰ってきて、ねえねえお母さん! 今日学校でね! って話しかける感じに近いんですよね。63になった今でもそう。しゃべりたくてしょうがない」

しかし、そんな親しみやすさとは対照的に、かつては極度に内向的だったというクマさん。彼は一体どのように自分を開放し、地元の名物マスターとして出会いと偶然をつむぐ存在になったのでしょうか。

30年間変わらず続く独自の経営哲学とともに、偶然を味方につける人生の智恵を紐解きます。

話を聞いた人:相上直樹さん(クマさん)

1962年福井県生まれ。バー勤務を経て、1996年に福井市片町に「Agit」をオープン。「drink. eat and chat」をコンセプトに、多くの人々の出会いが生まれる「場」を提供し続けている。

 

30年間「おしゃべり」を続けるマスター

隠れ家感があって雰囲気のあるお店ですね。ただ、普段あんまりバーに行き慣れてなくて、ちょっと緊張してます……。

はははは。うちは堅苦しい店じゃないから安心していいですよ。バーっていうか、ただ飲んで、食って、おしゃべりする場所だから。そんなことより、何か飲みます?

えーっと、じゃあ生ビールもらってもいいですか? 料理もおいしそうだし、思ってたよりも安いから色々頼みたくなっちゃうな。

ありがとうございます。いまでこそ物価上昇の煽りで少し値上げしましたけど、開店当初は食べ物も飲み物も全部1000円以下で頑張ってたんですよ。ぼく自身貧乏だった時期が長いから、そんな人でも気軽に来られる店にしたくて。

酒飲みにやさしいお店……。じゃあせっかくなのでピザとパスタ一つずつお願いします。実は今日、福井出身の友人に「福井の夜はAgitのクマさんなしでは語れない」って教えてもらって来たんですよ。

誇大広告(笑)。ただの場末の飲み屋の親父ですし、そんなふうに言ってもらえるのは、正直いまだに不思議なんです。でもまあ、気づけば今年で30年目。薄氷の上を歩くようにやってきたのに、なんだかんだで生かされてるのはありがたい話で。

ご出身は福井なんですか?

ええ、生まれは今でいう芦原(あわら)温泉駅の近くです。そこで家業の絹織物の仕事を手伝ってたんですけど、並行して当時通ってたバーでも働くようになって、そこから独立するかたちで今に至ります。

絹織物の世界からバーとは、面白い転身ですね。

偶然の積み重ねですかね。あ、そういえば「クマ」って呼ばれるようになったのも偶然なんですよ。昔サーフィンしてた頃、突然先輩から「おい、熊五郎!」と呼ばれたのがきっかけで。最近はひげも白くなったし、自分でも「ツキノワグマです!」なんて言って笑いをとってるんですけど。

でもほんと風貌とあだ名がぴったりすぎるというか。それにしてもクマさんって、楽しそうにお話されますね。なんか癒されます。

それならよかったです。ぼくのおしゃべりって、小学生の男の子が、夕飯の支度で忙しいお母さんに「ねえねえ! 今日学校でね!」って一方的に話しかける感じに近いんですよね。お母さんは「はいはい」って返しながら、あんま聞いてないっていう。

聞いてますよ、聞いてます。

でも不思議なことに、そうやってペラペラしゃべってると、最初は「はいはい」って聞いてるお客さんが、「え、それってさ」って感じで、自然と会話に入ってくるのが面白いなあと。そのうち、だんだんお客さん同士も会話を始めて、いつの間にかぼくのことなんかどうでもよくなるっていうね(笑)。

それってすごい才能だと思います。

ぼく自身はただ好き勝手しゃべってるだけで、気づいたら周りが勝手に盛り上がってくれてる、そんな感じなんです。でもぼくはしゃべるのも好きだけど、そういうのを見てるのも楽しくてしょうがないんですよ。毎日いろんな人間模様が見れて、この仕事、ほんと面白いなあって。

 

家業の大借金。そしてagit開店へ

サクサク感がたまらない、薄生地のイタリアピザ

働いていたバーから独立するかたちでお店を開いたと聞きましたが、いつか自分のお店を持ちたいという気持ちがあったんですか?

それも成り行きなんですけどね。分岐点になったのは30歳の頃。ある日親父から「友達がやってる運送屋でトラックの運転手になって仕送りしろ!」って言われたのが始まりで。

父親から出稼ぎを求められたってことですか。

ええ、家業が傾いてたんです。でもトラックの運転手って、正直自分の性格とか興味からすると全然イメージが湧かなかったんですよ。福井を出たいとも思ってなかったし。だからそう言われた瞬間、なんかシナプスがぴぴぴぴ! ってなって。速攻でバイト先に「今週一で入ってるシフトを、フルタイムにしてもらえませんか!?」って掛けあったんです。

既成事実として就職したいみたいな?

まあ、逃げ道を作ったみたいなところはあったかもですね。ただ、親父がお金に困っていたのは間違いなかったんで、自分にできることはやらないと……とは思ってました。実家に居させてもらう代わりに、給料のほとんどを家に入れてましたし、昼間は家業を手伝うからと。

それは立派な行動だと思うんですけど、昼も夜も働くって……めちゃくちゃ大変じゃなかったですか?

って思うじゃないですか。 でもぼく、バーで働くのは全然苦じゃなかったんですよ。タダでお酒が飲めて、お客さんと話して、しかも給料まで出る。むしろ「ここは天国ですか?」って感じでしたね。まあ、若さと体力があったからこそできたことでもありますけど。

なるほど。水が合ったんですね。

でも、話はそこで終わらなくて。1年くらい経った頃、今度は親父が「もう会社を畳む」って言い出したんです。「やってもやっても借金が増えるばかりだ」って。それで恐る恐る「どのくらいあるの?」って聞いたら、「ざっくり8000万」って。

8000万!!

終わったって思いましたね。こりゃ一生結婚とかできないかもしんないなって。究極、親父の借金自体は、自己破産すれば済む話ではありました。でも、親戚からお金を借りてることも知ってたので、長男として知らん顔するわけにはいかなかった。それで、自分で商売をやって這い上がるしかないなと腹をくくったんです。

なるほど。それがこのお店を開くきっかけになったんですね。

ただ、そうは言っても、すぐに店を始められるお金なんてないわけですよ。そこから、一切飲みにいかない、飯も食いにいかない、洋服も買わないっていう、まさに爪に火を灯すような日々が始まって。それで、3年間で何とか350万円貯めて。

3年で350万。開業資金としては足りたんですか?

本当は1000万くらい用意したかったんだけど、そうもいかなくて。ただ、担保になるような資産はまるでないし、同居してる親は借金まみれ。銀行で貸してもらうのははなから諦めてました。

最終的にどうなったかというと、母親が400万、貸してくれたんですよ。「返してもらわなきゃならないけど、いくばくかの老後の蓄えがあるから」って。それを元手に、34の時にこの店を開いたんです。

 

陰キャから名物マスターへの変貌

人生ドラマだなあ。でもそんな状況で、よく決断できましたね。

幸い親から頑健な身体をもらったんだから、もしダメだったら肉体労働でもなんでもやるって思ってましたね。あとは、バーで働いてたときにお客さんや店長が、「お前はすげえ面白いから大丈夫。修行なんてしなくていいから今すぐ店を出せ!」って持ち上げてくれてましたから。

それはすごく勇気づけられますね。

自分の性格的に持ち上げられると「期待に応えたい!」って思ってしまうところもあって。ただ、当時「クマは絶対に大繁盛店をつくる」って言ってくれてた人が、「おれの予想が外れることはめったにないのに、これだけは外れた」って言ってたらしいですけど。

(笑)。でも30年近く続いてるわけで、その人の目利きはある意味間違ってなかったんじゃないですか。

どうなんですかねぇ。でも、この仕事を心から楽しめる才能はあるかもしれないですね。さっきも言ったように、経営的には超低空飛行ですけど、こうやっておしゃべりできるのは昔も今も変わらず楽しいし、毎晩のように思いがけない出会いや会話が転がり込んでくるのも楽しい。予想もしなかった展開が起きて、それに乗っかって笑ったり驚いたりできるのがたまらなく刺激的なんですよ。

まさにこの仕事がクマさんにとっての天職だったと。

まあ、もうちょっとうまく稼げてたらそうかもしれないですね。目の前でこんなにも面白いヒューマンドラマを見させてくれる仕事、そうそうないだろうなって思うから。

そもそもクマさんはどういうきっかけでバーに通い始めたんですか?

最初は知り合いの洋服屋の店長に連れて行ってもらったんですよ。ハタチくらいかな。友達はスナックとか通ってたけど、ぼくはバーの方がなんかかっこいいなと思って、だんだん一人でも通うようになりました。

バーに一人で行くのは、緊張しなかったですか?

それはもう、初めの頃はガチガチでしたよ。ドアの前で「ふーーーーーー」ってひと息ついてからじゃないと入れなかった。お酒も、先輩に教えてもらったオールドグランダッドっていうバーボンしか知らなくて、飲み方は常に「オンザロック」。謎のハードボイルド幻想にとらわれてました。

クマさんにもそんな初々しい時代が。

でもそうやって毎週のように通ってるうちに、最初は「いらっしゃいませ」ってかしこまった感じだったマスターともなじみになっていって、ある日「クマ」って呼んでくれるようになったのはうれしかったですね。ぼくも店の一員になれたんだなあっていう。

そうやって常連になっていく過程で、自分を開いて話をすることも自然とできるようになっていった感覚がありますね。というのも、それまで全然こんな風にペラペラしゃべる感じじゃなくて、どっちかっていうとかなり「陰キャ」だったんで

え、そうなんですか。想像できないです。

10代の頃なんか、女の子としゃべるのが恥ずかしくて、全然話なんてできなかったです。男友達の輪の中に女の子が一人でも混じると固まっちゃってね。自己肯定感が低くて、女の子に告白されても「もっと他にいいやついっぱいいるやろ」って門前払いするような輩でした。

こういっちゃなんですけど、かなりこじれてますね……。

その一方で、教室の隅でみんなの話に聞き耳立てて「おい、そこはこう言えば笑い取れるのに!」とか、心の中でツッコミを考えてるようなヤツでもありましたね。面白いことを考えるのは好きだったから。

いまだにそうなんですけど、ぼくの頭の中には「ぼくA」と「ぼくB」がいて、そいつらがあーだこーだと絶えず話を続けてるんです。自分を客観的に見てるというと聞こえはいいけど、複数の人格が自分の中に存在してる感じ。それが若い頃は噛み合ってなくて、自分をうまく表現できなかったんだと思います。

それがどうしてバーだと自分を表現できたんですかね。

なんでしょうね、みんな何かしらポンコツなところを持ってるんだって知ったからじゃないですかみんな愛すべき社会不適合者だなあって。そんなのをたくさん見てたら、自分を出すことなんて怖くなくなっていきますよ。

ただ、ぼくって複雑な性格してるなと思うのは、根は陰キャなのに、まわりから「役割」を与えられると、めちゃくちゃ燃えるところで。実は小学校では生徒会、中学・高校では応援団長で、しかも両方とも優勝してます。

なんだか相反している感じはありますね。

まあ、きっかけは友達に担がれたりで基本的には受け身なんですけどね。自分からは絶対に手を挙げないし。でも一度役割をもらうと、まるで自分の中のスイッチが入ったかのように全力で動いちゃう。そうやって少しずつ自分と外の世界をつなげていったのかもしれないですね。

偶然に身を委ねて、世界を広げてきたと。

そうかもしれない。考えてみると人生って結局そういう偶然の連続なんだろうなって。自分で計画して進めることより、思いがけないタイミングで回ってきた話に「まあ、やってみるか」って乗っかる方が、案外うまくいくことって多いんじゃないですかね。

 

「暇」がもたらすセレンディピティ

一口食べればまたお酒が進む、のりとわさびのスパゲッティ

クマさんのその「偶然性」をしなやかに受け入れる力って、どこから湧いてくるんですかね?

それで言うと、実は最近マイブームの言葉があるんです。「セレンディピティ」といって、ふとした偶然を素敵なものに変える力のこと。よくよく考えてみたら、うちの店ってセレンディピティの宝庫だよなあって。

セレンディピティの宝庫。たとえば、どんなことがあったんですか?

ある夜ね、見慣れない女の子がふらっと入ってきたんです。観光かなと思ったら、大阪から「観光地じゃない、福井の面白いところを探しにきた」って言うわけ。3分経たないうちに心を鷲掴みですよ。「面白いね、君!」って。

話してたら、彼女が「人と企業を結びつける仕事」をしているって言うんで、次の日、なじみの店で一緒にカレーを食べたり、地元のバーベキューに連れて行って、福井で似たような仕事をしている子を紹介したんです。そしたら数週間後に、その福井の子が、彼女の会社に見学に行くことになって。

へえ! すごいご縁ですね。

そう、しかも話はそこで終わらなくて。彼女、この一連の経験を「セレンディピティ」の研究者に報告したらしいんです。そしたら気づけばぼくもその方とつながっちゃって。今、一緒にトークセッションを企画する話まで進んでいるんです。

セレンディピティの連鎖が止まらない。

こないだも、ちょうど「うちの店のお客さんに恐竜博物館の研究員がいるんだよね」って話していた直後に、その本人が数ヶ月ぶりに来店したんですよ。しかもその場に、翌日恐竜博物館に行く予定だったお客さんもいて、貴重な話を聞けたりして。こういうことが、日常茶飯事で起こるんですよ。

夜が深まるにつれお客さんが集まり、活気づく店内

どうしてクマさんの店では、そんな奇跡めいたことがたくさん起こるんですかね?

うーん、なんででしょうね。一つあるのは「暇」ってことかもしれないなあ。

暇、ですか?

これはね、ぼくが県外のお客さんによく言うんですけど、もしうちの店が繁盛店だったらどうでしょうって。せっかくGoogleマップ見て来てくれたのに、ぼくは業務に追われて全然喋ってる暇もなくて、結果、お客さんは誰とも話せずつまらない気持ちで帰ることになる。

ところが、うちの店は暇だから。2時間、ぼくとマンツーマン。2時間後には、お互いにあだ名で呼び合うようになってる。だからね、うちの店のいいところは「暇なこと」なんですよ。

今の時代、みんな忙しすぎるじゃないですか。効率化が進んで、スマホの予定はぎっしり。それじゃあ偶然が入り込む隙間がないですよ。でもね、あえて「偶然」を許してあげると、ちょっとした一言や出会いが意味を持ちはじめる。

さっきの大阪の女の子の話も、まさにそうですよね。

そう、全ての起点は彼女の一言なんです。「観光地じゃない、福井の面白いところを探しに来ました」って、あの一言。あれがターニングポイントで、その後に続くセレンディピティの連鎖のトリガーになった。

振り返ってみると、ぼくの人生もそんな偶然の連鎖だったように思うんですよね。その時々で少し肩の力を抜いて「まあ、自分なりにやってみるか」と受け入れてきたから今がある。

だから小難しいことを考えずに、みんなもっと流れに身を任せちゃえばいいんですよ。もちろん効率や計画も大切だけど、たまにはうちみたいな店でバカ話をして、無意味な時間を過ごしてみる。そこから、思ってもみなかった扉が開くことだって、きっとありますから。

なるほどなぁ。今の時代において、「無意味な時間」って、実はこの上ない贅沢なことなのかもしれませんね。じゃあクマさん、これからもずっと暇な店であり続けるのが理想ですか?

いやいや、本当に「ずっと暇」だったら店が潰れちゃうから(笑)。別に大もうけしようなんてことははなから考えていないけど、「ほどほどに暇」なのが理想。でもまぁ、世の中そんなに都合よくはいきませんから。引き続き、低空飛行でがんばりますよ。

 

Agit(アジト)

福井県福井市順化1-10-15 サエラビル 5F
0776-21-9980
火曜日定休

https://www.instagram.com/agit19961220/

https://www.instagram.com/agitkuma/

構成:根岸達朗