
山小屋アルバイトがきっかけで、編集者を目指すようになった岡部ベイコです。

もともとは大学病院の看護師をしていたのですが、コロナ禍の忙しさにスタッフが次々と退職。命をつなぐギリギリの人数で回していたので、必要最低限のケアしかできない現状にモヤモヤしていました。爪を整えたり、髪を綺麗にしたり、尊厳を守る大切なケアがこぼれ落ちてゆく……。
あの頃、病院は余裕がなくてピリピリ。スタッフ同士の小さな感謝や支え合いが消失し、モチベーションは地の底へ。
人間の感情ってポジティブなものだけではありません。八つ当たりの怒りとか、ずるさとか、卑しさも含めて「人間らしさ」だと思うんです。
とはいえ自分が限界だと受け取れない……。人間嫌いになっちゃいそう……。
ちょっと待って、一回深呼吸させて!
そう思って働いたのが山小屋でした。駆け込み寺ならぬ「駆け込み山」。

見渡す限り山しかない
小さな小屋から一歩外に出ると広がる大自然、そこで四六時中生活する「人間まみれ」の日々。自然に癒され、職業も年齢も関係なく衣食住をともにした結果、さらに人間がだい好きになりました。
さて、そんな山小屋アルバイトの経験は、その後の人生にかなり影響があると思うんです!
私の知っている範囲でも、生き方を変えた人たちはこんなにたくさん。
・アルバイト→登山ガイド
・ゲストハウススタッフ→アウトドアブランド社員
・看護師→カメラマンメインの働き方
・会社経理→電気工事士
・山小屋で結婚し、カレー屋を開いた夫婦
そして私も、看護師から編集会社へ転職した一人。
まさに「その後の人生が変わる」山小屋アルバイト。
でも、なぜそんな変化が? そのことが知りたくて、かつての同僚3人に話を聞きました!
そもそも山小屋アルバイトとは? 仕事内容や生活環境、おすすめの理由

もともと日本の山岳は信仰対象としての側面や、狩猟採取を行う生活の場でもありました。明治初期にヨーロッパからスポーツとしての登山文化が流入し、現在では老若男女問わず楽しめる趣味として一般的に。
山の上は日差しが強い一方で、標高が1,000m上がると気温は約6度下がります。標高0m地点の気温が25度だとすると、富士山(標高3,776m)の山頂では約2.3度! 風が吹くと体感温度はさらに下がります。

9月でも山の上は寒い。ストーブに群がるスタッフたち
そんな過酷な自然環境で登山をする上で欠かせないのが「山小屋」なのです。山小屋は登山者が泊まる場所……と思われがちですが、実際には何でも屋。
登山中の雨は低体温のリスクがあるし、逃げ場がない山での落雷はとても危険!
山に電波がなくても山小屋で天気予報がチェックでき、天気に応じた装備やルート相談もできます。遭難・傷病者が出た際には、県警と連携して手当や救助へ向かうことも。
ある時、登山客の靴のソールが剥がれてしまい、ダクトテープでぐるぐる巻きに補強したことがありました。骨折した足を固定するために、段ボールを添木代わりにしてひと晩過ごしたことも。スーパーもコンビニもないので、あるものでどうにかするしかありません。

美容室もないのでスタッフ同士で髪をカット
山小屋の役割は人間に対してだけではありません。
多くの人が山を歩くことで問題になるのが、登山道の崩壊。崩れた登山道は人間が歩きづらいだけではなく、山そのものにダメージを与えてしまうため、登山道整備(通称:道直し)をして山を守る役割もあるのです。

過酷な環境で必死に生きる高山植物たち 撮影:井上実花
月に1〜2回のヘリコプターで供給される食料も、尽きてしまえば終わりなので、在庫管理やメニューに頭を使います。地上では当たり前にある下水処理もできないので、自然素材の洗剤を使用し、トイレットペーパーは分解されないのでゴミ箱へ。

スタッフ10人前後の食事を毎日作り、大勢で食卓を囲む
そんな場所でアルバイトするスタッフたちは、限られたスペースで共同生活をしつつ一緒に働きます。
バイト時代の私に与えられた個人スペースは布団一枚分。すぐ横には同僚が寝ていて、お腹の音も歯ぎしりも筒抜け。冬は降雪により営業しない小屋が多いのですが、夏季だけの営業とはいえ数週間〜数ヶ月間を家族さながらの濃密な人間関係で過ごすのです。

人間関係が近いからこそ、別れは辛い
ひと夏のあいだ、そんな場所で働く経験はその後の人生にどんな影響が? ここからは3人のインタビューをお届けします。
「毎日風呂に入らなくてもいいのかも」山小屋で価値観が変わった元保育士
経歴
保育士→ゲストハウススタッフ→山小屋アルバイト4シーズン→アウトドアブランド正社員
まず1人目は、元保育士の「ニキちゃん」。山小屋経験によって身につける服への向き合い方や、生活習慣にも変化が出たようです。

保育士時代のニキちゃん
ニキちゃんはもともと保育士だったよね。どうして辞めたの?
当時は保育士のあり方に悩んでいて。自然環境の中で保育する「森の幼稚園」に興味があったけど、まずは自分主体で自然に関わりたいと思ったんです。登山が趣味で北アルプスに行っていたから、松本市のゲストハウスで働くことにしました。
そのゲストハウスに山小屋メンバーが泊まりに来たんだよね。
そう、山小屋の営業が終わってから宿泊してくれて。その出会いがきっかけで山小屋で働くことにしたんです。

山小屋時代。いつでも笑顔で元気いっぱいにお見送り
そのあと、アウトドアブランドで働くことにしたのはどうして?
山小屋で出会った、元南極調査隊の人が忘れられなくて。ボロボロのダウンをガムテープでたくさん補修していたんだけど、すごく堂々と着てたんです。服って単なる消耗品じゃなくて、ストーリーを重ねていくものなんだって衝撃で、それがきっかけでアウトドアメーカーに興味が出ました。
山小屋では資源も限られていたから、穴の空いた靴下を補修して履いていたな。今あるものを大切に使う意識が強くなった。

山の上で靴下は買い足せないので、夜な夜なダーニングに挑戦して補修。自分で直すと愛着が湧く
それと山小屋で「道直し」を経験して、自分たちが生み出したものは、どう処理されて、どこへ行くのかを考えるようになりました。今働いているアウトドアブランドはリサイクル素材を取り入れていて、環境に配慮した取り組みが素敵だと思った。

土に触れ、石を運び、身体を使って荒廃した道を整備する「道直し」
山小屋では沢水や雨水をろ過して飲料水にしたり、し尿を微生物に分解してもらうことで処理したり。インフラが可視化されているからこそ当事者意識が芽生えたよね。
水も燃料も限りがあるって学校でも教わるけど、山では実際に体験するから自分ごとになる。それでいうと「風呂キャンセル」も環境のためだったりすると思ってて。
たしかに山小屋でのお風呂は3〜4日に1回だったけど、ニキちゃんは山に関係なく風呂キャンしているよね!?
以前は風呂=毎日入るものっていう常識があったけど、湯船には150〜200Lのお湯が必要で、下水処理もしなくちゃいけない。そう考えたら、汗をかいていない日も無条件に入る必要はないのかなって。
たしかにエコだけど、シンプルに面倒くさい日もあるでしょ?
もちろんあります!(笑)

休みの日は道なき道を冒険しにでかける
アウトドアブランドの面接では、山小屋経験をどうアピールしたの?
山小屋では環境への負担を真剣に考えつつも、自然の中で思いっきり遊ぼうという意識を大切にもっていた。愛着が生まれるから、山をより大切にしたくなる。
この体験は、接客やファブリックの実用レビューにも活かせると思った。数ヶ月間を山で過ごしたからこそ、装備選びのアドバイスにも繋げられる。山で暮らすという経験が教えてくれたものは大きいです。
逆に、山小屋アルバイトのデメリットはある?
限られた空間でずっと生活をするから、どうしても自分の未熟さを隠せない場面もあって。あと、家族や周りの理解も必要だと思う。「旦那さんを置いて山に行くの?」「子供はいつ作るの?」って聞かれることもありました。
職場の標高が高いだけで、やっていることはただのアルバイトなんだけどね。
山小屋で働かなくても山は大好きだったと思うけど、「自然の中で生きる感覚」がその後の仕事選びの軸になったと思います。
足元を見るようになり、自分の”好き”が輪郭を持った看護師
経歴
病棟看護師→山小屋アルバイト5シーズン→看護師+フリーランスカメラマン
同僚2人目の「いのみん」は、今も看護師を続けながらカメラマンとして活動しています。山の風景や高山植物を5年間撮影し、ついには山荘から写真集まで出版。
しかし、最初は「どんな写真を撮りたいか」が明確ではなかったそう。山小屋を通してカメラへの向き合い方が変わったのだとか。

いのみんが看護師を辞めて山小屋で働くようになったのはどうして?
看護師の中には資格をとって、より専門的な道に進む人もいるけど、私はどうしようか迷ってたんです。そんな時、大好きな山で看護師経験を生かせる道を知りたいと思って。
私も山岳看護師に興味があったけど、食べていくには難しさもあるよね。
※山岳看護師
登山中の傷病者対応や、高山環境での専門的な医療支援を行う。現状はボランティア的側面もあり、仕事として成立させる難しさもある。国内の活動では、日本山岳医師会の資格が必要となる。
変えていこうって動きもあるけどね。今は資格の有無よりも、現場で実際に対応することで知識を増やしてきました。

看護師としての進路に迷っていた頃のいのみん
いのみんは山小屋で働く前から写真を撮っていたけど、変化はあった?
山小屋で働くようになってから「自分が何を撮りたいか」がはっきりしたんです。前は遠くの景色ばかり撮っていたけど、山で生活するようになって“足元の景色”が愛おしくなった。高山植物ひとつひとつの小さな命があって、山が構築されているんだって意識するようにもなりました。

過酷な環境で生きる植物「チングルマ」は一年で0.1mmしか伸びない 撮影:井上実花
あの時期に自然と向き合ったからこそ、前よりも写真がだい好きになって、どんどんのめり込んでる。今は夫と一緒に山小屋のHPをリニューアルしたり、山の魅力をどう発信していこうか考えてます。

三俣山荘から販売中の写真集「野に生きる光」撮影:井上実花
今の生活に活かせているものはある?
山小屋での料理経験かな。実家暮らしで料理しなかったけど、今では毎日のように作ってます。
4年間見てきたけど、すごく上手になったよね!
山小屋は冷蔵庫のスペースが少ないから、「傷んでないかな?」「この組み合わせで何が作れるかな」ってすごく頭を使うんだよね。スタッフ10人前後の食事を交代で作るから、経験値が上がったなぁ。

料理が苦手だった彼女も今では料理上手に
私はキャベツの千切りが早くなっただけなんだけど……。
まあ人それぞれ。あとは、今まで病院、友達、家族だけだった世界が広がったな。山小屋に訪れる人たちは、猟師やイラストレーター、バックパッカーとか、職業もさまざまだけどキャラクターも多種多様だし。色々な人たちの人生観を知って、迷惑をかけなければどんな生き方をしてもいいんだって思えました。
でも、デメリットがひとつだけあって。山小屋1年目で体重が8kg増えて、その後も毎年3〜4kg太ってる(笑)
私も山小屋で太った!
スーパーもコンビニもないからこそ、食べたいものは自分たちで作り出そうという精神が加速した結果、いっぱいスイーツを作って食べちゃったんだよね。

手作りのどら焼き。生米を潰してパッタイ作りに挑戦したことも
娯楽が少ないからこそ「食・酒・会話」が濃くなるよね。もし山小屋で働いていなかったら今頃どうなっていたと思う?
私は山小屋で夫に出会ったから結婚もしていないだろうな。山との関わり方や、撮る写真も変わっていたと思います。山小屋生活が体に染み付きすぎていて、働いていなかったらなんて考えられない!
「仕事に情熱を注げない」と気づき、離島で電気工事士になるまで
経歴
製造メーカーの経理→山小屋アルバイト5シーズン→離島で電気工事士
3人目は、真面目な会社員だった「M」。新卒入社した会社で、経理としてExcelと数字に囲まれながら16年間働いていたそう。しかし、あるときからモヤモヤを抱えながら働くようになっていったと言う。

Mは夏のあいだ山小屋で働きつつ、オフシーズンは旅に出ていたよね。今の自由な生き方からは想像できないけど、16年間も会社員をしていたんだ。
担当業務の変更をきっかけに、仕事に面白みを感じられなくなってモヤモヤしていたんだけど、その時に受けた管理職試験で「あなたはこの会社にどんな貢献ができますか?」って聞かれて。その質問で「会社に情熱を注げないかも」って気づいたんだよね。
当時は会社で働くのが「当たり前」と思っていたから、一般企業への転職活動もした。最終面接で「これから弊社のために活躍してもらえるんですよね?」って確認された時に、自信を持って「ハイ!」って言えなくて。結局不採用だったけど不思議とショックはなくて、むしろ「自分が行きたいのは一般企業じゃなくて山だ」って自覚した。
本当は何をしたいのか向き合うきっかけに。

休みの日は遠くの山まで歩きに行く
山小屋で働き初めてから実家に戻って5年間過ごしたけど、実家は自由に過ごせないところもあるから居心地が悪く感じることもあって。家を出て一人暮らしするとなると山小屋オフシーズンも仕事をしないといけないし。他の山小屋スタッフの中には、オフシーズンは登山ガイドや、お菓子屋さんを営んでいた人たちもいたけど、私には通年稼げるような安定した術がないから悩んだ。
冬の間はスキー場や果樹園などで季節労働をしている人もいるけど、そのつど職探しをしないといけないし安定はしないよね。
季節労働という点は山小屋唯一のデメリットかも。通年働くにはどうしようかと考えて、山小屋がきっかけで電気に興味を持つようになった。

Mは設備周りも担当していた
山には電線がないから、発電機を使って必要な分の電気を作るんだよね。
発電機のオイル交換や燃料の在庫管理もしないといけないし、機械の不調も自分たちで調整するしかない。もっと電気の知識が欲しいと思ったのがきっかけで「第二種電気工事士」の資格を取得したんだ。
正社員キャリアのブランクが5年間あったわけだけど、転職に不利じゃなかった?
暖かい気候が好きで、標高が低い里山も好きだから離島を希望したんだけど、そこはコンビニもスーパーもなくて、商店しかないんだよ。
なんだか山小屋の環境と似てない……?

離島でも自然に囲まれた生活を満喫中
そう! 面接官は、都市部とは異なる環境で働き続けられるのかを重視していたから、山小屋の僻地経験はむしろプラスになった。
山小屋アルバイトをブランクと捉えるか、経験と捉えるかは企業によって違うかもね。
山小屋で働いて一番よかったのは、「当たり前」が崩れたこと。日常にあるインフラが当たり前じゃないって気づけたし、スーツを着て会社員として働く以外にも自由な選択肢が沢山あるんだって思えた。山小屋で働いていなかったら、今でも経理の仕事をしていたかもなぁ。
まとめ

ちなみに、私が看護師から転職したのも山小屋アルバイトがきっかけです。
石の研究者や、スパイス狂、釣り好きなど、山小屋で出会った人たちは好きなことに真っ直ぐ素直に生きている。そんな人たちのことをもっと知りたいし、言葉にしたい。
そんな経緯があって、今は編集者を目指してもがく毎日です。
私は山小屋の厨房でオムライスを作りながら同僚と言い合いをして、最終的に号泣しながらハグして和解したことがありました。次々注文が入るので笑顔は絶やさず、泣きながらもオムライスを作り続けました。30歳を過ぎてこんなことあるの?
上辺ではない関係は摩擦も生むけど、真剣に向き合うからこそ得るものは大きい。人間関係がスマートフォンひとつで完結してしまう現代で、山小屋の体験はとても貴重なのです。
今回取材した3人に共通しているのは、自分の中の「こうあるべき」が崩れたこと。当たり前が通用しない環境でこそ、自分の大切にしたいものが浮かび上がってくるはず。
山の世界に興味が湧いた人は、SNSなんて放り投げて、山小屋へオムライスを作りにいきましょう!


















































