
警察庁の統計によると、2025年の日本では1万9188人が自殺で亡くなった。そんな中、基本的に通話料のみで悩める人の話を親身に聞いてもらえる「いのちの電話」。
最近では検索サイトやSNS、そしてAIなどで「死にたい」などのワードで検索すると相談先として案内されることも多く、「誰も悩みを聞いてくれる人がいない」と嘆く現代人にとっては極めて貴重な存在だ。

実は、いのちの電話の「相談員」は全員がボランティア。そればかりか、お金を出して1年~1年半ほど養成講座を受講し、認定される必要があるという。
報酬がもらえるわけではなく、むしろ自分の時間とお金を費やしてまで話を聞いてくれる相談員。しかし、「その仕組みがおかしいのでは」という疑念の声も聞こえてくる。
・なぜボランティアなのか
・少しでも報酬を渡せないのか
・なぜ自費による1年半もの研修が必要なのか
・国からの助成金はもっと上がらないのか
・「ひどい対応」をされたとの声もあるが
・電話が全然つながらないのはなぜか
そして、最近では相談員が激減している拠点も多く、電話のつながらない状況に拍車がかかっているという。
しかしこうした状況を、運営に携わる人たちが問題意識を持たずに見過ごしているとは思えない。きっと外からは見えていないワケがある。

日本いのちの電話連盟には、全国連盟に加盟している独立した社会福祉法人が50ある。その一つである「千葉いのちの電話」の事務局長・斎藤浩一さんに、外部から寄せられる疑問の真相を語っていただいた。
相談員がボランティアの理由
辰井「そもそも、なぜ「いのちの電話」の相談員は無償なんでしょうか?」
斎藤「心理士や公認心理師、カウンセラーなど、それで生計を立てているプロの方は、報酬をいただく以上、お話をして効率よく“成果”を出さなきゃいけません。お話聞いたら立ち直りましたって」
辰井「たしかに、僕も有料のカウンセリングを受けたことがあり、話を聞いてくれましたが『解決策を考えよう』というスタンスだった気がします」
斎藤「一方、私たちはボランティアで成果を約束できず、基本的にアドバイスなどは一切しません。でも、話してみたら肩の荷が下りてすっきりしたと言ってくださる方は多いんです」
辰井「確かに、まずはただ話を聞いてくれるほうがありがたいことはありますね」

斎藤「かといって普通の人が身の上話を聞くと、その人なりのアドバイスがどうしても出てきてしまうんです。『こういうのはやめて、こうすればよくなりますよ』って。でも、アドバイスは求めてなくて、ただ聞いてほしい人が多いんです」
辰井「訓練されたボランティアだからこそ、“聞く”に徹することができる」
斎藤「私たちは、場合によっては3~4時間にわたって苦しみを抱えた方のお話を聞きます。中には『今から自殺する』とおっしゃる方もいて、何とか思いとどまっていただきたいと願いながら対応しています。そうすると長時間になります。そんなとき、時間もお金も関係ないボランティアだからこそ、話を聞き続けられるんです」
やり玉に上がる「長い研修」は安くてトク?
辰井「『なぜ有料の長い研修が必要なのか?』とよく疑問視されていますが、いかがでしょうか? 」
斎藤「はい。まず、人って『みんな悩んで大きくなった』とかつい言ってしまいたくなるんですが、悩んでいる人に対しては禁句なんです。相手のことを否定せず、受け止められるようになるために、長い研修をするんですね」
辰井「『あなたは〇〇だから××したほうがよい』とか、つい言いたくなってしまいますね……」
斎藤「受け入れる『受容』と熱心に聴く『傾聴』ができるように、『千葉いのちの電話』では1年半の研修期間があります。月に3回ほど来ていただいて、受講料はすべて通しで5万円ほど。 短期大学などでも傾聴の研修コースはありますが、何十万円もかかるんです。民間の話し方教室でも20~30万円はいくはず。
それに比べると、大学の心理学系の教授や、長年カウンセリングセンターで活躍されている一流の先生方から学び、傾聴の仕方が身につくのであれば、それだけでも自分自身にとって大きな価値があると感じる方は多いのではないでしょうか」
辰井「そうか、聞くに特化している教室は世間的にも少なそうですし」

2026年度の相談員募集パンフレットより
斎藤「県や市、国などからも助成していただいているので、これだけの内容を5万2000円(※千葉県の場合)で学べるのは、大きな価値があると思います。人の話、気持ちに寄り添いたい方にとってはいい機会でもあるのです」
辰井「低価格で一流の方から学びが得られる機会でもあるわけですか」
斎藤「はい、聞ける人は話し上手な人になるんですよ。話を聞いてくれてると思うと、相手もこっちの話を聞いてくれるようになるんです」

辰井「いのちの電話では、全国で同じような研修を行っているんですか?」
斎藤「基本的に一緒ですが、各所によって研修の期間が違いますね。1年でやっているところもあれば、1年半のところもあるし、1年の研修と1年の実習を掛け合わせている所もあり、独自に考えてやっています。受講料も拠点によって多少違いますので」
「誰も聞いてくれない話」を聞く
辰井「2024年度、『千葉いのちの電話』への相談のうち、自殺傾向が見られたものは9.8%です。切迫した危機に限らず、幅広い悩みを受け付けているのは意外でした」

千葉いのちの電話 2024(令和6)年度事業報告より
斎藤「基本的には自殺予防が目的ですけど、自殺に至る前の段階で、もやもやしたものがあるなら吐き出していただきます。孤立した方を放置することは、自分の存在意義を悩み始めることにもつながるので、基本的には相談の範囲を絞ってないんです」
辰井「たしかに一人だと、思い詰めてしまいがちです」
斎藤「なので、いろいろな相談がありますよ。隣人が本当にうるさいとか。夫婦の問題も多いんですけど、旦那が全然話を聞いてくれなくてとか、根底には寂しいとか不満があるんですよね。みなさん、誰かに話を聞いてもらいたいんです」

斎藤「相談全体の4割強が、精神疾患の治療歴がある人、治療中の人、あるいはその可能性がある人で占められています。そうした方の中には、なかなか話を聞いてもらえないような方もいらっしゃると思うんですね」
辰井「話を聞いてもらえない、というと?」
斎藤「例えば妄想や幻覚が入ってくると、何をおっしゃっているか最初はわからなかったり、同じ話の繰り返しになったりします。でも、『気のせいですよ』なんて言えません。ご本人は悩まれているわけですから」
辰井「となると、いのちの電話さんが駆け込み寺ですか」
斎藤「『何をおっしゃりたいんですか?』なんてことは間違っても言わないようにしますから。『大変でしたね』とお話を聞いているうちに、だんだん落ち着かれてきて、『もしかしたら私の問題はこういうことなのかもしれない……』と気づかれる方も多いです」
辰井「自分でいろいろ話すことで、自分でその答えを見つけるわけですね」
斎藤「本音で話していただくには信頼関係が必要で、見ず知らずの人との関係では難しいのですが、まずは気持ちを受け止める。それは口調やため息、沈黙の時間でもわかりますし。否定をしないで受け取り続けると、『この人なら聞いてくれる』と思っていただけます」

斎藤「行政機関などさまざまな相談先を利用したものの、納得いく対応がされず、最終的にいのちの電話にたどり着かれる方は少なくありません。そうした意味で、いのちの電話は『最後に話を聞いてもらえる場所』としての役割を担っているのだと思います。
私たちは行政と競合する存在ではなく、それぞれ異なる役割を担っています。行政には制度や支援につなぐ力があり、いのちの電話にはじっくりと話を聴く役割があります。そのため、ご自身が抱えている課題や必要な支援がある程度明確になっている場合には、より具体的なサポートを受けられる行政機関の利用をおすすめすることもあります」
辰井「最近はAIに人生相談する人が増えました」
斎藤「AIは、特に若い方によく利用されていますね。いっぽうで、やっぱり人間の声が聞きたいと電話がかかってくるケースもあります。人間の声の情感はなかなか出せないので」
辰井「そこも役割分担ですね。しかし、AIに相談すると、ちゃんと話は聞いてくれますが、ことあるごとに『いのちの電話に相談してみてはどうですか』と出てくる印象です。まるで“丸投げ”のように案内されるのが複雑な気持ちになることはございませんか」
斎藤「AIで済んでしまえばそれでいいんですよ。それでも足りない人におかけいただければと思います。私たちは、支援の隙間からこぼれ落ちる人を少しでも受け止めようと意識しています」
ネットで語られる「対応の不備」はどこまで本当か
辰井「インターネット上には、『いのちの電話にひどい対応をされた』という書き込みも見受けられます。その訴えを組織としてどのように受け止めていますか。大変な中で応対している相談員さんにも同情しますが……」
斎藤「私たちは『そう思われたら事務局にクレームとしてお電話ください』と言っているんですね。その場合、『千葉いのちの電話』では該当する相談の録音を確認します」
辰井「(千葉では)すべて録音されているんですね」
斎藤「そしておっしゃるとおり相談員の言動に問題があれば『こういう対応は良くない』と教育し、改善に努めています。ただしクレームの半分ぐらいは、相談員の対応上の問題とは言い切れないものや、相談員への個人攻撃に近いものもあります」
辰井「大変だ……」
斎藤「悲しいことに、最近は暴力的な言動の相談も増えているんです。『お前それでも相談員か』とか、『辞めてしまえ』とか、『それで研修受けたのか』とか。中には性的な内容もあります」

斎藤「ただ、そんな時も、『なんでそんなに自分は怒ってるんだろう』と相談者の方が気づいてくれるまでは、こちらも怒っちゃダメなんですよ。ただし、その対応は、一番難しいんです。とくに新人の相談員さんは場数も少ないし、“自分”が出てしまうこともありますよね」
辰井「難しいですね……」
斎藤「ただし、相談員をからかおうとしていたり、あまりにひどい内容の電話は『これ以上聞けないので』と切っていいことになっています」
辰井「相談員の方にストレスがかかりそうですよね⋯⋯!」
斎藤「相談員の方のケアも大切です。大変重い内容の話などを聞いたとき、聞くほうにも“重さ”が残ります。そういうときは電話が終わったあと、同じ相談員に苦しい胸のうちを話すんですよ。そうすると、ふっと消えるんです。あくまで守秘義務を守ったうえで振り返ります」
辰井「相談員が行うのと同じですか、明快な解決方法ですね」
斎藤「さらに、難しい内容の場合には相談員のケアを担う、訓練を積んだ研修担当者が必ずいますので」
辰井「おお、相談員さんの相談役もいるわけですか」
斎藤「はい、攻撃的な電話を聞き続けると、相談員も心が折れてしまいます。それでも、ときには怒りでしか不安を表現できない人もいるので、いくらタフな人でもこたえますよ。相談員が自宅でも悩んで、眠れなくならないように『あなたに怒ったわけじゃない』と研修担当がケアするわけです」
相談員も、お金もたりない
辰井「いのちの電話にとって、理想の運営体制はありますか?」
斎藤「相談員が足りませんので、もっといればと思います。お勤めの方だと時間がなかなか取れないので、定年がきっかけになっている方が非常に多く、60代以上が相談員の中心世代になっています」

辰井「最近は家計の厳しさで働く高齢者も増えて、相談員の担い手が減っているとも聞きます」
斎藤「それは……あります。なかなかつながらず、24時間対応できないセンターもあるし、人が少なくて。ただ、逆に40代くらいの比較的若い方で仕事をしながらやっている方も増えて、頭が下がります」
辰井「シフトはある程度融通が利くんでしょうか?」
斎藤「はい、24時間365日の中で、基本的にはできるところにできる人がシフトで入ります。『千葉いのちの電話』の場合、原則的に最低月2回は入ってもらう形ですね」
辰井「本当は助成金がもっとあれば、例えば食事代を出すとか、相談員の方々の活動環境の改善に充てたいと考えていることはありますか?」
斎藤「国や行政からの助成金はいただいていますが、なかなか足りません。千葉県や千葉市、または日本いのちの電話連盟を通して厚労省からのお金なども出ていますが、『千葉いのちの電話』の場合は年間の合計で300~400万円。ところが、私どもの現在の年間活動費用は2,000万ぐらいなんです」
辰井「全然足りない⋯⋯!」

千葉いのちの電話 2024(令和6)年度事業報告より
斎藤「ただ、ありがたいことに個人の方や団体からいただく会費や寄付金で1,200万円近くは確保できています。しかし、それでも足りないので、例えばPCはすべて中古でそろえていますし、全国の『いのちの電話』も設備や環境面で行き届いていないのが現状です」
辰井「こんなに寄付金で成り立っていたんですね。助成金はなぜ上がらないんですか?」
斎藤「国の財政も厳しいのだと思われます。高齢化で税を払う人が減り、社会保障費は増加するし、私たちのような団体も増えている。それが、助成額が増えない一因だと見ています。
市民の方からは『本当はボランティアに任せるような仕事じゃない』『なぜ国が担わない』『もっとお金を出してあげないの?』というお声をいただくこともあります」
辰井「限られた財政と人員でやりくりしている、『いのちの電話』のほうにクレームが……? 『いのちの電話』さんでは、ときどき『チャリティーコンサート』を開催されていますが、コンサートに行くのは経済的な応援につながりますか?」
斎藤「はい。チャリティーコンサートの利益は全額『いのちの電話』に寄付いただけることになっていて、助かっています。活動を知っていただく意味も含め、千葉では年2回開催しています」

仲間とともに「一期一会」の電話を取る
辰井「相談員へのケアやシフトも整っていると伺いましたが、ボランティアで活動することは大変だと思います。それでもやり続ける理由は何ですか?」
斎藤「それは、仲間がいることに尽きます。同じ目的で一生懸命頑張ってる人たちがいると、元気をもらえますよね。誰かとつながっていると思えれば、あまり怖くないんです」
辰井「辞めようと思った方が、相談員同士の支え合いで踏みとどまれたという話も聞きます」
斎藤「正直なところ、“辞めたい”と思う方が多いのも現状ですが、横に仲間がいて、同じ苦労を語り合えるのは、居心地がいいんだと思います。周りの人たちが支えてくれるから、続けられているんでしょうね」

斎藤「私たちは『一期一会』とよく言いますけど、次も同じ人と相談することはあまりないので。場数を踏めばよく対応できるようになりますよ。『一年前と比べて成長した』と実感できるのがうれしいという相談員も多いですね」
辰井「結果的に自分のためになっている部分もあると」
斎藤「電話をかけてきた方に『少し気が楽になりました。これで眠れそうです』と言ってくれればうれしいですよね。そして話をお聞きすることで、一つの経験を共にしてるわけですので。結果的に人間も大きくなりますよね」
辰井「相談員をやってみようかなと思っても、人間関係や職場環境を気にしていて躊躇している人もいると思います。職場での人間関係はどうですか?」
斎藤「基本的にこういうことをボランティアでやろうって人だから、相談員に悪い人はなかなかいないですね。愚痴でも何でも聞いてくれますし、私が知る限りは居心地がいい空間です。もしきついことがあっても、受け止めてくれる仲間がいるので、安心してください」

おわりに(寄付・相談員募集・相談先の案内)
ブルーハーツはかつて「ここは天国じゃないが、地獄でもない」と歌ったが、ときどきこの世は地獄のように牙をむくのも事実。
そんな中で相談員の減少や限られた設備といった課題を抱えながらも、激変する社会の中で苦悩を抱える人々に寄り添い続けるいのちの電話。その活動を根底で支える仕組みがあった。
千葉が地元の筆者も今回、「千葉いのちの電話」に微力ながらも少々寄付を行った。
千葉県の方で相談がしたい、または相談員や寄付に興味のある方は「千葉いのちの電話」へ。さらに、それ以外の地域ではこちらのリンクから地元のいのちの電話を探し、チェックしていただきたい。
編集:友光だんご
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この記事を書いたライター
卓球と競馬と旅先のホテルで観る地方局のテレビ番組が好きなライター、番組リサーチャー。過去には『秘密のケンミンSHOW』を7年担当。著書に『強くてうまい! ローカル飲食チェーン』 (PHPビジネス新書)。


































