つくりおき食堂まりえ「忙しくて自炊ができなくても、食べてさえいればそれでOK」

若菜まりえさん

忙しく働いている人や子どもがいてまとまった料理の時間がとれない人に向けて、スキマ時間に作れる時短料理のレシピを紹介している人気ブログ「つくりおき食堂」。ブログのレシピは書籍化もされ、Twitterアカウントのフォロワーも31万人を超えるなど、ワーキングマザーを中心に圧倒的な支持を集め続けています。

「つくりおき食堂」運営者で時短料理研究家の若菜まりえさんは、ご自身もワーキングマザーとして忙しい毎日を送っている経験から料理ブログを開設したのだそう。そんな若菜さんに、ブログ開設のきっかけになったできごとや、読者から寄せられた反響、「食べること・料理をすること」への思いについてお話を伺いました。

料理好きになったフランス留学の経験

若菜さんは昔からずっと料理がお好きだったんですか?

若菜まりえさん(以下、まりえ) 自分で本格的に料理をするようになったのは大学時代です。ひとり暮らしを始めて、母親に教えてもらったレシピを参考に自炊をするようになって。当時はパソコンも普及していないしクックパッドなどもなかった時代なので母が書いてくれたノートを見ながら作っていたんですが、大学を卒業する頃にはひと通りの料理ができるようになっていました。

すごい! ひとり暮らしできちんと自炊するのって、意外と大変ですよね。

まりえ でも、本気で料理が好きになったのは大学卒業後かもしれません。大学を出た直後、フランスに1年間留学するチャンスがあったんです。ホームステイ先には私以外に中国とチェコの留学生がいたんですけど、そこではホストのフランス人の方と留学生が毎日交代で料理を作るルールだったんですよ。

フランスの田舎ってだいたいの食材が日本より安いんですよ。ベーコンやパテなどのお肉の加工品やチーズなどの乳製品、新鮮な野菜や果物、季節のおいしい食材がスーパーに安く並んでいて。自分が料理当番のときにはよくベーコンとトマトと玉ねぎで煮込み料理を作ったりしていました。ホストはフランス人の方だったのでフランスの家庭料理を作ってくれましたし、中国とチェコの留学生も自分の国の料理を作ってくれたりして……。

素敵ですね……! 毎日の食事が楽しみになりそうです。

まりえ そうなんです、そのときの食事がすごく楽しくて。フランスでの経験が、料理好きになった決定的なできごとだったと思います。

若菜まりえさん

産休育休を経て実感した、キャリアアップの難しさ

その後、就職されて、ご結婚・出産もされていますよね。仕事が忙しくなったり家族が増えたりすると、ひとり暮らしだったときと比べて料理にかけられる時間やスタンスも変わるんじゃないかな、と思うのですが。

まりえ やっぱり子どもが産まれてからは大きく変わりましたね。夫とふたりだった頃は、じっくりと何時間も煮込んでできる料理や自家製ベーコンなどもよく作っていたんですが、いまは子どもが台所に入ってきたら危ないので長時間かかる料理はしなくなりました。基本的には子どもが食べやすい食感のもの、喜んで食べてくれるものを作ります。

「つくりおき食堂」もまさに、働くお母さんや忙しい人に向けたレシピというコンセプトですよね。ブログを開設されたのは2016年ですが、なにかきっかけがあったんですか?

まりえ 当時、育休を終えた友達が「まりえちゃんって料理得意だったよね。これから職場復帰して忙しくなると思うから、なにか簡単にできる料理のレシピを教えてくれない?」ってメールをくれたんです。それで自分で考えた時短料理のレシピを友達に教えたんですけど、そのときはすでにオリジナルのレシピをメモしたノートが何冊もあったので、これをいろんな人に発信できたら役に立つかもしれない……と思って。

それから、同じ時期に私も出産を経て職場復帰をしていたので、その経験も大きかったですね。

つくりおき食堂

若菜さんが運営する『つくりおき食堂』。「調理時間の目安」などからレシピも検索できる

というと?

まりえ 出産前はフルタイムで働いていたこともあり手取りが結構あったんですけど、産休・育休後に時短勤務をするようになったら手取りが激減してしまって。正直ショックでしたね。かといって子どももまだ小さいから、フルタイムで働くという選択肢は選べませんでした。

そうですよね。産休後、育休後のキャリアアップのしづらさで悩まれている方、周りにも本当にたくさんいます。

まりえ 私もその中のひとりだったと思います。仕事は常に頑張っていたんですけど、妊娠期間に入ってくるとどうしても体調を崩しやすくなるのでお休みをいただくことも増え、成績が伸び悩むようになってしまって。産休後も時短勤務だから出産前のようにバリバリは働けないし、じゃあどうしよう……と考えたときに、起業という選択肢が頭をよぎったんです。

でも私が他の仕事を始めるとして、いまからなにができるだろう? そうだ、これまで蓄えてきた料理の情報を発信することならできる! と思って。

忙しい人たちにレシピを発信したいという思いと起業したい気持ちが、料理ブログを始めることで一気に解決できるなと。

まりえ はい、料理の情報発信を始めることで全てのベクトルが一致すると感じました。「時間がないけど料理がしたい」「忙しいけど家族に料理を食べてもらいたい」という方に時短料理のレシピを発信し、気楽に調理してもらいたい、と。自分と同じで忙しいけれど、例えば晩ごはんにおかずを2品出すとしたら「1品くらいはなにか手作りをしたい」と思っている方のニーズに応えたいと思い、忙しい人に向けたつくりおきというコンセプトでブログを開設しました。今の仕事を続けながら、ブログを通じて料理の活動をしたいと考えたんです。

ひとつのレシピで全ての人のニーズは満たせない

つくりおき食堂のレシピ、私もよく参考にしているのですが、「なんとかスパイスパウダーなどは使わない」「子どもがおもちゃやテレビに夢中になっているわずかな時間に簡単にできる料理」といったルールが設けられているのがすごく親切だなと思うんです。なんとかスパイスパウダーとかって、買っても絶対余らせてしまうので(笑)。

まりえ 私ももともとインターネットでよくレシピを検索していたんですけど、作りたいなと思ったレシピの中に「トマトピューレ大さじ2」とかあるともう、別の料理にしようって思っちゃうんですよね。いまでこそ料理研究家なのでだいたいの調味料や食材はそろえているのですが、一般的な家庭の冷蔵庫にトマトピューレはなかなか常備されていないじゃないですか(笑)。

しかも大さじ2!

まりえ 絶対余って腐らせちゃいますよね……。だから私の場合は、ブログに載せるレシピの食材は「なるべくどこでも買えるもの」で、「使いやすい分量」にするようにしています。トマト缶などを使うことがあれば量は1缶まるまるかちょうど半分になるように……といった感じで。

本当にありがたいなといつも思います。

まりえ あと、Twitterでブログのレシピを発信すると、「めんつゆがない場合はどうすればいいですか?」「焼肉のタレがなくても作れますか?」という質問をたくさんいただくので、最近はレシピの最後に「おきかえ可能リスト」をつけてこの食材でもOKです、というのが分かるようにしています。自分もそうですけど、家にない食材が多過ぎるともう作らなくていいや、ってなってしまうと思うので。

若菜まりえさん

徹底して読者目線なんですね。コメントは主にTwitterで寄せられるかと思うのですが、読者からの反響でレシピを改良したり、次に作る料理の方向性を変えたりすることもあるんですか?

まりえ レンジだけでできるおかずが想像以上に人気だったので、レンジ調理のレシピは読者の方が増えてくるにつれて多くなってきたな、と思います。それから、個人的には1品の中に何種類かの食材を入れるのも好きなんですけど、読者の方からの反響が大きいのは野菜1種類だけとか肉1種類だけで作れるおかずなので、そういったレシピも増やすようにしましたね。

「鶏もも肉の塩レモンだれ」のレシピも、鶏もも肉とレモン汁やコンソメだけでできるのにすごくおいしい、とバズりましたよね。

まりえ そうですね……! Twitterで話題になったのが去年(2018年)の2月だったんですが、あのレシピをきっかけに一気にフォロワーさんが数万人にまで増えました。

やるからには突き詰めたい

若菜まりさんの書籍。忙しい人専用つくりおき食堂の超簡単レシピ

書籍発売は、ブログ開設当初からの目標だったそう。いずれも簡単にできるレシピを多数収録

ブログの読者の方から寄せられた印象的なコメントなどってありますか?

まりえ いちばん感動したのは、お体が不自由な方から「つくりおき食堂を見てレンジだけでできる料理を作って、家族に食べさせてあげることができた。それがすごくうれしかった」という趣旨のコメントをいただいたことがありまして、スマホで感想を読んだときに道端で泣きました。私のしたことでこんなにも喜んでくださる方がいるんだ、と思って。

それは確かに泣いてしまいますね……。

まりえ それからつい最近も、小学生の子が夏休みの自由研究で私の料理を作って、その工程や感想を手書きのノートにまとめてくれているのを見たんですが、すっごくうれしかったですね。まだ料理をするような年齢じゃない子が料理にチャレンジしてくれて、しかも自由研究に選んでくれたという。感動して、それもボロボロ泣きました(笑)。もちろんそういったことじゃなくても、こんなに簡単にできたのにおいしかったです! というコメントをいただくと励みになります。

ブログを続けられているモチベーションって、やっぱりいちばんは読者の方からの反響ですか?

まりえ そうですね。それも大きいですし、さっきの起業の話もですけど、なにかをやるなら突き詰めたいという気持ちが強くあります。

確かにとてもアクティブな方だなとは感じます。今後、ブログを通じて叶えたい理想や、世の中に発信していきたいことなどってありますか?

まりえ やはり、忙しい人やお料理を始めたばかりの方にも作れる簡単・時短料理を発信していきたいという気持ちは一貫しています。今後はYouTubeでもレシピを紹介していけたらと思っているので、忙しくても10分でできる晩ご飯の献立を中心に料理動画をこの秋から発信しています。

2019年9月末にスタートしたYoutubeチャンネル|つくりおき食堂まりえの『らくしぴ』

どんなものであれ、食べてさえいれば大丈夫

いま、自分自身や家族のためにできたら自炊がしたいけれど、働きながら料理をする余裕がなくて悩んでいたり、逆に料理をすることがプレッシャーになってしまっていたり、という方は少なくないと思います。そういった方に若菜さんからのメッセージがあったらお聞きしたいのですが……。

まりえ 私もお惣菜を買いますよ。作り置きおかずがなくなり、作り足しする気力が出ないときは、罪悪感なくスーパーのお惣菜です。

そう言っていただくとホッとします。自炊を100%し続けるのは難しいですよね。

まりえ そう思います。よくないのは「食事の機会を持たないこと」と「食事に過度なストレスを抱えてしまうこと」だと思います。著名な料理研究家、鈴木登紀子先生も“食べることは生きること ”と仰っています。食べることを大切にしてもらえたらうれしいです。

忙しくて食事を抜いてしまう、お惣菜とレトルト中心の食生活に罪悪感を持ち過剰なストレスを抱えてしまうことがよくないと思っています。

時々、「毎日忙し過ぎて、子どものごはんがレトルト・惣菜・パンのローテーションになってしまっている。これでいいのだろうか」という方を見かけることがあります。そういう方に対して「私のレシピなら簡単に作れますよ」とは言わないです。負担になってしまうだけですので。「食事の機会を持ってるならOK!」って思います。

ひとり暮らしで忙しく働いている方に関しても同じですよね。

まりえ そうですね! 忙しすぎてゼリー飲料を吸うだけで食事を済ます、みたいな生活がずっと続くと心身ともに壊しがちになってしまうと思いますので、お惣菜やサラダをプラスするとか……。そういうふうにして、食べることを大切にしてくれさえすれば大丈夫ですよ、と私は思います。

若菜まりえさん

取材・執筆/生湯葉シホ
撮影/小野奈那子

お話を伺った方:若菜まりえ さん

若菜まりえさん

まとまった時間がとれない忙しい人でも続けやすいように、スキマ時間にパっと作れてサっと味が決まる時短おかずを紹介するサイト「つくりおき食堂」を運営中。主な著書に『忙しい人専用 「つくりおき食堂」の超簡単レシピ』『忙しい人専用 「つくりおき食堂」の即完成レシピ』(扶桑社)。Twitter、Youtubeも更新中。
Web:つくりおき食堂
Twitter:@mariegohan
Youtube:つくりおき食堂まりえの『らくしぴ』Marie's Luck Recipes

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編集/はてな編集部

カバディと保育士、二つを行き来する緑川千春さんの「好き」との向き合い方

緑川千春さん

インドの国技でもあるカバディは、紀元前の時代の武器を持たずに獣を捉える技術が元になったと言われるコンタクトスポーツ。「鬼ごっことレスリング、それにドッヂボールが混ざったような競技」と形容されることもあります。競技中に「カバディ、カバディ」と言い続けるという独特なルールをご存じの方もいるかもしれません。

今回は、カバディ日本代表として活躍する傍ら、幼い頃からの夢だった保育士としても働く緑川千春さんにインタビュー。高校3年生のときにカバディを始め、一気に才能を開花させた緑川さんは、18歳のときに最年少で日本代表強化指定選手に選ばれました。カバディとの出会いから、「好きだから続けられる」という保育士とカバディの両立について伺いました。

誘われて始めたカバディ、そして誰もいなくなった

最近は、少年マンガ『灼熱カバディ』も人気ですが、まだまだカバディはなじみの薄いスポーツという印象です。そもそも緑川さんが、カバディの存在を知ったのは何がきっかけでしたか?

緑川千春(以下:緑川) 高校1年生のときの担任の先生が、強豪として知られている大正大学のカバディ部出身だったんです。あるとき「先生は大学でカバディをやっていたんだ」と話をされて、最初は正直「何それ?」と馬鹿にするような気持ちもありながら聞いていました(笑)。

転機は高3のとき。その先生のつながりで学校の体育館をカバディ日本代表の練習場として提供することになったんです。当時、私はバドミントン部に所属していたので隣で練習していたんですけど、想像していたよりも全然激しいスポーツで、面白そうだなと。

緑川千春さん

そこで初めて生のカバディを目にしたんですね。ご自身がプレーするようになったのは、どういう経緯だったんですか?

緑川 同級生の何人かがカバディに興味を持ったみたいで、高3の夏にサークルを立ち上げたんです。でも6人しか集まらず、試合に出るには7人必要なので「緑川を誘おう」と。私は体力測定で学年上位を取っていたので、カバディもイケるのではと思ったみたいです。

それでバドミントン部を引退したあと、ルールも何も分からない状態のまま、とりあえずサークルに参加してみることにしました。

実際にプレーしてみて、どうでしたか?

緑川 すぐにハマりましたね。カバディはレイド(攻め)とアンティ(守り)を交互に行うスポーツで、攻めのときはレイダーと呼ばれる攻撃役の一人が、相手の陣地で敵の身体に触れて、そのまま自陣に戻れば得点になるんですが、実はこの切り返しの動きがバドミントンとかなり似ている。だから、始めてすぐに「この競技めっちゃ楽しい、私向いてるかも」と思いました(笑)。

言われてみれば、かなり俊敏性が求められるスポーツですよね。

緑川 そうなんです。でも私が夢中になる一方、他の子たちは初めて出場した秋の大会に出たあと「カバディはもういい」と(笑)。誘われて入ったはずなのに、急に一人ぼっちになりました。担任の先生に相談したところ、年上の人たち中心の学外のチームを紹介してもらえることに。そこで試合に出ているうちに、日本代表強化指定選手に選ばれたという感じです。

「好き」を続けられる職場はどこだ

高校卒業後は、保育の専門学校に進まれたそうですが、進路はどのように選択されましたか?

緑川 幼い頃から大好きな幼稚園の先生がいて、その先生みたいになりたいとずっと思っていました。あと年の離れた弟のお世話をするのが好きだったというのもあり、自然と保育が学べる学校に行くということは考えていました。でも思いがけず進学直前にカバディにのめり込むようになり、結果的にスポーツと保育の両方を学べる専門学校を選びましたね。

カバディを辞め、保育士一本に絞るということは考えなかったのですか?

緑川 全く考えませんでした。むしろ、就活のときにはカバディ一本でいこうと考えた時期もあったぐらいです。でもカバディで収入を得ることは難しいですし、何かしら生活費を稼ぐための仕事が必要になる。けっきょく小さい頃からの夢である保育士と両立できる道を模索して、今に至っています。

緑川千春さん

ただ、両立を受け入れてくれる職場は、なかなか見つからなそうな気も。

緑川 正直、難しさはありました。就職説明会のときに、「カバディの試合や遠征があるときは、長期でお休みをいただく可能性があります」と伝えると、それだけで厳しいと言われてしまうこともありました。

ただ自分を曲げたくはなかったので、スタンスは崩さないで仕事を探していたところ、今の保育園を紹介していただいたんです。面接では、「今はカバディ最優先でやっていきたい」と気持ちを包み隠さずお伝えして、最終的に現在の週5日・8時間勤務が可能な正社員に近いパートという形で、契約していただきました。

長期的なキャリアを考えると、新卒時の就職でパートタイムを選ぶことに不安はありませんでしたか?

緑川 それはなかったです。実家に住まわせてもらっているからこそかもしれませんが、親にも2022年のアジア競技大会までは正社員にならないと伝えていますし、親も「保育士の資格を取っておけば、いつでも戻れるから、今は協力するよ」と応援してくれています。

日本代表の重圧にカバディから逃げ出したことも

両立に大変さはありましたか?

緑川 うーん、どちらも自分が「好き」でやっていることなので、そこまで大変さは感じなかったかもしれません。ただ練習があり残業ができないので、最初は周りのみんなに負担をかけてしまうのではないか、と申し訳なさはありました。あとシンプルに体力的にしんどいなあ、と感じることはありますよ。保育士さんの仕事ってスポーツ並みの肉体労働なので、練習に行くときは既にヘトヘトだったり(笑)。

緑川千春さん

週5日・8時間の勤務をこなし、その上でカバディの練習もするというのはかなりハードだと思いますが、毎日の生活スケジュールを教えていただけますか。

緑川 基本的に平日は朝8時から17時まで保育園で働いて、18時から21時までは体育館でみっちり練習。それから帰宅してご飯を食べて、お風呂に入って寝ます。

やっぱりハードですね……。カバディを辞めようと思ったことは一度もないですか?

緑川 一度だけあります。2018年のアジア競技大会が終わり、尊敬している先輩方がドッと引退されたときに、自分たちだけでやっていく自信がなくなってしまったんです。そのときは、ほとんど練習に行かず、保育士の仕事だけを黙々とやっていました。

緑川千春さん

それは、どのように乗り越えられたのですか?

緑川 同じチームの先輩に相談したときに、「今カバディを辞めたら絶対に代表には戻ってこれない。せっかく続けてきたんだから、もうちょっと考えてみたら」と言われたんです。

それで、カバディを通して出会ったさまざまな人を思い出したんです。同じチームの選手はもちろん、スポンサー企業の社長さんや他の競技のスポーツ選手など、私がカバディをしていたからこそ広がった世界がある。保育士として仕事をしていても、カバディ選手だから興味を持ってもらえることもあります。カバディを辞めたら、そんな機会もなくなってしまうんだなぁと。だからもう少しだけ頑張ってみようと戻ることにしました。

二つあるからこそ、新鮮に取り組める

練習に復帰してから、何か心境に変化はありましたか?

緑川 カバディと保育士、どちらもあるからこそ、私はやっていけてるんだと強く思いました。私の場合、どちらか一つだけだとうまくバランスが取れないんですよ。

保育士で嫌なことがあったら、カバディで身体を動かして発散できますし、カバディの調子が悪いときは、保育士としてかわいい子どもたちに接していると心が安らぎます。全く違う領域を行き来しているからこそ、目の前のことに新鮮に取り組めるし、精神的に健康に働けているという気がします。だから、好きなことをわがままに二つ選んでよかったなと。

すごくお忙しいと思いますが、プライベートの時間は取れていますか?

緑川 日曜日は練習がないので、保育園の同僚やチームの仲間とご飯を食べに行ったり、遊びに行ったりしています。どちらも周りの人とすごく仲が良いので、両立が苦じゃないのはあると思います。

現在は、カバディ優先の生活を送られていると思いますが、実現させたい目標はありますか?

緑川 実は2022年のアジア競技大会を最後に、すっぱり引退することを決めているんです。残りの時間が決まっているからこそ、カバディにも保育士にも全力で取り組めているところはあるかもしれません。

なので、そこで良い結果を残すことが最大の目標です。そのためには個人が強くならないと戦っていけないと思うので、今は自分のスキルを上げることに必死。どちらかというと褒められて伸びるタイプなので、監督やコーチに自らがんがんアピールして自信につなげています(笑)。

緑川千春さん

ちなみに今後のライフプランのようなものは考えていますか?

緑川 カバディと保育士に全てを捧げていると思われがちですけど、しっかり考えてますよ! 少し先の話になりますが、結婚は20代後半でしたいですし、ゆくゆくは子どももほしいです。チームや園の先輩にも相談しながら、そのあたりもしっかり考えていきたいですね。

取材・文/末吉陽子(やじろべえ)
撮影/関口佳代
編集/はてな編集部

お話を伺った方:緑川千春(みどりかわ ちはる)さん

緑川千春さん

1997年生まれ。埼玉県出身。中高はバドミントン部に所属し、高校3年生のときにカバディを始める。2015年、最年少の18歳で日本代表強化指定選手に選ばれ、2017年から日本代表として国際大会に参加。2018年より、にじいろ保育園王子のパートタイム職員として勤務。

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諦めも肝心ーー先輩ママ3人が語る「子どものイヤイヤ期、こうして乗り越えました」

集合写真


1歳半から3歳ごろの子どもに多くやってくるとされる第一次反抗期、通称「イヤイヤ期」。毎日ことあるごとに「イヤ!」と突っぱね、怒る、泣くの繰り返し……。子どもの自我が確立される大事な時期ではありますが、自分の意志を通そうとだだをこねる子どもにどう接するべきか、試行錯誤は絶えないものです。

そこで、今回は働きながら子どもの「イヤイヤ期」を経験した3人の方による座談会を実施。どのような苦労があり、どのように乗り越えたのか、それぞれの経験や当時の思いを語っていただきました。

***

<<参加者プロフィール>>

のり子さん

のり子さん:36歳。お子さんは8歳(男の子)。エンターテインメント企業の企画職。1歳半から2歳にかけてイヤイヤ期を経験。

ネジ子さん

ネジ子さん:37歳。お子さんは7歳(女の子)と1歳(男の子)。金融機関に勤務。上のお子さんが1歳半から2歳にかけてイヤイヤ期が激しかった。
りっすんへの寄稿:子どもを保育園に預けて働くことは、かわいそうなんかじゃない

かたつむりさん

かたつむりさん:37歳。お子さんは9歳(男の子)。IT系企業のサービス企画。イヤイヤ期があった時期は少し遅く、2歳から3歳にかけて。

子どもの自我の目覚め。コミュニケーションがうまく取れない

イヤイヤ期の存在は、いつ頃知りましたか?

のり子さん(敬称略、以下同) 私は、子どもが1歳くらいの頃に、育児に関するまとめブログで知りました。子どもの年代ごとに「こんなことが起こる」という体験談が載っていて、その記事の1つにイヤイヤ期のことが書かれていたんです。

ネジ子 具体的にいつかははっきり覚えていないのですが、おそらくブログの記事やTwitterなどを通して、出産前からイヤイヤ期の存在については知っていました。

かたつむり 私は、ママ友から聞いていました。うちの子は9月生まれなのですが、同じ保育園に4月生まれの子のママがいて、お子さんが先にイヤイヤ期に入ったということで、生の声を聞く機会に恵まれていたんです。そのため、どんなことが起きるのか、事前知識は割とありましたね。

心構えはあったかと思いますが、実際にお子さんがイヤイヤ期に突入した時にはどう思われましたか?

ネジ子 思ったより手強かったですね。調べてみた“イヤイヤ期の対応メソッド”によると、「ご飯食べよう」と言っても、絶対に「イヤ」って返されるから、逆に「ご飯食べないよね」と声を掛けると、「イヤ=食べる」になるので、食べさせることができる……というテクニックが有効だと紹介されていたんです。

なるほど!

ネジ子 子どもが「イヤ」という時になって試してみたんですが、うちの子は意志が強過ぎたのか、逆のことを言ってもあまり意味がなかったです。むやみに「イヤ」と反抗しているわけではないんだなと分かりました。

かたつむり コミュニケーションの取り方や気の配り方も、イヤイヤ期の前と最中とでは全然違いますよね。生まれてからイヤイヤ期に入るまでは、とにかく動き回るから危ないところに行かせない、というのが第一の優先事項でした。でも、イヤイヤ期になると、本人が自分の意志でやろうとすることを、どうコントロールするかを考えないといけない。どのように対処すればいいか困っていました。

ネジ子 分かります。子どもがやろうとすることに親が介入すると、すごく怒りますよね。自我が出てきて「こっちに行きたかったのに!」「これが欲しい! ウワァーーー!」と伝わらない言葉で主張されて、体力もついてくるので、一筋縄ではいかなかったです。

子どもの「イヤ!」でタイムスケジュールが変わってしまう

働きながらイヤイヤ期を迎えるとなると、より一層大変な気が……。

のり子 まさに私は、育児休業を1年半取得した後、職場復帰してすぐに子どもがイヤイヤ期に突入しました。保育園へ送っていくところから「行きたくない」となって、復帰直後から大変でしたね。歩き始めたかと思うと、その都度座り込んでしまうんです。何でもいいから「あそこに何かあるよ!」なんて路上に気を引けるものがないかと探しながら、前に前に歩けるように誘導していました。それでも、保育園までの徒歩15分の道のりに、30分はかかっていました。

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ネジ子 それは大変でしたね……。うちの場合、育休は1年弱取得して、保育園の入園から1カ月で職場復帰しました。ちょうど子どもが1歳くらいのタイミングだったので、最初のうちはおとなしかったのですが、徐々にイヤイヤ期へとスライドしていきました。

ネジ子さんの場合、お子さんの「イヤ」はどんなふうだったのでしょう?

ネジ子 例えば、保育園に連れていく際に自転車に乗りたがらなかったり、マンションの階段を降りる際に自分の足で歩きたがるようになったりと、一つの行動に時間が掛かることが増えました。

そんな時、どう対応されたのでしょうか。

ネジ子 ちょっとでも本人の意志を妨げる行動をすると泣きわめいてしまうので、保育園に行く際はとにかく早起きして時間を作って、早く家を出るようにしました。自転車に乗らない場合は朝ごはんの時に「イヤ」と言っていたはずのパンを食べさせて気をそらして(笑)。何とか仕事に遅れないようにしていました。

かたつむり 私は子どもが6カ月の時に保育園に預けて職場復帰したので、イヤイヤ期を迎えるまでは割と落ち着いていました。ただ、イヤイヤ期に入ってからはネジ子さんと同じく、子どもの「イヤ」によってタイムスケジュールが狂うこともしばしば。そもそも子どもに拒絶された場合にどう対処すればいいのか、その都度悩んでいました

親の方が、「もうイヤだ~」「泣きたい~」ってなりそうですね……。

のり子 そういうことはよくありました。仕事が詰まっていると残業したくてもできなくて、やむなく家に仕事を持ち帰ることがあったんですが、家では子どもが「イヤ!」の連発。精神的に参りました。

うぅ……。聞いているだけでつらそうです。

かたつむり うちの子どもは、普段の生活ではそこまでイヤイヤはなかったのですが、スーパーに連れて行った時は大変でした。「このお菓子が欲しい」と思ったら譲らず、「買えないよ」と言うとイヤイヤがMAXに。いつも戦いでしたね。

のり子 分かります。私の場合は、子どもが欲しがったものを買うふりだけ見せて、買わずに済ませるという戦法に挑戦しました。子どもは一応買ったと思って満足しますし、家に帰る頃には欲しがったことを忘れていますから。

かたつむり 確かに、子どもはお菓子やおもちゃに執着があるわけではなくて、「今自分が希望していることを親が叶えてくれるかどうか」なんですよね。私は途中でやっと、子どもの要求にいくら応えても、きりがないことに気がつきました。

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かたつむり ただ、子どもの執着を甘く見ない方が良いと思った経験もあります。一度、おもちゃ屋さんで子どもが「欲しい」と主張したおもちゃを買わずに抱き上げてお店を出たことがあるのですが、手を離した瞬間に、子どもが走ってお店に戻ったんです。道路に飛び出す可能性もあったのでヒヤッとしました。その時は、もうちょっと上手なやり方があったかな……と反省しました。

のり子 おもちゃ屋さんやおもちゃコーナーは子どもにとって“魔の場所”ですよね。絶対にそこを離れないし、欲しいものを握ったまま離さないし。300円くらいのものならまだしも、1万円クラスの高級玩具を抱きかかえてこられても、無理なものは無理ですからね(笑)。

イヤイヤ期を乗り切るには「諦めも肝心」

イヤイヤを無視するのも、主張を押さえつけるのも違う気がしますし、どう折り合いをつけるかは難しいですよね。皆さんが工夫されたポイントがあれば教えてください。

のり子 厄介なのは、イヤイヤ期の最中は食べることすら“イヤ”になってしまうことです。1回2回なら「かわいい」で済みますが、毎食「ご飯イヤ、野菜イヤ」ばかりで、甘いフルーツしか食べたがらないので、これはまずいなと。なので、私は「お母さんもイヤだ~! うえ~ん」って嘘泣きしていました(笑)。

お子さんが「イヤ!」と言っている動画を見て「これだけならかわいいんですが……」と振り返るのり子さん

のり子 食事などの健康に関わることについては、何とか工夫しないといけないと思っていましたが、それ以外はもう子どもの意のままでいいかなという諦めもありました。例えば、気に入らない服は着てくれなかったのですが、明らかに上下の色の組み合わせがおかしくなっていたり、お気に入りの服しか着なかったりしても、「もう服さえ着ていてくれればいいや」と考えて、何も言わないようにしました。

かたつむり 諦めも肝心ですよね。よっぽど危ない目に遭わなければいいのかなと。ちなみに私の場合は、あらかじめ譲れないルールを何か1つだけ設けて、それを破るのはNG、と決めていました。お菓子のルールを作るとしたら「1日に何個までなら食べていい」というような感じです。そこだけはイヤイヤされても譲らないようにしていましたね。

ネジ子 私はどちらかというと、できるだけ「地雷を踏まない」ように気をつけていましたね。当時は子どもが保育園までの送り迎えの際にいろいろなルートを歩きたいらしく、普段のルートを通ろうとすると怒るので、「どこを通っても目的地に着ければいい」くらいに構えていました

とはいえ、自分自身の気持ちをおおらかな状態にキープし続けるのは、大変ですよね。

かたつむり そうですね、余裕がないと難しいです。自分に余裕がないと子どもの主張を尊重できなくなってしまうのも難しいところで……。朝に保育園へ行くのがイヤだと言われても、親にも仕事がありますし。うちは夫婦ともに環境が同等だったのですが、一人でイライラすることが多くなって、夫に「テンパり過ぎだよ」とたしなめられました。

夫婦で条件が一緒だとしても、そう言われて腹を立てたりしませんでしたか?

かたつむり 同じことをやっているのに、私だけキリキリしていたのかもしれません。夫とは同志のような関係なので、助言をもらって「なるほど」と思っていました。

ネジ子 私は出勤時刻に間に合わなさそうな時は、もう遅刻でいいやって開き直っていました。「最悪クビになってもいいかな……」くらいの心境でした。

のり子 分かります! 食事もどうにもならなくなって「ピザの出前でいいや!」なんて。近くに親戚がいなかったので、シッターさんに来てもらったこともあります。でも、手抜きができない性格の方も当然いらっしゃいますよね。

確かに、「全部きちんとしないといけない」と考えてしまうからこそ、自分自身を追い詰めてしまう方もいそうですね。

のり子 その気持ち、理解できます。実は私、育休中に「ちゃんとしよう」と思い、出汁をきちんと取って離乳食を作るなどいろいろ工夫していたんです。でも、復職してからはとてもじゃないけどそこまでできなくなって。ある日、息子に手を掛けたものを食べさせて、自分がカップ麺を食べている時に、「あ、もういいや。止めよう」と吹っ切れました。「いくら今丁寧に食事を作っても、いずれこの子は絶対カップ麺を食べるようになるんだろうな」と思って。何が吹っ切れるきっかけになるかは人それぞれだと思いますが……。

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ネジ子 私も“丁寧な生活”に憧れて、育休中は紙おむつではなく布おむつを使ったり、おやつのためのたまごボーロを片栗粉と卵から自分で作ったり、ル・クルーゼのお鍋でお粥を炊いたり……。それはそれで自分は好きだし楽しかったのですが、そもそも子どもが全然食べなくて、結局は思った通りにはいかないなと悟りました。

かたつむり 私は、最初は掃除に気を遣っていました。危ないものがあるといけないと思ってとにかく部屋の中をピカピカにしていたんですが、手が回らなくなって、止めました。

イヤイヤ期は永遠には続かない。だから力を抜いて向き合ってほしい

では、イヤイヤ期が終わったタイミングは、いつ頃でしたか?

のり子 私は記憶がないんですよね。2歳半くらいの頃でしょうか。気がついたら意思疎通ができるようになったというか。子どもが「あれしたい、こうしたい」と具体的なプラスの言葉をしゃべれるようになったので、イヤイヤ期が終わったのかなと。他の方の体験談を聞くと、本当に個体差が激しいなと思います。

ネジ子 うちの子は2歳半くらいです。のり子さんと同じく、要求についてはっきりした言葉で表現できるようになって、平和が訪れました(笑)。意志の強さなどは変わらないですが、何を主張しているのかをくみ取りやすくなりましたね。それから大変な思いをすることが減ってきました。

かたつむり 私も同じですね。何がダメで、どこまで妥協できるのか、伝わるようになりました。コミュニケーションが取りやすくなったタイミングで、イヤイヤ期を脱したなと感じました。

イヤイヤ期は永遠に続くわけではないので、何とかその期間だけ上手に感情コントロールできるようになるといいですよね。そのためのアドバイスをいただけますか?

かたつむり 私はイヤイヤ期の真っ最中、「他の子はおとなしいのにうちの子はなぜ……」と比べてしまうこともありました。でも、子どもによっても、フェーズによっても、大変さはそれぞれ違うと思います。イヤイヤ期が終わっても、いわゆる“小1の壁”もありますし、さらに先には思春期も控えています。いずれにしても、いつか大変だった思い出は薄れていくので、あまり悩んだり追い詰められたりせずに、ゆるっと気楽に構えてもらえたらなって。「正解の基準」は存在しないので。

のり子 かたつむりさんのおっしゃる通り、イヤイヤ期は文字通り期間があって、実質半年くらいなんですよね。イヤイヤ期の最中は、時がたつのがとても長く感じていました。でも、終わることは分かっているので、「子育ての中では半年なんて一瞬だ!」くらいに気を取り直して、力を抜いて乗り切ってもらえるといいのかなと思います。

ネジ子 イヤイヤ期の攻略方法はなかったなー、というのが私の実感です。だからこそ、全ての人に「イヤイヤ期の子どもはこういうものなんですよ」と思ってほしい。こうしたらうまくいくというような絶対のセオリーみたいなものはないんじゃないかと。電車の中で小さい子が泣き叫んで大変……という話をよく見聞きしますけど、その時期の子どもはそういう生き物なんだって、見守る気持ちを持ってもらえたらと思っています。

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取材・文/末吉陽子(やじろべえ)
編集:はてな編集部

育児の「困った」「しんどい」を経験中の方へ


※座談会参加者のプロフィールは、取材時点(2019年8月)のものです

趣味=将来の保険? 劇団雌猫に「推し事」も「仕事」も楽しむ秘訣を聞いてきた

劇団雌猫のかんさんユッケさん

好きなものがあるから仕事もがんばれる。そんな「趣味」を糧に日々仕事に勤しむ方も少なくないように思います。

仕事と趣味、どっちも頑張る女性たちのリアルな声を収録した『本業はオタクです。-シュミも楽しむあの人の仕事術-』(中央公論新社)の著者・同人サークル「劇団雌猫」の4人(もぐもぐ、ひらりさ、かん、ユッケ)も、仕事をしながら各々の趣味やサークル活動を全力で楽しんでいます。

今回は、劇団雌猫メンバーのかんさん、ユッケさんに、多岐にわたる活動を続ける「劇団雌猫」のこと、仕事と趣味の両方を充実させるためのメソッド、また、「趣味を持つこと」そのものについてのお考えなどを伺いました。

話題になった同人誌『悪友』は完全にノリから生まれた

4人組オタク女子グループとして、書籍出版や連載を行っている劇団雌猫。趣味もお仕事もバラバラなみなさんですが、結成のきっかけは何だったんでしょうか?

ユッケ 出会ったのも人によってバラバラなんですよ。かんと私は、一番最後に会ったよね。4人そろって最初に会ったのは、確か神保町のクラフトビアマーケットだった。

かん 懐かしい~! めっちゃ覚えてる!

ユッケ 2014年くらいだよね。その頃から「推し事*1」が変わった雌猫メンバーもいて……。私も当時は2.5次元ミュージカルのファンだったんですが、今はジャニーズ事務所の「美 少年」というグループを推しています!

かん 私はK-POPと宝塚が推しジャンルで、最近は2015年に韓国でデビューした男性グループの「SEVENTEEN」のために渡韓*2することもあります。基本的に劇団雌猫メンバーは各々好きなものについて、好きなように語っていますね(笑)。

ユッケ そうそう。LINEしたり、飲みに行ったりしたときは、大体、順番に好きなことをばーってひたすら喋っている(笑)。そもそも「劇団雌猫」って、最初はただのグループLINEの名前だったんですよ。みんなでミュージカル『テニスの王子様』のライブを見に行ったときに劇中に登場する跡部様(跡部景吾)が観客に「雌猫共」と煽る姿が素敵過ぎて、「私たちも跡部様みたいになりたい!」と盛り上がり、勢いでグループLINEの名前を「劇団雌猫」にしました(笑)。

かん そのときは今みたいな活動をするとは全然思ってなくて、いわゆる「いつメン」みたいな感じでしたね。

劇団雌猫は、さまざまなジャンルに愛情とお金を注ぐ女性たちの消費活動をつづった同人誌『悪友 vol.1』(2016年12月頒布)がきっかけで、一気に話題になりましたよね。

ユッケ 『悪友』を作ったのは、完全にノリでした。そのときちょうど転職をしたメンバーがいて、年収や待遇の話をしていたら「ぶっちゃけ、みんな貯金ある?」という話題になって。みんなで貯金額を暴露していったんですけど、当時私とかんは貯金が全然なくて(笑)。

かん 謙遜じゃなく、本当に「ゼロ円」だった(笑)。貯金の話をしているときに、「こういう貯金の話って、ゲス過ぎて対面では友達に聞けないよね」「じゃあ匿名で、オタクにお金について寄稿してもらったら面白いんじゃない?」という話になって、『悪友 vol.1』を作ることになりました。

ユッケ それを、予想以上にたくさんの方が手に取ってくださったんです。そこから書籍化やWebメディアへの執筆、イベント登壇などいろいろなご依頼をいただくようになって。

『悪友 vol.1』を元に書籍化された『浪費図鑑―悪友たちのないしょ話』(小学館)

毎週の「LINE定例会」で進捗を共有

活動が多岐になった今、案件をスムーズに進めるために何かしていることはありますか? 例えば、作業ごとに細かく役割分担しているとか。

かん うーん、私たち、きっちりした役割分担はしてないんですよね……。「この案件はこの人がメインで動かす」という振り分けはしているんですけど。

ユッケ ただ、連絡はまめに取り合っています。基本、LINEグループでの雑談はずっとしていて、仕事でスマホを見られないときは、100件くらい通知が溜まっていたりして……。

かん 女子高生みたいにずっと喋っているよね。そのやりとりの中から、書籍や企画のネタが生まれることもあります。そのほかにも、何かアイデアが必要な案件があればガッとブレストすることもあるし……。あと、毎週決まった時間にLINEで定例会をしてますね。

対面で話し合うのではなくて?

ユッケ はい、定例会もLINEでやっています。話し合いたいことは増えたんですが、やっぱり普段は各々仕事をしていて頻繁に集まるのは難しいので。みんなでグループLINEに集まって、進捗を報告したり、話し合いをしたり……。

かん でも結構ゆるいんです(笑)。「今日は疲れてるから無理」という日はやらないときもあります。例えばコミケ後とかね(笑)。

ユッケ その定例会で「今、本業が忙しくてヤバい!」みたいな相談もするようにしています。だから最悪進捗が遅れても、手が空いている人が「じゃあ私が代わりにこれやっておくね」みたいなこともよくあります。

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ビジネスコミュニケーションの基本とも言われる報告・連絡・相談をしっかりされているんですね。かなりお忙しいかと思うのですが、劇団雌猫の活動は「仕事」という感覚ではないのでしょうか。

かん 仕事の定義って人それぞれだと思うんですけど、私は「仕事=事業として規模の拡大を目指していくもの」だと思っています。でも劇団雌猫の活動に関しては、規模を拡大しなきゃとは思ってないし、拡大するための活動もしていない。だから仕事か、と聞かれるとちょっと違うかもしれません。もちろん、お金をいただいて何かをすることもあるので、そこの責任は全うするようにはしていますが。

ユッケ 私も、私たちの趣味の範囲で、時間や労力はかかるけれど楽しくできるご依頼だけを受けているので、「仕事をやっている」という感覚はないですね。あくまでも「活動」?

かん 「推し事」で活動を欠席するのも、事前連絡があればOKですし(笑)。

ユッケ 今年の3月に劇団雌猫が登壇したイベントも、私は推し事で欠席しました……「美 少年」のコンサートの千秋楽と被ってしまって……。チケットも当たっていてどうしても行きたかったので、LINEで「ごめんなさい」って謝って。

かん いつ自分が同じ立場になるか分からないので、みんな快く送り出します(笑)。

推し事とも両立できるのは素晴らしい!「楽しく活動できる」ということが大事なんですね。

かん 4人の中で誰か一人でも嫌なことはやらないでおこう、という空気はありますね。

ユッケ 誰かが熱烈にやりたい案件があった時に、他のメンバーに熱くプレゼンすることはありますが、逆にみんながイマイチ乗り気にならないな、と思っていることを、我慢してまでやろうとはならないです。「じゃあ、やめやめ」って。

4人それぞれ、得意分野を生かす

みなさん劇団雌猫の活動に加えて、本業のお仕事もされていますよね。忙しいなか、何か働き方について気を付けていることはありますか?

かん 私、「土日には働かない」ってマイルールがあります! 本業、劇団雌猫の活動問わず、土日には仕事を入れない。イベントなどは仕方ないこともありますが、基本的に土日の昼間は休みます。

オンとオフを切り替えるのは大事ですよね。

かん もともと切り替えるのが下手なんですよ。ずっと仕事してしまうので、「ずっと仕事できない仕組み」を作ることで解決してます。ユッケさんはどう?

ユッケ 劇団雌猫結成時は会社員だったんですが、独立してフリーランスになったので、働き方は変わりましたね。会社員時代は長時間労働で、昼前に出社して深夜1時2時まで働くことも多かったけど、今は自分でスケジュールを立てられるようになりました。それはいいことかなと。

フリーランスになったことで、何かデメリットもありましたか?

ユッケ 仕事量は会社員時代の8割くらいになりました。当然その分収入も減ったんですが、人間関係のストレスもなくなったので……まぁいいかなと思っています(笑)。勤めていたときは、日中に劇団雌猫関連のメールやLINEをチェックする時間もなかったんですよ。でも今はそういうこともなく、ずいぶんラクになりましたね。

劇団雌猫さん

本業と劇団雌猫の活動、どちらもしやすくなったんですね。本業と副業、本業と趣味……など、両立のコツを模索している方は多いと思います。

かん 両立というか、本業でやっていることが劇団雌猫の活動に生きることはめっちゃあるんですよ! ユッケさんは本業で紙媒体の出版に関わったことがあったから、書籍化のときはすごく頼りになりました。校正記号を駆使したゲラチェック、めっちゃかっこよかった!

ユッケ ありがとう(笑)。かんは交渉が得意だよね。私は厳しい条件を出されても「まぁ頑張ればいいか」とそのまま受けちゃうタイプなんですが、劇団雌猫の活動では、かんがちゃんと交渉してくれる。

かん 本業で発注側に立つことが多いから、相手がその条件を出した思惑を見透かしてる(笑)。

各々培った得意分野が生きているんですね。

かん 私が「うわ、これ苦手だな~」って思うことは、他の3人のうちの誰かが得意なんですよ。ひらりささんは個人でイベント登壇する機会が多かったから、司会がうまくて助かってるし……。

ユッケ もぐもぐさんは、「劇団雌猫」思念の中枢!って感じ(笑)。我々がなんとなく感じていることの言語化が得意というか。

かん そうやってそれぞれ得意なところを生かしています。

ユッケ 本業で「やれるのは当たり前」だと思っていたスキルが、他の人からすると「すごい」と言ってもらえることだったんだ、という発見もあるよね。

かん 劇団雌猫の活動を通して多少なりとも友人の仕事っぷりが垣間見えるというのも個人的にはいい経験だよな〜と思います。

趣味を作ることは、将来へのリスクヘッジにもなる?

本業はオタクです。書影

今回出版された『本業はオタクです』は、「仕事も趣味も楽しむ」というスタンスの一冊ですよね。同じようにアクティブに趣味を楽しむために働く人がいる一方で、「趣味がない」ことにコンプレックスを持っている人もいると思うんです。そういう人について、率直にどう思いますか?

ユッケ うーん……。働く目的が必ずしも趣味でなくてもいいと思うんですよね。私は趣味のために働いているけど、「キャリアを積み上げたい」でも「貯金したい」でもいい。それでも毎日、ルーティンをこなしているだけに感じてモヤモヤするっていう人は……YouTuberになればいいんじゃないかな。

!?

かん え、それは動画を配信するってこと?

ユッケ うん。私、最近OLさんのルーティン動画にハマってるんですよ。平日夜19時に帰ってきて、自炊をして、お風呂溜めて、お風呂に入って、スキンケアして寝る……っていう、日常を紹介する動画がたくさん投稿されているんです。

たしかに「モーニングルーティン」や「ナイトルーティン」など、たくさんのルーティン動画がアップされていますよね。「GRWM(Get Ready With Me)」といったお出かけ前の準備動画などもじわじわ注目されているように思います。

ユッケ その「ルーティン」を毎日やれるのって、個人的には本当にすごいことだと思うんですよ! 当たり前にやっている人からしたら「普通じゃん」と思うかもしれないんですけど、普通じゃないです。私にはできないですし。

かん たしかに。

誰でもできるルーティンだと思っていることが、本当はすごく特別なことかもしれないっていうことですね。かんさんはいかがですか?

かん うーん……。私は、無理矢理にでも、仕事以外の楽しみを見つけた方がいいんじゃないかな? と思うんです。

ユッケ どうして?

かん これからは100歳まで生きるのが当たり前になるって、よく聞くじゃないですか。例えば60歳で定年を迎えたとしてもあと半分近く人生が残ってるって考えたら、好きなものが何もないとめっちゃ苦しいと思うんですよね……。

ユッケ 定年後、ロスみたいになる人もいるっていうよね。

かん そうならないためにも、早い段階で「自分から趣味にハマりにいく」のも、長い目で見たときに後々のモチベーションにつながると思うんですよね。生きるのに必要なお金を貯めるだけじゃなくて、生きがいにもなるような趣味のストックも貯めておくといいんじゃないかな。

なるほど、保険的な意味もあるんですね。

かん そうそう。老後のためだけじゃなくて、今に対するリスクヘッジでもありますけどね。例えば韓流の推しが熱愛発覚したときも、宝塚にも同時にハマっておけば、ショックを受け過ぎない(笑)。

ユッケ 確かに、逃避先がたくさんあるのはいいよね(笑)。

その逃避先にする趣味は、どんなものでもいいですしね。例えばガジェットだったり、旅行だったり……。それって、具体的にどうやって見つけるのがいいんでしょうか?

ユッケ なんだろう……。難しいよね。

かん 「衣食住」に関することは、日常で選択の機会があるはずなんですよ。だからその3つのうち、どれかを趣味にしてみるのがいいんじゃないかな?

ユッケ その中だと、食が一番手軽かな。

かん 他の二つに比べてお金をかけず楽しむ選択もしやすいし、料理なら人にふるまえるしね。そうか~、だから、定年後、急に蕎麦を打ち始めたりする人の話とかを聞くのかも。

かもしれません(笑)。「趣味は長生きの保険」、心にとめておきたい言葉ですね。

劇団雌猫さん

***

著書『本業はオタクです。-シュミも楽しむあの人の仕事術-』発売中

書影

「いつもオタク現場にいるあの人、一体なんの仕事をしているんだろう?」

仕事と趣味、どちらも充実させているリアル女子のおしごと事情をインタビューで紹介してきたWeb連載「オタ女子おしごと百科」が書籍化。『浪費図鑑』でおなじみの劇団雌猫が、日々趣味と仕事の両方にいそしむオタク女子たちにインタビューし「仕事とオタ活の両立」の工夫や、知られざる「オタ活に向いた仕事」も徹底取材しています。

さらに、本書ならではのオリジナル要素として、悪友たちが実践している働き方のアンケート調査結果や、悩める悪友のためのキャリアコンサルタント・西尾理子先生のお話も収録。仕事とシュミ、どっちも頑張る女子のための、新しい働き方指南本です。

お話を伺った方:劇団雌猫

むらたえりか

平成元年生まれのオタク女4人組からなるサークル。インターネットで知り合い意気投合した4人が、インターネットでは語られない「周りのあの子」への純粋な興味から、2016年冬に同人誌『悪友』シリーズを作り始める。トークイベントなども開催し、趣味と仕事に精を出す「浪費女子」たちから支持を得ている。
Twitter:劇団雌猫@本業はオタクです。 (@aku__you) | Twitter

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構成/芦屋こみね
撮影/関口佳代
編集/はてな編集部

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*1:好きなもののために行う活動全般のことを指す。ただし、明確な定義はなく、人によって使い方のニュアンスが異なることも

*2:韓国に行くこと

一頭の犬が入院体験を変える──ファシリティドッグ・ハンドラー 森田優子さん

森田優子さんとファシリティドッグ・アニー

日本初の「ファシリティドッグ・ハンドラー」として、神奈川県立こども医療センターに勤務する森田優子さん。欧米では数も多く、広く知られた職業になりつつあるそうですが、ここ日本ではまだ従事者の数は森田さんを含め3人のみ(2019年8月現在)。

主な仕事は、「ファシリティドッグ」と呼ばれる専門的なトレーニングを積んだ犬たちをコントロールし、患者さんの医療行為を円滑に進めること。月に数回訪問するセラピードッグと異なり、ファシリティドッグは病院などの医療施設に常勤し、患者さんと継続的に交流します。病気でストレスを抱える人たちに癒やしを提供し、治療へ前向きに取り組む手助けをする存在として、重要な役割を担っているのです。

もともと小児科の看護師として働いていた森田さんは、このような「前例のない仕事」にいかにチャレンジしたのでしょうか。現在に至るまでの歩みを伺いました。

アニーと一緒に子どもたちの治療に寄り添う

ファシリティドッグ・ハンドラーという職業は、日本ではまだなじみの薄い職業のように思います。まずは、森田さんのお仕事の内容について教えていただけますか。

森田優子さん(以下、森田) ファシリティドッグのアニーと一緒に、患者さんの治療のお手伝いをすることが基本的な仕事です。今はこども医療センターに勤務しているので、病棟に入院している子どもたちのベッドを回ったり、採血や点滴を怖がってしまう子どもに寄り添って応援したり、手術室の前までついていったり……といったことがメインですね。毎日10名くらいの患者さんと接していると思います。

森田優子さんとファシリティドッグ・アニー

この日も患者さんを回ってきたという森田さんとアニー

ハンドラーの仕事にはファシリティドッグの管理も含まれるので、プライベートでもアニーと一緒に住んで、ブラッシングやシャンプー、散歩など日常的なお世話もしています。

普通の犬だと採血や点滴を怖がってしまいそうなイメージがありますが、やはりファシリティドッグはそういった場面でも動じないのでしょうか?

森田 そうですね。もともと落ち着いた性格の優しい犬が選ばれるというのもありますが、ファシリティドッグになる子は子犬の頃から病院に慣れる練習を重ねて育ってきているので、病院の環境を怖がったり急に機嫌が悪くなったりといったことはまったくないです。

ただ、やはり長い時間働くことはアニーにとっても負担になってしまうので、病棟を回るのは1日に3時間くらいまでにしています。

アニーちゃん、さっきから森田さんの膝の上でウトウトしていますが、本当におとなしいですね……!

森田 今は仕事中だからすごく静かですけど、まだ3歳のゴールデンレトリバーなので、散歩中に友達と会うと走り回ってはしゃいだりもするんですよ。オンとオフをきちんと切り替えられる子なので、ありがたいなと思います。

ファシリティドッグ・アニー

こう見えて実は結構やんちゃだという

恩師からの誘いをきっかけに前例のない仕事へ

森田さんは、幼い頃から動物が大好きだったとお聞きしています。最初のキャリアには看護師を選ばれていますが、動物関係のお仕事に就くというのは考えなかったのでしょうか?

森田 動物園の飼育係や獣医になりたいと考えたこともありました。ただ、結局最初のキャリアに看護師を選んだのは、自分でもどうしてなのかよく分からなくて……。もちろん選択肢の一つとしてはあったと思うんですが、気が付いたら看護学校に入って看護師を目指していた、というのが正直なところです。

森田優子さん

現在のファシリティドッグ・ハンドラーには、小児科の看護師として勤務を始めて5年目にオファーがあったと聞きました。改めて経緯を伺えますか?

森田 私が所属しているNPO法人「シャイン・オン・キッズ」は、難病や重病の子どもたちを支援するために、前身となる団体が2006年に発足されました。その後、2008年ごろに子どもたちへの支援の一環としてファシリティドッグの導入を検討し、専門家のもとへ相談に行ったそうなんですが、それがたまたま私の看護学校時代の先生だったんです。

それで「小児科の勤務経験がある看護師の中にハンドラーになれそうな人はいませんか」と話があったときに、私の卒論が「アニマルセラピー」についてだったことを先生が覚えてくれていたようで、推薦してくださったという形です。

そのお話を最初に聞いたとき、率直にどう思われましたか?

森田 楽しそうだなあって思いました。看護師という仕事ももちろん好きだったのですが、普通の看護師の領域ではできないことを何かやってみたいという気持ちは常にありましたし、動物に関われる仕事というのもやっぱりうれしくて。

森田優子さんとファシリティドッグ・アニー

お互いを信頼し合っている様子が伝わってくる

とはいえ、ファシリティドッグ・ハンドラーは当時日本に一人もいない状況だったんですよね。未知の仕事へのキャリアチェンジというのは冒険のようにも思えるのですが、迷いはなかったですか?

森田 うーん……実はあんまりなかったんですよね(笑)。ハンドラーとしての最初の勤務地は静岡のこども病院だったのですが、アプローチは違えど、子どもの患者さんと接する仕事という点で本質的には同じだなと思ったので、ステップアップというふうに自分では捉えていて。

とてもポジティブですね……! 最初のパートナーはアニーではなく、同じくゴールデンレトリバーのベイリーだったとお聞きしています。

森田 そうです。日本にはハンドラーになるための専門施設がないので、ハワイの施設で犬の日常的な世話の仕方やコマンド(犬への指示)の出し方などを学び、病院での実地研修を経て、現地のトレーナーからベイリーを紹介されました。

小さい頃から常に小動物は家にいたのですが、実は犬を飼うのはベイリーが初めてだったんですよ。でも、幸いのほほんとした性格が合ったのか、最初からお互いすんなりと一緒にいられました。ベイリーは2018年にファシリティドッグを引退して、仕事上のパートナーはアニーに変わったのですが、今も家では2頭と一緒に暮らしています。

ベイリー自身が証明してくれたファシリティドッグの力

ハンドラーというお仕事への転身に対して、森田さんご自身には大きな迷いはなかったと伺いました。ただ、当時未知の領域だったファシリティドッグの導入には、周囲からの反対の声もゼロではなかったのではと想像するのですが……。

森田 最初の病院で導入前に幹部会議があり、その中ではやはり「患者が感染症になったらどうする?」など不安視する声も上がったとは聞いています。ただ、感染症はキチンとした手順を踏むことでリスクは払拭できますし、「駄目だったら駄目で、その都度対策を考えよう」と当時の麻酔科医長も言ってくださったようで、それが後押しになったのかなと思いますね。

森田優子さん

森田さんご自身も、ファシリティドッグ導入のために病院側を説得されたりしたんでしょうか。

森田 もちろん他の先生方や看護師さんたちと一緒にフロントに立ってお話はしたのですが、説得みたいなことはあんまり積極的にしていないかもしれません。

というのも導入が本決まりになる前、お試し期間として1週間ほどベイリーと病棟内を回る機会があったのですが、その短い期間のうちに、ずっと起き上がれずに寝たきりだった患者さんが、「ベイリーが見たい」と起き上がれるようになったことがあって。

短期間でそんなことが……!

森田 実際に導入されてからも、採血のたびにパニックになっていた子どもが、ベイリーが横にいることで泣かずに採血を受けるようになったり、手術を怖がっていた子どもが「ベイリーがついていたら大丈夫」と言ってくれるようになったり、本当にさまざまな変化があったんです。

ファシリティドッグ・アニー

そのうち、他の病棟の子どもや親御さんたちから「どうしてこっちの病棟には来てくれないんですか」と言っていただけるようにもなり、次第に入れる病棟の数が増えていきました。だから私が説得したわけではなくて、ベイリー自身の力と患者さんたちの声のおかげで、自然と広まったというのが正しいと思います。

子どもたちにとっての「病院」のイメージを変えられる仕事

お話を伺っていると、森田さんがファシリティドッグ・ハンドラーというお仕事を誇りに思われているのが伝わってきます。これまでを振り返ってみて、ハンドラーになって良かったと強く感じるのはどういったときですか?

森田 やっぱり、患者さんたちから「ベイリー、アニーがいたから頑張れたよ」と言葉をかけてもらえるときです。中には「アニーに会いたいからまた入院したい」なんて言う子までいたりして、それって普通はありえないことじゃないですか?

入院したい子どもなんて本当はいないはずなのに、病院にアニーやベイリーがいることでそう思ってもらえる。子どもたちにとっての「病院」という場所のイメージを変えられるって、すごい仕事だなと思います。

森田優子さんとファシリティドッグ・アニー

看護師とファシリティドッグ・ハンドラーという二つの立場を経て、今後についての展望などはありますか?

森田 ベイリーやアニーと病棟を回っていると、患者さんやご家族の本音に触れることが少なくないんです。例えば、「本当は治療のこの部分が不安」「もう少し主治医の言葉が聞きたい」など、ファシリティドッグを介すことで、直接言いづらいことも言葉にしてくれる。実際に、ハンドラーの私にいただいた悩みがきっかけでカンファレンスが開かれたこともありました。

だから、そういった声をすくいとり、先生や看護師へと橋渡ししていくこともハンドラーとしてより意識的に行えたらと思っています。

森田さんのように「前例のない仕事」にチャレンジしたくても、キャリアチェンジにちゅうちょしてしまっている方は多いと思います。最後に、そういった方に対して森田さん流のメッセージがあったらお聞きしたいです。

森田 私はハンドラーになって、最初は日本に具体的な仕事の相談をできる相手は一人もいませんでした。だから、「この治療のときはその場にいた方がいい」とか、逆に「手術室の中までは入らない方がいい」とか、本当に手探りの日々だったなと思います。でも、そうやって試行錯誤していくうちに、少しずつ味方が増えて、今ではみんながベイリーやアニーのことを仕事仲間として歓迎してくれています。

だから私は自分の信じられる道が見つかったなら、とりあえずやってみてもいいんじゃないかなと。前例がないことは、やってみないことには何も分かりませんし、その先で真摯に仕事と向き合っていれば、きっと助けてくれる人が出てくると思います。

森田優子さんとファシリティドッグ・アニー
取材・文/生湯葉シホ
撮影/小野奈那子
編集/はてな編集部

お話を伺った方:森田優子

森田優子さん

静岡県函南町生まれ。静岡県立大学看護学部看護学科卒業。小児科の看護師として国立成育医療研究センター勤務を経て、2009年に認定特定非営利活動法人シャイン・オン・キッズに就職。2010年より静岡県立こども病院で、日本初のファシリティドッグ・ハンドラーとして活動開始。2012年より神奈川県立こども医療センターで活動中。
Web:NPO法人シャイン・オン・キッズ

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Aマッソが“テレビ”に固執しない理由「売れてへんのやから、捨てるもんは何もない」

Aマッソのお二人

小学生時代からの幼馴染みでもある加納さん、村上さんで結成されたお笑いコンビ「Aマッソ」。近年、その尖った芸風がじわじわと注目を集めています。

テレビでの出演も徐々に増加しているお二人ですが、実は「テレビ」で求められていることに対して違和感を覚えることもあるそう。8月末に単独ライブを控える彼女たちに、テレビで求められることと自分たちの芸風のギャップ、女芸人という枠組みの中で仕事をする上で感じることなどについて伺いました。

テレビで求められることが、全てではない

お二人のコントで「進路相談*1」というのがありますよね。村上さんが将来の夢について相談する生徒役で、先生役の加納さんが偏見に満ちた発言で止めるネタの。このコントが注目され、テレビでも披露してほしい、というオファーもあると聞きました。

Aマッソ「進路相談」

ラーメン屋を開きたいという夢を持つ生徒と先生との掛け合いの中で、「『男女なんて関係ない』なんて言ってるのは大体女」といった加納さんの発言から、「Aマッソ」に関する話題になっていき、昨今の女芸人の立ち位置や、Aマッソが世間からどう見られているかを皮肉るコント。
(内容一部抜粋)
加納「Aマッソってお笑い芸人知ってるか? ああいう女芸人が一番嫌いなんや。見方わかれへんやろ」
加納「女芸人が最近がんばってる、みたいな言われとるがあれ嘘やぞ! テンプレートが蔓延してるだけじゃ!」
村上「先生は考え方が古いんです!」
加納「古くて結構! これが世論じゃ!」

加納 今、あれ(進路相談)が名刺代わりみたくなってしまっているんですが、それも恥ずかしいんですよ。だってあれ、単独ライブでふざけて、最後にこんなんどうかな? って作ったやつだから(笑)。

Aマッソ村上さん、加納さん

写真左から村上さん、加納さん

そうだったんですね! てっきり女芸人としての立ち位置に対する鬱憤を吐き出したネタかと思っていました。

村上 本心でやってると思われがちですけど、そうでもないです(笑)。

加納 ものすごく悩みを抱えてると勘違いされてしまって、「あれをテレビでやってくれ!」と言われて出るんですが、本音を言えば「え、そんな苦悩してる二人に見える? そこまで思ってないけど……」って。

なんというか、皮肉ですね。お二人のネタって基本的に容姿や性別は関係ないフラットなものが中心ですが、ほぼ唯一「女芸人」であることをフォーカスした「進路相談」のネタでテレビのオファーが来るというのは……。

加納 まっ……たく悩んでないしな、と思いながらやらなあかんから難しいんです。

村上 めっちゃ悩んでる感じでいかなあかんからね。

加納 本心は全然ちゃうからなぁ~。「今後もっと、女芸人代表としてどんどん女に噛みついてくれ」とか言われるんですが、それについては「ホンマに違う!!!」って思っていて。

うちらがやってるネタは、ただの「ボケ」でしかなくて「女を斬る」という目的でやってはいないんで。ライブと違って、テレビって「使いやすい、ちょうどいいことを言う」のが求められるんですよね。これライブで言うたらウケんのに、収録で同じこと言うと「変なこと言った」みたいな空気になることも多い。

でもそれは、ライブのハードルが低いっていうわけではないと私は思っていて。たぶん、そのコメントがテレビ的に「必要じゃないから」なんですよ。

番組がほしいコメントじゃないから。

加納 そうやと思いますね。とにかく分かりやすいことが大事で。ボケにもいろいろな種類があるのに、一個ちょっと考えさせるようなことを言っただけで、「不思議ちゃん」とか「独特やなぁ」で片づけられる。それって考えることを止める口実だと思うんですよ。

村上 深夜番組向いてそう、とかな。

加納 「深夜番組でやれ!」とか「自分のイベントでやれ!」とか、よう言われるわ~。いや、そこを経てここ来とんねん! なんでまったく違うことを求められんねん!

それをうまいことやれよっていう話なんですけど……できないんですよね~。MCから期待されている回答を言うのがワンテンポ遅れる(笑)。

ポーズをキメるAマッソのお二人

伺っていると、お二人ともめちゃくちゃ正直でスカッとしますね。

加納 あとは例えば、30代で結婚の話を振られたら、何らかのキャラをやらなあかんことありますよね。「(結婚)できなくて困ってるキャラ」なのか、「したいと思っていないし! というキャラ」なのか。

村上 めんどくさいですね(笑)。

加納 あれめっちゃめんどくさい。そのキャラの前提で喋りを振られるのがしんど~~~っていう。何も思ってないし、ほっといてくれ!

テレビのバラエティって、テンプレ的な役割ごとにキャスティングされていますものね。たとえ本人の本音とは違ったとしても、一定の年齢を過ぎた女性タレントは「結婚できなくてつらーい」という回答を求められがち。

村上 みんなの優しい嘘で番組はできあがっているんです。

女芸人に求められる「笑い」

そういう役割に基づいて、女芸人をやっていると例えばブスキャラとか、セクハラ的なこととかでいじられることってあると思うんですが、それについてはどうお考えですか?

加納 最近それが問題になることも増えましたよね。芸人だけじゃなくて世の中的にも。もちろん、この流れのおかげで救われている人も多いですからいいことなんですけど、個人的にことお笑いに関してはそういういじり方が一概に悪いと言えない部分があると思うんですよ。

というと?

加納 それをセクハラだと主張するには、もうちょっとそれ無しでもオモロならんといけないんじゃないか、と。

正直今は従来のいじり方が勝っちゃってるし、それで笑いをとっている女芸人も少なくないと思う。今後、女性の権利を勝ち得ていざ表に出てみて、笑いの能力が追い付いてなかったら、私やったら恥ずいなって思ってしまいますね。

Aマッソさん

それで言えば、まさにお二人は自分たちから進んで「女芸人」的なところで笑いを取りにいってはいないコンビですよね。

加納 そうですね。ただ、テレビに出るとどうにも……。どこにもポジションがないな、難しいな、と思いますね(笑)。そんなにテレビに出る機会が多いわけではないのですが。

やっぱりテンプレ的な動きをしないと、「深夜番組でやれ!」ってなってしまうんですね。

加納 はい(笑)。とはいえ、どうしたって女芸人的なことをやらなあかんことがあるのも分かっているので、そこは受け入れています。

そうなんですね。じゃあ、例えばMCからセクハラ的な振りをされたとしても割り切っていらっしゃる……?

加納 何にも思わないです。MCが機転を利かせてオモロくしてくれようとした可能性もありますし、それって笑いの種類のひとつやから。お笑いとしてのネタと、世の中における女性の人権の問題については、一緒にせんで、切り離して考えなあかんと思います。

最近ありがたいことに、ライブでMCをやらせてもらうことが増えたんですが、MC中って、もうとにかくその場をどうにかしなあかんとか、この子の良さを生かしたろうとか考えながらやるんですよ。そんな中で、後から考えたらごめん失礼やったなと思えど、その舞台を機能させる上での必要悪というのは正直あります。

村上 あるある。

加納 だからそれが「笑い」であれば否定はしないですね。

もちろん、芸風的にこの方向でいじられるのはかわいそうやな、アカンなって場合もあるので、その女芸人がどんな笑いを表現したいのか、しているのか次第ですよね。

ネアカすぎて悩まない二人

「思ってもいないことを言わされる」ことがしんどいな~と思うことはあれど、基本的には女芸人としての立ち位置に悩んでいるわけではないのが、すごいですね。むしろ……なんで悩まずに済んでいるんでしょう?

加納 悩めよな! 悩めっちゅうねん! なんでそんなに明るいっちゅうねん(笑)。

村上 なんで悩まずに済んでるんだろう……? 今それ言われてハッとした(笑)。

加納 求められたことをできなかった“給料泥棒感”についてはいつもほんまにごめんなさいって思ってるんですよ。「ああ、すみません……金だけもろて。何の仕事もしてないのに。せっかくキャスティングしてくれたのに……」って。

そんな中でも、「テレビに固執する必要はないし、違うと思ったら言ってくれてええから。でもテレビでできることがあるんやったら可能性を探ろう」とキャスティングしてくれるプロデューサーさんもいて、ありがたいんですけどね。

村上 まあ、二人ともめちゃめちゃネアカなんですよ~!

加納 もう基本なんも考えてないんですよ。そもそもコンビ組んだときも、(村上を指して)なんも考えてなかったから(小声)……、乗ってくると思って誘ったら、いけてん(笑)。

村上 就職しようとしてかまぼこ工場にインターンシップとか行ってたんだけど……、やめた(笑)。

加納 釣れたわ。テキトーなルアーで(笑)。

Aマッソさん

お二人は小学校の頃からの付き合いなんですよね。

加納 小学校5年生から同じクラスで中学まで一緒で、高校は別で。

村上 (加納を指して)ウチが行きたかった高校に行きました……。

加納 点が足らんかったんや、学力が(笑)。

村上 C判定やった(笑)。

加納 コンビ組んでからもう12年? ながっ!

村上 ながっ! めっちゃ仲良し(笑)。

苦手なことは苦手、と割り切れる強さ

10年コンビでやってこられて、これからどうしていこうと考えていらっしゃいますか?

加納 今はインターネット番組を二つやっていて、ライブなどのイベントがあって、それで稼げたらいいなと思っているので、もっと大きくしていくのが目標ですね。

やはりテレビよりもネットやライブなどのメディアの方が自分たちに合っているという感覚でしょうか?

加納 そうですね。苦手なことってもう苦手やからね。それにずっと向き合い続けるのも時間の無駄な気もして。

村上 繰り返しになりますけど、思ってもないことを言うのはどうしても苦手で(笑)。それよりは得意なことを伸ばしていった方がね。

加納 収録中に顔にも出ているらしく、カメラマンさんに「ちょっと変な顔してたね」って言われますから!

そもそも売れてへん芸人なんて捨てるもんないんやから、「ゴールデンに進出せなあかん」、「こうせなあかん」と我慢するよりも、得意なことやったらええがなと。

強い。

加納 テレビの道に進んでも、ネタを披露するみたいな番組は今はほとんどないし、現状ではゴールがママタレとかみたいになっちゃうしなぁ。それゴールなんかい、って。

でも、親世代は「今はテレビじゃないから」っていうのは理解できひんから、親は「いつ出んの?」とはずっと言ってきますけどね。「あんたら、テレビ出れてんの?」みたいな。

村上 YouTubeを見せて、「ここに出てます」とかね。

加納 今はテレビ以外にも活躍の場があるの、親には分からへんから。

とはいえ、影響力ではまだテレビが勝つことを考えると、割り切り方が潔いです。

加納 そういう部分での焦りはないんですけど、向こう2年くらいの間にどれだけネタを生めんねんっていう焦りはありますね。自分で納得いくものをいくつ作れるか。だって10年後、今より面白いネタは絶対書かれへんから。脳みそ的に。発想とかも、絶対に今の方がいいはずやから、今のうちに生めるだけ生んでおきたいんです。

村上 ウチも背負ってもらわなあかんからさ……。

加納 重たい(笑)。

ほがらかなAマッソさん

***
取材・執筆/朝井麻由美
撮影/小野奈那子
編集/はてな編集部

Aマッソ 第6回単独ライブ 東京・大阪で開催決定

Aマッソパンフレット

<公演概要>
第六回 Aマッソ単独ライブ「欄(おばしま)編集長の逆説」
○東京公演
日程:
2019/8/30(金)19:00開演
2019/8/31(土)13:00開演(追加公演)
2019/8/31(土)18:00開演
会場:東京・伝承ホール(東京都渋谷区桜丘町23-21)

○大阪公演
日程:
2019/9/11(水)19:30開演
2019/9/12(木)19:30開演
会場:大阪・HEP HALL(大阪府大阪市北区角田町5-15 HEP FIVE 8F)

チケット料金:前売3,800円(税込・全席指定)

お話を伺った方:Aマッソ

Aマッソさん

ワタナベエンターテインメント所属。幼馴染みの加納・村上でお笑いコンビ「Aマッソ」を結成、ネタ作りを担当する。キングオブコント2017でセミファイナル進出。また2016年、2017年連続でM-1グランプリのセミファイナリストに。
Youtube:Aマッソ公式チャンネル

*1:DVD『ネタやらかし』収録

宇垣美里「自分を嫌いになる場所にいる必要は、絶対にない」

宇垣美里さん

アナウンサー、コラムニスト、ラジオパーソナリティ、コスプレイヤーなど、さまざまな領域で活躍する宇垣美里さん。今年の3月には5年間務めたTBSを退職し、さらに活動の幅を広げようとされています。

火曜パートナーを務めるラジオ『アフター6ジャンクション』では、筋の通った言動から"宇垣総裁"の異名を取るなど、注目を集める彼女。常に他者からの評価にさらされる厳しい世界に身を置きながらも、なぜ宇垣さんは“自分“を見失うことがないのでしょうか? 正解探しをしていたという新人アナウンサー時代から、話題を集めた「マイメロ論」のその後、そして宇垣さんの思う「自分らしさ」などについて伺いました。

共演者の一言で正解探しをやめた

大学では国際政治学を専攻されていたそうですね。卒業後の進路は記者を志望されていたとか。

宇垣美里(以下:宇垣) もともと書くことが好きで、国語の成績がほかよりも良かったりもしたので、文章を書く仕事に就くのかなと漠然と考えていました。大学に入ってからは、世界の政治にまつわる勉強にも面白さを感じるようにもなって、これは記者だろうと。

記者からアナウンサーへ志望を変更されたのは、何かきっかけが?

宇垣 アナウンサーって、全然身近な仕事に見えないじゃないですか? だから、自分には縁遠い仕事だと思っていて、そもそも選択肢になかったんですよね。ただ、もともとテレビは好きだったので、記者になるならテレビ局がいいなとは思っていました。

転機は、テレビ局の就活セミナーに参加したとき。セミナーのひとつにアナウンススクールがあったんですけど、参加してみたら楽しくて(笑)。どうせ受かる確率は低いんだから、それならどちらも受けてみようと。キー局の中ではTBSアナウンサーの試験がどこよりも早いんですけど、結果的に最初に内定をいただけたので入社を決めました。

宇垣美里さん

TBS時代は、バラエティやワイドショーを中心に活躍されていた印象ですが、理想と現実にギャップは感じませんでしたか?

宇垣 本当は報道の仕事がしたくて、海外派遣も希望していました。ただ、自分が求めていることと、求められているものにはギャップがあるなと。ひとつは自分で思っているよりも、自分の見た目が子どもっぽく、可愛らしい部類に入り、報道向きではない顔をしているらしいということ。それはテレビでは大事なことで、ルックスと発言内容に違和感があると伝わるものも伝わりませんから、入社直後に「あぁ、私は報道には行けないんだ」と悟りましたね。

悔しいですけど、努力では乗り越えられない壁ですよね。

宇垣 でも、納得はできました。諦めではなく、「いまは無理だけど年齢を重ねて、落ち着きや説得力が増せばチャンスもあるかな」と割り切れたというか。というのも、アナウンサーという職業は、自分が主体的に仕事を選ぶというより、「あなたにはこれがいい」と周囲から勧められたものが、結果として一番合っていると思うんです。もちろん、どうしても自分の信念と異なる場合は断ることも大切だと思いますが、バラエティやワイドショーに呼ばれたときは、「合っていると思われているなら、とりあえずやってみよう」と素直に受け入れられたんですよね。

アナウンサーはプレッシャーも多い仕事だと思います。最初は大変なことも多かったのでは?

宇垣 そうですね。最初はすごく正解を探してしまうところがあって、常に「なんて言えば喜んでもらえるだろう?」「どんなリアクションを取るべきだろう?」と考えていました。わりと受験をがんばった人にありがちのような気もするんですけど、何かと最適解を求めてしまうというか。通勤時の服装ですら、先輩方に「何を着るべきですか?」とよく質問していたのを覚えています(笑)。

宇垣美里さん

アナウンサーという仕事に限らず、相手の期待に応えようと求め過ぎてしまうことってある気がします。

宇垣 そうですよね。それで、私の場合は当時担当していた番組のMCの方に「あのとき、なんて言えば良かったのでしょうか?」とよく相談していたんです。そうしたら、あるとき「お前はいつも正解がなんだったのか聞くけど、正解なんかないから自由にやれ。正解を求めようとすること自体が怠惰で、思考停止だ。正解は自分で作り出せ」と言われて目からウロコが落ちて。

かっこいい……。

宇垣 その言葉によって、正解探しの呪縛から解放されたような気がします。実際にその方は、私が生意気なことを言ったり、その方と異なる意見を言ったりしても、「それが本心から出た言葉なら」と喜んでくださって、本当に助けられました。

自分を嫌いになる場所からは軽率に離れる

そんな素晴らしい共演者の方もいる一方で、心無い言葉を投げかけてくる人も中にはいると思います。そんなとき、宇垣さんはご自身のことをサンリオのキャラクター「マイメロディ」だと思いこむことで、つらさを回避されるという「マイメロ論」を提唱されましたね。

宇垣 イラッとくる一言ってあるじゃないですか。飲み会での「お酌しろ」とか、「彼氏作れよ」とか。内心、うるせえな!って感じですけど、そこでいちいち食ってかかっていたら、こっちの体力が持たない。だから、自分にマイメロを憑依させて、「私はマイメロだよ〜☆ 難しいことわかんなーい」って思うことで、目の前のことを無力化するという(笑)。

宇垣美里さん

無力化ってすごく大事なことですよね。理不尽な言葉を正面から受け止めてしまい、心が苦しくなる人も少なくないと思うので。

宇垣 私は、「自分を嫌いになる場所にいる必要は絶対にない」と思っています。人生にはいろいろなことがあって、嫌な思いをすることや、どうしてもうまくいかないこともたくさんある。でも、そういう苦しいときにできることは、自分が好きな自分でいることだけだと思うんです。

もし自分を嫌いになるような場所にいるなら、軽率にそこを離れればいい。私が怖いのは、人に嫌われるよりも何よりも、自分が自分を好きでいられなくなることなんです。自分を好きでいられなくなること以上のマイナスなんてないから。

おっしゃる通りだと思います。ただその一方で、以前宇垣さんがラジオで「受け流してしまったこと」に対しての悔しさをお話しされていたことも印象に残っています。

宇垣 つい最近のことなんですけど、囲み取材をしていただいているときに、いきなり全く関係のない恋愛の質問をされたことがあって。そのときは笑って受け流しちゃったんですけど、楽屋に戻ってから受け流した自分のことが許せなくて、しばらく悶えていました(笑)。

おそらく、その場を丸く収めるという点では正解の対応だったと思うんです。でも、あまりにも無遠慮な質問だと思いますし、全然令和っぽくない! 質問された相手がどんな気持ちになるか、もっとさまざまな可能性を想像するべきだと思うんです。それなのに、私はそれを笑って流したことで、その質問を是とすることに加担してしまった。激しく後悔しましたね。

宇垣美里さん

なんと答えたかったですか?

宇垣 「答える必要ありますか?」ですかね。いずれにしても、「私はその質問が好きではない」「答えたくないからというだけではなく、誰に対してもその質問をすることが許されると思ってほしくない」という気持ちを伝えたかった。ときには受け流すのではなく、NGの意思表示をすることも大切だなと最近は思います。もちろん、言える人が言えばいいだけで、みんながみんな「本音を言うべき」とは思いませんが、私は比較的心が強い方ですし、それを否定できる立場にもあったので。

なかなか本音を言えず、苦々しい思いをされている方もいると思いますが、宇垣さんのような考えを持っている人の存在に救われる方もいると思います。

宇垣 所詮、私は泡沫のような存在ですが、主張すべきところは主張できればと思っています。ちなみに恋愛質問の件は、連載コラムに書いて発散しました(笑)。

「書いた言葉」だけは自分を裏切らない

宇垣さんは連載コラムやフォトエッセイなど、文才も注目を集めています。文章を書くことの面白さはどんなところでしょうか?

宇垣 私は、「書いた言葉」が一番正確に自分の考えを伝えられると思っています。言葉を口にするとニュアンスがうまく伝わらなかったり、怒ってないのに怒っていると誤解されたり、勢いで思ってもないことを言ってしまったりしますよね。でも、文字に起こして、誰かに読んでもらうまでに推敲を重ねる中で、一番確かな自分の声が見えてくる。書いた言葉だけは、少なくとも自分を裏切ったことは一度もないです。

発表するしないにかかわらず、もともと書くことはされていたんですか?

宇垣 自分の想いも含めて、何かを言語化するのが好きなんです。言葉にすると色や形ができるというか、感情が把握できるようになるんです。なので、日記もつけていますね。例えば、舞台を見に行った感想とか、書かないと何が良かったのかも分からないから、なるべく言葉にするようにしています。刹那的な想いも残せば永遠になるので、あの時こう思ったとか書き残しながら振り返って読んでいます。

宇垣美里さん

ちなみに、ブログやTwitterは利用されていないですよね。何か理由があってのことでしょうか?

宇垣 毎週コラムがあるので、思ったことはそこに書けばいいと思っているのと、不特定多数に何かを公開したいという欲がないんですよね。変に自分のイメージを固めたくないし、「こういう人でしょ?」と言われたら真逆なことをしたくなる性分で(笑)。だから、ずっと「どんな人なんだろう」と思われる、謎の人でありたいんです。ある意味、カテゴライズに抗う一つの方法というか。

イメージが固定化されてしまうと、ほかの可能性が広がらなくなりがちですよね。

宇垣 それこそ私がTBSを辞めた理由の一つに、「何にもなりたくなかったし、何でもやりたかった」というのがあるんです。実のところ、いま肩書きにも悩んでいます。アナウンサーはアナウンサーなんですけど、文章も書くし、コスプレもするし……どうしましょう(笑)?

「本当の私」に対する執着がなくなり、これからもっと自由になれる

ちなみに宇垣さんと言えば、化粧品好きなことでも知られています。

宇垣 睡眠時間が2時間で、ゾンビみたいな顔でもメイクさえすれば生気を帯びられるなんて、メイク最高じゃないですか(笑)? ピンク系のときは優しく、青系の時にはキリっとクールビューティみたいに、メイクによって自分の性格が変わるような気がするのも楽しくて。誰かのウケを狙うとかいう発想ではなく、完全に自分のために楽しんでいますね。

アナウンサーという職業柄、メイクに配慮を求められることもあるのでは?

宇垣 そうですね。やはりあまりに派手なメイクは、視覚ノイズになってしまうと思います。ただ一方で、その中にも一つ抜けポイントをつくることもありました。例えば、自分の好みの赤めのアイブローにしてみたり、グリーンのマスカラをつけてみたり。ちょっとしたイタズラごころもありましたが、そうすると「だって今日まつげ緑だし!」ってギリギリのところで自分を支えてくれるんですよね。

宇垣美里さん

メイクの話にも通ずるかもしれませんが、宇垣さんは「自分らしさ」とはどのようなものだと思いますか?

宇垣 私は、自分らしさって相対的なものだと思っているんです。絶対的な自分らしさなんてなくて、多面的なもの。だから、自分を映す鏡である他者がいないと自分は存在できないと思っています。いまこの場でインタビューを受けている私、テレビに出ている私、友人といる私、家族といる私、全て違っていて当たり前だし、全てが自分だと思っています。

自分一人で唸っていても、自分らしさが見つかるわけではないと。

宇垣 そうですね。そういえば、TBSの内定が出たばかりの頃、「ぶりっこキャラ」って書かれたんですよね(笑)。最初はびっくりしましたけど、その記者さんから見たらそうだったんだろうなと。ただ、それを"私の全部"として引き受ける必要はないと思っています。

今は、「自分という人間を好きに切り取ってもらえればいいや」と達観しています。私をこう見てほしいとか、本当の私はそんな人間じゃないとか、そういった執着がなくなりました。

最後に、今後について考えていることを率直に教えていただけますか。

宇垣 まだ明確なことは分からないし、別にそれでいいとも思っているのですが、常にもっと広いところには向かっていきたいなと。最近、周りの人から、「30歳になったら肩の荷が降りて楽になるよ」とめちゃくちゃ言われるので、本当かな?と思いながらも、楽しみにしています(笑)。30代に突入したら、もっと自由になれるのかな、それっていいなって思っています。

宇垣美里さん

取材・文/末吉陽子(やじろべえ)
撮影/小野奈那子
編集/はてな編集部

お話を伺った方:宇垣美里(うがき みさと)さん

宇垣美里さん

1991年生まれ。兵庫県出身。同志社大学卒業後の2014年、TBSに入社。『あさチャン!』『炎の体育会TV』『サンデージャポン』などに出演し、2019年3月に退社。現在はフリーランスとして、アナウンサー、コラムニスト、ラジオパーソナリティなど幅広く活動中。著書に『風をたべる』(集英社)がある。
HP:オスカープロモーション

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“腐女医”で漫画家・さーたりさん「中途半端でも諦めない。後悔が自分を突き動かす原動力」

さーたりさん

オタクな外科医「腐女医」を名乗るさーたりさん。医師、3人の育児に奔走する母、“お医者さんの日常”を描き出すコミックエッセイの著者、アニメオタクとたくさんの顔を持ち、その日常をつづるブログは各方面から反響を呼んでいます。

肩書きだけ見れば、自分のライフスタイルを楽しんでいるバリキャリを連想しがち。しかし、さーたりさんのコミックエッセイやブログから垣間見えるのは、ときに女性であること、母でいることに悩み苦しみながら、泥臭く人生を切り拓いていく姿。そこに親近感を抱く人も多いはずです。

とはいえ、フル回転の日々を送るさーたりさん。何が彼女をそこまで突き動かしているのか、仕事とプライベートで大切にしていることは何なのか。心のうちを語っていただきました。

人生には限りがある。だからやりたいことは全部やる

医師の専門分野の中でも、外科医は特にハードな印象があります。なぜ外科医を選ばれたのでしょうか?

さーたりさん(以下:さーたり) 大学時代にいろいろな科で実習を積んだのですが、その中でも外科が楽しかったんです。ダイレクトに命と向き合う手術にとてもやりがいを感じたので、自然と外科を志すようになりました。

仕事(外科医と漫画家)・プライベート(3児の母)・趣味(アニオタ)と多忙な日々を過ごされているさーたりさんですが、1週間どのようなスケジュールで動かれているのでしょうか?

さーたり 大学病院で外来と手術を週2日、クリニックで簡単な手術と内視鏡、超音波などの検査を週2~3日。漫画家としての活動は子どもが寝た後か、クリニックが早く終わってお迎えまでの隙間時間にコツコツと描いています。最近は寝ないと次の日がキツくなってきたので、睡眠時間はなるべく確保するようにしています。さらに、その合間に趣味のアニメで癒やされている感じですね。ちなみに、今は『マクロスΔ』(マクロスデルタ)にはまっています。

そんなに! その原動力はどこから湧いてくるんですか?

さーたり 以前、若くして重病にかかった、ファッションが大好きな女性患者さんに「やりたいことやらなくちゃ、もったいないよ」と言われたことが大きいですね。医師の仕事にやりがいを感じていたものの、「自分が本当にやりたいことって何だろう」と考えるようになったんです。主治医を受け持ってから1カ月半で彼女は亡くなったのですが、その言葉の重みを10年たった今でも思い出します。なので、医師も漫画家も母もアニオタも、全部やりたいことだから、とことんやろうかなって。

さーたりさん

人生は有限だからこそ、やりたいことを諦めないということですよね。

さーたり そうですね。また、結婚して間もない頃、交通事故に遭ったことがあるんです。入院と自宅療養を経て仕事に復帰したのですが、重いものを持ったり緊張したりすると手が震えるようになってしまい、しばらく手術ができずに休んだ時期がありました。その時には「外科医としては終わりなのかな」とも思いました。

でも、いま仕事を辞めては悔いが残ると思いましたし、出産もしたかった。それまでは多忙のあまり思考停止していましたが、休んだ数カ月の間に自分の人生を考えることができました。不本意な休養ではありましたが、やりたいことと向き合う時間を作れたことは大きかったです。

第1子の出産は31歳の時とのことですが、妊娠・出産について真剣に考えるようになったのは、事故の後ですか?

さーたり はい。それまでは子どもが特別好きというわけでもなく、どうしても欲しいという感情はありませんでした。いつかはと思いながら、「まだ時間はあるかな」くらいの認識で、正直あまり考えていなかったんですよね。どちらかというと、子どもができたらやりたい仕事ができなくなると思ってためらう気持ちもあり、先延ばしにしていました。でも、事故と療養期間を機に真剣に向き合うようになりましたね。

医局では初の妊婦ドクターだったそうですね。大変なことも少なくなかったのでは。

さーたり 妊娠期間や育休明けには大きな手術には携われませんでしたが、手伝いなど自分がやれることを少しずつ見つけるようにしていました。勤務時間は短くても、できることは少なくても、事故で仕事をしたくてもできなかったどん底の時期よりはマシだと思っていました。子育てと医師の両立をするにはペースダウンせざるを得ない部分もありますが、長い目で見ればきっと復帰できるし、完全なブランクでなければ仕事をつないでいけるのではと考えました。

自分が選んだことなのに苦しい──“中途半端”を許せるまで

30代に入ると仕事もノッてくる頃ですね。特に女性の場合、妊娠に対しては、ある程度リミットがあると分かっていても、仕事が充実していると考えるのを先延ばしにしがちかもしれません。

さーたり 私もそうでした。結婚も「30歳まではしなくていいかな」と、先延ばしにしていたんです。でも、当時付き合っていた現在の夫に「まだ一人前になっていないのに結婚している暇はない」という話をしたら、「じゃあいつ一人前になるの? 1年後、2年後も、もしかしたら10年後も一人前じゃないかもしれないよ。それなら早い方が良いんじゃないの?」って言われて。確かにそうだなと。

それはハッとさせられる問いかけですね。

さーたり その結果として結婚を決意し、子どもにも恵まれましたが、自分の役割すべてを完璧にできているわけではなく、「つらいなぁ~」と思うこともあります。2人目が生まれて仕事を休んだ時には、4年半くらい大きな手術に関われない時期がありました。すべて自分で選択してきたことですが、その間に医師としての経験を積んでいく夫や同期を横目に、悔しさと苦しさから一人で涙したこともありました。

少なからず後悔もあったのですね。

さーたり はい、4年半のブランクについては後悔しています。細々とでも何か続けていれば、違った今があったんじゃないかと。なので、欠けてしまった時間を取り戻すことが、今やりたいことをやるモチベーションの一つになっています。そうはいっても、仕事も漫画も子育てもすべて100%できているわけではなく、中途半端です。でも、例えば子育てであれば、子どもとずっと一緒にいられない分、一緒にいるときはたくさん構うようにしようと思っているんです。だから、中途半端なものも悪くないかなと。

完璧にこなすより、「中途半端でも後悔しない」道を選ぶと。

さーたりさん

さーたり 私の行動原理はそうですね。いろいろな人から「なんでそこまで頑張れるの?」ってよく言われますけど、かつての後悔があるからこそ「もっと頑張っていればよかった」と思うのが嫌なんですよね。とはいえ、今でもブログは休みが続いている状態だし、漫画の書籍化にあたっても締め切りを延ばしてもらっているし……。でも、もっと気楽に、力を抜いて「できることをやろう」とは思っています。

ただ、中には踏み出す勇気が持てず、モヤモヤしている人もいるかもしれません。

さーたり 何かを積み重ねていれば自分の後に道ができるので、ゴールが見えないとしても、開拓することに不安を持たなくていいと思うんです。もし目の前の道が見えなくて心許なさを感じているのであれば、1回ゴールを定めてからそこへの距離や道筋を考えて積み重ねていくと、気持ち的には楽なのではないかと思いますね。

仕事でも趣味でも「いつかやれる」ことを見つけ続ける

ご夫婦そろって医師とのことですが、育児の分担はどうされているのですか?

さーたり 夫は歩み寄ってくれる人ではありますね。夫の両親も共働きだったので、「女性が仕事を持っているのは当たり前」だと思って育ってきたのも大きいのかもしれません。最近は夫も勤務形態を変えて当直もしなくなったので、比較的時間にゆとりを持って家事や育児をしてくれるようになりました。でも、私が産休の時は、ほぼ私に全振りでした。「3人目が欲しい」と言われた時に「この状態でやっていけるのか?」と詰め寄ったら、「頼り過ぎてた」と反省してくれましたけど。

共働き家庭で女性に負担がかかり過ぎないようにするためには、パートナーの協力が不可欠ですよね。

さーたり 協力し合うためには、パートナーと対等な立場で話し合えるかどうかが、やはり大事だと思います。最近は、子どもと私が一緒に寝てしまうことが多くて、夫となかなか話す時間がないのですが、「最近あまり夫と話せていない」と気づいた時には、夫に「私が寝てしまっても起こして」と頼んで、夜にお酒を飲みながら話したり、それぞれのスケジュールを照らし合わせたり……それは意識的にやっています。

知らず知らずのうちに夫婦のコミュニケーションが取れなくなる状況を回避しているんですね。お話を伺っていると、行動と感情をきちんとコントロールされていてすごいなぁと感じます。

さーたり でも、今はこんなふうに言っている私も、仕事ですごく疲れて帰ってきて、育児がしんどいなと思った時に、「仕事を辞めよう」「休みたい」と考えることはあります。でも、10年後に自分がどうしていたいか考えると、いきなりは方向転換できない。なので、そのために今は踏ん張って10年後の自分につなげようと、懸命に気持ちを持ち直しています。

さーたりさん

今のさーたりさんは、10年後にどんなゴールを設定されていますか?

さーたり 第3子が中学生になるので、子育ても一段落します。時間は取れるようになるはずなので、もう少し外科医として手術に重きを置きたいと思っています。今は大学病院にも復帰していますが、外科医は常勤じゃないと執刀医になれないんです。患者さんの手術後も担当医として責任が取れる状況でないといけないので。10年後はフルタイムの常勤で、手術も自分で執刀するのが理想です。

多忙な日々の中で何が自分にとっての幸せなのか、仕事とプライベートのどちらに重きを置くべきなのか、迷ったり分からなかったりする方も多いと思います。でも、さーたりさんのお話を聞いていると、時に立ち止まって考えることも大切なんだなと思いました。

さーたり 大事なのは、その時々に「やりたいこと」があるかどうかだと思います。湧き出るようなモチベーションはなくても、「いつか夢中になれるようなことを見つけておこう」と調べることから始めてみるのもいいかもしれません。仕事でも趣味でも、今はできなかったとしても、ゆくゆくはモチベーションに変化するはずです。それを繰り返していると、自分にとっての幸せが何かを見つけるきっかけにもなるのかなって。

さーたりさんにとって、医師のお仕事に加えて漫画を描くことも幸せにつながっていますか?

さーたり そうですね。私にとっての幸せは夢を持つこと。仕事だけでなく夢はいくつあっても良いし、支えになるものです。漫画家の手塚治虫さんは医師免許を持っていて、「僕には医者と漫画の2つの夢があって、どちらかがダメになっても片方があるから」ということをおっしゃっていたそうです。

漫画家の仕事については、最初のうちは趣味の延長としての副業だと思っていました。ですが、編集や印刷など漫画に力を注いでくれる方や、漫画を読んで応援してくださる読者の方もいるので、「果たして“副業”と呼んでしまっていいのだろうか」と最近考えています。どちらもおろそかにせず、医者も漫画家も自分の仕事として大事にしていきたいですね。

取材・執筆/末吉陽子(やじろべえ)
編集/はてな編集部

お話を伺った方:さーたりさん

さーたりさん

医学部を卒業後、外科医を志し早数年。専門は消化器外科、時に肝臓・胆道・膵臓、移植外科。同期の夫と結婚し出産。現在3人の娘を絶賛子育て中。『聖闘士星矢』『幽☆遊☆白書』『忍たま乱太郎』などを愛好している。

ブログ:腐女医が行く!! 〜外科医でママで、こっそりオタク〜
Twitter:@gogofujoy

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