はたらく気分を転換させる深呼吸マガジン

イーアイデム

保育園はかわいそうじゃない 「仕事がある人生に子どもがやってきた」と考え、胸を張ってお迎えに行く

保育園はかわいそうじゃない 「仕事がある人生に子どもがやってきた」と考え、胸を張ってお迎えに行く

保育園に預けるなんてかわいそう」そんな言葉に胸を痛めていませんか。

でも、生活のために働くことは何一つ間違っていません。「仕事がある人生に子どもがやってきた」と考え、プロの手を借りて育つ子どもの力を信じてみる。罪悪感を手放し、胸を張ってお迎えに行くためのヒントを、ブロガーのネジ子さんが綴ります。

私は5歳の娘を育てている会社員ですが、子どもの10ヶ月健診における問診で「今度保育園に入るんです」と話したら、保健師さんに「保育園に預けることはなんにも悪いことじゃないのよ〜!」と急に言われたのでびっくりした、ということがあります。

別に「0歳から子どもを保育園に預けるなんてかわいそうでしょうか?」とか一言も言っていないのに……!

しかし、子育て支援センター(未就学児向けの児童館のような施設)に行ったときも職員さんとの間で全く同じやりとりが再現されたので、よほど「保育園に預けるなんて子どもがかわいそうかしら?」と悩み、相談しているお母さんが多いのかなと思いました。

「働いて収入を得て生活をする」ために子どもを保育園に預けている

💡POINT
  • 小さな子どもを保育園に預けるのは大変
  • 一体私は何をやっているんだろう?という気持ちになることも
  • でも「収入を得て生活をする」という“ふつう”で素晴らしいことのために預けている

たしかに入園したばかりのころの園児は毎朝毎夕大泣きしていますし、体の免疫がついていないから常に風邪をひいて鼻水を垂らしています。イヤイヤ期ともなれば絶叫&号泣する子どもを自転車に乗せて運搬することになりますし、真冬ともなるとお迎えのころには外は真っ暗。

寒風の中「寒い」「お腹が空いた」と泣きわめく子どもを乗せ自転車をこいでいるときなど、こんなに小さい子どもを真っ暗になるまで外へ預けてわんわん泣かせて「一体私は何をやっているんだろう……?」という気持ちにならないこともありません

子どもを保育園に預けている間、私は何をやっているのかというと、まぁ仕事をしているわけです。

じゃあ何のために仕事をしているのか。私の場合は、仕事が好きとか、仕事で自己実現しているとか、仕事が元気の源とか、そういうわけではなく、「働いて収入を得て生活をしたいのでそうしている」というだけのことなんです。働いて収入を得て生活をする、ということは大変普通の、すばらしいことです。

保育園で成長していく子どもを「かわいそう」とは言えない

💡POINT
  • 保育園に子どもを預けることも「素晴らしい」こと
  • 保育園という社会の中で経験を積むを「かわいそう」とは言えない
  • 親の役割は「子どもが自力で育つ」手伝いをすること

また保育園に子どもを預ける、ということ自体も、なかなかどうして、すばらしいことです。

プロである保育士さんの指導のもと、子どもは歌ったり踊ったり走ったり、おむつをはずしてトイレに行ったり、トイレのあと手を洗わないで先生に注意されたり、子ども同士でおもちゃを取り合って喧嘩したりする。

子どもと一緒にいてあげられなくて子どもが寂しい思いをするのではないかしら、と思っているお母さんもいるかもしれないけど、子どもたちは保育園という社会の中で様々な経験をしているわけで、それを一概に「かわいそう」とは言えないと思います。

そりゃ、子どもも「保育園に行きたくない、お休みしたい」と言うときもあります。

わかるよその気持ち。

お母さんだって、ときには会社なんか行かないで家でダラダラしてたいよ、でもそういうわけにもいかないんよ、なぜなら仕事だから。お母さんは会社に行ってプロとしての仕事をしなければならないのだ。

もしかしたら、子どもは「お母さんがお仕事なんか行かないでずっと家にいればいいのに」と思っているかもしれない。今は思わなくても大きくなってからそう思うことがあるかもしれない。でも、仕事をして収入を得て生活する、ということは間違っていないことだから、それを遂行するためにむやみに悩む必要はない

それになんと、子どもは保育園に行って帰ってくるのを繰り返すうちにどんどん育っていくのだ!

母親が一挙手一投足を見守らなくても、毎日毎日送り迎えをし、ご飯を食べさせ、風呂に入れて寝かしつけているだけで、なんか育っていくのである。

たぶん、子どもというのはそういう力を持っている。親の役割とは子どもを育てるというよりも子どもが自力で育つのを適切に手伝うことなのだと思います。そして子どもは生まれて数十年もすれば勝手にどこかへ行ってしまう。

「仕事をする私の人生に子どもがやってきた」と考える

💡POINT
  • 「仕事」か「育児」かが二者択一なのは納得できない
  • 「仕事をしながら子育てができるんだ」と思う人が増えたら、社会も変わるかもしれない
  • 働く子持ち女性の後ろにできる道を歩むのは「娘」かもしれない


このように、子育てというのは一生を費やすことではないと思うので、子どもが生まれるというとき、「仕事」か「育児」の二者択一を迫られがち(そしてその選択を迫られるのは子どもの両親のうち母親がまだ多い)なのは納得がいきません

むしろ、仕事をしている私の人生に子どもがやってきたのだ、と思います。

だから私は、仕事をして収入を得て営む人生の中にやってきた子どもを育て、子どもが体調不良になれば夫と交代で仕事を休み、子どもが元気になったらまた仕事に行く、休みの日には子どもと公園で遊ぶ、疲れたら寝る、家族が一番大事だけど会社で飲み会があれば出る、そんな生活をしています。

そういうことをシンプルに続けていくことで、少なくとも同じ会社で働くほかの人が、なるほど仕事をしながら子どもを育てることができるんだな、と思ってくれるかもしれない。同じような生活を選びたい人の参考になるかもしれない。そういう人が増えれば保健師さんだっていちいち「保育園に預けるのは悪いことじゃないのよ〜!」と言わなくて済むようになるかもしれない。

働く子持ちの女の生活はなかなか過酷だけど、その後ろには道ができていて、そこを誰かが歩くかもしれない、そこを歩くのは自分の娘かもしれない、あるいは娘は全然違う崖とかに登ってるかもしれないけど、そういう将来に連なる生活は、悪くないなあと思っています

働くお母さんよ、胸を張って保育園にお迎えに行こう!

編集:はてな編集部

著者:ネジ子id:neji-ko

ネジ子

ふつうの会社員です。
カリントボンボンというブログを書いています。
ツイッターもやっています。

ブログ:カリントボンボン
Twitter:@nejiko