母の遺産、おじいちゃんパワー、土地オーナーシップ…全部使って「新宿ゴールデン街」に生き残った28歳店主

2019.06.06

母の遺産、おじいちゃんパワー、土地オーナーシップ…全部使って「新宿ゴールデン街」に生き残った28歳店主

新宿・歌舞伎町の「ゴールデン街」でレモンサワー専門バー「the OPEN BOOK」を営む田中開さん。彼は谷崎潤一郎賞/直木賞作家の故・田中小実昌さんを祖父に持ち、22歳にして莫大な母の遺産を引き継ぎ、バーをオープンしました。「しの」をはじめとするゴールデン街の飲み屋から、開さんが得た人生の教えとは?

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    酒に飲まれても街に飲まれるな。ゴールデン街・ゴッドマザーの教え

    「実際に店を持って、開さんがゴールデン街から学んだことってなんでしょう?」

    「40年以上ゴールデン街で営業している『しの』のママは、ゴールデン街のゴッドマザー的な存在なんです。そのママにずっと言われてるのが『夜のゴールデン街で生きるなら、昼に別の場所で会う友達を作りなさい』ってことで」

    「昼の友達?」

    「例えば、役者を目指すって夢があるのに、ゴールデン街に浸かりすぎて、外の世界と関われなくなる……みたいな人も多いんです」

    「街の流儀や部族的な共通言語・価値観に浸かりすぎて、外の世界と合わなくなっちゃう、みたいな?」

    「そうですね。逆にゴールデン街には、外の世界の価値観に疲れて流れ着いた人もいます。でも、疲れを癒したらまた外の世界に出て行くはずなのに、留まり続けちゃう人もいるんですよね」

    「だからこそ、外の世界=昼の友達を作る必要があると」

     

    「はい。しのママみたいに、理由があってゴールデン街に居続ける人はやっぱり格好いいなと思います。でも、しのママだって浅草で遊んだり、色んな場所に足を運んでちゃんと外の世界とも関わりを持ち続けてる。別の世界に自分の軸をもうひとつ持たないと、夜に酒を飲むだけになってしまうんです」

    「そして最終的には、街にも呑まれてしまう…」

     

    ゴールデン街の豆知識「カオスな時間が一番儲かる」

    店と客層によっては、酔ったお客さんが「ひたすらテキーラをかけ合う」のようなカオスな時間も訪れる。後片付けは大変だが、酔っ払ったお客さんは財布の紐がゆるむので、店としては一番儲かるそう

     

    「僕はやっかみとかもなかったし、ゴールデン街特有の大変さみたいなものにはブチ当たらなくて」

    「それは、昼の友達をちゃんと持てたから?」

    「そうっすね。外との繋がりも持って、相対的に街を見ながら店をやってるから、自由にうまくやれてるんだと思うんです。僕ですらやっぱりゴールデン街の考え方が染み付いちゃってる部分もあるので」

     

    「とにかくボールが返って来る場所」 新宿・ゴールデン街の地方性

    「開さんの話を聞いてると、ゴールデン街は何者でもない若者が、ガッツと個性があれば、フックアップされて成り上がれる場所なのかもしれないと感じます」

    「前提としてライバルじゃないっていうのはありますよね。土地を買うときも、ゴールデン街は土地の取引自体が少ないので相場がわからなかったんです。けど、たまたま以前に買った人が売買契約書を見せてくれたおかげで、かなり安く買えたこともありました」

    「やっぱり、ゴールデン街のなかでの結びつきは強いと思います?」

    「うーん、どうなんだろう。最近コミュニティって言葉が自分の中でよくわからなくなってるんですよね。意外とそういうのって幻想なんじゃないかなって。だから最近コミュニティ論の観点から話を聞かれることがあるんですけど、答えようがないんですよね」

    「コミュニティは幻想、かぁ」

    「小さなコミュニティの代表格としてあげられるこの場所も、なかに入ってみると『コミュニティの繋がりが強いな〜!』とは特段思わないし、なかの人はコミュニティを作ろうと思って暮らしてるわけじゃないんですよね」

    「うんうん」

    「個々人のスタート地点は、『これをやりたいから人に聞いてみる』『聞かれたから助けてみる』みたいな、もっとシンプルなところにある。それが連動し合ってるから、外から見たらコミュニティができてるように見えるだけなんじゃないかなと。

    「身近な隣人を助けているだけであって、という話ですよね。その連なりが外から見るとコミュニティが形成されているように見える」

    「お店のソーダがなくなったら向かいの前の店から分けて貰うけど、それは仲の良いお店だからできること。別にそこまで仲が良くないならゴールデン街でもそういうことはできないですしね」

     

    ゴールデン街の豆知識「雨の日は我慢比べ」

    自分の店を閉めた後、ゴールデン街の別の店に飲みに行く店主も多い。客足の少ない雨の日は特に、早く店じまいをして別の店に飲みに行きがち。そのため、雨の日に我慢して開け続けていると、店主たちが集まってくるので逆に儲かる……なんてことも

     

    「そういうのって、外から見るとすごく結びつきの強い場所として映るもんなぁ」

    「ゴールデン街に来たからといってみんなが温かく受け入れてくれるわけでもないし、土着的な繋がりが強いわけでもないとは思います。でも、かといってドライなわけでもない。とにかく、投げたボールの分だけいろんな球種で投げ返してくれる場所なのかも」

    「投げた分だけ、ボールを投げ返してくれる?」

    「いろんな癖のある人間がいるから、その数だけ答えは違うし、正解が見つかる可能性はめちゃくちゃ低いかもしれない。けど、それが受け取り方次第で何かしらのヒントになるかもしれないって感じです」

    「悩んでる若者は、何か見つかるかもしれない」

    「ゴールデン街は雑多だし質はないけど、出会いの量だけはありますからね。それのひとつひとつに付き合うと大変なんですけど(笑)」

     

    ゴールデン街の豆知識「深夜2時以降はクセが強い」

    開さんの体感として、終電がなくなった深夜2時以降にクセのあるお客さんが増える。そのため、OPEN BOOKは2時までの営業

     

    「だからネット的な集合知を、もっと泥臭くした感じじゃないですかね。結構な数の人間が常に行き交って、しかも割と本音で話し合う場所は少ない。そこから得られるヒントって意外と大きいんじゃないかな。雑だけど本音の会話を50回するっていうのも発見になります」

    「地方にはない、東京ならではの場所かもしれないですね。地方は人が減って、ボールを返してくれる大人の数も少ない。でも、課題はいっぱいあるし何とかしたいってところが多いのかも」

    「そういった悩みを持ってる人は、ゴールデン街にみたいな場所に一度来てみるのもいいと思います。1年間かけて行動してたどり着く答えが、一晩飲んで見つかることも意外とあるので」

    「地方とゴールデン街の違いがあるとすれば、地方は自分で旗を立てなきゃいけないけど、ゴールデン街は誰かが見つけてくれる。そういう良さはあるかもしれないですね」

    「新宿なんて寄せ集めの場所ですし、個性で繋がるしかない。雑多で属人的であること以外何もないと思うんですよ。なにか自分を縛るものから離れて、1回ゼロからスタートができる。東京の地方性ってそういうとこかもしれないですね」

    「なるほど」

    「なので、当時の自分みたいに、どちらかというと答えがない人のための街かなと。そのあとに自分の答えが見つかったら、自分の思うところに出て行けば良い。そう思います」

     

    帰り、流れ着くゆりかごでもあり、そこから旅立つ場所でもある

    小説家の坂口安吾は、『文学のふるさと』でこのように記しています。

     

    モラルや救いがないこと、孤独が「文学のふるさと(起点)」でなければいけない。しかし一方で、それだけではいけない。なぜなら、ふるさとは我々のゆりかごであって、大人の仕事は決してふるさとへ帰ることではないから

     

    かつての文豪のような、外に軸足のあるひとが立ち寄るゆりかごでもあり、バブルの狂乱に巻き込まれたサラリーマンや行き場や答えを探す人が、ふらっと流れ着き、また出て行く。

     

    そうした人の出入りを時代とともに繰り返してきた場所が、ゴールデン街なのかもしれません。

    だからこそ、これから答えを探して立ち寄る若者にも、開かれた場所でもあるといえます。

     

    気を抜けば夜の荒波に飲まれかねない、すべて自分次第の街ではあります。でも、開さんが言うように、投げ込めばボールが返って来る。

     

    自分を縛りつけるものがあるとき、「何者か」へのヒントが、とんでもない濃度で転がっている。そんな場所であり、それが東京・「ゴールデン街の地方性」なのかもしれません。

     

    田中開さんTwitter(@42tanaka
    the OPEN BOOK 公式Instagram(@the.openbook

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    この記事を書いた人

    和田拓也
    和田拓也

    1986年長崎県・佐世保市生まれ、東京在住のライター/編集者。尊敬する人はHi-STANDARDの横山健さん。

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