母の遺産、おじいちゃんパワー、土地オーナーシップ…全部使って「新宿ゴールデン街」に生き残った28歳店主

2019.06.06

母の遺産、おじいちゃんパワー、土地オーナーシップ…全部使って「新宿ゴールデン街」に生き残った28歳店主

新宿・歌舞伎町の「ゴールデン街」でレモンサワー専門バー「the OPEN BOOK」を営む田中開さん。彼は谷崎潤一郎賞/直木賞作家の故・田中小実昌さんを祖父に持ち、22歳にして莫大な母の遺産を引き継ぎ、バーをオープンしました。「しの」をはじめとするゴールデン街の飲み屋から、開さんが得た人生の教えとは?

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不夜城・新宿歌舞伎町のさらに深層部、「ゴールデン街」

 

空を覆い隠すような新宿のビルからその場所を見下ろせば、周囲とは異なる古めかしく色褪せた屋根が。

一歩なかに足を踏み入れれば、サッカーコートほどの広さの敷地に約280店舗の飲み屋が隙間なく身を寄せ合っています。

 

戦後の闇市、そして青線地帯(※)、ゲイや文豪・文化人などが足繁く通った過去を経て、現在では東京随一のディープスポットとして外国人観光客も訪れる街に。

 

色濃い独自の空気と文化が、いまも変わらず残り続ける飲み屋街として知られています。

 

※飲食店として営業し、非合法で売春宿を営業していたエリア

 

壁一面の棚を本が埋め尽くす「the OPEN BOOK」

 

そんなゴールデン街で2016年にオープンしたのが、レモンサワー専門バー「the OPEN BOOK」(以下OPEN BOOK)です。

メディアにも数多く取り上げられ、一躍ゴールデン街を代表する人気店となりました。

 

OPEN BOOKのオーナーが田中開(たなか・かい)さん

ゴールデン街に足繁く通っていたという谷崎潤一郎賞/直木賞作家の故・田中小実昌さんを祖父に持ち、22歳にして莫大な母の遺産を引き継いだというバックグラウンドを持ちます。

 

写真左:OPEN BOOK名物の自家製レモンサワー。写真右:開さんの祖父・田中小実昌さんの著書

 

祖父や母親から受け継いだものはありながらも、彼はゴールデン街という「特殊」と言われる街で結果を残し、さらには新たなバー・レストランを表参道でオープンするというジャンプアップを果たそうとしています。

 

そんな彼が見つめたゴールデン街とはどのような街なのか。「東京・ゴールデン街の地方性」とはどのようなものなのか。

ライター・編集者の和田拓也が話を聞きました。

 

「終わってるボンボン」がゴールデン街にたどり着いた

「開さんがゴールデン街に流れ着いたのは、お母さんが亡くなった後、毎日のように飲みに通い始めたのがきっかけだったんですよね」

「そうっすね、ただ『将来お店をやりたい』みたいなモチベーションも当時は皆無でしたし、ほんとに何も考えてなくてすべては流れ。ただ金と時間だけはあったっていう」

「お金というのは、お母さんが亡くなって手にした遺産のこと?」

「はい。ただただ持て余してたというか…」

 

「とりあえず車買ったりとか」

 

「持て余しすぎてる」

「あとは酒を飲んで、旨い飯を食べまくるとか。当時はジモコロの兄弟サイト『オモコロ』でライター活動もしてたんですけど、運営会社のバーグハンバーグバーグの人からは『終わってるボンボン』って言われてましたね」

「色々ひどい。でも、莫大な遺産を引き継いでお金を自由に使うことができるようになって、どんな感情でしたか?」

「喪失感に駆られてたというか。当時はいろんな気持ちがぐちゃぐちゃ混ざり合ってました。自分が惨めかと思いきや意外とわからないもので。人はいつか死ぬって考えたらそういうこともある。ただ、紋切り言葉で消費するのも嫌だし、かといって構わず遊ぶのも心持ちが悪い。どっちが正解かわからない心境ではありましたね」

「うーん、それは難しい」

「そこから、ふらっとゴールデン街の老舗『しの』に行ったことがきっかけで、週2回バイトするようになったのがはじまりですね」

 

「そこでゴールデン街の大人たちは、開さんにどんな言葉を投げかけたんでしょう」

『お金もあって遊べて、一番自由な身でラッキーじゃん』みたいな」

「えぇ!?」

「普通は、親が死んで悲しむのに、そういうことを平気で言うんですよ。『親っていう足枷がなくなっていいじゃん』って。流石にそこは引いたんですけど(笑)」

「すごいなあ……」

「でも、そういうところが気を楽にしてくれましたね。『可哀想だ』って言うのはラクじゃないですか。ゴールデン街はそういった答えが店の数ほどあるんですよね」

 

オーナーシップとおじいちゃんパワー。身を削ってる奴には、誰も文句を言わない

OPEN BOOKの本棚には、祖父・田中小実昌さんが残した蔵書が並ぶ

 

「ゴールデン街の『外』と『中』の大人たちと同時に接して、ゴールデン街の大人は外の大人と何が違うと感じましたか?」

「ゴールデン街の大人は癖が強いし、全然違いましたよ。ゴールデン街の大人からのほうが怒られたと思います。ゴールデン街のマナーがあるし、礼儀作法には厳しいんです」

「例えばどんな?」

「よその飲食店で自分の店の名刺を渡すのは、客引きになっちゃうのでNG。ゴールデン街の店で仲良くなった人に名刺を渡すときは、その店の方に許可をもらうのがマナーなんです。他にはゴールデン街の人たちを誘って飲みにいくとき、穴埋め的に誘われることを嫌うので、最後に声をかけた人には断られることが多いです」

「なるほど…暗黙のルールというか」

「ゴールデン街はかなりの面子商売なんです。そこを理解してないと、新参者は怒られることが多いかもしれないですね」

 

「そんな場所で、若いやつがいきなりゴールデン街にお店を出したわけですよね? しかも、賃貸じゃなくて土地ごと買って」

買いましたね、土地ごと。これでOPEN BOOKのオープン資金と合わせて、お母さんの遺産も使い果たしたんですけど」

「思い切りがすごい…! そこで、ゴールデン街の人からの『やっかみ』みたいなものはありませんでした? 氷の話(※下の豆知識参照)を聞いたときに、絶対そういうことありそうだと思ったんですけど」

 

ゴールデン街の豆知識「売り上げを知るには氷を見よ」

発注する氷の量で、その店の売り上げがバレるらしい(1日に何キロの氷を使うかで、何杯お酒が売れるかがわかるから)

 

「僕がそういうのに鈍感なのかもしれないですけど、全然なかったですね。そこはもう……」

 

「おじいちゃんパワーがあったんで」

 

「潔すぎて清々しい。開さんのお祖父さんは直木賞作家の田中小実昌さんですよね」

「そうです。もともとおじいちゃんが『しの』や『三日月』の常連でゴールデン街の住人だったんです」

 

OPEN BOOK店内に飾られた、田中小実昌さんの写真

 

「OPEN BOOKの土地を買うときも、土地の権利書を持ってる方を探し出して交渉したんですけど、最初はすごく渋ってて。でも、おじいちゃんの名前を出した途端に事態が急に好転したんですよ。僕のおじいちゃんのファンだったみたいで。そこからトントン拍子」

「母の遺産、おじいちゃんの威光、土地…、全てを備えし者…」

「店やってるってところでお互い認め合ってるのもありますし、土地ごと買ってるっていうのもあるかもしれないです」

「そこの覚悟というか?」

「僕は割とゴールデン街の文脈を無視して自由にやってるんですけど、身銭切ってるから誰も文句は言わない。『そこまで“張ってる”んだから偉い』とは言われたことがあります。外からいきなり入って来て、たまたま安く物件を借りて儲けるみたいな、セコいビジネス感がないのは大きい」

「なるほど」

「『こういう面白いことやりたい』じゃなくて、身削ってとにかくやったほうが、周りは助けたくなるしプレゼンスが上がるんだなって。それに、ゴールデン街は土地絡みの問題でみんな不安を抱えてるから、土地を持ってるオーナーで、かつ店子っていう存在は重宝されるんです」

 

「戦後の闇市がルーツだし、土地の権利なんかは複雑そうですよね。土地のオーナーでかつ自分で店を持ってる方は、ゴールデン街ではどのくらいの割合なんでしょう?」

「えっと…思いつく限り3人くらいですかね」

「そんなに少ないんだ!」

「だから、僕みたいなケースは相当レアです」

「開さんはグランドファザーパワーとオーナーシップ、つまりトップダウンとボトムアップ両方からの攻めでゴールデン街でのし上がったわけですね」

「なんか、すげぇ頭悪そうに聞こえますね(笑)」

 

ゴールデン街の豆知識「独自の経済圏が成立している」

某100均一ショップの商品に、200円の値札をつけて売っているよろず屋が近くにあるらしい。深夜に栓抜きなどの日用品が急遽必要になることがあるため、意外と人気なんだとか。

 

「次はOPENBOOKとはまったく違う、表参道の260坪ある敷地でレストラン・バーをやるんですよね? それもオーナーとして?」

「そうです。東京はプロデューサーはいるけど、プレイヤーがいなくて。誰かがプロデュースした店に行くと、現場のパッションを汲めてないことが多いし、全然良くないんですよ。だったら言い始めた人間で金出して、オーナーシップを持ってやらないとなって」

「張ってるなぁ…」

「だから、いま実は完全にヒリヒリしてる状態です(笑)」

 

開さんがゴールデン街の大人たちから得た人生の学びとは?

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この記事を書いた人

和田拓也
和田拓也

1986年長崎県・佐世保市生まれ、東京在住のライター/編集者。尊敬する人はHi-STANDARDの横山健さん。

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