武士の甲冑、親子三代でローンを払い続けるほど高価だった!?【日本の鎧事情】

2020.04.30

武士の甲冑、親子三代でローンを払い続けるほど高価だった!?【日本の鎧事情】

平安、鎌倉、戦国時代に江戸時代、武士の戦を支えてきたのが「甲冑」。日本独自の技術で進化してきた防具を、詳しい人に聞いてきました。値段はいくらだったの? 西洋の騎士が身に着けていた甲冑(プレートメイル的な)と、侍の鎧、どっちが防御力が高いの!?

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    戦(いくさ)……かつてこの国では、武士たちによって生きるか死ぬかの命がけの戦いが日夜行われていた。

    そんな時代に戦場で命を守るために必須だったものそれは……

     

    デンッ

     

    デデンッ

     

    そう、甲冑です。

     

    ・豆知識

    =戦闘の際に装着者の身体、特に胴や胸の部分を守るのが主な目的の防具

    甲冑(かっちゅう)=”鎧+兜+その他”という感じで、防具一式ぜ~んぶをひっくるめた言い方。

    ※甲は「よろい」とも読み、体の胴体を守る。冑は「かぶと」と読み、頭を守る。文献によっては逆の意味の場合もある。総じて、戦いに着用して身体防御する武具。古い順に、短甲・挂甲・大鎧・当世具足などがある。

     

    というわけでこんにちは、ライターのらむ屋敷です。

    僕は歴史が好きなんですが、刀や槍といった武器と違って、「防具」ってあまり語られることがないですよね。

     

    そこで今回は、日本の武士が身につけていた甲冑とはどういうものだったのか? 時代と共にどのような変化を遂げていったのか? 聞いてみることにしました。

     

    お話を聞いたのは、日本甲冑武具研究保存会 常務理事の菅野茂雄さん

     

    日本甲冑武具研究保存会とは

    昭和36年に設立された、日本で最古の武具に関する研究会。武具等の研究、保存活動を行っているだけでなく、アメリカやフランスなど、海外での講演活動も積極的に行っている。

    ・公式HP

     

    ちなみに菅野さんは相馬野馬追の騎馬武者、倭式騎馬會の射手としても活動されています。

    ※相馬野馬追は、騎馬武者500騎が競馬さながらに走りまくる迫力満点のお祭り。詳しくはこちらの記事↓をご覧ください

    【復興】震災から4年半、福島で1000年続くお祭り「相馬野馬追」を見てきた

     

    甲冑っていくらだったの?

    多数の武具防具、馬具が保管されている菅野さんの自宅地下室でお話を伺いました

     

    江戸時代頃に作られた甲冑。間近で見ると異様な存在感。

     

    「今日はよろしくお願いします! さっそくですが、甲冑ってどのくらいのお値段なのでしょうか?」

    「値段はピンキリで、実際に使っていた甲冑とかだと歴史的価値も付加されるんで、3000万円以上の値段だったりします。ここにあるものはだいたい150万円くらいですね

    「高っ! 家に飾りたいと思ってたけど諦めよう……。150万というのはあくまで現在の価格ですよね? 戦国時代や江戸時代当時はもっと安かった?」

    「当時からかなり高い買い物でしたよ。一つの甲冑をローンのような形で購入して、親子三代で返済したという話も残っています」

    「親子三代ローン!? 当時の価値で言うと家を買うくらいの感覚だったのか……。ローンを組むことさえできないような身分の人は、どのように甲冑を入手していたんでしょう」

    「お貸し具足という、いわゆるレンタルの甲冑がありました。ただ、甲冑としてのクオリティは低いです」

    「戦場でレンタル品に命を預けるの、ちょっと怖いな。刀だと刀鍛冶や刀工がいたのは知ってるんですが、甲冑はどういった人が作っていたんでしょうか」

    甲冑師という職業の人がいました。大きく2種類に分けられまして、まず『大名お抱えの甲冑師』、そして『町人の甲冑師』です。お抱えであれば大名の城の敷地内に住みながら制作に集中できるので生活に困ることはありません」

    「といっても、お抱えになれる甲冑師なんてほんの一握りですよね……? 大多数の町人の甲冑師は食べていけたのでしょうか」

    「残念ながら生活は厳しかったようで、食べるために刀鍛冶に転向する人が多かったです。日本刀で有名な『長曾祢虎徹(こてつ)』といった職人も元々は甲冑師でした」

    「へぇ~~~。新選組局長の愛刀『虎徹』も、元甲冑師の手によって作られたんですね!」

     

    「全身くまなく防御されているように見えますが……甲冑をフル装備した武士と戦闘になった場合、どの辺りを狙うべきでしょうか」

    「武士と戦闘になる予定があるんですか?」

    「今のところありませんが、万が一の可能性に備えたいので」

    「人体に一撃で致命傷を与えられるのは胸から上なので、当時は首の下や脇の下など、鎧の隙間を狙っていたそうです」

    「それたぶん素人には無理ですね。向こうは武器を振り回しながら動いてるんだもん」

    「はい。非常に困難でしょう。無理なら足を狙ってジワジワと戦うとか。また、こちらも鎧を身に着けているなら防御を固めながら突っ込んで、お互いに掴み合える近距離戦(組打ち)から、脇差で首元にとどめをさすのが現実的ですね」

    「映画やドラマでよく見る、『日本刀で甲冑ごと真っ二つに叩き斬る』みたいなことって無理なんですか? かっこいいので是非やってみたいんですけど」

    あり得ないですね。甲冑はほぼ鉄でできているので、刀が通らず切れないでしょう」

     

    見た目がツルツルしてるから、プラスチックとか木に漆を塗ったようなものを想像してたけど、どのパーツもほぼ金属なのでズッシリと重い。

     

    「これを叩き斬るのは確かに無理だな……」

    「どうしても甲冑の上からダメージを与えたいなら、鉄の棍棒のようなもので殴ったほうがいいですね。甲冑は斬れなくても、中の人間は破壊できるので」

    「エグ……」

    「あとは安全な距離から投石とか。合戦では投石は非常に強力で、しかも足元にいくらでも転がっているわけですから……槍や弓にも引けを取らない重要な武器でした」

    「へぇ! ここまでの話で、日本の甲冑ってめちゃめちゃ防御力が高いことがわかりました。では、ヨーロッパの甲冑を着た騎士と、日本の甲冑を着た武士が戦ったら、ズバリどちらが勝つと思いますか?」

     

    「う~ん、ヨーロッパが有利かな……」
    「えーーそうなんですか!?」
    「ヨーロッパの甲冑はとにかく強度が高くて打たれ強い。一枚の鉄から作られているので狙える箇所も少ないです。単純な防御力という点では勝てないでしょう」
    「確かにヨーロッパの甲冑と比べると日本の甲冑は脇の下がかなり開いていますし、顔付近も狙われやすそう。うぅ、日本は西洋に勝てないのか……」
    「いえ、そうは言ってません。ヨーロッパの甲冑は日本の甲冑に比べてかなり重いので。機動力に長けた日本の甲冑を生かせる地形や勝負に持っていければ……つまり一長一短あるということですね」

     

    甲冑の歴史について

    ヤマトタケル(4) (角川コミックス・エース)

    弥生~古墳時代は「短甲・挂甲」という種類の甲冑だった

    ↑で着てるのは挂甲

     

    「甲冑は弥生時代に木製のものから始まったと教わったのですが、そこから何段階くらいの進化を遂げているのでしょうか」

    「甲冑が大きく変わったのは、『馬が入ってきた』『火縄銃が入ってきた』『平和な時代になった』という、3つに分けられると思います」

     

    「甲冑」が変化するキッカケとなった大きな出来事

     

    「馬上での弓を使った戦いに合わせて、肩部分や太ももを守る防具が大きくなりました。平安時代あたりの大鎧という種類で、一般の方が『鎧武者』と聞いて想像するのはこの甲冑じゃないでしょうか」

     

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    大鎧はこんな感じ

     

    「歩いての戦闘と、馬上での戦闘はまったく別物でしょうから、大きく変化したんでしょうね。続いて、火縄銃が入ってきた時にも大きく変化したとのことですが、鉄砲伝来以後ということは戦国時代くらいでしょうか」
    「はい。それまで甲冑は革と鉄が主流でしたが、火縄銃の破壊力から身を守るため、ほとんど鉄だけで作られるようになりました。当世具足と呼ばれる甲冑ですね」

     

    戦国時代「当世具足」

     

    「この時代の銃はまだ鎧で防げる威力だったってことかな。さらに時代が進んで江戸になると、どんな変化が起きたんでしょうか」

    「江戸時代中期になると戦も無くなったので、床の間飾りという、人に見せるための豪華な甲冑が増えていきます。昔の……それこそ大鎧みたいな大仰なデザインがかっこいいとされたりね。実用性よりも、鍛鉄技術や工芸的技術が発展しました」

    「甲冑が発展する機会って、実戦だけじゃないんですね」
    「実戦だけではないですね。むしろ合戦が頻繁に行われた時は、甲冑の生産が追いつかず、細かい部分を簡略化した大量生産品が多くなっていましたね」
    「今で言うユニクロみたいなファスト甲冑があったのか……」

     

    甲冑を構成するパーツ

    ここからは、菅野さんが所有する江戸時代の甲冑を例に、「このパーツって何なの?」というのを教えてもらいましょう。

     

    兜付近について

    「甲冑で最も目立つのが、兜に付いている飾り。これは『立物(たてもの)』の一種で、『前立(まえだて)』といいます」

    ※『立物(たてもの)』は兜に立てる装飾全般を指します。前面に付けるものは前立(まえだて)。頭頂部につけるのは頭立(あたまだて)など、種類があります

    「鹿の角みたいなやつとか、『愛』っていう字になってるやつとかですよね? これって何のためのものなんですか?」

    「武将の願掛けなどの意味が込められているものが多いです。兜と一体型のものや、取り外すことができるものがあります」

     


    貴重な前立てが多数、焼のりの箱と共に保管されていた

    「焼のり……」

    「ここにあるものは基本的に本物なので、実際に戦場で使われていたものもあると思います」

    「あっ!この月のデザインは見たことあります!伊達政宗は三日月をモチーフにした前立でしたよね」

     


    実際に戦場で使われていた木製の前立

     

    「その通りです。このように、伊達政宗は月が左に傾いたデザインになっているんですが、どんな理由だと思いますか?」

    「えっ……その方がカッコいいから?」

    「違います。刀を振り上げた時に邪魔にならないからと言われています」

    「そうなんですか!! ちゃんと実戦のことも考えて作られているんですね」

     

    「面頬(めんほお)」

     

    「顔を守る防具? 人の顔をそのまま型どったみたいで、威圧感がありますね。すごく精巧に作られてる……」

    「顔の守りも非常に重要なので、鉄で作られています」

    「両頬にあるフックのようなものはなんでしょうか」

    「面頬を兜に固定して、落ちないようにするための紐を引っかける部分です」

     

    「なるほど!こんな細かいところまで考えられてるんだ! でも、顔を狙いにきた斬撃で紐を切られてしまうようなことはなかったんでしょうか」

    「あったと思います。面頬を落とされてしまえば狙いやすい弱点ができてしまうことになるので、戦場では致命的です。その点は、このようにしっかりと対策されています」

     


    「この面頬は紐を掛ける部分が若干くぼんでいます。くぼんでいることで刀が奥まで入りこまないので簡単に切られることはありません」

    「どれほどの実践を経てこういうアイデアが生まれたんだろう」

     

    胴付近について

    「親子三代で一つの甲冑を買ったというお話がありましたが、おじいちゃんと孫の体格が全然違った場合はどうするんですか?」

     

    脇の部分。胴体前面と背中が紐で繋がれている

     

    甲冑は見た目に反して細かくカスタマイズできます。胴や手の部分も紐をギュッと締めたり緩めたりすることで着る人の体型に合わせられます」

    「頑丈でびくともしないイメージだったので意外です。脇は風通しが良さそうですが、寒い時期の防寒対策はしていたんでしょうか」

    「甲冑の下に、『鎧下着』という肌着を着ていました。現代の半纏(はんてん)のようなデザインです。当時を再現したものがあるので着てみますか?」

    「えっ!いいんですか!?」

     

    甲冑の下にこのような服を上下で着ていたそう

     

    「あと、甲冑のから『羽織』を着ていました。武士が陣中で用いたので陣羽織と言われます」

     


    この「陣羽織」の背中側にはお経が書かれていた

     

    「意外に素材が薄いんですね。あと、袖がない」

    「袖付きのものもありますよ。地域によって衣類の厚さや防寒の方法は様々だったと思います。まあそもそも、合戦って冬はあまりやらないですけどね。鎧を着たまま雪中行軍するなんて、お互い大変だから」

     

    「当世袖(とうせいそで)」腕の付け根を守る部分

    もとは手で持つ盾だったんですが、それを肩に取り付け、『大袖』と呼ばれる防具に発展しました。さらにそれがコンパクトになったものが『当世袖』です」

    「これで矢を防いだのか。もとが盾だったというのもおもしろいですね」

     

    「籠手(こて)」腕から指先までを守る部分

    「うわっ、腕から指先まで一体化して精巧に作られてる! 拳の部分は手袋のように取り外しできた方が良くないですか?

    「手の甲のパーツは『手甲(てこう、てっこう)』と言いますが、これが取れてしまうと手が剥き出しになってしまう。すると戦場では狙われる可能性が非常に高くなります。絶対に取れないように、一体化されてるほうが良いですね」

    「剣道でも小手を狙うことが多いし、一番前に出る部分だから狙われやすいんだろうな……」

     

    身分が違う人が着けていた2つの籠手を並べて比較

    「あれ? 下級武士の籠手には手甲が無い。狙われやすいのでは?」

    「そうなんですが、下級武士は炊事など水回りの雑用をするために、手甲がないんです。また、弓矢などの武器を扱っている人も手甲がない場合が多いですね」

    「なるほど。他にも上級と下級では、色彩や構造自体にもかなり差があるように見えます」
    「身分が高い方の籠手は紐で締め付けを調整できましたが、身分が低い方の籠手は、ズボッと被せて細かい調節はできないようになっているものが多いです。やはり安物ですから」

    「こう見ると上級の籠手はすごく派手ですよね。戦場でここまで個性を出す必要はあったんでしょうか?」

    「戦場で目立つことは狙われやすくなるということ……しかし、良い面もあります。例えば、『一番槍』という言葉をご存知ですか?

    「戦いの一番最初に敵陣に切り込む(槍を入れる)ことですよね? 武士ならば誰もが憧れることと聞いています」

    「『一番槍』を入れることができた者は、本人が亡くなったとしても残された妻子の生活が保証されるくらい、その勇気を評価されます。でも、全員が全く同じ甲冑を身にまとっていたら『誰が何をしたか見分けがつかない』んです」

    「なるほど!! 目立った格好のほうが、手柄を認識してもらいやすいってことですね!『一番槍を入れたのは金色の籠手の人だった』って感じで」

    「そのとおり。他にも大将首をとったとか、殿(しんがり)で味方を守ったとか、そういう時に個性あるデザインだと有利なわけですね。戦場に出る人間は、みんな手柄が欲しいですから」

    「今日お話を聞いて、甲冑ってすべて『確固たる理由』があって、その作りやデザインになったということがわかりました」

    「そうですね。その時代その時代で、戦に合わせて最適な形とデザインになっています。生き残るための知恵ですね」

    「いや~~、奥深いですね。大金持ちになったら絶対買います」

    「ぜひ、歴史的価値がある3000万円以上の甲冑を手に入れてください」

    「買うなら大量生産のファスト甲冑でいいかな……」

     

    まとめ

    というわけで今回は、「甲冑」に関するお話を聞いてきました。

    歴史とともに、変化を遂げてきた甲冑。侍の精神が「甲冑」という形で表現されていましたね! みなさんにも興味を持って頂けたら幸いです。

     

    そしてもし戦国武将が実際に使っていた3000万円以上の甲冑を手に入れた方がいたら、写メでいいので見せていただけると幸いです。

    (おわり)

     

    日本甲冑武具研究保存会

    昭和36年に設立された、日本で最古の武具に関する研究会。武具等の研究、保存活動を行っているだけでなく、アメリカやフランスなど、海外での講演活動も積極的に行っている。

    ・公式HP

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    体を動かしたり重いものを持つのが好き。20歳頃まで野菜を食べたことが無かった。

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