100人のインディーズ映画ファンがつくった『侍タイ』ブーム

ISO:『侍タイ』は初日から満席だったそうですが、そういうケースは他にもあるんですか?

矢川さん:初っ端から満席になることはほとんどないですね。商業映画であればそこまで持っていくために試写会やイベントを打ちますけど、自主映画はお金がなくそれができませんから。逆に言えば自主映画で初日満席に持っていく努力をしている作品は跳ねます。

ISO:『侍タイ』がそこまで初日から盛り上がったのはなぜなんでしょう?

矢川さん:安田監督がこれまでのキャリアで堅実にファンを作っていたのが大きいと思います。IFSに通ったり自主映画を熱心に追いかけている人からすると、安田監督の3作目で、かつロサ関係者が相当力を入れている作品ということで「この作品は何やら違うぞ」と勘付くんですよね。

ISO:そういう熱心な自主映画ファンは都内だけでどれくらいいるんですか?

矢川さん:100人くらいだと思います。地方から週末だけ都内に来て、朝から晩まで自主映画を観ている人もいますし。皆さん『カメ止め』が盛り上がっていく過程も自分ごととして体験していて、どう応援すれば跳ねるかというノウハウがあるので、火の付け方がものすごくうまい。

ISO:熱量のある広報が100人くらいいる感じですね。

矢川さん:僕ら劇場がやるより全然効果がありますからね。だから『カメ止め』経験者のお客さんが、初日に『侍タイ』を観て「これはあそこまで行ける作品だ!」と感じてここまでの流れを一気につくってくれたんだと思います。皆で『カメ止め』の再現をやってやろう、という熱量が最初の一週目から異常でしたよ。

ISO:具体的にはどのように応援するんですか?

矢川さん:皆さん同じ作品を20回、30回と観てできる限り席を埋める。あらゆるSNSも全力で活用して、友人や家族を連れていき口コミを増やす。そうやっていろんな人に観てもらうんですよ。熱心な人々が束になってかかるとこういうムーブメントが生まれるんだなと。

ISO:『侍タイ』の上映をしていて、印象に残った出来事はありますか?

矢川さん:上映が開始されて間もなく、ロサで上映経験のある関西在住の監督が『侍タイ』を観るためだけに上京してきたんです。後から聞いた話だとその監督は安田監督の後輩らしく、安田さんに「新作に自信があるならロサでやってもらうべきです」と言って、うちの担当の連絡先を教えてくれたらしくて。

ISO:え!その人がきっかけなんですか。

矢川さん:そうなんです。それでかなり盛り上がっていると聞いたその人が嬉しくなってロサまで観にきたという。そういう皆が居ても立っても居られない空気が最初の頃から充満していたんですよね。

ISO:ものすごく良い話だった。ちなみに自主映画を熱心に応援してくれている人たちはどういう層が多いんですか?

矢川さん:傾向としては40〜50代のおひとり様男性が多いです。皆さんロサだけではなくいろんな劇場に通っていて、一年に200や300本くらいの映画を普通に観ています。自主映画好きといっても皆さんそれぞれ好みや独自の動きがあるんですが、その方々のピースがぴったりハマったのが『カメ止め』や『侍タイ』だった。

 

ロサは予期せぬ大ヒットのときのピンチヒッター

ISO:『カメ止め』はロサと新宿の「K’s cinema」から広がっていったんですよね。

矢川さん:『カメ止め』は監督・俳優を育成する「ENBUゼミナール」さんの製作映画で、そこで製作された映画のお披露目会が毎年K’s cinemaさんで行われるんです。『カメ止め』は上映回すべてが満席になったそうで、K’s cinemaさんとENBUゼミナールさんがこのままにしておくのは勿体無いと単独上映を進めたのが最初でした。

ISO:きっかけはK’s cinemaさんだったんですね。

矢川さん:そのお披露目会のときにIFS担当者も観ていて、ロサでも上映したいと提案したんです。断われるのが普通だと思うんですが、K’s cinemaさんが「うちは昼に上映するからレイトでやっていいよ」と。

ISO:『カメ止め』も最初から勢いがあったんですか?

矢川さん:K’s cinemaさんでは3週間、毎日3回上映していたのがすべて満席。でもK’s cinemaさんも先のスケジュールが埋まっていて数週間上映できない期間があったんです。その間に拡大公開が決定したんですが、そのときはうちも大盛況でしたね。

ISO:そっか。K’s cinemaは1スクリーンしかないから、当たっても続けて上映するのが難しいんですね。歯痒いなぁ。

矢川さん:ずっと満席の作品を手放すのは辛いですが、劇場というものは先々時間と場所を決めてやるものですからね。だからロサでは2スクリーンで何かあったときに上映できる余地を残しておくんです。作品が揃わなければ歯抜けスケジュールになって困ることもあるんですが(笑)。

ISO:その余地が活用されることは結構あるんですか?

矢川さん:「まだお客さんが入ってるんだけど先が埋まっていてこの日までしか上映できない作品があるので、ロサでやってくれませんか?」とお声がけ頂くことがあって、よく引き受けるんです。既にヒットしているから、うちも御の字で迎えられますしね。『どうすればよかったか?』も当初やる予定はなかったけど、配給に連絡したら是非ということで。

ISO:あの作品も連日満席で、観れないという人も大勢いましたもんね。

矢川さん:私が担当した『ベイビーわるきゅーれ』(以下、『ベビわる』)も、もともとテアトル新宿さん発信なんです。上映当初から盛況だったんですが、2週間レイトショーでしか組まれていなかった。配給側がこれは勿体無いということで、うちに声をかけてもらったんです。というのも阪元監督の別の新作を2本うちで上映する予定があったので、これもどうですかと。

ISO:配給会社からしたらものすごくありがたい存在だ。

矢川さん:配給や他劇場のなかにはロサがIFSでどういう作品を上映して、どれがヒットしたかということを熱心に追いかけている人もいて。この監督の作品は以前ロサでやって賑わっていたから、うちでもかけてみようとなってくれるのは嬉しいですよね。

入江悠、三宅唱……ロサが輩出してきた日本映画界の名匠たち

ISO:2003年頃から自主映画の上映を始めたとのことですが、そこには具体的にどういう監督がいたんですか?

矢川さん:入江悠監督(『室町無頼』)や三宅唱監督(『夜明けのすべて』)、沖田修一監督(『さかなのこ』)に冨永昌敬(『白鍵と黒鍵の間』)などですね。あと石井裕也監督(『月』)や深田晃司監督(『LOVE LIFE』)もそう。挙げ始めたらキリがないですね。

ISO:えっ…今の邦画を牽引している面子じゃないですか。

矢川さん:今40代あたりの監督は、若い頃に自主映画をかけてもらおうと思うと、シネマロサしかなかったんです。他に選択肢がないから、ロサを通過している人がほとんどなんですよ。

ロサで育った監督たちの凱旋作品もラインナップされている

ISO:もともとどういうきっかけで自主映画を上映し始めたんですか?

矢川さん:ここも90年代は小洒落たフランス映画とかも上映していたんです。でもミニシアターブームが去って、それも飽きられ閉館したミニシアターもかなり多かった。それで他がやってないことをやろうと思いまして。

当時、ポレポレの前身のBOX東中野さんはフィルムと同時にビデオでも上映していたんです。あちらは小規模なドキュメンタリーも上映されていて、ビデオ撮影の作品も多くて。それを参考にうちもフィルム以外でも上映できるようプロジェクターを導入したら、ロサで自主映画を上映するという話が間で広まっていったんです。

ISO:活路を見出すためにインディーズに挑戦したと。

矢川さん:インディーズ映画の上映を始めた頃は、直近の目標として大手ではない邦画をよく上映していたテアトル新宿さんやユーロスペースさんとかで上映される監督の輩出を目指していました。

ISO:2003年からインディーズ映画の上映を始めたとのことですが、矢川さんはいつからロサに在籍しているんですか?

矢川さん:僕は2000年くらいですね。大学生の頃に別の劇場でアルバイトをしていて、その後配給会社を経てここに辿り着きました。ここは洋画の買い付けもやっていたり、僕がお客さんだった頃から変なことをやっていたんです。それなら僕みたいなやつでも拾ってくれるかなって(笑)。

 

良いときも、悪いときも寄り添える劇場でありたい

ISO:最近は『ベビわる』の阪元裕吾監督をはじめ、邦画界で若手監督がどんどん台頭していますよね。

矢川さん:昔と比べて、映像に触れる頻度が全然違うというのは大きいですよね。生まれたときからそういうものが身近にあったんだろうし、映像作家でなくとも映像を撮って編集して発信するということを日常的にやっている。たとえばTikTokも映像表現だし、つくろうと思えばスマートフォンだけで映画もつくれる。

ISO:iPhoneで映画をつくっている監督は何人もいますね。

矢川さん:一方で今までなら映画という分野に来ていた才能が、他のメディアに流れる怖さもありますよね。これだけ媒体があれば映画にこだわる必要がない。そんななか、それでも「映画じゃないとダメだ」と監督を目指す人は、相当な強い意思と個性を持っているんだろうなと。今出てきている人はきっとそんな人たちですよね。

ISO:たしかに最近の若手監督は作家性がすごく強くて、それが武器になっている気がします。

矢川さん:あとはDCP(※)の影響が大きいのではないかと思います。以前はフィルムでしか上映できなかったし、フィルムで製作するとなると何十、何百万というコストがかかりましたから。稼いだ金を全部作品に注ぎ込む覚悟と気力と体力が必要だった。そこで淘汰された人は大勢いるんじゃないかなと。

(※)DCP(デジタル・シネマ・パッケージ):映像や音声、字幕など映画に必要なデジタルデータをまとめたパッケージのこと。フィルム上映に代わり一般的となったデジタル上映に用いられる。

ISO:コストの壁は高いですよね。スポンサーもいないからキャストやスタッフのギャラをはじめ、小道具や場所代など全部自分で出さないといけないし、そこからさらにフィルム代も必要と考えると…。

矢川さん:それに引き換えDCPは自分の労力だけでできますからね。日本だけじゃなく世界に向けてそのデータを送ることができるし、逆にDCPのおかげで洋画も以前より気軽に買い付けできるようになっていますよね。それはフィルムではできなかったと思います。

ISO:確かに最近は一人で配給を行っている人も多くいますが、そういうことだったんですか。

矢川さん:だからロサで自主上映する監督たちにも、DCPを自分で作らせているんですよ。覚えておけば絶対に役立つから。

ISO:本当に若手監督にとってものすごくありがたい場所ですね。そんな作り手たちや観客にとって、ロサはどういう存在でありたいですか?

矢川さん:よく言われるんですが「聖地」と呼ばれるのはあんまり……(笑)。そんなに大袈裟な場所ではないので。インディーズ映画の責任はすべて個人に向くので、良いことばかりではありません。良いときも悪いときも、せめてうちだけでも寄り添ってあげたいなと思っています。

撮影/山﨑優祐
編集/森ユースケ(路地裏書店)