突然ですが、かまぼこって実はとてもいろんな種類があることを知っていましたか??

たとえば、よく見る赤白の板かま。

私たちが思い浮かべる“かまぼこ”って、大体このあたりではないでしょうか。

でも実は、ちくわも、はんぺんも、伊達巻も、広い意味では“かまぼこ”の仲間らしいんです。

しかも最近は、駅や空港で“常温で持ち歩けるかまぼこ”を見かけるように。

かまぼこって、冷蔵庫に入れるものじゃなかったっけ……?

常温で180日間も保存可能な「旅するかまぼこ」

これは、かまぼこの世界で何かが起きているのでは?

そう思い、常温保存できる笹かまぼこ「旅するかまぼこ」を開発した、宮城・南三陸町の老舗かまぼこ店・及善商店の及川善弥社長にお話を聞くことに。

及善商店は、明治13年創業。140年以上にわたって南三陸でかまぼこを作り続けてきた老舗です。東日本大震災では自宅、店舗、工場などすべてを津波で失いましたが、同年には登米市で笹かまぼこの製造を再開。2017年には南三陸町に本社工場を再建し、現在もかまぼこづくりを通じて新たな挑戦を続けています。

全国蒲鉾品評会で農林水産大臣賞を受賞した「リアスの秘伝」。

南三陸の海の幸を大胆に乗せて炙った「炙り笹」

そんな老舗の6代目でありながら、新しい挑戦を続ける及川社長に、かまぼこのことを聞いてみると……。

「かまぼこって実は900年以上もの歴史があるんですよ」

「私たちは宇宙までかまぼこを旅させようとしているんです」

900年の歴史。そして、宇宙……!

かまぼこの話を聞きに来たはずなのに、時間軸とスケールがどんどんおかしくなっていきます。

そのほかにも……

・ちくわも伊達巻も、実はかまぼこ?
・かまぼこ屋さんは昔、めちゃくちゃ儲かる仕事だった?
・そして今、なぜかまぼこは宇宙を目指しているのか。

身近すぎて知らなかった、かまぼこの世界をのぞいてきました。

話を聞いた人:及川善弥(おいかわ・ぜんや)
宮城県南三陸町出身。東海大学海洋学部卒業後、神奈川県小田原市のかまぼこ店で3年間修業を積む。1880年創業の老舗かまぼこ店・及善商店の6代目として、現在は代表取締役社長を務める。東日本大震災で工場や店舗を失うも、2011年に登米市で笹かまぼこの製造を再開。2017年には南三陸町で本社工場を再建した。常温保存可能な笹かまぼこ「旅するかまぼこ」など、かまぼこの新たな可能性を広げる商品開発にも取り組む。

 

ちくわも伊達巻もかまぼこ? かまぼこの定義が思ったより広すぎた

──ちくわも、はんぺんも、伊達巻も、実はかまぼこの仲間なんですよね?……あの、単刀直入に聞きますが、かまぼこってなんなんですか?

かまぼことは「魚肉練り製品」全般を指す言葉です。つまり、魚肉を練って加熱して固めたものは、すべてかまぼこと言えます。お正月によく食べる伊達巻も、魚肉と全卵と砂糖とみりんを練って焼き上げたものなんですよ。

──恥ずかしながら、伊達巻は甘くて弾力のある卵焼きだと思っていました。

あとは「つみれ」も魚肉を練って固めたものなので、広くはかまぼこの仲間ですね。

──この世のいろんなものがかまぼこに見えてきました……。

そんなかまぼこも、大きく分けると4種類だけなんです。ポイントは加熱方法で、焼く、揚げる、蒸す、ゆでる。この4つの方法によって、ちくわや笹かま、揚げかま、板かま、つみれ、はんぺんなどに分かれていきます。

──そんなにシンプルに分類できるんですね。

しかも、かまぼこの歴史はかなり古くて、文献上では900年以上前から登場しているんです。

──900年以上前!

1115年の文献に、初めて「蒲鉾」という文字が出てくるんです。もちろん、それ以前からつみれのような魚肉を加工したものは作られていたと思いますが、文献上で確認できるのはそこからですね。

当時のかまぼこは、今のような日常のおかずというより、「日持ちする加工品」としての意味合いが強かったんです。たとえば、箱根を越えて神奈川から静岡へ渡るような長い移動のとき、生の魚は持っていけませんよね。だから干物やかまぼこのような、栄養があって持ち運びやすい保存食が重宝されていたんです。

──もともとは“魚を長く食べるための知恵”でもあったんですね。

そうです。そんな長い歴史のあるかまぼこですが、実は「かまぼこをかまぼこにする」ための大事な原理があるんです。これはなんだかわかりますか?

──うーん……なんだろう……?

正解は……「塩」です。

──塩⁉
はい。魚肉に塩を加えて練ると、魚のたんぱく質が溶け出して粘りが出てくるんです。それを加熱すると、たんぱく質同士がくっついて固まり、かまぼこ特有のぷりっとした食感になる。

──じゃあ、あのぷりぷり食感は塩のおかげなんですか?

そうです。塩は味付けのためだけに入れているわけではないんです。魚肉を“かまぼこ化”させるための、かなり重要な存在なんですよ。

 

かまぼこ屋は昔、“無敵”だった?

及善商店HPより

──あの、大変失礼な質問なのですが、かまぼこ屋って儲かるのでしょうか?

僕が小さかった頃はめちゃくちゃ儲かっていたと思います。父の代は「無敵だった」と言っていましたよ。

──無敵!

理由はいくつかあります。戦後以降、かまぼこの主要な原料の一つになったのがスケソウダラでした。昔のかまぼこ屋はスケソウダラを丸ごと仕入れて、そこから取れる卵を売ることで儲けていたんですよ。

明太子の原料にもなるので、卵を売るだけで仕入れ分をペイできて、さらに利益も出ていた。極端に言えば、魚体のほうは捨ててもよかった。でも、捨てる部分で何か加工できないかというところから、かまぼこを作る技術が全国に広がっていった。卵で儲かって、さらにかまぼこでも儲かるわけですから、それは強いですよね。

──最初は、かまぼこが副産物のような存在だったんですね。

職人が一枚一枚、鯛の細工を施した「細工かまぼこ」

かまぼこは、そもそも未利用魚を加工するところから始まり、保存食としての役割も果たしていました。宮城では、生魚より日持ちすることから、結婚式の引き出物としても重宝されたんです。鯛や富士山、宝船の形にデコレーションした「細工かまぼこ」を、5品盛り、7品盛りのように華やかに並べて、結婚式に派手さを添えていたんですね。

当時は人口も多く、結婚式も200人、300人規模で行われていました。そこに細工かまぼこの文化がはまって、大きな需要が生まれたんです。

──華やかな時代ですね。

さらに、仙台では笹かまぼこが名産になっていきます。

仙台といえば、伊達政宗公の時代から続く伝統行事とされる「仙台七夕」が有名ですよね。そこで、笹にちなんだかまぼこを仙台名産として打ち出そうと考えたのが、仙台を代表する阿部蒲鉾店さんです。伊達家の家紋「竹に雀」にもちなんで、「笹かまぼこ」という名前が生まれました。

すごいのは、「うちが作ったから誰も真似するな」ではなく、一気に仙台名産にするためには、みんなで作ったほうがいいと考えたこと。だからこそ、地域のかまぼこ屋さんたちにも広がり、笹かまぼこは仙台名産として定着していきました。

細工かまぼこと笹かまぼこが同時に伸びていったのが、ちょうどバブル期。だから、父の世代は「無敵だった」と言っていたんです。

──現在は、少し状況が違うのでしょうか?

そうですね。まず、細工かまぼこは要冷蔵商品なので、食品衛生の面から引き出物として常温の棚に置きづらくなった。そこにバウムクーヘンや選べるギフトのようなものが入ってきたんです。

さらに少子化で結婚式の規模も小さくなり、あれだけ売れていた細工かまぼこの需要が一気に落ちていきました。笹かまぼこも、常温で保存できないことから、夏場は持ち運びが難しい。ギフト需要は夏と冬に多少ありますが、それだけでは1年を通したビジネスにはなりにくいんです。

季節や気温、人の動きに左右されるという意味では、かき氷と同じですね。「かまぼこ屋は水商売だ」と言う人もいますよ。

──当初は「たらこ」で利益を得ていたと伺いましたが、原料の仕入れ方も変わっているんですか?

今のかまぼこ屋は、基本的にはすり身を仕入れて、かまぼこを作ります。魚体をさばいて卵とすり身に分ける工程は、原料の一次生産の会社が担うようになっていて、完全に分業化されているんです。

昔は二束三文で手に入っていた原料が、今は「わざわざ買うもの」になっていて、値段もどんどん高くなっている。そうなると、小麦粉やでんぷんを主原料にした商品に価格で負けてしまうんです。「かまぼこは高いから買わなくていいよね」と思われてしまう。

だからといって、原価を無視して安く売り続けると、会社が持ちません。最近は「なんでこんな大きなかまぼこ屋さんが潰れるの?」ということも起きています。今のかまぼこ業界は大きな転換点にあるんです。

 

“冷蔵が当たり前”だったかまぼこを、常温で旅させるまで

──冷蔵が当たり前だった笹かまぼこを、常温で持ち歩けるようにしたのが「旅するかまぼこ」なんですよね。そもそも、どうして常温のかまぼこを開発しようと思ったのでしょうか?

旅するかまぼこ。お子さまも気軽に食べられるようにと一口サイズで、ポップなパッケージに

最初は、新会社を立ち上げて原料や副原料を共同購入し、安く仕入れようとしていました。でも、僕たちの物量では相場を下げることができなかった。相場を下げられるほどの物量を確保するには、もっと売上規模を大きくする必要がありました。

さらに、かまぼこは季節によって売れ行きに差があり、特に夏場は弱い商品でした。お土産・旅のお供として買ってもらうには、常温で持ち歩けるようにするしかなかったんです。

──それで、常温のかまぼこを開発することになったんですね。

でも、業界的には、常温にするとおいしくなくなるから、やっても無駄だと言われていました。

実際に、最初に作ったものを妻に食べてもらったら、「こんなまずいものを作らないでください。及善ののれんを汚さないでください」と、僕以上に経営者のようなコメントをいただいて。

──手厳しいですね……。

でも、そのとき思ったんです。この妻が「おいしい」と思ったら売れるんだろうなと。

そこから何度も試作したんですが、なかなかうまくいかなかった。そこで立ち返ったのが、さっき話した「かまぼこの原理原則」です。魚肉に塩を加えて練ることで、たんぱく質が溶け出し、ぷりっとした食感が生まれる。900年前から変わらない基本ですね。

──常温化にも、その原理原則が関係していたんですね。

常温保存可能なかまぼこ製造に使用する「レトルト窯」

そうなんです。常温保存にするには、中心温度120度で4分以上加熱しなければいけないという科学的な条件があります。レトルト食品や缶詰も、同じように高温で加熱して保存性を高めています。よく驚かれるのですが、保存料は一切使っていないんですよ。

ただ、かまぼこはカレーや缶詰のように、煮込めばおいしくなるものではありません。加熱しすぎると、2~3日煮込んだおでんの具みたいに、ボロボロになってしまう。だから、菌のリスクを抑える条件だけを満たして、そこでバチンと止める必要があったんです。

いろいろ試した結果、かまぼこの原理原則に近い、塩を利かせたシンプルな生地がいちばん加熱に耐えてくれました。そこでようやく商品化の道が見えてきたんです。

個包装のパッケージにもかわいいイラストが

──発売後はすぐに売れたんですか?

会社を立ち上げて最初の1年は、事業構想と失敗の連続で。最初の年は年収にすると13万円ほどでした。それが「旅するかまぼこ」を打ち出した翌年には、売上2500万円まで伸びました。やっぱり「旅する」という名前がよかったのか、JRや仙台空港が反応してくれたことが大きかったですね。

──13万円から2500万円!すごい逆転ですね。

ただ、その後にコロナが来て、人が旅をしなくなり、「旅するかまぼこ」も、旅しなくなったんです。 今度は売上が70%減りました。それでも、Go Toキャンペーンが始まると売上が跳ね上がったので、「これはコロナが明けたらいけるんじゃないか」と思ったんです。そこで「旅するかまぼこ」と並行して、サイズを大きくした常温の笹かまぼこも出しました。

「旅するかまぼこ」よりも一回り大きい常温保存可能な「笹かまぼこ」は、プレーン、牛タン入り、タコ入りと3種類で展開

その結果、今では及善商店の売上の8割が常温、2割が冷蔵です。ここ3年で大逆転しました。

──今後、常温のかまぼこはもっと広がっていきそうですよね。

そうなっていくと思います。実際、同業者から「常温のかまぼこを作りたい」という相談も増えていて、レシピも惜しみなく教えています。

──レシピまで教えているんですか⁉

僕は、笹かまぼこが仙台名産としてみんなで広がっていったように、常温のかまぼこもみんなで流行らせればいいと思っているんです。みんなで常温のかまぼこを出せば、技術も上がるし、もっとおいしいものが生まれていく。もし他社さんがすごくおいしいものを作ったら、僕も「ちょっとレシピ見せてよ」って言えますしね(笑)。

 

かまぼこを、宇宙まで旅させたい

──常温保存のかまぼこだったら、どんな場所にも“旅”できますよね。宇宙に飛ばすプロジェクトも進められていると聞きましたが、これはもともと野望としてあったんですか?

常温の笹かまぼこができてからですね。「これだったら宇宙に持っていけるな」と思ったんです。

「旅するかまぼこ」の裏面の背景には、ロケットのイラストが描かれている。

「旅するかまぼこ」という名前を考えたときに、「じゃあ、どこに旅できるんだろう?」とみんなで話していたんですよ。船の中、駅構内、新幹線の車内販売、コンビニのレジ横、ディズニーランド……。行きたい場所をどんどん出して。「ここ行ったね」「次はここに行きたいね」と話しているうちに、「いや、宇宙じゃない?」となって。

──急にスケールが大きく。

ただ、コロナのときに「旅するかまぼこ」が旅しなくなってしまったんです。震災で心が折れて、コロナでも心が折れて。でも、折れっぱなしじゃおもしろくないじゃないですか。

だったら、ここで「宇宙に行く」という夢をちゃんと持とうと。そこから、クラウドファンディングでも「かまぼこを宇宙に持っていきたい」という夢を発信し始めました。

──今はどんな段階なんですか?

二段階で考えています。一つは、自分たちの力でどこまで上空に打ち上げられるか。バルーンを使えば、上空30キロくらいまでは行けることがわかってきました。

上空30キロまで行くと、地球の丸いフォルムと、宇宙を思わせる暗い空が一緒に写るんです。バルーンにGoProをつけて、その下に「旅するかまぼこ」をセットして飛ばす。上空で風船が割れたらパラシュートが開いて、偏西風を計算しながら海に落とします。

──本当に宇宙に挑戦してますね。かまぼこ屋さんの域を超えてる。

しかも、陸に落ちたら危ないので、絶対に海に落ちる条件じゃないといけない。船で回収するので、漁師さんが休みの日じゃないといけない。海上自衛隊の訓練など、海域の使用状況も確認しなければいけない。 天気、風、着水地点、船の都合、全部が合わないと飛ばせないんです。

だから、1年前から準備しているのに、なかなかタイミングが合わなくて。協力会社の担当の方に「いい加減飛ばしてくださいよ」と言ってます。まあ、無茶なんですが。

──ロケットの打ち上げもよく失敗してますが、宇宙へ行くってそんなに大変なんですね……。

そうなんです……。でも、その宇宙の風景を撮影できたら、新しいパッケージにも使いたいんです。

バルーンで飛ばすことと並行して、JAXAにも相談しながら、本格的にロケットに搭載して、宇宙食として届けることを目指したい。

もちろん、そう簡単に行けるものではないのはわかっています。JAXAとも実際に話はしていますが、時間はどうしてもかかります。ISS(国際宇宙ステーション)の老朽化もあり、宇宙食として申請・搭載するタイミングにも限りがある。そんな状況で誰もやらないと思うからこそ、かまぼこを宇宙食にするって、言い続けたいんですよ。

──いろいろな困難がある中で、それでも宇宙に飛ばしたいと思うモチベーションはどこにあるのでしょうか?

僕は、未来があるかまぼこ屋を作りたいんです。だからやる。ただ、それだけの話ですね。

何もせずにいると、可能性ってどんどん閉じていくじゃないですか。 かまぼこ屋も同じです。でも、常温保存できる「旅するかまぼこ」ができた途端に、未来がどんどん拓けていく感覚があった。

「かまぼこって日本だけじゃなくて、世界にも行けるよね」「宇宙にも行っちゃったの?」ってなったら、日本の食文化ってすごいね、かまぼこって大事だね、と思ってもらえるかもしれない。

ダメだ、ダメだと言って、ダメなところにいたって面白くないし、かっこよくもない。だから、かまぼこの中から、そういう未来がポツポツ生まれていったらおもしろいなと思っているんです。

 


 

及川社長の話を聞いているうちに、かまぼこはただ食卓に並ぶ“名脇役”ではなく、900年以上の歴史を持ち、地域の文化を支え、時代に合わせて姿を変えてきた食べものなのだと気づかされました。

ちくわも、伊達巻も、笹かまぼこも、常温で旅するかまぼこも。

そして、いつか宇宙へ行くかもしれないかまぼこも。

身近すぎて、知っているつもりになっていたけれど、かまぼこの世界は思っていたよりずっと広くて、ずっと自由でした。

次に駅や空港、スーパーの売り場でかまぼこを見かけたら、少しだけ立ち止まってみてください。

その小さな魚肉練り製品の向こうには、海と、人の知恵と、老舗の挑戦と、もしかすると宇宙まで続く未来が広がっているかもしれません。

編集:友光だんご