「昨今のネット社会に警鐘を鳴らさない」スカッとしないインターネットの話

このコラムでは、ダ・ヴィンチ・恐山が、インターネットにまつわるあれこれについてモニョモニョと歯切れの悪い見解を述べるコラムです。

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インターネットという地元

 

このサイト「ジモコロ」は「地元」を取り上げるメディアだ。場所に根付いた文化や産業には歴史があり、理由があり、特有のおもしろさがある。

 

「地元」の意味を精選版日本国語大辞典で引いてみると

 

「その土地。その地区。その人またはその事に直接関係のある土地。本拠」

 

 とある。ヒト(および、ヒトがする行為)と「場」は切っても切り離せない。

 

しかし、この十数年でヒトと場所とのつながりは弱くなってきている気もする。インターネットがあるからだ。いまや情報収集はほとんどネットで済ませる人が大半だし、人とのコミュニケーションだってネットを通じて行うことが普通になった。

 

 ここで「地元」という言葉をあえて拡大解釈してみると、私やあなたが使っている「インターネット」もまた独特の「場」であり「地元」なのではないか、という気がしてくる。

 

 であれば「ジモコロ」というメディアで「インターネット」の話をすることも、あながち場違いではないのかもしれない。……そう考えて、これからインターネットという「地元」について書いてみたい。そう、こじつけだ。


 しかし、ネットを俯瞰したうえでスパッと一刀両断にして、切り口からネット全体を語る、ようなことはむずかしい。いくら「地元」といっても、ネットには物理的なカタチがない。個々のネット利用者が見ているネットはそれぞれ全く違う相貌をもっている。

 

 このコラムでは、あくまで筆者の観測範囲において見つかった面白げなネット文化をひとつ取り上げて、それについて良いとも言わず悪いとも言わず、いや~、どうなんですかね? と、モニョモニョと、結論を出さずに締めたい。

 

 

怒涛の情報を浴びる日々

 

 私は「ツイッター」をもう8年くらいやっている。

 

 

 しみじみ感じるのは、とにかく流れ込んでいる情報の量がハンパじゃない、ということ。人間の脳ってこんなに大量のデータを送り込んで大丈夫なのかな? と、いつも不安になる。

 

 タイムライン(TL)をただスクロールするだけでも、愚痴、会話、猫画像、イベント告知、マンガ、ジョーク、おもしろ動画、ニュース、政治、自撮り、おもしろエピソード、などが無作為に、ごちゃまぜに、上から下へとなだれ込んでくる。

 

 TLを見るとき、1ツイートあたりにかける時間は短くて1秒、長くても1分。外部リンクを踏んで戻ってきてもせいぜい1~3分。1時間タイムラインを見ていたら、得る情報は大小合わせて300種を超すのではないか。かなり異常な情報の摂取量だが、これは現代ではそんなに珍しいライフスタイルでもないだろう。

 

「いろんな情報が」「断片的に」「ごちゃまぜに」流れてくる。

 

 インターネットの、特にツイッターという地元は、そんな特徴を持っているといえそうだ。

 

 

スカッとであふれるタイムライン

 

 流れる情報の内容は、媒体に合わせて変化する。ツイッターナイズされてくるのだ。

 

 このまえタイムラインで目にして驚いたことがある。ネット掲示板でのやりとりをまとめた「まとめサイト」の記事をスクリーンショットして、さらに4枚の画像に「まとめたツイート」が10000以上リツイート(拡散)されていたのだ。

 

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 ツイッターでは、短くまとまった文章、画像、動画がウケる。いまのところ文字数制限は140文字で、画像は4枚まで、動画は2分20秒まで貼ることができる。そこからはみ出すようなものは、1時間に300の情報を処理するツイッター地元民にとって都合が悪い。

 

 だから、うまいオチのついたツイートが特にRTされる。4ページで完結する短編マンガや、数秒~1分でオチのつく動画がウケる。「まとめサイトをまとめたツイート」が広く拡散されるのは、そのツイートの中で完結しているからだ。

 

 それらのツイートはどれも、ごく短時間で読者に「スゴい」「笑える」「知らなかった」「わかる」という感情を呼び起こす。後腐れなくスカッとできるのだ。珍しいエピソード、美しい天体の写真、決定的瞬間の動画。100年前の世界に生きていたら一生に一度見られるかどうかという奇跡を、いまのツイッターでは10秒にひとつ消費してスカッとしている。

 

 意見を発信するときもそうで、ツイッター上では断言したほうがウケがいい。政治の話をするにしても

 

「~という政策については絶対賛成(反対)だ!」

 

 くらいに、スッパリ断言したほうがいい。その意見に反対の立場を取る人も「それは違うぞ!」と簡単に反応できる(そして忘れられる)。

 

「~という政策については問題点もあるが、検討すべき部分もあり、まだ議論の余地は残されていて……」

 

 みたいな歯切れの悪い言い方だと「どっちの味方なんだ」という感じで読んだほうまでモヤモヤするし、次に開いたネコ動画を見ているときに、さっきの政策のことを思い出してしまうかもしれない。

 

 いろんな断片を大量に摂取するなら、情報は尾を引かないものが好まれる。そういう理由で、ツイッターにはスカッとするものが溢れているのだと思う。

 

 

警鐘を鳴らさない

 

 

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疑問呈し蟹「それで、そういう流動食しか食えなくなった人類に警鐘を鳴らしてるの?」

 

 うわっ、疑問呈し蟹だ。

 

 

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「どうなの? 鳴らすの? 警鐘」

 

 うーん、いや、だからといって、今の世の中が悪くなった、とは思わない。

 

 これはあくまでツイッターという「地元」が持っている性質であって、人のアタマが悪くなったとか、文化が先細りしていくとか、そういうこととはまた別の話だから。

 

 ツイッターが断片をごちゃまぜに垂れ流す仕様である以上、この傾向は絶対に変わらないだろうし、それは人々がそういうモノを求めた結果だ。柔らかいものばかり食べていると歯が弱くなるかもしれないが、固いものしかない時代の人だって柔らかい食べ物は食べやすくて好きなはずだ。

 

「じゃあいまのツイッターみたいに情報が消費されまくるのは良いことなの?」

 

 …いややっぱり、これは手放しに「良いこと」でもない気がする。やっぱり人類がどんどん難しいことを考えられなくなって、アホになっていくのは困るし。

 

「人類ってアホになってるの?」

 

 うーん、正直、それもわからないけど。

 大昔なんか、文字も読めない人が大半だったわけで、それと比べれば平均的な知性は大幅に賢くなったとも言えるな。

 

「そもそも、さっきのツイッターの分析って本当に正しいの? 自分の観測範囲がそういうふうに見えてるだけなんじゃないの」

 

 主観だけど、ある程度の根拠はあると思うし、わりといろんな人の共感は集められると思うんだけどな……。

 

「共感を集めてどうするの?」

 

 どうするって……まあ、この話題についても簡単に言い切っちゃうとすぐスカッと消費されて忘れられちゃうだろうから、あえて善とも悪とも言い切らず、読者の人に心残りみたいなものを作れたらいいなとは思ってるけど……。

 

「責任を負わず、自分の意見は言わず、あいまいなまま投げるってこと? それって、意見をハッキリ言って白黒つけるより良いことなの?」

 

 ………。

 

 

・ ・ ・

 

 

 にっちもさっちも行かなくなってしまったので、今回は、このへんで投げることにする。さようなら。

 

 

 

 

 

ライター:ダ・ヴィンチ・恐山

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株式会社バーグハンバーグバーグ所属。作家名義は品田遊。
風呂の湯沸かしや宅配便の再配達依頼など、多方面で活躍中。

ブログ→品田遊ブログ
Twitterアカウント→@d_v_osorezan

 

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