
ジモコロ読者のみなさま初めまして。ライターの藤間紗花(ふじま・さやか)と申します。平成4年生まれ、影響を受けた人物は浜崎あゆみというゴリゴリのミレニアル世代です。
昨今は、2000年前後のファッションを意識した「Y2Kファッション」が、Z世代を中心に流行中。平成育ちの私としては、若い世代の方々が自分の愛したファッションを楽しんでいることに胸が踊ります。
一方で、こんな想いも芽生えました。「平成ギャルのファッションがトレンドに返り咲いたのなら、そろそろあのファッションもリバイバルするのでは……?」
「青春時代のひそかな憧れだった、ロリータが……!」
フリルやレース、リボンなどの装飾、キュッと絞られたウエストに、ふわりと膨らんだスカート。ガーリーでラブリーなロリータファッションに、10代の私は憧れを募らせたものです。
当時、ファッションの最先端であった原宿の街を訪れると、ロリータやゴシックロリータに身を包んだ乙女たちの姿がそこかしこに見られたものですが、開発と発展を経た現在の原宿では、ロリータファッションのカルチャーは感じられなくなってしまいました。
あの頃原宿を賑わせていた愛好家たちは、今はどこにいるのでしょう?
というか……そもそもロリータファッションって何!? 明確な定義やルールがあるの? なんで原宿で流行ってたの〜!?
今回はそんな疑問を、昭和女子大学環境デザイン学科で専任講師を務めるファッション研究者の菊田琢也先生にぶつけてきました。
話を聞いた人:菊田 琢也(きくた・たくや)
昭和女子大学環境デザイン学科専任講師。被服環境学博士。専門は文化社会学、近現代ファッション史。大学で教鞭を執るほか、パリコレクションなどの取材を継続して行なっている。主な著書に『相対性コム デ ギャルソン論』(共著、フィルムアート社、2012)、「キキはなぜ黒いワンピースを着るのか:スタジオジブリとファッション」(『学苑』、昭和女子大学、2021)など。
誕生したのは70年代!? ファッション雑誌から読み解くロリータファッションのはじまり
藤間「菊田先生、本日はよろしくお願いいたします! こちらの研究室、ファッション雑誌だけでなく、アニメや映画のDVD、漫画本などもたくさんありますが……菊田先生は主にファッションについての研究をされているんですよね?」
菊田「僕の研究対象はファッションメディアです。たとえば、ファッション雑誌やファッションショー、映画やアニメ、漫画などを主資料に、そこにあるファッションイメージから当時の社会性を読み解く研究などを行っています」
菊田先生の蔵書の一部
藤間「たしかに、昔の映画や漫画にも当時のファッションが反映されていて、鑑賞しながら『おしゃれだな〜』と思ったりします」
菊田「ロリータファッションでいうと、映画『下妻物語』(※)が公開されて以降、一般的に広く認知されたように思いますね」
※茨城県下妻市を舞台にロリータとヤンキーという正反対の価値観を持つ2人の少女の友情を描いた青春コメディ。原作は嶽本野ばらによる小説で、20年経っても色褪せない名作。昨年映画公開20周年を記念して、下妻市でイベントも開催された
藤間「それまでギャルっぽい印象だった深田恭子さんのロリータ姿が可愛くて、私も夢中になりました! たしかに、私がロリータファッションを知ったのもその頃かも」
菊田「僕はロリータファッション愛好家というわけではないので、あくまで研究者としての見方になりますが……。『ロリータファッション的なるもの』のイメージは、2000年代に流行するかなり前から登場していて、ここへくるまで少しずつ変化してきているんですよ」
藤間「えっ、そうだったんですか。比較的新しいジャンルなのだとばかり……」
菊田「ファッションのスタイルやイメージを表す言葉として『ロリータ』という用語がファッション雑誌などで使われ始めたのは1970・1980年代ごろからです」
藤間「そんなに昔から!?」
菊田「1970年代の『anan』(※)を見てみましょう。雰囲気は違うけれど、現在のロリータファッションに通ずるものがあると思いませんか?」
※マガジンハウスが発行する女性週刊誌・ファッション雑誌。1970年に創刊し、2020年に50周年を迎えた
藤間「本当だ!でも、現代の ロリータファッションには『お姫様みたい』というイメージがありますが、この時代のファッションは『少女っぽい』感じがしますね」
菊田「この年代の日本は西洋への憧れが強かったこともあり、外国の少女のようなかわいらしい装いを参照した『ベビードールルック』や『ロリータルック』、前近代のヨーロッパ貴族のような『マリーアントワネットスタイル』などが1980年代半ばにトレンドに挙がっています」
藤間「ロリータファッションは日本生まれのイメージでしたが、海外のトレンドから影響を受けていたということですか?」
菊田「そうですね。ロンドンやパリのファッションシーンや音楽シーンなどから影響を受けつつ、日本の文脈で独自に発展していく中で生まれたのがロリータファッションだと思います。たとえば、雑誌『オリーブ』(※)なども、外国人モデルを起用して『少女的』で『ロマンチック』なスタイルを紹介していますよね。その背景には西洋的なファッションやライフスタイルへの憧れというのが、やはりあるのでしょう」
※1982年に創刊され、2003年8月号をもって休刊した女性ファッション雑誌。数あるファッション誌の中でも独特な個性と少女性を放っており、今でも多くのクリエイターに影響を与え続けている
藤間「『オリーブ』といえば、フランスの女学生風ファッション『リセエンヌ』が思い浮かびます。ロリータファッションよりもカジュアルな印象ですが、たしかに同じDNAを感じる……」
菊田「この時代にはまだロリータファッションがスタイルとして確立されていなかったので、『かわいい』『少女的』『ロマンチック』といった3つの要素をキーワードに、下地的なものが少しずつつくられていったように思います」
原宿生まれのストリートファッションとして発展
菊田「次は1990年代のロリータファッションを見ていきましょう。こちらは1998年に雑誌『FRUiTS』(※)に掲載されていたファッションスナップです」
※1997年に創刊し、ストリートスナップを通して世界に原宿ファッションを広めた日本の雑誌
藤間「原宿の路上でオシャレな人を撮影したスナップ雑誌の『FRUiTS』は見ているだけでワクワクしたなあ……。こうして見てみると、ロリータファッションを取り入れている方が多いですね!」
菊田「今よりカジュアルですよね。『MILK』のブラウスに『Vivienne Westwood』のカーディガンを合わせたり。
2000年代に入ると、『Emily Temple cute』や『Metamorphose temps de fille』、そして『BABY, THE STARS SHINE BRIGHT』といった、ロリータファッションの人気ブランドでトータルコーディネートする人が増えてきました。『Moi-même-Moitié』を代表とするゴシックロリータのスタイルも注目されていきます
ここからロリータファッションが認知されていく中で、少しずつルールや定義が生まれていき、一般的なロリータファッションのイメージが確立していったんです」
藤間「中高生時代の私が原宿で見かけていた憧れのロリータファッションは、2000年代初期から中期にかけての、ちょっとサブカル的な雰囲気のものに近かったのかも? いつの間にか原宿でこうしたロリータファッションが見られなくなりましたが、どうしてでしょうか?」
菊田「原宿という都市空間が質的に変化したことが大きいかと。例えば『ホコ天(歩行者天国)』が1998年に廃止され、、神宮前交差点の再開発が進み、ラグジュアリーブランドやファストファッションの店舗が立ち並ぶようになる。そうすると、原宿に集まる人の層が様変わりしていきました。
加えて、2000年代中期から2010年代にかけては、ロリータファッションがアニメ・漫画といった『オタクカルチャー』にも取り込まれるようになり、プレイヤーの裾野が広がったんです」
藤間「『DEATH NOTE』(※1)の弥海砂や『シャーマンキング』(※2)のアイアンメイデン・ジャンヌなど、ロリータやゴシックロリータ的な衣装のキャラクターが増えた時期ですね」
※1「バクマン。」などのヒット作を生み出してきた、大場つぐみ(原作)× 小畑健(作画)のタッグによる人気コミック。名前を書かれた人間を死なせることができるデスノートを使って、主人公が理想の世界を築こうと企む
※2 1998年から2004年まで連載された武井宏之による日本の漫画。霊能力者の少年・麻倉葉が、500年に一度開催されるシャーマンファイトに参加し、全知全能のシャーマンキングを目指す物語
菊田「すると、アニメファンが集まる秋葉原や池袋でロリータファッションの格好をした人々を見る機会が増え、そっちの方がマジョリティになってしまった。結果、原宿とのつながりが以前よりも希薄化したのだと思います。
他にも、SNSの発展によってネット上の交流が盛んになり、地方でお茶会やイベントなどが企画され、新しいコミュニティが生まれていきました」
菊田「ただ一方で、従来のロリータファッションの愛好家の中には、同一視されてしまうことに対してフラストレーションを抱える人も少なくなかったようですね。
また、ロリータ人口が増えたことによって、ロリータファッションのカテゴリーも多くなり、より複雑化していきます」
藤間「私が知っているのは『甘ロリ(スウィートロリータ)』『ゴスロリ(ゴシックロリータ)』くらいなのですが、他にもカテゴリーがあるんですか?」
菊田「ありますよ。たとえば、白ロリ、黒ロリ、クラロリ(クラシカルロリータ)、カジュロリ(カジュアルロリータ)、ナチュロリ(ナチュラルロリータ)、姫ロリ、ロリパン(パンク風ロリータ)、サイバーロリ(サイバーロリータ)、王子ロリ(王子ロリータ)、和ロリ(和風ロリータ)、華ロリ(中華風ロリータ)……。」
藤間「めっちゃある」
菊田「でも、あとから増えたカテゴリーはアニメや漫画による影響が強いので、正統派とそうじゃないものを区別する考え方もあります。ただ、カテゴリーの定義は着る人がどう捉えるかによるところが大きいので、『これはこのスタイルだ』と一概には言えないところが難しく、だからこそロリータ文化は面白いんですよね」
藤間「ロリータファッションは定義が曖昧だからこそ、探求が面白いんだなあ」
菊田「彼女たちは自分が好きな格好をする、自分がかわいいと思うものを着るといった精神をとても大切にしていて、他者からひとくくりにされることを嫌がります。
なので、僕みたいな部外者があれこれ語るのも申し訳ないなと思う気持ちは非常にあるのですが……自分だけのスタイルをつくりたいからこそ、いろんなスタイルが生まれ、細分化していったのだと思います」
乙女たちの反骨精神が、日本を代表するカルチャーに
藤間「2010年代以降は、原宿や新宿といった『ロリータの聖地』から愛好家たちの姿が少なくなる一方で、海外での人気が高まっていった印象です」
菊田「ムスリム女性がヒジャブの装いにロリータを取り入れた『ヒジャブロリータ』が誕生したりと、日本に関心の高い海外の人々から愛されるようになりましたね。これには、2010年代に『クールジャパン戦略』の一環として、国が大々的に日本のポップカルチャーを海外に発信しようとしたことも大いに影響していると思います」
日本のロリータファッションについて取り上げた、アメリカのニュース記事
藤間「西洋のファッションから影響を受けて生まれたものだったのに、それが日本独自のファッションカルチャーとして海外で愛されているなんて、なんだか不思議です」
菊田「ロココ(※)に象徴されるデコラティブなドレスって、もともとは西洋の貴族女性たちの宮廷での装いだったわけで、ごく一部の特権階級の人たちだけが着ることができたんです。
それが日本のストリートで、一般の女の子たちのファッションになったというのは、西洋の文脈からすれば、ある種の『カウンターカルチャー』に見えるのではないかと、個人的には思っています」
※18世紀にフランスで流行した美術・建築などの装飾様式。マリー・アントワネットのような華やかな装飾が施されたスタイルのこと
藤間「たしかに、そう考えるとすごくかっこいい! ストリートファッションといえば、パンクやヒッピーなどには若者による時代や社会への反骨精神も反映されていますが、ロリータファッションもそうなのでしょうか?」
菊田「そういった側面もあると思います。愛好家のなかには『ロリータ』ではなく、『ロリィタ』や『ロリヰタ』という表記を好む人がいますが、これは『ロリータ・コンプレックス(幼女・少女への恋愛感情)』などの性的なイメージと関連づけられたくないという思いから生まれたものでもあります。
なぜなら、彼女たちにとってファッションは男性から魅力的と思われるためのものでなく、自分たちが楽しむためのものなので」
藤間「ロリータファッションが発展していった1990年〜2000年代は、今よりもずっと『女らしく』『男らしく』といった価値観が強い時代でしたよね。乙女たちの『まわりからの評価は関係ない。自分のかわいいと思う服が着たい』という想いがカルチャーを発展させていったと思うと、すごく感慨深いです」
菊田「『ロリィタ』の表記や、ひとつのブランドに絞ってコーディネートを組むなど、細かいルールがつくられていったのも、ロリータファッションに安易なイメージをもつ人たちと『真の愛好家』たちとの区別をつけるためだったのではないでしょうか。
一方で、今の若い世代のなかにはそれを窮屈に感じる人もいるようで、あえて『ロリータ』という表記を使っていることも。従来のルールに捉われず、カジュアルにロリータファッションを楽しんでいる人たちも増えているみたいです」
街ぐるみのカルチャーから、誰でも楽しめるハレの日のファッションに
ロリータファッションに関する菊田先生の蔵書
藤間「菊田先生は、ロリータファッションが再びトレンドになると思われますか?」
菊田「というか、今ふつうに流行ってませんか?」
藤間「えっ! そうなんですか!?」
菊田「数年前にトレンドになった『地雷系』『量産型』ファッションでも、甘ロリやゴスロリのようなスタイルが見られますし、テーマパークなどを訪れると、わりとおそろいのロリータファッションをまとった女の子たちも見られますよね」
藤間「たしかに! この前『サンリオピューロランド』にいったら、マイメロちゃんっぽい甘ロリの子と、クロミちゃんっぽいゴスロリの子がたくさんいました」
パレードに登場したクロミ(2024年8月撮影)
菊田「そもそもストリートファッションって1960年代にロンドンで流行したモッズなどのように、同じ価値観を共有する若者たちが同じ装いをして、同じ場所に集まることで集合的アイデンティティを獲得するためのもので。それが、ストリートスナップの普及などによって、個性を発信するツールとして機能していくようになります」
藤間「へええ。それじゃあ、街中でスナップされるためにも、都市やストリートは重要な舞台だったんですね」
菊田「はい。ロリータファッションにも同様なところがあり、原宿に集まっていたのだと思います。普段、学校や職場にはなかなか着ていけないけれど、週末に原宿に行けば仲間がいて、許容される雰囲気がある。日本ってドレスアップするシーンや場が少ないじゃないですか? 非日常性を味わえるところも大きかったんですよね」
藤間「たしかに、結婚式や卒業式くらいしか、ドレスアップするシーンってないかも……。では、原宿などのストリートが舞台でなくなった今、おしゃれをして出かける場はどこになったんでしょうか?」
菊田「ライブ参戦やイベントなどに合わせて、ちょっとドレスアップする人が増えていますよね。そういう場で、友だちとおそろいで着ていけば、人目を気にしないで自分の好きなファッションを楽しむことができる。『特別なお出かけの日に、ロリータファッションを選ぶ』という使われ方もしているのだと思います。
また、今はXやInstagramを通じて、自身のスタイルをどんどん発信できますし、すぐに仲間を見つけられます。自分の部屋の中でドレスアップして、写真や動画を撮影し、SNSに投稿する。ファッションで自分を表現できる舞台がストリート以外にも広がったので、街ぐるみのカルチャーではなくなっただけだと思います」
藤間「今ではわざわざ街へ探しに行かなくても、同じファッションを愛する人とネット上でつながることができますもんね」
菊田「僕は長年ファッションメディアを研究していますけど、SNSが誕生してから、ファッションの楽しみ方というのは本当に変化したと感じます。同じ価値観の人とつながれるだけでなく、異なる価値観も知ることができる。さらに、メイクや着こなし方を解説してくれる動画などもいろいろあるので、新たなファッションにも挑戦しやすくなっていて。
だから、ロリータファッションも、愛好家というわけではない人から『ハレの日に着たい服』として選ばれやすくなっていくのではないでしょうか」
藤間「自分の好きなファッションのスタイルがあったら、それしか着たらいけないというわけではないですもんね。とはいえ、ロリータファッション専門のブランドのドレスって、結構高価な印象があるんですが……」
左:『ゴシック&ロリータバイブル 創刊号』(2001年)、右:『乙女のソーイングBOOK』(2012年)
菊田「トータルで揃えると結構なお値段になりますよね。それこそ、初期の頃はブランドの数も少なかったわけで、購入するのも容易ではなかった。なので、ロリータファッションに関するハンドメイド本がとても多いんですよね。これ(上の写真を指して)なんか、型紙付きなのでおすすめですよ」
藤間「急にハードルが高くなりました」
菊田「でも、ロリータファッションにおける手作り文化も単に専門ブランドの服が高いからというだけでなく、『自分だけのオリジナルが着たい!』という想いから発展していったものですからね。
ロリータファッションって一括りにされがちですが、自分だけのかわいいを追求する姿勢が大切にされているので、オリジナルを求める気質が強い。1970年代ロンドンのパンク精神にもつながると思っているのですが、社会に用意されたものでなく、自分たちの着たいものを自分たちでつくり出すという、愛好家たちの反骨精神の賜物ですよ」
藤間「乙女たち、かっこよすぎ……! 自分の『好き』を貫くその心、私も見習いたいです」
おわりに
今回は菊田先生の所有するさまざまな年代のファッション雑誌を参考に、ロリータファッションの発祥や変遷についてお伺いしました。
まさかロリータファッションが、ストリートから発展していったものだったとは……。乙女たちの「自分の好きな服が着たい」というエネルギーが、世界に愛されるカルチャーを生み出していたんですね。
私も、もっと自分軸でファッション を楽しみたくなりました。年齢にとらわれず、今こそ憧れのロリータファッションに挑戦してみようかな〜!
編集:吉野舞
撮影:友光だんご