“マナー講師”ではなく”失礼クリエイター”だ。そんな言い方がSNS上で生まれました。新しい失礼を生み出しては禁止をする商売だというんです。そういえば、「こういう行動は失礼です」というようなマナー知識、テレビやネットでよく見かけますね。

おもしろい言い方だなと思うんですが、考えてみれば、そもそもマナーってどうやって生まれるんでしょうか? 一度、本気のマナーの先生に聞いてみたい。

と思ってたところマナー界の偉大な先生にお願いできることに…! マナー講師歴50年、マナーデザイナーとして日経新聞などに長年連載されていた、現代礼法研究所の岩下宣子さんにお話をうかがいました。ひゃあ~、恐る恐るですがいってみましょう!

話を聞いた人:岩下宣子

全日本作法会の内田宗輝氏、小笠原流小笠原清信氏のもとでマナーを学び、1985年、現代礼法研究所を設立。 マナーデザイナーとして、企業、学校、商工会議所、公共団体などでマナーの指導、研修、講演と執筆活動を行う。現在はNPO法人マナー教育サポート協会にてマナーの啓蒙活動を行う。『図解マナー以前の社会人常識』(講談社)など著書多数。

 

「〇〇は失礼」なんて、そもそもよくない

──SNSでは「マナー講師は失礼クリエイターだ」という言説が流行ってしまったことをご存知でしょうか。

いやだ、そんな風に言われてるの? よくないよくない。「失礼」というのがそもそもおかしいよねえ。なんでマナーを教えるのに「これはダメ」なんていうんだろう? しちゃいけないことを探すこと自体おかしいと思わない?

そうする意味を納得したら実践すればいいし、ちょっとおかしいなと思ったらやめたらいい。そこを楽しんでねって私はいつも言ってるのよ。

──うわっ、意外でした。マナーにおいて「失礼」というマイナスではなくて、「やるといい」のプラスの考えなんですね。マナーは作られるということにおいてはどうですか? 岩下さんはマナーデザイナーという肩書きもお持ちということですが。

名刺交換のとき、名刺入れに載せて渡すやり方があるでしょう。「あんなの誰が考えたの?」なんて言われたことがあるんだけど、「すいません……私です」って(笑)。

名刺を渡すときに名刺入れに載せる光景、たしかに見かける

──あれは岩下さんの!

でもね、ちゃんと意味があるの。例えばお店の人がおつりを渡すときを考えてみて。手で渡すのと、おつりの受け皿に載せて渡すのとどっちが丁寧? 受け皿でしょう? 「いつでも好きなときにお取りください」って気持ちが伝わると思うんです。

同じように、名刺入れを受け皿代わりにしたら丁寧かなって考えたんです。

──そうか、相手へのちょっとしたサービス精神でもありますね。

そう、「あなたを大切にしてますよ」という意思表示よね。でも、大勢お客さんがいらしたときに、偉い人の名刺だけ名刺入れの上に置くのがあるけど、私あれは嫌い。それ以外の人に失礼よね。

──ははは、失礼って言ってますね(笑)。

ごめんなさい(笑)。でも、マナーの話で「こうしなさい」というのがよくないと思うの。「ああしなさい」「それは失礼」って言い方はマナーではないよね。自分が恥をかかないために学ぶんじゃなく、他人に恥をかかせないために学ぶんだから。

──なるほど。たしかに他人に恥をかかせたらマナーではなさそうですね。

新渡戸稲造の『武士道』という本にはね、「体裁を気にして行うのならば、礼儀とはあさましい行為である」と書かれているんです。真の礼儀とは「相手に対する思いやりの心」。

私もね、マナーの勉強をし始めた頃に「誰かによく思われたい」なんて考えてる自分はいやらしいものじゃないかしら?と思ってたから、それを見つけたときに「私だ!」って驚いたの。

──新渡戸稲造に言い当てられたんですね。

そう、面白いでしょう。当時は「Love」っていう言葉も訳す言葉がなくて「御大切」って書いてあったりしていてね(※)。自分を大切にするように、人を大切にする。それが愛。自分がされて嬉しいことをするっていうことでしょ。

※明治期のLove輸入以前の「愛」という言葉は仏教用語にある程度の存在だったそうだ

──そうか、マナーとは愛!

「御大切」は自分も人も大切にする。私も大北さんも、どうしたらこの場に気持ちよく居られるか思いやりの心で考える。それがマナーとか礼儀とか人間関係。私は死んだら新渡戸先生のところに行って「教えいただいてありがとう~!」って言わないといけないんです。

──天国でまず新渡戸稲造を探すんですね(笑)。

それほどショックでね、この気持ちでマナーを伝えていかないといけないって思ったの。

 

30歳でいきなりマナー講師になる

──岩下さんはなぜマナー講師になったんですか?

きっかけは30歳のとき。「30代じゃないと頭に入らないことがあるから」って母に言われてね。子ども二人預かるからってカルチャーセンターに週一回通わせてくれたの。その中に特別作法教室3日間というのがあって、襖の開け方とか靴の脱ぎ方とか、これなら子どもに伝えられるし、一石二鳥だと思ったら……捕まっちゃった。

──マナー界に(笑)。

その後に何度も電話がかかってくるからお稽古教室に通うことにしたの。そうしたら1年くらいで講師を任されてしまって。そこで教えていたのは、お茶の出し方とか飲み方とか。その頃は結納とかあったじゃない?

──結婚前の挨拶ですね。そっかー、そもそも新年の挨拶とか、他人の家に行く機会が今よりも多かったんでしょうね。

お葬式も今より規模も大きかったから、みなさんやっぱりそういう場での振る舞いに困るんでしょうね。といっても、当時の私は31歳で、生徒として来るのが50歳とか60歳の人。どこ行ったって「若い先生ですね」って驚かれてね。

──当時の生徒さんは女性の方がほとんどですか?

そうそう。よそ行ったときに失礼がないようにって。旦那さんには奥さんが教えればいいって時代だったんでしょうね。靴なんかでも、男性が上がった後、奥さんがちょっとしゃがんで直してあげればいいとされてたのね。

──あー、なるほど、時代は変わったのを感じますね。

当時の私は何もわからなかったし、いろんなマナーに対して「一つのやり方しかないのかな?」って疑問に思って。

そのあとで小笠原礼法という他のお作法の先生のところに行ったら、座布団の持ち方からなにから違うの。歌舞伎の女中さんは小笠原流の持ち方をしてるのよ。私が習ったものとどっちがきれいかな?とか自分で考えるのがおもしろくてね。

この逆に折る持ち方もあり、「いいと思う方を使ってね」と教えるそうだ

古い作法書を調べに国会図書館まで通ったりしたね。あの頃はマナーの勉強に夢中でね、調べるのが楽しかった。当時の私にとってマナーは謎解きみたいなものでした。

たとえば、よく「畳の縁を踏んではいけない」なんて言うでしょう。下から刀で刺されるからという説があるけど、そんなことある?

──たしかに忍者が畳の下に潜んでることは、きっと当時も、ものすごい低い確率ですよね。

調べたら、畳の縁にある柄はもともと家紋だったんですって。だから、刺繍の家紋を踏んだら失礼になるというのも納得するでしょう?

敷居を踏んじゃいけないのもね、敷居の下には根太(ねだ ※床板を支える材)があって、隣には大事な柱があるの。敷居を踏んで根太がゆるむと柱が傾く。お家がこわれちゃう。

──ちゃんと理由が!

その謎解きが面白くてやめられなくて。80になってもまだ勉強して、それでもわからないことがいっぱいある。

お味噌汁を飲む時も、箸先1.5cmしか汚しちゃいけないなんて言うでしょう。そんなのでお味噌汁をどうやってかきまぜるの?って思うでしょ。そよそよ~っと上の方を動かすだけ。でも、そうしたらゆっくりお味噌が上がってくるの。

そういう理由が全部にあるんだけど、誰も伝えてくれないんだもの。理由が見えないから、小うるさいものに見えてしまってるところもあるんでしょうね。

 

いいマナーはファンを生む

──マナーって「やってはいけない」もあるけど「美しさ」を求めるんですね。

そうそう、やっぱり美しいっていうのは好感を持つでしょう。人間関係も円滑にだし、ファンになってもらわないと損じゃない?

──ははは、ファンになってもらわないと損(笑)。それもマナーの真髄ですね。

マナー教室にいらしてた方のお嬢さんが毎日新聞に入社して、取材していただいたのね。「あなたが最初に書くのは岩下さんの記事よ」ってお母様から365日言われて、本当に書いてくれたんですって。

──推しの教育だ。

もう皆さんには本当によくしていただきました。その取材記事を読んだNTTの方がマナー講師に呼んでくださって、全国のNTTを回ることになるの。えらい人たちがふんぞり返っていて、私も黒板で字を書く手が震えちゃってね。でも最後には身を乗り出して聞いていて、そうさせたときの喜びといったら。

──マナー講師なりたて31歳が会社の重鎮にマナーを教える。なかなか恐ろしいですね。

でもそこから電話応対コンクールの審査委員にまでつながっていくんだから、何が起こるかわからないよね。

──なんと! 電話応対コンクールは前回の取材記事なんですよ。「第一声を印象良く」というのも、岩下さんの発案ですか。

そうだよ、どんなに後から良いこと言ったって嫌われたらおしまいだよ。仕事なんかもうできないよ。第一印象を良くしようね、人間大好き人間になろうねって話をするわけ。

──マナーはファンを生むもの。当時、NTTのおじさんたちはどの辺に身を乗り出してきたんですか?

みなさん頭の良い方たちだから豆知識は好きでしたね。たとえばプロトコール(※)の話はみなさん聞いてくれるのね。世界共通マナー。知ってる?

※国際儀礼、国家間の儀礼上のルール。外務省のHPにも「先任者優先(先着順)、原則として右上位(国旗の並び順,自動車の座席等)」と紹介されている

──知らなかったです。

プロトコールでは右が上位。でもね。日本では左上位。右大臣より左大臣の方がえらいでしょう。落語家だってそうじゃん。よく見ると「はっつぁん」は右、と「ご隠居さん」は左なんです。

注意したいのは、この場合の左右は自分から見た方向ではなく、向こう(お雛様や落語家)から見た場合の方向になる

──うわー、そういえば舞台でも向こうから見て左が上手(かみて)、右が下手(しもて)ですね!

 

「目線」と「楽さ」と「右左」で、上座ルールは怖くない

──そういうお話、もっと聞きたいです。

そうね、和室で考えなければいけないのは「目線」見下げちゃうのは失礼ですから。時代劇でも立ってふすまを開ける人はお殿様だけでしょう。目線が立場の高さを表すんです。

それを知ってたら、たとえば階段を上がってくるえらい人と挨拶するときでも「上から失礼いたします」って一言添えられるでしょう?

でも、洋室になると考えないといけないのは目線でなくて、体が「楽かどうか」。楽な人が上でつらい人が下。部長さんが部屋に入ってきたら椅子から立ち上がって挨拶するでしょう。

──たしかに。そういえば、上座・下座がいまだにわからないんですが……。

エレベーターは最も下の者が操作盤に来たり、和室には床の間があったりする場合などさらに細かな条件もある

入口から遠いところが上座。その中でも左上位。でもこれが洋室だと逆になって右上位になる。プロトコール、国際儀礼になるんですね。エレベーターも洋室と同じ。入って一番奥で、ドアの方を向いて右側が上位。みんなドアの方を向くでしょう?

──建築物の様式から逆転するんですね……おもしろいな。車の座席の順位はどういう理由で決められてるんですか?

一番安全な席はどこか、で決まるわけではないのね。プロトコール(国際儀礼)では進行方向の右側が上位だから、運転席の後ろが一番上位になります。

でも、えらい人が運転する車に乗せてもらうときは違いますよ。助手席が上座になります。なぜかというと、運転席にいるえらい人を「運転手」の位におくわけにはいかないから、話しやすい助手席が一番いい席、ということになるのね。

4人のときは?と聞いてみたところ「ビジネスの場合4人は乗らないでしょう」と岩下さん。マナーが思いやりであるなら、タクシーをもう一台用意することになるのもなるほど。逆に言えば「こっちの方がくつろぎやすいから」と一言添えれば、それはなんでもマナーになりそう

──なるほど、和洋で右左、あとは入口から遠いかとか、原理さえわかれば怖くなくなってきますね。

よく話すのがね、例えばお葬式にどういう服で来てもいいよって言われると困らない? 喪服ってルールがあったほうが楽でしょう。その分、思いやる心に集中できるはず。

──脳を使わないために毎日同じ服を着るスティーブ・ジョブズみたいな話ですね。

例えばナイフとフォークも、どうやって食べるかわからないと結婚式で自分のことや周りの人の気持ちなんて考えられないでしょう。そういうときは、ルールがあった方が楽なの。

 

マナーは想像をして毎回生み出すもの

──わかれば楽。これでかしこまった場も怖くないですね。

あとは時代の変化もありますよね。私の時代には、畳の上に絨毯を敷いて、ソファを置いてたりしてたけど、それは和室?洋室?のような。その都度、マナーをデザインしていく必要があったのね。

──理由を知っていれば、時代に合わせたデザインができるんですね。

マナーは思いやりの心と観察力だから、10人いたら10人のマナーがある。よくその人を観察して、気遣いができたらいいんです。

昔、工場で働く人たちにマナーを教えに行ったのね。普段は作業服らしいんですけど、みなさんスーツで迎えてくださって。そしたら呼んでくださった方が帰りに謝るの。その日の昼食に出たのがナポリタンだったのね。気付いたときには仕込みに入ってたから止められなかったって。

──そうか、スーツが汚れやすいメニューになってしまっていた。ちゃんと謝ってくれたのは、気遣いということですよね。

こういうことができたら他のことでも失敗しないと思うの。

──ただ、現代の人はそういう気遣いとか配慮の過剰さに疲れてる気もするんですが……。

ごめんごめんごめん! 疲れちゃうのはよくないよくない、楽しんでもらいたい!

──岩下さんに謝らせてしまって申し訳ないです(笑)。今後もまた生活は変わりそうで、またマナーが合わなくなることもありますよね。

でも、マナーは時代によって変わると言ってもね、マナー自体がどうあるべきかは変わらないんだよ。あなたを大切にしていますという気持ちがあればできるんだと思う。自分さえよければっていう人ばっかりになったら戦争が起きちゃうでしょ。

スマートフォンだろうとなんだろうと、新しいものができたら考えればいい。思いやりの心で想像力を働かせて、これからお付き合いするのに、どうしたらいいのかな?って考えればいい。

──ですね、マナーは決められてるから楽っていう話とまた重なってきそうですが(笑)。でも基本は愛。愛を持って、あなたを大切にしてます、を示すのがマナーですね。そしてファンを増やす、戦争をなくすと。

 


取材に行く前からやりとりをさせてもらいましたが、岩下さんのメッセージはとにかく一言心遣いのような言葉を添えてくれることが多くて(……これが本物のマナー講師か!)と驚きました。はたしてSNSで目の敵にされているようなマナー講師像の方は実在するんでしょうか?

結局私達はドン・キホーテのようにいない敵に向かって気勢を上げてただけなのかもしれませんよね。考えてみれば私達は「禁止」が好きですから、つい存在しない「失礼クリエイター」を生んでしまってたのではないか。「やりたいことをやればいい」な世の中に疲れちゃって逆に禁止を探し求めてるところがあります。楽ですし、怒られてる人を見るのは不本意ながら楽しさのようなものがありますから。

でも、愛を持って生きたいですよね。マナーこそ愛だそうですから。疲れるけど、愛を持つにはマナーをその都度生んでいかないといけないんですね。