
撮影:有田泰而 提供:テラヤマ・ワールド
2025年は寺山修司(1935~1983年)の生誕90周年! 短歌、俳句、エッセイ、演劇、小説、評論、映画監督、写真など幅広い分野で活躍し、今なおサブカルチャー界に影響を残す人物です。
彼の作品の魅力は何か? どのような人間だったのか? 彼が起こした事件の数々とは?
今回は寺山の作品を多く出版する角川文庫に、おすすめの作品や人間としての魅力などを聞きました。
記事の最後に、寺山にゆかりのあるスポットも紹介しますよ!
▼もくじ
└(新宿)ジャズ喫茶&バーDUG
└(渋谷)台湾料理 麗郷
└(上野)みちのく料理 北畔
└(府中)東京競馬場
└(八王子)高尾霊園
└(青森県)三沢市寺山修司記念館
角川文庫に聞く寺山修司の魅力
寺山って何がすごかったの?
お話を伺ったのは角川文庫の寺山修司担当・山本渉さん(左)
※同席している角川文庫編集長・藤田孝弘さん(右)は、次回「角川文庫のおすすめ青春小説を聞く」でお話を伺います
「寺山は幅広い分野で創作や表現をしてきましたが、すごさや魅力はどんなところですか?」
「大きく2つあると思っています。まず1つ目は冴えた文体です。寺山の創作活動は俳句や短歌から始まっているので、長文を書かせても一行たりとも隙がなく、文体の切れ味もすごいんです」
「俳句は5・7・5の17文字、短歌は5・7・5・7・7の31文字だけで表現するので、言葉の選び方や組み合わせ方がすごく磨かれそうです」
「そうなんです。例えば『さかさま世界史 英雄伝』という本に、このような文章があります」
私は、母を殺す夢を見る。凶器には、何がいいだろうか? 草刈り鎌、出刃包丁、空気銃、腰巻の紐、斧。鴉(からす)の啼く声がきこえる。
「凶器を並べた後、ふと顔を上げるように『鴉の啼く声がきこえる』と情景描写を入れるのが、短歌的でクールだなと」
「不穏さが感覚としてすごく伝わってきますね」
「『村から一人去り、二人出奔し……』という文章に続きます。『一人去り、二人去り』と繰り返すのではなく、『出奔し』とあえて書き換えているところから、文章を練り上げているのが伝わってくる。読んでいて気持ちいいんです」
「2つ目は、反道徳的な姿勢を煽る作品群です。寺山はエッセイで、『同世代のすべての若者は一度は家出をすべし』『 賭けない男たちは魅力がない』『若者は独り立ちできる自信がついたらまず親を捨てましょう』という意のことを書いています」
「今だったら炎上しそう。しかし同時に敏感な若者の心を今でも鷲掴みしそうです」
「1935年生まれの寺山は、勤勉・倹約を重視する通俗道徳的な教育を受けてきたはずです。それにも関わらず過激な反道徳を唱え、有名になっても態度を変えなかったのは、反体制的な姿勢がもてはやされた時代とはいえ、非常に刺激的だったのだと思います」
「なぜ反道徳的な思想になったのでしょう?」
「寺山が育った青森県三沢市には、旧日本海軍の三沢基地がありました。敗戦後に米軍基地となり、米兵向けの飲食店も多くできて、地方都市としてはかなり栄えるようになった。こういった風土で戦後を経験したことによってさまざまなカルチャーに触れ、体制や権力に抗いたい、という思想や価値観が培われたのではないでしょうか」
「実際の生き方も反道徳的だったのですか?」
「ものすごくたくさんの原稿を書いていたので、収入も多く、千万近い貯金がありました(当時)。けれど、おそらくは競馬で使ってしまい、最後にはゼロになっていたそうなので、半道徳的な生き方を実践していたのだと思います」
「豪快過ぎる……」
▼寺山修司の事件簿その1
・力石徹の葬儀を企画
1970年、漫画「あしたのジョー」で、主人公のライバルである力石徹が亡くなった。寺山は葬儀委員長となり、力石の葬儀を企画。会場となる出版社には力石の遺影が飾られ、お坊さんがお経を読み、数百人のファンがお焼香をするなど、本物さながらの葬儀だった。またリングも設置され、追悼試合や10カウントゴングも鳴らされるなどの演出もあった。
寺山はアニメ版「あしたのジョー」で主題歌の作詞を手掛けている。
角川文庫と寺山修司の関係
「角川文庫は寺山の作品を多く販売してますよね」
「そうですね。15作ほどの作品が発売中ですので、出版社の中では一番多いかもしれません」
「何か理由があるのですか?」
「実は、今となってははっきりした理由はわからないのですが、2つ考えられます。1つめは、寺山の挑戦的な作風が、角川文庫の創刊の意図に即していた、というもの」
「創刊の意図?」
「角川文庫は1949年、KADOKAWAグループ創業者の角川源義(げんよし)が創刊しました。源義は敗戦を“若い文化力の敗退”と捉え、日本の文化力の再建のために角川文庫を創刊したのです。そういった経緯に、寺山の尖った作風が即していたのではないかと」
「文化力の再建という意味では、寺山ほどの適任者はいないですものね」
「2つめは、俳句・短歌とのつながり。源義は俳人でもありました。1960年に彼が編集した短歌雑誌に、当時25歳の寺山が登場しています。短歌をきっかけに源義と交流が生まれ、角川文庫から作品を出すようになったと推察されます」
「あくまで推察とのことですが、いずれにせよ、日本の文化を支えてきた寺山修司と角川が最強タッグを組んだ、というのは歴史的なことですね!」
▼寺山修司の事件簿その2
・唐十郎と大乱闘
1969年、寺山のライバルとされていた唐十郎(1940年~2024年)の劇団「状況劇場」の公演初日に、寺山が葬儀用の花を贈った。これは以前、寺山の劇団「天井桟敷」に、唐がボロボロの花を贈ったことへの仕返しだった。
激高した唐と状況劇場のメンバーは寺山のもとへ乗り込み、大乱闘を繰り広げたあげく、みんなで逮捕されたのだった。
ちなみに唐は寺山を兄のように慕っており、寺山が亡くなる直前は毎日のように見舞いに通うほど親しかった。奇しくも、二人とも命日は5月4日である。
おすすめの寺山作品を教えて!
「寺山の本は今でも人気ですか?」
「そうですね。読者は男性6割・女性4割。年齢は19歳~29歳、続いて30歳~49歳というデータがあり、若い人たちに読まれています」
「未だに若い世代に読まれているってすごいな……」
「特に人気があるのは、古今東西の名言を集めた『ポケットに名言を』、エッセイ『家出のすすめ』『書を捨てよ、町へ出よう』です。まずはこの三冊を読んでみるのも良いのではないでしょうか」
※歌謡曲の歌詞から映画の名セリフなど、さまざまな名言を寺山が自身のエピソードと共に紹介。
※「家出のすすめ」「悪徳のすすめ」など、現代の矛盾を告発する青春論
※家出の方法、ハイティーン詩集、競馬、ヤクザになる方法、自殺学入門など―挑発のエッセイ集
「人気作とはまた別に、山本さんが“個人的におすすめする一冊”というと、どの作品になりますか?」
「『誰か故郷を想はざる』です。この本は寺山の青春時代を虚実織り交ぜながら描いた自叙伝で、競馬やパチンコや野球やストリップなど、寺山の好きなことがたくさん書かれています。寺山ワールドを知りたい方にはピッタリかなと。また一節一節が短くて読みやすいので、入門には最適です」
※家を出、酒場を学校とした青春時代を虚実織り交ぜながら描いた寺山流自叙伝
「自叙伝! 寺山修司という人間を知るには絶好の本ですね」
「エッセイだと『家出のすすめ』も好きなのですが、一節が長くて哲学的な内容なので、読み慣れないと疲れてしまうかもしれない。読みやすい『誰か故郷を想はざる』から入って、面白かったら他も手に取ってみるのが良いかもしれません」
「角川文庫の寺山修司担当者として、“この作品を知っていたら寺山通!”というのはありますか?」
「『花嫁化鳥』は、寺山が日本各地を訪ね歩いて、裸祭り、風葬、クジラの墓など、やや薄暗いイメージのある奇習を紹介しています。紀行文でありながら、民俗学的な要素も詰まっています。寺山作品の中ではあまり知られていないですね」
※寺山が日本各地を訪ね歩いて、裸祭り、風葬、クジラの墓など、やや薄暗いイメージのある奇習を紹介
▼寺山修司の事件簿その3
・市街劇で警察が出動
1975年、杉並区の街中30カ所を舞台にした劇「ノック」を上演。観客が地図で示された場所に行くと、「箱に入れられてトラックで運ばれる」「包帯でぐるぐる巻きにされて車いすに乗せられる」など、無理やり芝居に参加させられる羽目に。さらに、銭湯で突然芝居が始まったり、包帯を巻かれた大勢のミイラ男が団地のドアをノックしたりしたため、町は大混乱に。警察は劇を中止させ、寺山も出頭する羽目になり、マスコミからもバッシングを浴びた。
しかし、騒動になったことも含め、すべてが劇の一部であり、寺山の計算づくだったそう。
他にもいろいろ教えて
「角川文庫の寺山作品といえば、表紙の女性がとても印象的です。この方は?」
「モデルでエッセイストの華恵(はなえ)さんです。2004年頃に、“もっと若い読者を獲得したい”という理由で、寺山作品の表紙を刷新しました。華恵さんは、『小学生日記』というエッセイ集を出版し、角川文庫にもなっている方。そのみずみずしい表現と、当時10代だった彼女の青春のイメージを、寺山作品に重ね合わせて起用したそうです」
「すごく雰囲気があって、本当に寺山作品の表紙にピッタリという感じがします!」
「大御所のデザイナーやカメラマンにも協力いただき、奥多摩のロケ地で撮影するなど、大掛かりで贅沢につくられた表紙なのだそうです。以前の表紙はイラストレーターの林静一さんが手がけていて、これも大変素晴らしいので、見つけたらぜひ見比べてみてください。こちらに思い入れのある人も多いのではないでしょうか」
「林静一さんといえば、イラストレーターとして、また漫画『赤色エレジー』などで知られるクリエイターですね。ロッテのキャンディ『小梅ちゃん』の絵は誰もが知っているはず」
「ちなみに山本さんが寺山を好きになったきっかけは?」
「実は『毛皮のマリーズ』というバンドから入りました。同バンドは『毛皮のマリー』という寺山の戯曲からバンド名を取っているんです。『amazarashi』というバンドの歌詞も、寺山の作品から引用しているものがあります。音楽経由で寺山のことを知り、作品に触れて好きになった……という人って、意外に多い印象です」
「音楽経由で! それは新しい……けど、同時に寺山らしくもありますね」
「今日は色々なお話を聞けてとても楽しかったです! では最後に、これから寺山修司の本を手に取る読者にメッセージをお願いします」
「特に若い方に寺山作品を読んでほしい、という気持ちがあります。寺山はいろいろなコンプレックスを抱えていましたが、うまく芸術に転換してきました。皆さんも、悩みがあっても寺山を読むことで、プラスに転化するようなパワーが沸いてくると思います。悩んだらぜひ、寺山の作品を手に取ってみてください」
「ありがとうございました!」
▼寺山修司の事件簿その4
・競馬好きが高じて馬主に
寺山は大の競馬好きで、競馬場に通うのはもちろん、「馬敗れて草原あり」「旅路の果て」「競馬場で逢おう」など競馬に関する著作も多数残している。そんな寺山の競馬愛はすさまじく、ついには「ユリシーズ」という馬の馬主となったほど。後に寺山は、「馬に親友ができたような、ふしぎな心のあたたかさがある」と、馬主になった心境を綴っている。
寺山修司ゆかりのスポットを紹介
ジャズ喫茶&バーDUG
コーヒーやお酒を楽しめるジャズ喫茶。1961年に前身の「DIG」として開業し、後に現在の店名になった。店主の故・中平穂積氏はジャズ写真家でもあり、店内にはそうそうたるアーティストの写真が飾られている。寺山修司のほか、作家の三島由紀夫、村上春樹、写真家の荒木経惟、イラストレーターの和田誠など文化人たちが通ったという。
ジャズ喫茶&バーDUG
住所|東京都新宿区新宿3-15-12
電話| 03-3354-7776
台湾料理 麗郷
寺山がよく大勢の仲間と通っていたというお店。肉員(バーワン)という肉まんに似た料理が特にお気に入りだったようで、ファン向けに発行していたニュースレターの中で、「最近うまいと思ったものは道玄坂の「麗郷」の肉員でした。これは誰にでも推薦出来る珍味だと思います」と書いていたほどだった。
肉員とは台湾の屋台などで定番の料理で、餡をでんぷんの皮で包み、蒸したり揚げたりして作られる。
台湾料理 麗郷
住所|東京都渋谷区道玄坂2-25-18
電話| 03-3461-4220
みちのく料理 北畔
料理研究家の故・阿部なを氏が、1959年に開業した東北料理のお店。青森出身の寺山や、同じく同県出身の版画家・棟方志功などもよく通っていた。店内には棟方志功による衝立も。海老のすり身を大葉で包んで揚げた創作料理「ゆかり揚げ」といった名物や、四季の素材を使った料理の数々を楽しめる。
みちのく料理 北畔
住所|東京都台東区上野6-7-10
電話| 03-3831-8759
東京競馬場
「俺に逢いたいと思ったら、家へ訪ねてくるよりも日曜日の競馬場のほうが確実だよ」という言葉を残しているほど、競馬場に通っていた寺山。彼に言わせると、競馬ファンは馬券を買っているのではなく、「財布の底をはたいて「自分」を買っているのである」という。
当時の人気競走馬だったハイセイコーの引退に際して書いた詩「さらばハイセイコー」は、名文として寺山作品の中でも特に人気がある。
ふりむくと 一人の少年工が立っている 彼はハイセイコーが勝つたび うれしくて カレーライスを三杯も食べた(「さらばハイセイコー」より)
東京競馬場
住所|東京都府中市日吉町1-1
電話| 042-363-3141
高尾霊園
JR・京王線「高尾駅」から15分ほどの広大な墓地の中に、寺山のお墓もある。墓石の上は、本の形を模したデザインになっている。寺山の葬儀で委員長を務めたのは谷川俊太郎で、奇しくも寺山の結婚式の仲人も谷川であった。
高尾霊園
住所|東京都八王子市初沢町1425
電話| 042-661-6852
三沢市寺山修司記念館
寺山の故郷の青森県三沢市にある記念館。寺山の母のはつ氏から寄贈された遺品をはじめとした資料が展示されている。館内には寺山の劇団「天井棧敷」の舞台や映画のセットが再現され、見るだけでなく触って楽しめるような、前衛的な展示がされている。
三沢市寺山修司記念館
住所|青森県三沢市三沢淋代平116-2955
電話| 0176-59-3434
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この記事を書いたライター
ルポルタージュを主に執筆。新宿ゴールデン街の文壇バー「月に吠える」店主でもある。著書「究極の愛について語るときに僕たちの語ること」「フリーライターとして稼いでいく方法、教えます。」。本とお酒とデスマッチ観戦が好き。Mail:info@moonbark.net