こんにちは、ライターのコエヌマカズユキです。前回に引き続き、東京創元社に来ております。

 

前回はホラーの基礎知識やオススメの作品を教えていただきましたが、

今回は―

 

「ファンタジイ編」です!!!

 

前回と同じく、東京創元社の編集者・古市怜子さん(左)と小林甘奈さん(右)にオススメ本を聞いてきましたよ!

 

 

ファンタジイの基礎知識

「前回に引き続きよろしくお願いします! おすすめ作品を聞く前にいつくつか質問したいことがあるのですが……」

「何でもどうぞ!」

「まずは表記について。東京創元社では一貫して『ファンタジ“イ”』(最後が大きい“イ”)という表記になっていますよね? 一般的には『ファンタジ“ー”』(最後が伸ばし棒)という表記が多い気がするのですが、これには理由が?」

「たまに聞かれるんですが……実は大げさな意味は無くて(笑)。東京創元社では昔、誰かが「ファンタジイ」と表記して、以来そのまま使い続けているようです」

「なので『ファンタジイ』こそ正しい表記だ!という話ではなく、『ファンタジー』や『ファンタジ』が間違っているわけでもありません」

 

※東京創元社さんでは基本的に「ファンタジ」に統一されているが、公式HPでも「ファンタジ」と表記されている箇所はある

 

「なるほど、ではこの記事では『ファンタジ』で統一しますね! さて、そのファンタジイですが、どのようなジャンルがあるのでしょう?」

「ファンタジイのジャンルは多岐にわたっている上に、境界もとても曖昧で……諸説ありますが、あくまで代表的なものをざっくり紹介すると―

▼ハイ・ファンタジイ

異世界が舞台であり、かつ壮大な物語の作品

▼異世界ファンタジイ

異世界が舞台のファンタジイ

▼ロー・ファンタジイ

現実世界が舞台のファンタジイ

▼エブリデイ・マジック

日常に不思議な物事が進出する物語

―こんな感じではないでしょうか」

「!!!??? む……難しい……!!!」

「ですよね~(笑)」

「『ハイ・ファンタジイ』と『異世界ファンタジイ』は、どちらも異世界が舞台なんですよね? 何が違うのでしょう?」

「例えば『指輪物語(ロード・オブ・ザ・リング)』ハイ・ファンタジイの代表作です。あの作品は剣と魔法の異世界だけで物語が完結して、現実世界との関わりは無いですよね? 一方、同じく剣と魔法の異世界が舞台であっても、最近流行りの異世界転生ものは、現実世界のサラリーマンが異世界に転生したりします。そういうのは異世界ファンタジイだと思ってください」

※注:わかりやすいように、めちゃめちゃざっくり説明してくれています

「おぉ……! なんとなくイメージが掴めて来ました。そんな感じでロー・ファンタジイエブリデイ・マジックもざっくり違いをご説明いただければ……! どちらも現実世界や日常を舞台としているようですが」

ロー・ファンタジーは現実世界が主な舞台となります。わかりやすく言うと現実世界に異世界の魔物であるドラゴンが攻めて来た……といったパターンですね。エブリデイ・マジックはもっと異世界度が低く、もっと現実世界の比率が高い作品……う~ん……例えば魔法少女ものなんかはエブリデイ・マジックと言えるのではないでしょうか」

▼小林さんおすすめのロー・ファンタジー作品

現代のニューヨークが舞台ながら、日常に魔法がうまく溶け込んでいる。そんな世界観で主人公の女性が仕事や恋愛に奮闘する物語

「かなり難しかったと思いますが……わかりました?」

「はい、ざっくりとですが理解できました! そして、僕のような素人はあまり厳密にジャンルにこだわらない方が良さそうと思いました」

 

「(笑)そうかもしれません。必ずしも先ほど挙げたジャンルにきっちりはまるとは限りませんし、曖昧な部分がとても多いので。ファンタジイ好きの間でも意見が分かれることはよくあります」

幻想文学という呼び方もありますが、あれはファンタジイとはまた違うジャンルですか?」

「大きく分けると一緒ですが、ファンタジイはエンタメに近く、幻想文学は文芸性を重んじる、というイメージで捉えられることが多いかもしれません」

「ファンタジイといえば漠然と騎士や魔法使いや竜が出てくる物語というイメージでしたが、すそ野がこんなに広いとは驚きです」

同じファンタジイでも、小説とゲームで流れが異なる感じがしています。今はゲーム的な世界観や設定をモチーフにした作品が流行っていますね。今の作家さんは、ゲームから影響を受けてファンタジイを書き始めた人も多いので」

「言われてみれば……子供の頃からドラゴンクエストなどのゲームで育ってきた世代には、HP(体力値)やレベル、スキル(特殊能力)など共通の認識があって、それが当たり前として物語世界が構築されてたりしますね」

「メディアを横断することで、これからまったく新しいファンタジイ作品が出て来るかもしれませんね!」

「楽しみです! ではそろそろオススメのファンタジイ作品を教えてください!」

「はい! 前回の『ホラー編』は古市が紹介したので、ファンタジイ編は私がオススメ作品を紹介しますね!」

 

 

東京創元社編集者がおすすめするファンタジイ

嘘の木(フランシス・ハーディング)

嘘の木 (創元推理文庫)

博物学者のサンダリーは、翼のある人類の化石を発見する。だが捏造だという噂が広まり、一家は逃げるように島へ移住。そこでサンダリーは謎の死を遂げる。殺人ではないかと疑う娘のフェイス。父が残した手記、そして嘘を養分に育つ不思議な木が、彼女を真相へ導いていく。

▼小林さんコメント

嘘を養分に育つ木があり、食べると真実を教えてくれる……という設定はファンタジイですが、謎を解いていく物語構成の手法がミステリに近く、どちらのジャンルとしても楽しく読める作品です。作家の宮部みゆきさんも、「個人的に今年のベスト1」と書評で絶賛しています。

 

失われたものたちの本(ジョン・コナリー)

失われたものたちの本 〈失われたものたちの本〉シリーズ (創元推理文庫)

本が大好きな12歳の少年デイヴィッドは、母親を亡くしてから本のささやきが聞こえるようになる。あるとき、母の声に導かれ、幻の王国に。そこはおとぎ話の登場人物や怪物たちが暮らす、美しくて残酷な世界だった。元の世界へ帰るのために必要な「失われたものたちの本」を、彼は探しに行く。

▼小林さんコメント

グリム童話など本の登場人物が暮らす不思議な世界に、主人公が飛び込んでいくという設定です。児童書向けの柔らかい設定のように思えますが、かなりグロくて辛い。でも、童話の使い方が「そうきたか!」と非常にうまく、どんどん読んでしまう面白さがあります。

 

伝説とカフェラテ: 傭兵、珈琲店を開く(トラヴィス・バルドリー)

伝説とカフェラテ: 傭兵、珈琲店を開く (創元推理文庫)

コーヒー店を開くのが夢だった傭兵のヴィヴ。冒険で手に入れた、幸運の輪を引き寄せるという不思議な石に見守られ、念願の店をオープンさせる。最初はガラガラだったが、素晴らしいセンスの看板や、天才職人の作るパンや菓子によって、店は繁盛し始める。だが、地元のボスの脅しや、石を狙う元同僚など、予期せぬトラブルも次々と起こるのだった。

▼小林さんコメント

主人公はオークというモンスターなのですが、恋の話もあったりして、とてもハートフルな物語です。異世界転生ものが好きな方はハマってくれると思います。そして、シナモンロールやチョコレート入りクロワッサンなどが登場して、読むだけで本当に美味しそう。私はコーヒーが苦手で、「この本を読んだら美味しく飲めるかな」と思って飲んでみましたが、やっぱりダメでした。

 

竜の医師団(庵野ゆき)

竜の医師団1 (創元推理文庫)

竜が存在する国で、竜の病気やケガを治す「竜ノ医師団」。山のような巨体の竜は、痛みで炎を吐いたり、寝返りを打ったりするため治療は命がけ。そんな医師団に入ることを目指し、少年のリョウとレオニートは、飛空船に乗り込むのだった。

▼小林さんコメント

本作はお二人が共同執筆をしていて、ひとりが現役のお医者さんなのです。そのため竜の病気ながら、症例やカルテ、どのように治療したかなど、専門性を持って描かれています。ファンタジーとしても、医療ものとしても優れた作品です。3巻ではチビ竜も出てくる予定。

 

無垢なる花たちのためのユートピア(川野芽生)

無垢なる花たちのためのユートピア (創元文芸文庫)

天空を飛ぶ船には、花の名前を付けられた少年たちと指導者が乗っている。少年たちは純粋無垢で、船はもっとも楽園に近い場所とされていたが、あるとき少年のひとりが船から落ちて死んでしまう。事故だと思われたが、死んだ少年の親友は、彼が自ら命を絶ったのではと推察する。親友は真実を探し、船内の奥深くへ進んでいくのだった。

▼小林さんコメント

著者は歌人としても活躍されています。言葉を常に磨いていらっしゃる方なので、文章がうっとりするほど美しく、宝石を愛でているような気分になります。もちろん、物語としての完成度も素晴らしい作品です。

 

 

映像化されているファンタジイ

怪物はささやく(パトリック・ネス)

怪物はささやく (創元推理文庫)

ある夜、少年コナーのもとに、イチイの木の姿をした怪物が現れた。怪物は言う。これから3つの物語を話す、終わったら4つ目の物語をお前が話すのだ、と。母親は病気で、ほかの家族とは不仲、学校ではイジメにあっている。そんなコナーは、3つの不思議な物語を聞くうちに自分の心と向き合い、4つ目の「真実の物語」を語り始めるのだった。

▼小林さんコメント

シヴォーン・ダウド原案、パトリック・ネス著の作品です。原作はカーネギー賞を受賞しています。児童書の優れた挿絵を表彰する「ケイト・グリーナウェイ賞」を受賞したジム・ケイのイラストも素晴らしいのですが、映画ではそのイラストを映像で再現。しかもモノクロだったイラストがカラーで展開されているので、感動してしまいました。

 

ダーククリスタル

世界は悪の種族スケクシスに支配され、少年ジェンの家族も殺されてしまった。3つの太陽が重なるまでに、破壊されたクリスタルを元通りにしないと、永遠に悪に支配されたままとなる。世界を救う使命を託されたジェンは、さまざまな仲間と出会い、敵の襲撃から逃れながら、スケクシスの城を目指すのだった。

▼小林さんコメント


前編マペットによるファンタジイ。映像がとても美しくて、初めて観たときにはうっとりしました。ゲルフリング族、スケクシス族、ミスティック族の造形もオリジナリティがあり、氾濫するトールキン風のエルフ、ドワーフ、オークの造形に少々辟易している今観るとより新鮮です。

 

吸血鬼ドラキュラ(ブラム・ストーカー)

吸血鬼ドラキュラ (創元推理文庫) (創元推理文庫 502-1)

舞台は中世ヨーロッパ。辺境の不気味な城で暮らすドラキュラ伯爵の正体は、吸血鬼であった。夜になると城を出て、人の生き血を求めてさまよう吸血鬼と、人間たちの闘いを描く古典的名作。

▼小林さんコメント

言わずと知れたブラム・ストーカーの原作を、言わずと知れたフランシス・フォード・コッポラ監督が映像化した作品。『ドラキュラ』がファンタジイなのかは疑問ですが、妖しさ抜群の作品でした。

 

小説アーサー王物語:エクスカリバーの宝剣

小説アーサー王物語:エクスカリバーの宝剣(上)

舞台は中世ヨーロッパ、ユーサー大王が君臨するブリタニアに、敵国の侵略が迫っていた。立ち向かうのは、大王の跡継ぎであるアーサー王。聖剣エクスカリバーを手に入れたアーサーは、さまざまな仲間たちと共に、強大な敵との戦いに挑むのだった。

▼小林さんコメント

数あるアーサー王ものの映画のなかで、ひとつ挙げるとするとこの作品です。観てから時間が経ってしまっているので詳細は実は忘れていますが、その後のアーサー王ものの映画を観たときに『エクスカリバー』のほうがよかったな、と思ったので。記憶が美化されている可能性もありますが……。

 

ゴーメンガースト (マーヴィン・ピーク)

ゴーメンガースト (創元推理文庫 534-2)

『ゴーメンガースト三部作』と呼ばれるシリーズの2作目。城の住人でさえ全容を把握していない巨大建造物・ゴーメンガースト城。当主である77代伯爵タイタスは、退屈な儀式や城の閉塞感にうんざりし、外の世界への憧れを募らせるようになる。一方で、使用人から出世したスティアパイクは、城を支配するべく策略する。タイタスの姉に近づいていくスティアパイク。ついに両者はそのときを迎える。

▼ゴーメンガースト三部作

タイタス・グローン (創元推理文庫 F ヒ 1-1 ゴーメンガースト三部作 1)

ゴーメンガースト (創元推理文庫 534-2)

タイタス・アローン (創元推理文庫 534-3 ゴーメンガースト三部作 3)

▼小林さんコメント

原作と比較してしまうと、いろいろ言いたいことが出てしまいますが。あの長くて面倒な大傑作を映像化しようと試みたBBCには拍手を送りたいです。これに懲りず、またどこかが挑戦してくれるといいのですが……

 

 

おさえておくべき近年の定番ファンタジイ

失われたものたちの国(ジョン・コナリー)

失われたものたちの国 〈失われたものたちの本〉シリーズ

ロンドンで8歳の娘と暮らすセレス。最愛の娘が事故に遭ってしまう。療養のために娘を入れた田舎のケア施設の敷地には、「失われたものたちの本」の作者の屋敷があった。あるとき、導かれるように入った屋敷の屋根裏部屋で、本の声を聞く。突如、怪物に襲われ、屋敷から逃げ出すと、そこは魔女や人狼や巨人たちが住む世界だった。

▼小林さんコメント

事故で昏睡状態に陥った娘をもつ母親が迷い込む異世界は、魔女や巨人、怪物が存在する美しいおとぎばなしの、残酷な世界だった。2021年に刊行された『失われたものたちの本』の続編ですが、独立した物語になっています。

 

呪いを解く者(フランシス・ハーディング)

呪いを解く者

舞台はラディスという国。15歳の少年ケレンは、呪いを解く能力の持ち主。かつて呪いで鳥に姿を変えられていた少女ネトルと一緒に、呪いに苦しむ人々を救っている。やがてふたりは、「原野」と呼ばれる霧に包まれた沼の森に入っていく。

▼小林さんコメント

〈原野〉の沼には〈小さな仲間〉と呼ばれる不思議な生き物がいて、彼らが人間に与えてくれる呪いの力が、人々に困ったことをもたらしています。そんな呪いに関する問題を呪いの糸をほぐすことで解決する少年と、相棒の少女が人々の呪いを解きながら旅をする物語です。それぞれの人が抱える問題が深くて面白いです。

 

パン焼き魔法のモーナ、街を救う(T・キングフィッシャー)

パン焼き魔法のモーナ、街を救う (ハヤカワ文庫FT)

パン屋で働く14歳の少女モーナは、パンを焼くことに限定した魔法を使うことができる。あるとき店で死体を発見し、容疑者と疑われる。釈放されるも、街では魔法を使える人たちが次々と殺されていき、その謎に気づいたモーナは、魔法の力で闘いに挑むのだった。

▼小林さんコメント

パンの発酵に関する魔法という、ささやかなような、便利な魔法の持ち主の少女モーナが主人公の素敵なファンタジイ。モーナの叔母夫婦が営むパン屋の厨房で見知らぬ少女の死体が発見されたことに端を発し、ついには本当に町の危機にまで発展する。モーナの魔法で命を与えられた発酵種のボブが秀逸。

 

〈冬の王三部作〉(『熊と小夜鳴鳥』『塔の少女』『魔女の冬』)(キャサリン・アーデン)

熊と小夜鳴鳥 冬の王 (創元推理文庫)

※冬の王三部作 1作目

※2作目

※3作目(完結)

領主の娘ワーシャは、精霊を見ることができる力を持っている。彼女の母親が亡くなり、新しくやってきた継母は、精霊を悪魔と呼んで忌み嫌う。都から訪れた神父も、村で精霊を信仰することを禁止したため、人々を守る精霊の力が弱まってしまう。そこに魔物が襲いかかってくるのだった。

▼小林さんコメント

14世紀半ばにロシア西部、ウクライナ、ベラルーシにまたがり領土を持っていたルーシという国を舞台にしたファンタジイ。ただしこの3部作の世界では、精霊たちや怪物、死の神が実在しています。主人公の少女ワーシャはそんな人外の存在を観る目をもっているせいで様々な困難に遭いますが、めげずに自らの道を切り拓いていきます。ワーシャの存在感と、スラブの昔話に出てくる風変わりな精霊が魅力的です。

 

最後のユニコーン 旅立ちのスーズ(ピーター・S・ビーグル)

最後のユニコーン 旅立ちのスーズ (ハヤカワ文庫FT)

※こちらは ▼この作品 の続編です

「二つの心臓」「スーズ」の2編が収録。9歳の少女スーズの暮らす村が、怪物グリフィンに襲われる。伝説の勇者であった王リーアに助けを求めるべく、スーズはひとりで旅に出る。だがリーアはかつてとは変わり果てた姿だった(「二つの心臓」)。「スーズ」では、17歳になったスーズがお告げを受け、石の身体のダクハウンと、それぞれある人を探して旅をする。

▼小林さんコメント

『心地よく秘密めいたところ』を19歳で書き、『最後のユニコーン』を27歳で描いた著者が、なんとなんと80歳を超えて発表した『最後のユニコーン』の続編(!)「スーズ」が収められた作品集。思わず『最後のユニコーン』から読み返してしまいました。なんともありがたい作品集です。

 

 

まとめ

今回はファンタジイについて、プロの編集者さんから詳しく学ぶことができました。

ファンタジイをあまり読んだことがない方も、好きな方も、この記事が推しの作家や、人生の一冊に出会うきっかけになれば何よりです!

 

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