世界で愛されるキャラクター「くまモン」の知られざる真実

熊本の大人気ゆるキャラ「くまモン」。昨年5月の熊本地震を経て、日本国内だけでなく、世界的な認知度もどんどん上がってきているそうです。このタイミングだからこそ聞いてみたいくまモンの誕生秘話から地震当時のウラ側、そして偽くまモンとも言える初期型モデルの話など…。この記事を読めばくまモンのすべてがわかります!

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「熊本には三つの宝がある。熊本城、阿蘇、そしてくまモンだ

そう語るのは熊本県知事・蒲島郁夫さんです。

ゆるキャラブームを超えて、日本のみならず世界で愛されるキャラクターとなった「くまモン」。くまモンの誕生から現在までのストーリーを聞いていると、熊本、東京、大阪、そして世界でまったく異なる受け止められ方をしていることに気づかされます。

そして2016年4月14日に発生した熊本地震。震災を契機に、あらためてくまモンの存在は、県民にとっていなくてはならないものになりました。

今回、熊本県庁 くまもとブランド推進課の主幹である四方田亨二さんにたっぷりとお話をうかがいました。あなたが知らないくまモンの姿がきっとみえてくるはずです。

 

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公式サイトでは壁紙や素材など、ファン向けに無料配布されている

 

くまモン誕生の経緯「熊本生まれ、ほぼ大阪育ち」

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今回お話をうかがった四方田(よもだ)亨二さん(商工観光労働部 観光経済交流局 くまもとブランド推進課 主幹 ブランド推進担当) 

 

ーくまモンの誕生経緯について改めて教えてください

2011年3月に九州新幹線が全線開通。それを前年に控えたタイミングで「くまモン」は、PRキャラクターとして2010年3月に誕生しました。

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「くまもとサプライズ!」というキャンペーンのアドバイザーを務めたのが小山薫堂さん、デザインを手がけたのがデザイナーの水野学さん。そもそも、キャンペーンのロゴマーク提案時にオマケとしてくっついてきたのがくまモンなんですよ(笑)。 

 

ーえ、オマケだったんですか?

はい。水野さんが「キャンペーンをやるなら一緒にキャラクターも必要なんじゃないか?」と、ご提案いただいたんです。ゆるキャラを作ればプロモーション活動の中で立体で動くだろうし、そこを配慮した動きやすいデザインになっていたんですね。とても気に入って、これも一緒にやろう!とくまモンが誕生しました。

 

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提案当時の資料にオマケで添えられたくまモン

 

くまモンといえば熊本のご当地キャラクターというイメージが広く浸透した今では意外かもしれませんが、くまモンが最初に認知され、その人気に火がついたきっかけの土地は大阪なのだとか。当初は熊本との関係さえ伏せた上で、くまモンは独立した謎のキャラクターとして活動していました。

 

ー熊本を伏せた上で活動していたのは全然知りませんでした

西日本では割と知られている話なんですけどね(笑)。「くまモン」は大阪にPRするためのキャラクターとして、徹底的に大阪に出張し、活動していました。大阪人にウケるためには、面白いことをしなくてはいけません。神出鬼没にあらゆるところにいきなり現れたり、1万人に名刺を配ってみたり、吉本新喜劇に出てみたり。

一方、SNSを活用した双方向での情報コミュニケーションにも力を入れていました。

 

ー現在ではフォロワー57万人を超える人気者ですもんね

くまモンの人気に火をつけたきっかけは、2010年10月頃。熊本県知事の蒲島郁夫が行った緊急記者会見でした。大阪で1万人に名刺を配るミッションの最中だった、くまモンがとつぜん失踪。

目撃したら、「#kumamon」というハッシュタグをつけてツイッターで報告することを呼びかけた「くまモンを捜せキャンペーン」を行ったのです。これがソーシャル上で話題を呼び、大阪で人気者となったくまモンは熊本、そして全国で知られるようになっていきました。

  

ーそれは大胆な仕掛けですね…。そのプロモーションは小山薫堂さんが考えたのでしょうか? 

1万人に名刺を配る企画などは小山薫堂さんが一人で主導したわけではなく、当時の職員が一丸となってアイデアを考えて実行しました。

 

ーなぜ、そこまで公務員がチャレンジできたのでしょうか?

蒲島知事はすごくチャレンジ精神の強い方で、よく「皿を割れ」と言います。たくさん皿を洗う人は、その分皿を多く割ってしまうかもしれない。でも皿を割ることを恐れて、洗わないのが一番良くないというんですね

「割ってもいいんだ。バンバンやれ」という蒲島知事の言葉のおかげで、職員にチャレンジ精神が浸透しているのでしょう。くまモンは、そのチャレンジ精神の象徴ともいえます。

 

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当時の名刺には「熊本生まれ、ほぼ大阪育ち」とある

 

ライセンス料フリーで広がったグッズ展開

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日本全国、そして世界でくまモンが知られる大きな要因になったのが、いわゆる「楽市楽座」方式の採用でしょう。「楽市楽座」方式とは、くまモンのイラスト利用に関わるライセンス料をフリーにし、許可を受ければ誰でもグッズを無料で作成できること。

2013年12月よりライセンス料をフリーにしてから、くまモン関連グッズは全国に爆発的な広がりを見せて、現在では年間の売上が1,000億円を超えています。

 

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現在、日本発のアメリカ、ヨーロッパ、オーストラリア便のJALの機内食は箱はすべてくまモン仕様になっている

 

ーくまモンのライセンス展開は海外にまで及んでいるんですよね?

はい。最近では「シュタイフ」「バカラ」「ルクルーゼ」といった海外の有名ブランドとのコラボレーションも積極的に行っています。一部のブランドでは熊本地震以降、チャリティー的な意味合いで商品コラボをご提案いただくこともあるんです。

プロダクトの販売を通じて、売上を寄付してもらう。とても理想的な関係で、どの商品も発売後に即日完売しました。

 

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ドイツの高級ぬいぐるみブランド「Steiff/シュタイフ」とコラボレーションして生まれたテディベア。1,500体限定でネット販売したところ15秒で完売。価格は一体29,400円。

 

ーくまモンという強いキャラクターのおかげで、チャリティーの架け橋的なアイコンにもなっているんですね。海外で高い人気を得ているのはなぜなんでしょうか?

2010年に誕生したくまモンが日本を飛び出し、海外でも知られるようになったのは2013年のこと。熊本県の上海事務所がオープンしたことをきっかけに、はじめてアジアへ渡りました。

さらにブランド価値を高めるために、まずはヨーロッパやアメリカで認知度を上げる必要があると考えて、『Japn Expo』などのイベントにも参加するようになりました。

アジアではほとんどプロモーションを行っていないにも関わらず、勝手に人気が出ていたのが面白い点です。どうやらアジア各国では、日本で流行っているものがクールであるという文化があるようなんですね。

香港や台湾にくわえ、タイでもかなり認知度が上がってきています。アジアは距離的にも近いということもありますが、インバウンドの観光客の方もかなり増えましたし、熊本までくまモンに会いに来てくださる方もとても多いです。

 

ー世界のくまモンであると同時に、日本といえばくまモンになってきてるんですね

台湾では歴史的にキティちゃんが確固たる地位を確立していますが、近年ではそれに並ぶくらいくまモンの認知度も高くなってきています。

先ほど楽市楽座方式により、許可さえ得ればライセンスはフリーだと説明しましたが、その分グッズ制作のレギュレーションは厳しくしています。ブランド価値を守ることはもちろん、くまモンの「やんちゃな男の子」というキャラクターを崩さないためにも基準を設けていかないといけません。

それは我々だけでなく、ファンの方々からも「こんな偽物のグッズがあるよ!」といったご連絡をいただくことがあります。みんなでくまモンを守ろうという意識があるのかもしれません。

 

ーいい話ですね。最近だと海外でも偽くまモンが話題になりましたが…

ああ(笑)。ああいった事例はホントに多いんです。都度連絡するようにはしていますが、なかなか難しいですね…。

 

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くまモン関連グッズの数々

 

黒歴史の真相!初期型くまモンについて公式見解は?

今回、『ジモコロ』でくまモン取材をすることになった理由の一つに初期のくまモンについて聞きたかったということがあります。今の姿とはまったく異なる痩身の出で立ちで、顔もどことなく愛らしさに欠けている…。

「これはもしかしたらくまモンの黒歴史なのではないか...?」編集長の柿次郎さんと探ってみることに!

 

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問題の初期型「くまモン」をイラストで再現。シルエットが全然違う…?

 

ー四方田さん、このくまモンについて正直に話してくれますか?

黒歴史というか...(笑)。最初はこういう姿だったのですが…熊本の美味しいものをたくさん食べて太ったというのが…公式見解です!

 

ー公式見解!

本当に初期の初期のモデルで、おそらくイベントにも1〜2回しか出ていないのではないでしょうか。だから県庁にも当時の写真は、一つも残っていないんですよ。 

 

ーこれだけSNSで情報発信しているのに…?

こう言うと黒歴史を認めるようで藪蛇ですが…本当にないんですよ。私も一度だけ生で見たことがありますが、正直ぜんぜん可愛くないと思いましたもん(笑)。重ねて言うようで申し訳ないのですが、公式見解としてはくまモンが努力をして太って、今の可愛いシルエットのくまモンに成長したんです!

 

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ちなみに「くまモン」のイントネーションの語尾を上げるのか、下げるのかに関して、「どちらでも好きなように」というのが公式見解でした

 

ー公式見解なので信じますが…。もう一点! くまモンは某人気キャラクターと同じように、全国で出没時間をコントロールしているのではないか…? なんて噂話についてお答えください

なんで尋問口調なんですか…。それはもちろん、くまモンは一人しかいないので当然同時に出没することはできません。ただ、瞬間移動はできます。

 

ーえ!?

国内に限らず、海外でも瞬間移動します。出動のご依頼がものすごく増えている分、スケジュールがタイトになるので、本当に瞬間移動だらけです。

ちなみに基本的に移動手段は車。乗り込むまではその姿を誰でも確認できます。しかし一度、乗車すると忽然と姿を消してしまうそうですね…。不思議ですね…。そこにどこでもドアがあるのか。なんらかの秘密があるんでしょうけどね…。

 

ーそれは不思議ですね…

 

熊本の復興を支える「しあわせ部長」としての役割

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昨年4月に起こった熊本地震。震災から3週間、くまモンは活動を完全に停止しました。くまモンに出てきてもらい元気づけてほしいという声がある一方、食べるものも水も十分にない避難所暮らしを余儀なくされ、将来に絶望している人も多い…。

とくに震源地の益城町や西原村では被害も大きく、笑顔が出るような状況ではなかったそうです。そうした人たちのことを第一に考えたとき、くまモンが出ていくべきか、くまモン自身も悩みながら、大きな葛藤があったと四方田さんは語ります。

 

震災から3週間後がちょうどこどもの日でした。このタイミングで活動を再開し、子供達に会いに行ったんですね。5月いっぱいまではしばらく避難所回りと、ボランティアに来てくださった方々の激励に徹しました。

 ツイッターも停止していたのですが、一ヶ月後くらいに再開したときは、2万リツイートされました。このときに、くまモンはやはり求められていたんだなと実感しましたね。

 

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ージモコロでは昨年の震災後、「熊本震災支援イベント」として熊本県阿蘇山近くの黒川温泉に100人が自腹で乗り込んで、情報発信を促進しました。東京での情報の風化の速度が早まり、実態が見えないままに関心が薄れていってしまうことに危機感を覚えたのが開催のきっかけでした。

おっしゃるとおりで、くまモンの大きな役割の一つが風化防止なんです。現在、くまモンは全国を回りながら感謝を伝えています。メディアを通してくまモンのこうした姿を目にすることで、「まだまだ大変なんだな」ということを理解していただける。

企業からも売上の何パーセントを熊本に寄付したいという話を今でもたくさんいただきます。きっとくまモンというキャラクターがいるからこそ共感を得やすいんでしょうね。ヤンチャでわんぱくな男の子のキャラだったのが、気づけば成長して尊く思えてしまいます(笑)。

 

「くまモンという存在がいたこそ共感が得られる」という言葉に裏打ちされるエピソードとして、記憶に新しいのがTwitterのハッシュタグ「#くまモン頑張れ絵」のムーブメントです。

 

 

これは漫画『はじめの一歩』で知られる作者・森川ジョージさんの呼びかけで、ちばてつやさん、原泰久さん、神尾葉子さんといった有名な漫画家さんが次々とくまモンの絵を描いてツイッターにアップしていきました。

 

 

ーTwitterがインフラとして機能しているからこその嬉しい動きですね

「熊本がんばれ」とはなかなか気恥ずかしくて言えなくても、「くまモン頑張れ」ならば言いやすいんでしょうね。「#くまモン頑張れ絵」のような取り組みをしてくださっている方が、またはそれを見てくださった方が熊本に想いを寄せてくださるので心強いですし、本当にありがたいです。

 

ー震災以降の活動について考えることも多かったでしょうね

年末年始から今年にかけて、今のところ一番記憶に新しいのは二年ぶり二回目の出演だという紅白歌合戦でしょうか。また今年から世界に向けて感謝を伝えるプロジェクトを始動させました。これまでご支援いただいた場所に、くまモン自らがお礼に行きたいなと。

また今後についてですが…。私たちとしてはまず、熊本の被災者の方のことを第一に考えています。そうした方に寄り添う精神的な安らぎをもたらす活動はもちろん、経済面での貢献もとても大事です。

そのためには海外も含めて、外へ出ていき、アピールすることが必要。くまモンにはもともと営業部長という肩書きがついていうのですが、「しあわせ部長」も兼務していて、震災以降はこちらの比重が大きくなってきました。

 

ー東京にいるとなかなか見えてきませんが、いまだ家に帰れず仮設住宅で暮らす人が多くいること、阿蘇山周辺の道が塞がれていて復旧に1年以上かかること、また風評被害に苦しむ旅館が多いことに驚きました 

復興のステージでいうとまだ最初の段階です。避難所生活は一応すべて解消し、仮設住宅ではあるのですが、一応プライバシーが守られる個別の家に住める状態にやっとなりました。

それでも、普通の生活に近い状態にやっとなったという段階でしかないんです。実際には、阿蘇の大きな橋は落ちたままですし、道も通れないようなところがたくさんあります。

観光客の皆さんにとっては行きにくいところがまだありますし、漠然とした恐怖やネガティブイメージがあるので、観光客は戻っていません。もちろん徐々には回復していますが、以前のレベルには全然追いついていないのが現状です。

ただ、道が悪くても行った先には、元気な観光地がたくさんありますし、そこに来てほしい。熊本城なんかも痛々しい状況ですが、逆にいうと今しか見れない熊本城の姿でもあるので、こうした姿をぜひ見ていただきたいですし、くまモンにも会いに来てほしいですね。

 

まとめ

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いかがでしたでしょうか? テレビで見かける熊本県の人気キャラクターとして、なんとなく存在は知っていたという人が大半だと思います。

熊本で生まれ、大阪で育ったくまモン。

失敗を厭わないチャレンジ精神旺盛な知事の下、職員一同で次々とユニークな施策を行ってきました。とりわけライセンス料をフリーにしたこと、ソーシャル上で積極的な発信を行ったことが大きな成功要因でしょう。

現在、その経済効果は1,000億円以上と試算され、海外における認知度も日に日に増しています。 震災以降、「くまモン」が改めて熊本にとってなくてはならない存在となっていることが明らかになりました。

「くまモンという存在がいたからこそ共感が得られる」と四方田さんが語ってくださったように、単なる「ゆるキャラ」ではなく、熊本県民、日本人にとって心の友のような存在になっているかもしれません。熊本の「しあわせ部長」から日本の「しあわせ部長」へ、今日もまたどこかの町でくまモンは人々に笑顔を届け続けています。

 

最後に熊本を応援する動画「#フレフレくまもと!三百六十五歩のマーチ 熊本バージョン」をご覧ください。頑張れ、熊本!

 

 

 

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一般社団法人 九州観光推進機構

 

 

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書いた人:長谷川リョー

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編集者。『SENSORS』シニアエディター。リクルートホールディングスを経て、独立。修士(学際情報学)。将来の夢は馬主になることです。メール:ry.h0508アットgmail.com、Twitter ID:@ryh