「100%ではなく120%の復興を目指す」奇跡の温泉宿・蘇山郷が考える攻めの経営論

2017.03.06

「100%ではなく120%の復興を目指す」奇跡の温泉宿・蘇山郷が考える攻めの経営論

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    自然豊かで雄大な山々を臨む熊本県・阿蘇。その麓にあるのが国内外の観光客に大人気の温泉宿「蘇山郷」です。

    水害と地震、さらには噴火という数々の受難を乗り越え、歴史ある湯治場を守り続けてきました。阿蘇復活のキーマンの一人である館主の永田祐介さんに話を聞くために、険しい山道を越えて蘇山郷を訪れました。

     

     

    不屈の精神を内に秘めながらも、最先端ビジネスにも精通した永田さんの経営論にライターであるわたし長谷川リョーと柿次郎編集長の二人はグイグイと引き込まれていくのでした。焼酎をいただきながら、深夜まで夜通し伺った話には誰もが勇気づけられるはずです。

     

    「復旧と復興は違う」

     

    地方・復興・観光へのヒントがたくさん詰まった永田さんのストーリーを、前編・後編の二つに分けてお届けします。

     

    温泉宿開業のきっかけは与謝野鉄幹・晶子夫妻の逗留

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    話をおうかがいした永田祐介さん(内牧温泉蘇山郷 三代目館主)

     

    ―まずはじめに永田家のルーツも含めて、どういった経緯で「蘇山郷」が始まったのかを教えてください。

    この辺り(阿蘇市・内牧)で温泉が出るようになってから120年になります。東北地方に行けば、江戸時代末期からやっている温泉もあるとは思いますが、それでも全国的にもそこそこ古い歴史を持っています。

     

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    ―永田家の初代の方はどういう経緯で温泉旅館を始めることになったんですか?

    もともと、うちはこの辺りで地主をやっていたというふうに聞いています。現在は市立体育館になっている場所に内牧城というお城が建っていました。

    このお城が明治に入り時代と共に取り壊されることになり、その際に立っていた杉の木をうちの先代が譲り受けることになったんですね。

     

    ―お城の杉を!

    はい。九州日日新聞社の記者であった後藤是山さんが「別府開拓の祖」といわれる油屋熊八さんや与謝野鉄幹・晶子夫妻を連れ立って、内牧に来られるという話になりました。

    著名な方々が来訪されるということで、「簡素な旅籠ではまずいだろう」と、例の杉を使った邸宅を急いで改築することになったそうです。

     

    ―油屋熊八ってあの「温泉マーク(♨)」を考案したとされる人物ですよね!こんな著名な方々をもてなすということは、先代も相当な地主さんだったんでしょうか?

    当時の財界の方とのつながりを強く持つ、ここら辺では名の知れた地主だったようですね。とはいえ普通の邸宅だったので、京都から宮大工さんを呼んできて、最後はかなり突貫工事だったようです。

    いずれにしても与謝野夫妻が宿泊されたことが、旅館を始める一つの理由になっています。

     

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    与謝野夫妻が蘇山郷の原点となった邸宅に逗留されたときの写真。左から「油屋熊八」「与謝野鉄幹」「与謝野晶子」「後藤是山」「工藤久泉」

     

    ―与謝野晶子といえば今でも有名な歌人ですよね。若者言葉で、髪が乱れた様子を「与謝野る」なんて言ったりします。そこからすぐに旅館としてスタートするんですか?

    いや、そこから戦争に入っていくことになります。一番大きかったのは、戦後の農地改革。これによって地主は食べていくことが難しくなりました。

    それでも敷地内からはすでに温泉が出ていたということで、与謝野夫妻にお泊まりいただいてから21年後の、昭和28年に旅館として開業することになります。

     

    ―戦争を挟んで21年…けっこう経っていますね。

    それから世の中は空前のハネムーンブームに入っていきます。この辺りと雲仙や青島周辺で新婚旅行客が次々に訪れるようになりました。

    高度経済成長に合わせ、団体旅行を中心に観光客は右肩上がりに増えていきます。ところが、その後バブルの崩壊へと向かっていくわけです。

     

    ―今にも続く話ですが、そこで団体客から個人客に切り替えた宿と、今でも団体旅行客を中心にやられている宿で差ができていったということを耳にしたことがあります。

    そこをうまく切り替えたのが、おそらく黒川温泉さんだと思います。団体旅行が廃れていくタイミングに合わせて、黒川温泉さんは個人向けに露天風呂巡りを始めました。

    逆に内牧はキャパも大きかったので、修学旅行全盛期が終わったあとも、今度はインバウンドを団体で狙うというように、今でも団体旅行から脱しきれていない感があります。

     

    相次ぐ自然災害

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    平成24年九州北部豪雨災害のときの様子

     

    ―そんなとき、災害が相次いだわけですね。影響は大きかったのでしょうか。

    団体旅行のなかでも、修学旅行は、自然災害のようなネガティブなものを最も嫌います。親御さんの気持ちを考えれば仕方がないですよね。水害があって、噴火や地震があった阿蘇にはどうしても修学旅行としては行きにくくなってしまうのです。

     

    ―そうなると、今までの団体旅行中心のやり方では難しくなりますよね。 

    そうです。エリア全体として、そもそも何をターゲットにしていくのかを改めて考えなくては、寂れた温泉旅館しかない地域になってしまうのではないかと地震のあとは特に危惧しています。

     

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    昨年の熊本地震のときの様子

     

    ―ちなみに初代、2代目、先代の時代にも災害は頻繁にあったのでしょうか。

    噴火は20、30年前当時もありました。とはいえ昔は、噴火といっても「石が飛んできたー」という程度の話で、そこまで広がることもなかったんです。

    今の時代はメディアを使って拡散するスピードが速いので、特に御嶽山噴火の前と後ではかなりネガティブな捉え方をされるんですよね。ここから火口までは10km以上離れていますし、実際のところ桜島と鹿児島市内ほど距離は離れているんです。

     

    Facebook、LINEを活用し、自らが情報の主導権を握る

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    ―テレビやネットなどのメディアを通して拡散されると、どうしてもイメージが固定化してしまいますもんね……。

    適切な情報発信を心がけています。例えば、「今はレベル3なので、3kmまでは近づける」ということだから、「草千里まではOKで、草千里から先はダメですよ」といったように、気象庁の噴火警戒レベルに合わせ具体的に線引きをして、それを現地で、自ら発信していくことが重要なんです

     

    ―なるほど。 

    地図をみていただければ分かるように、一口に「阿蘇」とはいっても範囲が大きい。外から見ると大きなくくりで捉えられてしまって、「阿蘇=行ってはいけない」というように風評被害はすぐに誇張されてしまいます。

    とりわけ御嶽山噴火以後は、災害がクローズアップされることが増え、拡散するスピードも速くなっていますね。

     

    ―そういった風評被害に対してはどのように対応しているのですか?

    ついこの間の話をすると、夜中に噴火が起こりました。朝方起きると、「大丈夫か?」というメールがたくさん来ていたのですが、外を見ても何も変化はない。

    たしかに一の宮町の方には火山灰が流れ、あるところには噴石が飛来して、ビニールハウスや車の窓が割れたといった話もありました。

     

    ―被害が出たところもあるけれど、蘇山郷周辺は普段通りなわけですね。

    だから、僕は何もなっていない部分をテレビに撮らせます。東京のメディアにも「しっかりと被害がない箇所に関しては、分けて報道してほしい」とお願いしたのですが、結局、どこかのビニールハウスが破れた話でニュースは終始していました。

     

    ―そんな……。

    メディアはとにかく”ダメな部分”を拾いたがるんです。沈静化した状況は決して伝えられることはなく、必ずインタビューで聞かれるのは、「どこかに火山灰は落ちていませんか?」ということ。

    蓮の葉の真ん中に溜まっている火山灰をズームで寄って撮るような報道の仕方をするんです。

     

    ―そこまで極端なんですね。

    「キャンセルの電話が鳴っているところを取材したい」なんて言われることすらあります。なぜ彼らがこういった報道をするかというと、そこに食いつく一般の視聴者がいるからお涙ちょうだいでいった方が、ニュースソースとして支持されやすいんですよね。

     

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    最高級いも焼酎「黒瀬安光」を振舞っていただきました

     

    ―そこで、「自ら発信する」ことが重要になるんですね。

    僕は自転車を趣味でやっているので、この辺りを20kmくらい走った上で、「一の宮町はこういった状況ですが、内牧は全然大丈夫ですよ」といったことをFacebookで発信し、拡散も促しました

    自らも情報発信しつつ、それに食いついてきた媒体に対しては取材を受けて、「きちんと現状の報道をしてくれ」ということを言い続けます。

     

    ―「拡散」まで意識的に!

    自分のFacebookで情報発信をすることのメリットとして分かりやすいのが、ある媒体の記者さんが「あのとき社長はこういうふうに言われていますけど、あれはどういう心境だったんですか?」と僕のFacebookの投稿を全部プリントアウトして辿ってくれていたんです。

     

    ―へー!Facebookのポストがしっかりと点で追える情報になっているんですね。

    メディア関係者をすべてLINEのグループでつないで、一斉に情報を発信しています。たとえば、「この日から温泉を掘り始めるよ」とか「この日から宿を再開させるよ」といった情報を流すことで、ワァーッと連絡が来るんです。

     

    ―自分で情報の主導権を握ってしまうと。

    民放が3社、そしてNHKとなんと合計8社がこんなに小さい旅館のリニューアルオープンの取材に来てくれました。

     

    ―すごい。芸能人の結婚記者会見みたいだ。

    それも、今までの情報発信を通じて、メディアとのリレーションがあったからこそだと思います。

     

    ―LINEで報道の方々とグループを作るのはめちゃくちゃ良いですね。ソーシャルメディアを最大限に活用されていることがよくわかります。

     

    120%の”復興”のためのクラウドファンディング

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    ―他にもソーシャルの情報発信で気をつけていることや、工夫していることはありますか? 今後観光地が震災の被害を受けて、立ち直らなくてはいけない局面が同じように出てくることもあり得ると思いますので、何かヒントになるようなことがあれば教えていただきたいです。

    例えば、旅館の屋上にルーフトップバーを作るため、クラウドファンディングを行いました。まだ200万円ほどしか集まっていませんが、1,000万円使って作っている途中です。

     

    ―クラウドファンディングで!

    少し背景を説明すると、震災のグループ補助金は現状復旧のためにしか使うことが認められていません。

    それでももちろんありがたいのですが、元通りの100%に向けた”復旧”ではなく、120%を目指す”復興”にしなくてはいけないと考えました。

    もう一度賑わいを取り戻し、外国人にも来てもらわなくてはなりません。去年の宿泊者数が1万3千人で、外国人客はその約25%である3,200人だったんです。

     

    ―かなり多いですね。

    しかも団体ではなく、すべて個人。それが今では1割くらいにまで落ち込んでしまっています。地震のあと、アジア人であれば「九州レールパス」(3日間で北部九州・5日間で九州全土利用できる周遊チケット)を使われることが多いんです。

    又欧米の方は「ジャパン・レール・パス」(7日・14日・21日利用可)というチケットを使われる方が多い。このパスを使うと、日本国内どこの新幹線やローカル線もほとんどが無料になるんです。

     

    ―聞いたことがあります。すごいですよね。

    それが今は熊本駅の先、豊肥本線の肥後大津と言う駅で途切れてしまっているんです。なので、JRで来るお客様が正直全く来れない。陸の孤島化してしまっているのが現状です。

     

    ―たしかに、日本人でも知らないと来るのが難しい。僕らも一度道を間違えてしまいました。

    それでも僕は外国のお客さんに送迎車やタクシーを使ってでも、もう一度来てもらいたいと思っています。ルーフトップバーを作ったのもそのためです。以前からバンコクにあるようなルーフトップバーを作りたいと考えていて、このタイミングで実現させることにしました。

     

    ―震災前以上の“復興”には、お客をお呼び込むための新たな設備も必要で、それには資金調達も欠かせませんね。

    そのための復興ファンドというものがありまして、手数料込みで一口10,800円です。そのうち半分は寄付という形になり、残りの半分は5年後にプレミアムをつけて返すという投資型になっています。

    僕としては直接の投資型という形ではなく、「泊まりにきたから、この5,000円で飲ませて」といった消費の形でもいいのではないかと思うんです。 

     

    ―そんな方法があるんですね!

    こうしたやり方はおそらく復興支援の形としては新しいと思っています。現状、寄付をしたとしても、そのお金が熊本城の修繕に充てられるのか、阿蘇神社にいくのか、農家にいくのか、分からないですよね。

    今後の寄付や事業者の資金調達は、個人の意志に基づいて、行われるようになるのではないかと考えています

     

    ―「行ったことはないけど、ここに投資をした」という縁が生まれるわけですよね。そして、実際に訪れる人も増えると。

    新しいご縁を創出するため、そして外国のお客様にもう一度選ばれる場所にするため、今回ルーフトップバーを作ることにしたんです。

     

    この後、新たに作られたルーフトップバーに場所を移し、取材は深夜にまで及びました。

    後編では「100%の復旧ではなく、120%の復興」を目指す、永田さんの「経営論」についてより深く掘り下げた内容をお届けします!

     

    www.e-aidem.com

     

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    九州観光推進機構

     

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    この記事を書いた人

    長谷川リョー
    長谷川リョー

    『SENSORS』編集長。修士(東京大学大学院学際情報学府)。新卒でリクルートホールディングス入社後、2016年12月にフリーランスのライターとして独立。ビジネス・テクノロジー領域を中心に多くのベンチャー経営者や最先端で活躍する研究者やクリエイターへ取材・執筆を重ねる。『AMP』『FastGrow』『ONE MEDIA』などでパートナーを務める。構成担当『10年後の仕事図鑑』(堀江貴文、落合陽一共著 SBクリエイティブ

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