
こんにちは。日本の地方を旅する編集者、藤本智士です。
魅力的な観光スポットを巡ったり、郷土料理を味わってみたり、旅の楽しみかたはさまざまですが、そういったスペシャルな体験とは別に、その土地の暮らしを感じられるような、市場やスーパーや商店街を訪れるのもぼくは大好き。
なかでも日本一好きな市場だと公言し続けているのが、青森県弘前市にある「虹のマート」、通称「虹マ」。しかしながら「虹マ」の良さを説明するのがとっても難しく、これまでは「とにかく行ってみて!」と言うほかありませんでした。


そこで改めてぼくは、いったい虹マのどこに惹かれているのか、その根っこにあるものはなんなのか。それを探りたい一心で、虹のマート14代目市場長の浜田大豊くんにお話を聞くことに。
彼の口から語られた虹マの物語は、想像を超えて心震えるお話で、ある意味で父子の強い絆の物語でもありました。虹マ、本当にすごい市場なんです。では、なにがすごいのか。「とにかく読んでみて!」。
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話を聞いた人:浜田大豊(はまだ・たいほう)さん
青森県弘前市生まれ、現在33歳。株式会社生き活き市場代表取締役。東京・仙台での商社勤務を経て、2021年4月にUターンし、1956(昭和31)年から続く食品市場「虹のマート」の14代目市場長に。虹のマートに店舗を構える家業の筋子屋「ハマダ海産(株式会社Do)」代表取締役。
スーパーと個人店の間にある「市民市場」という存在

藤本:「虹のマート」って、そもそもいつごろスタートしたんですか?
浜田:創業は1956(昭和31)年の10月。来年70周年を迎えます。もともとは、弘前駅前で商売をしていた37の事業者が組合を作って発足した、「弘前駅前食料品市場」という市場だったんです。
藤本:この建物は昭和31年当時から?
浜田:2回建て替えていて、この建物は3代目です。1994年に駅前の再開発に絡んでここに移り、30年ちょっと経ちました。
藤本:とはいえ、ずっとこの辺りで?
浜田:そうですね。100メートルぐらいの差です。
藤本:商店の数はそんなに変わってないですか?
浜田:最初の37店舗がマックスで、どんどん減っていって、僕がUターンする2021年末に、18店舗まで減ったんですよ。
藤本:そこまで!?
浜田:いまは25店舗に戻ったところですね。当初から、対面販売をする、地元のひとのための市場っていう雰囲気はずっと一緒です。
藤本:帰ってきたということは、生まれは弘前? ハマダってお店もありましたけどひょっとして。

浜田:そうなんです。ハマダ海産という筋子(すじこ)屋の3代目がぼくです。大学で東京に行って、新卒採用で東京で3年、転勤して仙台で3年働きました。
藤本:どんな会社に?
浜田:お酒の専門商社です。そこに6年勤めて、Uターンしたのが28歳ぐらい。
藤本:帰ってくることは想定してたんですか?
浜田:全く帰るつもりはなかったんです。筋子屋が嫌だとか、虹のマートが嫌だとかではなく、純粋に東京や仙台が楽しくて、商社の仕事も好きだったので、わざわざ帰る理由がない感じでした。
藤本:なのに、なんで帰ろうと思ったんですか?
浜田:仙台では飲食店やスーパーを回って、主にナチュラルワインを楽しく売っていたんですけど、醸造家がどんなに手塩をかけてつくったワインでも、飲食店ではグラスワイン500円、スーパーではちっちゃいポップ1枚になって、さらっと売られちゃうのを目の当たりにして。
ぼく自身も得意先を回りながら、飲食店さんには「このワインのつくり手は、こういう思いでやってるんです」って熱心に語って売ったその足で、スーパーさんには「社長、今月の数字やばくて。少しサービスするんで、パレットでお願いできないですか?」みたいな売り方をしてたんです。

浜田:思いを持ってつくられているお酒が、そんなふうに扱われるのって、ぼくたち売り手の怠慢なんじゃないかなと思ったんですよ。それが不誠実というか、大きな資本の中にあるみたいで、なんだかなって思ったんです。
藤本:飲食店やスーパーのひとが、どう仕入れて、お客さんにどう語ってくれるかが、すごく大事だと思いながらも、それが難しい現実を大豊くんは見てきて、大きな違和感を感じたんですね。
浜田:そうです。売る人間が価値を下げるのはいかがなものかとか考えているときに、お盆や正月で帰省すると、虹のマートには地元のお客様がいっぱいいて。ぼくは旅行先でも市場によく行くんですけど、どこに行っても、だいたい寂れているか観光地化しているか。なのに、虹のマートはそうなってなかった。もしかしたら1周まわって新しいものなんじゃないかなと思ったんです。

藤本:その視点を持てたのがすごい。全国にある市民市場が、寂れるか観光地化されていくかの二極化していることは、ぼくも旅が多いのですごく実感してます。多くの市場は一足飛びに観光化を目指そうとするから、うまくいかないって事例もいっぱいあって。でもそれって、単純にそこで暮らす生活者の視点が抜け落ちているからですよね。
浜田:おっしゃるとおりです。
藤本:競合するスーパーとかの問題もあるけど、プロの料理人は買いにきても、生活者が寄り付かなくなる市場が多いなかで、虹のマートは絶妙。それは、この規模だからこそって感じがするんです。スーパーとかの大きい世界と、飲食店の個の世界との間にある、稀有さというか。
浜田:大きさはちょうどいいですよね。これ以上大きくても、小さくても難しいかもしれない。

現在の虹のマート店内マップ
3億円キャッシュでお父さんが買い取り、協同組合から株式会社へ大転換

藤本:とはいえ、スタートは37店舗で、大豊くんが帰ってくるときには18店舗になっていた。
浜田:帰ってきたときは、まだ21店舗ありましたね。虹のマートで筋子屋をやっている父が、2010年くらいから「どんどんお店も減ってきて、このままじゃ駄目だ。組合じゃなく株式会社にして、運営を一本化しよう」ってみんなに働きかけていたんです。
最初は具体案が出ず、なかなか実現しなかったんですが、「市場を立ち上げたときの出資金を返すから、株式会社の店子になってくれないか」という案がフックになり、2020年に組織変更に至りました。その後、2021年末に3店舗がきれいに引退されて、18店舗まで減った流れです。
藤本:お父さんは、組合のなにが問題で、どういう理由で株式会社にしたほうがいいって思ったんだろう。
浜田:組合にも良いところはあるんですけど、うちの場合は、財政の基盤がすごく弱いのと、とにかく意思決定が遅いのが問題でした。
藤本:意思決定が遅いのは、船頭ばかりになるから?
浜田:組合って、出資金や口数関係なく1人1票を持っていて、多数決で決めるんです。新しいことをやろうとしても、面倒くさいとか、言い出しっぺのやつが嫌いとか、やりたくないとかが大きくなっちゃって、なかなか進まないパターンが多い。お客さんのためよりも、忖度が重視されちゃうんですよね。
藤本:なるほど。お金の面では?
浜田:株式会社は最初の資本金って純粋な資本ですけど、組合は脱退自由、みんなからの出資金は預かり金みたいなものなので、いずれ返さなきゃいけないんです。
あと、運営側の立場がすごく弱くなりがちです。みんなからのお金で食べさせてもらってる事務員さん、みたいな扱いを受けがちですし、組合長も、お店の代表をしているひとが兼任するので、もちろん自分の商売が優先になるから、市場として何かをすることの優先度が低くなりがち。それがうちの組合の大きな問題でした。
藤本:お父さんは、それをひしひしと感じていて、なんとかしなきゃって思ったんですね。組合を株式会社にするために、実際どういうことを?
浜田:父がみんなからの出資金を払い戻したんです。組合の財務体制では出資金を返せなかったので、父の筋子屋がいったん立て替えて、払ってあげたかたちです。
藤本:え⁉︎ 本当に?

浜田:やばいですよね。二十歳から四十数年間ずっと筋子屋一筋で、プールし続けた資金を、虹のマートの買収に全部突っ込んだんです。3億ぐらいかかりました。
藤本:うわー!? 預金だけで?
浜田:キャッシュで。
藤本:父ちゃん、カッコよすぎる!
浜田:本人は、大きく投資をしたり、建物を造ったりが得意なタイプではないって言ってるんです。だから、どうしようって思いながら貯めていたと思うんですけど。
藤本:3億キャッシュのコツコツ度合いが、500円貯金しかしたことない僕にはもはや想像できない。
浜田:ちなみに父の会社名は「株式会社Do」です。
藤本:なんだそのオチみたいな話(笑)。
浜田:世の中は行動。アクションを起こすしかないってことで。
藤本:会社名がまっすぐすぎて、やばい。それはお父さんが立ち上げた会社?
浜田:祖父が始めた商店を株式会社にしたのが父です。2007年ですね。
藤本:お父さんは決してアピールが強いタイプのひとじゃないんですよね?
浜田:はい、父もいろいろなチャレンジはしたのですが、現場を一番大事にしていて、外には出ずに店にいて、お客さんに物を売るのが全てです。
藤本:一番かっこいいDoだ! それで、出資金を戻して?

まっすぐすぎる会社名!
浜田:みんなに店子になることを納得してもらって。父のことが嫌いなメンバーもいたので、外に出てる息子が第三者的な目線で、みんなの場所としてやるからって納得してもらったとも聞いています。
藤本:お父さんを嫌いなひとは息子にも納得しないような気もするけど。
浜田:それで引退された方もいたかもしれないですね。ぼくが帰ってきたときに、実際の管理運営は誰がやるんだって話になっていたので、ぼくが手を挙げました。対面販売をする商売が一番、お客さんにちゃんと価値を伝えられるんじゃないかなと思ったので。
藤本:前職の経験が大きいですね。
浜田:ほんとうに。ここに来てからのぼくの仕事内容も、前職とほぼ同じなんですよ。
藤本:ちなみにDoと別会社ってことですよね。新体制の会社名は?
浜田:「生き活き市場」です。
藤本:大豊くんは、そこの代表になられた。
浜田:そうです。最初は父が筋子屋と、この管理会社の代表取締役を兼務していたんですけど、今年(2025年)の春に、両方ぼくに変わりました。修業期間も含め、父の体が動くうちに交代しておこうということで。
藤本:お父さんは今どうされてるんですか?
浜田:現場(筋子屋)にいます。
藤本:ただ現場にいられるって、お父さんにとっては一番幸せなのかもですね。
浜田:そうですね。
「花屋」と「チャレンジショップ」で生まれた新たな流れ

藤本:あらためて虹マの魅力って「地元のひとのための市場」がベースになっているところにあると思うんですけど、そのために大豊くんが具体的に考えていることってあるんですか?
浜田:まず、出店するのは弘前に住んでいる事業者限定で、フランチャイズや県外企業は一切入れない。これは鉄の掟です。
藤本:確かに。それってめっちゃシンプルなことなのに、意外と崩れやすいですよね。
浜田:ちっちゃい町ほど、そもそも事業者がいないって話になりますからね。
藤本:18店舗から25店舗になったってことだけど、どうやって地元の事業者さんに出店してもらったんですか?
浜田:まず最初に、一番端の空きコマを一つ使って花屋を始めたんですよ。

「日々のお花を、コーヒーを買うような手軽さで。」がコンセプトの花屋「ヒロサキフラワースタンド」
藤本:大豊くん自身が店子になったってことですか。
浜田:そうです。誰も借りてくれないし、自分でやろうって始めてみたら、週末だけ若いひとが増えるようになりました。それから、家賃を1年間減額してスタートアップを応援する、チャレンジ出店の募集を始めたんです。その第1号の方の特性もあって、明らかに若くておしゃれなお客さんが、その一角にだけ来るようになったんですよ。
藤本:ある意味、虹のマートらしくないひとたちが。
浜田:ここに来て、お惣菜を買って食べたりして楽しんでくれると、また全然違う雰囲気になって。すごくインパクトがありましたね。地元のメディアにもいっぱい出ました。
藤本:そこにほかのひとも続いたってこと?
浜田:そうですね。あと、催事をやったことも大きいです。虹のマートに入ったことのないひとに来てほしいから、ポップアップを毎週末やったんです。町場にあるコーヒー屋さんとかいろいろ回って、事業者さんに声をかけて。
藤本:そこから出店につながっていったんだ。
浜田:ほとんどの事業者さんがそうですね。リンゴ屋さんやお菓子屋さんとか、年が近くて話すと面白いひとたちが来てくれて。そうやって雰囲気が変わると、虹のマートにお店を出したいって言ってくれるひとも増えて、「虹のマートなんて」って言ってたひとも動きが変わってきて。そこから1年間で2、3店舗ずつ、増えていきました。
今日からNEW Coffee shop
「BROTHER」さんがオープン!幼い頃におばあちゃんと来ていたという、ニジマボーイが出店です。
コーヒー飲んで、君も今日からニジマボーイ&ガールだ! pic.twitter.com/KHeCW2EHLv
— 虹のマート (@nijinomart) November 1, 2023
藤本:最初に自分で花屋をやったことで、大豊くんのリスクを背負う覚悟を、ほかの店子のみなさんが感じてくれて、信頼感が増したのかもしれないですね。そのうえでチャレンジショップをやって、外の風がどんどん入っていったということな気がします。
じつはぼく、チャレンジショップってあまりいい印象がなくて。とにかく空き店舗を埋める感じのところも多いでしょ。だけど、ここは違う。
浜田:虹のマートは家賃も初期費用もすごく抑えられているし、集客は担保されているので、条件としてはいいと思っているんです。でも、商売やるって、きれいなことばかりじゃないから。たとえば虹のマートは営業時間が長いんですよ。
藤本:何時から何時ですか?
浜田:月曜日から土曜日の、8時から18時です。うちは営業時間の縛りを守っているので、絶対に生半可な気持ちで片手間にはできないんですよ。
藤本:お店をやる覚悟を問われるし、必然的にそのための設計を考えることになる。
浜田:そうです。本当にできるのか。時給換算したらバイトしたほうがいいんじゃない、みたいなこともあるので。
藤本:それでもやりたいのか、自分の気持ちを再度確認することにもなるんですね。
浜田:そうなんです。埋めるための施策はつまらないと思いますし、お涙頂戴の感じって続かないので。
藤本:なるほどなあ。チャレンジショップが店をやるための本当の助走期間になってる。
いまの20〜30代にとって、市民市場は「新鮮で面白い」?

藤本:大豊くんが帰ってくるまでは、大豊くんと同じ世代や若い世代のひとたちは、ここに出店する選択肢って、あんまりなかったのかな。
浜田:どうでしょう。正直、衛生管理が行き届いていない時期を見ている、ちょっと上の世代のひとたちは、虹のマートによくないイメージもあるんですよ。30代前半や20代は、そもそも来たことがないので、来ると特殊な場所だって面白がってくれます。
藤本:キャラクターの「虹ママ」とか象徴的ですよね。1周まわって、もはや、かわいい。

「虹のマート」という愛称は、昭和47年の建て替え時に市民公募で決まった。同時に作られたのが、虹ママというキャラクター。現在、虹のマートでは、虹ママのグッズも販売されている
浜田:これも最初、全然売るつもりはなくて。ぼくが勝手に友だち用にステッカーを作って配ってたら、割と評判が良かったので販売してみました。
藤本:そういう部分も再評価されてるってことですね。弘前って昭和レトロな喫茶店とかも多く残ってるから、レトロかわいいものとしてポジティブに捉えられるいまの時代感もあるのかもしれない。一方で、ネガティブイメージを持たれていた時代があるなんて、よそ者としては思ったことなかったです。
浜田:ぼくが帰ってきたときは、正直、時代的なこともあって各店の衛生管理の意識が低かったんです。
藤本:そこをコントロールするひとがいなかったんだ。ぼくが初めて虹マに来たのは2013年だったと思うけど、そんなに汚い印象は持ってなかったです。
浜田:であれば、よかったです。トイレとか大きな改修は、ぼくが来る前に父が済ませてくれていたんですけど、お店の前の側溝とか何年も開かずのままになってたところもあったので「きれいにしましょうよ」ってお願いして回って。みんなで一斉に大掃除しました。大豊が言うならしょうがねえって言ってもらえるまで、半年ぐらいかかりましたね。
藤本:関係性を作るためにいろんなジャブを打ったんですね。
浜田:そうです。まったく知らない仲ではないけど、ぼくはブランクが大きいし、みんなも店子になってこれからが不安な時期だったと思うので。ただ、掃除をやった翌日から、見かけていた虫が激減して。掃除って大事なんだね、違うねって、みんなで言って。
藤本:大体は効果が出るまで時間がかかるものだけど、すぐに変わったことを実感できたのが、めっちゃいいですね。
浜田:ラッキーでしたね。そこから先は、毎週定期的に業者さんに掃除してもらってますけど、最初の1回を自分たちで掃除したのは大きかったです。
藤本:そうやって変化させてきたから今があるし、賑わいも続いていて、すごいなあ。
父から受け継いだ「鉄の物差し」で、「看取り」とも向き合う

藤本:虹のマートがなぜいいかを伝えるのって意外とむずかしくて、「とにかく行ってみて」って言ってたけど、今回お話を聞いて、大豊くんがやってることの特別感、ある意味の属人性みたいなものが、めっちゃよくわかりました。
浜田:恐縮です。ぼく自身も、毎年いろんなことをして、反応があって、虹のマートの解像度が年々上がっていってるんです。今はもうインバウンドとかに向いてしまったら絶対に駄目だなと思っています。虹のマートは、よくもわるくもこれ以上、規模を広げられないので、インバウンドやったー! って下駄を履いて、それを短期的に消化してる場合ではないんです。
藤本:規模と経済の話ですね。
浜田:結局は不動産業なので、床面積が埋まったら、テナントを売れる店に入れ替えるか、賃料を上げる以外にない。けど、それはあまりしたくないんです。
であれば、これから人口が何万人減ろうが、虹のマートに来るお客さんの数が減らなければいい。だから虹のマートをもっと好きになってもらって、この周りに住んでいるひとたちの賃金や給料もちゃんと上がって、関係する近いエリアの筋肉が上がれば、ぼくらは別にそのままでもいいはず。そこに企業としてカロリーを使いたい。もちろんインバウンドも来てくれたらうれしいけど、それはあくまでもボーナスだと思ってます。
藤本:そうやって考えられることが本当にすごい。ずっと右肩上がりってありえないじゃないですか。なのに多くの地域が、大きくスケールさせることばかり考えているのは、どうなのかなっていつも思っています。ぼくが虹のマートに惹かれたのは、「むやみにスケールしようとしてない感じ」が特殊だと思ったからなんだとわかりました。

浜田:ぼくも、大きくなるって現実的に無理じゃないかなって思っている節があるんです。
去年、建築家の馬場正尊さんの本『パークナイズ 公園化する都市』を読んでいて。東京は成長しなければならない圧みたいなものがすごくあるよね、空いている場所を埋めなきゃ、なにかを建てなきゃ、街は活性化しなきゃいけないってことに、取り憑かれちゃってるよね、みたいなことが書かれていて、まさにそうだな、と思ったんです。適したサイズ感ってきっとあるって思うんですよね。
藤本:東京の大学を出て商社に入るって、いわば拡大路線を学ぶコースじゃないですか。都会に住んで、そこに染まって、それが正しい、ってならなかった大豊くんの根っこには、やっぱりお父さんの生き様があるように思えてならない。
浜田:そうですね。
藤本:真摯に閉じることで豊かにしたひとがリアルにすぐそばにいて、そのひとが保ってきた規模感があって、そのうえで大豊くんが今すごく重要な役割に立たせてもらっていることが揺るぎないこととしてあるんだろうなって思います。
浜田:そうですね。父の尺度、物差しが、ぼくの仕事の尺度になっていると思います。ぼくの中での仕事って、父がしていたものってイメージなんですよ。ここまで愚直にやらないと仕事って言えないんだ、なんて大変なんだって、子どもながらに思っていたんです。
ずっと休みなしで仕事してるのに、父は「俺には派手な能力がないから、会社はここまでにしかできなかった。大きなことはできなかった」って言うんですよ。「俺は仲間をつくるとか苦手だし、外に出て営業するとか向いてない。俺はコツコツやるタイプだったから」って。
だから、これだけ働いて、生涯かけてもこのぐらいっていうのは、もう物差しとして僕の中では絶対に揺るがないんです。今のぼくを見て、「お前は俺とは違う能力を持っている」って父は言うけど、ぼくが父以上に優秀だとは思わないし、ビジネスのピッチに出て何百億とか集めるタイプでもないし。ここはそういう場所でもない。
藤本:お父さんの尺度のほうが、逆に今の時代にフィットするようにすら思います。
浜田:親父の根幹にある商売の物差しって、たぶん鉄とかでできてるんですよ。錆びても曲がらない、使い続けられる。それに対して今の商売の物差しって、プラスチックとかでできてると思うんですよ。透明でキラキラしていて、安くて、長さもどれだけでもできるけど、なにかあったら折れちゃうし、経年劣化しちゃう。
古くから続いているものは、それだけの価値があるっていうけど、商売の仕方も同じだと思います。虹のマートという場所もそう。みんなの土台があるから、ぼくは相撲がとれているわけで、ぼくは虹のマートの代表者ですけど、自分のものっていう意識は全然ない。みんなから役割として預かっているものを、一旦やっているだけなので、次のひとに早くちゃんと継がなきゃいけないって思います。
藤本:新しいことや新しいものに価値があると思われがちだけど、かつて新しかったものが続いて、経年劣化したときにようやく味が出る。その目線があるひととないひとの差が、たとえばチャレンジショップひとつとっても違うんだろうなって思いました。

浜田:虹のマートをやっていて、印象的だったエピソードがあるんです。ぼくが帰ってきたときに3店舗ぐらいお店がやめたって話をしたじゃないですか。それって大家的には賃料が減るので厳しいんですけど。最後に引退した魚屋のおばちゃんに、すごく感謝されて。
「大豊くん、けんちゃん(父)、ありがとう。2人のおかげで誰にも迷惑かけずに店をたためた」と。このままだったら、売り上げも上がらなくなって、借金して、高齢なのでどちらかが亡くなったりして、みんなに迷惑をかけて辞めなきゃいけなかったのが、2人のおかげで、お金があって体が動くうちに、きれいなタイミングで清算できたって話を聞いて。場所貸しって、「看取るひと」でもあるんだなと思ったんです。
藤本:そうかあ。
浜田:店もひとと一緒で、生まれる店があるなら、なくなってしまう店もあるわけで。新しく生まれることに価値が置かれがちですけど、ちゃんと終わらせてあげて、ちゃんと看取って供養する役割も、この館にはあるんだなと思って。すごく印象的でした。
藤本:すごくいい話。
浜田:今の時代、力のある店舗ほど、こういうところに集積するメリットってないと思うし、こういう大きな箱を建てること自体が、そもそも時代的に合ってないような気もするので、館の存在意義ってあまりないのかなって思ってたんですけど。ちゃんと終わらせてあげるとか、カルチャーを継承したり、生んだりできるのはすごく大事なことだから。
この館はこういうコンセプト、こういうカルチャー、こういう背骨でやってますって、代表者が外に向けて言うのはすごく大事で、それが館に入る一番のメリット、存在意義になっていくんだろうなと思ったエピソードでしたね。

藤本:本来、生きることは死ぬこととすぐ隣り合わせにあるんだけど、普段は意識しない。でも、まだ若いと思っているぼくらでも、このあと車に轢かれるかもしれないし。
浜田:いつくるかわからないですよね。
藤本:いまはもう世の中にいないひとの姿が写真として残っているのを見ると、誰かが撮ってくれててよかったなって思う。そういう写真のすごさ、写真の価値って、今じゃなくて何十年か先にあって、建物も同じでまさに時空を超えて、何十年も超えてあるものですよね。
浜田:特に建物は、中に人間がいなくなっても残っちゃうので。ちゃんと死ねてないゾンビみたいな、死にたいと思ってるのに死ねない物件が町にありすぎて。不謹慎な言い方ですけど、誰かがちゃんと、早く終わらせてやってくれって思います。
ちゃんとなくなって、ちゃんと埋葬されたら、その上にまた誰かが何か建てられる。そうもせずに残しているのは、誰のためにもならない。たたむお店があるから、新しいお店が入れる。だから、ちゃんと看取ってあげる。ちゃんと責任とって埋葬しますからねって送ってあげるひとがいるのは、大事なんだなと思いました。
藤本:そうですよね。大きいテーマだ。いい話。めっちゃ面白かったです。ありがとうございました。
おわりに

インタビューを終えて、僕はまさに雨上がりにかかる虹を見たような、そんな気持ちになりました。
拡大することにばかり気を取られ、そのせいかどこかギスギスした状態の世の中を見ていると、頻繁に心の中に夕立が訪れるけれど、虹はそんな夕立の後にこそ現れます。虹のマートは、今の世の中で悶々とした気持ちを持って暮らすひとたちが、ふと見上げた空にかかる虹のような市場だと本当に思いました。
弘前という街にぼくは何度も訪れているのですが、ぼくはきっとこの虹を見にやってきているんだなと思います。
構成:山口はるか(Re:S)
写真:小山萌
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この記事を書いたライター
有限会社りす代表。1974年生まれ。兵庫県在住。編集者。雑誌『Re:S』、フリーマガジン『のんびり』編集長を経て、WEBマガジン『なんも大学』でようやくネットメディア編集長デビュー。けどネットリテラシーなさすぎて、新人の顔でジモコロ潜入中。








































