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「2社で働くと、社会保険はどうなるの?」「雇用保険は両方で入れる?」——ダブルワークや副業が広がるなかで、こうした疑問は働く人にも人事担当者にも共通の悩みです。実は、雇用保険は原則1か所のみ、健康保険・厚生年金は条件を満たせば「二以上事業所勤務」として複数の勤務先の報酬を合算する、というように制度ごとに考え方がまったく違います。
この記事では、二以上事業所勤務の基本と該当条件、届出の出し方と必要書類、保険料の合算・按分の仕組み、そして扶養や退職時の手続きまでを整理して解説します。2026年10月の賃金要件撤廃をはじめとする今後の適用拡大スケジュールもあわせて確認しておきましょう。
まずは、制度ごとの考え方の違いと、手続きの中心となる届出、そして今後の制度変更の見通しを押さえておきましょう。
「ダブルワーク」や「副業」で複数の会社・事業所に勤務する場合、まずは保険制度ごとの取扱いを理解しておきましょう。日本で関係する主な制度は、次の3つです。
雇用保険は、失業したときの失業給付(基本手当)などを目的とした制度で、原則として「主たる勤務先」1か所で被保険者となります。ダブルワークだからといって、2つの会社それぞれで雇用保険の被保険者になることはできません。ただし、65歳以上の人については、2022年1月に始まった「雇用保険マルチジョブホルダー制度」という例外があります(後述)。
一方、健康保険と厚生年金保険は「社会保険」と総称され、医療・出産・老齢年金などを支える制度です。ダブルワークでも条件を満たせば、複数の事業所勤務を前提とした「二以上事業所勤務」の仕組みで一人の被保険者として社会保険加入が認められます。
労災保険は、仕事中や通勤中の災害を補償するもので、事業所ごとに適用されます。ダブルワークの場合でも、A社の仕事中のけがはA社の労災保険、B社の仕事中のけがはB社の労災保険という扱いになり、ここには「二以上事業所勤務」という特別な手続きはありません。
「ダブルワーク専用」のまったく別の保険制度があるわけではなく、既存の社会保険・雇用保険・労災保険をどのように適用するかを定めたルールがある、というイメージです。
複数の事業所で勤務している人が社会保険に加入する際は、次の書類の提出が必要です。
健康保険・厚生年金保険 被保険者所属選択・二以上事業所勤務届
これらは一般に「二以上事業所勤務届」と呼ばれ、2か所以上の会社・事業所で働き、それぞれの勤務先で個別に社会保険の加入要件(短時間労働者の要件を含む)を満たして被保険者資格を取得しており、複数の報酬を合算して標準報酬月額を決定する必要がある場合に提出が必要になります。
この届出では、主な勤務先となる「選択事業所(所属事業所)」を決めたうえで、複数の事業所で働いていることを年金事務所や健康保険組合に届け出ます。
ダブルワークで社会保険への加入が問題になるとき、「二以上事業所勤務に該当するか」「この届出が必要か」を最初に判断することが、人事担当者・労働者双方にとって重要なステップになります。
短時間労働者や二以上事業所勤務者に対する社会保険の適用は、ここ数年で段階的に拡大してきました。代表的なのは、適用対象となる会社規模(被保険者数)の引き下げです。
この改正により、ダブルワークなどで複数の事業所に勤務している人も、これまでより社会保険に加入しやすくなっています。
2026年以降の適用拡大についても、2025年6月13日に成立した年金制度改正法により、方向性と時期が法律上確定しています。厚生労働省が公表している内容は次のとおりです。
まず、短時間労働者の加入要件のうち賃金要件(月額8.8万円以上)は、2026年10月に撤廃される予定です。全都道府県の地域別最低賃金が時給1,016円を超えたことにより、週20時間以上働けば自動的にこの水準に達するためとされています。撤廃後は、週20時間以上という所定労働時間の要件が実質的な判定基準になります。
次に、企業規模要件(現行は被保険者51人以上)についても、2027年10月から36人以上、2029年10月から21人以上、2032年10月から11人以上と段階的に引き下げられ、2035年10月には10人以下の事業所も対象となる予定です。あわせて、常時5人以上を使用する個人事業所は、2029年10月から法定17業種以外も適用対象となります(施行時点で既に存在する事業所は当分の間対象外)。
なお、賃金要件撤廃の施行期日は法律上「公布から3年以内の政令で定める日」とされているため、最終的な確定は政令によります。実務では、日本年金機構・厚生労働省の公表資料で最新の施行状況を確認しながら、社内ルールや手続きフローを更新していくことが必要です。
ここからは、実際にどのような働き方が二以上事業所勤務に当たるのかを、加入要件・事業所規模・具体例の3つの角度から見ていきます。
二以上事業所勤務かどうかを判断するには、雇用保険の条件と社会保険の条件を分けて考える必要があります。
この条件を満たす勤務先が複数あっても、雇用保険は主たる勤務先(主たる賃金を受ける事業所)1か所のみで加入します。2社で同時に雇用保険に加入することは、65歳以上を対象とするマルチジョブホルダー制度の例外を除き、できません。
1つの会社で働く短時間労働者について、代表的な要件は以下のとおりです。
ここで誤解が多いのは、加入要件そのものは事業所ごとに個別に判定されるという点です。複数の事業所の労働時間や賃金を合算して加入要件を満たすかどうかを見る仕組みは、健康保険・厚生年金にはありません(65歳以上を対象とする雇用保険のマルチジョブホルダー制度とは考え方が異なります)。報酬を合算するのは、それぞれの事業所で被保険者資格を取得したあと、標準報酬月額を決める段階です。
したがって、二以上事業所勤務に該当するのは、典型的には次のような場合です。
どこまでを「報酬」とみなすか、雇用見込みの考え方など、細かい判定は日本年金機構の実務に沿って行われます。迷う場合は、年金事務所や社会保険労務士に相談すると安心です。
短時間労働者や複数の事業所で勤務する人の社会保険適用では、勤務先の事業所規模が重要なポイントとなります。現在は、次のように区分されています。
二以上事業所勤務の場合も、基本的にはそれぞれの勤務先が特定適用事業所かどうかがポイントになります。たとえば、
この場合、A社を中心に二以上事業所勤務の適用を検討することになります。一方、両方とも被保険者数50人以下で、いずれも任意の適用拡大もしていなければ、原則として二以上事業所勤務による社会保険加入の対象外となります。
実務上よくあるパターンをいくつか挙げると、二以上事業所勤務や保険の扱いがイメージしやすくなります。
両社が特定適用事業所で、いずれも単独で加入要件(週20時間以上・月8.8万円以上・2か月超の雇用見込み・学生でない)を満たしているため、A社・B社の双方で被保険者資格を取得します。この場合に二以上事業所勤務届を提出し、合算した22万円をもとに標準報酬月額が決定されます。
一方、A社・B社ともに月6万円というように、各社単独では月額8.8万円に届かない場合は、合算して8.8万円を超えていても、2026年9月時点の制度では加入対象になりません。ただし、2026年10月に賃金要件が撤廃されたあとは、各社で週20時間以上であれば賃金額にかかわらず対象となります。
A社だけで社会保険の条件を満たしているため、二以上事業所勤務の手続きは不要です。B社の賃金も、A社での標準報酬月額には影響しません(一部の特殊ケースを除く)。
個人事業・フリーランス部分には雇用契約がないため、雇用保険も厚生年金も適用されません。雇用保険は会社員としての勤務先でのみ「被保険者」となります。会社を退職した際の失業給付は、原則として会社員としての賃金を基準に判定され、個人事業の収入がある場合には給付の受給条件・金額に影響する可能性があります。
会社役員にも社会保険への加入義務が生じる場合があります。また、別の会社でパートとして働いている場合は、役員報酬とパートの賃金を合算して社会保険を計算する「二以上事業所勤務」に該当することがあります。
役員の兼務は要件が複雑になりやすいため、個別に年金事務所や社会保険労務士に確認することをおすすめします。
該当することが分かったら、次は届出の実務です。選択事業所の決め方から提出先・必要書類までを確認しましょう。
二以上事業所勤務の届出を行う際には、社会保険上の「所属先」となる選択事業所を決める必要があります。選択事業所は、実務上、次の観点から判断されることが多いです。
それ以外の勤務先は非選択事業所とされ、選択事業所を通じて二以上事業所勤務届に記載されます。いずれの事業所を選ぶかは、原則として労働者本人の選択に基づきますが、実際には人事担当者と本人が協議して決めるケースがほとんどです。
選択事業所を一度決めても、その後、勤務実態が大きく変わった場合は変更が可能です。その際は「二以上事業所勤務変更届」の提出が必要になります。
二以上事業所勤務届の提出先は、選択事業所が加入している保険者によって変わります。
提出期限は、事実の発生(二以上の事業所に使用されることになった日)から10日以内とされています。届出を行うのは事業主ではなく被保険者本人である点にも注意が必要です。二以上事業所勤務の認定・標準報酬月額の決定には時間がかかることもあるため、条件を満たす可能性が生じた段階で、早めに年金事務所へ相談することが望ましいです。
提出方法には、紙での持参・郵送のほか、電子申請(e-Gov等)を利用できる場合もあります。複数事業所勤務の情報を正確に反映させる必要があるため、電子申請を使う際も事前に入力項目を確認しておくとスムーズです。
一般的に必要となるのは次のような書類です。
記入時の主な注意点は次のとおりです。
届出を怠ったり、勤務実態と大きく異なる内容で提出したりすると、後から保険料の遡及徴収や給付の不支給などの問題が生じる可能性があります。ダブルワークの実態を人事側が把握しにくいケースもあるため、就業規則や雇用契約書に「ほかの事業所で働く場合は申告すること」「社会保険に関する必要な届出に協力すること」などの条項を設けておくと実務上は運用しやすくなります。
二以上事業所勤務になると、保険料の計算方法や資格の管理方法も変わります。仕組みを押さえておきましょう。
二以上事業所勤務の場合、健康保険・厚生年金保険の保険料は、原則として複数事業所の報酬を合算して計算されます。
たとえば、A社から月11万円、B社から月14万円の賃金があり、いずれの事業所でも被保険者資格を取得している場合、合算額25万円をもとに標準報酬月額が決まり、その標準報酬に対する保険料が全体としての負担額になります。
このように、二以上事業所勤務では給与の合算で保険料が計算されるため、本人・会社ともに負担額が変わる点に注意が必要です。
合算して計算された保険料は、各事業所の報酬額に応じて按分(按分負担)されます。具体的には、
という流れになります。人事・給与担当者が押さえておきたい実務上のポイントは、次のとおりです。
按分計算自体は年金事務所側で行われますが、各事業所が正確な報酬額・勤務実態を届け出ていないと、保険料の過不足や将来の年金額に影響が出ます。
二以上事業所勤務で社会保険に加入した場合でも、資格は1つにまとめて管理されます。
なお、従来の紙の健康保険証は2024年12月2日に新規発行が終了し、2025年12月1日ですべての有効期限が切れています。現在は、マイナンバーカードを健康保険証として利用登録した「マイナ保険証」を用いるのが基本で、マイナ保険証を保有していない人には「資格確認書」が申請によらず交付されます。いずれも選択事業所側の保険者(協会けんぽ・健康保険組合)から交付され、どの勤務先で受診するときにも利用できます。
また、マイナ保険証を保有している人には、自分の資格内容を確認できる「資格情報のお知らせ」が交付されます。医療機関の窓口でマイナ保険証が読み取れない場合は、マイナ保険証とあわせてこれを提示することで受診できます。
退職時の手続きは次のように分かれます。
最後に、ダブルワークをめぐって特に相談の多い3つの疑問を整理しておきましょう。
二以上事業所勤務やダブルワークの場合でも、雇用保険は原則として1か所の事業所のみで加入するルールです。条件は次のとおりです。
これを満たす勤務先が複数あっても、「主たる賃金を受ける一の事業所」を選び、そこだけで雇用保険に加入します。2社でそれぞれ被保険者になることはできません。
ただし、65歳以上の人には「雇用保険マルチジョブホルダー制度」(2022年1月施行)という例外があります。これは、2つの事業所(それぞれ週所定労働時間5時間以上20時間未満)の労働時間を合計して週20時間以上となり、それぞれ31日以上の雇用見込みがある場合に、本人がハローワークへ申し出ることで特例的に「マルチ高年齢被保険者」となれる制度です。申し出た日からの適用となり、さかのぼって被保険者になることはできません。3つ以上の事業所で働いている場合でも、合算できるのはそのうち2つまでです。
「会社員+個人事業」の場合、個人事業には雇用契約がないため、雇用保険は会社員としての勤務先でのみ加入します。会社を退職し失業給付を受ける際、個人事業収入が一定以上あると給付に影響する可能性があるため、ハローワークで状況を説明し、指示を受けることが重要です。
二以上事業所勤務に該当するにもかかわらず、必要な届出をしなかった場合、次のようなリスクがあります。
とくに人事担当者にとっては、社会保険加入漏れや誤った社会保険加入がコンプライアンス上の問題となり得ます。ダブルワーク・副業が一般化する中で、複数事業所勤務の状況を的確に把握し、必要な手続きを行う体制整備が重要です。
ダブルワークと「扶養」「副業」の関係もよく質問されます。
また、二以上事業所勤務で自らが社会保険の被保険者となる場合、原則として配偶者の扶養からは外れることになります。扶養から外れるタイミングや、会社への申告時期を誤ると、保険料の遡及負担が発生することがあるため注意が必要です。
社会保険は会社経由での手続き、税法上の扶養は年末調整や確定申告での取扱いとなるため、それぞれ別に確認する必要があります。
日本には「ダブルワーク専用」「副業専用」の独立した公的保険制度は存在しません。二以上事業所勤務の仕組みは、あくまで既存の健康保険・厚生年金保険を複数事業所勤務に対応させるための制度です。
ダブルワークや複数事業所勤務では、社会保険加入、扶養、保険料負担、雇用保険の扱いが複雑に絡み合います。具体的な条件や事業所規模、就労形態によって取扱いが変わるため、迷った場合は、管轄の年金事務所・ハローワーク、または社会保険労務士に相談し、最新の制度と個別事情に即した判断を行うことが重要です。
※本記事は2026年9月時点の法令・制度にもとづいて作成しています。税制・社会保険制度は改正が予定されているものがあり、実際の取扱いは適用される年分や施行時期によって異なります。最新の情報は、国税庁・厚生労働省・日本年金機構および各市区町村の公式サイトでご確認ください。
(イーアイデム編集チーム)