「好きで始めた仕事なのにつらい」のはなぜ? 吉本ユータヌキさんがコーチングを受けて気づいたこと

吉本ユータヌキさん_記事トップ画像

やりたいことや好きなことを仕事に選ぶと、理想とのギャップに直面したり、好きであるがゆえに妥協できなくて苦しんだりする――しばしば聞く話です。そのうえ「自分で選んだ道だから仕方がない」「つらいなんて言ってはいけない」なんて、がんじがらめになることも。こうした状況が続き、楽しさを見出せなくなってしまうことも少なくありません。

吉本ユータヌキさんは、会社員との兼業で漫画やイラストの発信を始め、現在はフリーランスのクリエイターとして活躍しています。周囲からは理想的なキャリアを歩んでいるように見えるものの、じつはつらさを感じていた時期があるのだとか。

好きな気持ちからスタートした仕事に対して、つらさを感じている人に向けて、かつて同じ悩みを抱いていた吉本さんが、コーチングによって自分自身の本当の気持ちと向き合えるようになった体験を語ります。

※取材はリモートで実施しました。

好きなことを仕事にしたはずなのに、つらさを感じるように

まずは、吉本さんが好きな「描くこと」を仕事にしながら、具体的にどんなつらさを抱えていたのか聞かせてください。

吉本ユータヌキさん
吉本ユータヌキさん

吉本ユータヌキさん(以下、吉本) まずひとつは、収入が不安定なつらさだったと思います。

フリーランスで収入の波が激しいのに「父親はちゃんと稼いで家族を支えなければならない」という思い込みが強かったせいで、収入が少ない月は通帳を見ながら不安になっていたんです。

かといって仕事が忙しくなると、今度は家族をおろそかにしているんじゃないかと罪悪感にさいなまれ……つねに何かしらのプレッシャーを抱えていました。

会社員をしながら副業で漫画を描いていた頃は、お給料という安定した収入があったので、好きな仕事だけ受けていればよかったんです。ところが、フリーランスになったタイミングでコロナ禍がはじまり、仕事ががくっと減りました。

そうなると、安定した収入を得るために、さほど興味が強くない仕事もやる必要があるときが出てきた。

もちろん楽しさを見出す気持ちで取り組むのですが、「自分がやりたいこと」よりも「安定して稼ぐこと」を意識しはじめたのは、描くことがつらくなるきっかけだったように思います。

安定して稼ぐために、これまでとは違う方向性のお仕事も始めたわけですね。

吉本 その流れで、いままでみたいに自分に起きた出来事を描くだけでなく、創作漫画という新たなジャンルにも挑戦することにしました。

コルクというクリエイターエージェンシーに所属して、同じ新人漫画家たちと交流しながら、絵の基礎を学んだんです。

新しいことを勉強するのは楽しくはありましたが、だんだん「事務所に入った以上はみんなと同じように頑張って上を目指さなきゃ」「創作漫画を仕事にするなら、商業誌で連載を取らなければならない」などと、描くことに高いハードルを感じるようになってしまったんです。

当時の吉本さんのつらさと葛藤はTwitterで公開された漫画で描かれている
当時の吉本さんのつらさと葛藤はTwitterで公開された漫画で描かれている

好きで始めたはずなのに、いつの間にかハードルが上がってしまった……。

吉本 僕自身は絵を楽しく描けていたらそれでいいはずだったんですよね。でも、無意識のうちに「漫画家」という肩書きが重くのしかかってきて、目指してもいない山を登ろうとしてしまったんだと思います。

それに、僕に良くしてくれる編集者さんたちの期待に応えたい、という気持ちも大きくありました。そこに経済的なプレッシャーも加わって、どうするのが正解なのかまったく分からなくなっていったんです。そんな状況を少しずつ変えてくれたのが、当時の担当編集さんに提案してもらった「コーチング」でした。

当時は「コーチングって、何?」という状態だったのですが、つらさが限界を迎えていたこともあり、わらにもすがる思いで始めてみたんです。

対話によって「本当はこうしたい」が見えてきた

コーチングとは「相手の話に耳を傾け、質問を投げかけながら相手の内面にある答えを引き出していくコミュニケーション手法」といわれています。吉本さんは、どのようにコーチングを受けていったのですか?

吉本 抱えている悩みをざっとお話したら、コーチが「吉本さんはどうしたいんですか?」と聞いてくれるんです。でも、コーチが「どうしたらいいのか」を教えてくれると思っていたので、アドバイスしてくれないことに最初はモヤモヤしてしまって……。

それに、「僕はこうしたいです」と表面的な答えはできても、それが本当の気持ちなのかはまた別の話。周りの目を気にした答えしか出てこなくて、自分の本心にたどり着くには時間がかかりました。

その道のりには、例えばどんな質問や回答があったのでしょうか。

吉本 「漫画を描くのがしんどいんです」と言ったときには、コーチが「じゃあ、どんな状態になったらいいですか?」と聞いてくれました。

それで「昔は楽しく描けていたから、昔みたいになったらいいです」という答えが見つかったときに、僕は、自分らしく絵を描いているときが楽しかったんだと気づけた。

それなのに漫画家という看板を背負ってからは、周りの期待に応えたくて、やみくもに絵のスキルアップを目指してしまっていたんです。

自分が本当にやりたいこととやっていることが違っていたと気づけても、そこから軌道修正するのは、また難しそうです……。

吉本 そうなんですよね。コーチは続けて「じゃあ、周りの期待に応えなかったら吉本さんはどうなりますか?」「嫌われたらどうなりますか?」といった質問を重ねてくれました。

答えを探そうするうちに「もしかして、他人の期待に必ずしも応える必要はないんじゃない?」「“自分のため”を優先してみてもいいのかも」と思えてきて……少しずつ、自分の希望が見えてきたんです。

そして、ほとんど妄想に近いような希望でも、口に出して受け入れてもらう体験を積み重ねると、だんだん「そういう方向でやってみようかな」と思えるようになって、迷路の出口を見つけたような気持ちになりました。

コーチングは、自分のなかにある「本当はこうしたい」という気持ちを、コーチと一緒に見つけていく時間だったんだと思います。

「漫画家やめたい」と追い込まれた心が雑談で救われていく1年間(引用:吉本ユータヌキさんTwitterより)
「漫画家やめたい」と追い込まれた心が雑談で救われていく1年間(引用:吉本ユータヌキさんTwitterより

根本的な原因は、どうやら自分の「思考の癖」だった

いろいろなプレッシャーを背負って「どうしたらいいのか分からない」と感じていた状態から、コーチングで少しずつ「本当はこうしたい」が見えてきたんですね。

吉本 そもそも「どうしたらいいのか分からない」状態に陥っていたことにも、ふたつの理由がありました。ひとつは、僕が勝手に「自分はダメだからうまくいかない」と決めつけていたこと。もうひとつは「周りに迷惑をかけちゃいけない」と思い詰めていたことです。

フラットに見ればうまくいく方法を探せたかもしれないし、人に迷惑をかけても助けてもらえるかもしれないのに、そうは考えられなかった。ネガティブな自己認識も、人に迷惑をかけてはいけないという意識も、小さな頃からの「思考の癖」だったんですよね。でも、その癖を外したいまは、以前の考え方をまったく思い出せません。

思考の癖なんて、そう簡単に外せるものなんですか……?

吉本 僕も以前は「自分がネガティブなことは変えられないから、このまま生きるしかない」と思っていました。正確に言えば、いまもネガティブにとらえてしまう癖そのものは残っています。だけど、そんな自分を客観的に眺めて、深みにはまらず対処できるようになったというか……。

物事をネガティブにとらえてしまっている自分に気づいたとして、そのあとどう対処するのでしょうか?

吉本 ネガティブにとらえている自分をただ受け止めて、「いい/悪い」の判断をしないようにするんです。

例えば、先ほどみたいに「好きだったはずの漫画を描くのが楽しくない」と感じたとき、「自分がダメだからだ」とネガティブな感情が出てきてしまったら、まずは「あ、いま僕は『自分がダメだから』とネガティブに考えているな」と、いったん客観的に受け止める。

ネガティブに考えること自体は、別に悪いことじゃないと思うんです。

いわれてみれば、それは単なる受け止め方、単なる感想ですもんね。

吉本 それに、初動でネガティブなとらえ方をしたとしても、そのあとで「でも、この感情は次の作品を描くために必要なプロセスだったかもしれない」と思えたら、充分持ち直せます。

コーチに「出来事を“点”でとらえずに、全部を線でつないでいく」と教わってから、自分の状態を冷静に受け止められるようになりました。

それから、コーチからの「自分はどうしたいか?」という問いがなくても、自問自答する習慣がついたと思います。何か起きたときに「あ、いま自分はイヤだと思っているな」と気づき、その気持ちを受け止めた上で、本当にしたいことを考えてみる。

その繰り返しで、僕は自分の悩みごとを自分で解決できるんだと思えてきました。

「漫画家やめたい」と追い込まれた心が雑談で救われていく1年間
「漫画家やめたい」と追い込まれた心が雑談で救われていく1年間(引用:吉本ユータヌキさんTwitterより

「周りに迷惑をかけちゃいけない」と考える癖は、どうですか?

吉本 子どもの頃から親にそう言われて育ってきたので、これも心の中には残っています。だけど「迷惑をかけたらどうなりますか?」とコーチングで改めて聞かれると、自然と「あれ? もしかして、妻は助けてくれるんじゃないか?」と思えた。周りには優しい人たちがたくさんいるのに、自分で自分を追い詰めていただけだったんです。

いまは「しんどいこともあるけど楽しいな」と思える

好きで始めた仕事がしんどくなってしまった理由や自分の思考の癖を見つけてから、それまで抱えていたつらさはどうなりましたか?

吉本 「絵を描くのが楽しくない」というつらさは、ずいぶん解消されました。

漫画家の世界では「顔漫画(キャラクターの顔ばかり描かれているような漫画)」は初心者が描くものという声もあるし、それを脱するために絵を練習したりもしたけれど、僕が本当にしたいのは、描きたいものを自由に描くことだったんですよね。そう気づいてからは、無理やり型にはめることなく、自分らしい絵が描けるようになってきています。

それから、ついプレッシャーに感じてしまう「漫画家」という肩書きは、名乗るのをやめました。そのおかげで「漫画で上を目指さなくちゃ」「何かを表現するときは漫画じゃないといけない」といった思い込みもなくなりましたね。

肩書きは気にせず、そのときやりたいことにどんどん手を出して、自分なりの楽しい表現を追求できるのが一番だといまは感じています。

素敵な変化ですね。ただ、吉本さんのように好きなことを仕事にされた方のなかには「そもそも自分で選んだ道なのだからしんどいと言えない」と思い込んでいるケースも多いように思います。

吉本 仕事に限らず、子育てなどでも「自分で選んだ道だから」と背負い込んでしまうことがありますよね。でも、何がどう大変かなんて、経験しないと気づけない。

だから、好きで始めたことでもしんどくなっちゃうのは仕方ないし、おかしいことではないと思います。ただ、そんなふうにしんどくなったときは、信頼できる誰かに話を聞いてもらえるといいですよね。

吉本さんは、しんどいとき周りに打ち明けられますか?

吉本 いまでこそ相談できるようになってきたけれど、昔は誰にも話せませんでした。自分の暗い部分を見せるのはみっともないと思っていたし、楽しい話じゃないから迷惑をかけてしまう気がしていたんです。

それに、周りから「こうしたほうがいいよ」って答えを押し付けられると、それはそれでしんどくて……。「この人はこんなに前向きに考えられるのに、自分はどうしてこうなれないんだろう?」と、余計ネガティブになってしまうこともありました。

どうやって周りに相談できるようになっていったのですか?

吉本 コーチが、辛抱強く向き合ってくれたからだと思います。最初のうちはコーチングをしてもらっても、すっきり悩みが解決するわけじゃないんです。でもコーチをがっかりさせたくなくて、解決できたふりをしてしまっていました。

そんな僕のことを受け入れて、ゆっくり信頼関係を築いてくれたから、こちらも少しずつ心を開けるようになっていったんです。最近になって「本心で話せない時期はあったように感じてましたよ」と言ってもらいました。

はじめての美容師さんには希望をうまく伝えられないけれど、回を重ねるにつれてお互いなじんでいく感覚と似ているかもしれません。身近な人に話すのがどうしても難しければ、お金を払ってプロに助けを求めるのはアリだと思います。

自分との向き合い方も、周りの頼り方も身に付いてきて、いまはしんどくありませんか?

吉本 経済的なプレッシャーと「やりたい仕事ばかりもやっていられない」問題は、正直いまも変わらずにしんどいですね。以前、「好きなことで、生きていく」という広告コピーがありましたが、「好きなことで生きていくにはまずそのためのお金が必要やん!」と思っちゃって。

例えば、僕は2月に『「気にしすぎな人クラブ」へようこそ』という本を出しました。ものすごく売れてほしいと思っているから、いまめちゃくちゃ宣伝を頑張っています。でも、宣伝にばかり時間をかけていると、ほかの仕事ができなくて、目先の収入がなくなっちゃうんです。このバランスはすごく難しいですよね。

やりたいことはたくさんあるけど、お金のためにやらないといけないこともある。そもそも、お金を稼がなくちゃいけない状況は変わっていない……。ただ、昔の一番つらかった時期と違って、いまはこのしんどさも悪いものだととらえていません。

自分を客観的に眺めて、深みにはまらず対処できるようになったので「しんどいこともあるけど楽しいな」と思えるようになりました。その変化が、自分にとっては一番大きいんです。

取材・文:菅原さくら
編集:はてな編集部

【INFORMATION】『「気にしすぎな人クラブ」へようこそ 僕の心を軽くしてくれた40の考え方』

『「気にしすぎな人クラブ」へようこそ 僕の心を軽くしてくれた40の考え方』書影

発売中 / 1,400円(+税) / SDP刊

この本では、誰もが感じたことはあるけどふたをしてきた「モヤモヤ」「イライラ」「クヨクヨ」といった「心に引っかかっちゃうこと」の正体に気づき、「自分の本当の気持ち」や「考え方のクセ」を知るお手伝いをします!
「気にしすぎあるあるシチュエーション」の4コマ漫画と、気にしすぎ作家・吉本ユータヌキと公認心理師・中山陽平の対話を読み進めていくうちに、ラクに生きられるヒントがたくさん見つかります。

私の働き方、これでいいのかな?と悩んだら

自分の仕事ぶりを、自分で責めるな。私に必要だったのは「傷つけない」働き方
成長や成果を追い求めすぎない
「ストイック頑張りマン」をやめた|藤岡みなみ
「ストイックに頑張る」のをやめてみる
やりたい仕事が分からず「安定した生活」をしていた私が、悩んだ末に決めた今の働き方
「やりたいこと」で働き方を見直す

お話を伺った方:吉本ユータヌキさん

吉本ユータヌキさんプロフィール画像

作家。1986年、大阪生まれ大阪育ち。18歳から8年間活動していたバンドが解散し、サラリーマンとして安定を目指して歩み直した矢先に子どもが誕生。子どもの成長を残すために描きはじめた漫画『おもち日和』が集英社のウェブ漫画サイトで連載となり、のちに出版デビュー。2019年に会社員を辞め滋賀県へ移住し、漫画に専念するようになるも、変化と多忙のためメンタルのバランスを崩し「漫画家やめたい」と人生最大の落ち込み期に。そんなときにコーチングと出会い、雑談を繰り返すうちに、「他人の期待に応えるために漫画を描くことに苦しみを感じていた」と気づく。1年かけて「自分が描きたいことを描く」へと少しずつ変化し、楽しく漫画が描けるようになる。その後自身もコーチングを学び、現在は自分のように「気にしすぎ」な人が少しでも気楽に生きられるヒントになる本をつくりたいと思っている。
Twitter

最新記事のお知らせやキャンペーン情報を配信中!
<Facebookページも更新中> @shinkokyulisten