アイドルグループ「フィロソフィーのダンス」の元メンバー・十束(とつか)おとはさんに、「アイドル」から「会社員」への異業種転職について伺いました。
転職を考えるときは「他の会社でやっていけるのか」「いまの会社でもっとキャリアを積むべきではないか」など、悩みや不安が尽きません。特にいままでとは全く違った業種へのキャリアチェンジの場合は、周囲に引き留められたり「本当にいいのか」と自分にストップをかけたりしてしまうことも。
アイドルを辞めて会社員になり、タレント活動と両立することを選択した十束さんも、「積み上げたキャリアが崩れるような感覚」を味わったといいます。そんな中で「異業種転職」を決断した背景を伺いました。
アイドルも社会人も、辞めるときは「引き継ぎ」が大切
十束おとはさん(以下、十束) 私は元々、芸能界に入りたいという気持ちを持っていないタイプでした。大学生として一般的な学生生活を送り、一度一般企業に就職をしています。
ただその会社が合わなかったことから数カ月ほどで辞めて、その後は引きこもり生活を送っていて……。あるとき、好きなゲームの応援団を募集していたので、それに応募してみたら受かって、芸能活動をはじめたという経緯です。
十束 1年たってゲームの応援団の活動が落ち着いてきた頃に、「次は何をしようかな」と考える時間がありました。そこで、昔から好きだった「アイドル」の道を選ぶことにしました。ちょっと遅咲きのアイドル活動です。「一回きりの人生だから、好きなことを全部やってみたい」と思って。
十束 卒業については、2019年ごろから考えていました。最初のきっかけは、体調を崩したこと。「ファンの方に100パーセント、120パーセントのパフォーマンスを見せられないなら、アイドルという職業からは引退するべきじゃないか」という自分の考えがあって。
でも、すぐに辞めるとなると当然グループに迷惑がかかるので、自分ができる100パーセントのものを残して辞めようと思い、準備を始めました。
十束 「アイドルも会社員も変わらない。やっぱり引き継ぎって大切だな」と、身をもって感じました(笑)。やって良かったのは、私の在籍期間中に、新メンバーと一緒に練習をしたり話したりする時間を設けたこと。できるだけ活動しやすい環境をみんなでつくっていきました。
十束 はい。多くのアイドルグループさんと比べても、卒業までかなり長い時間一緒に時間を過ごして、十分な引き継ぎをできたと思います。私個人としては、理想的なかたちで卒業できました。
会社員とタレント活動の「両立」に挑戦してみたかった
十束 元々、アイドル活動と並行してプロゲーミングチーム「魚群」に所属していたんです。その活動を通して「裏方としてゲームにかかわる経験を積みたい」と考えるようになりました。いまは、ゲームやeスポーツに関するイベントの企画運営などに携わっています。
十束 まず「アイドルのセカンドキャリア」を考えたときに、会社員とタレント活動の両立をしている方がまだあまり多くないので、挑戦してみたいなと。もうひとつの理由が、長年ステージに立ってきて見えた「強み」を生かしたかったからです。
アイドルは、自分の強み・弱みと向き合う機会の多い仕事のひとつだと思いますが、活動を通じて私の強みは「あまり緊張しないこと」だと気がつきました。この力は表に出る活動でまだまだ生かせるものなので、「卒業とともに人前に出る活動が終わってしまうのはもったいないな」という思いが出てきました。
これから結婚や出産などのライフイベントがあったら、またキャリアチェンジをする可能性もあります。でも、表舞台に出られない理由ができるまでは芸能活動も続けていきたいと思い、両立を選択しました。
十束 うーん。率直に言えば、後輩たちに対する気持ちというよりも、あくまでも自分のためですね。自分の人生なので、自分の可能性に賭けてみる生き方をしたくて。
でも、人前に出る仕事を続けていれば、私が楽しんで何かに挑戦してがんばっている姿は、誰かに届くと思います。後輩アイドルに限らず、いろんな働く方に見てもらって、誰かに刺さればうれしいなと思い、発信を続けています。
昔抱いていた、キャリアチェンジへのネガティブな感情がなくなった
十束 もちろんありました。ゲーム業界に異業種転職するということに、アイドルとして積み上げてきたキャリアを一気に崩してしまう感覚を覚えて……。これからは全く違うキャリアを新しく積み上げなければいけない。大好きなジャンルだけど、最初はワクワクよりも不安の方が大きかったかもしれないです。
十束 不安には「自分で自分を励ますこと」で対処してきました。私は、思春期に学校になじめなくて。でも根が真面目だから、あまり休まずちゃんと通うタイプでした。そのときに大事にしていたのが、小さなことでもいいから、明日につながる何かを探すことでした。「今日、こんな嫌なことがあったけど、あれは楽しかったな」というように。
どんなにポジティブな人でも、ネガティブになる瞬間があると思います。そんなときでも「今日はここが良かったじゃん」「明日はこれをがんばってみよう」と、自分で自分を励ましてみる。最初は難しいと思うんですが、小さなことの積み重ねで、そういった悩みやモヤモヤとも向き合っていけると思います。
十束 「忙しそうだし、迷惑かかっちゃうからいいや。自分で決めちゃおう」と気を使ってしまうタイプです。たぶん、この記事を読んでる方にも、人に気を使いがちな方がたくさんいると思うんですが……。
ただ年を重ねるにつれて、人に相談する大切さも感じていて。アイドルを辞める時も、次のキャリアについて相談していましたし、最近は誰かに頼ることも悪いことじゃないんだなって実感しています。
十束 もともと芸能界という表舞台で活動していて、かつ、ユーザーとして「ゲーム」がとても好き。イベントの企画運営に携わっていることもあり、この2つの視点を持っていることは、自分の強みだと感じました。お客さんも出演者もスタッフも、全方向の人が楽しめるイベントをつくっていきたいなと今は考えています。
十束 ずっと体を動かす仕事をしていたので「ああ、会社員ってこんなに会議があるんだ!」と。ほぼリモートで仕事をしているのですが、こんなにPCの前から動けないんだ! って(笑)
十束 私がというより、会社の方が雇う側としていろんなことを調整して、気にかけてくれています。
私のような働き方は、会社としてもまだあまり前例がないので、みんなで手探りでがんばっている途中という感じで。私も会社も、お互いにとって良い関係を模索している最中です。これが良い感じに整っていけば、私の後に続く人が出てくるかもしれない。これからが楽しみですね。
十束 でも、いまは以前よりも「がんばらなきゃいけない」という思いがなくなったんです。そのぶん、力を抜いて伸び伸びと働けていると思います。良い意味で考え過ぎずに「会社員とタレント、どちらもがんばってみよう」と楽に構えられている。
十束 そうですね、アイドルになる前に企業に就職・退職したときの私はもっとネガティブだったので。世の中では「有名で安定した会社に入ること」や「同じ場所で最低3年はがんばること」などが良しとされているじゃないですか。そんな無意識の思い込みが私にもありました。
だけどいまは、いろんな経験を踏まえて、「自由に、自分自身がやりたいことに正直に生きる」という生き方でもいいんじゃないかと、考えが変わりました。
十束 そうですね。いま「キャリア」に興味があるので、キャリアコンサルタントの資格を取るつもりなんです。新しい業界に飛び込める柔軟な気持ちを持っていれば、自分の可能性の枝葉がどんどん広がっていくようなキャリアチェンジができると思うようになりました。
誰にでも「挑戦」できる権利がある
十束 生かせる経験だらけです! どこにでも出ていける力や場数をこなしただけの対応力は、アイドル活動ならではのもの。初対面のどんな人ともお話しできたり名前を覚えるのが早かったりするのは、ファンの方とたくさんお会いした特典会のおかげです。
イベント企画などでは、演者の気持ちと裏方の気持ちの両方が分かるので、会議で「演者だったらここが引っ掛かると思います」と発信できる。何事も、全部生きていますよね。
十束 もう、アイドルをやっていて良かった! と思うことばかりの毎日です。アイドル活動は「人とかかわって、自分の良いところを最大限に発揮する仕事」だと思うんですが、その力ってどんな会社に行っても求められる能力ですから。
十束 「自分の好奇心を無駄にしない」です。やってみたいと思えるものができたら、挑戦し続けてみる。でも、逆のことを言うようですけど、やりたいことを仕事にする必要は全然ないとも思います。
例えば、「お金をたくさん稼ぎたい」「絶対に定時に帰りたい」もすごく良い軸だと思うんですよね。全部の条件をクリアできる仕事って、世の中にはない。何かしら妥協はしなければいけないので、「自分が一番大切にしたいものは何か」を見失わないことが大事だと思っています。
十束 私の場合は、休日については気にしていません。平日に仕事をしていても、土日にイベントMCなどの仕事が入れば喜んで出かけていく。プライベートな時間も自分の仕事や活動にあてています。
私にとっては苦じゃないのですが、友だちには「その働き方でいいの?」と言われて、多分心配をかけているし、変なヤツだと思われています(笑)。
十束 悩んでいる方って、基本的にがんばり屋さんの人が多いんじゃないかと思うんです。5年先、10年先まで考えてしまう真面目な方もいると思うんですけど、「いま」の自分の気持ちを正直に受け止めること。そして、とりあえず今日をがんばる。今日をがんばれたら、明日もがんばってみる。
一日ずつを積み上げていけば、無理に遠い未来のことを考えなくても、未来はつくっていけます。悩み過ぎずに、いま自分が何をやりたいかとか、大切にしたいかという気持ちを一番大事にしてほしいです。
その先、もし辞めたくなったり他のことに挑戦したくなったりしたら、誰がなんと言おうとあなたには挑戦する権利がある。最終的に自分には何が合うのかというのを、10年、20年かけて探していけばいいんじゃないかな。
取材・文:むらたえりか
撮影:小野奈那子
編集:はてな編集部
「転職したいけど、不安……」と悩むあなたへ
お話を伺った方:十束(とつか)おとはさん