「ストイック頑張りマン」をやめた|藤岡みなみ

 藤岡みなみ

ケーキとコーヒーでゆったりした時間を過ごしている様子

働いていると、周囲の活躍する人の姿を見て「自分の頑張りが足りないのかな」「もっとストイックにやらないと」と思ってしまうことはありませんか。

そのストイックさがプラスになることもあるかもしれませんが、日常生活で一息つく時間もなくしてしまっているとしたら、少しだけ自分の状態を振り返ってみてもいいかもしれません。

文筆家、ラジオパーソナリティなど幅広い活動をしている藤岡みなみさんもかつては自身を「ストイック頑張りマン」だったと語ります。誰かと過ごす時間も惜しんでいた藤岡さんですが、ある出来事をきっかけにストイック頑張りマンであることをやめるように。その代わり、かつて自身がおざなりにしていたことを少しずつ大切にするようになります。

誰かの「やめた」ことに焦点を当てるシリーズ企画「わたしがやめたこと」最新回更新です。

***


「絶対やり遂げる」「妥協しない」「限界まで頑張る」

10年以上前、私の手帳にはこんな言葉が並んでいた。日々の予定のほか、月単位・週単位の目標がぎっしりと書き込まれ、ほとんど隙間がない。

当時はオフの時間も制限しずっとオンの状態で、ひたすら頑張ることにこだわっていた。

あの頃の私は何に追い詰められていたのか。なぜ「ストイック頑張りマン」だったのか。

とにかくストイックだった幼少〜学生時代

生まれ持った負けず嫌いな性格だけでなく、環境的な要因もありそうだ。

まず幼少期に子役として活動していたことが思い当たる。親に「役者になりたい」と伝えて児童劇団に入所させてもらったのだ。

子役の世界は厳しい。受けても受けても合格しないオーディションの日々。

ミュージカルなどは特に過酷で、他の候補者の前で課題の歌や演技を披露し、その日のうちに合格者の番号が壁に貼り出されることもあった。劇団の友人だけが次の選考に進み、帰りの電車で泣いた。常に露骨に比べられる。実力者はわんさかいた。

審査員は目を光らせ、ほんの5歳くらいの子にも「泣くなら出ていってください」なんて言ったりする。高音が出ないのも、ダンスが覚えられないのも、感動的なシーンで涙が流れない時も、全部自分の頑張りが足りないからだと思った。

子役として活動していた頃

子役として活動していた頃

高校時代チアリーディングの強豪校にいたのも、ストイックさに磨きをかける経験だったかもしれない。人を応援するスポーツなのだから、苦しい時でも笑顔でなければいけないという信念のもと、体育館にはいつもストイックな掛け声が飛び交っていた。

「諦めないよ!」「つらいときこそ笑顔!」「妥協したら終わりだよ!」。筋トレをしながら血管の浮き出た笑顔で仲間と励まし合う。美しい光景だなとも思う。人生のほんの短い時間、こういう極端な世界観に身を置けたことは面白かった。ただ、全ての人にこの努力の仕方が合うとは今は思わない。妥協せずに力を出し切った結果、倒れたり筋を切ったりする部員も多かった。

チア部の過酷な練習の山場といえば毎年恒例の夏合宿だった。最もつらいのは、体育館の中を筋トレとランニングで回り続けるサーキットというトレーニングだ。その時、必ずゴリゴリに低音の効いた強そうなダンスミュージックを流すのがしきたりだった。このBGMがさらに気持ちを沈ませる。「つらくないと努力ではない」という感じがした。

学年が上がった翌年の夏、サーキットのBGMをこっそり『勇気100%』に変えたら、気分が上がって走るのも少し楽しかった。なのに、OGに速攻ゴリゴリソングに戻されてしまったのは今でも忘れられない。そういえば、「No pain, no gain(痛み無くして得るものなし)」というフレーズが書かれた部活Tシャツを作ったこともあった。

大学卒業後も「今」を楽しむ余裕が持てなかった


幼少期や10代の頃のストイックさが身に染み付いていたのか、その後もそんな価値観を自分に強いていた。痩せたくて、電車に乗らずに往復3時間かけて徒歩で大学に通っていた時期もある。朝5時からパン屋さんやコンビニでアルバイトをし、眠気と戦いながら授業を受け、放課後は勉強会やワークショップに参加した。

社会人になってからも、家族や友人と遊ぶ時間をもったいなく感じ、休日にも自分が成長できると思える予定を詰め込んでいた。いやなやつだったと思う。

学生時代から続けていたテレビやラジオの仕事も、エッセイストとしてのキャリアも、20代のうちに実績を上げなければそれより先はないと信じていたのだ。

楽しいのは新しく仕事をもらえた瞬間だけで、打ち上げは無意味だとも考えていた。ああ、本当にいやなやつ。

常に何かしていないと不安で、今この瞬間を楽しむ余裕もなくて、自分のことが好きではなかった。でも何か成し遂げて目覚ましい実績さえ手に入れば、一気に楽になるのかもしれないと思っていた。

縄文時代とボドゲの出会いがもたらしてくれたもの


そんな私がストイック頑張りマンをやめたきっかけになったのは、縄文時代ボードゲームとの出会いだ。

そんなことで? と思われるかもしれない。

でも多分、これらが大きいのだ。

26歳の時、縄文時代にハマった。きっかけは北海道で「中空土偶(ちゅうくうどぐう)」と出会ったこと。その後あらためて縄文時代を知っていくと、土偶にも土器にも、暮らしの手触りがあることに気付いた。

うねるような装飾や、人間でも動物でもない生き物。道具とは生活を便利にするための合理的なものだと思っていたが、縄文時代の遺物には合理性よりも芸術性や豊かさを感じた。

時間を節約するためにいつも駅のベンチでパンをかじっていた私は、縄文人にビンタされた心地だった。損得や合理性だけを求めて生きることで、暮らしを失っていた。

縄文時代にハマり数年たった頃


同じ頃、友人にボードゲームを勧められた。身近にボードゲームの伝道師のような人物がいたのだ。定番ゲームの何倍も面白いアナログゲームがこの世にはこんなにあるのかと衝撃を受けた。

20代前半までの私は、時間を作って友人と会うのならば必ず深い話をしなければならないと思っていた。深い話ってなんなんだ。今思うとダサくて仕方がないが、でも当時は本当にそう考えていた。話題は常に、いま何を目標にしていて、どう頑張っているか。どんなことをしていたら仕事がうまくいったか。課題は何か。

よく考えれば深い話でもなんでもない。こうした会話の結果、友人は頑張っているのに自分はまだまだ足りない、と落ち込むことばかりだった。

ボードゲームには「深い話」は必要なかった。久しぶりに友人と会うと、置かれている状況が違いすぎて話が続かないときがある。仕方なく仕事や恋愛事情などを話さざるを得なくなり、それもしんどかったりする。しかしボードゲームがあれば、誰もプライベートの話をせずに何時間でも一緒に楽しく過ごす事ができた。

正面から向き合わなくてもいい。一緒に時間を過ごせればいいのだ。ボードゲームはあまりにも楽しかった。

モロッコの市場を舞台にしたゲーム『マラケシュ』

モロッコの市場を舞台にしたゲーム『マラケシュ』

「深い話」は必要ないと書いたが、かといってこれが浅いコミュニケーションだとも思わない。良いゲームには世の中の真理が詰め込まれていて、暗殺者になったり、幽霊になったり、セールスマンになったりして友人や家族と関わるのは、新鮮で豊かな時間だった。

なぜこれまでの私は誰かと楽しく過ごすことを禁じ自分を追い込み続けていたのか、全く意味がわかんないな、と思った。実はこのとき初めて、いまこの瞬間を生きるということができるようになったのだった。

ストイック頑張りマンをやめて気付いたこと

生活は美しい。人生とは、成果ではなく瞬間のことだ。損得勘定で生きていたらそのことを見失う。

そして私は、ストイック頑張りマンをやめてみることにした。

自己実現のための行動に専念するのではなく、暮らしや周囲の人との時間を大事にするようになった

一人での食事でも箸置きを用意してみたり、夏至の日の長さを感じるためだけに散歩に行ったりすること。クリスマスにちゃんとツリーを出して、仕事を入れずに静かに過ごすこと。

それは自分を焦りから解放しただけでなく、仕事にもむしろいい影響をもたらした。頑張るのをやめたというと、甘いとか、諦めたとか、だらしないというイメージがあるかもしれない。しかし今の私は、ストイック頑張りマン時代よりも自分を正当に律しながらポテンシャルを発揮できている気がする。「頑張る」の定義を捉えなおそうと思った。

まず最初にしたのは、違和感をおぼえる環境からはすぐに離れるようにすることだった。これまでは少しくらい価値観が合わなくても、とにかく適応することが強さや努力だと思っていた。

耐えて結果が出れば状況は好転するはずと信じていたが、耐えるのはやめた。手放すのは勇気が必要だけれど、そうすることで結果的にもっと自分らしい仕事が舞い込むようになり、気の合う仲間とも出会いやすくなった。

仕事をしているイメージ

耐えたり我慢したりすることは、私の場合思ったほど成果につながらない。むしろ無駄なストレスに惑わされ、実力が発揮できなくなる。それは環境だけでなく自分自身へのスタンスも同じで、「諦めるな」「食いしばれ」なんて鼓舞しても私は元気が出なかったのだ。それで元気が出る人はそれでいい。

私は自分に「めっちゃ頑張ってるやん」「もう寝ちゃおうよ」と言ってあげる方が、「偉いよなぁ。もうちょっとやろかな」とやる気が出るタイプだった。

「頑張る」って曖昧すぎる


こういう話をしていると「頑張ることを否定するな」と言われることがある。否定しないし、ストイックに頑張りたい人は頑張ってください。めっちゃ応援します。とはいえ、「頑張る」という言葉の定義はこの社会において無責任で曖昧だよなと思う。

ある人が100の力で成し遂げることを、ある人は20で成し遂げられるかもしれないし、その差はあんまり考慮されない。本人の努力で結果が出ても、楽しそうにしていたら頑張っているように見られなかったりする。

「頑張る」という言葉には、苦しむ、我慢する、かじりついてコツコツやるみたいなイメージがこびりついている。定義も条件もバラバラなのに、苦痛ばかりが美徳とされる価値観はあまり健康的とは言えないだろう。すべては本人の素質、環境、タイミングなどによる。自分でも簡単に乗りこなせないし、ましてや他人がジャッジできるものでは決してない。

例えば、私は大学生の時に過酷なダイエットをしたが、どうしても体重が思うように落ちなかった。しかし去年、かなり気楽に減量できた。どう考えても大学生の時の方が「頑張って」いた。同じ自分なのに、タイミングが変わるだけでこんなにも違う。

なぜ気楽にできたのかといえば、「頑張った」のではなく「調子に乗った」からかもしれない。

私は現在、自分をストイックに追いこむのを辞め、いかに調子に乗らせるかに注力している。うまくいっていない時よりも、少しでもうまくいっていると思えた時の方がやる気が出る。調子に乗せようとしても乗ってくれない時もたくさんあり、その「ままならなさ」を自分の弱さと思うか面白さと思うかで、日々の充実感も変わってくる気がする。

耐えるんじゃなくて、すこやかでいてね

鞭を打つように自分を追い込み周りのことも見えていなかった私が、今ストイックさの代わりに大事にしていることがある。それは、調子に乗ることと休憩とねぎらいだ。

原稿を書きはじめた時点で自分を褒める。やりはじめたならもう8割完成したようなものだよ、と言ってあげる。いいぞいいぞ自分、とひたすら盛り上げる。

今日は仕事しません、と宣言して河原で花輪を作る日もある。毎日歯を食いしばって生きていても仕方ないとわかったら、花で遊べるようになった。

花のイメージ

仲のいい友人とメッセージのやりとりで「早起きするなんて偉人すぎる」「偉すぎて銅像が建つよ」などと毎日のように励まし合ったりもしている。こんな些細なことが、私にはものすごく重要だった。

頑張っても頑張らなくてもいい。頑張らないのは甘えではないし、甘えだったとしてもいい。ストイックでもストイックじゃなくてもいい。世の中では「頑張れ」が「耐えろ」の意味で使われているように感じるときがあり、少しおそろしくなる。いまの私が誰かに「頑張ってね」と言うなら、「すこやかでいてね」の意味で言いたい。過去の私へ。あんまり我慢しないでね。

編集:はてな編集部

著者:藤岡みなみ

藤岡みなみさんプロフィール画像

1988年生まれ。文筆家、ラジオパーソナリティ。遺跡巡りや読書は現実にある時間旅行では? と思い、2019年にタイムトラベル専門誌店「utouto」を開始。著書に『シャプラニール流 人生を変える働き方』(エスプレ)、『藤岡みなみの穴場ハンターが行く! In 北海道』(北海道新聞社)、『ふやすミニマリスト』(かんき出版)、『パンダのうんこはいい匂い』(左右社)がある。
WebTwitter

りっすん by イーアイデム Twitterも更新中!
<Facebookページも更新中> @shinkokyulisten