「相手の話を聞くだけ」では意味がない、と思うのをやめた|藤田華子

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誰かの「やめた」ことに焦点を当てるシリーズ企画「わたしがやめたこと」。今回は、編集者の藤田華子さんに寄稿いただきました。

実家の家族に毎日電話をし、ときには高額な贈り物をしても、どうしても家族を大切にしている実感が持てなかったという藤田さん。周りからの「話を聞くだけでいいんだよ」というアドバイスにも半信半疑だったものの、「ただ話を聞くこと」の難しさや深みを知るにつれ、徐々に「聞く“だけ”なんて意味がない」という考え方から脱却していったといいます。

「聞くだけ」も愛情表現である、と思えるようになるまでの過程を書いていただきました。

***

どうすれば、大切な人を大切にしていると思えるだろう?


驚かれることが多いのだけれど、私はほぼ毎日、離れて暮らす母と祖母に電話をかける。朝か夜に10分ほど。「元気?」とか「晩ごはん何食べた?」とか、他愛もないことを喋るだけ。

友人はそんな私を不思議がる。詳細は忘れてしまったが、いつか情報番組で「どれくらいの頻度で実家に電話するか」というアンケートを取っていたのだけど、毎日電話する人の割合は全体のたったの数%だったのだからレアケースなのだろう。

とはいえ、家を離れた当初は違った。遊び呆けて何週間も音信不通状態になり、心配した母が私の安否を確認するため上京してきたこともある(なんたる迷惑娘!)

電話が日課になったのは、歳を重ね、日常の尊さを実感するようになってからだ。家族や友人たちと一緒に食卓を囲み、笑いながら美味しいものを食べる時間は永遠ではない。ドラマ『大豆田とわ子と3人の元夫』で、とわ子が親友と死別してから、まわりの人に「ちゃんと野菜食べてる?」と頻繁に尋ねるようになったくだりに静かに共感した。

特に最近は、流行病のおかげで人に会えない期間も長かった。
久しぶりに帰省したらTVの音量が大きくなっていて、家族の老いを突きつけられ胸が痛んだ。当たり前だけど、電話で声を聞いていても、会わないと気づけないこともある。

そこから、私はギアを上げた。
電話だけではなく、美味しいものや手紙を送る。今年の春は、祖母の介護と仕事で忙しい母に乾燥機付き洗濯機をプレゼントした。家族が落ち込んでいた夏には、癒しになればと愛玩ロボットを贈った。どちらも私の稼ぎには見合わない大きな買い物だったけど、お金は、また貯めればいいやと思った。

幸いにも家族はとても喜んでくれているようだ。好きなアイドルにお布施をする人がいるように、私は家族のためにお金を使えて心底うれしい……はずなのに。
「家族を大切にしているぞ!」と思えないのはなぜだろう。日課の電話も、贈りものも、心を込めてしたことなのに。

「話を聞くだけでいいんだよ」と言われましても


この話をすると、大半の人は加速する私をなだめるようこんな言葉をかけてくれる。

「側にいるだけでいいんだよ」
「話を聞くだけでいいんだよ」

……出たっ!と私は身構える。
これは私にとって、難しいランキング上位に殿堂入りしている教えたちだからだ。
人が人にできることは意外と少ないし、自分の小ささも分かっているつもりだけど、「いるだけ」、特に「聞くだけ」で終わらせるのはどうもバツが悪い気がしてしまう。

こんなふうに思う理由の一つに、仕事で置かれている環境が思い当たった。

私はふだん、クライアントとコミュニケーションを重ね、さまざまな手法で企業の課題解決を目指す仕事をしている。クライアントから話がしたいとお声がけいただくのは、私たちに何かを期待してくれているというサイン。売り上げを倍にしたいと相談され、「それは大変ですねぇ」と呑気に共感して終わらせるわけにはいかないのだ。何かしらの解決策を提示することで、私がいる意味が生まれる。

これは、オフのシーンでも、何かを「ギブしていたい」と思う要因のひとつだと思う。

あるとき、会うたびにハンカチやお菓子などちょっとしたギフトをくれる友人に、「うれしいけど、会えたらもうハッピーだから気を使わないで」と話したことがある。友人は「何かをギブしてないと、与えてもらっているばっかりに思えて不安になるんだよね」と困ったように笑った。それを言ったら、私だって何かを提供できているとは思えないし、「友だちだから、GIVERとTAKERという関係じゃなくていいんだよ」と話した。

この一件は、私も同じように“ギブしていたい”という気持ちに囚われているのではないかと気付かせてくれた大きな出来事だった。

たぶん、周りの人が私に言っているのは、同じことだ。

「いるだけ」「聞くだけ」は、損得を抜きにしたコミュニケーションなのだから、何も提供できないからといって存在は危ぶまれない。そしてもちろん、何もアクションを起こせないからといって自分を責める必要もない。人間はつくづく社会的な生き物なんだなあと思いながら、友人への言葉を自分にも言い聞かせるかたちで、すとんと腹落ちした。

『モモ』に、聞き上手の友人に、エーリッヒ・フロム。師匠たちの教え


それから私は「聞く」という行為に関心を寄せるようになり、何人かの師匠に出会った。

ひとりは、ミヒャエル・エンデの『モモ』。時間泥棒と、盗まれた時間を人間にとりかえす女の子モモの物語を通して、私たちにとって時間の意味を問う名作だ。こんな一節が出てくる。

小さなモモにできたこと、それはほかでもありません、あいての話を聞くことでした。なあんだ、そんなこと、とみなさんは言うでしょうね。話を聞くなんて、だれにだってできるじゃないかって。
でもそれはまちがいです。ほんとうに聞くことのできる人は、めったにいないものです。
(略)
モモに話を聞いてもらっていると、ばかな人にもきゅうにまともな考えがうかんできます。モモがそういう考えを引き出すようなことを言ったり質問したりした、というわけではないのです。彼女はただじっとすわって、注意ぶかく聞いているだけです。その大きな黒い目は、あいてをじっと見つめています。するとあいてには、じぶんのどこにそんなものがひそんでいたかとおどろくような考えが、すうっとうかびあがってくるのです。

ミヒャエル・エンデ『モモ』(2005, 岩波少年文庫, 大島かおり訳)岩波書店 p.23-24

こういうことなのかと膝を打った。「聞く“だけ”でいい」なんていうと簡単なことのように響くけれど、そもそも簡単ではないんだ。そして話すだけで見えてくるものがあるのは、私も身に覚えがある。

さらに聞き上手の友人は、「相手の話を自分の話にすり替えないこと」「解決策を出そうとしないこと」を心がけていると具体的なアドバイスをくれた。

なるほど……でも、それが難しい……!聞くって、意外とテクニックが必要なのかもしれない。そう思っていたところ、今度は哲学者エーリッヒ・フロムの名著『愛するということ』を読む機会があった。

「愛は技術であり、学ぶことができる」
「愛の技術を習得するには練習と努力が必要」

これだ……! それまで私は、話を聞くことはただ受け身でいる行為で、積極的な愛情表現の形ではないと思っていた。でも、聞く“だけ”といえど、壁のようになるのではなく、集中して相手の置かれた状況を想像する。すると、見える景色が変わってくるのだ。大切な人に寄り添いたい、そのためにまず必要なのが聞く技術なんだーーどうやら私は、大きな思い違いをしていたようだ。

「聞く“だけ”」で、じゅうぶん人を大切にできる

いまでは、「聞く」ことは愛情表現のベースにあると思う。忙しいと呟く母は、どんな生活を送っているのか。視力を失いつつある祖母は、老いとどう向き合っているのか。想像したいから、相手が話している最中に言葉を被せてしまうことが減ったように思う。

そうして、存分に相手の話を聞くことが愛情表現になると気づき、なんとなくやってみた頃、私は懲りずにまた実家に贈り物をした。すると、これまでにないほどの厚い感謝のLINEが届く。高額な洗濯機よりも愛玩ロボットよりも喜ばれたのは、1000円の、栗の皮を剥くハサミだった。

母は、ドラマチックな生活の変化を望んでいたわけではなく、目の前にある栗の山をどうにかしたかったのだ。手の差し伸べ方が変わり、よかれと思ってやってきたこと(思えば、私の独りよがりだ)を、徐々にやめることができた。

エーリッヒ・フロムの言葉を聞くと、愛する技術はずっと、生きている限り磨いていくものだと感じる。だとしたら、大切なひとを大切にしていると胸を張れたと満足する時期は、なかなか訪れなさそうだ。話を聞いたり、贈り物をしたり、感謝を返すって楽しいなーーそんなことを人に話し、私は今日も人の話に耳を傾ける。

編集:はてな編集部

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著者:藤田華子

藤田華子さんプロフィール写真

編集者。東京、那須、黒磯の3拠点生活中。企業のコンテンツ制作をするかたわら、『Hanako.tokyo』や『暦生活』『将棋連盟公式サイト』で連載を執筆。趣味は季節の青果を用いたシロップ作りとピクニック、将棋、読書。株式会社RIDEにいます。

Twitter:@haconiwa_ohana

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