将来への不安、ライフステージの変化。映画ライターが選ぶ、悩み多き私たちに寄り添ってくれる映画

月永さんトップ画像

「このまま今の仕事を続けてもいいのだろうか?」
「ライフステージを順調に進んでいる友人を見ると焦る」
「子育てに追われて、パートナーとのコミュニケーションがうまくいかない」

大人になっても、仕事や恋愛、生活の悩みは尽きません。特に昇進や転職、結婚、出産など、周りや自身に大きな変化が起こりやすい30代前後は、「このままでいいのだろうか」という焦燥感にも似たモヤモヤを抱えがちな時期といえそうです。

そんなとき、映画や物語の中に共感を求める人もいるのではないでしょうか。今回は映画ライターの月永理絵さんに、大人が抱く悩みに寄り添ってくれる5作品を紹介いただきます。
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時々、自分の仕事への向き合い方を、ふりかえりたくなる。大学を卒業し、出版社で働き出したのが20代。30代を過ぎてから会社をやめ、流されるままに働くうち、気づけばフリーランスのライター/編集者としてどうにか暮らしていけるようになった。

今の仕事に不満はないけれど、本当にこのままでいいのか、何か変化を起こしてもいい頃じゃないか。もうすぐ40歳を迎える年になり、時おりそんなことを考えるようになった。

仕事にかぎらず、年齢を重ねるにつれ、自分の人生はこれでいいのかと、言いようのない焦燥感を抱きはじめる人は少なくないはず。今回は、そんな迷いを抱いたとき、少しだけ気持ちが前向きになったり、寄り添ってくれたりする(かもしれない)映画作品を紹介したい。


「今の仕事って本当にやりたいこと?」と悩んだら

韓国映画『チャンシルさんには福が多いね』は、まさに40代を迎えた女性が抱える、仕事に対する疑問や不安を扱った映画だ。主人公は、映画プロデューサーとして、これまで数々の映画を手がけてきた女性チャンシル。彼女の人生は、長年一緒に仕事をしてきた著名な映画監督が急死したのを機に一変する。それまで監督と一緒にしていた全ての仕事を失ってしまったのだ。自分は有能なプロデューサーだと認められていたはずなのに、と呆然とするチャンシルに、周囲は冷たく言い放つ。「あなたの居場所があると思う? 監督があってのあなただったのに」。

ショックを受けながらも彼女は自問する。確かに私は、監督がつくる映画を陰ながら支えるサポート役だった。監督がいなくなった今、自分には何ができるのだろう? そもそも自分が本当にやりたかったことは何なのか?

実はこの映画、1975年生まれの監督キム・チョヒの実体験をもとにつくられた(もちろん、監督の急逝、という大事件はあくまでフィクション)。彼女は、世界的に有名な映画監督ホン・サンス監督のもとで演出助手として働き、その後はプロデューサーとして彼を支えてきた。だが40歳を超えたある日、キム・チョヒは、本当にこのままでいいのかと立ち止まってしまったという。

そこでプロデューサー業をすっぱり辞めた彼女だが、いざ辞めてみると、貯金はなく、新しい仕事につく技術も資格もない。いったい自分に何ができるのかと途方にくれるうち、次第に自分が撮りたい映画の話、このチャンシルという女性をめぐる物語が生まれてきたという。

ずっと映画一筋だったチャンシルには、生活を支えてくれるパートナーもいなければ、十分な貯金もない。仕方なく、彼女は安い下宿に引っ越し、知り合いの若い女優のもとで家政婦の仕事につく。そうするうちに、映画監督を目指す魅力的な年下男性と出会い、久々の恋に浮かれ始める。と思ったら、すでに亡くなったはずの香港スターを名乗る謎の男が現れたりもする。個性的な周囲の人々に振り回されながら、彼女は徐々に自分の人生を振り返り、新たな道を見つけていく。

私がこの映画が好きなのは、どれだけ苦境に立たされても、チャンシル本人が「私は本当にだめな人間だ」なんて自分を卑下したりはしないところ。思うようにいかないことに落ち込みため息をつきながらも、彼女は「とにかく生きていかなきゃ」と胸を張り、前へ前へと進んでいく。そうして、ゆっくりと自分が本当にしたかったこと、望んでいたことを探し出す。

たとえ人よりスタートが遅くなろうと、自分がようやく見つけた本当の望みを大事にしよう。そんな彼女の飄々とした強さ、何かを信じるひたむきさが、この物語を明るく照らしてくれる。46歳で監督デビューをしたキム・チョヒ監督だからこそつくれた映画。今の仕事に、ふと迷いを感じてしまった人に、ぜひ見てほしい。


子育てをめぐり、パートナーとの関係に悩んだら

やるべきことが多過ぎて、やってもやっても終わらない。誰かに頼りたいのに、周囲の人には頼れない。仕事の場でも十分つらい状況なのに、それが家庭での日常だったらもっと絶望的だ。ジェイソン・ライトマンが監督した『タリーと私の秘密の時間』では、そんな家庭内での絶望を見事に描きだす。主人公は、二人の子を育てながら、三人目の子を妊娠中の女性マーロ。このマーロという女性が置かれた環境の過酷さがとにかくリアルだ。

頑張り屋のマーロは、三人目の子供が生まれたあとも、仕事に家事に育児にと全てをひとりでこなそうとし、徐々に追い詰められていく。見かねた兄からの助言に従い、ついに彼女はタリーという若い女性をベビーシッターとして雇うことに。不思議なことに、タリーは夜だけ限定だという。それでも、みんなが寝付いたあと、タリーが赤ん坊の面倒を見ながらたまっていた家事を片付けてくれるようになり、マーロは昔の元気な自分を取り戻していく。

さて、ここまで読んで不思議に思う人もいるかもしれない。マーロはシングルマザーなのだろうか? だからこれほどひとりで全てを抱え込んでいるのだろうか? 驚くことに、彼女には一緒に暮らす夫がいる。そして彼は決して悪い夫ではない。仕事をまじめにこなし、彼女に優しく接し、お願いすれば家事も手伝ってくれる。

でもいつも仕事で疲れている夫に、マーロは助けてほしいとは言い出せず、彼もまたそんな彼女の悩みに気づいてくれない。この夫は、元々完璧主義でパワフルな女性だった妻は、たとえ三人の子供を抱え働いていようと大丈夫なはずだと、呑気に思い込んでいるのだ。

映画の公開当時、妊娠で体型が大きく崩れた主婦役を、女優のシャーリーズ・セロンが臨場感たっぷりに演じたことでも話題となった。以前の自分と大きく変わってしまった自分を受け入れるのは確かにつらい。でも何より苦しいのは、自分の痛みを、身近な人たちが気づいてもくれないことだ。愛しているはずの夫は、なぜ助けてくれないのか。家族の無理解がマーロを追い詰め、だからこそタリーの出現が彼女を救うのだ。その関係が、やがて思いもかけない展開を迎えるとしても。

もうすぐ公開される『セイント・フランシス』(8月19日公開)という映画でも、『タリーと私の秘密の時間』と同じように、子育てに追い詰められる女性の姿がリアルに描かれる。主人公は、子供が産まれたばかりのレズビアンカップルの家でナニーとして働くことになるブリジット。彼女の目には、この家族は、裕福でみな仲がよく、何の問題もないように見える。

でも子供を産んだばかりのマヤは、何をしてもうまくいかず、産後うつを患ってしまう。パートナーとの間には愛情があり、支えてくれるナニーもいる。自分の子だってもちろんかわいい。それでもひとり追い詰められていくほどに、育児というのは過酷な仕事なのだ。育児経験のない私ですらそう思うのだから、子育て真っ最中の人から見れば、もっと切実だろう。

そんな人は、映画のなかで同じ悩みを抱える人々の姿を見ることで、家族との関係を見直すきっかけになるかもしれない。

傷つくのがこわくて、変化を起こすのに躊躇してしまったら

他人と一緒に生活をするのがこれほど大変なら、ひとりでいる方がずっと楽だとつい考えたくなる。でも本当に孤独で生きるのは難しい。恋愛にかぎらず、ときには誰かと話をし、楽しみを共有したくなる。ひとりでも十分幸せ。だけどもしその幸せをふたりで共有できたら、また別の未来が待っているかも。

綿矢りさ原作、大九明子監督の『私をくいとめて』は、そんな複雑な心情を抱えた31歳の女性みつ子の日常をたっぷりと見せてくれる。みつ子は、平日はそつなく仕事をこなし、休日になるとひとりで美味しいご飯を食べ歩いたり、日帰り旅行へ出かけたり、「おひとりさま」生活を満喫している。長らく恋人はいないが、会社には仲のいい先輩がいるし、自分だけのイマジナリーフレンドもいてまったく寂しさは感じない。でもそんな日々に、気になる人が現れた。取引先の営業マン、多田君。

彼のことは気になるのに、みつ子はなかなかこの恋に踏み込めない。実は彼女は、20代のあいだ、社会のなかでつらいできごとをたくさん体験してきた。映画のなかで紹介される、みつ子の過去のエピソードの数々は、女性ならきっと共感できるはず。ひとりでの生活が何より幸せだと言い聞かせているのは、そんなつらい経験を思い出さないためでもある。

もし多田君との恋が動き出したら、安定した日常が壊れ、また傷つくことが増えるかもしれない。そんな危険をおかしてまでこの恋を進めるべきなのか? みつ子は何度も悩みながら、それでも自分なりの一歩を踏み出していく。

『私をくいとめて』は、主人公の恋の成就までを描写しながら、同じくらいの熱量で、彼女が社会のなかで経験する女性ならではの悩みや苦しみも描いてくれる。だからこそ、みつ子の勇気ある前進を、誰もが自分のことのように受け止められるのだ。みつ子の勇気ある一歩は、社会のなかでは小さな一歩にすぎないかもしれない。だけど私たちの背中を確かに押してくれる。


大きな迷いの前に立ちすくんでしまったら

最後に紹介したい映画は『息の跡』。この映画は、岩手県陸前高田市でたね屋を営む佐藤さんの姿を、小森はるか監督がカメラを手に追ったドキュメンタリー。津波で自宅兼店舗を流された佐藤さんは、その跡地に自力でプレハブ小屋を建て、たね屋の営業を再開したすごい人だ。さらに、震災での体験を独学で勉強した英語や中国語、スペイン語で本に書き、自費出版したという。

とにかく佐藤さんのパワフルさに圧倒される映画なのだが、私がこの映画を見るたびに感動するのは、彼の滑らかな手の動きだ。プレハブ小屋を掃除し、土をいじり、苗に水をやり、手作りの小屋を整備する。その合間に原稿を書いたり、お客さんの相手もする。どれも、佐藤さんの体に長年のあいだに染み付いた動作なのだろう。

しかもこの人は、店舗をはじめ、なんでも自分でつくってしまう。食べていたチョコレートの箱すら、あっという間にハサミで切り刻み、これも商品に利用するんだと当然のように語る。

何かに迷ったとき、私はこの佐藤さんの淡々とした、でもとても滑らかな手つきを思い出す。そうして、まずは手を動かしてみようと考える。掃除をするのでもいいし、皿を洗うのでもいい。日常のなかで繰り返された動作に身をまかせるうち、自然と心も前に進めるかもしれない。この映画を見るたび、私はいつもそう感じる。

今の自分を映す鏡として

個人的には、ふだん自分の悩みを投影して映画を選ぶことはそう多くない。でも、映画のなかに自分とよく似た思いを抱える人を発見し、思わず「わかるわかる」とうなずくことはたしかにある。

特に最近は、ここで紹介したような、女性にとって身近な問題や、何気ない日常のなかにある悩みを扱った映画が増えてきたように思う。それは、女性の作り手の数が増えてきたこととも無縁ではないだろう。

必ずしも悩みが解決されるわけではないにしても、今の自分を映す鏡として、映画が何かの手立てになってくれればうれしい。

編集:はてな編集部

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著者:月永理絵

月永理絵

ライター、編集者。『メトロポリターナ』『朝日新聞』『週刊文春』等、新聞・雑誌・WEB媒体で映画評やコラム、取材記事を執筆。映画と酒の小雑誌『映画横丁』の編集人をつとめ、〈映画酒場編集室〉名義で書籍、映画パンフレットの編集を手がける。

Twitter:@eiga_sakaba

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