「ちゃんとしていない」自分を隠さずに生きていく。歌人・岡本真帆さんに聞く、苦手をシェアする働きかた

岡本さんイメージ画像

社会人経験が長くなってくると、会社において後輩や部下を指導・育成する機会も増えてきます。ときには、自分の苦手な分野について教えなければいけなかったり、自分自身も完璧にできていないことを注意するようなケースも出てきて、“ちゃんとして”いなければいけない自分の立場をプレッシャーに感じてしまうこともあるのではないでしょうか。

実際には、私たちはいくつもの人格を持ちながら生活していて、“ちゃんとしていない”人格もまた、自分を形作る上で無視できないものです。

「ほんとうにあたしでいいの?ずぼらだし、傘もこんなにたくさんあるし」「無駄なことばかりしようよ自販機のボタンを全部同時押しとか」。そんな平易な言葉を用いた短歌で人気を集める歌人・岡本真帆さんは、“ちゃんとしていない”自分や、社会的には“無駄”とされがちなものを受け入れ、愛でるような歌を数多く詠んでいます。

現在も会社員として働きながら歌人としての活動を続けている岡本さんに、短歌が生まれる背景や、“会社員モード”と“歌人モード”の心のバランスについて、お話を伺いました。

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歌集を開くささやかな時間が、忙しい日々の癒やしになった

「ほんとうにあたしでいいの?ずぼらだし、傘もこんなにたくさんあるし」は、Twitterで多くの人にシェアされたことから話題を呼び、現在は岡本さんの代表歌にもなっている一首です。この歌が生まれた背景を、あらためて教えていただけますか。

岡本真帆さん(以下、岡本) 短歌の投稿サイトが「傘」というテーマで歌の募集をしていたときに、私も傘にまつわる歌を詠んでみようと考え始めたのがきっかけです。

短歌を詠むときはふだん、ブレインストーミングのようにひとつの単語から連想する情景や言葉をたくさん書き出していくようにしているんですが、自分自身のことを振り返ってみたときに、傘をかなり貯め込んじゃってるなとふと気づいて……。

傘、実際にそんなにたくさんあったんですか?

岡本 あんまり天気予報を見ないタイプで、家を出るときに晴れてたらその日はもうずっと晴れるものだと思って、傘持たないで出かけちゃうんですよ(笑)。それで雨が降るたびに出先でビニール傘を買って帰ってくるから、どんどん増えていく一方だったんですよね。楽天的というか、ちょっといい加減なのかもしれないです……。

この歌に限らず、岡本さんの短歌には「無駄なことばかりしようよ自販機のボタンを全部同時押しとか」のように、社会では評価されない無駄なこと、いい加減であることを否定せず、そういったものに接している時間を愛おしむような歌が多く見られますよね。

岡本 確かに、無駄なものや、“遊び”とされるものに惹かれやすいところはあるかもしれません。

大人になるにつれ「ちゃんとしている」ことを求められることは増えていくように思うのですが、そんな中で無駄であったりきっちりしていなかったりすることを短歌を通して前向きに捉えられる場がある、というのはすごく大切なように思います。

岡本 そうですね。でも、社会的には意味がないとされがちなことや、なんてことないと感じる体験こそ、実は誰にとっても心を動かす、大切なものなんじゃないかなと思うんです。

笹井宏之さんや木下龍也さんといった現代歌人の短歌に影響を受けて作歌活動を始めたそうですね。そういった歌人たちの歌にも、同じような魅力を感じたのでしょうか?

岡本 笹井宏之さんの『えーえんとくちから』という歌集が、確か一番はじめに本屋さんで手にとった歌集でした。当時は社会人2~3年目で、仕事に夢中になるあまり徹夜をしてしまうこともあって、かなり体力的にしんどかったんです。

そんなときに笹井さんの短歌を読んだのですが、とてもやさしい言葉で書かれているのに、たった1行でまったく別の世界に連れて行かれるような感覚がしたのを覚えています。

この森で軍手を売って暮らしたい まちがえて図書館を建てたい
「はなびら」と点字をなぞる ああ、これは桜の可能性が大きい

『えーえんとくちから』(PARCO出版)より

詩を読んだり書いたりすることと社会の中でお金を稼いで生きることの間には、すこしだけ距離があるように思うのですが、働くことに必死だった当時は、夜に歌集を開くささやかな時間が大きな癒やしになっていました。小説を読んだりするようなエネルギーがあまりないときでも、短歌であれば一瞬で31音の世界に没入できる。それがとても魅力的に感じました。

確かに、仕事から離れてまったく別の世界に没入できるような時間は、忙しいときほど大切ですよね。

岡本 私は映画や漫画も好きなのですが、そのふたつも生活インフラに比べてしまえば、当然ですが日常の中の優先順位としては低いものです。でも、ときどきそういうものに触れるからこそ心が充電されて、日常生活を頑張って乗り切ることができるのかなと思います。

いまでも、すごく疲れたときはお風呂で漫画を読み漁ったり、友達とボイスチャットで喋りながらオンラインゲームをしたりするんですが、そういうふうに現実からすこし離れて、コンテンツに没頭する時間は大切にしたいと思っています。

「好きなこと」と「得意なこと」のふたつのギアを切り替えながら仕事している

さきほど、詩を読んだり書いたりすることと社会の中で生きることの間にはすこしだけ距離がある、というお話がありましたが、岡本さんは現在も会社員を続けられていると伺っています。「歌人としてのモード」と「会社員としてのモード」が、ご自分の中で分かれているような感覚ってありますか?

岡本 個人的にはそこまではっきりと分かれていなくて、意外とベースは似ているのかもと感じています。というのも、私の短歌に関して「明るくいようという決意を感じる」という評を頂いたことがあるんですが、似た言葉を会社でもかけてもらったことがあって。人間なので、当然体調が悪い日や機嫌が悪い日もあるんですけど、人といるときはなるべく明るい自分でいられるよう意識するタイプなんです。

もちろん無理に取り繕うことはせず、できるだけ自然体でリラックスしているんですが、そういった姿勢をどちらの世界でも評価してもらえるのは、根底のモードが一緒だからなのかなと思います。

なるほど。「無駄なこと、いい加減なこと」を否定せず、それを言語表現に落とし込んでいく歌人と、「生産性や業務効率を上げること」を目指す会社員のとでは、考え方が大きく違いそうです。その切り替えに苦戦したりすることもあまりないですか?

岡本 仕事ばかりしているタイミングだと短歌が思い浮かびにくくなるというのは確かにあるかもしれないですね……。ただ、歌集を出したこともあって以前よりも短歌を詠む頻度が上がったので、いまはそのふたつの行き来が前よりもしやすくなっているのを感じます。

会社員としては、私はいま小説や漫画作品の PR業務に携わっているんです。会社では、自分自身も含めてチームメンバーがどうしたら気持ちよく働けるか意識してコミュニケーションをとっているので、自分ひとりの中で言語表現を極めていく短歌の作業と比べると、チームワークかそうでないかという違いはあります。

ただ、どちらにおいても自分を殺すようなことはせず、会社でも疑問に思うことがあったら積極的に周りに聞くようにしていますね。

兼業で働かれている方には、ふたつの仕事の間の距離感を大切にしている人が多いように感じます。まったく違ったジャンルの仕事の方が気分転換しやすいという方もいれば、近い仕事の方がいいという方もいると思うのですが、岡本さんの場合はいかがですか?

岡本 私の場合はとても幸運なんですが、好きなことと得意なことをそれぞれできているように感じています。PR の仕事って、すでに存在しているプロダクトやサービスのいいところを見つけて人に伝える仕事だと思うのですが、それが1を10にするようなイメージなら、歌人の仕事は0から1を作るイメージなのかなと。

私は比較的、1を10にするのが得意で、0から1を作るのが好きなことだと自覚しているので、そのふたつの間でギアを入れ替えて仕事ができているのは自分に合っているように思いますね。

短歌を思いつくのも、ちょうどそのギアを入れ替えているときが多い気がしています。例えば移動中とか、休憩中にコーヒーを淹れているときのように、目の前のことにあまり集中せず、ボーっとしているときにアイデアが浮かんでくることがよくあるんです。

自分の「苦手」を周囲に隠さず、周りを頼る

いまお聞きした“ギアの入れ替え”は、兼業している人に限らず悩みやすいポイントのように感じています。特に、会社の中で後輩や部下がすこしずつ増え始めてきたりすると、ふだん以上に「しっかり振る舞わなきゃ」というプレッシャーが出てきて、“ちゃんとしていない”自分との切り替えがストレスにつながることも多いのかなと。岡本さんは会社の中でも素に近い自分でいられているとのことでしたが、そういった環境や周囲との関係性を築くために意識したことはありますか?

岡本 自分の嫌いなことや苦手なことを必要以上に隠さない、というのは意識しているかもしれません。もちろん、自分を「仕事モード」に切り替えてしっかりと振る舞うことによって成果が出せるというタイプの方もいると思いますし、それもまったく悪くないと思うのですが、先輩だからといって見栄を張ったり苦手なことがないかのように振る舞ってしまうと、あとからどこかでつらくなるような気はしますね。

何もかも完璧に仕事をこなせている人なんていないと思うので、まずは自分の中で、自分自身の好きなこと・得意なことと、嫌いなこと・苦手なことを把握しておくのが大切なんじゃないかと思います。その上で、もし環境が許すのであれば、できるだけ自分の好きなこと・得意なことを周りから頼ってもらえるような働き方ができたらいいですよね。

岡本さんの場合、あまり好きでなかったり、苦手だと感じるのはどのような仕事ですか?

岡本 欠けているところを補充したり、日々の数字を追って分析するような仕事は、個人的にはあんまり得意じゃないし好きじゃないような気がしてますね……。私の場合は周りにそれを伝えて、そういう仕事はできるだけ他の人を頼ってもらうようにしています。
中には、自分はあまり好きではないけれど、周りからは得意だと思われて任されてしまう仕事もあるように思います。

岡本 確かにありますね、そのギャップもしんどいですよね……。私、社会人になりたての頃、Webのプロジェクトの制作進行を担当していたことがあるんです。プロジェクトが遅れないよう常に気を張っていなきゃいけない仕事だったのですが、自分よりもはるかに経験豊富な人たちに指示をすることが続いて、すごくストレスが溜まってしまって。

当時はそういう仕事をやりたくなくてできるだけ避けていたんですが、PRの仕事に移ったいま、自分が企画したプロジェクトを進めているときに、当時のスキルが活きていると感じることが出てきたんです。新卒の頃は制作進行という仕事そのものがとにかく苦手だと思っていたんですが、自分が好きな企画・PRという分野と組み合わさったときに、意外とストレスなくできるなと気づいて。

だから、苦手だと感じることも時を経たり環境が変わったりすると、意外にも自分にとっての「好き・得意」に近づくケースもあるんだなと思いました。

確かに、ひと言で「嫌いな仕事」と言っても、いろいろな理由がありますよね。

岡本 そうですね。「この仕事、なんか嫌だな」と感じたときに、「なんか嫌」をそのままにせず、その原因が作業自体にあるのか、それとも人間関係や周辺の業務にあるのか、分解して考えてみることが自分自身の理解にもつながるんじゃないかなと思います。そうすることで、どうしても自分がやりたくない仕事や、他の人を頼りたい仕事も見えてくると思いますし。

組織においては、“ちゃんとしていない”自分を自覚しつつも、後輩や部下の指導をしなくてはいけないケースもありますよね。短歌を詠むことでギアの切り替えができている岡本さんのように、“ちゃんとしていない”自分を肯定できる場が他にあれば、仕事における自分も認めやすいように思うのですが、そうでない場合、「どうして自分を棚に上げてこんな偉そうなこと言わなきゃいけないんだろう……」と悩んでしまうこともありそうです。

岡本 いや、わかります。自分、こんなこと言ってるけど何様なんだろう? って思うことありますよね……(笑)

後輩や部下の指導・育成においても、自分ひとりが全てを背負うのではなく、周りの人の手を借りたり弱みを見せたりしてもいい、ということを意識できるとすこし楽になれるかもしれないですね。私は後輩のミスを注意しなければいけないときがあると、「私も実はこういうミスしちゃったことあって……」と自分のできないことも合わせて伝えるケースが多いかもしれないです。

もちろん自分の苦手分野やちゃんとしていないところを人に開示するのって、それなりの苦しさや恥ずかしさのあることだと思いますし、職場で自分の全人格をさらけ出す必要もないとは思うのですが……。ただ私の場合は、苦手なことも周りにシェアすることで、かなり働きやすくなった実感はあります。

仕事中はつい気を張ってしまって、自分の苦手なことを周りに伝えられない人もいるのではないかと思います。岡本さんがそれを周囲に開示できるようになったのは、振り返るとどうしてだと思いますか?

岡本 コロナ禍になった2年前、勤務形態がフルリモートに切り替わったのですが、働き方がガラッと変わったストレスに仕事上のトラブルが重なって、1カ月ほど休職したことがあるんです。

そのとき、すごく当たり前ですが、無理をしたらこんなふうに体調を崩してしまうこともあるんだな、自分って全然完璧じゃないんだなと身に沁みて分かったんですよね。その経験が、自分の弱いところやだめなところを受け入れるひとつのきっかけになったような気がしています。

だから、仕事でつい頑張り過ぎてしまう人の気持ちもよく分かります。ただ、挫折したり体調を崩してしまった経験から自分にとってのちょうど良い働き方や休み方がわかり、弱さやだめなところを受け入れられるようになることもあると思うので、“完璧”を目指さず、すこしでも気を抜いて働けるようになればいいなと思います。

取材・執筆:生湯葉シホ
編集:はてな編集部

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お話を伺った方:岡本真帆さん

岡本真帆

歌人。1989年生まれ。高知県の四万十川のほとりで育つ。未来短歌会「陸から海へ」出身。会社員として働くかたわら、2022年に第一歌集『水上バス浅草行き』(ナナロク社)を刊行。

■第一歌集収録歌より
平日の明るいうちからビール飲む ごらんよビールこれが夏だよ
もうきみに伝えることが残ってない いますぐここで虹を出したい
3、2、1、ぱちんで全部忘れるよって今のは説明だから泣くなよ
Twitter:@mhpokmt