女子マンガ研究家が選ぶ、一気読みもしやすい「5巻以内で完結するオススメ作品」

 小田真琴


仕事終わりのちょっとした息抜きの時間、休みの日、あなたはどのように過ごしますか? のんびり過ごすのも良いですが、さまざまな世界を知り、体感できる「マンガ」を読んでみるのはいかがでしょうか。女子マンガ研究家の小田真琴さんに、手に取りやすく一気読みもしやすい「5巻以内で完結するオススメの女子マンガ」を教えていただきました。
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人生は一度きりですが、マンガを読むことで私たちはいくつもの人生を追体験することができます。そこには快楽があり、学びがあり、あるいは逃避があります。

私が少女マンガを読み始めたのは高校時代のことでした。クラス内に出回っていた『ガラスの仮面』の文庫版にハマって、セリフを丸暗記するほどに読み返したのがその原体験です。以来、新旧の作品を読み漁り、この歳に至るまで嗜み続けていますが、思えばそうすることで私は年齢も性別も超えて、無数の人生を生きてきたことでしょう。たとえ41歳のおっさんでも、10代少女の恋にドキドキすることもできる。それがマンガの力です。

そんな奇跡がほんの数百円で味わえるのですから、マンガというのはつくづく安い娯楽だと思うのですが、なにしろ毎月1,000点ほどの新刊が登場するこの世界、どれを読めばよいのか分からなくなるのも無理はありません。そこで今回はみなさんに読んでいただきたいマンガを、私なりの基準でセレクトいたしました。

息抜きや気分転換にちょうどよい5巻以内で完結するマンガをーーという編集部のオーダーに則りつつ、私なりに定めたテーマはマンガを通して「もうひとつの人生」が垣間見えるもの。

私が専門としているのは「女子マンガ」と呼ばれるジャンルです。少女マンガを卒業した20代~40代女性に向けて描かれたマンガ……と、とりあえずは定義してはいますが、大人の女性をエンパワメントするマンガならなんでもよいのではないかと思っています。これらの作品がどうかみなさんの力になれますように。

年齢を重ねることを力強く肯定する『その女、ジルバ』

有間しのぶ『その女、ジルバ』全5巻(小学館)

笛吹新、40歳、独身。かつては華やかなデパートで販売員として働いていましたが、今はスーパーの倉庫勤め。「何も持たないままとうとうこんな年齢に」とふと思い、電車で見かけた品の良い老婦人の姿に「あたしは老後ゆったり暮らせるのだろうか」と不安に苛まれます。そんなとき、街角で見かけたホステスの求人に、新は目を奪われました。「時給2000円 40歳以上」……40歳以上? それが新と高齢BAR「OLD JACK & ROSE」との出会いでした。新は副業としてこのお店の「最年少」ホステスとして働くようになります。

そもそもの動機は逃避であったかもしれませんが、新はそこでさまざまな人たちに出会い、さまざまな人生に触れます。バーの創設者であった今は亡きジルバママは日本人ブラジル移民。その存在を端緒として語られる移民社会の様子は壮絶です。

「勝ち組」をご存じでしょうか? いわゆる「人生の勝ち組」といった文脈で使われるものではなく、終戦後のブラジルの日本人移民の中に実在した、「実は日本は勝っていた」と信じる一団のことです。その存在を利用して金儲けをしようとする者まで現れ、さまざまな悲劇を呼びました。

アラフォーの逃避ものと思わせておいて、国境や時代をも越えて、読者をはるか遠くまで連れて行くものすごい作品です。女たちの波瀾万丈な人生を通じて、今を楽しむこと、今を肯定することの大切さを圧倒的な筆力で描き出すのは有間しのぶ先生。完結したばかりのこの作品は、著者の新たな代表作となることでしょう。出世作である独身アラサー女性3人を描いた群像劇『モンキー・パトロール』(祥伝社)も激しくオススメですので、機会があればぜひ。

女たちそれぞれの幸せの形を描く『愛すべき娘たち』

よしながふみ『愛すべき娘たち』全1巻(白泉社)

『大奥』(白泉社)や『きのう何食べた?』(講談社)が大ヒット中のよしながふみ先生の、15年ほど前の連作集です。長らくBLで「男」を描いてきたよしなが先生が、初めて真正面から「女」を描いたと当時は話題になったものでした。大好きな本で、事あるごとに方々でおすすめしています。

特に印象的なのが博愛主義者の莢子を描いた第3話。友人曰く「仕事もできて美人で性格がいい」莢子ですが、なぜか結婚できずにいました。そんな莢子がおばの勧めでお見合いをすることになり、4人の男性と出会うのですが、結局彼女は誰も選ぶことができません。その理由とは……。衝撃のラストはマンガ好きの語り草になるほど。

タイトルのとおり親子関係が1冊を通じてのテーマとなっています。「母というものは要するに一人の不完全な女の事なんだ」ーー描かれるのは自分自身もそうなっていたかもしれない、等身大の女性たちの人生。この本を読んだ後には、自分自身に対しても、親に対しても、少しだけ優しくなれるような気がします。

こんな人生たまにはいいかも!? 暴走するサービス精神『バレエ星』

谷ゆき子『バレエ星』全1巻(立東舎)

いかにもリアリティのある設定ばかりでなく、荒唐無稽な物語もまたマンガの醍醐味であります。こんな人生もたまにはいかが?

『バレエ星』は「超展開バレエマンガ」のキャッチに恥じぬエクストリームぶり。とにかく毎回「引き」がすごいんです。死体が動く、車にひかれる程度は序の口。ボートは転覆し、滝行をすれば岩が落ちてきて、しまいには洞穴に閉じ込められ、ダイナマイトで爆破されそうになります。ちなみにこれはバレエマンガです。

バレエマンガといえば山岸凉子『アラベスク』(白泉社)や有吉京子『SWAN』(平凡社)などは歴史的な大傑作として今なお読み継がれていますが、『バレエ星』は少女マンガ誌ではなく、小学館の学年誌に連載されていたものだったこともあり、長らくその存在を忘れられていました。それが京都国際マンガミュージアムの倉持佳代子氏や少女マンガラボラトリー「図書の家」の尽力によってこうして再び広く紹介されることとなり、ちょっとしたブームになっているのです。続編の『まりもの星』『さよなら星』(ともに立東舎)もぜひ。

稀有な第一次産業マンガ『美貌の果実』で描かれる、働くことの喜び

川原泉『美貌の果実』全1巻(白泉社文庫)

「仕事の息抜きに読むマンガを紹介してほしい」ということもあり、基本的にお仕事マンガははずしていたのですが、川原泉先生のこのシリーズだけは例外でしょう。園芸農家、酪農家、ワイナリーを舞台とした「第一次産業シリーズ」は、多種多様な仕事を仮想体験できる川原流の一風変わった「お仕事マンガ」であります。

川原作品の特徴といえば、まずなによりも丸みを帯びたシルエットの、健気で愛しいキャラクターたちです。『美貌の果実』の主人公・菜苗は、知る人ぞ知る秋月ワイナリーの長女。ところが突然の交通事故で大黒柱だった父と兄を失い、農園の運営は大ピンチ。ひとしきり悲しんで、悩んではみたものの、まあ何とかなるだろうと、母と2人でやれるだけやってみようと決意するのでした。

惜しみなく披露されるワインのうんちくに知的好奇心を満たされつつ、義理堅いキャラクターたちに心打たれ、作品全体に漂うどこか暢気な空気感に安らぐーーこれぞ川原作品の醍醐味であります。だからお仕事マンガとはいえ、息の詰まるようなことはなく、ただただ人の優しさを感じることができる性善説の物語が、ここにはあります。思えば私はいつも川原先生のマンガのように生きていたいと願っているような気がします。

同じ文庫本に収録された『架空の森』も大傑作です。とにかく1980年代後半に描かれた短編・中編は名作ぞろいで、そのほとんどは文庫化されていますから、未読の方にはぜひお読みいただきたいところ。本編はもちろん番外編も最高な『笑う大天使』、表題作が号泣必至の『中国の壺』、フィギュアスケートシーズンにぜひ読みたい『銀のロマンティック…わはは』を収録した『甲子園の空に笑え!』(全て白泉社文庫)あたりからどうぞ。

過去の自分にタイムスリップ! 中2気分を存分に味わえる『ラウンダバウト』

渡辺ペコ『ラウンダバウト』全3巻(集英社)

大人となった今となっては、1年はあっという間に過ぎ去っていきますが、そういえば子どもの頃は1年って長かったなと、ふと思い出すことがあります。永遠に続くものとさえ思えた回転木馬のような思春期の日々をユーモアたっぷりに描くのが『ラウンダバウト』です。作者は渡辺ペコ先生。公認不倫夫婦を描いた『1122』(講談社)が話題となっている、今をときめく人気作家さんです。およそ10年前、私はこの作品でペコ先生の大ファンになりました。

全3巻で描かれるのは、主人公・真の14歳の1年間。バカバカしくて、でも切実な中学2年生の日々を経て、ほんの少しだけ大人の階段を上った真の成長を垣間見ることができます。終盤、祖父の葬式のあと、祖父の思い出を語り合う真と姉。祖父が倒れる前の日にかかってきた電話に、母親から「電話に出てあげて」と言われたにもかかわらず、イライラしていてそれを無視してしまったことを後悔する姉に、真はこう言います。

「あのさ お姉ちゃんがたまに利己的なのも あたしがいつも意地汚いのも おじいちゃんのことも おじいちゃんを好きだったことも そういうの全部ちゃんと ずっとおぼえてようね」ーー渡辺ペコ『ラウンダバウト』3巻 pp,189

しかしその後の世界に生きる私たちは、その真の願いが叶わないことを知っています。「ずっと」も永遠もありはしない。だけどこうしてマンガを読めば、かつて自分の中にあった気持ちを、私たちはいつでも思い出すことだってできるのです。

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マンガを読むことで、私たちはつかの間、「ここではないどこか」へ意識を飛ばし、少なからずなにかを感じ取ることでしょう。マンガによって私たちは過去にも未来にも、世界中のどこにだって行くことができます。それは無限の視座を獲得することにほかなりません。それがいったいなんの役に立つのか、まだ私にもわかりませんが、マンガを読むことも、日々を生きることも、年々楽しくなっていくなあと、確かに実感しております。マンガには感謝の気持ちしかありません。

著者:小田真琴

小田真琴女子マンガ研究家。1977年生まれ。「マツコの知らない世界」に出演するなど、テレビ、雑誌、ウェブなどで少女/女子マンガを紹介。自宅の6畳間にはIKEAで購入した本棚14棹が所狭しと並び、その8割が少女マンガで埋め尽くされている。
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次回の更新は、2018年11月30日(金)の予定です。

編集/はてな編集部