子供の視野も大人の日常も「もう一歩広げる」マンガのすすめ

 堀越英美

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2女の母として抱いた「多くの女児がピンク色を好むのはなぜか」という疑問から現代女児カルチャーを考察した『女の子は本当にピンクが好きなのか』を執筆するなど、フリーランスライターとして活躍する堀越英美(ほりこし ひでみ)さんに、よくあるジェンダー観やキャリア観とは違う価値観を子供にも大人にも伝える「ためになるマンガ」を紹介していただきます。


『女の子は本当にピンクが好きなのか』という、ジャンルとしては女子キャリア教育に属する本を出版したため、娘たちにはどのような教育をしているのかと問われることがよくあります。いつも返答に詰まります。子供であっても他人。他人を思ったように導こうとするとストレスが溜まりますし、自分自身もアルバイト、契約社員、正社員、フリーランス、派遣社員、またフリーランスと行き当たりばったりな経歴であるため、子供の模範には程遠いからです。ただ、長女は最近こんなことを言うようになりました。「お母さんはいいなあ。あんないいお父さんと結婚できたんだからさあ」

なるほど、これなら教え導いてあげられるだろう。キャリア女性向けメディアにも、「女性が結婚後も仕事を続けるためには夫選びが重要!」といった文章がよく載っているではありませんか。しかし女性が小さい頃から接するであろう少女マンガなどの恋愛フィクション作品では、登場する男性キャラクターが美化されがちで、その後のパートナー選びに与える影響も大きいのではないかと感じます。今、母として、妻として、そして女として伝えたい。恋愛マンガを読みすぎるな、と。

少女マンガや乙女ゲームの中の「オレ様オラオラ王子」や「ドS腹黒メガネ白衣男子」、「壁ドン・顎クイ男子」などのキャラクターは、物語に起伏をもたらしてくれますが、共に生活を営むパートナーにはおよそ不向きです。「君が興味を持つものはすべて壊してしまいたくなる……」と闇の深いセリフを吐きながら仕事の大事な資料を引き裂いてヤギのエサにされては困りますし、寝かしつけたばかりの赤子を壁ドン・顎クイで起こされてしまっては、就労どころか就寝さえおぼつかなくなります。「雨に濡れた猫を助ける不良」より「猫にも人間にも親切な真人間」に惹かれてこそ、はたらく女性のQOLも上がろうというものです。

とはいえ、「パートナー選び」「キャリア教育のため」を理由として我が子から恋愛フィクションを遠ざけるというのも、リベラリズムの観点からは考えもの。さまざまなタイプの作品に触れることは大事です。

そこで提案。

オラオラ王子・壁ドン男子が登場する作品よりも、もっと面白くてためになるマンガをたくさん与えれば、子供への影響は相殺され、さらに視野が広がるのでは?

我が家では実際に、「子供でも読めそうな大人向けのマンガ」を購入し、親子で共有しています。中には、小学生の子供が何度も読み返してボロボロになってしまったものも(冒頭の写真参照)。

以下にご紹介するのは、子供と一緒に大人も楽しめ、知らない世界のことを教えてくれるマンガ、または既存のジェンダー観・キャリア観とは異なる価値観を提示してくれるマンガです。子供と一緒に、大人もマンガで学んでみませんか?

ロシア人と結婚した日本人女性から見た「ロシア料理」とは?──『おいしいロシア』(イースト・プレス)

『おいしいロシア』(イースト・プレス)
『おいしいロシア』シベリカ子(イースト・プレス)

読んだ子供がさっそく「スィルニキ作りたい!」(スィルニキはカッテージチーズに小麦粉などを混ぜて焼くだけ)と言って材料を買いに走った、ロシア料理メインのコミックエッセイ。おいしそうなロシア料理のレシピとロシア生活の小ネタが満載です。

ロシア料理といっても、たまたまロシア人と結婚した普通の日本人女性がロシア滞在中に作りやすい方法でアレンジしたレシピなので、日本で入手できる材料でほぼ再現できます。子供でも作れる簡単なものもいくつかありますし、「毛皮を着たニシン」という異世界感あふれるケーキ風の魚料理などもあるので、親子で一緒に料理をするきっかけにもなりそう。クマの姿で登場するロシア人の夫とのやりとりもハートフルです!

おいしいロシア 単行本告知 | Matogrosso

「学問の適性にY染色体の有無は関係ないと思うんです!!」──『決してマネしないでください。』(講談社)

『決してマネしないでください。』(講談社)
『決してマネしないでください。』蛇蔵(講談社)

ハードコアな科学実験に明け暮れる理工系の学生たちと共に科学史を学べる理系ギャグマンガ。主人公は奥手な男子学生ですが、「学問の適性にY染色体の有無は関係ないと思うんです!!」と回りくどく女子をエンパワメントするセリフを発してくれるナイスガイです。常に着ぐるみを着用して本棚の裏に住んでいる物理学科首席の女子学生も登場するので、「女に理系は不向き」というジェンダーステレオタイプの刷り込みも避けられそうです。巻末には実際に子供がマネできる楽しそうな科学実験が紹介されており、夏休みの自由研究にももってこいですね。

何より、学習マンガとしてとても丁寧に作られているのに、絵柄もギャグセンスも今どきの子供好みなのがありがたいです。同じ作者による『日本人の知らない日本語(KADOKAWA/メディアファクトリー)も本書も、うちでは子供が読み込みすぎてデッロデロのボッロボロです。

決してマネしないでください。 / 蛇蔵 - モーニング公式サイト - モアイ

留学先のルームメイトはサウジアラビア女子──『サトコとナダ』(講談社)

『サトコとナダ』(講談社)
『サトコとナダ』ユペチカ(講談社)

アメリカの大学に留学した日本人のサトコが、サウジアラビア出身のムスリム女性・ナダとルームシェアして友情を育んでいく姿を描いた4コママンガ。異国で暮らす2人の女子大生のほのぼのガールズトークで、何かと偏見を持たれがちなイスラム教のしきたりも楽しく学ぶことができます。

日本人から見ると息苦しそうなニカブ(イスラム教徒の女性が着用するベール)ですが、女性が容姿で判断されがちな世界でも「女として対応を変えられることはない」「ニカブを着てると無敵の気分よ」と語るナダに、なるほど一理ある……と納得してしまいます。

さらに考えさせられるのが、ワンピースを手に「かわいすぎて私が着ちゃいけないような気がして」と日本人らしい遠慮をするサトコに、ナダが「どうせ知り合いしか見ないから大好きな服を着るわよ」「サトコって服装自由なのに/私よりよっぽど不自由ね」と突っ込むくだり。ムスリム女性の価値観が、幼い頃から性的対象としてジャッジされる中で自分を客体化しすぎてしまうアメリカやアジアの女子の不自由さを照射します。子供も「布をぐるぐる巻きにしている人への認識が変わった」と感動していました。

「自分で選ぶより親が釣り合いのとれた結婚相手を選んでくれるほうが楽」だというナダの結婚観は、私たちの中になんとなく刷り込まれている「世界で一番好きになれる運命の相手と出会って結婚するのが幸せ」というロマンティックラブの価値観も相対化してくれるでしょう。

『サトコとナダ』ユペチカ | ツイ4 | 最前線

細胞の擬人化! 萌え系細胞の活躍ぶりを見よ!──『はたらく細胞』(講談社)

『はたらく細胞』(講談社)
『はたらく細胞』清水茜(講談社)

人間の体内にいる細胞を擬人化し、細菌やウイルスとの戦いをバトル風に描いた免疫系学習マンガ。免疫系の仕組みについて学ぶのは、将来「首ひねりマッサージで免疫力アップ」「免疫力を高める〇〇水」といった怪しい健康ビジネスにひっかからないためにも、とても有益です。主人公は前髪で片目が隠れている系のぶっきらぼうイケメン「白血球(好中球)」とボーイッシュなドジっ子ガール「赤血球」で、見た目のかっこよさも子供をひきつけているようです。そのほか、

  • メガネイケメン司令官「ヘルパーT細胞」
  • 無邪気なやんちゃ美少年「B細胞」
  • ツインテール美少女「好酸球」
  • 鉈で細菌を殺傷しまくるメイド服姿の「マクロファージ」
  • 黒髪ロングの白衣美女「マスト細胞」
  • 優しく応援して免疫細胞を活性化してくれる癒やし系お兄さん「樹状細胞」
  • 強力な防御壁となる幼女軍団「血小板」

……など、あらゆる細胞が萌えキャラに。性別・年齢を問わない多様な人材(細胞だけど)が人体を守るという目的のもとに協力し、さまざまな危機を乗り越えていく姿は、変化に富む環境に対応するにはダイバーシティが重要であることを再認識させてくれます。親としても、肺炎球菌の怖さ(1話)やムンプスワクチンのありがたさ(13話)などは知っておきたいところです。

はたらく細胞|月刊少年シリウス|講談社コミックプラス

電子工作が得意な女子大生のアキバ系マンガ──『ハルロック』(講談社)

『ハルロック』(講談社)
『ハルロック』西餅(講談社)

おしゃれにも友達作りにも興味がなく、ひたすら電子工作にのめり込む女子大生・向阪晴が奇想天外な発明であれこれ解決していくアキバ系ギャグマンガ。女子力を磨く気配が一切ないヒロインが、天才小学生「うに先輩」や主人公に分解されたい工業高校生らと共に、不在中に猫がやっていることをツイートする「猫Twitter」などの電子工作で人々を助け、将来を切り開いていく姿は、女の子だってマイペースに好きなことを追求していいのだと子供たちを勇気づけてくれます。家庭で入手しやすいRaspberry Pi(ラズベリーパイ)やArduino(アルデュイーノ)といった電子機器が登場するのも、親しみやすくてありがたいです。

このマンガを読んだ直後、子供(当時小2)が「お母さん! ハルロックみたいな電子工作やりたいよ! 電気のこと勉強するよ! 手始めにスタンガン作ってお母さんを倒したいから実験台になって! ところでスタンガンって何?」とテンションだだ上がりになっていたことを、つい昨日のことのようになつかしく思い出します(実行能力がなくてよかったです!)。

ハルロック / 西餅 - モーニング公式サイト - モアイ

著者:堀越英美

堀越英美

1973年生まれ。出版社、IT関連企業などを経てフリーに。著書に『女の子は本当にピンクが好きなのか』(ele-king books)。翻訳書に、テクノロジーや空想の 世界を親子で共有するための指南書『ギークマム 21世紀のママと家族のための実験、工作、冒険アイデア』(共訳、オライリージャパン)がある。2女の母。

次回の更新は、2018年2月28日(水)の予定です。

編集/はてな編集部