「私には本しかない、とは思わない」出会い系サイトで本をすすめまくった書店員の“流される”生き方

f:id:blog-media:20200123122408j:plain

2018年に出版され、大きな話題を呼んだ実録小説『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』(通称:『であすす』)。本書の著者である書店員・花田菜々子さんは、2013年からの1年間、実際に出会い系サイトを利用して出会った70名の人たちに「本をすすめまくる」活動をされていた異色の経歴の持ち主です。

「本をすすめまくった1年間の前と後では、自分の人生がはっきり分かれている気がする」と語る花田さんに、本をすすめる活動を経て感じられたことやその際に意識されていたこと、理想とする生き方や働き方などについて伺いました。

「アホだなあ私」と思うような行動をすることが必要だった

花田さんはもともと、SNSなどはあまり積極的に使わないタイプだと『であすす』に書かれていましたよね。Facebookなども使ったことがなかった、と。

花田菜々子さん(以下、花田) そうですね。SNSにはずっと苦手意識がありました。

本の冒頭で、そんな方がとても自然に出会い系サイトを使い始められたことにまずちょっと驚いたのですが、花田さんにとって「出会い系で知らない人に会う」というのは、そんなにハードルの高い行動ではなかったんでしょうか?

花田 いえ、いま振り返ると、自分でもずいぶん荒療治だったなと思いますよ(笑)。本に書いたとおり当時(※2013年)は仕事に行き詰まっていて、夫とも半別居のような状態だったので、とにかくなにか環境を変えてみたかったんです。

そういうときに習い事をしてみたり趣味のサークルに入ってみたり、という選択をする方は多いと思うんですが、そんな生ぬるい……というか無難な体験では、自分の負った傷は癒えないんじゃないかと思ったんですよね。

あえてハードな場に飛び込んでみようと。

花田 そうですね。一度ガツンと殴られるような思いをしないとなにも変わらないような気がしていたので、自分から見ても「アホだなあ私」と思うような行動をとることが当時は必要だったというか……。やっぱりその頃は元気もなかったので、「こんなヘンなことをしている自分ってちょっと面白いよね」みたいなイメージを持つことで、自分のことをどうにか支えていたというのはあるのかなと思います。

それと、私が使っていた出会い系サイトは出会いの目的を恋愛に限定しておらず、あくまで「知らない人と30分だけ会って話してみる」という場を提供するサービスだったんですよ。そのアイデア自体も面白いなと思いましたし、「ここでなにかをしてみたら世界が広がるかもしれない」という直感があって。実際に、サイトで本をすすめまくった1年間より以前とそれ以後では、自分の人生がはっきり分かれているような気はします。

f:id:blog-media:20200123122411j:plain

サイトで会った人に本をすすめるという活動を始められた当初は、性的なことをストレートにぶつけてくる人がいたり、不快な思いもしたと著書に書かれていましたよね。知らない人と会うのをやめたくなることもあったのではと思ったのですが、いかがですか。

花田 確かに、同性の読者からは「自分だったら最初の何人かで心が折れてたと思います」というご感想を頂くこともあります。

熱心に本をすすめた相手が実は自分に性的な関心しか抱いていなかった、というときはもちろん私もがっかりはしたんですが、それ以上に「そうか、出会い系にはこういうこともあるのか」と世界のしくみをひとつ知れたみたいな気持ちでいたので、わりと平気でしたね(笑)。もちろん困った人もときどきはいたんですが、サイトで出会った70人の中にはいい人や面白い人の方が圧倒的に多くて。

基本的にはとても出会いに恵まれていたなと思いますし、その時期は友人が急にブワッと増えたので、休日のスケジュールを調整するのが大変なくらいでした。

なるほど、それをお聞きしてちょっとホッとしました……。

花田 お会いした人の中には「いま仕事してないんだよね」という人や「これから起業しようと思ってる」みたいな人も結構いて、「あ、意外とみんな自由なんだな」と思えたのも経験として大きかったです。

会社がつまらなかったり家庭がうまくいかなかったりして、仮にその場所を失ったとしても、面白い場所って他にもいくらでもあるのかもしれないなと思えたというか。頭では分かっていたつもりだったんですが、実際に人と会いまくったことでそれを本当に信じられるようになった、という気がします。

出会い系での1年を経て「無理だ」とすぐに思わなくなった

花田さんは「出会った70人に本をすすめまくる」経験のあとに、転職と離婚という人生の転機を迎えられていますよね。そういったできごと以外にも、なにかその1年を経てご自身の中で変化などはありましたか?

花田 いま言ったことにも近いんですが、場数を踏むことって大事だなとあらためて思うようになりました。人に本をすすめるという行為って、当たり前ですがとにかく実際に人に本をすすめてみることでしかうまくならないんです。実際に70人に会ったことで、どういうふうに本を紹介すれば人が興味を持ってくれるのか、という実験をたくさんさせてもらったような気がしますし、活動を始めたときよりもはるかに短い時間で相手の方がどんな本を求めているかが分かるようになりましたね。

f:id:blog-media:20200123122414j:plain

そのスキルはいまのお仕事にもつながっていますよね。例えば他にもなにか、性格的な面での変化などってありましたか?

花田 なにか行動を起こす前に「無理だな」とは思わなくなったような気がします。昔はすごくやってみたいこと、憧れていることがあっても「そんなことできるわけない」って思うことが多かったんですが、「いや、やってみたら意外とできるかも」と思えるようになったというか。

本に書かれていた、京都の憧れの書店の店長さんに会いに行くことなどもそのひとつだったんでしょうか。

花田 そうですね。もちろんそれまでも、自分から連絡をすれば会っていただけるかもしれないとは分かっていたんですが、「自分なんて……」みたいな遠慮の気持ちがあって。でもその1年間を経てタガが外れたというか、「絶対に無理」と思う前に「会っていただくにはどうしたらいいんだろう?」と考えられるようになったんだと思います。

……あっ、それで言うと、本を出すという目標も同じだったのかもしれないです。『であすす』を出す前に、実は友人と企画して『まだまだ知らない 夢の本屋ガイド』(朝日出版社)という本を出版しているんですが。

本を出すということも、もともとは「絶対に無理」と思われていたんですか?

花田 昔だったらそうだったと思います。その本は出会い系での1年を経て転職したあとに出したんですが、一緒に本をつくった友人には散々「出版なんか無茶だよ」と言われ続けていました。で、私はずっと「いや分かんないよ、出せるかもしれないじゃん」と言い続けていて(笑)。

あるとき友人をうまく乗せて、「じゃあもしも仮にこの本が出せるとしたら、どこの出版社から出したい?」と希望の出版社をランキングにして5つ挙げてもらったんです。それを聞き出したところで、「じゃあこの1位の出版社から順番に乗り込んでみようか」と。友人は引いてたんですけど、結局、第一希望だった出版社から本当に出版していただくことができたんですよ。

すごい行動力ですね……!

花田 だからそういう図々しさというか、調子に乗ることも意外と大事だと気づいたんだと思いますね。もしもそれで出版社5社に断られていたとしても、こっちに失うものもないですし。出会い系での1年が、自分を必要以上に抑える、みたいなストッパーを外してくれたんだと思います。

星座文庫

作家の星座別で分けた「星座文庫」のコーナー。同じ誕生日の作家が書いた本に出会えることも

人に本をすすめるときにいちばん意識していること

「本をすすめる」という行為についても少しお聞きしたいのですが、初対面の人と会話をしながらその人にぴったりの本をすすめることって、単に本の知識やコミュニケーション能力があればできるものではないように思います。 花田さんが人に本をすすめるとき、相手の方のお話をどういうふうに聞かれているのかが気になるのですが……。

花田 いちばん意識しているのは相手が話すことを否定したり自分の意見を押しつけたりは絶対にしないということですね。

相手が話すことを否定しない、意見を押しつけない、というのは「本をすすめる」ときだけでなく日頃の対人コミュニケーションでも大事かもしれませんね。

花田 そうかもしれませんね。「本をすすめる」場合の話をすると、例えば「失恋してしまって恋人のことが忘れられない。なにかいまの自分に合う本を教えてください」というお客様がいらしたとして、「だったら早く忘れたいですよね」とか「新しい恋人を探した方がいいですよね」ということを私が言うのは違うと思っています。

その方が「新しい恋愛をしたいと思っています」と言うのであればそれに合う本を探すようにしますし、「忘れられなくて苦しいです」と言うのであればその苦しみに対しての本を探す、というイメージです。

なるほど。中には、そこまで具体的に自分の読みたい本の方向性やジャンルを決めないで来られる方もいるのかなと思うのですが。

花田 確かに、『であすす』を出したこともあって、自分でもなにが読みたいのか分からないけれどなにかすすめてほしい、という方もときどきお店に来てくださいます。お店だとどうしてもお話できる時間が短いので、そういうときにはこちらもなるべく早めに的確な回答を引き出せるよう、その方が出されたキーワードからひとつひとつお話を聞いていっていまのお気持ちを知ろうとしていますね。

もしも悩んでいらっしゃることがあるようだったら、「いまどういうお気持ちですか」と聞くよりは、「それはうれしい気持ちと不安な気持ちであればどちらに近いですか?」という形で聞くようにしています。

チャートのように絞っていくイメージなんですね。

花田 極端な話、本を紹介するという最終目的がなければ「そうなんですね」「大変ですね」とずっとお話を聞くだけでいいと思うんですが、やっぱり相手の方にすすめるための1冊を決めるとなると、質問がどうしても具体的にならざるを得ないんです。「それって旦那さんに対する怒りですか、それともお子さんに対する怒りですか?」みたいに2択で聞いていかないと本が選べないので。

そこまで具体的な形で聞いてもらうと、漠然と考えていたことでもかなりクリアになっていくような気がします。

花田 やっぱり「本を探す」というひとつの目的があると、ただ漫然とお話を聞くよりも芯を食ったやりとりになりやすいのか、悩みや考え事がひとつ前に進んだ、と言っていただくことも多いです。

f:id:blog-media:20200123122422j:plainf:id:blog-media:20200123122426j:plain
(写真左)店内には趣向を凝らした装飾が至るところに。(写真右)このPOPは「新井賞」でおなじみの新井見枝香さん作なのだそう。

「自分には本しかない」とは決めつけない

個人的に『であすす』でとても印象的だったのが、“これからもどんどん流されてどこかへ行き続けるのだろうか。ならばどこまでも流れていって見てやろう”という、花田さんの人生観ともとれる言葉でした。花田さんは実際に“流される”生き方を理想とされているんですか?

花田 ああ、そうだと思います。「〇〇歳までに家を建てたい」とか「5年後までに年収を〇〇円にしたい」みたいなものが、たぶん私にはあまりピンとこなくて……。

将来のビジョンがイメージできない、という人は花田さんに限らず一定数いるように思います。

花田 数年後を見据えるのって正直難しいですよね。私の場合は、どこかに旗を立ててその場所をひたすら目指すというよりは、たまたまそのときに流れてきたものに飛び乗ってみる、みたいな生き方の方がもともと好きなんだろうなと思います。自分がそう思っているからなのかたまたまなのかは分からないんですが、実際にここ数年は転職が続いていて。

ひとつ前の職場もこのお店(HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE)への転職もそうなんですが、「やってみませんか」というお話をいただいた形だったんです。そう言っていただいたからにはめちゃくちゃ頑張ってみようかな、というスタンスでこれまでやってきているので、私は流されるままの方が結果的に面白い仕事に出会えるのかな、と思ったりもします。もちろん、どこに流れ着いてもいい、というわけではないんですけど。

f:id:blog-media:20200123122416j:plain
HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGEの様子。華やかな装飾が目を引きます

どこでもいいというわけではない、と言うと?

花田 多分、野心が強いタイプなんです。このお店も前職も新しい店舗を一からつくるというタイミングでの転職だったんですが、そういうふうに、できるなら新しいことをやりたい、新しい場所でチャレンジしてみたいという気持ちがあって。流れ着いた先で自分の持っているものを精一杯ぶつける、というのが合っているのかなと感じます。

例えばですが、今後、いつか流れ着いた先にある仕事が書店員さんではない可能性もあったりするんでしょうか。

花田 本屋以外の仕事ですか? やってみたい!(笑)書店員をやり始めてもう 20年くらいになるので、極端に言えば「書店で初めて自分の棚を持っておすすめ本を並べた瞬間」のようなフレッシュな感動は、もう二度と味わえないと思うんですよ。

もちろんこれまでの20年の蓄積があるからこそやれることもあると思いますし、実際にまだまだやりたいこともあるんですけど、一方で書店員以外の人生も味わってみたいな、と思ったりもします。

やっぱり対面でお客様とお話して本をすすめていくときのライブ感は大好きなんですが、その仕事しかできない、というのは思い込みかもしれないですもんね。……私、大学生のときにパンを製造するアルバイトをしていたことがあるんですけど、実はいまだにあれに勝る楽しい仕事はないって思っていて。

えっ、そうなんですか!?

花田 クリームパンにクリームを入れたりする仕事だったんですけど、焼き上がったパンがラックにどんどんたまっていくので、ラックいっぱいになる前に仕上げて店頭に出さないといけなくて、テトリスみたいな感じだったんですよね。「○時までにここのパンは全部出そう!」ってバイトのみんなで頑張るのが最高に楽しかった記憶があって(笑)。

花田さんのお仕事遍歴の中では異色ですよね。意外でした……。

花田 だから多分、自分にはこれしかないはずだって決めつけない方がいいですよね。私には本しかないって思ったら選択肢が狭まってしまうだろうし、いつまで(本の仕事を)やるか分からないという気持ちがあるからこそ、やれるうちに全力を尽くしておこう、という気持ちがあります。

いつかまたパン屋さんがやりたくなるかもしれないですし、もしかしたら10年後、20年後には掃除のプロフェッショナルとかになっているかもしれないですから(笑)。そういう人生の可能性もあるのかな、と思うと、これから先がちょっと楽しみになったりはしますね。

f:id:blog-media:20200123122429j:plain

取材・文:生湯葉シホ
撮影:関口佳代
編集:はてな編集部

『であすす』文庫版発売!

であすす
(河出書房新社)

夫に別れを告げ家を飛び出し、宿無し生活。どん底人生まっしぐらの書店員・花田菜々子。そんな彼女がふと思い立って登録したのが、出会い系サイト「X」。プロフィール欄に個性を出すため、悩みに悩んで書いた一言は、「今のあなたにぴったりな本を一冊選んでおすすめさせていただきます」ーー。

悩みまくる書店員・花田菜々子が初めて書いた、大人のための青春実録私小説『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』待望の文庫版が発売!

お話を伺った方:花田菜々子さん

花田菜々子さん

1979年、東京都生まれ。「ヴィレッジヴァンガード」に12年ほど勤めたのち「二子玉川 蔦屋家電」ブックコンシェルジュ、「パン屋の本屋」店長を経て、現在は「HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE」の店長を務める。編著書に『まだまだ知らない 夢の本屋ガイド』(朝日出版社)がある。2020年3月には「であすす」の続編ともいえる実録私小説『シングルファーザーの年下彼氏の子ども2人と格闘しまくって考えた「家族とは何なのか問題」のこと』が河出書房新社より発売予定。
Twitter:@hanadananako

最新記事のお知らせやキャンペーン情報を配信中!
<Facebookページも更新中> @shinkokyulisten

阿佐ヶ谷姉妹「大きな野望は持たない。私たちにとって仕事は『思い出づくり』のようなもの」

阿佐ヶ谷姉妹「大きな野望は持たない。私たちにとって仕事は『思い出づくり』のようなもの」

「他人なのに顔が似ている」という理由で2007年にコンビを結成して以来、シュールなネタとどこか力の抜けたスタンスでじわじわと人気を集めてきたお笑いコンビ・阿佐ヶ谷姉妹。近年では阿佐ヶ谷のアパートでの同居(※現在はアパートの隣同士)生活や、老後に友人や家族とひとつのアパートに暮らす「阿佐ヶ谷ハイム」の構想が話題になったりと、おふたりの生き方・暮らし方も注目されつつあります。

そんな阿佐ヶ谷姉妹の姉・渡辺江里子さんと妹・木村美穂さんに、今回は「思い出づくり」として取り組まれているという仕事の話を軸に、下積み時代のことや、外野からの言葉への向き合い方、「息切れしない程度に働く」ためのコツなどを伺いました。

30代半ばまで続いた「モヤモヤ期」

今日はおふたりに、お仕事に対するスタンスやこれまでの働き方について伺えればと思っています。

渡辺江里子さん(以下、エリコ) 私たちって働いてるの?

木村美穂さん(以下、ミホ) 他の人よりのんきかもしれないけど働いてるんじゃない?

阿佐ヶ谷姉妹「大きな野望は持たない。私たちにとって仕事は『思い出づくり』のようなもの」

妹・木村美穂さん(左)と姉・渡辺江里子さん(右)

もともとエリコさんとミホさんは、芸人としての活動を始める前に「東京乾電池」という劇団にいらっしゃったんですよね。おふたりとも、大学卒業後にすぐに劇団に入られたんですか?

ミホ 私は短大を出たあと一度就職してるんです、百貨店に入っていた寝具屋さんに。でもちょっと販売とか向いてないな、と気づいて短期間で辞めてしまって、そこから劇団に研究生っていう形で入って……。

エリコ 当時はお芝居とお笑いがすごくはやっていて、テレビなんかでもよく放送されてたのよね。東京乾電池という劇団は特に、お芝居とお笑いをニュートラルに行き来するような舞台をずっと作られていたので、ああ面白そうだなと思って。私は大学4年生のときにそこに入らせていただいたんですけど、ミホさんも私も、劇団には1年しかいなかったんです。

そうだったんですね、もっと長く在籍されていたのかと。

エリコ 正確には「劇団員」としては在籍すらしていないんです。研究生として授業やお稽古を1年間受けて優秀であればそのまま劇団員になれるということだったんですけど、私たちは優秀ではない、もろもろの方に入ってしまって。

ミホ 残れなかったのよね。

エリコ そうなんです。当時はなんとなく、研究生からそのまま劇団員になれれば楽しい気持ちのままで社会人デビューできるのかなあ、なんて思ってたんですけど、大学の卒論と教育実習、劇団の活動がぜんぶ重なっちゃったものだからなにもうまくいかなくって。

ミホ お姉さんはちょっと計画性がないのよね。だいたい強欲なのよ。

エリコ そうねえ、強欲なのかもしれない……。なにかひとつでもうまくいけばラッキーなんじゃないかと思ったんだけど、結局そんな器用な人間でもなくて。大学を卒業する頃には、就職もしてないし劇団にも残れなかったので、なんにもなくなってしまったんです。

当時はアルバイトなどをしながら生活されていたんですか?

エリコ そうですね。私はコールセンターのアルバイトをしながら、知り合いの方と年にほんの数回、お芝居をやらせていただいたりしてました。お芝居の方がメインのはずなのに、なんだかだんだんその日のお金を稼ぐことがメインになってきているような気がしてモヤモヤしていたんですけど……。

ミホ 私も似たような感じで、目的もなくデータ入力のアルバイトをしてました。バイト中にときどきお姉さんに手紙書いたり。またぱっと思い立って演劇の学校に行ったりして。

阿佐ヶ谷姉妹「大きな野望は持たない。私たちにとって仕事は『思い出づくり』のようなもの」

当時、すでにおふたりはお友達だったんですね。

エリコ 劇団の研究所に入った当初から似たような顔の人がいるなとはお互いに思ってて、お喋りしているうちに仲良くなったんです。当時はまだミホさんは実家にいたので、たまにうちに遊びにきてもらったり、電話したりしてね。ミホさんあの頃、すっごくたくさん手紙くれたわね。

ミホ そうねえ。

エリコ 一度、手紙に「P.S.今日はプレゼントが2つもあるぞ」みたいなことが書かれていて、なにかなと思ったら封筒の中にパンダコパンダのシールと、どこかの雑誌から切り抜いてきたジャイアント馬場さんの写真が入ってたことがあった。この人、イカれてるわねえと思いましたね。

ミホ いい写真だったでしょう、アラーキーさんの撮った写真だったのよ。

エリコ あれは確かにとってもいいお写真だった。当時お互いに20代後半だったんですけどね。

ミホ そんな好き勝手なものを送りつけられる相手がお姉さんくらいしかいなかったんです。モヤモヤしてた気持ちを唯一分かってくれそうなのがお姉さんだった。

「次も呼ばれるにはどうすればいいか」ばかり考えていた

その後、おふたりは2007年に30代半ばでコンビを組み、お笑い芸人としてのお仕事を始められたんですよね。

エリコ そうです、いちばん最初は知り合いの方のお笑いライブに呼んでいただいて。1回だけ出てみてくれないか、というお話だったので、そうミホさんにもお願いしたんですけど、ありがたいことにそれからときどきお仕事のお声がかかるようになって。

阿佐ヶ谷姉妹「大きな野望は持たない。私たちにとって仕事は『思い出づくり』のようなもの」

当時はどんなネタをされていたんでしょう。

エリコ ライブで、ひと組あたりの持ち時間が4分のところを私たちだけ8分やってしまって。しかも喋るのは最初の1~2分だけで、あとはフルサイズで6分間ただ「トルコ行進曲」を歌うっていう。

(一同爆笑)。

エリコ 当時はバラエティ番組のテレビカメラが新人発掘のためにいろんな劇場やライブハウスに入っていたみたいで、私たちそんな年齢でピンクのドレスなんか着てるし、変わった人たちがいるってことで少しずつ皆さんに知っていただいて……という。ミホさん、あってる?

ミホ あってるあってる。

30代半ばというとお笑い芸人さんとしては比較的遅めのスタートなのかなと思うのですが、それに関して迷いや不安を感じられたことってありましたか?

エリコ そのときそのときのライブをどうこなすかで頭がいっぱいでしたね。

お笑いで天下とったるみたいな気持ちでこの世界に飛び込んだわけでもないので、お仕事も毎回恐る恐るでしたし、ネタを作るのもそんなに得意じゃないですし、他の先輩方がやってらっしゃるのを真似したつもりでいても、体力的にも技術的にも全然及ばなくって。今回もうまくいかなかったわね、みたいなことがコンビを組んで数年はずっと続いていたと思います。

ミホ でももうこのドレスでロケに行ったりしてるものですから。

エリコ そうねえ。そこからドレスを脱いで他のことをやる、というほど自分たちに芸があるとも思えなかったですし、その頃はその頃で行き詰まっていて。

そんな中で、お仕事を続けられるモチベーションはどこにあったんでしょうか。

エリコ 当時はアルバイトもしてましたから、一応お笑いのお仕事1本で食べられるようになるのがいちばんいいなあとは思っていて。親孝行もしたいし、できればたまにはちょっと旅行も行きたいみたいな、そういう日々のことかしら……でも、なんだったのかしらねえ、モチベーション。

ミホ ふふ。

エリコ あらなんで笑ったの。

ミホ なんだったんだろうと思って。

エリコ モチベーションのモチで笑ったのかと思った、ミホさんお餅が好きだから。

阿佐ヶ谷姉妹「大きな野望は持たない。私たちにとって仕事は『思い出づくり』のようなもの」

きなこ餅が好物だというミホさん

(笑)。日々のちょっとした目標がお仕事のやる気につながっていたのかもしれないですね。

ミホ 私たち、やる気がすごくあったわけじゃないもんね。

エリコ だったらもっとネタ作ってるわよね。ただ、面白いって思っていただかないと次がなくなっちゃいますから、次も呼んでいただくにはどうすればいいか、ということだけを毎回考えてた気がします。

肩の荷を下ろしてくれた「思い出づくり」という言葉

おふたりはマネージャーさんとの二人三脚の関係性でも知られていると思うのですが、今のマネージャーさんとの出会いは大きかったですか?

エリコ それは本当に。2012年に今の事務所に移らせていただいて、4年くらい前から今のマネージャーさんに担当いただいているんですけど、これまで他の事務所でいろんな有名な方とお仕事されてきて、ご自身でも表現活動をされている方なんですよ。年齢は私とひと回り違う、とてもお若い方ではあるんですけど……あら、子年だから年男だわ。

ミホ お姉さんもね。

エリコ 私も年女だわ。……そんなお若い方ではあるんですけど、いろんなことに造詣の深い方で。尊敬できる部分が多々あったので、私たちももうプライドとか関係なく「どうしたら面白くなりますかね」って日々相談して、一緒に考えていただいたりして。いちばん行き詰まっていた頃に、お仕事に対する姿勢をすこし変えてくださったのもマネージャーさんのアドバイスでしたね。

そのお話、ぜひお聞きしたいです。

エリコ 何年か前、私たちがすごく悩んでいたときに、マネージャーさんが「仕事を『思い出づくり』と捉えればいいんじゃないですか」って言ってくださったんです。

「おふたりとも努力が似合うタイプではないし、大きな夢とか野望を持つよりも、仕事の楽しいこともちょっとしんどいことも人生の中の思い出の1ページっていうふうに捉えたらいいんじゃないですか。修学旅行で撮った写真を集めてあとから『これ楽しかったわね』って言うみたいに」って。その言葉が当時の私たちにはすごくストンと落ちたんですよね。

阿佐ヶ谷姉妹「大きな野望は持たない。私たちにとって仕事は『思い出づくり』のようなもの」

好物は餃子だというエリコさん

ミホ そうねえ。

エリコ もちろん、どうやったらもっと売れるかというのは自分たちでも考えなきゃいけないことなんですけど、そのアドバイスで本当に肩の荷がひとつ下りたというか。

ミホ たぶん他の芸人さんだったらもっと熱いアドバイスをされると思うんですけど、私たちの性格を把握した上でそういう言葉をかけてくれたんだと思います。

エリコ ああ、そうかもしれないわね。

(同席されていたマネージャーさんに)そうだったんですか?

マネージャーOさん いや、僕ももともとあんまり夢とか野望とか大きいものがあるタイプじゃないんです。だから自然体のアドバイスだったと思います。

エリコ でもやっぱり、その方その方に応じたマネジメントをしてくださってるっていうのはあると思う。それは私たちでどうこうできることじゃないですから、出会いや環境に恵まれてるっていうのは本当にあると思うんですけどね。

ミホ ご縁だわね。

エリコ ご縁ねえ。

「もっとガツガツいかないとだめだよ」外野の言葉との向き合い方

おふたりともお仕事に対して大きな夢や野望を持っているわけじゃない、というのはすごくリアルだなと思うんです。働いていらっしゃる方全員が大きな夢を持っているわけではないと思いますし。

エリコ すみませんねえ、なんだか。

ミホ でもやっぱり、何年後にどうなりたいかをもっと考えていかないとだめだ、って人に言われることもあったんですよ。

エリコ そうねえ。言われたわ。

ミホ 全然考えられないそういうの。

阿佐ヶ谷姉妹「大きな野望は持たない。私たちにとって仕事は『思い出づくり』のようなもの」

そういう外からの言葉には、「芸人なんだから」とか「もう40代なんだから」とか、もしかすると「女性なんだから」みたいなものもあったかもしれないなと想像するんですが、どういうふうに向き合ってこられたんですか。

エリコ 本当にいろんなことを言われたわよね。私たちって昔からふたりとも容姿があまり変わらなくって老け顔なんですけど、コンビを組んだ当初から「阿佐ヶ谷姉妹はもっと『おばさん』を推していった方がいいと思うよ」って言ってくる方もいて。でも当時はあまりしっくりこなかったというか……そのアドバイスを受け止められなくって。

ミホ それでちょっと若い人ぶって、私たちなりのとんがったネタをやったりもしてたんです。

エリコ とんがったネタ、あったわね。コントの途中で急に「五輪の新競技だ」ってミホさんが手で輪っかを作って、私が本気でそこに飛び込もうとするんだけど絶対に失敗するっていう、自分たちですら意味の分からないネタ。

……30代はそういうことをしていたから「その歳で恥ずかしくないのか」って言われたこともありましたし、「もっとガツガツいかないとだめだよ」って言われたこともあったんですけど……聞く耳をあんまり持たなかったんですよね。

ミホ 頑固だから聞き入れないんですよ。

それはお二方ともですか。

エリコ そうだと思います。でも、人からのアドバイスに対して「そうじゃないと思います」って言うほどの自信や気概もないので、そのときは「そうですね、ありがとうございます」ってさも聞いたかのように受け流していた気がします。もちろん、全てのアドバイスをスルーしていたわけではないと思うんですけど。

ミホ そうね。聞いてはいた。

エリコ 「おばさん」というものに対しては、40歳前後になってきてから初めて自分たちの「おばさん性」みたいなものを面白がれるようになってきた感じがあって。だから30代のときに頂いたアドバイスが全然役に立たなかったっていうわけではなく、頂いたものは頂いたものとして、使えるときになってそれを引き出して参考にさせていただいたという気がします。私たちはそういうスタンスだったから、大きく壊れずにここまでこられたのかなとは思いますね。

阿佐ヶ谷姉妹「大きな野望は持たない。私たちにとって仕事は『思い出づくり』のようなもの」"

ただ今度は逆に自分たちのことを「おばさん」と言わない方がいい、とおっしゃる方もいると思うのですが。

エリコ 自分を「おばさん」とか「おじさん」と自称することでなにか失われるものがある、と感じていらっしゃる方ももちろんいると思うんです。

そういう方を「おばさん」と呼ぶのはもちろん違うと思うんですが、もしも「おばさん」と自称するかどうかでモヤモヤしているなら、「そうねえ、まあおばさんよね」と思ってしまうのもアリじゃないかしら、と最近は思います。

ミホ とんがってたネタから「おばさんあるある」みたいなちょっと分かりやすいネタをやってみたときに、いつの間にか自分たちで違和感がなかったというか、受け入れられるようになってたんですよね。

エリコ もちろん「おばさんは最強」みたいなことでもないんですけど、卑下するでもそれを振りかざすでもなく、ニュートラルに自分の中にあるおばさん性みたいなものと付き合っていけたらいいのかなっていうのはありますね。私たちはおばさんって言うようになって楽にはなった気はするわね?

ミホ うん、そうねえ。

「息切れしない程度に働く」ためのルーティン

いま、おふたりには目標や目指していらっしゃるところってあったりしますか? 2018年には「女芸人No.1決定戦 THE W」で優勝もされていますが。

ミホ 目標……。今年はどうしようか、みたいなことは考えたりするんですけどね。

エリコ おとといだったかしら、ミホさん家のこたつで話し合ったのよね。確か、今年はもっと面白くなりたいねって言ってたわね。

阿佐ヶ谷姉妹「大きな野望は持たない。私たちにとって仕事は『思い出づくり』のようなもの」

「THE W 2018」優勝時には奮発して98円の豆苗を4つ購入したそう

それはライブやお笑いのコンテストを盛り上げたい、ということでしょうか。

エリコ ライブもそうですし、テレビもそうですしね。今年のお正月も地方でステージに立たせていただいたんですけど、ご家族連れでいらしてくださってるお客様もいて。全方向に向けたお笑いって本当に難しいとは思うんですけど、皆さんもっと笑いたいだろうな、どうしたら笑っていただけるのかなって思う気持ちもあるので。まだまだだなあって思ったりして。

「まだまだ」というのは、どういうときに思われるんですか?

ミホ ネタのあの場所なかなかウケないね、みたいな。

エリコ そうねえ……やっぱりこう、なにかがカチッと合ったときのドカン、というお客様の反応はうれしいんですよ。それは快感でもありますし、このお仕事をしててよかったなと思える瞬間なので。まだどうもね、カチッ、がゆるいのよね私たち。それでまあ、もっと面白くなって、ご近所さんとか家族に恩返ししていくしかないわね。

ご近所さんといえば、いまは同じアパートのお隣の部屋同士に住んでいるおふたりですが、将来はその暮らしをもっと拡張して、友人や家族たちと同じアパートで暮らす「阿佐ヶ谷ハイム」の構想があると最近よく話していらっしゃいますよね。それに対して、周りの方から反響などありましたか?

ミホ まだ全然、家を建てるには程遠いんですけどね。

エリコ でもすでにもう、独身のフリーアナウンサーの方とか、ご結婚はされているけどいつなにがあるか分からないので入りたい、という方がいらっしゃって、予約は3部屋分埋まってるんですよ。

ミホ そこに親とかも入ったらいっぱいになっちゃうか。

エリコ そうね、家族も入れると8部屋以上のアパートを建てなきゃいけない計算になるのかな。けっこうハードねえ。自分たちが息切れしない程度にやっていって、いずれ家も建てられたらいいんじゃないかしら、とは思うんですけど。

「息切れしない程度に」働くのが意外と難しいんじゃないかなと感じたりもするのですが、おふたりはいかがですか。目の前に仕事がたくさんあるとつい無理をしてしまう、という方も多いと思うんですが……。

エリコ 会社員の方なんてきっとそうでしょうねえ。

ミホ 私たちより会社とかに勤められている方のほうが、毎日すごく働いてると思いますよ。

エリコ 本当に素晴らしいと思う。ときどき自分たちが朝早い時間に出なきゃいけないことがあると、阿佐ヶ谷の商店街や電車の中にもこれから働きに行く方がたくさんいらっしゃって、それだけで素晴らしいって思うもん。……あっごめんなさい、息切れしないためにはの話だったわね。

ミホ 銭湯かしらね。

エリコ えっ?

阿佐ヶ谷姉妹「大きな野望は持たない。私たちにとって仕事は『思い出づくり』のようなもの」

ミホ 近所の銭湯に行くこと。

エリコ 銭湯?

ミホさんはよく行かれるんですか?

ミホ この前やっと1回行ったのよね。阿佐ヶ谷に20年住んでて初めて。

エリコ しかもそれ私がついていったんじゃない。ひとりだと怖いからって。

(笑)。他にもそういう、ストレスを溜めないための生活のコツやルーティンってありますか?

エリコ ミホさんは猫とか温泉の動画をよく見てるわね。

ミホ そうねえ。あとは整骨院に行ったり、体操教室にお姉さんと通ったり。

エリコ 私たちは自分たちのこと甘やかしてばっかりだもんね。己に全然厳しくないんですよ。……ねえ、このお話、働いてる方のためになるのかしら?

ミホ 全然なんともならない話しちゃった気がするわね。

阿佐ヶ谷姉妹

取材・文/生湯葉シホ
撮影/加藤岳
編集/はてな編集部

『阿佐ヶ谷姉妹ののほほんふたり暮らし』文庫版発売!

『阿佐ヶ谷姉妹ののほほんふたり暮らし』書影

2020年2月6日発売予定 / 600円(+税) / 幻冬舎刊

40代・独身・女芸人の同居生活はちょっとした小競合いと人情味溢れるご近所づきあいが満載。エアコンの設定温度や布団の陣地で揉める一方、ご近所からの手作り餃子おすそわけに舌鼓。白髪染めや運動不足等の加齢事情を抱えつつもマイペースな日々が続くと思いきや―。

地味な暮らしと不思議な家族愛漂う往復エッセイ。その後の姉妹対談も収録。

お話を伺った方:阿佐ヶ谷姉妹(あさがやしまい)

阿佐ヶ谷姉妹

妹の木村美穂(きむら みほ)さんと、姉の渡辺 江里子(わたなべ えりこ)さんによるお笑いコンビ。劇団東京乾電池研究所にて知り合い、その後2007年にコンビ結成。2016年フジテレビ「とんねるずのみなさんのおかげでした『第22回細かすぎて伝わらないモノマネ選手権』」優勝。2018年「女芸人No.1決定戦 THE W」優勝。
Twitter:@asagayanoane
Blog:姉妹だより

最新記事のお知らせやキャンペーン情報を配信中!
<Facebookページも更新中> @shinkokyulisten

不毛な会議はもうしたくない! 議論を可視化するグラフィックレコーディングのすすめ

清水さん

長いだけで議論の前進しない会議や、参加者が当たり障りの発言しかできない空気のある会議など、不毛な会議が続いてうんざりした経験はありませんか?

そんな場の議論を整理・活性化させるため、主に模造紙とペンを用いて人々の対話をイラストや図式でリアルタイムに可視化する「グラフィックレコーディング」という手法が、近年注目を集めています。

今回お話を伺う清水淳子さんは2013年から「Tokyo Graphic Recorder」としてグラフィックレコーディングの研究・実践を続けている人物。日本におけるグラフィックレコーディングの第一人者である清水さんに、グラフィックレコーディングという手法を始めたきっかけやその効果、そしていち会社員が社内の会議に無理なくグラフィックレコーディングを取り入れるためのコツなどを語っていただきました。

きっかけは「このまま終わったらまずい」会議だった

清水さんがグラフィックレコーディングという手法を始めたのは、会社員時代の会議がきっかけだったとお聞きしています。

清水 淳子さん(以下:清水) 数年前、デザイナーとして入社した会社でとあるプロジェクトに関する会議があったのですが、それが専門も立場も異なるさまざまな人たちが集まっている場だったんです。そのため参加者の発言の内容がお互いにうまく伝わらず、場の空気が悪くなりかけていって……。

気まずい状況ですね……。

清水 内容に齟齬が生じたままで解散となってしまうと、デザイナーとして自分がなにを作ればいいのか分からないじゃないですか。これはまずい、この場で怒られてもいいからもう少し現状を整理しておきたい……と焦ったときに、とっさに思いついたのが「グラフィックでコミュニケーションをとる」という苦肉の策で。

ホワイトボードの前に出ていって、言葉ではなくイラストや図を描いてみんなが話している内容や一人ひとりが伝えたい内容を可視化し説明するようにしたら、その場の空気がやわらかくなっていき、生じてしまっていた齟齬が一気に解消されていくのを感じたんです。

すごい効果……! そこでグラフィックを使うという表現方法の便利さに気づいたんですか?

清水 これはすごく役に立つなと感じたのですが、同時に、まだ日本では受け入れられにくい手法かもしれないなとも思いました。

私自身、その会議に参加したのが20代前半の頃。そのくらい若い社員が、会議の場でひとり席を立ちホワイトボードの前に行く、ということ自体に勇気がいるなと実感したので……。

グラフィックレコーディングの様子

確かに、若手社員がいままでと違うやり方で会議を進行しようとしたら、驚く人は出てくるかもしれませんね。

清水 会議中ホワイトボードを使うときも、なんとなくテキスト以外のものを描くことに抵抗のある空間じゃありませんか? 議事録もWordなどテキストの形でとるべきであって、重要な会議中に絵を描くなんてけしからんという雰囲気があるというか。

何となく分かるような気がします。

清水 また社内の会議とは別に、この頃はさまざまな社外勉強会に参加していました。その勉強会の内容を、自分用にまとめたメモとしてSNSやブログにアップしたところものすごく好評で。イベントでリアルタイムで描いてくれないか? という依頼をいただくようになってきたんです。

2013年には従来のグラフィックデザインとは異なるグラフィックの可能性を探求するために「Tokyo Graphic Recorder」という名前でサイトを立ち上げ、肩書きを「グラフィックレコーダー」と名乗るようになりました。サイトを通じて依頼をくださった企業の会議やシンポジウムなど、いろんな場に出向いてグラフィックレコーディングを行い、その手法や効果を研究するということを実験的にするようになりましたね。

グラフィックレコーディングの様子

そして活動を続ける中で、海外にも同様の手法があるというのを聞いたんです。グラフィックを表現ではなくツールとして使い、議論を活性化するというのは既に海外ではメジャーなやり方なんだと知り、「じゃあこの手法を日本の文化の中で定着させるためにはどうすればいいんだろう?」と考えるようになったんです。

グラフィックレコーディングが議論の場にもたらす効果

さまざまな場所に出向いてグラフィックレコーディングをおこなう中で、やはりどんな議論の場でもグラフィックレコーディングを用いることはプラスに働く、と感じたんでしょうか?

清水 私が最初にグラフィックレコーディングをやり始めた会議のように、議論の場のコミュニケーションを円滑にし「対話の活性化を促す」効果を感じたのはもちろん、その場に来られなかった人やあとから内容を確認したい人のためのアーカイブとして役に立つケースがあるということにも気づきました。目的に応じてさまざまな効果を発揮できるな、と。

グラフィックレコーディングがもっとも効果的に機能するのって、例えばどのような場なのでしょうか。

清水 いろいろな年代や職種、立場の人たちが集まってゼロからなにかを考えなければいけないようなカオスな場だとより効果的に機能すると思います。「この会議、このままだとやばそう……」という状況にはいちばん効くんじゃないかなと。

清水さんが最初にグラフィックレコーディングを始めた会議も同じかもしれませんが、そういった状況での会議って、どうしても当たり障りのない曖昧な意見の出し合いになってしまいがちですよね。

清水 そうなんですよね。だからこそ、そういった場でグラフィックを用いて論点の整理をすることが、不毛になりかけている会議を少しでも前に進ませたり、よりよい対話をもたらしたりするきっかけになると思っています。

Graphic Recorder ―議論を可視化するグラフィックレコーディングの教科書

著書『Graphic Recorder ―議論を可視化するグラフィックレコーディングの教科書』ではグラフィックレコーディングの実践方法を段階的に解説しているほか、素早く会議中の要素をグラフィックに落とし込むコツなども網羅されています。絵を描くことに苦手意識を持っている人でも抵抗感なく始められるよう多くの事例を交えながら紹介されていおりまさに「教科書」的な一冊

最初はA4の紙からスタートさせる

グラフィックレコーディングという手法に興味があって、実際に自分の会社でもやってみたいという人は多いと思います。けれど最初に清水さんがおっしゃったように、若手社員の人が突然席を立って「今日は私が会議中の話題をグラフィックにしてみます」と言うのはなかなかハードルが高そうで……。

清水 例えば、いきなり大きな模造紙を会議室に貼ってグラフィックレコーディングを始めようとしたら「でしゃばり」って思われてしまうかもしれないですし、万一失敗したときに潰しがききづらいと思うんですよ(笑)。最初はA4くらいの紙やノートを使って会議の内容をリアルタイムで聞きながら個人のメモとして記録することをチャレンジして、会議後にシェアして反応を見るのがいいかもしれません。

それでもハードルが高いという場合には、議事録を元に、会議のサマリーを図解にして、参加していたメンバーにメールで送ってみることから始めてみるのもいいと思います。いきなり派手にリアルタイムでグラフィックレコーディングするよりも、まずはグラフィックでコミュニケーションするメリットを確実に感じられる体験作りができると安心ですね。

f:id:blog-media:20200106173416j:plainf:id:blog-media:20200106173420j:plain
清水さんがグラフィックレコーディングを実行する際欠かせないペン。持つ角度によって太さを変えられるものを特に愛用しているのだそう

なるほど、最初はグラフィックを用いることのメリットを伝えることに徹するという。

清水 そうです。それでもし社内の人たちが「あのメモ、分かりやすかったよね」と興味を持ってくれたらグラフィックレコーディングという手法があることを伝えて、徐々に会議中にホワイトボードや模造紙を利用してみる、というのが現実的なのかなと。

グラフィックレコーディングの具体的な実践方法は清水さんの著書やnoteなどでも多数発信されていると思うのですが、議論をリアルタイムでグラフィック化するためにはまず、その場で出た意見(情報)を要約・整理するスキルが必要になってくると思うんです。清水さんが普段グラフィックレコーディングをおこなう際、意識している「情報整理のコツ」ってありますか?

清水 グラフィックレコーディングは、文字起こしのように全ての発言を一言一句そのままに記録していくことは不可能です。なので、その場で話している人が一番伝えたいことを読み解き、グラフィックに置き換える、という作業の繰り返しです。イメージとしては国語の試験で出される「この段落に書かれている内容を15文字以内に要約せよ」という問題を解き続けている感じでしょうか……。

話を聞き取り、頭の中で要約した発言をひとかたまりとして、それを図解やイラストレーション、もしくは簡潔なテキストに翻訳してリアルタイムで描き続けていく、ということを繰り返しています。

その際に、図解とイラストレーション、テキストの描きわけはどう意識されていますか?

清水 数字や固有名詞などのファクトはできるだけテキストとして忠実に残して、時間の余裕があれば図解やイラストも添える形にしています。要約した内容はなるべく網羅的にテキストとして残すようにしているんですが、テキストだけだと陳腐に見えてしまうよう要約になりそうなときは、図やイラストを大きめに描き、見る人のイメージを増幅できるするようにしています。

例えば「情熱」や「熱意」というエモーショナルだけど漠然としたキーワードが出たとして、その場の文脈や空気が分かれば違和感なく受け入れられると思うんですが、テキストだけだと、後から見た人がどうしても「?」となってしまうと思うので、そういうときは前向きな表情の人のイラストに変えてみたりして。

テキストとイラスト、図解を組み合わせた例

テキストとイラスト、図解を組み合わせた例

全ての話題を拾おうとすると、どうしてもレコーディングが間に合わないと思うのですが、話題の取捨選択はどのようにすればいいのでしょうか。

清水 目的によって優先順位は変わるのですが、基本的にはグラフィックレコーディングでしか残せないようなところを拾う、ということを意識しています。

“見栄”を取り払って対話のきっかけをつくる

いまのお話をお聞きすると、グラフィックレコーディングをする人は「できるだけ正確にその場の議論を記録する」というよりも、「自分なりのフィルターを通して議論を記録する」という意識でいた方がよいのでしょうか。

清水 もちろんいろいろなグラフィッカーの人がいるので、その場の議論をできるだけ正確に記録したいという方もいると思います。ただ私自身はどちらかというと「私の耳で聞こえたことを自分なりに網羅して記録しておくので、これを元にして情報を修正したり整理したりしてください」という材料を用意するような気持ちで描いています。

私が自分のセンサーをフルに発動して場を記録しようとしても、機械ではなく人間なので、やっぱりどこかに抜けや漏れは出ます。しかし、完全な記録ではないからこそ、参加者の方は「ここは本当にこういう話でよかったんだっけ?」と疑いながら、グラフィックを見ることができる。自分なりの解釈を加えながらグラフィックを見ることで、さらなる議論の活性化に利用してほしいですね。

グラフィックレコーディングの例

出来上がったグラフィックを中心に議論が活性化していく、というのは理想的だと思うのですが、場をそういう状態にするためにはグラフィックレコーディングをする人にファシリテーションのスキルも必要になってきそうですよね。

清水 そうですね。会議によっては私がグラフィックレコーディングに集中して、もう1名ファシリテーターの方に入っていただくという形でタッグを組むケースは多いです。

社内の会議でファシリテーター役の人がほかにいるときは、その人としっかり役割分担するというのがとても大事になってくると思います。ファシリテーターの人に対して「もしも言葉に詰まったり時間内に終わらなくなりそうなときはグラフィックを地図として使ってください、私は記録であなたの進行をサポートします」ということをきちんと伝えられていると、お互いに安心して会議に臨むことができるんじゃないかなと。

なるほど、確かにそれができると安心ですね。実際に、清水さんの本をきっかけにして自分の会社でグラフィックレコーディングにチャレンジしてみた、という方の声を聞いたりすることもありますか?

清水 ありますね……! 私の本に限らずいろいろな影響もあると思うんですがさまざまな業種の方から「グラフィックレコーディングを取り入れてみました」という報告を聞くケースが少しずつ増えていて。グラフィックもひとつのコミュニケーションツールであるというのがだんだん社会の中に浸透し始めたのかなと感じます。

インタビュー中の様子

新しいことをやろうとする人の意見が聞き入れられにくい会社もまだまだ多いとは思うのですが、必ずしもテキストだけにこだわらなくてもいいんだ、ということが広まっていくといいですよね。

清水 そうですね。この活動をしているとときどき、「グラフィックレコーディング自体は嫌いじゃないけれど、実は言葉をグラフィックに変換されると内容があんまり頭に入ってこないんだよね」とこっそり言われることがあるんです。

個人的にはグラフィックよりテキストの量が多い方が頭に入るタイプなので、そう仰る方の気持ちも分かるような気がします……!

清水 私は長い文章がなかなか頭に入ってこないタイプなんですが、逆にビジュアルランゲージが頭に入りづらいというタイプの人もいるんだなと。グラフィックは「万能なコミュニケーション手段」だと考えてしまいがちですが、そうではないと思います。ビジュアル、テキスト、音声、人それぞれ認知しやすい情報の形があることを理解しあうことは重要ですね。

ただやはり、テキストだらけの情報よりもグラフィックが入っている情報の方が目を引きますし、きちんと読もうという気持ちになる人は多いだろうなと思います。

清水 グラフィックの特徴・よさとして、とりあえず忙しい中でも、短時間で一度は全体像に目を通しやすいて向けてもらえる、というのは大きいと思います。会議中「今、どんなことを話しているんだっけ?」となる瞬間でも、グラフィックでリアルタイムに可視化されていれば、パッと見て何となく全体の状況がつかみやすくなりますよね。また、先程もお話したようにグラフィックレコーディングは記録としての役割も担うと考えています。

テキストベースの議事録の場合、全体像に目を通すのは結構大変です。なので、分かりにくいなと感じても、理解したふりしちゃうことってあるじゃないですか(笑)。それがグラフィックであれば、その会議に参加してない人でも全体像に目を通すハードルは低くなるんじゃないかな。

グラフィックレコーディングの例

確かにパッと見たときの印象はテキストとグラフィックでは違いますね。テキストだと「うっ」と身構えてしまう人もいるかも。

清水 それからテキストだけの情報だと、読解力や議論されているテーマの難易度によって内容をよく読み取れる人とそうでない人が出てきてしまうのですが、グラフィックの場合は「これってどういうこと?」という質問をすぐに投げかけやすいので、仮に分かりづらい箇所があってもそこからすり合わせができる。

大人の見栄みたいなものを取り払って、本音で対話するきっかけをつくりやすいというのが、グラフィックレコーディングの面白いところだと思いますね。

お話を伺った方:清水淳子さん

千野

1986生まれ。2009年 多摩美術大学情報デザイン学科卒業後 デザイナーに。2013年Tokyo Graphic Recorderとして活動開始。2019年、東京藝術大学大学院美術研究科修士課程デザイン専攻 修了。現在、フリーランスとして活動しつつ、多摩美術大学情報デザイン学科専任講師として情報視覚言語の研究をベースに、メディアデザイン領域とReboaderゼミを担当。著書に『Graphic Recorder ―議論を可視化するグラフィックレコーディングの教科書』がある。
WebTwitter

取材・文/生湯葉シホ
撮影/曽我美芽
編集/はてな編集部

関連記事



最新記事のお知らせやキャンペーン情報を配信中!
<Facebookページも更新中> @shinkokyulisten

復職を控えどんなことを考えた? 先輩ワーキングマザー3人が語る復職後の仕事と育児

集合写真


来年度から復職予定のワーキングマザーの皆さんは、保育園の申し込み時期を過ぎてひとまずホッとしているタイミングかもしれません。悲喜こもごもの結果がこれから出るとして、復職へ向け、親子ともに心の準備をされていることでしょう。

今回は、実際に復職して働いているワーママブロガーさん3名にご登場いただき、復職前後の心境や体験談を語っていただきました。これから復職する予定の方々にエールをお届けできればと思います。

***

<<参加者プロフィール>>

イカズミさん

イカズミさん:30代後半。お子さんは3歳と1歳。復職時のお子さんの月齢は、上のお子さんが5ヶ月、下のお子さんが7ヶ月。編集プロダクションの総務を担当。

コロポンさん

コロポンさん:30代前半。お子さんは1歳4ヶ月。復職時のお子さんの月齢は8ヶ月。IT関連のベンチャー企業でWebディレクターとして従事。

ビーさん

ビーさん:40代前半。お子さんは4歳。復職時のお子さんの月齢は10ヶ月。外資系IT企業の技術職。

小さな子どもを預けて働く葛藤は、あった?

復職時のお話を伺う前に、皆さんが保活(子どもを保育園に入れるために行う活動)をどう乗り越えたのか教えてください。

コロポンさん 私は妊娠中から保活を始めていました。どんな仕事でも働いていたいと思っていたので、保活のモチベーションは高かったように思います。

ビー(敬称略、以下同) 私の場合、出産前は何もしていなくて……。動き始めるのが遅かったので焦りました。息子を抱っこして役所に通い、いろいろな園を見学して。結果が出るまでは、精神的につらかったです。つらかった分、入園決定の知らせを聞いた時は「ヤッター!」って。すごい解放感でした。

イカズミ 子どもの預け先が決まらないことには復職ができないので、先が見えない不安にメンタルがやられますよね。うちの兄弟たちは今、別々の園に通っています。入れたらどこでも文句は言っていられない。頭も体もフル回転の保活でした。

保育園が決まったのはいいけれど、その後「子育てと仕事の両立が不安になる……」と考えてしまう話もよく耳にします。決まってからの準備や慣らし保育を経ていざ入園した際に、不安や葛藤はありましたか?

イカズミ 長男の時は「仕事が楽しみで仕方ない!」とフレッシュな気持ちでした。入園が生後5ヶ月で月齢が若かったから、子ども本人も慣れるのが早かったのかもしれません。逆に、次男はなかなか保育園の環境に慣れず、ご飯は食べない、ミルクも飲まない、寝てくれない……。保育士さんも手を焼いていたようで、「本当に復帰できるんだろうか」と、2度目の復職では自信を失くしかけました。

コロポン うちの娘は、家は“ずりばい”を始めていたのに、保育園では1ヶ月間、全然動かなかったらしいんです。娘なりに慣れない環境への葛藤とかあったのかなぁ〜、このまま復職していいのだろうかと、一気に申し訳ない気持ちに……。

image

コロポン 親にとっても最初は慣れるための期間ですよね。時間がたてばお互い必ず慣れるんですけど。

ビー 「お母さんとお別れする時は泣いているけれど、姿が見えなくなるとケロっとしています」みたいな話はよく聞きますよね。私も息子を保育園に送った後に窓から様子をのぞいてみたら、楽しそうに遊んでいて拍子抜けしました。

お子さんが保育園に慣れてくると、安心して仕事に臨めますね。

ビー 何より、すぐに保育園での秩序を学んできたのにびっくりしました。自分でお友達の様子を見て、着替えをしたり、片付けをしたり、社会性を身につけている。親がまだ教えていないことでもお友達を見て吸収してくるので、「これは行かせてよかった!」と思いました。

イカズミ そうそう、うちの子どもたちは私よりきれいに洋服をたためますよ(笑)。保育園では日常生活の細かいところまでフォローしてもらっている。日々感動です。

image

復職する上で、夫婦間で決めたことや協議したことはありましたか?

イカズミ うちは夫が忙しい職種なので、復職時には育児や家事に関する分担の話し合いはしませんでした。現実的に無理なので……。その代わり、年1~2回の休めるタイミングで有休を取って、おいしいものを食べたり、友だちと会ってしゃべり倒したりして、ストレスを発散しています。

ビー 復職を決めた時に、我が家では「朝子どもを保育園に送っていった方じゃない人が、お迎えをする」というルールを作りました。仕事がどうしてもたまっている時に「週の半分は残業できる日がある」と思うだけで、心の余裕が生まれます。週の半分くらいずつで分担しているので、とっても気が楽です。

コロポン 「夫婦だから平等だし、半々で休むべき」って思ってはいるんですが、なかなか難しいですよね。まさにちょうど昨夜、子どもの面倒を見ることで夫とけんかになりました。私は基本的にはリモートワークで、出社するのは月1回程度なんです。だから、子どもの具合が悪い時でも家で様子を見ながら仕事をするんですが、全く進まないですよね……。

イカズミ リモートワークの罠ですよね。子どもが隣にいてなかなか満足に仕事ができないのに、それが具合の悪い日ならなおさら……。

コロポン 実は、今日(編集部注:取材当日)も子どもが体調を崩して、この数日保育園を休んでいる状況で。夫に「明日くらいは仕事を休めない?」と聞いたら、「え? なんで?」と。思い返せば、復職後もなぜかいつも率先して「私が見るよ」と言っていたのが良くなかったのかも。けんかでこれまでの大変さを吐き出したら、「僕も分かっていなかった」と理解してくれました。

復職後の働き方に変化はある? 誰もが直面する、両立の難しさ

復職後、スムーズに仕事と育児の両立をスタートできましたか?

コロポン 仕事を始めると、子どものことだけを考える時間は少なくなり、一気に楽になった気がします。

イカズミ 私にとっては、通勤がご褒美の時間になりました。つかの間の一人時間を満喫して、職場に着くと切り替え! でも、保育園からの着信があると一気に心配と不安の現実に引き戻されてしまって……。

働くママたちが最初に直面する“急な呼び出し問題”ですね。

イカズミ 病気に関する連絡には未だに慣れなくて、携帯電話が鳴るたびに「ビクッ」とします。今年の夏は、次男がウイルス性の病気のオンパレードで、そのほとんどが私にうつってしまい……。病院で自分の点滴をして、子どもの看病をして、お互いに良くなると仕事&保育園へ復帰して、でもまたすぐに呼び出しが来る状態でした。子どもの健康管理にはとても神経を使いますね。

コロポン 子ども自身がいろいろなウイルスをもらってきて、保育園に行けなくなるだろうとは予想していたけれど、まさか自分にもうつってダウンするとは思わなかった! 仕方ないことですけど、結構つらいですよね。

image

ビー 子どもからうつった結果、自分が体調不良になると、なんだか休みを取りづらいような気がしています。

コロポン そう! うちの会社は子どもを持つ人が私以外にいないので、「え? 風邪ってそんなに大人にもうつるの?」とみんなビックリしていました。

子どもの体調不調は連続しがちなのでしょうか。

イカズミ 1歳を過ぎると「だんだん減ったなぁ」と感じます。油断はしちゃいけないんですけれどね。

ビー 子どもが体調を崩すと、有給休暇の残数を気にしてしまいます。こればっかりは対策のしようがないので、「免疫もらって、徐々に強くなってるはずだから」と前向きに考えるしかないですよね。

image

話には聞いていても、こんなに思うようにいかないのか……と考えてしまいますね。復職前からそういう知識を持っておくのはよさそうですね。

イカズミ 私は総務なので、産前産後休業(産休)や育児休業(育休)の制度には詳しいつもりだったんです。でも、「産休に入る前に、有休も使っちゃおう」と、結構消化してしまっていて。この夏の怒濤の体調不良に続いて、今冬インフルエンザにかかってしまったら有休が足りなくなるな……と毎日ヒヤヒヤしています。

復職後の方が、タフになれた気がしている

復職した女性からは「パフォーマンスが思うように出せず悩んでいる」という声もあるのではないかと思います。復帰前・復帰後で、ご自身が思い描いていた働き方との乖離はありますか?

イカズミ “子どもオンリーの生活”からの復職は全てが新鮮でしたが、最初は苦しかったですよ。「自分は会社にいてもいなくてもいいんじゃ?」とか考えてしまって。まさにマミートラック(出産・育児休業を経て復職した女性が、子育てと仕事を両立する名目でそれまでと違う仕事に変わり、キャリアアップのコースから外れてしまうこと)にハマりました。

必死に仕事して結果を出さないといけないというプレッシャーがある反面、仕事から離れているわ産前と産後で考えることが変わっているわで、ミスを連発するんです。勘を取り戻すまでは、なかなか調子が出ませんでしたね。

ビー 私も「復帰に当たって何かしておかないと」「産休中に勉強しなきゃ!」なんて張り切って考えていたのに、全然ダメで。産後って、体を使うのはいいけれど、「覚える」「考える」などはちょっとしんどくなりますね。

イカズミ 何しろ乳幼児のお世話で、慢性的な睡眠不足になっていますからね。休める時に休まないと。「育休」っていうくらいだから、復職する前はとにかく休むことも大事!

コロポン 意欲がない、仕事ができる気がしなくなる……という状況は誰しもありますよね。私も産後、一瞬新人同様の状態になって、「あれ? 今までどんな仕事していたっけ?」なんて思いました。でも本格的に復職してから、自分が会社にいる意味をより深く考えるようになって、国家資格を取ったんです。

ビーイカズミ え~、すごい!

コロポン 勉強は大変でしたが、今の私は出産前より密度が濃い仕事ができているように思います。「どんな状況下でも仕事ができる人間でありたい」という気持ちがありました。

働き方がFacebook流に!? 復職後、自然に切り替わった仕事の進め方

復職後の方が「時間の使い方がうまくなった」「効率が上がった」ということもあるのかもしれませんね。

ビー これまでもダラダラやっていたわけではないのですが、やり方が変わった、というのはありますね。以前はひとつの仕事について100パーセントのレベルを目指してやっていたけれど、今は「もしかしたら明日子どもが風邪をひくかもしれない」ということを頭に入れて、一気に50パーセントくらいの及第点まで持っていくスタイルに。

イカズミ お話を聞いて気づいたんですが、私もそういうやり方に切り替わっているかも! 「まずここだけはおさえておこう。それができたら、これもやれるな」という仕事の仕方になりますよね。

コロポン 働ける時間が決まっているから、「絶対これだけはやっておかなきゃ」という優先順位付けが早く、的確になりましたね。復職後の方が、テキパキできているような?

ビー Facebookの創業者であるマーク・ザッカーバーグの“Done is better than perfect.”(完璧を目指すよりまずは終わらせろ)という言葉がありますね。このやり方はまさにFacebook流なのかもしれません。完璧を求めるのも悪いやり方じゃないけれど、出産前は完璧を目指すあまりに完成まで到達しないこともなくはなかった。結果として、完成を着々と目指すやり方は「私には合っているのかも」と思います。

image

これから復職をする人に、何かアドバイスはありますか?

イカズミ 世の中の“ワーママ像”に惑わされず、適度に自分を労わって、自己防衛しながらやっていきましょう、ということですね。

コロポン そうそう、復職前はいろいろ考えちゃうんですよ。理想の働き方とか、こういう母親でありたいとか……。

イカズミ あとは、トラブルが起きた時の対応パターンを周りの人と話し合っておけるといいですね。子どものことを全て把握しておければいいんですが、それは不可能ですから。子どもが病気になった時の最低限のノウハウは共有しておく。

ビー 育児は究極のマインドフルネス(今起こっている経験や気持ちに注意を向ける状態)じゃないかと思っています。今やるべきことを、とにかくプライオリティー順にやるしかない。やらないと進まないから、悩む必要はあまりないと思っています。

イカズミ 復職した後、必死で日々を過ごすうちに、気が付いてみればあっという間に何ヶ月かたっているものですよね。

ビー 我が家の復職前の課題は、旦那に育児に慣れてもらうということでした。その代わり、夫がやったことについては文句は言わないようにしようと決めています。

コロポン 私が昨日けんかして分かったことは、「細かく言葉でシェアすることが大事」なんだなということです。オーバーくらいに「大変」「しんどい」「もうだめ」って吐き出してもいいと思う。出産するまで「母親という立場になったら、真っ先に自分を犠牲にしてしまいそう……」というイメージを抱いていたけれど、それって実は、全く逆で! 「自分の存在は家庭にとって一番大切なものだから、まずは自分を大事にしないと」とも思うようになりました。

image

ビー 息子は、4歳ですっごく楽になりましたよ。乳幼児を抱えてバリバリ働きたいと思っているママたちは、今後、絶対に楽になるので心配しないでほしいですね。本当にそれまでよりは手が掛からなくなります。意外と早くに手が離れちゃうんだなぁ~と、振り返ってみて実感します。

イカズミ それって、先輩ママたちに散々言われて「本当に!?」って思っていたけれど、時間がたてばみんな必ずアドバイスとして言う側の立場になってしまいますね。走り続けていれば、その中で楽しいことがたくさんありますよね。子どもの成長が何よりのご褒美かな。

ビー 保活からの復職で合わせて1年間くらいは体力的にも精神的にも大変で、経済的にもきついかもしれないですけど、長期的な目で見れば女性のキャリアだってこれからも続いていくんだから、悲観することはないですよね。

コロポン うちの娘は1歳でまだまだ体調を崩しがち。両立に悩むことも多いけれど、徐々に心も体も回復してきて、無敵に近づいている気がする!(笑)

取材・文/遠藤るりこ
編集:はてな編集部

※座談会参加者のプロフィールは、取材時点(2019年11月)のものです

関連記事

www.e-aidem.com
www.e-aidem.com

最新記事のお知らせやキャンペーン情報を配信中!
<Facebookページも更新中> @shinkokyulisten

お局感なく後輩と接するには? 道重さゆみが語る、チームでもソロでも活躍する秘訣

道重さゆみさん

年齢を重ねていき、徐々に職場での立ち位置が「プレイヤー」から「管理職」に変化していく人も少なくありません。ただ、「初めて部下ができたけど、注意の仕方に悩む」「できる後輩の姿を見ると焦ってしまう」ーーそんな職場の後輩との接し方に、迷ってしまうことはありませんか。

そこで今回お話を伺ったのはモーニング娘。OGの道重さゆみさん。モーニング娘。のメンバーとして13歳でデビュー後、8代目リーダーとしてグループを牽引。卒業後、約2年4カ月の芸能活動休業期間を経て、現在はソロアーティストとして活躍中です。リーダー就任期間中、同僚のメンバーは年下ばかりだった道重さん。そんな彼女にやわらかに後輩に接するコツについて聞きました。

また道重さんは「ソロになってからは、生活も心境も完全に変わりました」とも語ります。令和元年に30歳を迎えた道重さんに、年齢を重ねることについての正直な気持ちについても伺いました。

ソロになって自由にできるからこそ、迷いだらけにもなった

長年リーダーとして、「モーニング娘。のために」を最優先して動いていた道重さん。ソロで活動するようになって「管理職じゃなくなって自分の肩の力が抜けた」とか、変わったことはありますか?

道重さゆみ(以下:道重) 私、リーダーになったからプレイヤーじゃなくなったとか、ソロになったからプレイヤーに戻ったっていう感覚は、正直あんまりないんですよ。どの立場でも自分は自分として、道重さゆみというプレイヤーなんだっていう意識でやっています。でも、もし「リーダー=管理職」と例えるならば、ソロになってからは、道重さゆみの管理を自分自身がやっている状態ですね。

自分を律したり、作品のコンセプトを決めたり、モーニング娘。時代とは全然違う動き方が必要ですよね。

道重 やり方は全然違いますね。モーニング娘。時代は、つんくさんや会社の方が作品や演出を考えてくれることの方が多いので、私はそんなモーニング娘。を「どう伝えるか」を意識して活動していたんです。ソロになってからは、アルバムのタイトルとか、ライブのコンセプトやセットとか、衣装のイメージとか、そういうことを自分で考えるんですよ。

ソロになって自由になんでもできるようになったときに、迷わなかったですか? どうやって思考を整理していったんでしょうか。

道重 そりゃもう、迷いだらけでした! だから、普段の生活から変えましたね。街を歩いて見えること、全部参考にしようと意識したんです。「あの看板、なんでこの色なんだろう?」とか「私だったらこのフォントは使わないな」とか、今まで気にしていなかったことも注意して見るようになりましたし、考えながら歩くようになりました。

インタビューを受ける道重さゆみさん

衣装も、モーニング娘。のときはみんなおそろいの衣装だったりとか、メンバーカラーがあったりとかしましたけど、自分で決めるときに参考にしているものは。

道重 知識の土台もないと本当に分からないので、普段からファッション誌を眺めたり、今まではあまり見なかった海外のモード誌を買ったりしました。「世の中はこういう服があるんだな」っていうのを知識として持っておくと、いざ何かするときにアイデアが思いつきやすいので。それでも、やりたいことが分からなくなったときは、友達に聞くこともあります。「これ、どう思う?」って。

芸能界の先輩やスタッフさんじゃなくて、お友達に?

道重 はい。ずっと仲が良い同級生の子に聞いていますね。本当に気を使わずに、ダメならダメって言ってくれるので。自分ひとりで考えていると、考え過ぎて訳が分からなくなってくるんですよ。あとは、行き詰まったら一旦寝ちゃうこともあります。一瞬、現実から逃げるんです。

もちろん起きても何も変わっていないし、締め切りは守るタイプなので逃げたことはありません。結局ただの仮眠です(笑)。でも一旦寝ることにより、気持ちが整理されてやりたいことが見えてくる場合もあります。

今は「モーニング娘。」の看板がなくて、味方も必須だと思います。スタッフさんや、取引先の方とのコミュニケーションで心がけていることとかってありますか?

道重 基本的には「自分は人見知りじゃない」って思いこむようにしています。「人見知りなんです」って言われても相手は困っちゃうと思うし、そう言うと自分でも「私は人見知りだから仕方がない」と開き直ってしまいそうで。だから自分からは言わないようにしてるし、「私は人見知りじゃないのに、なんで縮こまってるんだ! ちゃんと言わなくちゃ」って考えるようにしています。

マインドの引き上げ方が上手なんですね。昔から毎日鏡の前でつぶやいているという「よし、今日もかわいいぞ!」もそうですし。

道重 そうですね。自分に自信がない日は特にそう言って思い込ませています。ただ、昔から正直に自分のことをかわいいと思ってるんですよ。本当に恥ずかしいんですけど(笑)。鏡見るのは、大好きです!

「私かわいい」キャラも、最初はキャラだと思っていなかったんです。たまたま先輩が「それ面白いよ」ってMCでネタにしてくれたことで、見つかったキャラクターですね。ありがたいです。

キュートな表情の道重さゆみさんかなしい表情の道重さゆみさん
うさちゃんピース5秒前の道重さゆみさんピースをする道重さゆみさん

後輩への注意。マイナスな気持ちを引きずらないようにさせる

アラサー世代になってくると、管理職に就く方が増えてきます。後輩とコミュニケーションをとる上で、「しっかり言わなきゃいけないけれど、お局扱いされたらどうしよう」という不安を抱える人もいますが、道重さんは後輩と接するときにどんなことを気をつけていましたか。

道重 私も加入当初はすごくよく怒られる新人だったんですけど、先輩から怒られるときに何が一番嫌かって、怒られた後がすごく嫌だったんですよ。

あぁ、その気持ち分かります。

道重 「まだ怒ってるかな……?」って気にしたりとか、「さっき怒られたばかりだから、気軽に話しかけたら反省してないみたいかな?」とか、ずっと様子を伺っちゃって。そういうことをすごく考えて、次の日の朝ですら「昨日怒られたから挨拶しづらいな……」って、ずっとドキドキしたままなんですよ。

後に引きずってしまう、と。

道重 勝手にこっちが気まずいと思っているだけなんですけど、それがすごく自分の中でつらかったんです。だから、私が後輩に注意した後は、基本的に「帰り際には絶対に私から声をかけて、笑顔でバイバイする」って、自分の中で決めていました。

もちろん怒ったこと、注意したこと、その事実(内容)はこれから反省してほしいけど、「怒られちゃったな」っていうマイナスな気持ちを引きずってしまうのは良くない。これだけは、常に意識していましたね。

「注意するときは、褒める言葉もかける」とかは?

道重 それは難しいですね。私の場合は直してほしいところがあるとき、できるだけその場ですぐ声をかけるようにしていたので、うまくセットにならないことが多くて。何に対してもモヤモヤを持ち越さないように「褒めるときは褒める」「注意するときは注意する」という感じです。後出しするとあの時から「ずっと怒ってたのかな?」って思われちゃうし。

道重さゆみさん

なるほど。加入当初の道重さんは、歌が苦手でしたが、自分が苦手意識があったものを指摘するときって、どうしていましたか?

道重 自分ができていないことは人に教えられないので、歌とかダンスのテクニックに関しては、私は後輩に注意したことが一回もないんです(笑)。むしろ私が(歌やダンスの)得意な後輩に聞いてました。

「ここの振付って、どうやったらうまくできるかなぁ?」とか。歌もダンスもトークも、得意な子と苦手な子がいる。それぞれ得意な子に聞いて、支えあえばいいのかなって。そういう、お互いの歩み寄りがあったからこそ、距離が縮まった部分が大きいですね。

すごいですね。優秀な年下からのアドバイス、素直に受け入れられない人も中にはいるじゃないですか。

道重 確かにその気持ちも、分かります。でもプライドなんて捨てて普通に聞いてましたね。後輩たちも普通に「こうやるんですよ!」と教えてくれて、一緒に練習していました。「リーダーだから」「先輩だから」って考えるより、グループ自体のレベルの底上げが大事だと思います。

職場のプロジェクトチームなどでも同様のことが言えそうですね。後輩との接し方でもう一つ質問させてください。道重さんは普段から、後輩メンバーとプライベートでも交流していましたが、誘い方のコツはありますか? 仕事は仕事、飲みに行きたくない派の人もいるので、難しいなと思うんですが。

道重 自分から声をかける場合、はじめは「今度行こうね!」みたいな感じでふわっと誘っています。リアクションが良ければ本格的にスケジュールを合わせていく、みたいな感じですね。

ちゃんと断りやすいように、余白を作るっていうことですね(笑)。

道重 そうですね(笑)。最初から強制的には言わないみたいな感じですね。本当に行きたければ、向こうからも「じゃあ◯日はどうですか?」と言ってきてくれますし。

最初から「この日とこの日とこの日空いてる!」って誘われると、逃げられない! ってプレッシャーになりますものね。素敵な気遣いです。

道重 私、正直後輩に恵まれてたんですよね。気は使ってくれるけど、いい意味で遠慮がない子たち。

でもリーダーになったばっかりの頃は、やっぱりすごく思い詰めてたんです。「リーダーなんだから頑張らなくちゃ」とか「今までの歴代のリーダーみたいに動かなくちゃ」と悩んでいたけど、中澤裕子さんが「今までのリーダーの真似はしなくていいよ、しげちゃんらしくね」って言ってくださって、すごく安心したことを覚えています。

道重さゆみさん道重さゆみさん

ツインテール、一生やります

道重さんは、モーニング娘。を卒業するときに「『よし! 私、今日もかわいいぞ!』がギャグ化する前に、リアルにかわいいうちに卒業したい」とお話されていました。MCで自虐もあったし、当時は年齢に対してプレッシャーがあったのかな? と思うんですが、今は歳を重ねることを楽しんでいるように見えますね。時代の流れで、考えが変わったのでしょうか。

道重 実はあんまり時代の流れに……とかいうのは意識してないんですよね。私は私。だから、ずっとピンクが好き。ただ昔は「かわいい」のピークは25歳なのかな? って思っていたので、そこのうちに卒業したいって思っていました。あと、20代になったあたりで「私、ツインテールやってて大丈夫かな?」って不安になる時期もあったんです。

でも、今となっては、30歳になったけど、全然やりたいんですよね(笑)。もうここまできたら「一生やり続けよっ」って感じです(笑)。でも、似合わなくなったらしたくなくなると思うので、いつまでもツインテールがしたいと思える自分でいたいなと思います。

その変化って、かなり大きいですよね。

道重 「結局、こんな私が好き」って気付くことができたのが大きいですね。自分で言うのは少し恥ずかしいですけど、2、3年前の自撮りを見返していても、「今日の方がかわいい!」って思うんですよ(笑)。

かわいいを毎日アップデートしている、と。

道重 応援してくれている人たちに対しても失礼じゃないですか。だんだん劣化していってるって自分自身が思ってるなんて、絶対によくないことだと思うので。今の道重さゆみを応援してくれている人たちに対して、一番かわいい私を見せたいっていう気持ちでやってます。

道重さゆみさん

取材・執筆/小沢あや(@hibicoto
撮影/曽我美芽(@mimeeeeeeee
編集/はてな編集部

お話を伺った方:道重さゆみ(みちしげ さゆみ)さん

道重さゆみさん

1989年生まれ。2003年1月、モーニング娘。に6期メンバーとして加入。2012年、8代目リーダーに就任。リーダー就任期間中にはオリコンシングルチャートで5作連続第1位の記録を達成する。2014年にモーニング娘。'14および ハロー!プロジェクトを卒業。モーニング娘。への在籍日数は4329日と歴代最長。約2年4カ月の芸能活動休業期間を経て、2017年春に芸能活動を正式再開。
Twitter:@tubuyakisayumin
Instagram:@sayumimichishige0713

関連記事

www.e-aidem.com
www.e-aidem.com

最新記事のお知らせやキャンペーン情報を配信中!
<Facebookページも更新中> @shinkokyulisten

倉持由香の仕事術「登れる山がないなら、自分で新しく山を作るしかない」

倉持由香の仕事術「登れる山がないなら、自分で新しく山を作るしかない」

グラビアアイドルの倉持由香さんは、その戦略的な自己プロデュース術で“グラドル界”を駆け上がっていきました。アピールポイントである「自分の尻」を活かした写真をSNSに多数投稿する自らを「尻職人」と称しますが、その仕事ぶりはまさに職人。極貧時代を経て、「いつかグラビアで売れてタワーマンションに住む」という目標を実際に達成しています。そして、2019年7月からはもともと好きだったというeスポーツでチームのプロデューサーにも就任しました。

そこに至るまでの戦略は、働くすべての人々が真似したいエッセンスの宝庫。自分の強みの見つけ方やメンタルの保ち方、目標を達成するための考え方について語っていただきました。

登れる山がないなら、自分で作るしかない

倉持さんといえば、Twitterで「#グラドル自画撮り部」や「#尻職人」のハッシュタグをヒットさせて以降、ビジネス系のメディアにもよく出演されていますね。

倉持さん(以下、倉持) そうですね。今はありがたいことに、お仕事の割合としてもビジネス系の仕事が増えてきています。まさかビジネス本(星海社新書『グラビアアイドルの仕事論』)まで出させていただけるとは、正直、想定はしていなかったですね。

著書にもありましたが、食費すらままならず、わかめにポン酢をかけてしのいでいたんですよね。それが今やタワーマンションの住人に……。

倉持 貧乏時代に憧れていたタワーマンションに住みたい一心で、とにかく頑張ってきました。10代の頃に所属していた前の事務所では住み込みで働いていたんですが、表に出る仕事はほとんどなくて。お茶くみや事務所のホームページ制作、電話番などをして過ごす日々でした。しかも台所の床に寝袋を敷いて生活してたんですよ!(笑) それで2011年、20歳の時に今の事務所へ移籍しました。

倉持由香の仕事術「登れる山がないなら、自分で新しく山を作るしかない」

倉持 グラビアアイドルが多い事務所に所属したからこれで安泰だ、と思ったら全くそんなことはありませんでした。当時はAKB48さんをはじめとしたグループアイドルの全盛期。週プレ(週刊プレイボーイ)もヤンジャン(週刊ヤングジャンプ)も、先月のグラビアはAKB48の誰か、先週も今週も、そして次週はグループ全員集合、みたいなことが多くて(笑)。グラドルの出る隙なんて全然なかった。

あまりに仕事がないので、「Twitterのフォロワーを増やして知名度を上げよう」と考えました。メディアに出られないんだったら、これはもう自分でメディアを作るしかない、と思ったんです。

自分のTwitterをメディアにしていくんですね。

倉持 はい。自分のTwitterのアカウントを雑誌並みの影響力にしようと、あれこれ工夫を始めました。

当時は積極的にSNSを使う芸能人が少なかった気がします。

倉持 最初は、当時のマネージャーさんに「Twitterに写真を載せまくったら、写真集やDVDが売れなくなるだろ!」って止められました。自分の商品を切り売りするなんてもったいないという風潮だったんですよね。

でも、ただでさえグループアイドルが流行っていてグラドルの需要自体が少なくなっているのに、小さなファン層をグラドルの中だけで奪い合っても不毛なわけです。だったら、写真をたくさん投稿してグラドル界そのものを盛り上げた方がいいんじゃないでしょうか、とマネージャーさんの話は無視して続けました(笑)。その試行錯誤のうちのひとつが、「#グラドル自画撮り部」や「#尻職人」です。

そういえばグラドルとは遠い位置にいる私のTwitterにも、「#グラドル自画撮り部」のハッシュタグが流れてきていました。

倉持 ちょうど「#グラドル自画撮り部」を始める少し前に、「その大きな尻を活かした方がいいよ! 活かさなかったらただの無駄尻だよ!」と知り合いのカメラマンさんに言われたんですよ。自分ではヒップをコンプレックスだと感じていたんですが、その言葉をきっかけに「売りにしていくぞ!」と決めて、タイムラインを尻で埋め尽くしてやろうと5分に1回のペースで載せていきました。飯テロならぬ尻テロです(笑)。

尻テロ(笑)。

倉持 そのおかげで当時3,000人くらいだったフォロワーが、1カ月で1万人、1年で3万人にまで増えて。それが功を奏して、週プレで「尻職人」として撮り下ろしをしてもらえるなど、めちゃくちゃ手応えがありました。

そして、Twitterに自分の写真を載せてこんなにフォロワーが増えるなら、みんなでやればもっとグラドル業界が盛り上がるんじゃないかと考えて、「#グラドル自画撮り部」のハッシュタグが誕生します。参加してくれたグラドルは3日で100人以上! これがきっかけで、グラドルが写真をTwitterにバンバン載せるという文化ができました。

倉持由香の仕事術「登れる山がないなら、自分で新しく山を作るしかない」

やっていることは自撮りですが、つまりは「グラドルのニーズ自体を増やしてグラドルが活躍する市場を広げる」ということですよね。当時20歳そこそこにしてとんでもない商才ですね……。

倉持 ただ待っているだけでは仕事は来ないので、とにかく自分から尻の存在を広げていこう、と。私はグラドルとしては胸も小さい方ですし、既にあるグラドルの山に登ろうとしても、他のグラドルには勝てません。だったらもう、自分で山を作るしかない。王道のグラドルたちが登る富士山は諦めて、その近くに尻の山を作りました。小さい山でも頂上に立つことが大事なんですよね。

Twitterのフォロワーが増えたことで、AmazonのDVDランキングでも1位を獲得して、「ほら見たことか!」って感じでした(笑)。大人の世界では結果を出さないと否定されるけど、逆に言えば「結果さえ出せば、意見が通りやすいんだなあ」とこの時に学びましたね。

強みを見つけるには、自分が伸ばせそうな部分で「得意です」と言い張る

もともとはコンプレックスだったヒップを、チャームポイントとしてアピールしていくのは、心情としてはそんなに簡単なことではないと思うんです。

倉持 昔はヒップのサイズをマイナス2cmさばを読んでいたくらい、強調したくないと思ったものでした。でも、自分の思う通りにやっていて売れないのだから、他の人の意見を取り入れよう、と考えたんです。コンプレックスに思うというのは「人と比べてズレている」からそう感じるのですが、むしろ「人と違うという武器」なんですよね。

それは芸能の仕事じゃなくても、何にでもいえそうですね。

倉持 自分が良いと思うところと、人から見て良いと思うところって本当に全然違うので、自分本位にならないことが大事だと思っています。グラドルの例でいえば「コンプレックスだからその角度からは撮らないでください!」とかたくなに言っている方を見ることがあって。もしそれで売れていないのなら、そういったプライドは捨てた方がいいんじゃないかと感じるケースも多々あります。

倉持さんの場合は、知り合いのカメラマンさんからの言葉でご自身の強みに気づけましたが、そういう人が周囲にいない場合、どうやって自分の強みを見つけていけばいいと思いますか?

倉持 まずは自分と向き合うことですよね。これは私もよくやるんですが、ノートに「自分はどんな人間なのか」について、キーワードを書き出していくんです。どんな性格で、何が好きで、何が得意で、頭の良さはどれくらいで、見た目は何点くらいで……と自分のスペック表を作ってみる。それをレーダーチャートにして、キレイな六角形になるのか、あるいはいびつな部分があるのかを見てみます。グラフの形がいびつで、へこんでいたり尖っていたりする箇所があるなら、そこが強みに変わり得るかもしれません。

へこんでいる箇所は、自分が欠点だと感じている部分ですよね。

倉持 そうです。ドラゴンクエスト(ドラクエ)のようなRPGでたとえれば、自分は戦士タイプなのか魔法使いタイプなのか、書き出したステータス値で見えてくる。

あと、装備やスキルセットはどうなっているのかも確認しておきたいですね。例えばWordやExcel、Photoshopなどのソフトが使えるとしたら、それをスキル欄に書く。周りの友達や助けてくれる人が持っているスキルは何か、仲間にはどんなタイプがいるのかについても書いてみましょう。それでも仲間がいなさそうだなと思ったら、自分はドラクエ1の勇者*1なんだってことで(笑)。

倉持由香の仕事術「登れる山がないなら、自分で新しく山を作るしかない」

ノートに書き出してみた結果、「うわ、自分のグラフちっちゃい! スキル全然持ってない!」と逆にへこみそうになったら……?

倉持 上を見ていたらキリがありませんからね。「絵がうまいと言っても、もっとうまい人がいるし……」「文章好きと言っても、他にもうまい人はいっぱいいるし……」って思ってしまう。私のヒップだって、ブラジルに行けば、もっといい形のヒップの持ち主はいっぱいいると思いますし(笑)。

だから、少しでも伸ばせそうな部分があるなら、「これが得意です」とまず言い張りましょう。「好き」とか「得意」とか言うからには後追いで努力も必要ですが、そうやって追い込むことで、「言っちゃった! 言っちゃったからにはもっと知識つけなきゃ! 勉強しよう!」となるはずです。

言ったからには「全然ダメじゃん!」と言われないようにしないと。

倉持 上ばかり見て自信をなくして、RPGでいう最初の街の周りで弱い敵だけと戦っていても、何も進まないんですから! そういう意味でも、自分をRPGの主人公として俯瞰して見るのは効果的です。うまくできなくて傷ついたとしても、RPGの主人公がダメージ受けたな、と思えるので。私もへこんだ時はいつもRPGのキャラを操作している気分で、「おっ、倉持がちょっとダメージ受けてるな~。ちょっとホイミ*2やっとくか」って感じで考えています。

それは今すぐにでも使いたいテクニックですね。誰かに何か言われたり、ミスしたりしても、自分だけがダイレクトに引き受けなくて済むのは気が楽です。

倉持 そして、いきなり自分のステータス表を作ろうと思っても、何も出てこないケースもあるかもしれません。そういうときは、周りの友達に聞いてしまいましょう。恥ずかしいかもしれないけど、どうしよう、自分には何ができるんだろう、とずっとモヤモヤとループしているくらいだったら、聞いた方が早いです。

そうやって書き出していったら、あとは最終目標の姿を思い描いてから逆算していきます。最終的にそこに到達するために、「今年はこんな姿になろう」「今月はこうしよう」「今週はこういうふうに動こう」と、大目標、中目標、小目標を決める。

会社のプロジェクトを進める際によくある方法のひとつですね。なんだかお話を伺っていると、グラビアアイドルと話しているということをだんだん忘れそうになりますね……。

倉持 それで、目標を達成するために必要なスキルは何かを考えます。そのスキルとは、資格なのか、容姿を磨くことなのか、本を読むことなのか、など。どうしてもクリアできそうになかったら、ゲームの攻略本を読むかのごとく周りに相談したり、お手本となるプレイヤーの動画を見たりして解決していけばいいんです。

そういう地道な努力が続かずに辞めてしまう人も多いと思うのですが、倉持さんが諦めなかったその原動力は何だったのでしょう?

倉持 “見返してやるぞ精神”はかなりありましたね。対象は昔いじめてきたやつだったり、ひどい対応をしてきたプロデューサーだったり……。「いつか絶対にぎゃふんと言わせてやるリスト」はずっと作ってました(笑)。

また、それ以上に「私にはこれしかできない」というのも大きかったですね。今日は8時にここ、明日は16時にここ、と指示されるグラドルの仕事は昔からできていたのに、学校となるとなぜか通えなくて、小学校から高校までずっと引きこもりだったんです。

倉持由香の仕事術「登れる山がないなら、自分で新しく山を作るしかない」

倉持 何十万円も払った自動車学校もすぐ辞めちゃって、みんなが当然のように持っている自動車免許すら取れないダメ人間で、大学も一浪・一留・中退とダメ三冠。怠けてるわけでもなくて、行かなきゃいけないのは分かっているのに、どうしても毎日同じ時間に同じ場所へ行くことができない。だから、“毎日どこかに通う”ということがない仕事をするしかありませんでした。もっと器用で、人として“当たり前”とされていることがちゃんとできる人間だったら、会社員になっていたかもしれません。

「一軒家を建てる」という新たな目標へ

下積み時代からの憧れだったタワーマンションに住み、ひとまずの目標は達成されたと思います。今後の新たな野望はありますか?

倉持 次は一軒家ですかね……。

新たな目標もやっぱりまた“家”なんですね(笑)。

倉持 1~2年に1回くらいのペースで、自分の給料からするとちょっと背伸びしている家賃の家に引っ越して、当時のマネージャーさんからドン引きされてました(笑)。今は都内の仕事が多いのでまだ先の話にはなりますが、最終的には地元である千葉に戻りたいと考えていまして。先日結婚を発表した*3こともあり、子どもができたら庭付きのマイホームを、と思っています。

ライフスタイルの変化に合わせて、仕事の仕方は変えていくのでしょうか?

倉持 少しずつ裏方寄りの仕事の分量を増やしていきたいと思っています。具体的には、夫がプロゲーマーということもあって、一緒にeスポーツチームを運営したり、メンバーを育てていったりして、eスポーツというジャンル自体を一過性のブームだけで終わらせないよう定着させたいというのが当面の目標です。

「#グラドル自画撮り部」でグラドル業界そのものを盛り上げたときと同じようにeスポーツのジャンルでも。

倉持 そうですね。今手掛けているeスポーツのチームは、ガチガチにうまい人が集まるチームというよりはタレント寄りのメンバーにしているので、バラエティー能力やゲームの面白さをPRできる表現力などを伸ばす、「ゲーマータレント養成所」のような役割を担えればと思っています。

私は仕事をすることそのものが好きなので、辞めるつもりはないのですが、やっぱりグラビアには年齢的なものもありますし、そもそも人妻のグラビアって、みんな見たいのかな?(笑) 需要があればいくらでも尻職人として活動するんですけど。

ファンの方々の反応を見て判断していくことになりそうですね。

倉持 「結婚したからグラビアもうやりません!」と宣言したくはないんですよ。グラビアの仕事はすごく好きですし、「グラビアは嫌々やっていて、結婚にかこつけてやめたのかな?」と思われてしまうのは嫌なので。読者アンケートなどで「どうしても人妻の尻を見たい!」とかがあったら、ここはやっぱり出していかないとって思います。

需要さえあれば一肌脱いでいく方向で。

倉持 そう、一尻。一尻脱いでいこうと思います(笑)

倉持由香の仕事術「登れる山がないなら、自分で新しく山を作るしかない」

取材・執筆/朝井麻由美
撮影/小高雅也
編集/はてな編集部

お話を伺った方:倉持由香(くらもち ゆか)さん

倉持由香

グラビアアイドル。特技は、絵を描くこと、足でゲームをすること(スーパーマリオ8面までクリア)。グラビア好きなグラビアアイドルがTwitterで行う部活動「#グラドル自画撮り部」の発起人・部長。写真集に『台湾驚異的美尻集』(ワニブックス)、『ふなばしり』(学研)など、著書に『グラビアアイドルの仕事論』(星海社新書)。
Twitter:@yukakuramoti

最新記事のお知らせやキャンペーン情報を配信中!
<Facebookページも更新中> @shinkokyulisten

*1:RPG「ドラゴンクエスト」シリーズ1作目では、ゲームの主人公は終始一人で行動する。

*2:ドラゴンクエストシリーズに登場する回復の呪文。

*3:2019年11月5日に、ブログとTwitterでプロゲーマー・ふ〜どさんとの結婚を発表。

桃山商事・清田隆之|「女性のことはわからない」からこそ、背景を想像して話を聞く

清田隆之さん

夫に愚痴を聞いてもらおうとしただけなのに、不要なアドバイスをされてしまう。恋人が男性同士の集団に入ると急に女性蔑視的になる──。男性のパートナーや友人、同僚に対し、そのような悩みや不満を持ったことのある女性は少なくないのではないでしょうか。

そんな女性から見た男性への疑問や不満を収集しまとめた本、『よかれと思ってやったのに 男たちの「失敗学」入門』の著者である清田隆之さんは、恋バナ収集ユニット「桃山商事」の代表として、大学時代から1,200人以上の女性たちの悩み相談を聞いてきた経験の持ち主です。

女性と男性がすれ違いを起こしてしまう背景や男性が陥りがちなホモソーシャル問題、そしてパートナーや同僚など、身近な異性とコミュニケーションを取る上で清田さんが心がけていることなどについて伺いました。

男性が陥りがちな“失敗”に焦点を当てた理由

清田さんは、2001年から「桃山商事」として恋バナ収集の活動をされているんですよね。

清田隆之さん(以下、清田) もう20年近くになることに驚きますが……もともとは大学時代に始めたサークル活動のようなものでして、当時は身近な女子の恋バナを聞いて、恋愛に苦しんでいる人をひたすらもてなす、みたいなチャラチャラした感じだったんです。恋愛やジェンダーの問題を発信するというような意識はまったくなくて。

では、途中から活動の方向性が徐々に変わってきたんでしょうか?

清田 恋愛だけに向いていた関心が、徐々に他の分野にも広がっていったという感じが近いですね。社会人になっても桃山商事として恋バナ収集活動を続けていたんですが、いろんな女性の話を聞いてきたことを何かの形で発信できないかと思い、2011年からはポッドキャストを始めて。そのあたりから活動が「恋バナを聞く」と「聞いた恋バナを発信する」という2つの軸になっていき、だんだんと恋愛にまつわるコラムなどを書かせていただく機会も増えていって……という。

その中で、悩み相談にくる女性の話を聞いていると、それぞれ別々の男性についての悩みのはずなのになんだか既視感があるな、と思うことが多かったんです。本にも書きましたけど、例えば「男同士になるとキャラが変わる」「上下関係に従順過ぎる」という悩みとか。

必ずしも男性だけの問題ではないとは思いますが、確かに現状、そういった男性は少なくないように感じます。

清田 そうですね。主語が大きいと言われてしまうかもしれないですが、1,200人くらいの女性の話を聞いてきた中で、やっぱり実感としてそういう話がとても多かったんです。しかもそういうふるまいって自分も身に覚えがあるし、周りの男性にもそういう人は多いなと……。ということは、もしかして男性がそういった行動をとってしまいがちになる構造のようなものがあるんじゃないか、という問題意識が芽生えていって、それはつまりジェンダーという領域で研究されていることに非常にリンクするな、と。

そこからジェンダーへの意識と恋愛への関心が結びついていって、ここ5年くらいは男性性に関することを書く機会が増えました。そして、女性たちから聞いてきた「男性への疑問や不満」にまつわる800以上のエピソードを大きく20個の問題に分類し、当事者としての経験を踏まえながらその原因や背景を考察したのがこの本です。

『よかれと思ってやったのに 男たちの「失敗学」入門』

本書では「人の話を聞かない男たち」「プライドに囚われる男たち」など、これまでの恋愛相談の中から共通する点を20の項目にし紹介している

個人的には、「お金の使い方が意味不明」とか「シングルタスクになりがち」など、これ、自分もやりがちだな……と反省する項目も多かったです。

清田 傾向としては、実は女性からそういった感想をいただくことがほとんどだったんですよ。もっと「こういう男ってたくさんいる、本当に腹立つ!」みたいな感想が多いかと思っていたんですけど、実際は自分の身を省みられる方が多くて。一方で男性は「身に覚えがある」という方もいましたし、「男をひとくくりにするな、自分は違う!」とめちゃめちゃ怒っている方もいて、感想が完全に二極化してますね。

共感とは、「相手のうしろに回って一緒に景色を見る」こと

これも「男をひとくくりにするな」と言われてしまうかもしれないのですが、男女間で起きがちなすれ違いの原因のひとつに、「男性が自分の話にアドバイスはくれるけれど、共感しようとしてくれない」問題がありますよね。清田さんも「人の話を聞かない男たち」という章で取りあげられていました。

清田 よく聞く話ですよね。男性上司に仕事の相談をしたら途中からなぜか説教されるはめになった、とか、夫に愚痴を話したいのに興味なさげに対応され、不要なアドバイスばかりされた……とか。

“人の話に共感する”ということをあまり重視していなかったり、苦手意識を持ったりしている男性はおそらく多いのかな、と思います。これまでたくさんの方の話を聞いてきた清田さんが思う、人の悩みや愚痴を聞くときのコツってありますか?

清田 基本的に「その人の悩みはその人にしかわからない」と思っているので、アドバイスとかはしないようにしています。することがあるとしたら、その人が今、何に悩んでいて、そのポイントがどこにあるかというのを整理した上で、「今あなたがいるのはこういう状況だから、差し当たって行動を起こせるとしたら、この部分をこうするしかなさそうですよね」と提示するくらいです。感覚としては……将棋棋士の加藤一二三さんっているじゃないですか。

ひふみんさんですね。

清田 ひふみんさんは対局しているときに対戦相手のうしろに回って、その人の目線から盤面を見るんだそうです。「ひふみんアイ」って言うんですけど、それに近いイメージではないかと勝手に考えています。今自分に話してくれている相手からは恋人や職場、世界がどう見えているんだろう? というのを、その人のうしろに回って一緒に見ている感じ。これがつまり“共感”ということだと考えているんです。海外の言葉で言うと、“エンパシー”というものになると思うんですけど。

清田隆之さん

共感と聞くと“シンパシー”を思い浮かべますが、それとはまた違う言葉なんですね。

清田 シンパシーはどちらかと言うと「同情」や「同意」を意味する言葉なんですが、エンパシーは、その人から世界がどう見えているかを想像したり理解しようとする能力のことなんだそうです。例えば、女性特有の生理や妊娠にまつわる悩みって、僕ら男性はどうしたって身体的には経験できないわけで、シンパシーを感じることは原理的に無理だと思うんです。

例えば「恋人のことが人間的に尊敬できないのだけれど、妊娠のリミットを考えるとその恋人となかなか別れられない。子どもができないことで、毎月毎月、卵子が自分から無駄に放出されている気持ちになる」という悩みを女性から聞いたことがあるんですが、僕が「その感覚がわかる!」とか言ったら、やっぱり嘘になると思うんです。

そうですね……。

清田 でも、その別れられなさの背景にある気持ちを理解することは、読解力と想像力を駆使しながら相手の話を丁寧に聞いていけば、できないことはないかもしれない。その人に見えているビジョンにできるだけ近い形で理解を試みようとする、というのがエンパシーだと思っていて、そういう話の聞き方を訓練してすこしずつ身に付けていくというのがコツかもしれないですね。

今「共感(エンパシー)には訓練が必要」というお話がありましたが、清田さんご自身は最初から人の話を聞くのが好きだったんですか?

清田 人とおしゃべりするのは好きだったんですが、昔は人の話を聞くことが全然できなかったですね……。桃山商事の活動でも、恋愛で落ち込んでいる人を盛り上げる、というのを目的にしていたので、面白いことを言って笑わせるのが自分たちの役目だと思ってたんです。だからベラベラ自分のことばっかり喋って……。そういうのも数十分なら楽しいかもしれないですけど、なんか、だんだん相手も自分も疲れてきちゃうんですよね。

ああ、すごく想像できます……!

清田 なんであんなに盛り上がったのに帰り道はこんな無言が続いているんだろう、っていう(笑)。そういう失敗を繰り返しながら、人とおしゃべりをしたり誰かにインタビューをしたりして、少しずつ話の聞き方が今の形になっていったというのが実際のところです。

清田隆之さん

集団になると茶化さずに話ができなくなる男性たち

書籍の中では「1対1では優しい恋人が、男友達がいる場だとなぜかオラつき始める」「職場の男性たちは集団だと女性軽視的な発言が増える。1人のときはいい人なのに」といった、いわゆるホモソーシャル(男同士の連携)に関連する項目が描かれているのも印象的でした。ただ実際は男性の中にもホモソーシャル的なコミュニケーションのとり方があまり好きじゃない、という方は少なくないように感じます。

清田 そうなんですよね。そういったことが嫌な人もたくさんいると思います。僕自身、飲み会などで風俗に行ったとか下ネタの話題とか、そういう話ばっかりだとしんどいなあと感じるようになりました。仲の良い男友達とかだったら話題を変えたり嫌みを言ったりできるんですけど、一方で彼らは男だけの中で好きでそういう話をしてる可能性もあるんだから、その価値観を自分が正さねばみたいな正義感を持つのは、それはそれでマッチョな思想なんじゃないかと葛藤したりもします。

ホモソーシャルについてのお話、おそらく男女を問わず悩まされている人も多いと思います。

清田 いわゆる女性蔑視的な価値観を持っている人の発言を黙認するのって、そういった考え方を自分が助長させてしまっているんじゃないかと罪悪感を覚える方もいると思うんですよね。それに関しては、あんまり自分を追い詰めていくとキリがなくなってしまうな……とも感じます。

自分ひとりだけでその環境をどうにかしなきゃ、とは思い悩まない方がよさそうですよね。

清田 現状難しいですよね。でも、「この話題、気持ち悪いな」とか「嫌だと思ったのになにも言えなかった」みたいな気持ちはひとつの経験として自分の中に積み上がっていくと思うので、そう感じることは決して無駄にはならないと思います。その経験のおかげで次からは違う態度がとれるかもしれないですし、「あの人もああいう話題は苦手そうだったな」みたいな相手を見つけて、集団の中の個人にアプローチしていくこともできるかもしれないし。

確かに、そうやってすこしずつ自分の味方を増やしていくことはできる気がします。

清田 もちろん本来はそういったふるまいをする側に(自覚しにくい)問題があるわけで、指摘する側がその場の空気を壊さないように気を配る必要なんてないんですけどね……。でも、技は技として身に付けておいて、自分がいる場ではできるだけそういう方法をとる、ということを個人的にはしています。アハハ、とか苦笑いしてやり過ごしちゃうこともときどきあるんですが、すこしずつ仲間を増やしていって変わっていけばいいかなって。

清田隆之さん

「恋人や家族は、自分とは違う価値観を持つ他人」と思うこと

さきほど「女性からは『本に書いてあることは私にも当てはまる』という感想が多かった」という話もされていましたが、女性側にも改めるべき点はあると個人的には感じます。自分自身、「なにも言わなくても察してほしい」みたいなコミュニケーションをとりがちなので。

清田 コミュニケーションの問題はもちろん男性に限った話ではないと思いますし、男女を問わずそういった方はいると思います。

一方でやはり、さきほど清田さんがおっしゃったような女性の妊娠・出産の問題や男性でいうホモソーシャルの問題は、なかなか男女間で理解し合うことが難しいとも思います。男性と女性がお互いにあと一歩ずつ理解を深めて関係をアップデートするためには今なにができるんだろう、というのを考えているんですが……。

清田 確かに相互理解が大事だと思う一方、個人的には女性に対して「男を理解してくれ」とか「ここを変えてほしい」とかは正直言いづらいなと思っていまして……。というのも、自分は男性なので、例えば「男同士の集団の嫌なところ」とかだったら実感としてわかるので、いくらでも自分自身の身に置き換えて批判もできるんですけど、女性の言動に疑問があったとしても、それは一体なぜなのかと想像することしかできない。

自分としては、女の人にとやかく言う前に、男は自分自身のことをもっと知って、いろんな部分を言語化していくべきだろうと考えています。

それは女性側も同じかもしれないですね。男性特有の悩みを聞いても、想像して「そういうこともあるのかもしれないな」としか思えないですし。

清田 現実的には、パートナーや同僚、友人とのあいだになんらかの問題や悩みが生じたときって、男も女も一旦関係なく「その問題をできる限りお互いの合意点に近づけるために今できることはなんだろう?」という想像力を持つことが大切になってきますよね。そのためには、異性に限らず「他人のことはわからない」という前提に立ってコミュニケーションをとる必要があると思うんですよ。

これは劇作家の平田オリザさんが言われていることなんですが、どれだけ親しくて自分に近しい相手に対しても“他人”という認識を持たないと、コミュニケーションは成り立たないっていう。その上でどうするといいのか、を考えることが大事だと思います。例えば家族だから同じ価値観を持っているだろう、という前提でコミュニケーションをとると、どこかですれ違いが生じたときに「なんでわかってくれないの」という気持ちになってしまう。

家族を“他人”と思うのってなかなか難しいようにも感じるのですが、そう思うことが相手に対して想像力を持てるようになるための第一歩かもしれないですね。

清田 本当に、家族や恋人のことを「この人は自分とまったく違う価値観の持ち主なんだ」と思うのってすごく難しいと思います。親しい人に対して自分とは決定的に相容れない部分を見つけてしまったときってすごく寂しくなったりショックを受けたりはすると思うんですけど、それを乗り越えていく、というのがコミュニケーションを一歩前に進めるためのポイントなのかもしれないですね。

清田隆之さん

取材・執筆:生湯葉シホ
撮影:小高雅也
編集:はてな編集部

お話を伺った方:清田隆之さん

清田隆之

1980年、東京都生まれ。文筆業、恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表。早稲田大学第一文学部卒業。これまで1200人以上の恋バナを聞き集め、「恋愛とジェンダー」をテーマにコラムやラジオなどで発信している。著書に『生き抜くための恋愛相談』『モテとか愛され以外の恋愛のすべて』(ともにイースト・プレス)、単著に『よかれと思ってやったのに──男たちの「失敗学」入門』(晶文社)。
Twitter:@momoyama_radio

関連記事

www.e-aidem.com

最新記事のお知らせやキャンペーン情報を配信中!
<Facebookページも更新中> @shinkokyulisten

編集/はてな編集部

つくりおき食堂まりえ「忙しくて自炊ができなくても、食べてさえいればそれでOK」

若菜まりえさん

忙しく働いている人や子どもがいてまとまった料理の時間がとれない人に向けて、スキマ時間に作れる時短料理のレシピを紹介している人気ブログ「つくりおき食堂」。ブログのレシピは書籍化もされ、Twitterアカウントのフォロワーも31万人を超えるなど、ワーキングマザーを中心に圧倒的な支持を集め続けています。

「つくりおき食堂」運営者で時短料理研究家の若菜まりえさんは、ご自身もワーキングマザーとして忙しい毎日を送っている経験から料理ブログを開設したのだそう。そんな若菜さんに、ブログ開設のきっかけになったできごとや、読者から寄せられた反響、「食べること・料理をすること」への思いについてお話を伺いました。

料理好きになったフランス留学の経験

若菜さんは昔からずっと料理がお好きだったんですか?

若菜まりえさん(以下、まりえ) 自分で本格的に料理をするようになったのは大学時代です。ひとり暮らしを始めて、母親に教えてもらったレシピを参考に自炊をするようになって。当時はパソコンも普及していないしクックパッドなどもなかった時代なので母が書いてくれたノートを見ながら作っていたんですが、大学を卒業する頃にはひと通りの料理ができるようになっていました。

すごい! ひとり暮らしできちんと自炊するのって、意外と大変ですよね。

まりえ でも、本気で料理が好きになったのは大学卒業後かもしれません。大学を出た直後、フランスに1年間留学するチャンスがあったんです。ホームステイ先には私以外に中国とチェコの留学生がいたんですけど、そこではホストのフランス人の方と留学生が毎日交代で料理を作るルールだったんですよ。

フランスの田舎ってだいたいの食材が日本より安いんですよ。ベーコンやパテなどのお肉の加工品やチーズなどの乳製品、新鮮な野菜や果物、季節のおいしい食材がスーパーに安く並んでいて。自分が料理当番のときにはよくベーコンとトマトと玉ねぎで煮込み料理を作ったりしていました。ホストはフランス人の方だったのでフランスの家庭料理を作ってくれましたし、中国とチェコの留学生も自分の国の料理を作ってくれたりして……。

素敵ですね……! 毎日の食事が楽しみになりそうです。

まりえ そうなんです、そのときの食事がすごく楽しくて。フランスでの経験が、料理好きになった決定的なできごとだったと思います。

若菜まりえさん

産休育休を経て実感した、キャリアアップの難しさ

その後、就職されて、ご結婚・出産もされていますよね。仕事が忙しくなったり家族が増えたりすると、ひとり暮らしだったときと比べて料理にかけられる時間やスタンスも変わるんじゃないかな、と思うのですが。

まりえ やっぱり子どもが産まれてからは大きく変わりましたね。夫とふたりだった頃は、じっくりと何時間も煮込んでできる料理や自家製ベーコンなどもよく作っていたんですが、いまは子どもが台所に入ってきたら危ないので長時間かかる料理はしなくなりました。基本的には子どもが食べやすい食感のもの、喜んで食べてくれるものを作ります。

「つくりおき食堂」もまさに、働くお母さんや忙しい人に向けたレシピというコンセプトですよね。ブログを開設されたのは2016年ですが、なにかきっかけがあったんですか?

まりえ 当時、育休を終えた友達が「まりえちゃんって料理得意だったよね。これから職場復帰して忙しくなると思うから、なにか簡単にできる料理のレシピを教えてくれない?」ってメールをくれたんです。それで自分で考えた時短料理のレシピを友達に教えたんですけど、そのときはすでにオリジナルのレシピをメモしたノートが何冊もあったので、これをいろんな人に発信できたら役に立つかもしれない……と思って。

それから、同じ時期に私も出産を経て職場復帰をしていたので、その経験も大きかったですね。

つくりおき食堂

若菜さんが運営する『つくりおき食堂』。「調理時間の目安」などからレシピも検索できる

というと?

まりえ 出産前はフルタイムで働いていたこともあり手取りが結構あったんですけど、産休・育休後に時短勤務をするようになったら手取りが激減してしまって。正直ショックでしたね。かといって子どももまだ小さいから、フルタイムで働くという選択肢は選べませんでした。

そうですよね。産休後、育休後のキャリアアップのしづらさで悩まれている方、周りにも本当にたくさんいます。

まりえ 私もその中のひとりだったと思います。仕事は常に頑張っていたんですけど、妊娠期間に入ってくるとどうしても体調を崩しやすくなるのでお休みをいただくことも増え、成績が伸び悩むようになってしまって。産休後も時短勤務だから出産前のようにバリバリは働けないし、じゃあどうしよう……と考えたときに、起業という選択肢が頭をよぎったんです。

でも私が他の仕事を始めるとして、いまからなにができるだろう? そうだ、これまで蓄えてきた料理の情報を発信することならできる! と思って。

忙しい人たちにレシピを発信したいという思いと起業したい気持ちが、料理ブログを始めることで一気に解決できるなと。

まりえ はい、料理の情報発信を始めることで全てのベクトルが一致すると感じました。「時間がないけど料理がしたい」「忙しいけど家族に料理を食べてもらいたい」という方に時短料理のレシピを発信し、気楽に調理してもらいたい、と。自分と同じで忙しいけれど、例えば晩ごはんにおかずを2品出すとしたら「1品くらいはなにか手作りをしたい」と思っている方のニーズに応えたいと思い、忙しい人に向けたつくりおきというコンセプトでブログを開設しました。今の仕事を続けながら、ブログを通じて料理の活動をしたいと考えたんです。

ひとつのレシピで全ての人のニーズは満たせない

つくりおき食堂のレシピ、私もよく参考にしているのですが、「なんとかスパイスパウダーなどは使わない」「子どもがおもちゃやテレビに夢中になっているわずかな時間に簡単にできる料理」といったルールが設けられているのがすごく親切だなと思うんです。なんとかスパイスパウダーとかって、買っても絶対余らせてしまうので(笑)。

まりえ 私ももともとインターネットでよくレシピを検索していたんですけど、作りたいなと思ったレシピの中に「トマトピューレ大さじ2」とかあるともう、別の料理にしようって思っちゃうんですよね。いまでこそ料理研究家なのでだいたいの調味料や食材はそろえているのですが、一般的な家庭の冷蔵庫にトマトピューレはなかなか常備されていないじゃないですか(笑)。

しかも大さじ2!

まりえ 絶対余って腐らせちゃいますよね……。だから私の場合は、ブログに載せるレシピの食材は「なるべくどこでも買えるもの」で、「使いやすい分量」にするようにしています。トマト缶などを使うことがあれば量は1缶まるまるかちょうど半分になるように……といった感じで。

本当にありがたいなといつも思います。

まりえ あと、Twitterでブログのレシピを発信すると、「めんつゆがない場合はどうすればいいですか?」「焼肉のタレがなくても作れますか?」という質問をたくさんいただくので、最近はレシピの最後に「おきかえ可能リスト」をつけてこの食材でもOKです、というのが分かるようにしています。自分もそうですけど、家にない食材が多過ぎるともう作らなくていいや、ってなってしまうと思うので。

若菜まりえさん

徹底して読者目線なんですね。コメントは主にTwitterで寄せられるかと思うのですが、読者からの反響でレシピを改良したり、次に作る料理の方向性を変えたりすることもあるんですか?

まりえ レンジだけでできるおかずが想像以上に人気だったので、レンジ調理のレシピは読者の方が増えてくるにつれて多くなってきたな、と思います。それから、個人的には1品の中に何種類かの食材を入れるのも好きなんですけど、読者の方からの反響が大きいのは野菜1種類だけとか肉1種類だけで作れるおかずなので、そういったレシピも増やすようにしましたね。

「鶏もも肉の塩レモンだれ」のレシピも、鶏もも肉とレモン汁やコンソメだけでできるのにすごくおいしい、とバズりましたよね。

まりえ そうですね……! Twitterで話題になったのが去年(2018年)の2月だったんですが、あのレシピをきっかけに一気にフォロワーさんが数万人にまで増えました。

やるからには突き詰めたい

若菜まりさんの書籍。忙しい人専用つくりおき食堂の超簡単レシピ

書籍発売は、ブログ開設当初からの目標だったそう。いずれも簡単にできるレシピを多数収録

ブログの読者の方から寄せられた印象的なコメントなどってありますか?

まりえ いちばん感動したのは、お体が不自由な方から「つくりおき食堂を見てレンジだけでできる料理を作って、家族に食べさせてあげることができた。それがすごくうれしかった」という趣旨のコメントをいただいたことがありまして、スマホで感想を読んだときに道端で泣きました。私のしたことでこんなにも喜んでくださる方がいるんだ、と思って。

それは確かに泣いてしまいますね……。

まりえ それからつい最近も、小学生の子が夏休みの自由研究で私の料理を作って、その工程や感想を手書きのノートにまとめてくれているのを見たんですが、すっごくうれしかったですね。まだ料理をするような年齢じゃない子が料理にチャレンジしてくれて、しかも自由研究に選んでくれたという。感動して、それもボロボロ泣きました(笑)。もちろんそういったことじゃなくても、こんなに簡単にできたのにおいしかったです! というコメントをいただくと励みになります。

ブログを続けられているモチベーションって、やっぱりいちばんは読者の方からの反響ですか?

まりえ そうですね。それも大きいですし、さっきの起業の話もですけど、なにかをやるなら突き詰めたいという気持ちが強くあります。

確かにとてもアクティブな方だなとは感じます。今後、ブログを通じて叶えたい理想や、世の中に発信していきたいことなどってありますか?

まりえ やはり、忙しい人やお料理を始めたばかりの方にも作れる簡単・時短料理を発信していきたいという気持ちは一貫しています。今後はYouTubeでもレシピを紹介していけたらと思っているので、忙しくても10分でできる晩ご飯の献立を中心に料理動画をこの秋から発信しています。

2019年9月末にスタートしたYoutubeチャンネル|つくりおき食堂まりえの『らくしぴ』

どんなものであれ、食べてさえいれば大丈夫

いま、自分自身や家族のためにできたら自炊がしたいけれど、働きながら料理をする余裕がなくて悩んでいたり、逆に料理をすることがプレッシャーになってしまっていたり、という方は少なくないと思います。そういった方に若菜さんからのメッセージがあったらお聞きしたいのですが……。

まりえ 私もお惣菜を買いますよ。作り置きおかずがなくなり、作り足しする気力が出ないときは、罪悪感なくスーパーのお惣菜です。

そう言っていただくとホッとします。自炊を100%し続けるのは難しいですよね。

まりえ そう思います。よくないのは「食事の機会を持たないこと」と「食事に過度なストレスを抱えてしまうこと」だと思います。著名な料理研究家、鈴木登紀子先生も“食べることは生きること ”と仰っています。食べることを大切にしてもらえたらうれしいです。

忙しくて食事を抜いてしまう、お惣菜とレトルト中心の食生活に罪悪感を持ち過剰なストレスを抱えてしまうことがよくないと思っています。

時々、「毎日忙し過ぎて、子どものごはんがレトルト・惣菜・パンのローテーションになってしまっている。これでいいのだろうか」という方を見かけることがあります。そういう方に対して「私のレシピなら簡単に作れますよ」とは言わないです。負担になってしまうだけですので。「食事の機会を持ってるならOK!」って思います。

ひとり暮らしで忙しく働いている方に関しても同じですよね。

まりえ そうですね! 忙しすぎてゼリー飲料を吸うだけで食事を済ます、みたいな生活がずっと続くと心身ともに壊しがちになってしまうと思いますので、お惣菜やサラダをプラスするとか……。そういうふうにして、食べることを大切にしてくれさえすれば大丈夫ですよ、と私は思います。

若菜まりえさん

取材・執筆/生湯葉シホ
撮影/小野奈那子

お話を伺った方:若菜まりえ さん

若菜まりえさん

まとまった時間がとれない忙しい人でも続けやすいように、スキマ時間にパっと作れてサっと味が決まる時短おかずを紹介するサイト「つくりおき食堂」を運営中。主な著書に『忙しい人専用 「つくりおき食堂」の超簡単レシピ』『忙しい人専用 「つくりおき食堂」の即完成レシピ』(扶桑社)。Twitter、Youtubeも更新中。
Web:つくりおき食堂
Twitter:@mariegohan
Youtube:つくりおき食堂まりえの『らくしぴ』Marie's Luck Recipes

関連記事

www.e-aidem.com

最新記事のお知らせやキャンペーン情報を配信中!
<Facebookページも更新中> @shinkokyulisten

編集/はてな編集部